愛憎シンフォニー

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中

文字の大きさ
上 下
8 / 28

<8・掃除。>

しおりを挟む
『大変なことになったわ』

 テレビの中。煌びやかな衣装の女戦士が、ずずーんと沈んだ顔で言った。

『ブレイブが……今日いきなり、大掃除をするって言いだしたのよ!』
『はあああああああああああああ!?』
『ええええええええええええええええええええええ!?』
『うっそおおおおおおおおおおおおお!?』

 彼女の言葉に、残り三人の戦士たちは三者三様の声を上げる。そのうちの一人、最も屈強な斧を背負った男は、真っ青になってがくがくと震えている始末だ。

『な、なんということだ……このままでは、俺達は全員地獄に突き落とされる!へ、部屋の掃除なんて、もう一年はしていないぞ!』
『まったくだわ、去年は物を押入れに投げ込みまくってどうにか誤魔化したけど、今年は正直無理っていうか……王冠が溢れすぎてどうすればいいかわからない!』
『ミナミさんミナミさん、部屋でこっそり買っているオオトカゲ一号ちゃんから百二号ちゃんはどうしたら……』
『あんたペット飼ってたの!?ていうか百二号ってどういうこと!?このアパートペット禁止なんだけど!?』

 夏樹が見ているのは、“勇者アパート平和荘”というコメディアニメである。とあるラノベが原作のアニメで、魔王を退治するために異世界から召喚された勇者たちがアパートで一緒に住むものの、あまりにお馬鹿な性格の者達が揃っているためにいつまでも準備が整わずに冒険に出発することができない――というお話だった。アニメを見たのは今日で初めてだったが、理貴が好きなのでなんとなく話の筋は聞いている。土曜日の昼にテレビでやっているとは思っていなかった。たまたま、チャンネルを変えたら放送していたのだ。
 どうやら今回のストーリーは、勇者アパートの綺麗好きの管理人が、突然大掃除をしますと全住民に勧告を出したのでみんなが焦るというものらしい。
 この様子だと、きっとこの画面に出ている四人の男女はみんな部屋の片づけが苦手なのだろう。しかし、ペット禁止ということになっているアパートで百二匹ものトカゲを飼っているってどういう状況なんだとツッコミたいが。

『ブレイブさんに見つかったら、私達確実に殺されるわ』

 最初に皆に話した女戦士は、クールな美女という出で立ちにも関わらず冷や汗かきまくりである。美人の部屋が必ずしも綺麗とは限らない、の典型らしい。

『大掃除は明日……それまでに、出せるゴミは全部出しましょう。ハボルグ、あんたもそこででっかい体小さくしてガクブルしてないでなんとかしなさい!』
『うう、うう……俺、天国のママとパパに、二十代でそっちに行ってごめんなさいって謝ってくるよ……』
『諦めるの早すぎでしょ!?』

 次の瞬間、どっかーん!と外で大きな音が。四人が慌てて窓を見ると、敷地内の駐車場から煙が上がっている。そして、巨大でカラフルな鳥が、一人の剣士っぽい格好をしたおじさんをくちばしでくわえてぶん回しているのを発見することになるのだ。その足元には、長い黒髪の美しい黒魔導師っぽい姿の青年が。その手には、魔導書のようなものを掲げている。

『ああ、ザクおじさんが……!』

 四人の勇者たちは恐れおののいた。

『ま、まさか、ブレイブさん。召喚魔法まで使って制裁を下すなんて!本気だ。ものすごく本気だ!』

 ここで、テロップとナレーションが入る。

『四人の勇者たちは、部屋を綺麗に片づけてブレイブさんの怒りを回避できるのか!?次回、勇者パーティ壊滅!冒険スタンバイ!』
「いやいやいやいや、ネタバレしてんじゃん!」

 思わずテレビの前でツッコミを入れてしまった。うきうきとしたエンディング曲が流れ始めたところで、あ、と声を上げる夏樹である。
 そうだ、自分も掃除をしようと思っていたのにすっかり忘れていた。冬樹の部屋をなんとかしようと思っていたのではなかったか。
 掃除機だけは父や母もかけているだろうが、多分それ以外のところは手つかずだろう。むしろ手がついていたらそれはそれで気の毒な話である。

――ついでに家全体の掃除機もかけるか。二人とも夜まで帰ってこないんだし。

 掃除機とトイレ掃除は忘れないうちに。次回予告までばっちりと見たところで、夏樹はソファーから立ち上がったのだった。



 ***



 棚の上の埃をハタキで落としたり、床に掃除機をかけたりした後。弟、冬樹の部屋の箪笥を夏樹は開いたのだった。衣服の場所は安全と思いきや、以外にこういうところに秘密のナントカを隠していることもある。夏樹の場合エロ本を隠したことはないが、中学の頃馬鹿にされるのが嫌でボカロ系のグッズをあっちこっちに隠していた時期があるのでなんとなく想像がつくのだ。
 いや、隠すようなものではないというのかもしれないが、ボカロ系のCDなどはパッケージがアニメ絵になっていることも少なくなく、それで誤解されそうで親には内緒にしていたのである。思春期の男子としては、エロアニメ系のCDを購入したと勘違いされるのも嫌だったのだった。まあ、隠していた結果見つかった時により誤解されることにもなったわけだがそれはそれである。思春期の男子の思考は難しい。ちょっと落ち着いた今、自分でもそう思う。

――あ、防虫剤切れてる。新しいのに変えておこう。

 防虫剤の四角いプラスチックを発見、“交換してください”の文字が浮き出ていることに気づいて思った。防虫剤はリビングの納戸に入っている。箱ごと持ってきて、一つ一つチェックし交換していく。
 衣類のしまい方一つ取っても性格が出るものだった。世の中には、服を畳むという行為が恐ろしく苦手な人間もいる。冬樹はまさにそれで、引出の中の服はかなりぐちゃぐちゃ、雑多にねじこまれている状態だった。シワになりにくいものが多いようだからまだいいが、モノによってはアイロンをかけ直さなければいけないだろう。
 大雑把な性格のあいつらしい。一つ一つ取り出して、畳み直していくことにする。

『兄貴っておれと違って几帳面だよねー。いいなあ、おれ、どうがんばっても服畳めないんだよ。同じようにやってるのに全然綺麗にまとまんない。なんでー?』

 弟の声が聞こえてきた気がして、少しだけ手を止めてしまう。未だに、弟がああなったことに関して納得しきれていない己がいるのだと改めて思い知らされた。
 確かに、ちょっといい加減なところのある弟だったかもしれない。でもいつもニコニコしていて、天真爛漫で、老若男女問わず好かれる人間だったのだ。友達想いで、いつも人に囲まれていた。ちょっと女の子にモテすぎてトラブルになることもないわけではなかったがそれだけだ。
 断じて、あんな事故に遭っていい人間ではない。
 今でも連絡が来た時の――腹の底から冷えるような恐怖は、忘れることができないのだ。

「……早く戻ってこいよ、馬鹿冬樹」

 一枚、また一枚。

「もう俺、高校二年生だぞ。このままじゃお前、中学どころか高校も入れないままになっちまうぞ。嫌だろ。吹奏楽、これからもずっとやりたいって言ってたし……大学だって、仕事だって……」

 一枚、また一枚。

「お前がいないと、退屈なんだよ。だから……」

 呟きながら、自分の声が湿ってきたことに気づいて慌てて首を振った。どんどん落ち込みそうになる思考を無理やり振り払い、服をしまった引出を閉じる。
 結局、彼が何に怯えていたのか、何処に行こうとして事故にあったのか何もわからないままだった。事故そのものにはまったく事件性がなかったため、警察による詳しい調査も行われなかったし、夏樹も両親も撥ねた人を咎めるつもりはまったくない。そもそも、状況的に見て道路に飛び出してしまったのは冬樹の方で、いっそ軽自動車のドライバーさんが可哀想に思えるほどなのだから。
 ただ、そういう事が起きるほど彼が思い詰めていた原因がわからない。
 この部屋の中に、そのヒントがあったりはしないだろうか。

――……そうだ、あいつの制服。クリーニングに出したんだろうか、母さんは。

 クローゼットの方を開け、そこから釣り下がったままの彼の中学の制服を見た。事故当日、彼は私服だった。よってこの制服はおそらく、その週に学校に着ていってそのままになっているはずである。
 なんとなくズボンの尻ポケットを探っていた夏樹は、何かがくしゃくしゃになってねじこまれていることに気づいて眉おひそめた。ズボンの尻ポケット、自分も弟もほとんど使わない人間である。スマホを入れるようなこともしない。うっかり落としたら嫌だから、あるいは座っちゃって壊しそうで嫌だから、というのがお互いの共通見解だった。男性ならば、使っている人そのものは少なくないのだろうが。

「なんだ?」

 破らないように、そっと紙を引っ張り出してみる。それは、薄いピンク色をしているようだった。メモか何かかと思ったら、どうやら便箋の類らしい。しかも、折りたたんだ紙の中心に違和感がある。何かを挟んでいるようだ。
 何だろう。そう思って、開いた瞬間。

「ひっ……!」

 思わず。
 夏樹は悲鳴を上げて、それを床に落としてしまっていた。だってそうだろう。折りたたんだ紙の中から、ちぢれた毛の束のようなものが出てきたとあっては。

「な、なな、な……」

 髪の毛ではない。このちぢれっぷりは、恐らく陰毛の類だ。毛の色からして弟のものではない。というか、流石に彼に、そんな趣味があるとも思えない。
 吐き気を堪えながら落ちた毛と、その毛を包んでいた手紙を見る夏樹。便箋には、真っ赤な文字でこう書かれていた。



『私はあなたが大好きなのに
 あなたしか目に入らないのに
 あなたは私のことなんてちっとも見てくれないから

 私しか見えないようにしてあげる。
 あなたを私のものにするために、永遠の呪いを』


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

泉田高校放課後事件禄

野村だんだら
ミステリー
連作短編形式の長編小説。人の死なないミステリです。 田舎にある泉田高校を舞台に、ちょっとした事件や謎を主人公の稲富くんが解き明かしていきます。 【第32回前期ファンタジア大賞一次選考通過作品を手直しした物になります】

強制憑依アプリを使ってみた。

本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。 校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈ これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。 不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。 その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。 話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。 頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。 まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】 時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。 困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。 けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。 奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。 「タネも仕掛けもございます」 ★毎週月水金の12時くらいに更新予定 ※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 ※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。 ※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。

処理中です...