最強魔王の子供達~仇の勇者を倒すため、チート兄妹が無双致します~

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<23・Dance>

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 明らかに、ゴートンの傾倒ぶりはおかしい。いくらなんでも、人がこんな短期間で誰かにマジ惚れするなんてことがあるだろうか?いや、確かに世の中には一目惚れなんてものもなくはないのだが。

――あの色ボケ男ときたら!本当にわかってるのかしら、マリオン達の状況!

 一刻も早く、魔王の残党を見つけて狩りださなければ立場が危ういというのに。
 あるいは、それ以外の打開策を見つけなければいけないという時に、女どころか男に惚れて恋愛にうつつを抜かすとは。

――とにかく、ソイツの正体を突き止めないと。もしも魔王軍の残党が化けてるんだとしたら逆にチャンスだもん。

 てくてくてくてく。向かった先は、そのジニーとかいう女装男がよく踊りを披露しているという二番街の通りである。先日のヴァリアント騒動で、このあたりは本体も分身も通らなかったため建物も人もさほど被害を受けずに済んでいる。まだモモザクラの花は完全に散っていない。やや葉桜になってしまっているが、もともとこの花は咲いている時期が長いことで有名なのだ。
 二番街のモモザクラの並木道は特に散っていない場所が多いせいか、時折観光客らしき者の姿も見える。呑気に写真を撮っている家族連れの後ろを通り過ぎ、忌々しく腕を組んで歩くカップルをこっそりと睨むマリオン。わかっている、いい加減前世のくだらない記憶なんてものは忘れるべきだということくらいは。それでもどうしても、色恋沙汰で浮かれている連中を見るとイライラが募ってしまうのである。
 かつての自分には、けして味わうことができなかった味。
 六十を間近に控えてなお、マリオンは処女のままだった。そればかりか、男性とキスをすることもかなわないまま交通事故で命を落とした。コンプレックスである己の容姿を笑いものにしてまで、仲間たちに溶け込もうと必死になったのに。その努力を誰にも評価してもらえないばかりか、周りの女達はそんなマリオンを踏み台にして幸せを掴んでいったのである。
 そんな連中が忌々しくてならなかった。
 けれど表立って、仕事の同僚たちや学生時代の友人達を罵る勇気はなく。せいぜい呼ばれていった結婚式の披露宴で、こっそりと新婦の恥ずかしいエピソードを暴露してやったり、同僚の机にしょうもない悪戯を仕掛けてウサを晴らすくらいが精々だったのである。
 恋愛がすべて。愛されなければ価値がない。お前はそんなこともできないゴミなんだと、どいつもこいつも見下してきているようで大変不快だった。容姿がどうのということではない。どうせ結婚したら旦那の愚痴ばかり言いまくるくせに、まるで見せつけるように幸せアピールをしてくる女達が腹立たしくてならなかったのである。
 恋なんて必要ない。本当に強い人間は、そんなものがなくても己の幸福を掴んでみせるのだ。

――元ヒキコモニートのゴートンを篭絡するなんて、きっと超絶カンタンなことだったんでしょうね!

 ある意味非常に不憫だ。きっとあの男はちょっと優しくされただけで、欲しい言葉を言ってもらえただけで舞い上がってしまったのだろう。自らの醜い顔に悩んだ過去を持つのは、マリオンも同じである。気持ちはわからないではない。そこにきっとつけこまれたのだ。
 というか、それ以外に男が女装して、あんな醜い男に体を預ける理由がないではないか。自分だったら絶対ノーサンキューだ。間違いなく、何か目的があったに決まっているのである。
 ゴートンの“恋愛”を否定してやりたい気持ち。
 あんな男が無条件に同性に愛されるなんてありえないという気持ち。
 そして、一刻も早く魔王の手下を見つけて自分たちの価値を証明したいという気持ち。
 それが合わさって今、マリオンは道を急いでいるのである。あのゴートンを落としたというジニーという踊り子を、この目で見て判断してやるために。

「……あそこね」

 ジニーがいる場所を見つけるのは、さほど難しいことではなかった。一本のモモザクラの木の下に人だかりができていたからである。

「アンテラス・コイマドラ・シノ・シノ・シノ……」

 聞こえてくる、古代ラジスター語の歌声。少しだけマリオンは眉をひそめた。
 男性が女性に化けるにあたり、一番ネックとなるのは声だと思っている。服装次第では女の姿に変装できる男がいてもおかしくはないし、なんなら化粧でも誤魔化しがきくからだ。しかし、聞こえてくる歌声は女性として聞いても違和感がないものだった。透き通るような、透明な歌声。強いて言うならば、ボーイソプラノに近い声だとでも言えばいいだろうか。
 小柄なマリオンにとって、群衆をかき分けるのは少々手間がかかることではあった。どうにかスキマに体をねじ込むようにしながら前に出る。そして、マリオンは初めて、ゴートンが惚れたという“美貌の男”の姿を目にするのだった。

「アンテラス・コイマドラ・シノ・シノ・シノ……」

 水色の踊り子の衣装に、藍色のヴェール。おへそをがっつり露出しているのに、女性として見た時全く違和感がない。きゅっとくびれた腰は、むしろ男性として考えると細すぎるのではと感じるほどだ。
 透けるように白い肌、星屑を散らせたような銀糸の髪に宝玉をはめ込んだような赤い瞳。確かに美しい。思うところあるマリオンでさえ、一瞬見惚れてしまったほどには。ただ。

――これが、男?ウソでしょ?

 にわかには信じがたい。
 流石に女狂いの、かつ一緒にベッドにも入ったというゴートンがウソを言っているとは思えないが。少なくとも、単なる“女装”としてみるにはあまりにも完成度が高すぎるのである。胸には詰め物をして誤魔化せるだろうが、華奢な肩やくびれた腰などは生来のものであるはずなのだから。

――ていうか……。

 とりあえずしばらく踊りを観察していたマリオンだったが、段々と胸の奥がむかむかしてきたのだった。
 彼(?)の踊りの技術がさほど高いものではないと気づかされたというのが大きい。歌と足運びがずれていることもあるし、そもそも“古代祭の踊り”そのものがけしてハイレベルな踊りではない。それなのに、彼の目の前に置かれた籠にはかなりの額の“投げ銭”が入っている様子。理由は単純明快――集まっている観衆のほとんどが男なのだ。
 彼らが見ているのは、そのきゅっと上向きに締まった尻が煽情的に揺れる様や、色っぽく上目遣いで群衆を見上げる仕草。ようは、踊りの技術ではなくその色気にアテられているのである。女の眼から見れば明らかだった――こいつが、集まってきた男どもに媚びを売ることによって荒稼ぎしているであろうということは。
 きっと踊りだけではなく、実際にベッドに連れ込んで儲けるようなこともしているのだろう。むしろ、そう考えるとゴートンがあっさりベッドインまで持ち込めたのも納得がいくというものだ。
 売春婦、というのはマリオンが心の底から嫌悪する職業の一つでもあった。こいつは男の身でありながら女装して、カラダを使って男たちを食い物にして日銭を稼いでいるのである。そんな汚らしい存在に骨抜きにされるだなんて、ゴートンもなんて恥知らずなのだろう。そんな奴が、同じ勇者であるなんて信じたくもない話である。
 生理的嫌悪感はマリオンに、本来の目的を一瞬忘れさせるのに十分だった。こいつに夢を見ている男たちの前で恥をかかせてやりたい。そんな悪戯心がむくむくと沸き上がったのである。
 実は男だ、と教えてやれば一番いいだろうが。流石にこんな屋外で全裸にするわけにもいかない。そして、服でも脱がせなければ誰もマリオンの言葉を信じないだろうという確信があった。ならば、つっついてやるべき点は。

「ねえ、なんでさっきからリズムずれてるのお?」

 無邪気な子供のふりをして、マリオンは声をはりあげる。

「歌もへんだし、踊りもずっと簡単なのばっかりー!お姉さん、あんまり踊り上手じゃないんじゃないの?」
「お、おい!」

 近くにいた男の一人が慌てたような声を上げた。きっとみんな、この踊り子のダンスが上手くないことには気づいていたのだろう。それでも色っぽい仕草が目当てで見に来ていたのに、やめられてしまっては困る。大方、そんなところだろうか。
 踊り子は目を見開いてマリオンを見ている。さあ、どういう反応をしてくれるのか?マリオンは期待を持ってそいつを見た。恥ずかしいと真っ赤になって逃げだすか、それとも憤慨するか?自分のような子供にかのような指摘をされれば、普通は恥ずかしさで憤死しそうになるものだろうが――。

「……バレちゃいましたか」

 踊り子、ジニーはあまりにも予想外の反応をした。マリオンを見て、いたずらっ子のように舌を出して笑ったのである。

「実は、踊りは本業ではなくて。もともとは歌と楽器で国中を回っている芸人だったんですけど、あいにく楽器が壊れてしまって……今は踊りの修行中なんです」
「へえ。修行中ってことは、見習いってことでしょ?そんな見習いの踊りを見せて、人からお金取るのぉ?」
「ええ、ですからお金は強制的に貰ってはいないのです。このお金は、皆さまがそんな私の拙い踊りでも応援してくださった証として頂いております」

 綺麗事を抜かすなよ、とマリオンは舌打ちしたくなる。本当は腸煮えくりかえっているだろうに、応援料などといって自分がお金を貰うことを上手に正当化してきて。恥ずかしいと思わないのか、未熟な踊りなど人に見せて。それでお金を貰うだなんて。

「とてもかわいいお嬢さん」

 しかし、マリオンが次の言葉を言うよりも早く、ジニーが驚くべきことを告げてきたのである。

「もしよかったら、お嬢さんが私に踊りを教えてくださいませんか?」
「え……」
「“古代祭の踊り”には、二人で踊るバージョンもあります。メジャーなので、お嬢さんもご存知かなと思うのですが、どうでしょう?」
「う……」

 知らないことはない。しかし、あくまでお祭りで群衆に紛れてちょっと踊ったことがあるかないかといった程度である。それこそ、前世でたまにやった盆踊りくらいの知識しかない。今ここで踊れるかと言われたら、はっきり言って自信がなかった。
 しかし、ジニーの踊りの拙さを指摘した手前、自分は偉そうに言うほど踊れませんというのは正直カッコが悪すぎる。それこそ、有名なお祭りの踊りも踊れないのに人の踊りを馬鹿にしたのか、なんて思われたくはない。
 しかし、実際にほいほい出て行ったら恥をさらすだけなのではないか――マリオンが躊躇っていると。

「大丈夫。私が男性役になってエスコート致します。実は、サポートの方が得意なんです」

 ふんわりと、花のような笑顔を向けられた。そして。

「さあ、おいで」

 少しだけ低い声で、囁くように言われた瞬間。マリオンの中の“少女”がわかりやすく胸を高鳴らせてしまった。今、はっきりとこの女装した青年が“男”に見えたのだ。少しだけ低い声で誘われたのみ、見た目が変わったわけでもなんでもないというのに。
 気づけばジニーの目の前に立ち、右手の甲にキスを落とされている。かああ、と顔が熱くなった。おかしい、目の前にいるのは自分が大好きな、さわやか系王子様男子などではないというのに。

「アンテラス・コイマドラ・シノ・シノ・シノ……」

 再びジニーが歌い始め、そしてマリオンの手を取ってステップを踏み始めた。

「わ、わわ、わ……!」

 足がふらつく。リズムに乗れない。しかし、転びそうになったところをさっと差し出された手に背中を支えられる。そのままくるくるくる、と体を回された。どうにか足でバランスを取るのと、自分の右手が彼の左手とつながるのは同時。

「そう、とてもお上手です。二人で皆さんを虜にしてご覧にいれましょう。行きますよ」
「え、えええっ!?」

 ぐいっと腕を引かれ、体がふわりと持ち上がった。この力強さ、間違いない。マリオンは確信する。見た目は少女のように華奢だが、こいつは間違いなく男だと。
 そして今、全力で“マリオン”を魅了しにかかっているのだと。

――あ、あああっ……!

 わかっていた。わかっていても、止められなかった。だって、前世でずっと夢見ていたことなのだ。
 こんな風に王子様にエスコートしてもらって、社交ダンスを踊って。美しい人に微笑まれ、共にキラキラとした時間を過ごす。恋愛なんてくだらない、と見下してきたのは半分は、そんな己の願望から眼を背けるため。自分には絶対叶わない夢を諦めるための口実であったのだ。
 でも今。この世界で、その夢が叶っている。
 マリオンは紛れもなく、美しい男性にエスコートされともにダンスを踊っている――。

「ブラボー、すばらしい!」
「凄いぞ、お嬢ちゃん!」
「あ……」

 動きと歌が止まると同時に、拍手と歓声が沸き起こった。マリオンは息を荒げながら、そっとジニーを見上げる。

「ありがとうございます、お嬢さん。夢のような時間でしたよ」
「こ、こちら、こそ……」

 まだ胸がドキドキと高鳴っている。こいつが魔王の手下かどうか調べてやろうと思っていたことをようやく思い出した。その次には、こいつに恥をかかせてやろうと目論んだことも。でも。

――な、なに、この感情……?

 世界がキラキラと輝いて見えていた。
 この気持ちは何を意味するのだろう。知ってしまうのが、少しだけ恐ろしかった。
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