マルヴィナの両翼

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<12・地獄からの生還者>

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 全てはまだ、憶測にすぎない。それでも少なくとも霧夜の方は、全く疑念がなかったわけではないのだろう。おろおろしている小雨に反して、険しい表情で手元を睨んでいる。
 ジョージとて、あまり不安がらせるような話がしたいわけではなかったのだ。彼ら憎しで不安を煽っているのならともかく、一応は同じ立場の人間として同情心がないわけではなかったのだから。それでも話しておくべきだと思ったのは、やはり同じ轍を踏んで欲しくなかったという気持ちが強い。
 何故ならイレーネが信用ならないとした場合――マルヴィナを封じても、本当に自分達が元の世界に帰ることができるのか怪しいということになってしまうのだから。今まで、何人か“元の世界に帰ったらしい”という転生者の噂は耳にしているが、そもそもこの世界にいなくなった、見かけなくなった=望みが叶ったという確証はどこにもない。この世界の住人達が、元の世界に無事帰還した元転生者を目撃したわけでもないのだから尚更だ。

「……この世界の人間じゃ、マルヴィナを封印できない理由がある、とか?」

 しばしの沈黙の後、小雨が口にしてきたのはそれだった。

「転生者じゃないとどうしても無理な事情があるっていうのなら……迷惑な話だけど、事情はわからないでもない、かも。……いや、この世界を救うために元の世界で殺されるのはやっぱり納得できないけど、でも……」
「俺も最初はそう思ったんだけどな。このクオリネシティを含めて、それぞれの街は独自に防衛のための軍隊を持ってるんだ。この世界では、街一つずつでイチ国家と同等の権力を持っていると思ってくれていい。金持ちや大企業に至っては専用の私設兵も持ってたりする。制限つきチート能力を与えられただけのポッと出の転生者が、そんな日頃戦闘訓練している連中や、歴戦の冒険者より強いなんてことあるか?」
「……そう、ですよね……」
「なら、答えはこうだな」

 忌々しい。その感情を隠しもせず、霧夜が告げた。

「この世界の住人に犠牲者は出したくないが、転生者ならいくら死んでも問題ない。だから、捨て駒として転生者を呼び寄せて、ひたすら物量で攻める作戦に出た。……イレーネ様にとっちゃ、俺達はいつ死んでも良し、マルヴィナ様を封印できればなお良しってなだけの存在ってことなんじゃないのか?」
「き、霧夜……!ま、まだそこまで決めつけるのは早いと思うけど……!」

 確かに、霧夜の言葉もジョージの考えも、証拠があって言っていることではない。ただ、こう考えると筋が通るという、それだけのことである。一度話しただけのイレーネをあまり悪しざまに言うものでもないのだろう。決めつけて欲しくない、という小雨の言葉もわからないではない。
 ただ、イレーネを全面的に信用するべきではない、ということだけは頭に置いておくべきだというというだけの話だ。もし本当に彼女の言うとおりの事故で、他に転生者でなければ討伐できない事情があるのだとしても――無責任に放り出されている事実だけは変わりないのだから。

「確かに、まだ憶測の段階だ。ただ、イレーネが言うことを鵜呑みにしない方がいいってのは事実だな」

 長話でやや冷めてきてしまったコーヒーを流し込みつつ、ジョージは告げる。その所作で思い出したのか、二人もそれぞれまだ残っているハンバーグとカレーに手をつけた。コーヒー以上に、食事は冷めてしまったら美味しくないだろう。手を止めさせたのが自分だと思うと申し訳ないが。

「食べながらでいいから聞いてくれ。……実は、俺がこの世界に転生者としてやってきてからすぐ、数人の転生者グループがマルヴィナの何度目かの鎮圧に成功してるんだ」
「え」
「ああ、いいから。食べてていいからな。……まあそれを見て、俺も頑張ればイケるんじゃないかと思ったわけだよ。一度眠らせると一年は眠ったままになるから、俺が挑戦できるのは約一年後ってことにはなっちまうけど……まだその段階じゃ鍛錬も足りてねえと思ったしな。一年くらいは我慢できると思って鍛えてたんだが。……妙な噂を聞いたんだ。討伐に参加した転生者グループのうち二人が、“鎮圧に成功してエネルギーを持ち帰った”のに元の世界に帰して貰えなかったらしい、と」
「!」

 どういうことだ、と霧夜の目が言っている。彼らにとっては死活問題だから当然だろう。

「人一人転生し直すには膨大なエネルギーがいる。だから、主神をぶちのめす時に出るエネルギーを特別な瓶に詰めて持ち帰ってくれば、それを使ってイレーネが元の世界に帰してくれるって話だっただろ?ただし、そのエネルギーは限りがあるから、先に討伐した早いもの順になる……全ての転生者の転生を賄う分には足らなくなる可能性がある。そういう話までは聞いてる、よな?俺も最初はそう思ったんだ。でも違ってた」

 エネルギー不足以外に、転生の条件に満たなかった理由。それは。

「その二人は、“魂が穢れ”たから元の世界への転生ができないって言われたんだと。具体的には、その二人だけがこの世界で人を殺してたっていうんだ。別の転生者グループと争いになって、やむなく殺したらしい」
「マジか……」
「ちなみにそれ以外のメンバーは女神の力でその場から消えて、無事転生完了したと女神には言われたらしいが……本当に転生が完了したのかどうかは勿論確証がないとのことだ。まあ、そもそもこの話もどこまで正しいかわからないんだけどな。いずれにせよ、転生者の中には俺みたいに友好的なやつばかりじゃない。他の奴らに先を越されないためには何だってするような連中もいる……なんせ、一度先に討伐されたら、一年は自分が帰る機会を失うってことなんだからな。そういう奴らと殺し合いになるなんてザラにあることだ、これは本気で気を付けた方がいい」

 まあ、自分も、セクハラかましたり女の子を蹴っ飛ばしたりしたので友好的とは言えなかったかもしれないが――それはさておき。
 同じ転生者だから分かり合えるはず、なんて希望を持たない方がいいのは確かなことである。そもそも、マルヴィナも数回目覚めて眠ってを繰り返せば完全に沈静化するので、そうなったらもう本当に約千年は目覚めないことになってしまう。つまり、帰る手立てを完全に失ってしまう可能性が高いのだ。
 元の世界に帰る切符は、完全に先着順なのである。
 そして一度の討伐で一体その場の何人分のエナジーが賄えるのか?というのも現実ではわかっていない。大人数のパーティが避けられる傾向にあるのはそのためである。まあ、実際、あまりに大人数でぞろぞろとダンジョンを移動したら、モンスターにとって格好の餌食になるだけというのもあるのだろうが。

「……元の世界に帰りたかったら、穢れを持ち込むような行為は控えないといけないわけか。その様子だと、モンスターを倒すのは含まなくて良さそうだけどな。……同じ命だろうに、人間だけ随分重く見積もられたもんだ」

 ハンバーグの最後の一切れを口に運ぶ、霧夜。

「大体ここまでは分かった。……次。具体的にマルヴィナ様の塔に行くには、どうすりゃいいんだ?RPGのゲームだったら、いくつも街越えてダンジョン越えてってしないといけなくて非常にタルいことになると思うんだけど」
「安心しろ。実は距離そのものは大したことはない。この街を北に抜けると、次の街があって、その奥の森か洞窟か貴族の庭を越えたらもう塔がある聖地だからな。でもって、森の手前の街まで行くのはそう難しくない。途中の街道に出るモンスターは全然強い類じゃないし、ほとんどの道が舗装されてるから歩きづらくもない」
「それだけ聞くと、簡単に聞こえるんだけど。……それでもあんたが塔まで行くのを断念したんだから、何か理由があるってことだろ?」
「……その通りだ」

 公爵様の庭を抜けていくのが、塔への一番の近道であるのは間違いない。正式な許可を取ることができれば、警備兵に守られたモンスターも出ない安全な道をまっすぐ抜けて塔に直行することができるからだ。だが、この公爵様の許可が下りた試しは一度もないのである。不法侵入を試みた者達も今まではいたらしいが、こっそり忍び込んだ者は皆“無法者と勘違いした”という名目でその場で処刑されるか、良くて捕まって牢獄送りにされる結果となったのだそうな。
 ジョージも一度は許可を取りに行ったが、完全に門前払いを食らって諦める結果になったのである。つまり、庭を通るルートはあまりにも現実的でないのだ。それこそ警備兵と貴族を全て倒してしまうくらいの技量があれば話は別だろうが、殺人をも厭わない覚悟でもない限りそれは厳しいだろう。というか、人を殺したら転生できなくなるかもしれないと言われてしまったら尚更無理である。
 残るは、洞窟ルートと森ルート、なのだが。

「マコッテシティの領土内にある公爵様のお庭は許可が下りないから通れない。洞窟と森には、それぞれ別の脅威が潜んでいる。森には鬼のように強いドラゴンの群れ、洞窟は……“転生者狩り”を行う連中のネグラになってる」
「転生者狩り?」
「マルヴィナを鎮めることを目的として旅をしてくる転生者達は、普通の冒険者や旅人より良い装備やアイテムを万全にそろえてきてるからな。そういうのを奪うためには何だってするような連中がうじゃうじゃ潜んでるんだ」

 全く、人の醜さをこんな世界でも思い知らなければいけないなんて。
 どちらのルートも、ジョージは数人の仲間と共に挑戦したのだ。転生者もいれば、自分を慕ってついてきてくれた街の人間もいた。あの時の自分にはそんな多くの友人がいて、彼らのためにも絶対にマルヴィナの封印を成功させようと息巻いていたものである。しかし。

「現実って、ほんとクソったれなもんだぜ。……ドラゴンのいる森に挑んで、いきなり十人いた仲間が半分に減った。それでもその仲間達に報いなくちゃいけねえと今度は洞窟に挑んで……それで、人間同士の殺し合いだ。俺が、俺だけがその血みどろの地獄から、チートスキルを使って逃げ出してきたんだ……っ」

 確かに、ジョージのスキルは便利なものだった。発動すれば二十秒間透明になり、どんな攻撃も通さぬ鉄壁の防御を得る力――そう、それだけならどれほど良かっただろう。発動するたび、二歳も年を取るなんてペナルティがなかったのなら。
 たった二十秒では、長い洞窟の全てを突破することなどできるはずもない。
 あの時も逃げるだけで数回使ってしまった。それでもどうにか引き返すだけで手いっぱいだったのだ。そのスキルだけを使って突破できるほど、あの場所は甘くないのである。
 ああ、今でも惨殺された仲間達の躯が、あの暗い場所に転がったままになっているかもしれないと思うと――本当に情けなくて、申し訳なくて、なんと言葉にすればいいのかもわからない。

「霧夜に小雨。……お前らにマジで元の世界に帰る気があるってのは認める。でもな」

 希望なんて持ってはいけない。
 あの時自分は圧倒的な絶望を前に、ただ膝を折ることしかできなかったのである。

「でも、願うだけじゃ世界は帰られねーんだよ。お前ら二人に、あの場所を突破する方法や力が本当にあるってのか?」
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