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<1・告白。>
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その時、萬屋夏樹はつい思った。自分、いつからラノベの主人公になったんだっけ、と。
「萬屋夏樹君、ですよね。私、今日から二組に転校してきた、八尾鞠花と申します」
長いサラサラとした黒髪。育ちの良さが滲み出る、上品な喋り方。ドラマや映画から飛び出してきたかのような美少女は、にっこりと微笑んで頭を下げた。
きっと、多くの男はこの笑顔にくらっと来るのだろう。高値の花、という言葉がまさに相応しいに違いない。それこそ、社交界でドレスでも着て微笑んでいたら、それだけで絵になりそうな。
問題は。
「私、萬屋君のことが好きです。付き合ってください」
「……は?」
ここが学校の廊下であるということ。
彼女が今日転校してきたばかりの生徒であるということ。
そして、夏樹と鞠花が、たった今初めて言葉を交わしたということだ。
――え、ええええ……?
これがラノベの世界で、夏樹がそのラブコメ作品の主人公ならばあり得た展開だろう。でも実際、そういうわけではないわけで。
――な、なんで?
美少女に告白されたということよりも、戸惑いが勝るのは当然のことなのだった。
***
「は!?お前、それでOKしなかったのかよ!?」
「声がでかい声がでかいって理貴!」
夏樹はうんざりしながら、自分の肩に回された親友の手をやんわりと振りほどいた。
昼休みの、衝撃的すぎる告白。結局答えが出せないまま、鞠花は“答え、待ってますから”と言って立ち去ってしまった。何でどうしてどうなった、と完全に置いてけぼりの夏樹はぽかーんとするしかない。だって、展開があまりにも急すぎるではないか。
流石に自分では判断できず、放課後になってから親友の一之宮理貴に相談しているというわけである。
「そりゃ、八尾さんは凄く美人だとは思う。思うけど、流石におかしいと思うだろ。今日、転校生として入ってきたばっかりだぞ?半日どころか数時間しか経ってない、会話もしたこともない相手に“好きです付き合ってください”なんてことになるか、普通?」
夏樹は心底うんざりして、自分とは真逆で騒がしい友人を見た。
「からかわれてるんじゃないか、何かの悪戯か罰ゲームなんじゃないのか……って警戒するのは当たり前だろ。俺は一目惚れされるようなイケメンじゃないし」
「え、何?喧嘩売ってるんですか萬屋サン。非常にムカつくことではございますけれどアナタは充分すぎるほどイケメンなのですが自覚なしでございますか爆発しろやゴラ」
「喋り方おかしいだろ!?って痛い痛い痛いいったい!」
おかしい、何で理貴はそんなに怒ってるんだ。こめかみをギリギリと両拳で抉られて悲鳴を上げる夏樹である。自分よりもずっと体が大きくて(身長は175cmとそこまででもないが、いかんせん筋肉質でがっちりしているのだ)力が強い友人だ。物理を行使されるのは非常に辛い。
「ギブギブギブ!俺が何をした!」
「美少女に告白されておきながらイケメンである自覚もない罪だ、悔い改めろ」
「何だそりゃ!?」
「だって羨ましいんだよお前!!」
理貴はくわっ!と目を見開いて言う。
「あのな、八尾さんが教室に入ってきた時の空気!五月の爽やかな風が一気にバラ色に染まったことにお前は気づいていないのか!?男子どもはみんな、あのサラサラヘアーと大きくてキラキラした瞳に目を奪われ、ついでにちょっとでっかいおっぱいに目を見張ったんだぞ!あんな、アニメの世界でしか見たことがない美少女が突如として転校生として我らの世界に花を添えたのだ、心踊らないはずがあるか、いや、ない!」
何とも大袈裟な。夏樹は呆れるしかない。あと、確かに美少女だなとは思ったが、いきなり胸を見るのは失礼すぎやしないか。いや、男の本能は理解できるので見ることまでは百歩譲るとしても、それを堂々と公言するのはさすがにどうなんだと思う。
実際、教室にはまだ多くの女子生徒も残っている。彼のどでかい声が聞こえた数人の女子が、虫けらでも見るような眼で理貴を見ていることに何で気づかないのか。気づかない方が幸せなのかもしれないが。
「お前、喋れば喋るほどモテなくなっていく事実にいい加減気づけよな……」
一応親友として、アドバイスだけはしてやる夏樹である。ぶっちゃけると、理貴は何も不細工ではないし、充分イケメンの範疇に入る顔立ちではあると思う。それでも女子にモテないのは、確実に欲望に忠実すぎる言動のせいだろう。
そもそも、音楽に挑戦したいという真っ当な理由で吹奏楽部に入った自分と違い、彼は“女の子だらけで幸せだから”という理由で吹奏楽部に突撃したという猛者だ。ちゃんと部活動そのものはきちんとやっているし、いつも女のオッパイだのモテたいだのという話ばっかりしているほどモラルがない奴でもないのだが。
「お前が言う通り、美人だから警戒してるんだよ。一目惚れっていうのも、無いとは言わない。でも、一目惚れするにしたって、喋ったこともない相手を今日初めて見て……って普通あるか?俺の顔がどうだったとしても、流石に確率が低すぎるだろうに」
「まあなあ。からかわれてるんじゃ?って疑いたくなるのもわからないではねーけど」
ふむ、と彼は名探偵のように、顎に手を当てて考え込む仕草をする。
「そもそも、五月に転校してくるってのがなかなか珍しくはあるかな。……しかも自己紹介の時言ってたけど、八尾さんって超頭良い学校だって話だろ。なんで、うちの高校みたいな平凡なところに来たのかね」
それは、夏樹も引っかかっているところではあった。自己紹介の時、先生が八尾鞠花の元の高校の名前を言ってみんながざわついたのである。三参道高校。隣の、三参道市の名門高校だ。自分達の学校である“七海学園”もけしてレベルが低い学校ではないのだが、三参道高校は市の名前ががっつりついている、県内でも有数の進学校である。というか、多分県内でも一番目か二番目くらいに頭が良い学校だったのではなかっただろうか。
そんな学校から、何で七海学園に転校してきたんだろう?というのはみんな疑問に思っていることに違いない。隣の市に引っ越すだけで、学校を変えなくてはいけなかった理由も。それなりに苦労して勉強して合格しては言った進学校であろうに。
「七海学園も進学校だけどさあ、偏差値っていったら三参道には劣るし?何より、私立だから授業料はそれなりにかかるしな」
とすると、と指を一本立てる理貴。
「何か、別の目的があってこの学校に転校してきた……だったりして!」
「別の目的ってなんだよ」
「例えば、お前がこの学校に在籍してるからってのはどうだ?ヒロインが、好きになった人を追いかけて転校するとかラノベならありそうじゃん!」
「はー?」
流石に、ラノベとラブコメ漫画の見すぎである。
「何でそうなるんだよ。だから、俺は彼女とは今日が初対面だって言っただろ。その理屈で言うなら、俺と彼女はどこかで会っていなきゃいかしいじゃないか」
勿論、電車通学している時にいつも同じ電車に乗り合わせていて、そこでひそかに想いを寄せられていた――なんてパターンがないとは言わない。でも、やっぱり彼女とどこかで居合わせたことはないように思うのだ。
自分はともかく、鞠花はどこに行っても目立つタイプだろう。今時見ないような、大和撫子を体現したようなお嬢様系美人。電車で近くにいたら、眼を奪われないとは思えないのだが。
「何か目的があって、わざわざ転校してきたセンはなくもないけど。八尾さんって八尾銀行専務のお嬢様なんだろ、本人が言ってたし。転校って、本人の意思だけでほいほいできるもんか?その、銀行のお偉いさんの親が、“一般庶民の男に惚れたので、そいつがいる学校に転校します。しかもそいつのガッコは、今いる県立の高校よりも偏差値が低い私立です”なんてこと許すと思うか?」
考えれば考えるほど、謎である。無論、本当に外見だけで惚れた可能性を完全に否定できるわけではないが――そうだと確信できるまでは、イエスにしろノーにしろまともな返事などできるはずもないのである。
幸い、本人は返事を焦っているようには見えなかった。もう少し考えてから結論を出しても、機嫌を損ねるようなことはないだろうが。
「うーん、これはミステリーだな。調べてみる必要がありそうだ。ふふふ、三参道高校にも友達はいるから、いろいろ聴いてみるかな!」
理貴は段々、探偵ごっこに乗り気になってきてしまっているらしい。ほどほどにな、と夏樹は一応釘を刺した。あわよくば、自分が彼女と付き合うことができないか狙っているのが見えている。大した理由があるわけではないかもしれないし、逆にとても深刻な理由で転校を決意したのかもしれない。まあり突っつきすぎると、余計な蛇を出すこともある。どうか、慎重に動いて欲しいものだ。
最初は、転校生の美少女が突然告白してくるという、ラブコメさながらの出来事だった。
それがまさか、もっとずっと深刻な事件の始まりになるとは、この時の夏樹は夢にも思っていなかったわけだが。
「萬屋夏樹君、ですよね。私、今日から二組に転校してきた、八尾鞠花と申します」
長いサラサラとした黒髪。育ちの良さが滲み出る、上品な喋り方。ドラマや映画から飛び出してきたかのような美少女は、にっこりと微笑んで頭を下げた。
きっと、多くの男はこの笑顔にくらっと来るのだろう。高値の花、という言葉がまさに相応しいに違いない。それこそ、社交界でドレスでも着て微笑んでいたら、それだけで絵になりそうな。
問題は。
「私、萬屋君のことが好きです。付き合ってください」
「……は?」
ここが学校の廊下であるということ。
彼女が今日転校してきたばかりの生徒であるということ。
そして、夏樹と鞠花が、たった今初めて言葉を交わしたということだ。
――え、ええええ……?
これがラノベの世界で、夏樹がそのラブコメ作品の主人公ならばあり得た展開だろう。でも実際、そういうわけではないわけで。
――な、なんで?
美少女に告白されたということよりも、戸惑いが勝るのは当然のことなのだった。
***
「は!?お前、それでOKしなかったのかよ!?」
「声がでかい声がでかいって理貴!」
夏樹はうんざりしながら、自分の肩に回された親友の手をやんわりと振りほどいた。
昼休みの、衝撃的すぎる告白。結局答えが出せないまま、鞠花は“答え、待ってますから”と言って立ち去ってしまった。何でどうしてどうなった、と完全に置いてけぼりの夏樹はぽかーんとするしかない。だって、展開があまりにも急すぎるではないか。
流石に自分では判断できず、放課後になってから親友の一之宮理貴に相談しているというわけである。
「そりゃ、八尾さんは凄く美人だとは思う。思うけど、流石におかしいと思うだろ。今日、転校生として入ってきたばっかりだぞ?半日どころか数時間しか経ってない、会話もしたこともない相手に“好きです付き合ってください”なんてことになるか、普通?」
夏樹は心底うんざりして、自分とは真逆で騒がしい友人を見た。
「からかわれてるんじゃないか、何かの悪戯か罰ゲームなんじゃないのか……って警戒するのは当たり前だろ。俺は一目惚れされるようなイケメンじゃないし」
「え、何?喧嘩売ってるんですか萬屋サン。非常にムカつくことではございますけれどアナタは充分すぎるほどイケメンなのですが自覚なしでございますか爆発しろやゴラ」
「喋り方おかしいだろ!?って痛い痛い痛いいったい!」
おかしい、何で理貴はそんなに怒ってるんだ。こめかみをギリギリと両拳で抉られて悲鳴を上げる夏樹である。自分よりもずっと体が大きくて(身長は175cmとそこまででもないが、いかんせん筋肉質でがっちりしているのだ)力が強い友人だ。物理を行使されるのは非常に辛い。
「ギブギブギブ!俺が何をした!」
「美少女に告白されておきながらイケメンである自覚もない罪だ、悔い改めろ」
「何だそりゃ!?」
「だって羨ましいんだよお前!!」
理貴はくわっ!と目を見開いて言う。
「あのな、八尾さんが教室に入ってきた時の空気!五月の爽やかな風が一気にバラ色に染まったことにお前は気づいていないのか!?男子どもはみんな、あのサラサラヘアーと大きくてキラキラした瞳に目を奪われ、ついでにちょっとでっかいおっぱいに目を見張ったんだぞ!あんな、アニメの世界でしか見たことがない美少女が突如として転校生として我らの世界に花を添えたのだ、心踊らないはずがあるか、いや、ない!」
何とも大袈裟な。夏樹は呆れるしかない。あと、確かに美少女だなとは思ったが、いきなり胸を見るのは失礼すぎやしないか。いや、男の本能は理解できるので見ることまでは百歩譲るとしても、それを堂々と公言するのはさすがにどうなんだと思う。
実際、教室にはまだ多くの女子生徒も残っている。彼のどでかい声が聞こえた数人の女子が、虫けらでも見るような眼で理貴を見ていることに何で気づかないのか。気づかない方が幸せなのかもしれないが。
「お前、喋れば喋るほどモテなくなっていく事実にいい加減気づけよな……」
一応親友として、アドバイスだけはしてやる夏樹である。ぶっちゃけると、理貴は何も不細工ではないし、充分イケメンの範疇に入る顔立ちではあると思う。それでも女子にモテないのは、確実に欲望に忠実すぎる言動のせいだろう。
そもそも、音楽に挑戦したいという真っ当な理由で吹奏楽部に入った自分と違い、彼は“女の子だらけで幸せだから”という理由で吹奏楽部に突撃したという猛者だ。ちゃんと部活動そのものはきちんとやっているし、いつも女のオッパイだのモテたいだのという話ばっかりしているほどモラルがない奴でもないのだが。
「お前が言う通り、美人だから警戒してるんだよ。一目惚れっていうのも、無いとは言わない。でも、一目惚れするにしたって、喋ったこともない相手を今日初めて見て……って普通あるか?俺の顔がどうだったとしても、流石に確率が低すぎるだろうに」
「まあなあ。からかわれてるんじゃ?って疑いたくなるのもわからないではねーけど」
ふむ、と彼は名探偵のように、顎に手を当てて考え込む仕草をする。
「そもそも、五月に転校してくるってのがなかなか珍しくはあるかな。……しかも自己紹介の時言ってたけど、八尾さんって超頭良い学校だって話だろ。なんで、うちの高校みたいな平凡なところに来たのかね」
それは、夏樹も引っかかっているところではあった。自己紹介の時、先生が八尾鞠花の元の高校の名前を言ってみんながざわついたのである。三参道高校。隣の、三参道市の名門高校だ。自分達の学校である“七海学園”もけしてレベルが低い学校ではないのだが、三参道高校は市の名前ががっつりついている、県内でも有数の進学校である。というか、多分県内でも一番目か二番目くらいに頭が良い学校だったのではなかっただろうか。
そんな学校から、何で七海学園に転校してきたんだろう?というのはみんな疑問に思っていることに違いない。隣の市に引っ越すだけで、学校を変えなくてはいけなかった理由も。それなりに苦労して勉強して合格しては言った進学校であろうに。
「七海学園も進学校だけどさあ、偏差値っていったら三参道には劣るし?何より、私立だから授業料はそれなりにかかるしな」
とすると、と指を一本立てる理貴。
「何か、別の目的があってこの学校に転校してきた……だったりして!」
「別の目的ってなんだよ」
「例えば、お前がこの学校に在籍してるからってのはどうだ?ヒロインが、好きになった人を追いかけて転校するとかラノベならありそうじゃん!」
「はー?」
流石に、ラノベとラブコメ漫画の見すぎである。
「何でそうなるんだよ。だから、俺は彼女とは今日が初対面だって言っただろ。その理屈で言うなら、俺と彼女はどこかで会っていなきゃいかしいじゃないか」
勿論、電車通学している時にいつも同じ電車に乗り合わせていて、そこでひそかに想いを寄せられていた――なんてパターンがないとは言わない。でも、やっぱり彼女とどこかで居合わせたことはないように思うのだ。
自分はともかく、鞠花はどこに行っても目立つタイプだろう。今時見ないような、大和撫子を体現したようなお嬢様系美人。電車で近くにいたら、眼を奪われないとは思えないのだが。
「何か目的があって、わざわざ転校してきたセンはなくもないけど。八尾さんって八尾銀行専務のお嬢様なんだろ、本人が言ってたし。転校って、本人の意思だけでほいほいできるもんか?その、銀行のお偉いさんの親が、“一般庶民の男に惚れたので、そいつがいる学校に転校します。しかもそいつのガッコは、今いる県立の高校よりも偏差値が低い私立です”なんてこと許すと思うか?」
考えれば考えるほど、謎である。無論、本当に外見だけで惚れた可能性を完全に否定できるわけではないが――そうだと確信できるまでは、イエスにしろノーにしろまともな返事などできるはずもないのである。
幸い、本人は返事を焦っているようには見えなかった。もう少し考えてから結論を出しても、機嫌を損ねるようなことはないだろうが。
「うーん、これはミステリーだな。調べてみる必要がありそうだ。ふふふ、三参道高校にも友達はいるから、いろいろ聴いてみるかな!」
理貴は段々、探偵ごっこに乗り気になってきてしまっているらしい。ほどほどにな、と夏樹は一応釘を刺した。あわよくば、自分が彼女と付き合うことができないか狙っているのが見えている。大した理由があるわけではないかもしれないし、逆にとても深刻な理由で転校を決意したのかもしれない。まあり突っつきすぎると、余計な蛇を出すこともある。どうか、慎重に動いて欲しいものだ。
最初は、転校生の美少女が突然告白してくるという、ラブコメさながらの出来事だった。
それがまさか、もっとずっと深刻な事件の始まりになるとは、この時の夏樹は夢にも思っていなかったわけだが。
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