上 下
35 / 41

<35・Scream>

しおりを挟む
 ノエルに自分の正体を明かした上で、きちんと話をさせてほしい。ジルにそう頼んだのはルカーー否、ルチル自身の本心だった。

『勇者はみんな残酷で、自分勝手。そしてルチル達の敵。ずっとそう思ってきました。今でもその考えが大きく変わったわけではありません。ただ……』
『ただ?』
『……最後まで、そう信じていたいんです。ルチル達がやってきたことが正しかったということを』
『…………』

 きっと、兄には見抜かれていたことだろう。ルチルがノエルと話したことで、少しばかり心が揺れてしまったことを。
 勇者はみんな、自分の意思でなりたくて勇者になったのだと思っていた。だからこの世界にやってきて、チートスキルを使って身勝手なふるまいばかりするのだと。
 実際、二年前のアークが殺された件を覗いても勇者たちのふるまいは横暴なものばかりだった。
 サリーはなんでも貫ける攻撃スキルがあるが、裏を返せば“標的以外も貫いてしまう”危険を孕んでいるのである。モンスターを倒そうとしてスキルを発動し、樹木を倒してしまったことで民家を潰して犠牲者を出してしまったり。直接通行人を巻き込んで殺めてしまったこともある。勇者の中で露出が高いのはサリーとゾウマなのに、一番人気があるのがノエルだったのはそういう行いが一部の人々の反発を買っていたからだ。しかも、本人たちはやらかした時、けして自分の過ちを認めて謝るようなことはしないのだから。王様と女神様が認めた“勇者”であるせいで、大っぴらに批判などできなかったのだろう。
 そしてゾウマはそんなサリーと一緒になって無駄に被害を広げたし、なんならマリオンもともに破壊を楽しんでいたという。ゴートンに至っては言うまでもない。戦い以外での行いが酷すぎた。行く先々で、自分のハーレムを作って女達の心を弄ぶのである。恋人がいようが処女だろうが関係ない。ある意味では、サリー達以上に裁かれるべき下衆だろう。
 しかし、そういった噂がノエルには聞こえてこない。実際二年前の魔王討伐にも参加していなかったようであるし、メディアへの露出もほとんどない。だから、彼がどういう人間か知るためにルチルは近づいたのである。それは、ノエルもまた下衆とわかれば、容赦なく殺せるという期待も含まれていてのことだった。
 だが。



『元の世界で突然僕が死んで、親友も家族もきっと悲しませてしまったと思うんです。退屈なこと、辛いことばっかりの世界じゃなかった。楽しいことや、大切にしたいこともたくさんあった。それら全て捨てて異世界になんて僕は来たくなかったんです。……って、すみません。こんな話、この世界で生きているルカさんに本来するべきではありませんよね』




『でも、今は……自分達がやったことが本当に正しいことだったのか、疑問に思っています。実際女神様の言う通りにしても、世界からヴァリアントが消えることはなかったのですから。間違っていたかもしれない。自分達はひょっとしたら……罪もない人を殺してしまったのかもしれないって』



 ノエルは少なくともルチルから見れば、想像以上に“普通の人”であったのだ。
 この世界に来たくはなかった、元の故郷に帰りたいと言った。
 己の行いに疑問を持っていた。人に恨まれても仕方ないような罪を犯してしまったのかもしれないと、そんなことを考えていた。そして、後悔も反省もしている様子だった。
 ルチルが思っていたよりも、真っ当な感性を持っていたのである。無論、だからといってルチルの心から完全に恨みの炎が消えたわけではない。彼もまた、悪逆非道な勇者パーティの一人で、仲間の行動を止めなかったことは確かなのだから。
 だから。自分は迷わないために、決断したいのだ。
 彼が殺すに値する人間であるかを、ちゃんと知りたいのである。自分は勇者達とは違う。なんの話も聞かずに、勇者全員を殺すことは本来したくない。致死性の攻撃性能と攻撃的性格をあわせもつサリーとゾウマはそうも言ってはいられない相手だっただろうし、兄に骨抜きにされていなければゴートンもそうだったが。少なくともノエルは、ちょっと拘束だけしておけば無効化できる相手である。話を聞く余地がないわけではないだろう。

『迷いたくないのです。……もしもの時はルチルが自ら引き金を引きます。だから……』

 ルチルの言葉に、ジルはどう思ったのか。彼はわかった、と一言頷いて許可をくれたのだった。
 本当は知っている。ジルもまた、本当に自分たちの選択が正しかったのかと迷い始めているということは。

――ルチル達は、勇者に復讐する。それだけを糧に今日まで生きて来た。女神も復讐対象だとわかったからといって、勇者がそこから外れるわけじゃない。だから。

 確かめたい。
 ゆえにルチルは今、ルチルとしての姿でノエルが入った檻の前にいる。

「こんな簡単な罠に嵌るなんて、勇者も大したことないんですね」

 ルチルはふん、と鼻を鳴らし、意図的に冷たい声を出してみせた。

「それとも、まさか味方に後ろから撃たれるなんて想像もしていなかったんですかね」
「……ルカ、君は……」
「ルチル。それが本当の名前です」

 二年前、ジルとルチルはサリーに顔を見られている。しかし、少なくとも自分達の認識では、ノエルの前に姿を現したことはなかったはずだ。

「貴方たちが二年前に殺した、魔王アークの娘。それがルチルですよ。……ヴァリアントを野に放ったとありもしない汚名を着せられ、話し合いで解決しようとしたところを不意打ちで凶弾のサリーに撃ち殺された……大切な、大切なお父様のね!!」

 ガン!と思い切り鉄柵を蹴り飛ばしてやる。足が痺れたが、今はそれさえどうでもよかった。どんなに取り繕おうが、彼もまた自分達が憎む勇者の一人に違いない。正体を明かして語れば、二年間抑え込んだ憎悪が心臓の奥から溢れ出してくるのだ。
 あの優しい父に出会わなければ、自分は五歳で死んでいた。兄も八歳で死んでいた。自分達は魔王と呼ばれ、世界の敵というポジションを押し付けられた人に育てられて十年を生きてきたのだ。彼は自分達にとって、世界の全てと言っても過言ではない存在だったのである。
 それを、こいつらはくだらない妄想のために奪った。ヴァリアントという脅威を放った何者かがいて、そいつを倒せば世界が救われると。そういうポジションをあの人に押し付けて、心の平穏を守ろうとしたのだ。ヴァリアントの本当の正体もわからず、女神の挙動にもおかしなところがたくさんあったにも関わらず。

「あ、ああ……」

 ノエルは鉄柵の前、ずるずると、石畳に座り込んだのだった。

「やっぱりそうだったのですか。君こそが、魔王の……」
「気づいていたのですか」
「そうかもしれないとは思ったんです。僕を慕うただのファンとは明らかに違う、僕を探るような妙な気配がありました。しかも君と酒を飲み交わした途端眠くなって、結果ゴートンさんを止められなくなった」
「では何故、それを他の勇者に言わなかったのです?」

 絶望している様子だけれど、あまり驚いているようには見えない。ルチルの正体をうっすら予想していたのは本当だろう。

「……言えるわけない」

 ノエルは静かに首を振る。

「その直後にゴートンさんの件が起きてバタバタしてたってのもあるけれど……僕は、ゴートンさんの件をサリーさんたちに伝えたことも後悔してましたから。サリーさんの性格なら、問答無用でゴートンさんを殺そうと考えるのは明らかだったのに、僕はあまりにも考えが足りていなかった。貴女のことだってそうです。僕がその可能性を伝えたらきっと……サリーさんは、僕の勘違いとか思い違いなんて可能性も排除して、貴女を見つけて殺しにかかるでしょう。それだけは、したくありませんでした」
「二年前に、話し合いをしようとしたお父様を殺した勇者の一人とは思えない発言ですね」
「そうです。二年前の件があったからこそ僕は……何も知らないで、考えることもしないで、誰かを悪と決めつけて殺すようなことはしたくないのだと思ったのです」

 それに、と彼は続ける。

「もし、魔王の仲間の人が僕達を殺しに来るなら……その怒りや憎しみは当然のものでしょう。僕達は殺されても仕方ないことをやったんです。だったら貴女に殺されても嵌められても、文句なんか言えるはずないじゃないですか……。本当に、ごめんなさいルチルさん。僕達は、二年前本当の本当に……取り返しのつかないことを、してしまったんですね」

 項垂れるノエル。それを見て、ルチルは拳を握った。馬鹿にしているのか、と。

「……なるほど、そうやって殊勝にしていれば、助けて貰えるとでも思っているのですか」

 彼は一切言い訳をしなかった。それが逆にルチルには、助かりたくて必死であるように見えてしまったのだ。――否。

「自分たちのやったことを素直に謝罪すれば!仲間がやったことでも罪を押し付けたりしなければ!ルチルの心象もよくなって助けて貰えるとでも思いましたか?ルチルたちにとっては、お前もほかの連中も同列なんですよ。女神に選ばれて、王様に支援してもらって、豪邸に住んで。この二年間英雄として、さぞかしいい気分だったんでしょうね。どうです、罪もない人たちを嬲り殺しにして得た称号で飲むお酒は美味しかったですか?ベッドではよく眠れましたか?みんなに褒めたたえられて楽しかったですか?ええ。ええ、ええ、どうなんです!?」

 本当は、わかっている。これは、ノエルの他ならぬ本心だと。だってほぼ同じ話を、ルチルの正体を明かす前に聞いている。彼は自分は直接魔王討伐に参加しなかったという逃げ道もあるのに使わない。
 それは何より、彼の本心であればこそ。彼が自分の罪を心から悔やんでいるからこそだとわかっている。でも。

「今更後悔したって、遅いんだよ!」

 だからこそ、苛立ってしまうのだ。
 何故、何故、何故、その疑問を二年前に持つことができなかった?自分の故郷に帰りたいがために、この世界の罪もない人間がどうなろうと知ったことではなかったと言っていたではないか。

「この臆病者!助かりたいっていうなら返せよ……ルチルたちの大切な、大切な家族を返せ!お父様を、みんなを返せ、返せ、返せよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 自分のためにこの対面を選んだのに、結局心乱されたのは自分の方だった。わかっている。兄と比べて、己はあまりにも未熟だということくらいは。
 それでも、叫ばずにはいられなかったのである。
 二年前の絶望を、全て奪われた時の憎悪を、再び思い出してしまったがゆえに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放シーフの成り上がり

白銀六花
ファンタジー
王都のギルドでSS級まで上り詰めた冒険者パーティー【オリオン】の一員として日々活躍するディーノ。 前衛のシーフとしてモンスターを翻弄し、回避しながらダメージを蓄積させていき、最後はパーティー全員でトドメを刺す。 これがディーノの所属するオリオンの戦い方だ。 ところが、SS級モンスター相手に命がけで戦うディーノに対し、ほぼ無傷で戦闘を終えるパーティーメンバー。 ディーノのスキル【ギフト】によってパーティーメンバーのステータスを上昇させ、パーティー内でも誰よりも戦闘に貢献していたはずなのに…… 「お前、俺達の実力についてこれなくなってるんじゃねぇの?」とパーティーを追放される。 ディーノを追放し、新たな仲間とパーティーを再結成した元仲間達。 新生パーティー【ブレイブ】でクエストに出るも、以前とは違い命がけの戦闘を繰り広げ、クエストには失敗を繰り返す。 理由もわからず怒りに震え、新入りを役立たずと怒鳴りちらす元仲間達。 そしてソロの冒険者として活動し始めるとディーノは、自分のスキルを見直す事となり、S級冒険者として活躍していく事となる。 ディーノもまさか、パーティーに所属していた事で弱くなっていたなどと気付く事もなかったのだ。 それと同じく、自分がパーティーに所属していた事で仲間を弱いままにしてしまった事にも気付いてしまう。 自由気ままなソロ冒険者生活を楽しむディーノ。 そこに元仲間が会いに来て「戻って来い」? 戻る気などさらさら無いディーノはあっさりと断り、一人自由な生活を……と、思えば何故かブレイブの新人が頼って来た。

ざまぁから始まるモブの成り上がり!〜現実とゲームは違うのだよ!〜

KeyBow
ファンタジー
カクヨムで異世界もの週間ランク70位! VRMMORゲームの大会のネタ副賞の異世界転生は本物だった!しかもモブスタート!? 副賞は異世界転移権。ネタ特典だと思ったが、何故かリアル異世界に転移した。これは無双の予感?いえ一般人のモブとしてスタートでした!! ある女神の妨害工作により本来出会える仲間は冒頭で死亡・・・ ゲームとリアルの違いに戸惑いつつも、メインヒロインとの出会いがあるのか?あるよね?と主人公は思うのだが・・・ しかし主人公はそんな妨害をゲーム知識で切り抜け、無双していく!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】勇者パーティーの裏切り者

エース皇命
ファンタジー
「この勇者パーティーの中に裏切り者がいる」  Sランク勇者パーティーの新人オーウェン=ダルクは、この神託の予言が示す『裏切り者』が自分のことだと思っていた。    並々ならぬ目的を持ち、着実に実力をつけていくオーウェン。    しかし、勇者パーティーのリーダー、ウィル=ストライカーから裏切り者が別にいることを知らされる。  容疑者はオーウェンを除いて6人。  リーダーのウィルに、狼の獣人ロルフ、絶世の美女ヴィーナス、双子のアルとハル、そして犬の獣人クロエ。  一体誰が勇者パーティーの裏切り者なのか!?  そして、主人公オーウェンの抱える狂気に満ちた野望とは!?  エース皇命が贈る、異世界ファンタジーコメディー、開幕! ※小説家になろう、エブリスタでも投稿しています。 【勇者パーティーの裏切り者は、どうやら「俺」じゃないらしい】

追放された技術士《エンジニア》は破壊の天才です~仲間の武器は『直して』超強化! 敵の武器は『壊す』けどいいよね?~

いちまる
ファンタジー
旧題:追放されたエンジニアは解体の天才です~人型最強兵器と俺の技術でダンジョン無双~ 世界中に無数の地下迷宮『ダンジョン』が出現し、数十年の月日が流れた。 多くの冒険者や戦士、魔法使いは探索者へと職を変え、鋼鉄の体を持つ怪物『魔獣(メタリオ)』ひしめく迷宮へと挑んでいた。 探索者愛用の武器を造る技術士(エンジニア)のクリスは、所属しているパーティー『高貴なる剣』と、貴族出身の探索者であるイザベラ達から無能扱いされ、ダンジョンの奥底で殺されかける。 運よく一命をとりとめたクリスだが、洞穴の奥で謎の少女型の兵器、カムナを発見する。 並外れた技術力で彼女を修理したクリスは、彼を主人と認めた彼女と共にダンジョンを脱出する。 そして離れ離れになった姉を探す為、カムナの追い求める『アメノヌボコ』を探す為、姉の知人にして元女騎士のフレイヤの協力を得て、自ら結成したパーティーと再び未知の世界へと挑むのだった。 その過程で、彼は自ら封印した『解体術』を使う決意を固める。 誰かの笑顔の為に「直し」、誰かを守る為に「壊す」。 ひと癖ある美少女に囲まれたクリスの新たな技術士人生の幕が今、上がるのであった。 一方、クリスを追放した『高貴なる剣』は、今まで一同を支えていた彼の力が常軌を逸したものだと気づく。 彼女達は自称Aランク探索者から一転、破滅への道を転げ落ちてゆくのであった。 ●一話~百二話…クリス・オーダー結成編(ざまぁ多め) ●百三話~百六十七話…仲間の過去編(シリアス中心) ●百六十七話~現在…スローライフ編(のんびりドタバタ) ※書籍版とWEB版では一部内容が異なります。ご了承ください。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

異世界の親が過保護過ぎて最強

みやび
ファンタジー
ある日、突然転生の為に呼び出された男。 しかし、異世界転生前に神様と喧嘩した結果、死地に送られる。 魔物に襲われそうな所を白銀の狼に助けられたが、意思の伝達があまり上手く出来なかった。 狼に拾われた先では、里ならではの子育てをする過保護な里親に振り回される日々。 男はこの状況で生き延びることができるのか───? 大人になった先に待ち受ける彼の未来は────。 ☆ 第1話~第7話 赤ん坊時代 第8話~第25話 少年時代 第26話~第?話 成人時代 ☆ webで投稿している小説を読んでくださった方が登場人物を描いて下さいました! 本当にありがとうございます!!! そして、ご本人から小説への掲載許可を頂きました(≧▽≦) ♡Thanks♡ イラスト→@ゆお様 あらすじが分かりにくくてごめんなさいっ! ネタバレにならない程度のあらすじってどーしたらいいの…… 読んで貰えると嬉しいです!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...