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<23・咎人の行軍>
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「転生者を嫌ってるのは、公爵様じゃなくて公爵夫人のクリスティーナ様だ……ってのは知ってるかい?公爵様は気が弱い方で、基本的にクリスティーナ様の言いなりだって話だからねえ……」
庭、の持ち主である公爵様に関しては有名だったらしい。霧夜がクオリネシティで少し聞き込みをしただけで情報は落ちてきた。
「何で転生者が嫌いなのかは、ちょっと曖昧なんだけどね。何でも、転生者にとても嫌な思いをさせられたからだとか、なんとか。ただ、クリスティーナ様はイレーネ教の熱烈な信者だから、本来なら転生者の邪魔なんかしない方がいいって分かってると思うんだけどねえ」
「イレーネ教?」
「ああ、転生者さん達はご存知ないか。この世界の二大宗教だよ。マルヴィナ教とイレーネ教。どっちも同じ宗教の派生なんだけど、イレーネ教の方は主神とされるマルヴィナ様より、イレーネ様の教えを重んじることで知られているよ。イレーネ様はマルヴィナ様と違っていつも起きて世界を見守ってらっしゃるからね。時々巫女を選んでお告げを下さることで有名なんだ」
「ふうん……」
八百屋の店主は饒舌にそう話してくれた。高いモイフルーツ(グレープフルーツそっくりの果物だった。見た目に反してかなり甘いらしい)をまるまる一個買ったことで上機嫌になってくれたらしい。
まあ、交渉術としては基礎の基礎だろう。クオリネシティの者達はジョージのこともあって転生者に対しまだあまり良い印象がないようだったが、高い買い物をしてくれた上、そのジョージを捕まえた本人ならば話は別ということである。予想以上にあの大捕り物は有名になっていたらしい――霧夜としては、皮肉としか言いようがないが。
ジョージの遺体は結局、事件の原因を調べるということでクオリネシティの検察が持っていってしまったままになっているはずだ。そもそも、転生者は普通の埋葬ができないということになっているらしい。身内がいないのだから、当然と言えば当然かもしれないが。――まあそんな暗い話を、目の前の店主にする必要もないのんだけれど。
「お告げって、何を言われるんだ?」
霧夜がもっともな質問をすると、さあ?と店主は首を傾げた。
「実際、そういうのは巫女、あるいは御子として任命された人しかわからないことみたいだからねえ。でもって、お告げの正確な内容は誰にも漏らしちゃいけないってことらしいよ……おおよその中身は話していいらしいけどね。ただ、そのお告げに従って動くと良いことがあるっていうのは有名だから、敬虔な信者はひたすら教えを守ろうと頑張るんだと。……ああひょっとしたら、イレーネ様が公爵夫人に“庭に転生者は通すな”ってお告げを受けた可能性もあるのかねえ」
「それは本末転倒だろ。だって、私達転生者に、マルヴィナ様を鎮めるため塔に向かえと命じたのは他ならぬイレーネ様だ。そもそも、マルヴィナ様が鎮まってくれないと、イレーネ様も世界も困るはずなのに」
「ま、そりゃそうだね。さすがにそれはないか」
ははは、と老獪に笑う中年の店主。だが、霧夜はその言葉を的外れだとは思わなかった。
イレーネの考え、行動にはそもそも不審なところが多すぎる。
世界を襲う災厄が、そもそもマルヴィナのせいではない可能性。
よその世界の人間たちが殺され、この世界に転生させられた理由がマルヴィナのせいでもなければ事故でもなく、イレーネによる意図的であった可能性。
そして洞窟にいる盗賊達と森のドラゴンが、マルヴィナが目覚めているタイミングで転生者を足止めするためだけに配置されている可能性――。
――もし、これらの仮説全てが正しかった場合。一体、イレーネの目的はなんだっていうんだ?マルヴィナのせいで世界が危機に陥っているわけではないのにそう見せかけて、転生者達にマルヴィナを封印させるため塔を目指させる目的は?そのくせ足止めする理由は?この世界を、危機に陥らせる意味は?
もう一度イレーネと話して問い詰めれば分かることもあるのかもしれないが、いかんせんイレーネにこちらから接触するチャンスがない。あの言い方だと、こちらがマルヴィナを鎮めてエナジーを集めることに成功すれば向こうからコンタクトがあるのだろう、とは漠然と思ってはいたけれど。
そもそも彼女と会えたところで、本当のことをどこまで話してくれるかどうかは怪しいものだ。追及したいのであれば、それ相応の証拠と論拠を用意しておかねば意味がないだろう。
――……最初から胡散臭いと思ってたけどな。もしかしたら一応頼りだった女神サマは、明確な俺達の敵かもしれないってわけか。
果たして、本当に言う通りにすれば、自分達は元の世界に帰して貰えるのだろうか。
いや、仮に帰して貰える保障がないとしても――自分達はそれを信じる以外に選択肢はない。同時に、昨日のような惨劇を繰り返させていいとも思えない。
もし、イレーネが諸悪の根源であるとしたならば。彼女は自分達の世界でも人が殺せる。放置しておいたら、元の世界に戻れたところで――また同じことが起きない保障はどこにもない。危機に瀕しているのはこの世界の住人だけではないのだ。
『お前らは、悪くねえ。むしろ、感謝してんのに……んなこと、言うなって。……俺の家族に、会えたら。……俺のこと、伝えてくれよな』
自分は、彼を死なせてしまった罪がある。
同時に、彼の想いを未来を繋ぐ責務がある。
背負いすぎだと小雨もジョージも言うだろうけれど、それでも霧夜はそこから逃げたくはないのだ。それは、自分自身が信じてきた正義を投げ捨てることと同義であるのだから。
「庭に、キメラ・ドラゴンが出現したことはあるか?あれだけ大きなドラゴンなんだから、出現したら遠くからでも見えるだろ。あれは、森に棲んでるんじゃなくて、誰かの召喚獣じゃないかって噂があるんだ」
「ええっ!?」
霧夜が告げると、店主は目をまんまるにして言った。やはり、キメラ・ドラゴンは森に棲んでいる生き物だと大半の住民達は信じていたらしい。
「そんな話聞いたこともないよ!というか、キメラ・ドラゴンが森以外に出現して町を襲ったっていうのを聞いて、みんなびっくりしてるんだ。召喚獣かもしれないって話があるのか……そいつも眉唾だな。まあ、確かにあんなでかいドラゴンが森にいるわりには、森の木々がなぎ倒されてる様子もないっていうしな。マルヴィナ様が目覚めて暴走してから出現したって話だけど、それにしてももう十年くらい過ぎてるわりに森に被害はないみたいだしなあ」
やはり、あのドラゴンもマルヴィナが眠っている間は出現しなかったということらしい。こうなるとますます、あのドラゴンは“転生者の足止め専用”である可能性が高まってくる。ますますわけがわからない、という結論にしかならないわけだが。
「しかし、もし召喚獣だとしたら……うん、ますます庭で暴れるようなことはないだろうさ。だって召喚獣ってことは、人間の術者が操ってるってことだろ?」
「うん?まあそうだと思うけど」
「庭の持ち主……公爵っていう位は、貴族の中でも最上位だ。マコッテシティは今でも王政を残してる。つまり、王様が統治しているんだ。ダンテ公爵は、そのマコッテシティの公爵であり……王様の親戚だからこそその地位を与えられてるんだよ。つまり、公爵の庭を荒らすということは王様を敵に回すということだ。いくらドラゴンが召喚できる術者だとしても、マコッテシティの王様の最新兵器を備えた最高の軍隊を相手に太刀打ちできるとは思えないね。……まあ要するに、命が惜しければ、公爵閣下に立てつくような真似はしないのが無難だってことさ。ドラゴンは強くても、操ってるのが普通の人間なら尚更だ」
「…………!」
公爵の庭が、マコッテシティの領内に入るということは知っていたが。なるほど、庭への侵入に慎重にならなければいけないのは、そういう理由もあったりするのかと納得した。同時に。
「……マコッテシティの王様直属の軍隊なら、キメラ・ドラゴンを討伐することも不可能じゃないって物言いだな。それなのに、王様は森のドラゴンを倒して、塔にいるマルヴィナ様を自分達で鎮静しようとは思わなかったわけか。ひょっとして……マコッテシティの王様は、イレーネ教の信者だったりするか?」
「そういえば、そうだな……た、確かに王様はイレーネ教の信者で有名だが……まさか、イレーネ様から手を出すなってお告げでも出てると?」
「可能性としては、あり得るような気がするんだけどな」
冗談だろう、と店主が目を見開く。
ああ、調べれば調べるほどイレーネへの疑念が強くなるばかりではないか。
転生者が命を賭けなくても、マルヴィナのところに辿りつく方法はある。それなのに、現地住民にそれを実行させようとしないのは何故なのか。
「……す、すまない。この話はここまでにしてくれないか」
やがて店主は青ざめた顔で、強引に話を打ち切ってきた。
「さすがの私も……神様を過剰に疑うようなことはしたくない。イレーネ派の信者に見つかったら何を言われるかもわからんし……お嬢ちゃんよ、私とこういう話をしたというのは、くれぐれも内密にしてくれ」
「勿論。悪かったな、おじさん」
「い、いや……」
何だか、申し訳ないことをしてしまった。霧夜は店主に頭を下げると、フルーツを抱えてひとまず宿に戻ることにした。
どうやら、ちょっと蛇を出すつもりでつついた藪からは、蛇どころかもっと凄まじいものが飛び出してきそうな勢いである。それも巨大怪獣か宇宙人か、なんてレベルのとんでもないモノが。
――誰が言ってたっけな。人間は……絶対の真実が欲しいと言いながら、結局自分が望んだ真実しか求めてないって。
自分達にとって望む真実は。イレーネが無実で、マルヴィナを鎮めたらそのまますんなり元の体と世界に戻して貰えて、この世界も現代の世界もそれ以上の異変も起こらない――そんなハッピーエンドだった。
残念ながら、もう既にそんな幻想は叶わなそうだと気づいてしまっている。それこそ、もう二度と元の世界に帰れないかもしれない、そんな最悪の結末も覚悟しなければいけないということなのだろうか。
――それでも、最悪を想定さえできていれば……戦う方法はあるはずだ。
折れそうになる心を、霧夜は必死で鼓舞し続けた。
もう小雨の前で涙は流してしまっている。これ以上の弱音は吐くわけにはいかない。あらゆる最悪を考えて、その上で対処方法を考えるのだ。自分が折れたら、自分が負けたら、一体誰が小雨を守ることができるというのか。
『あたし、絶対死なないから。臆病だけど、今だって逃げたくて逃げたくてたまらないけど……絶対死んだりしない。弱いけどせめて、死ぬまえにちゃんと逃げるって約束する。だから……霧夜は、無理にあたしのことを守ろうとなんかしなくていいから。あたし、お荷物にならないように頑張るから。一緒に戦うから。だから……っ』
その思考はまだ、小雨を信じ切れていないということになるかもしれない。彼女の言葉が脳裏を過り、霧となって消えていくのを感じていた。
叱られても仕方ない。わかっている。それでも今の自分は、それ以外に生き方なんて知らないから。
――悪いな、小雨。
いざという時は、命だって彼女のために投げ捨てる。
そう覚悟することでしか、霧夜は今も息ができずにいるのだった。
庭、の持ち主である公爵様に関しては有名だったらしい。霧夜がクオリネシティで少し聞き込みをしただけで情報は落ちてきた。
「何で転生者が嫌いなのかは、ちょっと曖昧なんだけどね。何でも、転生者にとても嫌な思いをさせられたからだとか、なんとか。ただ、クリスティーナ様はイレーネ教の熱烈な信者だから、本来なら転生者の邪魔なんかしない方がいいって分かってると思うんだけどねえ」
「イレーネ教?」
「ああ、転生者さん達はご存知ないか。この世界の二大宗教だよ。マルヴィナ教とイレーネ教。どっちも同じ宗教の派生なんだけど、イレーネ教の方は主神とされるマルヴィナ様より、イレーネ様の教えを重んじることで知られているよ。イレーネ様はマルヴィナ様と違っていつも起きて世界を見守ってらっしゃるからね。時々巫女を選んでお告げを下さることで有名なんだ」
「ふうん……」
八百屋の店主は饒舌にそう話してくれた。高いモイフルーツ(グレープフルーツそっくりの果物だった。見た目に反してかなり甘いらしい)をまるまる一個買ったことで上機嫌になってくれたらしい。
まあ、交渉術としては基礎の基礎だろう。クオリネシティの者達はジョージのこともあって転生者に対しまだあまり良い印象がないようだったが、高い買い物をしてくれた上、そのジョージを捕まえた本人ならば話は別ということである。予想以上にあの大捕り物は有名になっていたらしい――霧夜としては、皮肉としか言いようがないが。
ジョージの遺体は結局、事件の原因を調べるということでクオリネシティの検察が持っていってしまったままになっているはずだ。そもそも、転生者は普通の埋葬ができないということになっているらしい。身内がいないのだから、当然と言えば当然かもしれないが。――まあそんな暗い話を、目の前の店主にする必要もないのんだけれど。
「お告げって、何を言われるんだ?」
霧夜がもっともな質問をすると、さあ?と店主は首を傾げた。
「実際、そういうのは巫女、あるいは御子として任命された人しかわからないことみたいだからねえ。でもって、お告げの正確な内容は誰にも漏らしちゃいけないってことらしいよ……おおよその中身は話していいらしいけどね。ただ、そのお告げに従って動くと良いことがあるっていうのは有名だから、敬虔な信者はひたすら教えを守ろうと頑張るんだと。……ああひょっとしたら、イレーネ様が公爵夫人に“庭に転生者は通すな”ってお告げを受けた可能性もあるのかねえ」
「それは本末転倒だろ。だって、私達転生者に、マルヴィナ様を鎮めるため塔に向かえと命じたのは他ならぬイレーネ様だ。そもそも、マルヴィナ様が鎮まってくれないと、イレーネ様も世界も困るはずなのに」
「ま、そりゃそうだね。さすがにそれはないか」
ははは、と老獪に笑う中年の店主。だが、霧夜はその言葉を的外れだとは思わなかった。
イレーネの考え、行動にはそもそも不審なところが多すぎる。
世界を襲う災厄が、そもそもマルヴィナのせいではない可能性。
よその世界の人間たちが殺され、この世界に転生させられた理由がマルヴィナのせいでもなければ事故でもなく、イレーネによる意図的であった可能性。
そして洞窟にいる盗賊達と森のドラゴンが、マルヴィナが目覚めているタイミングで転生者を足止めするためだけに配置されている可能性――。
――もし、これらの仮説全てが正しかった場合。一体、イレーネの目的はなんだっていうんだ?マルヴィナのせいで世界が危機に陥っているわけではないのにそう見せかけて、転生者達にマルヴィナを封印させるため塔を目指させる目的は?そのくせ足止めする理由は?この世界を、危機に陥らせる意味は?
もう一度イレーネと話して問い詰めれば分かることもあるのかもしれないが、いかんせんイレーネにこちらから接触するチャンスがない。あの言い方だと、こちらがマルヴィナを鎮めてエナジーを集めることに成功すれば向こうからコンタクトがあるのだろう、とは漠然と思ってはいたけれど。
そもそも彼女と会えたところで、本当のことをどこまで話してくれるかどうかは怪しいものだ。追及したいのであれば、それ相応の証拠と論拠を用意しておかねば意味がないだろう。
――……最初から胡散臭いと思ってたけどな。もしかしたら一応頼りだった女神サマは、明確な俺達の敵かもしれないってわけか。
果たして、本当に言う通りにすれば、自分達は元の世界に帰して貰えるのだろうか。
いや、仮に帰して貰える保障がないとしても――自分達はそれを信じる以外に選択肢はない。同時に、昨日のような惨劇を繰り返させていいとも思えない。
もし、イレーネが諸悪の根源であるとしたならば。彼女は自分達の世界でも人が殺せる。放置しておいたら、元の世界に戻れたところで――また同じことが起きない保障はどこにもない。危機に瀕しているのはこの世界の住人だけではないのだ。
『お前らは、悪くねえ。むしろ、感謝してんのに……んなこと、言うなって。……俺の家族に、会えたら。……俺のこと、伝えてくれよな』
自分は、彼を死なせてしまった罪がある。
同時に、彼の想いを未来を繋ぐ責務がある。
背負いすぎだと小雨もジョージも言うだろうけれど、それでも霧夜はそこから逃げたくはないのだ。それは、自分自身が信じてきた正義を投げ捨てることと同義であるのだから。
「庭に、キメラ・ドラゴンが出現したことはあるか?あれだけ大きなドラゴンなんだから、出現したら遠くからでも見えるだろ。あれは、森に棲んでるんじゃなくて、誰かの召喚獣じゃないかって噂があるんだ」
「ええっ!?」
霧夜が告げると、店主は目をまんまるにして言った。やはり、キメラ・ドラゴンは森に棲んでいる生き物だと大半の住民達は信じていたらしい。
「そんな話聞いたこともないよ!というか、キメラ・ドラゴンが森以外に出現して町を襲ったっていうのを聞いて、みんなびっくりしてるんだ。召喚獣かもしれないって話があるのか……そいつも眉唾だな。まあ、確かにあんなでかいドラゴンが森にいるわりには、森の木々がなぎ倒されてる様子もないっていうしな。マルヴィナ様が目覚めて暴走してから出現したって話だけど、それにしてももう十年くらい過ぎてるわりに森に被害はないみたいだしなあ」
やはり、あのドラゴンもマルヴィナが眠っている間は出現しなかったということらしい。こうなるとますます、あのドラゴンは“転生者の足止め専用”である可能性が高まってくる。ますますわけがわからない、という結論にしかならないわけだが。
「しかし、もし召喚獣だとしたら……うん、ますます庭で暴れるようなことはないだろうさ。だって召喚獣ってことは、人間の術者が操ってるってことだろ?」
「うん?まあそうだと思うけど」
「庭の持ち主……公爵っていう位は、貴族の中でも最上位だ。マコッテシティは今でも王政を残してる。つまり、王様が統治しているんだ。ダンテ公爵は、そのマコッテシティの公爵であり……王様の親戚だからこそその地位を与えられてるんだよ。つまり、公爵の庭を荒らすということは王様を敵に回すということだ。いくらドラゴンが召喚できる術者だとしても、マコッテシティの王様の最新兵器を備えた最高の軍隊を相手に太刀打ちできるとは思えないね。……まあ要するに、命が惜しければ、公爵閣下に立てつくような真似はしないのが無難だってことさ。ドラゴンは強くても、操ってるのが普通の人間なら尚更だ」
「…………!」
公爵の庭が、マコッテシティの領内に入るということは知っていたが。なるほど、庭への侵入に慎重にならなければいけないのは、そういう理由もあったりするのかと納得した。同時に。
「……マコッテシティの王様直属の軍隊なら、キメラ・ドラゴンを討伐することも不可能じゃないって物言いだな。それなのに、王様は森のドラゴンを倒して、塔にいるマルヴィナ様を自分達で鎮静しようとは思わなかったわけか。ひょっとして……マコッテシティの王様は、イレーネ教の信者だったりするか?」
「そういえば、そうだな……た、確かに王様はイレーネ教の信者で有名だが……まさか、イレーネ様から手を出すなってお告げでも出てると?」
「可能性としては、あり得るような気がするんだけどな」
冗談だろう、と店主が目を見開く。
ああ、調べれば調べるほどイレーネへの疑念が強くなるばかりではないか。
転生者が命を賭けなくても、マルヴィナのところに辿りつく方法はある。それなのに、現地住民にそれを実行させようとしないのは何故なのか。
「……す、すまない。この話はここまでにしてくれないか」
やがて店主は青ざめた顔で、強引に話を打ち切ってきた。
「さすがの私も……神様を過剰に疑うようなことはしたくない。イレーネ派の信者に見つかったら何を言われるかもわからんし……お嬢ちゃんよ、私とこういう話をしたというのは、くれぐれも内密にしてくれ」
「勿論。悪かったな、おじさん」
「い、いや……」
何だか、申し訳ないことをしてしまった。霧夜は店主に頭を下げると、フルーツを抱えてひとまず宿に戻ることにした。
どうやら、ちょっと蛇を出すつもりでつついた藪からは、蛇どころかもっと凄まじいものが飛び出してきそうな勢いである。それも巨大怪獣か宇宙人か、なんてレベルのとんでもないモノが。
――誰が言ってたっけな。人間は……絶対の真実が欲しいと言いながら、結局自分が望んだ真実しか求めてないって。
自分達にとって望む真実は。イレーネが無実で、マルヴィナを鎮めたらそのまますんなり元の体と世界に戻して貰えて、この世界も現代の世界もそれ以上の異変も起こらない――そんなハッピーエンドだった。
残念ながら、もう既にそんな幻想は叶わなそうだと気づいてしまっている。それこそ、もう二度と元の世界に帰れないかもしれない、そんな最悪の結末も覚悟しなければいけないということなのだろうか。
――それでも、最悪を想定さえできていれば……戦う方法はあるはずだ。
折れそうになる心を、霧夜は必死で鼓舞し続けた。
もう小雨の前で涙は流してしまっている。これ以上の弱音は吐くわけにはいかない。あらゆる最悪を考えて、その上で対処方法を考えるのだ。自分が折れたら、自分が負けたら、一体誰が小雨を守ることができるというのか。
『あたし、絶対死なないから。臆病だけど、今だって逃げたくて逃げたくてたまらないけど……絶対死んだりしない。弱いけどせめて、死ぬまえにちゃんと逃げるって約束する。だから……霧夜は、無理にあたしのことを守ろうとなんかしなくていいから。あたし、お荷物にならないように頑張るから。一緒に戦うから。だから……っ』
その思考はまだ、小雨を信じ切れていないということになるかもしれない。彼女の言葉が脳裏を過り、霧となって消えていくのを感じていた。
叱られても仕方ない。わかっている。それでも今の自分は、それ以外に生き方なんて知らないから。
――悪いな、小雨。
いざという時は、命だって彼女のために投げ捨てる。
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