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<27・朝日小雨>
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不思議と、頭の底は冷え切っていた。自分が何をしているか、何をしてしまっているかわかっている。わかっていても止めたいと思わないし、止める気にもなれない。小雨はまさにそういう心境だった。己が変わってしまったとは思わない。きっと元からこういう自分もどこかにあって、それが今回のことがきっかけで顕在化しただけだと考えている。
何故なら、小雨はずっと小さい頃から霧夜のことが好きだったから。恋愛対象として。ずっとずっと、未来まで一緒にいたいたった一人として。
異性であったのは結果論だとさえ思っている。きっと自分は霧夜が女の子でも、自分が男の子でも、もっと年が離れていても彼に恋をしていた。運命の相手なんて存在が幼稚園で見つかるなんて幻想だと言うかもしれないけれど、小雨は今本気でそう思っている。だってそうだろう。
傷つけられて、本気で世界そのものを憎みたくなるなんて。それほどに愛した相手が、本物でないはずがない。
そして自分の能力は。自分が本気で愛した相手でなければきっと発動しなかったはずだ。
「ひいいいっ!」
逃げ惑う警備兵の頭を、後ろから殴りつけた。霧夜とジョージと一緒に戦闘訓練をしていた時とは比較にならない攻撃力。小雨が少し殴っただけで、相手の体はまるで豆腐でも削り取るように抉れるのである。それほどのブーストがかかっている。この力を発動して戦うことができたなら、きっとあのキメラ・ドラゴン相手でもいくらでも勝負のしようがあったことだろう。
血の雨を浴びながら庭を歩く、歩く。盗賊らしき連中も丁寧にミンチにしたし、警備兵は勿論、執事やメイドであっても刃向ってくる人間は全て殺した。全員殺して綺麗にしなければいけないと分かっていたからだ。この庭と屋敷内に人がほとんどいなくなって初めて、自分と霧夜は堂々と“許可なく”この庭を通行し、塔へと向かうことができるのである。――まあ、キメラ・ドラゴンを操っていたと思しき術者の男も殺したし、盗賊団もほとんど殺し尽くしたと思われるので、今なら森や洞窟を通ってもさほど問題はないのかもしれないが。
この力を、フージョタウンの騒動で使わなかった理由は一つ。使わなかったのではなく、使えなかった、それだけだ。
――女神サマ。あんたは最初から、こうなることを見越してあたしにこのスキルを寄越したの?だとしたら……とんだ策士だね。
霧夜のスキル“停止”。特定の対象の時間を十秒間止める代わりに、一回の発動につき一年自分の寿命を縮めるというもの。
ジョージのスキル“無敵”。発動すれば二十秒間透明になり、かつどんな攻撃も耐えられる状態になれるというもの。
さっきの赤髪の転生者のスキルは何だろう。攻撃してくる寸前で恐ろしく速くなったように見えたから、“音速”とか“光速”とかそのへんだったのだろうか。まあ、今となってはどうでもいいが。他の盗賊連中はスキルを発動する暇もなく殺せたし、今更気にする必要もないだろう。
小雨の能力を霧夜たちに教えなかったのは、そもそも使える見込みも使う予定もなかったからだ。
小雨のスキル“復讐”。この力は、そもそも平常時ではどんな対価を支払おうと使うことはできない。その名の通り、復讐にしか使えない力であるからである。そう、小雨にとって真に愛する者が傷つけられた時にだけ使える力。その存在が苦しめられた時間、傷つけられた痛みに比例して力が倍増していくことになる。小雨が牢屋に捕まっていた時間と、霧夜が拷問を受けていた時間は同じくらいの長さであったはず。恐らく、おおよそ四時間程度。小雨は、霧夜が傷つけられたその四時間のうちの四分の一の時間、己の身体能力、耐久力、魔力を百倍まで強化することができるのである。
ただし、その対象は、愛しい相手を傷つけた連中とその関係者に限定されることになる。裏を返せば、一時間の間、件の連中は小雨にほぼ一切手出しができない状態となる。なんせ全ステータスに百倍の補正がかかるのだ。それこそ、銃弾で撃たれたところでろくな傷をつけることも叶わない。単なる身体的な防御力のみならず、防具による耐久性、魔力よる防御力も全て百倍になるから当然といえば当然である。彼らは小雨がやってきたことを理解した時点で、小雨に気づかれる前に“庭”から逃げ出さなければいけなかったのだ。――小雨のスキルの詳細を理解していなかった連中はみんな戦うか逃げ遅れてしまったせいで、今に至るわけであったが。
「た、助け、助けて、お願いいいい!!」
警備兵達と盗賊たち、住人達の血と肉片が大量に散らばる庭。その血の海の中に、尻もちをついて泣きわめいている女が一人。紫色のドレスを着た、けばけばしい化粧の中年女性――ダンテ公爵夫人、クリスティーナだった。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔は、実にみっともないものである。
「あ、あんた、あの女の復讐に来たんでしょ!?で、でもわたくしだってあんなことしたくはなかったのよ!?わたくしはただ、イレーネ様のお告げに従っただけなの!本当よ!」
「……そう。やっぱり、イレーネ様があんた達にお告げをしてたんだね」
「そう、そうなの!そうなのよ!」
「じゃあ訊くけど。どうしてイレーネ様は、あんたにそんなことを頼んだのかな?転生者達を穢れさせてからマルヴィナ様のところに到達させることで、元の世界に帰せない大義名分を作る目的じゃないか……ってあんたのところの警備兵は話してたけど」
「そ、それだけじゃないわ……!」
助かるためならば忠誠心も投げ捨てる。結局、彼女の信仰等その程度のものだったのだろう。クリスティーナはへらへらと笑いながら、ぺらぺらと機密であるはずの情報を喋る。
「い、イレーネ様は……マルヴィナ様とずっと一緒にいたいの。二人だけの神様だから。ほ、本当は、魔王の力なんかこの世界には残ってない。マルヴィナ様が何かを封印してるなんてわけじゃない。でもそういうことにしないとマルヴィナ様が消えてしまうから、イレーネ様は一人になってしまうから、それで!それで、マルヴィナ様が“神様”であり続ける必要があるってことにするために……マルヴィナ様が目覚めて“死”を望むたび、災厄を巻き起こして、同時に異世界で素質がある人間を殺して転生者として呼び出すの。マルヴィナ様を眠らせて……“贄”とするために!」
明かされた真実は。
小雨が想像していたよりもさらに、酷いものだった。
「ま、マルヴィナ様を神として存続させるためには、資格を持った転生者という生贄が必要だから!そう……ほどよく“穢れ”を持った転生者だけが、世界を救う贄という名の救世主になるの……だから、そのために、わたくしたちは必要なことをしてた!転生者に穢れを持ってもらうために、それで!」
「そう……」
こいつは、全部知っていて。保身のためにそれを黙っていたというのか。
世界に災厄を振り撒いているのがマルヴィナではなくイレーネだと分かっていても。
マルヴィナを眠らせた転生者が、理由をつけて元の世界に帰して貰えないばかりか――最終的にマルヴィナをこの世界に縛りつけるための贄とされるということも。
この世界の諸悪の根源が誰であるのかわかっていながら、こいつは。
「ありがと、教えてくれて」
小雨はゆっくりと女の元に歩み寄る。
「知りたいことは訊けたから、もういいや。死んで」
「な、なんでっ」
「何で自分だけ助かると思ったの?……あんたにひと欠片でも良心があったら。霧夜にあんなことをするのを思いとどまったら。あたしだってこんなことする必要なかったよ。……さよなら。地獄の、一番深い深いところまで堕ちて……二度と転生して来ないでね」
軽く女の体に触れた次の瞬間、彼女の体は下腹部を境に真っ二つにちぎれていた。内臓が、筋肉の破片が、繊維と骨が、血飛沫と共に周辺に飛び散っていく。既に真っ赤に染まった、小雨の衣服にもそれらは飛んだが、もはや気にする気にもなれなかった。
「ひ、ぎ、ぐうっ……」
びくびくと上半身だけになった女は痙攣している。人間は上半身と下半身がちぎれても暫くの間生きていることがあるらしいと聞いたが、どうやら本当だったらしい。
どうか、最後の瞬間までたっぷり苦しんで欲しいと願う。霧夜の絶望は、苦しみは、こんな程度ではなかったのだから。
――満足?女神様。あんたの狙った通り、あたしはスキルを使って……復讐して。たっぷり血で汚れた。良かったね。あたしも、霧夜も、これで救世主としての資格を得たってことでしょ?
庭の門は、小雨が入ってくる時に破壊されたままになっている。復讐のためとみなされれば、無機物のことも同様に百倍の力で破壊することができるということらしい。
もう、生きている者の気配はない。そう――門の前で、呆然と佇んでいる霧夜以外は。
「こ、小雨……」
「霧夜……思ったより、来るのが早かったね」
顔色が悪いのは、心身ともに痛めつけられたダメージが残っているからだけではないだろう。そんなことは分かっている。きっと今の小雨は頭からつま先まで真っ赤で、霧夜の目から見ても悪魔のごとき有様なのかもしれない。
それでも、構わなかった。
守りたいものを守れないくらいなら、お姫様や騎士や戦士や天使――そんなものでいる必要はない。全部全部、大事なものの前には容易く投げ捨てられるものだとはっきりわかったのだから。
守りたいものを守るためなら、望みを叶えるためなら、さっさと悪魔になる決意をするべきだった。此処は、最初からそういう世界であったのだ。そう。
こんなことになる前に、あの屋敷に毒でも流し込んで皆殺しにしてしまっても良かったのだ。無関係な人間がいくら死のうが、そんなことどうでもいいではないか。それで霧夜が傷つかずにいられるならば。
――ああ、あたし、やっぱちょっとおかしくなってるかな。能力の代償もあるのかな。
小雨の能力は、発動条件も厳しいが、もう一つ払われる代償がある。
それは、“恋心”の増幅。
使った者は、愛する者への気持ちを増幅させる。恋心も、性欲も、依存も、何もかもを全て。使いすぎればきっと狂気に堕ちる上、愛ゆえに愛する者を破壊する権化に成り果ててしまうのだろう。
それでも、小雨は使うことを選んだのだ。
それほどまでに、耐え難かった。霧夜を凌辱され、その心を切り刻まれた事実は――それが、自分を守るためであっただろうという現実が。
「大丈夫。これでもう何も怖いものなんかない。荷物、持ってきてるよね?堂々と庭を通って塔まで行けるよ。邪魔な奴らは全員殺したから、安心して。もう霧夜を傷つけるような人たちはいないから」
「こさ、め」
「あたし、霧夜が好きだよ。世界で一番好き。そういう意味で、好き。そのためならなんだってする。最初から、そう決意しておけばよかった。本当にごめんね」
霧夜の服まで血で汚してしまうのは申し訳なかったが、それでも今は愛しいものを抱きしめたくてたまらなかった。その細い体を抱き寄せ、小雨はその耳元で愛を囁く。
「今ならはっきり言える。……これから先ずっと。あたしが霧夜を守る。もう何も、心配なんてしなくていいからね」
何故なら、小雨はずっと小さい頃から霧夜のことが好きだったから。恋愛対象として。ずっとずっと、未来まで一緒にいたいたった一人として。
異性であったのは結果論だとさえ思っている。きっと自分は霧夜が女の子でも、自分が男の子でも、もっと年が離れていても彼に恋をしていた。運命の相手なんて存在が幼稚園で見つかるなんて幻想だと言うかもしれないけれど、小雨は今本気でそう思っている。だってそうだろう。
傷つけられて、本気で世界そのものを憎みたくなるなんて。それほどに愛した相手が、本物でないはずがない。
そして自分の能力は。自分が本気で愛した相手でなければきっと発動しなかったはずだ。
「ひいいいっ!」
逃げ惑う警備兵の頭を、後ろから殴りつけた。霧夜とジョージと一緒に戦闘訓練をしていた時とは比較にならない攻撃力。小雨が少し殴っただけで、相手の体はまるで豆腐でも削り取るように抉れるのである。それほどのブーストがかかっている。この力を発動して戦うことができたなら、きっとあのキメラ・ドラゴン相手でもいくらでも勝負のしようがあったことだろう。
血の雨を浴びながら庭を歩く、歩く。盗賊らしき連中も丁寧にミンチにしたし、警備兵は勿論、執事やメイドであっても刃向ってくる人間は全て殺した。全員殺して綺麗にしなければいけないと分かっていたからだ。この庭と屋敷内に人がほとんどいなくなって初めて、自分と霧夜は堂々と“許可なく”この庭を通行し、塔へと向かうことができるのである。――まあ、キメラ・ドラゴンを操っていたと思しき術者の男も殺したし、盗賊団もほとんど殺し尽くしたと思われるので、今なら森や洞窟を通ってもさほど問題はないのかもしれないが。
この力を、フージョタウンの騒動で使わなかった理由は一つ。使わなかったのではなく、使えなかった、それだけだ。
――女神サマ。あんたは最初から、こうなることを見越してあたしにこのスキルを寄越したの?だとしたら……とんだ策士だね。
霧夜のスキル“停止”。特定の対象の時間を十秒間止める代わりに、一回の発動につき一年自分の寿命を縮めるというもの。
ジョージのスキル“無敵”。発動すれば二十秒間透明になり、かつどんな攻撃も耐えられる状態になれるというもの。
さっきの赤髪の転生者のスキルは何だろう。攻撃してくる寸前で恐ろしく速くなったように見えたから、“音速”とか“光速”とかそのへんだったのだろうか。まあ、今となってはどうでもいいが。他の盗賊連中はスキルを発動する暇もなく殺せたし、今更気にする必要もないだろう。
小雨の能力を霧夜たちに教えなかったのは、そもそも使える見込みも使う予定もなかったからだ。
小雨のスキル“復讐”。この力は、そもそも平常時ではどんな対価を支払おうと使うことはできない。その名の通り、復讐にしか使えない力であるからである。そう、小雨にとって真に愛する者が傷つけられた時にだけ使える力。その存在が苦しめられた時間、傷つけられた痛みに比例して力が倍増していくことになる。小雨が牢屋に捕まっていた時間と、霧夜が拷問を受けていた時間は同じくらいの長さであったはず。恐らく、おおよそ四時間程度。小雨は、霧夜が傷つけられたその四時間のうちの四分の一の時間、己の身体能力、耐久力、魔力を百倍まで強化することができるのである。
ただし、その対象は、愛しい相手を傷つけた連中とその関係者に限定されることになる。裏を返せば、一時間の間、件の連中は小雨にほぼ一切手出しができない状態となる。なんせ全ステータスに百倍の補正がかかるのだ。それこそ、銃弾で撃たれたところでろくな傷をつけることも叶わない。単なる身体的な防御力のみならず、防具による耐久性、魔力よる防御力も全て百倍になるから当然といえば当然である。彼らは小雨がやってきたことを理解した時点で、小雨に気づかれる前に“庭”から逃げ出さなければいけなかったのだ。――小雨のスキルの詳細を理解していなかった連中はみんな戦うか逃げ遅れてしまったせいで、今に至るわけであったが。
「た、助け、助けて、お願いいいい!!」
警備兵達と盗賊たち、住人達の血と肉片が大量に散らばる庭。その血の海の中に、尻もちをついて泣きわめいている女が一人。紫色のドレスを着た、けばけばしい化粧の中年女性――ダンテ公爵夫人、クリスティーナだった。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔は、実にみっともないものである。
「あ、あんた、あの女の復讐に来たんでしょ!?で、でもわたくしだってあんなことしたくはなかったのよ!?わたくしはただ、イレーネ様のお告げに従っただけなの!本当よ!」
「……そう。やっぱり、イレーネ様があんた達にお告げをしてたんだね」
「そう、そうなの!そうなのよ!」
「じゃあ訊くけど。どうしてイレーネ様は、あんたにそんなことを頼んだのかな?転生者達を穢れさせてからマルヴィナ様のところに到達させることで、元の世界に帰せない大義名分を作る目的じゃないか……ってあんたのところの警備兵は話してたけど」
「そ、それだけじゃないわ……!」
助かるためならば忠誠心も投げ捨てる。結局、彼女の信仰等その程度のものだったのだろう。クリスティーナはへらへらと笑いながら、ぺらぺらと機密であるはずの情報を喋る。
「い、イレーネ様は……マルヴィナ様とずっと一緒にいたいの。二人だけの神様だから。ほ、本当は、魔王の力なんかこの世界には残ってない。マルヴィナ様が何かを封印してるなんてわけじゃない。でもそういうことにしないとマルヴィナ様が消えてしまうから、イレーネ様は一人になってしまうから、それで!それで、マルヴィナ様が“神様”であり続ける必要があるってことにするために……マルヴィナ様が目覚めて“死”を望むたび、災厄を巻き起こして、同時に異世界で素質がある人間を殺して転生者として呼び出すの。マルヴィナ様を眠らせて……“贄”とするために!」
明かされた真実は。
小雨が想像していたよりもさらに、酷いものだった。
「ま、マルヴィナ様を神として存続させるためには、資格を持った転生者という生贄が必要だから!そう……ほどよく“穢れ”を持った転生者だけが、世界を救う贄という名の救世主になるの……だから、そのために、わたくしたちは必要なことをしてた!転生者に穢れを持ってもらうために、それで!」
「そう……」
こいつは、全部知っていて。保身のためにそれを黙っていたというのか。
世界に災厄を振り撒いているのがマルヴィナではなくイレーネだと分かっていても。
マルヴィナを眠らせた転生者が、理由をつけて元の世界に帰して貰えないばかりか――最終的にマルヴィナをこの世界に縛りつけるための贄とされるということも。
この世界の諸悪の根源が誰であるのかわかっていながら、こいつは。
「ありがと、教えてくれて」
小雨はゆっくりと女の元に歩み寄る。
「知りたいことは訊けたから、もういいや。死んで」
「な、なんでっ」
「何で自分だけ助かると思ったの?……あんたにひと欠片でも良心があったら。霧夜にあんなことをするのを思いとどまったら。あたしだってこんなことする必要なかったよ。……さよなら。地獄の、一番深い深いところまで堕ちて……二度と転生して来ないでね」
軽く女の体に触れた次の瞬間、彼女の体は下腹部を境に真っ二つにちぎれていた。内臓が、筋肉の破片が、繊維と骨が、血飛沫と共に周辺に飛び散っていく。既に真っ赤に染まった、小雨の衣服にもそれらは飛んだが、もはや気にする気にもなれなかった。
「ひ、ぎ、ぐうっ……」
びくびくと上半身だけになった女は痙攣している。人間は上半身と下半身がちぎれても暫くの間生きていることがあるらしいと聞いたが、どうやら本当だったらしい。
どうか、最後の瞬間までたっぷり苦しんで欲しいと願う。霧夜の絶望は、苦しみは、こんな程度ではなかったのだから。
――満足?女神様。あんたの狙った通り、あたしはスキルを使って……復讐して。たっぷり血で汚れた。良かったね。あたしも、霧夜も、これで救世主としての資格を得たってことでしょ?
庭の門は、小雨が入ってくる時に破壊されたままになっている。復讐のためとみなされれば、無機物のことも同様に百倍の力で破壊することができるということらしい。
もう、生きている者の気配はない。そう――門の前で、呆然と佇んでいる霧夜以外は。
「こ、小雨……」
「霧夜……思ったより、来るのが早かったね」
顔色が悪いのは、心身ともに痛めつけられたダメージが残っているからだけではないだろう。そんなことは分かっている。きっと今の小雨は頭からつま先まで真っ赤で、霧夜の目から見ても悪魔のごとき有様なのかもしれない。
それでも、構わなかった。
守りたいものを守れないくらいなら、お姫様や騎士や戦士や天使――そんなものでいる必要はない。全部全部、大事なものの前には容易く投げ捨てられるものだとはっきりわかったのだから。
守りたいものを守るためなら、望みを叶えるためなら、さっさと悪魔になる決意をするべきだった。此処は、最初からそういう世界であったのだ。そう。
こんなことになる前に、あの屋敷に毒でも流し込んで皆殺しにしてしまっても良かったのだ。無関係な人間がいくら死のうが、そんなことどうでもいいではないか。それで霧夜が傷つかずにいられるならば。
――ああ、あたし、やっぱちょっとおかしくなってるかな。能力の代償もあるのかな。
小雨の能力は、発動条件も厳しいが、もう一つ払われる代償がある。
それは、“恋心”の増幅。
使った者は、愛する者への気持ちを増幅させる。恋心も、性欲も、依存も、何もかもを全て。使いすぎればきっと狂気に堕ちる上、愛ゆえに愛する者を破壊する権化に成り果ててしまうのだろう。
それでも、小雨は使うことを選んだのだ。
それほどまでに、耐え難かった。霧夜を凌辱され、その心を切り刻まれた事実は――それが、自分を守るためであっただろうという現実が。
「大丈夫。これでもう何も怖いものなんかない。荷物、持ってきてるよね?堂々と庭を通って塔まで行けるよ。邪魔な奴らは全員殺したから、安心して。もう霧夜を傷つけるような人たちはいないから」
「こさ、め」
「あたし、霧夜が好きだよ。世界で一番好き。そういう意味で、好き。そのためならなんだってする。最初から、そう決意しておけばよかった。本当にごめんね」
霧夜の服まで血で汚してしまうのは申し訳なかったが、それでも今は愛しいものを抱きしめたくてたまらなかった。その細い体を抱き寄せ、小雨はその耳元で愛を囁く。
「今ならはっきり言える。……これから先ずっと。あたしが霧夜を守る。もう何も、心配なんてしなくていいからね」
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