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<27・Immoral>
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はらはら、はらはら。
舞い散るモモザクラの花吹雪の中、向かい合う男女。こう書くのであれば、さながら恋愛ドラマのワンシーンのように感じるかもしれない。
しかし、実際向かい合っている男女が互いに向けているのは、そんな甘ったるい感情ではなかった。特に、ゴートンの方は。
「……お前は、いつもそうだったな」
ゴートンは一歩前に進み出る。自分でも驚いていた――己の中にここまで狂暴な感情が潜んでいようとは。
「俺を見る時のお前の目、目、目!……気色悪い不細工だって、俺の外見だけ見て見下しやがって。お前とサリーはいっつもそうだった。だから俺はいつもお前らが大嫌いだった。人を外見だけで侮辱して、中身をまったく見ようとしないお前らが……!」
「し、仕方ないでしょ!だってあんた気持ち悪い見た目なんだもん!マリオンは、気持ち悪い見た目の男が嫌いだし、サリーも同じだってだけでしょ!?そ、そんなに見た目で判断されるのが嫌ならイケメンにしてもらえばよかったじゃない、女神様に!」
「そういう問題じゃねえんだよ。イケメンになったところで、お前らが見るのは俺の顔面だけだろうが。根本的な問題は何も解決しないっつーか、お前らの性根が腐ってるのは何も変わらねえんだよ。わかってねえな」
イケメンになれば解決、なんて話ではない。そこが理解できないあたりで、こいつと話すことなど何もないのだ。
マリオンがどういう気持ちで、中年女性から幼女になったのかは自分も聞いている。
彼女も不細工な己の見た目にコンプレックスがあった。だったら本来わかってしかるべきではないか。自分が人間の何に失望したか。どうして、コンプレックスの外見をそのまま変えなかったのか。
いつか出会いたかったからだ。美女と野獣のように――外見ではなく内面を愛してくれる、素敵な人が現れることを期待して。そんな夢をこの場所で見たくて。
一番それが分かるはずのマリオンが理解を投げ捨てている。ゴートンはそれがずっと悲しくて悔しくてたまらなかったのである。
「……て、ていうか!マリオンがあんたを見下すなんて今更でしょ。何よ突然!」
明らかに友好的ではないゴートンに、動揺している様子のマリオン。ただの嫌悪感ではなく今、はっきりと彼女はゴートンに怯えている。その様が心地よくてたまらなかった。
久しく忘れていた。自分は、前世での鬱憤を晴らしたくてチートスキルと外見を選んだことを。自分を馬鹿にしていたロリ顔の女が、自分を恐れて震えている。最高に爽快ではないか。
「俺は心配してたんだ。ジニーのこと」
そんな彼女に、また一歩近づくゴートン。
「ジニーのことを、お前やノエルが不審がるのは当然だ。いつの間にか出会って、突然俺が恋人だなんて言って紹介したわけだからな。しかも、俺がもともとストレートだっつーことをお前らは知っている。その俺が、女装した男に走ったってなったらそりゃ、何かされたんじゃねえかと不思議がるのも無理ないことだとは思う」
「そ、そうよ。だからマリオンは、調べようと思って……」
「そうだ。お前がジニーのことを調査しようとすることまではわかってた。だから不安だったんだ。お前の性格はわかってる。LGBTに差別的な感情があるのも知ってたし、ジニーの事情も理解しねえでひどいことを言ったり傷つけたりするんじゃねえかってな。それに、ジニーは器のでかいやつだけど、けして器用なタイプじゃない。何かミスってお前らの心象を悪くしちまったら、それだけでお前が“別れろ!”って喚くのは目に見えてる。サリーとゾウマに、あることないこと吹き込まれても困るしな」
でも、とゴートンは目を細める。
「俺がしていたのはあくまでそういう心配だったんだ。……まさかお前が、俺から……ジニーのことを奪いにかかるなんてなぁ!?」
「ひっ……!」
そう、自分は見ていた。もし、万が一マリオンがジニーに危害を加えようとしたなら助けに入ろうと。だが。
実際に自分が見た光景は、ジニーと共にダンスを踊るマリオンの姿。マリオンが、ジニーのことを恋する乙女の目で見つめている姿だったのだ。
そう、忘れていたがジニーの本来の性別は男なのだ。男も女もライバルになりうる。いくら見た目が女性にしか見えないからって、自分は本当にどうかしていた。最初にそこに危機感を覚えるべきだったではないか。そう、あんなに美しい人に、魅了されない男女がどこにいるんだろう?
わかっている。ジニーもジニーで、己の美貌に無頓着すぎるのが問題だということは。それでもマリオンがやったことは万死に値するのだ。
ゴートンの恋人とわかっていながら、自分からジニーを奪おうとしている。明日また会う約束まで取り付けて!
「お前らは……お前らはいっつもそうだよなあ?俺のことをいつまでも見下しやがって。勇者パーティで一番働いてんのは誰だと思ってる?お前らがのんびり豪邸で酒とご馳走食ってる間も、俺は国中を回ってヴァリアント討伐に精を出してきたんだ。こんなに、こんなにお前らのために働いてやってんのに……お前はそんな俺がやっと手に入れたものまで奪おうってのか。そんなに俺が、恋人を手に入れたのが妬ましいかよ、ええ!?」
「ま、ま、マリオンはそんなつもりじゃ」
「うるせえ!言い訳なんぞ聞きたくねえんだよ!!」
己が本当に怒っているのは、マリオンがジニーに恋をしたことそのものではない。
恋をする資格があるなどとマリオンが思い上がったことだ。ゴートンの恋人ならば奪ってもかまわないと。それはつまり、この女がどれほどゴートンを見下し、侮辱しているかにほかならない。今までどれほどゴートンに助けられたのか、その恩も忘れて!
それはゴートンにとって何より許しがたいことだった。見た目だけで何もかも決めつけ、それまでの頑張りを否定する。この世で一番憎らしい存在の一人に、このマリオンが成り下がったということなのだ。
「一応仲間だと思ってたから、遠慮してたんだけどなぁ?……もうお前なんか、仲間でもなんでもねえ」
ゴートンはずいっと両手を突き出す。マリオンの顔から血の気が引いていくのが見えた。自分が何をしようとしているのか気が付いたのだろう。慌てて踵を返して逃げていこうとする少女。
だが、もう遅い。
「チートスキル発動……“絶対力・魅”!」
ゴートンの両手から離れた緑色の光線が、まっすぐマリオンの後頭部に激突した。ばちばちばち、と雷が帯電するような音が響き、マリオンの足が停止する。そしてふらふらと、その場にしゃがみこんだ。
自分のチートスキルは基本二つのパターンで発動できる。目を合わせた相手にかけるか、あるいは魔法のように呪文を唱えて飛ばすか。後者の場合射程の問題こそあれ、後ろから打てるというメリットは極めて大きい。
ちなみにマリオンの能力は“絶対力・護”といって、多くの攻撃から鉄壁の防御力で身を守る、というものであったが。実のところ、効果があるのは物理攻撃のみなのである。自分達のスキルはチート効果ばかりだが、その能力の種類は幅は本人の想像力に大きく依存する。彼女は攻撃から身を守るという時に、物理攻撃しか想定しなかったのだろう。ゆえに、ゴートンのような精神に打撃を与えるタイプのスキルには無力なのだ。彼女もわかっていたからスキルで身を守ることではなく、急いでその場から逃げ出すことを選んだのである。
「さあ、マリオン、立て」
このスキルは、能力をかけた女の本来の意思を書き換え、ゴートンに忠実な操り人形にしてしまうというものである。極めて強力で残酷な能力であることはゴートンもわかっていた。だからジニーと初めて会った時も、彼が男だと気づくより前に能力をかけようとしなかったのである。相手が己に心から寄り添ってくれるなら、その心を消したくなかったからだ。
そして、仲間たちにも向けてこなかった。どれほど理不尽でも腹立たしくても、スキルで味方を操ることはせずに耐えてきたのだ。だが。
その堪忍袋の緒が、今。ぷつりと切れてしまった。マリオンはふらつきながらも立ち上がり、ゴートンの方を見る。その目はとろん、ととろけていて視線が定まっていない。頬は紅潮し、息は荒くなっていた。その桃色の唇の端からだら、と制御できなくなった涎が垂れている。そう、ゴートンのスキルにかけられた者は、ゴートンが欲しくてたまらなくなってしまうのだ。それこそ超強力な媚薬を撃ち込まれたように。
「ご、ゴートン、様ぁ……」
マリオンはもじもじと足をすりあわせながら頼み込んでくる。
「お、お、お願いしますう。ま、マリオンを、慰めてくだしゃい。もう、耐えられないんですう……!」
あの生意気なマリオンが、こうも簡単に落ちてくるとは。ほんの少しの罪悪感はしかし、彼女が己からジニーを奪おうとしたという事実の前にかき消されていく。そうだ、悪いのはこいつの方だ。自分はただ、ジニーのことを仲間にわかってほしかっただけなのに。受け入れてほしいと紹介したにすぎないのに、こいつはゴートンのことを馬鹿にして自分から奪い取ろうとしたのである。
「慰めて欲しい?具体的には、どうやって?」
ああ、気分が良くてたまらない。ゴートンはにやにやと彼女を見下ろしながら、がしり、とそのピンク色のツインテール頭を掴んだ。がくがくと揺らしてやると、そんな動作にでさえ感じ入ったようにマリオンが息を吐く。
「もっとはっきり言えよ。ドコに、ナニを、どうしてほしいんだ?」
「あ、あああ……ゴートン様の、……を、マリオンの、……にぃ……」
ぼそぼそとした声で、それでもはっきりと淫猥な言葉を喋る少女。気持ちいい、気持ちいい、気持ちいい。大嫌いな奴を屈服させ、奴隷にさせることのなんと爽快なものであるか!それこそ、この言葉攻めだけで絶頂してしまいそうなほど!
「よし、じゃあまずは脱げ。脱いで……そこのモモザクラの木に手をついて、ケツをこっちに向けろや。できるな?」
「は、はいい……」
マリオンが自らが来ていたワンピースのボタンに手をかける。ゴートンは最高の気分で、それを見つめていたのだった。
***
――本当に、馬鹿な奴らだな。
その様子を、陰でこっそり見ていたジル。笑いが止まらない、とはまさにこのことだ。
まさかこんなにも早く、思い通りにいくとは。
マリオンをその気にさせれば、ゴートンが嫉妬に狂ってマリオンと揉めるだろうことはわかっていた。そして、実のところ単純な能力の相性で言えばゴートンに軍配が上がるのである。ゴートンの魅了能力を、マリオンは防ぐ手段がないのだから。
あとはその争いを煽ってやる、ゴートンがマリオンに魅了能力をかけて奴隷にするよう仕向けてやればいい。
マリオンがゴートンの手駒になればそれは、ジルの手駒になったも同然。そして、この状況を知ったノエルは間違いなくサリーとゾウマに報告を入れるだろう。彼らが、仲間に手を出したゴートンを許すとは思えない。つまりこの先に待つのは、お約束の追放劇というわけだ。
勇者パーティから排除されたゴートンと、ゴートンにくっついてきたマリオンを懐柔するなどわけないことである。あとはこいつらの能力を使って、残りの三人を攻略してやればいい。
唯一の懸念点は、ゴートンがスキルを使うのをノエルが邪魔してくるパターンだったが、それもルチルがうまく足止めしてくれたようだった。
――仲間内で崩壊して、居場所を失って絶望しろ。……俺達から、愛する人を奪った報いだ……!
さあ、次の計画を進めようではないか。
舞い散るモモザクラの花吹雪の中、向かい合う男女。こう書くのであれば、さながら恋愛ドラマのワンシーンのように感じるかもしれない。
しかし、実際向かい合っている男女が互いに向けているのは、そんな甘ったるい感情ではなかった。特に、ゴートンの方は。
「……お前は、いつもそうだったな」
ゴートンは一歩前に進み出る。自分でも驚いていた――己の中にここまで狂暴な感情が潜んでいようとは。
「俺を見る時のお前の目、目、目!……気色悪い不細工だって、俺の外見だけ見て見下しやがって。お前とサリーはいっつもそうだった。だから俺はいつもお前らが大嫌いだった。人を外見だけで侮辱して、中身をまったく見ようとしないお前らが……!」
「し、仕方ないでしょ!だってあんた気持ち悪い見た目なんだもん!マリオンは、気持ち悪い見た目の男が嫌いだし、サリーも同じだってだけでしょ!?そ、そんなに見た目で判断されるのが嫌ならイケメンにしてもらえばよかったじゃない、女神様に!」
「そういう問題じゃねえんだよ。イケメンになったところで、お前らが見るのは俺の顔面だけだろうが。根本的な問題は何も解決しないっつーか、お前らの性根が腐ってるのは何も変わらねえんだよ。わかってねえな」
イケメンになれば解決、なんて話ではない。そこが理解できないあたりで、こいつと話すことなど何もないのだ。
マリオンがどういう気持ちで、中年女性から幼女になったのかは自分も聞いている。
彼女も不細工な己の見た目にコンプレックスがあった。だったら本来わかってしかるべきではないか。自分が人間の何に失望したか。どうして、コンプレックスの外見をそのまま変えなかったのか。
いつか出会いたかったからだ。美女と野獣のように――外見ではなく内面を愛してくれる、素敵な人が現れることを期待して。そんな夢をこの場所で見たくて。
一番それが分かるはずのマリオンが理解を投げ捨てている。ゴートンはそれがずっと悲しくて悔しくてたまらなかったのである。
「……て、ていうか!マリオンがあんたを見下すなんて今更でしょ。何よ突然!」
明らかに友好的ではないゴートンに、動揺している様子のマリオン。ただの嫌悪感ではなく今、はっきりと彼女はゴートンに怯えている。その様が心地よくてたまらなかった。
久しく忘れていた。自分は、前世での鬱憤を晴らしたくてチートスキルと外見を選んだことを。自分を馬鹿にしていたロリ顔の女が、自分を恐れて震えている。最高に爽快ではないか。
「俺は心配してたんだ。ジニーのこと」
そんな彼女に、また一歩近づくゴートン。
「ジニーのことを、お前やノエルが不審がるのは当然だ。いつの間にか出会って、突然俺が恋人だなんて言って紹介したわけだからな。しかも、俺がもともとストレートだっつーことをお前らは知っている。その俺が、女装した男に走ったってなったらそりゃ、何かされたんじゃねえかと不思議がるのも無理ないことだとは思う」
「そ、そうよ。だからマリオンは、調べようと思って……」
「そうだ。お前がジニーのことを調査しようとすることまではわかってた。だから不安だったんだ。お前の性格はわかってる。LGBTに差別的な感情があるのも知ってたし、ジニーの事情も理解しねえでひどいことを言ったり傷つけたりするんじゃねえかってな。それに、ジニーは器のでかいやつだけど、けして器用なタイプじゃない。何かミスってお前らの心象を悪くしちまったら、それだけでお前が“別れろ!”って喚くのは目に見えてる。サリーとゾウマに、あることないこと吹き込まれても困るしな」
でも、とゴートンは目を細める。
「俺がしていたのはあくまでそういう心配だったんだ。……まさかお前が、俺から……ジニーのことを奪いにかかるなんてなぁ!?」
「ひっ……!」
そう、自分は見ていた。もし、万が一マリオンがジニーに危害を加えようとしたなら助けに入ろうと。だが。
実際に自分が見た光景は、ジニーと共にダンスを踊るマリオンの姿。マリオンが、ジニーのことを恋する乙女の目で見つめている姿だったのだ。
そう、忘れていたがジニーの本来の性別は男なのだ。男も女もライバルになりうる。いくら見た目が女性にしか見えないからって、自分は本当にどうかしていた。最初にそこに危機感を覚えるべきだったではないか。そう、あんなに美しい人に、魅了されない男女がどこにいるんだろう?
わかっている。ジニーもジニーで、己の美貌に無頓着すぎるのが問題だということは。それでもマリオンがやったことは万死に値するのだ。
ゴートンの恋人とわかっていながら、自分からジニーを奪おうとしている。明日また会う約束まで取り付けて!
「お前らは……お前らはいっつもそうだよなあ?俺のことをいつまでも見下しやがって。勇者パーティで一番働いてんのは誰だと思ってる?お前らがのんびり豪邸で酒とご馳走食ってる間も、俺は国中を回ってヴァリアント討伐に精を出してきたんだ。こんなに、こんなにお前らのために働いてやってんのに……お前はそんな俺がやっと手に入れたものまで奪おうってのか。そんなに俺が、恋人を手に入れたのが妬ましいかよ、ええ!?」
「ま、ま、マリオンはそんなつもりじゃ」
「うるせえ!言い訳なんぞ聞きたくねえんだよ!!」
己が本当に怒っているのは、マリオンがジニーに恋をしたことそのものではない。
恋をする資格があるなどとマリオンが思い上がったことだ。ゴートンの恋人ならば奪ってもかまわないと。それはつまり、この女がどれほどゴートンを見下し、侮辱しているかにほかならない。今までどれほどゴートンに助けられたのか、その恩も忘れて!
それはゴートンにとって何より許しがたいことだった。見た目だけで何もかも決めつけ、それまでの頑張りを否定する。この世で一番憎らしい存在の一人に、このマリオンが成り下がったということなのだ。
「一応仲間だと思ってたから、遠慮してたんだけどなぁ?……もうお前なんか、仲間でもなんでもねえ」
ゴートンはずいっと両手を突き出す。マリオンの顔から血の気が引いていくのが見えた。自分が何をしようとしているのか気が付いたのだろう。慌てて踵を返して逃げていこうとする少女。
だが、もう遅い。
「チートスキル発動……“絶対力・魅”!」
ゴートンの両手から離れた緑色の光線が、まっすぐマリオンの後頭部に激突した。ばちばちばち、と雷が帯電するような音が響き、マリオンの足が停止する。そしてふらふらと、その場にしゃがみこんだ。
自分のチートスキルは基本二つのパターンで発動できる。目を合わせた相手にかけるか、あるいは魔法のように呪文を唱えて飛ばすか。後者の場合射程の問題こそあれ、後ろから打てるというメリットは極めて大きい。
ちなみにマリオンの能力は“絶対力・護”といって、多くの攻撃から鉄壁の防御力で身を守る、というものであったが。実のところ、効果があるのは物理攻撃のみなのである。自分達のスキルはチート効果ばかりだが、その能力の種類は幅は本人の想像力に大きく依存する。彼女は攻撃から身を守るという時に、物理攻撃しか想定しなかったのだろう。ゆえに、ゴートンのような精神に打撃を与えるタイプのスキルには無力なのだ。彼女もわかっていたからスキルで身を守ることではなく、急いでその場から逃げ出すことを選んだのである。
「さあ、マリオン、立て」
このスキルは、能力をかけた女の本来の意思を書き換え、ゴートンに忠実な操り人形にしてしまうというものである。極めて強力で残酷な能力であることはゴートンもわかっていた。だからジニーと初めて会った時も、彼が男だと気づくより前に能力をかけようとしなかったのである。相手が己に心から寄り添ってくれるなら、その心を消したくなかったからだ。
そして、仲間たちにも向けてこなかった。どれほど理不尽でも腹立たしくても、スキルで味方を操ることはせずに耐えてきたのだ。だが。
その堪忍袋の緒が、今。ぷつりと切れてしまった。マリオンはふらつきながらも立ち上がり、ゴートンの方を見る。その目はとろん、ととろけていて視線が定まっていない。頬は紅潮し、息は荒くなっていた。その桃色の唇の端からだら、と制御できなくなった涎が垂れている。そう、ゴートンのスキルにかけられた者は、ゴートンが欲しくてたまらなくなってしまうのだ。それこそ超強力な媚薬を撃ち込まれたように。
「ご、ゴートン、様ぁ……」
マリオンはもじもじと足をすりあわせながら頼み込んでくる。
「お、お、お願いしますう。ま、マリオンを、慰めてくだしゃい。もう、耐えられないんですう……!」
あの生意気なマリオンが、こうも簡単に落ちてくるとは。ほんの少しの罪悪感はしかし、彼女が己からジニーを奪おうとしたという事実の前にかき消されていく。そうだ、悪いのはこいつの方だ。自分はただ、ジニーのことを仲間にわかってほしかっただけなのに。受け入れてほしいと紹介したにすぎないのに、こいつはゴートンのことを馬鹿にして自分から奪い取ろうとしたのである。
「慰めて欲しい?具体的には、どうやって?」
ああ、気分が良くてたまらない。ゴートンはにやにやと彼女を見下ろしながら、がしり、とそのピンク色のツインテール頭を掴んだ。がくがくと揺らしてやると、そんな動作にでさえ感じ入ったようにマリオンが息を吐く。
「もっとはっきり言えよ。ドコに、ナニを、どうしてほしいんだ?」
「あ、あああ……ゴートン様の、……を、マリオンの、……にぃ……」
ぼそぼそとした声で、それでもはっきりと淫猥な言葉を喋る少女。気持ちいい、気持ちいい、気持ちいい。大嫌いな奴を屈服させ、奴隷にさせることのなんと爽快なものであるか!それこそ、この言葉攻めだけで絶頂してしまいそうなほど!
「よし、じゃあまずは脱げ。脱いで……そこのモモザクラの木に手をついて、ケツをこっちに向けろや。できるな?」
「は、はいい……」
マリオンが自らが来ていたワンピースのボタンに手をかける。ゴートンは最高の気分で、それを見つめていたのだった。
***
――本当に、馬鹿な奴らだな。
その様子を、陰でこっそり見ていたジル。笑いが止まらない、とはまさにこのことだ。
まさかこんなにも早く、思い通りにいくとは。
マリオンをその気にさせれば、ゴートンが嫉妬に狂ってマリオンと揉めるだろうことはわかっていた。そして、実のところ単純な能力の相性で言えばゴートンに軍配が上がるのである。ゴートンの魅了能力を、マリオンは防ぐ手段がないのだから。
あとはその争いを煽ってやる、ゴートンがマリオンに魅了能力をかけて奴隷にするよう仕向けてやればいい。
マリオンがゴートンの手駒になればそれは、ジルの手駒になったも同然。そして、この状況を知ったノエルは間違いなくサリーとゾウマに報告を入れるだろう。彼らが、仲間に手を出したゴートンを許すとは思えない。つまりこの先に待つのは、お約束の追放劇というわけだ。
勇者パーティから排除されたゴートンと、ゴートンにくっついてきたマリオンを懐柔するなどわけないことである。あとはこいつらの能力を使って、残りの三人を攻略してやればいい。
唯一の懸念点は、ゴートンがスキルを使うのをノエルが邪魔してくるパターンだったが、それもルチルがうまく足止めしてくれたようだった。
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