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<4・楽器。>
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吹奏楽部というと、管楽器ばかりがあると思っている人が多いかもしれない。正確には打楽器=パーカッションパートがあるにはあるが、それ以外は金管楽器か木管楽器のどっちかだけだろうと。
が、実際はそれ以外を採用している学校は少なからずある。吹奏楽部なのに、弦楽器があることは珍しくないのだ。それもバイオリンでもヴィオラでもなく、コントラバスが。
理由は単純明快、コントラバスがいるのといないのとでは音の厚みが大きく違うからである。
吹奏楽部となると、どうしても注目されがち、人気になりがちなのはメロディーパートを担当する華やかな楽器である。トランペットとコルネット(この二つの楽器はそっくりなので混同している人が多いし、実際ひとくくりのパートにされていることも少なくない。実際、楽器としての違いも、コルネットの方がちょっと柔らかい音が出る、かも?くらいしかなかったりする)や、クラリネットなんかが人気だろう。フルートも、それなりに人気のある楽器だと言える。やはり、せっかく演奏に参加するならメロディーで目立ちたい、と思うのは普通のことだ。
しかし、みんながメロディーをやりたがっては曲は成立しない。メロディーが目立てるのは、それを引き立ててくれる美しいハーモニーがあってこそ。吹奏楽で使われる楽器は、それぞれ役割分担があり、それが大きな魅力になっていると言える。当然ながら楽器ごとに得意な音域が違うし、得意な演奏方法も異なってくるものだ。
例えばトロンボーンは譜面がヘ音記号であるあたりお察しの通り、比較的低い音を担当することが多い。正確には中音域に分類されるのだが、低音系のパートと一緒になって低い音のハーモニーを任されることも少なくない。反面、ファーストトロンボーンなどになると、トランペットと一緒にメロディーをやることもある。様々な役割に挑戦できる楽器なので、夏樹はトロンボーンが大好きだったりする。
話を戻すが。
音楽において、低音パートの重要性は言うまでもない。曲をどっしりと支えてくれる低音パートがいてこそ、吹奏楽の曲は安定感を増し気持ちの良いハーモニーが完成するのだ。
コントラバスは、その低音パートの中核を担う楽器だと言っても過言ではない。低音パートに分類される楽器は他にもチューバ、バリトンサックス、バスーンなんかもあるが(バリトンサックスは、サックスでありながらサックスパートとして計算されないことも少なくない。アルトサックスやテナーサックスとは大きく役割が違うからだ)、どの楽器も音色が大きく異なっている。
コントラバスは、吹奏楽部唯一の弦楽器であり、巨大なバイオリンみたいなやつのお尻部分を床に置いて弦で弾く楽器、だと説明すればわかりやすいだろうか。とにかく大きくて重い。ただし、いるのといないのとではハーモニーが大きくことなる。低音の弦楽器特有の重く、深い音はコントラバスにしか出せないからだ。
同時に、難易度の高い楽器なのも間違いない。他の楽器以上に、チューニングがあっていないと即バレするからである。そこまで音感がある方ではなく、どうしてもチューニングする時にチューナー(という、小さな機械があるのだ、この数字を見て音のズレを調整するのである)に頼ることが多い夏樹であっても、コントラバスの音のズレは機械を見ずにわかったりするのである。
――去年も今年も、先輩たちコントラバスに一年生入れようとめっちゃ頑張ってたもんなあ。
現在、自主練習の時間。譜面を捲りながら、夏樹はちらりと低音パートの方を見る。そこには、コントラバスの三年生に一生懸命教わっている鞠花の姿があった。まだ仮入部の段階から、先輩の熱の入りようは凄まじい。背が高くて、その分力もあるであろう鞠花はコントラバスのような大きな楽器に向いている。どんな楽器でもやってみたい、メロディーパートに拘らない――彼女がそう言った瞬間、先輩は明らかに目を輝かせていた。跡継ぎを作るチャンス!と思ったのだろう。
というのも、去年も今年も、コントラバスに一年生の新入部員が入ってくれなかったのである。
吹奏楽部に入る生徒の半数くらいは、小学校までの金管バンドの経験者。彼等彼女等は当然、小学校まで自分がやっていた楽器に参加したがる。そして、未経験者であっても名前が知れているトランペットパートは人気であるし、吹奏楽の花形といっていいクラリネットやフルートも当然人気が高まる。希望者の多くが、そちらに流れていくのは仕方のないことだった。
それでもまだ、トロンボーンなんかは有名な楽器であるし、メロディーをやることもないわけではないので希望者が出ないこともない。しかし、低音パートはほぼほぼメロディーをやる機会が皆無となる。望んでやりたがるのは極めて珍しいそっち方面の経験者か、ちょっと変わった趣味の者、くらいしかいないというのが実情なのだった。
――俺も、実際中学での経験がなかったとして……それでもコントラバスとか希望したかというと、微妙だしなあ。
一年生が入部する時には、どのパートを希望するのかについて調査の紙を配ることになる。その希望と経験を踏まえて、先輩達と先生で相談して一年生のパートの割り振りを行うのだ。
が、当然先輩達としても即戦力が欲しいのは間違いなく、トランペットなんかはほぼ経験者で埋まってしまう。ごく稀に、金管楽器の経験者が別の楽器に回されることもあるというくらいだ(体格や唇の厚さなんかも加味されるらしい)。
つまり、希望を出しても、希望通りの楽器になれない子が出るのは必然ということ。それで、これも面白そうだと割り切って活動できる子ばかりではないのも実情である。
去年も今年も、一年生でコントラバスを希望してくれた子はいなかった。とても大事な楽器であるにも関わらず、難しそうだとかメロディーができないからという理由で邪険にされてしまうのは悲しい現実なのである。
その結果、希望者でない子にコントラバスをお願いするということを二年連続で繰り返したのだが。
去年の子は、“なんでトランペット経験者の私がコントラバスなんですか!”と激怒。即座に退部。
今年の子は、“メロディーのある楽器がやりたいです”と選ばれた直後に号泣。――コントラバスパートの先輩が、頭を抱えることになったのである。
今年彼女が卒業してしまうと、吹奏楽部からコントラバスがいなくなってしまう。もはや諦めるしかないのか、と思っていたところで、さながら天の助けのように鞠花が登場したわけだ。まだ仮入部なので入部すると決まったわけではないが、貴重な“楽器未経験で、メロディーがない楽器にも興味がある”人材である。このチャンスを逃してなるものか!と必死になるのも無理からぬことではあった。
「そうそう!あんまり弓を立てすぎないで。直角くらいに当ててね」
先輩の熱の入った指導が、こちらまで聞こえてくる。
「コントラバスって、リズム感も音感も身につく凄く良い楽器なんだから!コントラバスがコケると皆コケる、って言われるくらい大事な楽器なの。縁の下の力持ちどころか中核と言っても過言じゃないのよー!好きになってくれると嬉しいわ」
「はい。凄く深みのある音ですよね。弾くのにすごくコツがいるけど……って、すみません、こっちの弦はどうやって抑えるのがいいですか?指が痛くなりそうで」
「あ、そこはね……」
鞠花は、間違いなく未経験で不慣れな楽器であるにも関わらず、非常に熱心に指導を聴いている。彼女が弓を動かすと、先輩のそれよりは遥かに拙いものの、しかし初心者が出しているとは思えないほど力強い音が響いてきた。
『音楽って、その人の性格がすごく滲むよね。美術でも同じことが言えるんだけどさ』
なんとなく思い出したのは、中学生の時の冬樹の言葉だ。
未経験だったにも関わらず、みるみるフルートの腕が上達し、天性の才能を発揮していた彼。夏樹とは違って、絶対音感に近いものを持っていたのをわかっている。よく皆が想像するような、物音を聴くとその音がドレミのどれなのかすぐわかる、というものではないが――歌の耳コピなんかは得意だったし、なんなら家にあったピアノで左右の手ですぐ弾いてみる、なんてこともできる奴だった。
夏樹とは違う。同じ魂を分けた双子なのに不思議なことだ。明らかに、音楽の神様に愛されていたのは彼の方だったのだから。
それをコンプレックスに思ったことはあまりない。自分は自分、彼は彼。自分達は、互いが出来ないことを補い合う存在だと、幼い頃には認識していたから。夏樹ができないことを冬樹が出来る分、冬樹ができないことは夏樹が出来る。音楽だって同じ、それだけのこと。彼の方がセンスはあるが、それでも冬樹はトロンボーンは吹けない。それでいいのだ、と思っていた。
『同じ曲を演奏してもさ、全然違う曲に聞こえるっていうか。合奏だとわかりづらいけど……ソロでやってるとさ、その人がどういう性格なのか、想像できるってことない?自信がない人や、気が弱い人は音が小さくて儚くなりがちっていうか』
『なるほど。そう言われてみると、冬樹のポジティブすぎる性格はいっつも滲んでる気がするな。フルートなんて柔らかい音の楽器のはずなのに、なんかいっつも音がハネてるというか、弾けてるような気がする』
『え、マジで!?おれのフルートそんなんなの!?そ、それは気づかなかった……!』
音には、その人の性格が出る。勿論技術も出てくるが、上手く説明できないその人特有の音が湧きだしてくるのも事実なのだ。
あとは、その曲をその人が好きかどうか、とか。その音を気に入っているかどうか、というのもなんとなく滲むような気がする。料理と一緒だ。自分が好きな料理や好物を作っている時はテンションが上がり、さらに美味しい料理を作ろうと無意識に努力をする。反面、切らな料理はやたらと手間がかかってしまったり、より不味く完成してしまったりする。辛いものが好きな人は無自覚で辛い方向に味が傾くし、甘いものが好きな人も同様。音楽に関しても、似たような“味付け”が出るのだ。
「そうそう、リズミカルにリズミカルに……!うんうん!じゃあ、この練習用にやつ弾いてみよっか!」
「はい!」
それを踏まえて考察すると。今日出会ったばかりの鞠花の性格も、ちょっとだけ想像ができる気がするのである。
彼女は初めての楽器にも物怖じしない。初心者であるにもかかわらず、音にも自信とか気の強い性格が滲んでいるような気がするのだ。不思議なことである。見た目は大和撫子のお嬢様で、上品な喋り方で、むしろ大人しそうに見えるというのに。
――それに。……どんな楽器でもいいっていうのは……音楽そのものが好きな奴か、逆に“音楽自体にあんまり興味がない奴”の言葉だと思うんだよな……。
語っていない言葉が、まだまだ多いような気がしてならない。
残念ながら遠くから聴く音だけで、そのすべてを図り知るのは不可能だったが。
が、実際はそれ以外を採用している学校は少なからずある。吹奏楽部なのに、弦楽器があることは珍しくないのだ。それもバイオリンでもヴィオラでもなく、コントラバスが。
理由は単純明快、コントラバスがいるのといないのとでは音の厚みが大きく違うからである。
吹奏楽部となると、どうしても注目されがち、人気になりがちなのはメロディーパートを担当する華やかな楽器である。トランペットとコルネット(この二つの楽器はそっくりなので混同している人が多いし、実際ひとくくりのパートにされていることも少なくない。実際、楽器としての違いも、コルネットの方がちょっと柔らかい音が出る、かも?くらいしかなかったりする)や、クラリネットなんかが人気だろう。フルートも、それなりに人気のある楽器だと言える。やはり、せっかく演奏に参加するならメロディーで目立ちたい、と思うのは普通のことだ。
しかし、みんながメロディーをやりたがっては曲は成立しない。メロディーが目立てるのは、それを引き立ててくれる美しいハーモニーがあってこそ。吹奏楽で使われる楽器は、それぞれ役割分担があり、それが大きな魅力になっていると言える。当然ながら楽器ごとに得意な音域が違うし、得意な演奏方法も異なってくるものだ。
例えばトロンボーンは譜面がヘ音記号であるあたりお察しの通り、比較的低い音を担当することが多い。正確には中音域に分類されるのだが、低音系のパートと一緒になって低い音のハーモニーを任されることも少なくない。反面、ファーストトロンボーンなどになると、トランペットと一緒にメロディーをやることもある。様々な役割に挑戦できる楽器なので、夏樹はトロンボーンが大好きだったりする。
話を戻すが。
音楽において、低音パートの重要性は言うまでもない。曲をどっしりと支えてくれる低音パートがいてこそ、吹奏楽の曲は安定感を増し気持ちの良いハーモニーが完成するのだ。
コントラバスは、その低音パートの中核を担う楽器だと言っても過言ではない。低音パートに分類される楽器は他にもチューバ、バリトンサックス、バスーンなんかもあるが(バリトンサックスは、サックスでありながらサックスパートとして計算されないことも少なくない。アルトサックスやテナーサックスとは大きく役割が違うからだ)、どの楽器も音色が大きく異なっている。
コントラバスは、吹奏楽部唯一の弦楽器であり、巨大なバイオリンみたいなやつのお尻部分を床に置いて弦で弾く楽器、だと説明すればわかりやすいだろうか。とにかく大きくて重い。ただし、いるのといないのとではハーモニーが大きくことなる。低音の弦楽器特有の重く、深い音はコントラバスにしか出せないからだ。
同時に、難易度の高い楽器なのも間違いない。他の楽器以上に、チューニングがあっていないと即バレするからである。そこまで音感がある方ではなく、どうしてもチューニングする時にチューナー(という、小さな機械があるのだ、この数字を見て音のズレを調整するのである)に頼ることが多い夏樹であっても、コントラバスの音のズレは機械を見ずにわかったりするのである。
――去年も今年も、先輩たちコントラバスに一年生入れようとめっちゃ頑張ってたもんなあ。
現在、自主練習の時間。譜面を捲りながら、夏樹はちらりと低音パートの方を見る。そこには、コントラバスの三年生に一生懸命教わっている鞠花の姿があった。まだ仮入部の段階から、先輩の熱の入りようは凄まじい。背が高くて、その分力もあるであろう鞠花はコントラバスのような大きな楽器に向いている。どんな楽器でもやってみたい、メロディーパートに拘らない――彼女がそう言った瞬間、先輩は明らかに目を輝かせていた。跡継ぎを作るチャンス!と思ったのだろう。
というのも、去年も今年も、コントラバスに一年生の新入部員が入ってくれなかったのである。
吹奏楽部に入る生徒の半数くらいは、小学校までの金管バンドの経験者。彼等彼女等は当然、小学校まで自分がやっていた楽器に参加したがる。そして、未経験者であっても名前が知れているトランペットパートは人気であるし、吹奏楽の花形といっていいクラリネットやフルートも当然人気が高まる。希望者の多くが、そちらに流れていくのは仕方のないことだった。
それでもまだ、トロンボーンなんかは有名な楽器であるし、メロディーをやることもないわけではないので希望者が出ないこともない。しかし、低音パートはほぼほぼメロディーをやる機会が皆無となる。望んでやりたがるのは極めて珍しいそっち方面の経験者か、ちょっと変わった趣味の者、くらいしかいないというのが実情なのだった。
――俺も、実際中学での経験がなかったとして……それでもコントラバスとか希望したかというと、微妙だしなあ。
一年生が入部する時には、どのパートを希望するのかについて調査の紙を配ることになる。その希望と経験を踏まえて、先輩達と先生で相談して一年生のパートの割り振りを行うのだ。
が、当然先輩達としても即戦力が欲しいのは間違いなく、トランペットなんかはほぼ経験者で埋まってしまう。ごく稀に、金管楽器の経験者が別の楽器に回されることもあるというくらいだ(体格や唇の厚さなんかも加味されるらしい)。
つまり、希望を出しても、希望通りの楽器になれない子が出るのは必然ということ。それで、これも面白そうだと割り切って活動できる子ばかりではないのも実情である。
去年も今年も、一年生でコントラバスを希望してくれた子はいなかった。とても大事な楽器であるにも関わらず、難しそうだとかメロディーができないからという理由で邪険にされてしまうのは悲しい現実なのである。
その結果、希望者でない子にコントラバスをお願いするということを二年連続で繰り返したのだが。
去年の子は、“なんでトランペット経験者の私がコントラバスなんですか!”と激怒。即座に退部。
今年の子は、“メロディーのある楽器がやりたいです”と選ばれた直後に号泣。――コントラバスパートの先輩が、頭を抱えることになったのである。
今年彼女が卒業してしまうと、吹奏楽部からコントラバスがいなくなってしまう。もはや諦めるしかないのか、と思っていたところで、さながら天の助けのように鞠花が登場したわけだ。まだ仮入部なので入部すると決まったわけではないが、貴重な“楽器未経験で、メロディーがない楽器にも興味がある”人材である。このチャンスを逃してなるものか!と必死になるのも無理からぬことではあった。
「そうそう!あんまり弓を立てすぎないで。直角くらいに当ててね」
先輩の熱の入った指導が、こちらまで聞こえてくる。
「コントラバスって、リズム感も音感も身につく凄く良い楽器なんだから!コントラバスがコケると皆コケる、って言われるくらい大事な楽器なの。縁の下の力持ちどころか中核と言っても過言じゃないのよー!好きになってくれると嬉しいわ」
「はい。凄く深みのある音ですよね。弾くのにすごくコツがいるけど……って、すみません、こっちの弦はどうやって抑えるのがいいですか?指が痛くなりそうで」
「あ、そこはね……」
鞠花は、間違いなく未経験で不慣れな楽器であるにも関わらず、非常に熱心に指導を聴いている。彼女が弓を動かすと、先輩のそれよりは遥かに拙いものの、しかし初心者が出しているとは思えないほど力強い音が響いてきた。
『音楽って、その人の性格がすごく滲むよね。美術でも同じことが言えるんだけどさ』
なんとなく思い出したのは、中学生の時の冬樹の言葉だ。
未経験だったにも関わらず、みるみるフルートの腕が上達し、天性の才能を発揮していた彼。夏樹とは違って、絶対音感に近いものを持っていたのをわかっている。よく皆が想像するような、物音を聴くとその音がドレミのどれなのかすぐわかる、というものではないが――歌の耳コピなんかは得意だったし、なんなら家にあったピアノで左右の手ですぐ弾いてみる、なんてこともできる奴だった。
夏樹とは違う。同じ魂を分けた双子なのに不思議なことだ。明らかに、音楽の神様に愛されていたのは彼の方だったのだから。
それをコンプレックスに思ったことはあまりない。自分は自分、彼は彼。自分達は、互いが出来ないことを補い合う存在だと、幼い頃には認識していたから。夏樹ができないことを冬樹が出来る分、冬樹ができないことは夏樹が出来る。音楽だって同じ、それだけのこと。彼の方がセンスはあるが、それでも冬樹はトロンボーンは吹けない。それでいいのだ、と思っていた。
『同じ曲を演奏してもさ、全然違う曲に聞こえるっていうか。合奏だとわかりづらいけど……ソロでやってるとさ、その人がどういう性格なのか、想像できるってことない?自信がない人や、気が弱い人は音が小さくて儚くなりがちっていうか』
『なるほど。そう言われてみると、冬樹のポジティブすぎる性格はいっつも滲んでる気がするな。フルートなんて柔らかい音の楽器のはずなのに、なんかいっつも音がハネてるというか、弾けてるような気がする』
『え、マジで!?おれのフルートそんなんなの!?そ、それは気づかなかった……!』
音には、その人の性格が出る。勿論技術も出てくるが、上手く説明できないその人特有の音が湧きだしてくるのも事実なのだ。
あとは、その曲をその人が好きかどうか、とか。その音を気に入っているかどうか、というのもなんとなく滲むような気がする。料理と一緒だ。自分が好きな料理や好物を作っている時はテンションが上がり、さらに美味しい料理を作ろうと無意識に努力をする。反面、切らな料理はやたらと手間がかかってしまったり、より不味く完成してしまったりする。辛いものが好きな人は無自覚で辛い方向に味が傾くし、甘いものが好きな人も同様。音楽に関しても、似たような“味付け”が出るのだ。
「そうそう、リズミカルにリズミカルに……!うんうん!じゃあ、この練習用にやつ弾いてみよっか!」
「はい!」
それを踏まえて考察すると。今日出会ったばかりの鞠花の性格も、ちょっとだけ想像ができる気がするのである。
彼女は初めての楽器にも物怖じしない。初心者であるにもかかわらず、音にも自信とか気の強い性格が滲んでいるような気がするのだ。不思議なことである。見た目は大和撫子のお嬢様で、上品な喋り方で、むしろ大人しそうに見えるというのに。
――それに。……どんな楽器でもいいっていうのは……音楽そのものが好きな奴か、逆に“音楽自体にあんまり興味がない奴”の言葉だと思うんだよな……。
語っていない言葉が、まだまだ多いような気がしてならない。
残念ながら遠くから聴く音だけで、そのすべてを図り知るのは不可能だったが。
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