愛憎シンフォニー

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中

文字の大きさ
上 下
1 / 28

<1・告白。>

しおりを挟む
 その時、萬屋夏樹よろずやなつきはつい思った。自分、いつからラノベの主人公になったんだっけ、と。

「萬屋夏樹君、ですよね。私、今日から二組に転校してきた、八尾鞠花やおまりかと申します」

 長いサラサラとした黒髪。育ちの良さが滲み出る、上品な喋り方。ドラマや映画から飛び出してきたかのような美少女は、にっこりと微笑んで頭を下げた。
 きっと、多くの男はこの笑顔にくらっと来るのだろう。高値の花、という言葉がまさに相応しいに違いない。それこそ、社交界でドレスでも着て微笑んでいたら、それだけで絵になりそうな。
 問題は。

「私、萬屋君のことが好きです。付き合ってください」
「……は?」

 ここが学校の廊下であるということ。
 彼女が今日転校してきたばかりの生徒であるということ。
 そして、夏樹と鞠花が、たった今初めて言葉を交わしたということだ。

――え、ええええ……?

 これがラノベの世界で、夏樹がそのラブコメ作品の主人公ならばあり得た展開だろう。でも実際、そういうわけではないわけで。

――な、なんで?

 美少女に告白されたということよりも、戸惑いが勝るのは当然のことなのだった。



 ***



「は!?お前、それでOKしなかったのかよ!?」
「声がでかい声がでかいって理貴りき!」

 夏樹はうんざりしながら、自分の肩に回された親友の手をやんわりと振りほどいた。
 昼休みの、衝撃的すぎる告白。結局答えが出せないまま、鞠花は“答え、待ってますから”と言って立ち去ってしまった。何でどうしてどうなった、と完全に置いてけぼりの夏樹はぽかーんとするしかない。だって、展開があまりにも急すぎるではないか。
 流石に自分では判断できず、放課後になってから親友の一之宮理貴いちのみやりきに相談しているというわけである。

「そりゃ、八尾さんは凄く美人だとは思う。思うけど、流石におかしいと思うだろ。今日、転校生として入ってきたばっかりだぞ?半日どころか数時間しか経ってない、会話もしたこともない相手に“好きです付き合ってください”なんてことになるか、普通?」

 夏樹は心底うんざりして、自分とは真逆で騒がしい友人を見た。

「からかわれてるんじゃないか、何かの悪戯か罰ゲームなんじゃないのか……って警戒するのは当たり前だろ。俺は一目惚れされるようなイケメンじゃないし」
「え、何?喧嘩売ってるんですか萬屋サン。非常にムカつくことではございますけれどアナタは充分すぎるほどイケメンなのですが自覚なしでございますか爆発しろやゴラ」
「喋り方おかしいだろ!?って痛い痛い痛いいったい!」

 おかしい、何で理貴はそんなに怒ってるんだ。こめかみをギリギリと両拳で抉られて悲鳴を上げる夏樹である。自分よりもずっと体が大きくて(身長は175cmとそこまででもないが、いかんせん筋肉質でがっちりしているのだ)力が強い友人だ。物理を行使されるのは非常に辛い。

「ギブギブギブ!俺が何をした!」
「美少女に告白されておきながらイケメンである自覚もない罪だ、悔い改めろ」
「何だそりゃ!?」
「だって羨ましいんだよお前!!」

 理貴はくわっ!と目を見開いて言う。

「あのな、八尾さんが教室に入ってきた時の空気!五月の爽やかな風が一気にバラ色に染まったことにお前は気づいていないのか!?男子どもはみんな、あのサラサラヘアーと大きくてキラキラした瞳に目を奪われ、ついでにちょっとでっかいおっぱいに目を見張ったんだぞ!あんな、アニメの世界でしか見たことがない美少女が突如として転校生として我らの世界に花を添えたのだ、心踊らないはずがあるか、いや、ない!」

 何とも大袈裟な。夏樹は呆れるしかない。あと、確かに美少女だなとは思ったが、いきなり胸を見るのは失礼すぎやしないか。いや、男の本能は理解できるので見ることまでは百歩譲るとしても、それを堂々と公言するのはさすがにどうなんだと思う。
 実際、教室にはまだ多くの女子生徒も残っている。彼のどでかい声が聞こえた数人の女子が、虫けらでも見るような眼で理貴を見ていることに何で気づかないのか。気づかない方が幸せなのかもしれないが。

「お前、喋れば喋るほどモテなくなっていく事実にいい加減気づけよな……」

 一応親友として、アドバイスだけはしてやる夏樹である。ぶっちゃけると、理貴は何も不細工ではないし、充分イケメンの範疇に入る顔立ちではあると思う。それでも女子にモテないのは、確実に欲望に忠実すぎる言動のせいだろう。
 そもそも、音楽に挑戦したいという真っ当な理由で吹奏楽部に入った自分と違い、彼は“女の子だらけで幸せだから”という理由で吹奏楽部に突撃したという猛者だ。ちゃんと部活動そのものはきちんとやっているし、いつも女のオッパイだのモテたいだのという話ばっかりしているほどモラルがない奴でもないのだが。

「お前が言う通り、美人だから警戒してるんだよ。一目惚れっていうのも、無いとは言わない。でも、一目惚れするにしたって、喋ったこともない相手を今日初めて見て……って普通あるか?俺の顔がどうだったとしても、流石に確率が低すぎるだろうに」
「まあなあ。からかわれてるんじゃ?って疑いたくなるのもわからないではねーけど」

 ふむ、と彼は名探偵のように、顎に手を当てて考え込む仕草をする。

「そもそも、五月に転校してくるってのがなかなか珍しくはあるかな。……しかも自己紹介の時言ってたけど、八尾さんって超頭良い学校だって話だろ。なんで、うちの高校みたいな平凡なところに来たのかね」

 それは、夏樹も引っかかっているところではあった。自己紹介の時、先生が八尾鞠花の元の高校の名前を言ってみんながざわついたのである。三参道高校さんさんどうこうこう。隣の、三参道市の名門高校だ。自分達の学校である“七海学園ななうみがくえん”もけしてレベルが低い学校ではないのだが、三参道高校は市の名前ががっつりついている、県内でも有数の進学校である。というか、多分県内でも一番目か二番目くらいに頭が良い学校だったのではなかっただろうか。
 そんな学校から、何で七海学園に転校してきたんだろう?というのはみんな疑問に思っていることに違いない。隣の市に引っ越すだけで、学校を変えなくてはいけなかった理由も。それなりに苦労して勉強して合格しては言った進学校であろうに。

「七海学園も進学校だけどさあ、偏差値っていったら三参道には劣るし?何より、私立だから授業料はそれなりにかかるしな」

 とすると、と指を一本立てる理貴。

「何か、別の目的があってこの学校に転校してきた……だったりして!」
「別の目的ってなんだよ」
「例えば、お前がこの学校に在籍してるからってのはどうだ?ヒロインが、好きになった人を追いかけて転校するとかラノベならありそうじゃん!」
「はー?」

 流石に、ラノベとラブコメ漫画の見すぎである。

「何でそうなるんだよ。だから、俺は彼女とは今日が初対面だって言っただろ。その理屈で言うなら、俺と彼女はどこかで会っていなきゃいかしいじゃないか」

 勿論、電車通学している時にいつも同じ電車に乗り合わせていて、そこでひそかに想いを寄せられていた――なんてパターンがないとは言わない。でも、やっぱり彼女とどこかで居合わせたことはないように思うのだ。
 自分はともかく、鞠花はどこに行っても目立つタイプだろう。今時見ないような、大和撫子を体現したようなお嬢様系美人。電車で近くにいたら、眼を奪われないとは思えないのだが。

「何か目的があって、わざわざ転校してきたセンはなくもないけど。八尾さんって八尾銀行専務のお嬢様なんだろ、本人が言ってたし。転校って、本人の意思だけでほいほいできるもんか?その、銀行のお偉いさんの親が、“一般庶民の男に惚れたので、そいつがいる学校に転校します。しかもそいつのガッコは、今いる県立の高校よりも偏差値が低い私立です”なんてこと許すと思うか?」

 考えれば考えるほど、謎である。無論、本当に外見だけで惚れた可能性を完全に否定できるわけではないが――そうだと確信できるまでは、イエスにしろノーにしろまともな返事などできるはずもないのである。
 幸い、本人は返事を焦っているようには見えなかった。もう少し考えてから結論を出しても、機嫌を損ねるようなことはないだろうが。

「うーん、これはミステリーだな。調べてみる必要がありそうだ。ふふふ、三参道高校にも友達はいるから、いろいろ聴いてみるかな!」

 理貴は段々、探偵ごっこに乗り気になってきてしまっているらしい。ほどほどにな、と夏樹は一応釘を刺した。あわよくば、自分が彼女と付き合うことができないか狙っているのが見えている。大した理由があるわけではないかもしれないし、逆にとても深刻な理由で転校を決意したのかもしれない。まあり突っつきすぎると、余計な蛇を出すこともある。どうか、慎重に動いて欲しいものだ。
 最初は、転校生の美少女が突然告白してくるという、ラブコメさながらの出来事だった。
 それがまさか、もっとずっと深刻な事件の始まりになるとは、この時の夏樹は夢にも思っていなかったわけだが。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

泉田高校放課後事件禄

野村だんだら
ミステリー
連作短編形式の長編小説。人の死なないミステリです。 田舎にある泉田高校を舞台に、ちょっとした事件や謎を主人公の稲富くんが解き明かしていきます。 【第32回前期ファンタジア大賞一次選考通過作品を手直しした物になります】

強制憑依アプリを使ってみた。

本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。 校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈ これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。 不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。 その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。 話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。 頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。 まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

夜の動物園の異変 ~見えない来園者~

メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。 飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。 ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた—— 「そこに、"何か"がいる……。」 科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。 これは幽霊なのか、それとも——?

処理中です...