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<24・裁かれしもの>
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イレーネとマルヴィナ。二人はいつも、二人で一つだった。
勤勉で真面目なマルヴィナと、少し甘えん坊で明るい性格であったイレーネ。イレーネは今でもよく覚えている。この世界が暗黒の闇に覆われた時、それを封じるため彼女と旅に出た日のことも。二人で鍛錬を繰り返して強くなり、ついにあの塔に世界の暗黒を封じ込め抹殺することができたその日のことも。
『永遠に、私達は一緒だぞ、イレーネ』
『ええ。マルヴィナ……姿は変わっても、役目は変わっても。私達はずっとずっと一緒よ……!』
女同士であったけれど。それが、友情なのかそれ以上のものなのかは自分達でもよくわからなかったけれど。どんな形であれ自分達は愛し合っていた、その事実に偽りはないことである。
彼女は塔に眠り、永遠の神としてこの地を守る役目を担うことになり。イレーネはマルヴィナを見守る副神として、彼女の眠りと世界を監視する役目を担うこととなった。お互い老いることもなく死ぬこともない、長い長い何千年もの時間。退屈になることもあったが、寂しいと思うことは一度もなかった。例え眠っていようとも、イマルヴィナとイレーネはいつも話をすることができたし、二人がいれば永遠の時間もけして孤独になることはなかったのだから。
そう。自分達は神になり、永遠に生きる存在。
お互いに永遠を約束した存在。自分達がこの世界を守り続ける限り、世界はずっと予定調和に、平和に回り続けることになるのである。
何も心配はいらない。不安に思うことなどない。ずっとずっと――イレーネはそう思っていた。それなのに。
「……マルヴィナ」
闇の中であっても、地響きが伝わってくる。水晶を握りしめ、イレーネは呟いた。
「ねえ、マルヴィナ。貴女は、一体、何が不満だというの?私と一緒に生きる永遠、それ以上の幸せなんかない……そう言ったのは他でもない、貴女であったはずでしょう?」
イレーネの言葉に、応える存在はない。ただただ、空間の揺れが強くなるだけである。もう、自分と言葉を交わすのも嫌だとでも言うのだろうか。なんともワガママな神様である。いや、自分も今は、信者たちを持つ神様も同然の存在ではあるけれど。
水晶がキラリ、と輝いた。瞬く光の中に浮かび上がったのは、一人の女性の中年女性の顔である。派手なブルーのアイシャドーに紫色の口紅、アップにした白髪交じりの金髪。いかにも、といった派手な装いの彼女は、ダンテ一族の公爵夫人、クリスティーナだった。
『イレーネ様、ご報告がございます』
「あら、クリス。どうしましたか?」
『イレーネ様が予想された通り……フージョタウンは壊滅的打撃を受け、またジョージという転生者も死亡した模様ですわ。マコッテシティの警察・検察は全てわたくしの手中にございますから。これで今現在、生き残っている“転生者”は、マルヴィナ様が配下に置いた者達を覗くとごく僅かかと思われます。フージョタウンの壊滅と同時に、他にも数名の転生者が死亡したようですから』
「そのようですね、残念なことです。もっと皆さん、頑張って生き残ってくださると思いましたのに」
まあ、盗賊の頭であるあの男に頼んで、フージョタウンをキメラドラゴンに襲わせた自分が言うのも何ではあるのだけれど。自分とて、こんなこと望んでやっているわけではないのである。全ては、この世界の平和と、マルヴィナのために必要なことなのだ。何故なら彼女の存在を保つためには、どうしても“アレ”が必要なのだから。
世界のための平和。
平和のための世界。
自分は神として、この世界に永遠を齎す義務がある。そのためには、多少の犠牲はつきものだろう。フージョタウンの人々をはじめ、巻き込まれてしまった現地住民達には気の毒な話であったが。
「人の心とは脆く、儚いもの。仲間を失い、惨劇を目の当たりしてもなお立ち上がることができる魂は強く……されど、強いばかりではいられない」
うっとりと水晶を撫でながら、イレーネは告げる。
「盗賊たちの残酷さは、彼らもジョージから嫌というほど聞かされたはず。そしてここにきて、見せつけられたキメラ・ドラゴンの強大な力と恐ろしさ……とすれば、彼らが元の世界に帰るためにやろうとしていることには大体想像がつきます。クリスティーナ、わかっていますね?キリヤとコサメ、あの二人にそのまま庭を通る許可など出してはいけませんよ?」
『承知しておりますわ、イレーネ様』
派手な化粧の公爵夫人は、にんまりと水晶の中で笑みを浮かべた。
『既に、あの二人が我が庭に侵入するための情報を集めていることはわかっていますの。……そして、わたくしには権力という武器と、マコッテシティ法の盾がございます。不法侵入を目論んでいる者とあれば、捕まえるだけの理由は十分。あとは……イレーネ様から事前の指示があった通りにすればよろしいのですわよね?』
「ええ、そうです。……熟した彼らが無事塔に辿りついて目的を果たしてくれるなら、それに越したことはありません。まあ、クリスの兵の何人かが犠牲になってしまうかもしれませんが」
『それも仕方ないことと割り切りますわ。そもそも兵たちはそれも仕事ですもの。高貴な者の盾となって死ぬことができるのでしたら、彼らもきっと本望ですわ。おほほほほ』
ぶつり、とそこで“通信”は途切れた。再び沈黙した水晶を見て、はあ、とイレーネはため息をつく。
「……高貴な者の盾になるなら、いくら兵を死なせても仕方ない……か。何千年も前から、貴族が考えることは変わらないのね」
今の自分を、不幸だと思ったことはない。
ただ、時々思うのだ。もし何千年もの昔、人々がもう少し他人に優しくする心を持ち合わせていたのなら。貴族達が庶民を当然のように食い物にし、庶民たちが貴族を恨み、人々の悪意が世界中に疫病のように蔓延するようなことがなければ。自分とマルヴィナは冒険者として邪悪を封じる役目を担うこともなく、ただ普通の人間としてともに生きて死ぬ未来もあったのではないか、と。ひょっとしたらそれもまた、幸せな結末だったのかもしれないと。
彼らは知っているだろうか。神も、魔王も。生み出すのは結局、人々の弱い心でしかないということを。
――それも“仕方ない”のかしらね。結局どれほど時が過ぎようと、人間が醜い存在であることになんら変わりはないのだから。それが人間だと、諦めるべきなのかしらね。
ならば永久に、終わりなど来なくていい。イレーネは闇の中、一人目を閉じる。
自分にあるのは、永遠だけでいい。
マルヴィナと共に生きる、世界さえあればいい。
***
いくらなんでも、この展開は予想外すぎる。
「ぐあっ!」
霧夜は今、真っ赤な絨毯の上――まるで王様の玉座のような場所に引き出され、複数の警備兵たちに押さえつけられていた。
「お前が転生者のキリヤ、とかいうガキね?もう一人はコサメ、といったかしら」
目の前に立つのは、派手な紫色のドレスを着た中年の女。写真でちらっと見た、ダンテ公爵の夫人――クリスティーナとかいう女であったはずである。どうして、と思うしかない。確かに自分達は、公爵家の庭に侵入し、そこを突っ切ることによって塔を目指すという計画を立て、そのために必要な情報をクオリネシティとフージョタウンの難民キャンプで集めていたのは確かだ。だが、まさか庭に侵入もしていない段階で警備兵に囲まれ、とっ捕まえられることになるとは思ってもみなかった。話を聞いていた住民の誰かが通報でもしたということだろうか。
――こ、小雨は?小雨はどうなったんだ?
この女の体は本当に厄介だ。こうして大人数人に抑え込まれると、本当に身動き一つとれなくなってしまう。魔法剣士は、剣を抜けなければ魔法も使えない。
もし小雨がこの場にいたら、もう少し切り抜ける方法もあったのかもしれなかった。しかし最悪なことに、自分はバラバラに聞き込みをしていたところで捕まってしまった状態である。小雨が無事に逃げ切ってくれているならいいが、この状況ではそんな希望を持つのも難しいだろう。何せクリスティーナは今はっきりと、小雨の名前を口にしたのだから。
「わたくしの一族の庭に忍び込んで塔へ向かおうとしていたと聞いたわ。不作法にもほどがあるじゃないの。正式な許可なく公爵家の庭に立ち入る……マコッテ市法では不法侵入罪と不敬罪の両方に問われることをご存知ないのかしら?」
「……し、侵入なんかしてないだろう!俺達はただっ」
「まだ、侵入していなくても。これから侵入しようとしていたなら同じこと。神聖な公爵家の人間に危害を加えようとしている人間を放置などしておけませんわ」
「そんなことしてない!俺達はただ、塔へ行って……マルヴィナ様を鎮めて、この世界に平和を取り戻そうとしているだけだ!それの何がいけないってんだ!!」
どうせ、シラを切っても意味はない。この言い方をすれば不法侵入しようとしたことを認めているようなものだが、しらばっくれても無駄なら自分達の正当性を訴えるしかないだろう。
押さえつけられている肩も、縛られている腕も痛い。このまま殺されるのかもしれない、という恐怖もある。だからこそ、それを振り切るためにも霧夜は叫ぶしかなかった。
「俺達は、間違ったことなんかしてない!どうして、転生者が塔へ向かい、世界を救おうとするのを妨害するんだ!」
霧夜の声に、派手な化粧の中年女は顔を歪めて吐き捨てる。
「根本的に間違ってるのよ、お前達は。わたくしたちとて、世界に救われてもらわなくては困るわ。でもね。塔に向かって、マルヴィナ様を眠らせるだけでは本当の意味で世界が救われたことになんかならないのよ。何故なら、それだけではお前達“冒険者”は、本当の救世主になる資格を得られないんだもの」
「は……!?救世主、って」
「……いけないわ、つい口を滑らせてしまったわね。……何にせよ、お前が知る必要はないことよ。お前が今からするべきことは……あたくしが今から提示する選択の中から、一つを選ぶことだけ。うまくいけば、お前も……今牢屋に捕まえているお前の仲間も、罪を不問にして解放してあげるわ」
にいい、と紫色の唇を歪めて嗤う女。此処まで派手にとっ捕まえておいて、罪を不問の処すなんて――どう考えてもまともな提案がされないのは明白である。何としてでも突っぱねて逃げる方法を考えたいのが本心だった――そう、小雨が捕まっているわけでないのなら。彼女の安全さえ確保できていたのなら。
「!」
クリスティーナが合図すると同時に、玉座に左奥のドアが開いた。そこからぞろぞろと、数人のガラの悪そうな男達が踏み込んでくる。その先頭に立つ男の顔を見て霧夜はぎょっとした。――何故、公爵の屋敷に、盗賊のリーダーであり転生者、キメラ・ドラゴンの術者と思しき赤髪の男がいるのだろう。
彼だけではない。他にも数名、ジョージに見せて貰った写真の男達が混じっている。
「何で、盗賊団の奴らがここにいるんだよ」
ああ、もう。奴らは隠すつもりもないのか。
「なるほどな。庭も、森も、洞窟も。全部グルだったわけか。全員で結託して転生者を追い返したり殺したりしてたってわけか……何故だっ!」
怒りで目の前が真っ赤になる。彼らのせいで、ジョージがどれほど苦しむ結果になったか。あの町の人々がどれほど残酷に死んでいったことか。自分も小雨も、性別まで変えられてこんな世界に投げ込まれて、それでも必死でイレーネの言う通りマルヴィナの塔を目指して戦ってきたというのに。
一体何が本当で、何が嘘なのか。
自分達は何の為にここまで戦ってきたのか――本当は、最初から全部裏切られていたということなのか?
「言ったでしょう?転生者に、救世主たる資格を与えるため、と」
そして。男達を付き従えたクリスティーナは、笑いながら残酷な要求を突き付けてくるのだ。
「さあ、選ぶといいわ。お前か……牢屋に入っている可愛いお前の相棒か。どっちかがこの子達の“相手”をしてくれるなら、二人とも解放してあげる。さあ……どうするのかしら?」
ああ、その意味が全く分からないほど己が子供だったのなら、どれほど良かったことだろう。
全身から、血の気が引く音が聞こえるような気がした。霧夜は束の間怒りも忘れ、唖然と腐った選択肢を転がした女を見上げたのである。
勤勉で真面目なマルヴィナと、少し甘えん坊で明るい性格であったイレーネ。イレーネは今でもよく覚えている。この世界が暗黒の闇に覆われた時、それを封じるため彼女と旅に出た日のことも。二人で鍛錬を繰り返して強くなり、ついにあの塔に世界の暗黒を封じ込め抹殺することができたその日のことも。
『永遠に、私達は一緒だぞ、イレーネ』
『ええ。マルヴィナ……姿は変わっても、役目は変わっても。私達はずっとずっと一緒よ……!』
女同士であったけれど。それが、友情なのかそれ以上のものなのかは自分達でもよくわからなかったけれど。どんな形であれ自分達は愛し合っていた、その事実に偽りはないことである。
彼女は塔に眠り、永遠の神としてこの地を守る役目を担うことになり。イレーネはマルヴィナを見守る副神として、彼女の眠りと世界を監視する役目を担うこととなった。お互い老いることもなく死ぬこともない、長い長い何千年もの時間。退屈になることもあったが、寂しいと思うことは一度もなかった。例え眠っていようとも、イマルヴィナとイレーネはいつも話をすることができたし、二人がいれば永遠の時間もけして孤独になることはなかったのだから。
そう。自分達は神になり、永遠に生きる存在。
お互いに永遠を約束した存在。自分達がこの世界を守り続ける限り、世界はずっと予定調和に、平和に回り続けることになるのである。
何も心配はいらない。不安に思うことなどない。ずっとずっと――イレーネはそう思っていた。それなのに。
「……マルヴィナ」
闇の中であっても、地響きが伝わってくる。水晶を握りしめ、イレーネは呟いた。
「ねえ、マルヴィナ。貴女は、一体、何が不満だというの?私と一緒に生きる永遠、それ以上の幸せなんかない……そう言ったのは他でもない、貴女であったはずでしょう?」
イレーネの言葉に、応える存在はない。ただただ、空間の揺れが強くなるだけである。もう、自分と言葉を交わすのも嫌だとでも言うのだろうか。なんともワガママな神様である。いや、自分も今は、信者たちを持つ神様も同然の存在ではあるけれど。
水晶がキラリ、と輝いた。瞬く光の中に浮かび上がったのは、一人の女性の中年女性の顔である。派手なブルーのアイシャドーに紫色の口紅、アップにした白髪交じりの金髪。いかにも、といった派手な装いの彼女は、ダンテ一族の公爵夫人、クリスティーナだった。
『イレーネ様、ご報告がございます』
「あら、クリス。どうしましたか?」
『イレーネ様が予想された通り……フージョタウンは壊滅的打撃を受け、またジョージという転生者も死亡した模様ですわ。マコッテシティの警察・検察は全てわたくしの手中にございますから。これで今現在、生き残っている“転生者”は、マルヴィナ様が配下に置いた者達を覗くとごく僅かかと思われます。フージョタウンの壊滅と同時に、他にも数名の転生者が死亡したようですから』
「そのようですね、残念なことです。もっと皆さん、頑張って生き残ってくださると思いましたのに」
まあ、盗賊の頭であるあの男に頼んで、フージョタウンをキメラドラゴンに襲わせた自分が言うのも何ではあるのだけれど。自分とて、こんなこと望んでやっているわけではないのである。全ては、この世界の平和と、マルヴィナのために必要なことなのだ。何故なら彼女の存在を保つためには、どうしても“アレ”が必要なのだから。
世界のための平和。
平和のための世界。
自分は神として、この世界に永遠を齎す義務がある。そのためには、多少の犠牲はつきものだろう。フージョタウンの人々をはじめ、巻き込まれてしまった現地住民達には気の毒な話であったが。
「人の心とは脆く、儚いもの。仲間を失い、惨劇を目の当たりしてもなお立ち上がることができる魂は強く……されど、強いばかりではいられない」
うっとりと水晶を撫でながら、イレーネは告げる。
「盗賊たちの残酷さは、彼らもジョージから嫌というほど聞かされたはず。そしてここにきて、見せつけられたキメラ・ドラゴンの強大な力と恐ろしさ……とすれば、彼らが元の世界に帰るためにやろうとしていることには大体想像がつきます。クリスティーナ、わかっていますね?キリヤとコサメ、あの二人にそのまま庭を通る許可など出してはいけませんよ?」
『承知しておりますわ、イレーネ様』
派手な化粧の公爵夫人は、にんまりと水晶の中で笑みを浮かべた。
『既に、あの二人が我が庭に侵入するための情報を集めていることはわかっていますの。……そして、わたくしには権力という武器と、マコッテシティ法の盾がございます。不法侵入を目論んでいる者とあれば、捕まえるだけの理由は十分。あとは……イレーネ様から事前の指示があった通りにすればよろしいのですわよね?』
「ええ、そうです。……熟した彼らが無事塔に辿りついて目的を果たしてくれるなら、それに越したことはありません。まあ、クリスの兵の何人かが犠牲になってしまうかもしれませんが」
『それも仕方ないことと割り切りますわ。そもそも兵たちはそれも仕事ですもの。高貴な者の盾となって死ぬことができるのでしたら、彼らもきっと本望ですわ。おほほほほ』
ぶつり、とそこで“通信”は途切れた。再び沈黙した水晶を見て、はあ、とイレーネはため息をつく。
「……高貴な者の盾になるなら、いくら兵を死なせても仕方ない……か。何千年も前から、貴族が考えることは変わらないのね」
今の自分を、不幸だと思ったことはない。
ただ、時々思うのだ。もし何千年もの昔、人々がもう少し他人に優しくする心を持ち合わせていたのなら。貴族達が庶民を当然のように食い物にし、庶民たちが貴族を恨み、人々の悪意が世界中に疫病のように蔓延するようなことがなければ。自分とマルヴィナは冒険者として邪悪を封じる役目を担うこともなく、ただ普通の人間としてともに生きて死ぬ未来もあったのではないか、と。ひょっとしたらそれもまた、幸せな結末だったのかもしれないと。
彼らは知っているだろうか。神も、魔王も。生み出すのは結局、人々の弱い心でしかないということを。
――それも“仕方ない”のかしらね。結局どれほど時が過ぎようと、人間が醜い存在であることになんら変わりはないのだから。それが人間だと、諦めるべきなのかしらね。
ならば永久に、終わりなど来なくていい。イレーネは闇の中、一人目を閉じる。
自分にあるのは、永遠だけでいい。
マルヴィナと共に生きる、世界さえあればいい。
***
いくらなんでも、この展開は予想外すぎる。
「ぐあっ!」
霧夜は今、真っ赤な絨毯の上――まるで王様の玉座のような場所に引き出され、複数の警備兵たちに押さえつけられていた。
「お前が転生者のキリヤ、とかいうガキね?もう一人はコサメ、といったかしら」
目の前に立つのは、派手な紫色のドレスを着た中年の女。写真でちらっと見た、ダンテ公爵の夫人――クリスティーナとかいう女であったはずである。どうして、と思うしかない。確かに自分達は、公爵家の庭に侵入し、そこを突っ切ることによって塔を目指すという計画を立て、そのために必要な情報をクオリネシティとフージョタウンの難民キャンプで集めていたのは確かだ。だが、まさか庭に侵入もしていない段階で警備兵に囲まれ、とっ捕まえられることになるとは思ってもみなかった。話を聞いていた住民の誰かが通報でもしたということだろうか。
――こ、小雨は?小雨はどうなったんだ?
この女の体は本当に厄介だ。こうして大人数人に抑え込まれると、本当に身動き一つとれなくなってしまう。魔法剣士は、剣を抜けなければ魔法も使えない。
もし小雨がこの場にいたら、もう少し切り抜ける方法もあったのかもしれなかった。しかし最悪なことに、自分はバラバラに聞き込みをしていたところで捕まってしまった状態である。小雨が無事に逃げ切ってくれているならいいが、この状況ではそんな希望を持つのも難しいだろう。何せクリスティーナは今はっきりと、小雨の名前を口にしたのだから。
「わたくしの一族の庭に忍び込んで塔へ向かおうとしていたと聞いたわ。不作法にもほどがあるじゃないの。正式な許可なく公爵家の庭に立ち入る……マコッテ市法では不法侵入罪と不敬罪の両方に問われることをご存知ないのかしら?」
「……し、侵入なんかしてないだろう!俺達はただっ」
「まだ、侵入していなくても。これから侵入しようとしていたなら同じこと。神聖な公爵家の人間に危害を加えようとしている人間を放置などしておけませんわ」
「そんなことしてない!俺達はただ、塔へ行って……マルヴィナ様を鎮めて、この世界に平和を取り戻そうとしているだけだ!それの何がいけないってんだ!!」
どうせ、シラを切っても意味はない。この言い方をすれば不法侵入しようとしたことを認めているようなものだが、しらばっくれても無駄なら自分達の正当性を訴えるしかないだろう。
押さえつけられている肩も、縛られている腕も痛い。このまま殺されるのかもしれない、という恐怖もある。だからこそ、それを振り切るためにも霧夜は叫ぶしかなかった。
「俺達は、間違ったことなんかしてない!どうして、転生者が塔へ向かい、世界を救おうとするのを妨害するんだ!」
霧夜の声に、派手な化粧の中年女は顔を歪めて吐き捨てる。
「根本的に間違ってるのよ、お前達は。わたくしたちとて、世界に救われてもらわなくては困るわ。でもね。塔に向かって、マルヴィナ様を眠らせるだけでは本当の意味で世界が救われたことになんかならないのよ。何故なら、それだけではお前達“冒険者”は、本当の救世主になる資格を得られないんだもの」
「は……!?救世主、って」
「……いけないわ、つい口を滑らせてしまったわね。……何にせよ、お前が知る必要はないことよ。お前が今からするべきことは……あたくしが今から提示する選択の中から、一つを選ぶことだけ。うまくいけば、お前も……今牢屋に捕まえているお前の仲間も、罪を不問にして解放してあげるわ」
にいい、と紫色の唇を歪めて嗤う女。此処まで派手にとっ捕まえておいて、罪を不問の処すなんて――どう考えてもまともな提案がされないのは明白である。何としてでも突っぱねて逃げる方法を考えたいのが本心だった――そう、小雨が捕まっているわけでないのなら。彼女の安全さえ確保できていたのなら。
「!」
クリスティーナが合図すると同時に、玉座に左奥のドアが開いた。そこからぞろぞろと、数人のガラの悪そうな男達が踏み込んでくる。その先頭に立つ男の顔を見て霧夜はぎょっとした。――何故、公爵の屋敷に、盗賊のリーダーであり転生者、キメラ・ドラゴンの術者と思しき赤髪の男がいるのだろう。
彼だけではない。他にも数名、ジョージに見せて貰った写真の男達が混じっている。
「何で、盗賊団の奴らがここにいるんだよ」
ああ、もう。奴らは隠すつもりもないのか。
「なるほどな。庭も、森も、洞窟も。全部グルだったわけか。全員で結託して転生者を追い返したり殺したりしてたってわけか……何故だっ!」
怒りで目の前が真っ赤になる。彼らのせいで、ジョージがどれほど苦しむ結果になったか。あの町の人々がどれほど残酷に死んでいったことか。自分も小雨も、性別まで変えられてこんな世界に投げ込まれて、それでも必死でイレーネの言う通りマルヴィナの塔を目指して戦ってきたというのに。
一体何が本当で、何が嘘なのか。
自分達は何の為にここまで戦ってきたのか――本当は、最初から全部裏切られていたということなのか?
「言ったでしょう?転生者に、救世主たる資格を与えるため、と」
そして。男達を付き従えたクリスティーナは、笑いながら残酷な要求を突き付けてくるのだ。
「さあ、選ぶといいわ。お前か……牢屋に入っている可愛いお前の相棒か。どっちかがこの子達の“相手”をしてくれるなら、二人とも解放してあげる。さあ……どうするのかしら?」
ああ、その意味が全く分からないほど己が子供だったのなら、どれほど良かったことだろう。
全身から、血の気が引く音が聞こえるような気がした。霧夜は束の間怒りも忘れ、唖然と腐った選択肢を転がした女を見上げたのである。
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