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<18・Honey>
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「ヴァリアントの元となったのは、花屋の店員の女性だ」
ユリン達の最大の武器は情報と、それを伝達可能な科学力だ。
魔王城の外には、小型の通信機なんてものは皆無である。せいぜい、一定の範囲でだけ使える無線機を国が持っているかどうかといったところ。
しかし、自分達は違う。耳に仕込んだ小型通信機だけで、遠距離にいる仲間と問題なく情報の伝達が可能。そろそろ女神の予告通りヴァリアントが出現する頃合いだと思って、町中に仲間を散らばらせてアンテナを張っていたのが功を奏したというわけだ。花屋の女性がヴァリアント化するところを、丁度ユリン自身が目撃することに成功。そして、素早く仲間たちにその情報を伝達しているというわけである。
万が一ユリン本人が攻撃を受けてしまうと、ヴァリアントの情報が仲間たちに伝わらなくなってしまう。よって伝達は可能な限り迅速に、かつ正確に行わなければいけない。
「今、俺は建物の上から本体を観察しているところだ。……どうやらこのヴァリアントは、人間を食って消化すると、どろどろにとけた状態でそれを排泄し、新たなヴァリアントに変えてしまうという特性があるらしい。このまま町の外に出してしまったら、被害は鼠算式に増える一方だな。幸い、排泄されて生み出されたヴァリアントに、次のヴァリアントを生み出す力はないようだが」
『建物の上から観察しているといったな?ということは、自分の視界より上にいる相手には気づきにくいタイプということか?それと、ヴァリアントそのもののサイズは?』
「多分だけどな。あと、この距離だと正確なことはわからないが、2メートル程度だと想定される。近くにあるものを蔓で破壊、あるいは生き物を捕食しながらゆっくりと北上している。速度は人の早歩き程度だから早くはないが……この速度が限界速度なのか、あるいは本気を出せばもっと速く動けるかどうかは不明」
『なるほど、了解した』
電話の向こうにいるのはジルだ。魔王の城から逃げ延びた九人と、自分達に賛同して新しく加わった仲間たち。そんな自分達のリーダーはジルであると、誰もが納得していた。
彼は復讐心に焼かれながらも、自分をけして見失わない。瞬時に最適な作戦を取れる、という皆の信頼がある。戦闘能力が極めて高いわけではないが、殊に搦め手と情報戦において右に出る者はないだろう。
本当の王とは、力だけで敵を制圧する者ではないのだ。
彼ならばきっと、愛する魔王の仇を討ってくれるはず――そのための作戦を考えてくれるはず。誰もがそう信じ、彼についてきて今此処にいる。
『作戦パターンはBでいい。……一刻も早く、ゴートンのところにヴァリアント本体を向かわせろ。中央噴水広場あたりが丁度いいな、ゴートンもそちらに向かっている。あそこなら広いから、建物の被害も最小限で済むはずだ』
「OK。回り込んで誘導する。緊急時には信号を送るからそのつもりで」
『ああ。武運を祈る』
祈る、だなんて。誰よりも神様を信じていない男が言うと、なんだか皮肉にも聞こえてしまう。
ユリンは通信を切ると、ビルとビルの間を飛び移ってヴァリアントの行く先に先回りすることにした。
――……誘導の方法は俺が自由にしていいって話だったな。無理そうならば再度連絡を入れるということになっているが。
このヴァリアントは、そもそも一体どういう基準でルートを選んでいるのだろうか。ユリンはビルの上を走りながら考えていた。
花屋の女性が怪物になった時。彼女が最初に向いていたのは、南の方角だったのである。ところが怪物になった彼女はぐるっと体を反転させて北の方へと進み始めた。何か理由があったのではなかろうか。
――ひょっとして。
怪物が通った道をよく観察してみた。彼女が怪物になったのは三番街の花屋の店先だ。その向かいにはコーヒーショップがあり、南側には香辛料の店があった。その二つは、ちょっとばかり怪物の体液が飛んだくらいでほぼ無傷。しかし、花屋から北に数十メートルの位置にあったパン屋は、何故か店そのものがぐちゃぐちゃにつぶされてしまっていたのである。パン屋の店主は捕食され、棚に並べられていた甘い菓子パンの類は丁寧にすりつぶされてしまっていた。
さらに、気になるのは彼女がワイ字路をさらに北北西に進んだことである。北北東の道には有名なファッションブランドの店が立ち並んでおり、北北東の店にはお菓子の店が多かった。特に、チョコレートショップの店の被害が大きかった様子である。――ということは、人間の嗅覚で“甘い”と感じる匂いに、このヴァリアントは引き寄せられているということなのではなかろうか。
そう、さながら花の蜜に誘われる虫か何かのように。
「だったら!」
通信機のスイッチを入れる。連絡した相手は、ルチルだ。
「ルチル、聞こえるか?ヴァリアントを中央の噴水広場まで誘導したい。お前の力が必要だ」
***
「おっけーです」
その連絡が来てすぐ、ルチルは噴水広場に到着した。町をちょっとばかし汚してしまうのは申し訳ないが、今回は緊急事態であるし許してもらおう。
怪物が到着するまでに完成させなければならない。持ってきたトランクを開け、中の容器をいくつか取り出す。
ユリンの推測は、恐らく正しい。
ヴァリアントは総じて醜い怪物の姿になり、非常に高い攻撃性を発揮する一方、元の人間の特性を強く残す傾向にある。猫が好きな人間が猫に近い姿のヴァリアントになったり、そのへんにいる猫をかたっぱしから優先して浚うようになったりするという理屈だ。今回ヴァリアント化した女性は、花屋の女性店員だったという。おそらく花が好きだったのだろう。花になってみたいとか、花に囲まれて生きてみたいなんてささやかな願望があったのかもしれない。それが、植物に近い姿のヴァリアントに繋がったものと考えられる。
同時に、甘い匂いに誘われているというのであれば、虫の特性をも持ち合わせているのかもしれなかった。なんにせよ、人間の嗅覚で“お菓子のように甘い”と感じるものに強い興味を惹かれるのは間違いないようだ。ヴァリアントは人間が嫌いだったり、腹をすかせているから人間を攻撃しているわけではない様子である。むしろ、このヴァリアントは人間を捕食して“同胞に生まれ変わらせる”ことを目的としているようだ。特に強い攻撃対象があるわけでもないならば、強い匂いを発する“蜜”を疑似的に用意してやるだけで充分効果が出るだろう。
――噴水の水がこれだけあるなら……マジカ草のエキスに、トリリコログロヒンの成分を混ぜて、それからオーツーエスの錠剤を投下!ほどほどに混ぜ合わせれば……!
ルチル最大の武器は、あらゆる薬品に精通していることである。しかも、予め毒物や治療薬を用意しておくだけではない。“元”となるいくつかの薬品を持ち歩き、それを現場で調合することによってその場で最も必要な薬を調合することができるのだ。それこそ毒も媚薬もお手の物というわけである。
ルチルが用意した薬の何種類かを噴水の水に入れ、ぐるぐると棒でかき混ぜると。一瞬、噴水の水がピンク色にかわり、ぶくぶくと泡立ち始めた。これは、ルチル特性の栄養剤である。多少程度の水と混ぜ合わせることで、タンパク質や当分を十分に補給することができるのだ。マジカ草のエキスが醗酵することによって極めて強い甘い香りを発生させるためより強い満足感を得ることができるのである。
そう、今回は栄養剤としてではなく、この花の蜜を想起させる甘い匂いが重要なのだ。この中央広場の噴水に、あのヴァリアントをおびき寄せようという魂胆というわけである。
「ルチル!」
調合が終わってすぐ、ユリンがビルの上から飛んできた。ピンク色の水を指さして“終わりましたよ”と合図するルチル。
「あと百メートルほど先にヴァリアントがいます。この香り、あの怪物の方へ送れますか?」
「勿論だ」
そう、あとはこの香りに、ヴァリアントが気付くように仕向けるだけ。噴水から少しばかり離れると、ヴァリアントがいる方に向かってユリンが手を伸ばした。彼もまた魔族の子供である。魔王アークほどではないが、高い魔力を持っている。当然、風を操ることなど造作もないことなのだ。
「“Cyclone”!」
彼がスペルを唱えると同時に、強い突風が吹き荒れた。風はまっすぐ、南の方へいる怪物の方へと吹いていく。交差点で行く先を迷っていたらしいヴァリアントが、びくり、と体を震わせたのが見えた。その蔓に覆われた体の上部にくくりつけられた“花屋店員の女性”の首がぐりん、とこちらを向く。ルチルは双眼鏡で、怪物の顔をばっちりと見た。血走った目、だらだらと緑色の体液を慣れ流す口、耳、鼻。そして、おかしな方向にねじ曲がった首に、両腕。
いつ見ても気分が悪い。一体何故、人間があのようなおぞましい姿に変わってしまうのか。女神はその正体を知っているなら何故人間たちに教えないのか。
――いや、感傷に浸ってる場合じゃない。
「ルチル、ゴートンがこっちに来る!」
「わかりました、撤収しましょう!」
ユリンに言われて、すぐにビルの陰に隠れるルチル。物陰から見ていると、丁度西の通りからこちらに向かって走ってくる男が見えた。ゴートンだ。彼も彼で、この噴水広場のあたりでヴァリアント討伐をするつもりでいたらしい。数人、彼のチートスキルで奴隷にしたらしい女性達を連れている。割り切らなければとわかっていたが、やはり同じ女としては気分が良い光景ではなかった。
「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
強烈な甘い匂いに興奮したのか、怪物の移動速度が目に見えて上がった。どかどかと足代わりの蔓を踏み鳴らしながら噴水広場に向かって走ってくる。
「……お兄様、聞こえますか?予定通り、もうすぐヴァリアントが噴水広場に到着します。丁度ゴートンと鉢合わせる形です。私は物陰から撮影を開始します」
ゴートンの力の秘密を知るために、記録は大切だ。通信機に語り掛けながら、ビデオカメラの準備をする。
「作戦はこのまま続行。……お兄様、どうか無理なさらないでくださいね」
ユリン達の最大の武器は情報と、それを伝達可能な科学力だ。
魔王城の外には、小型の通信機なんてものは皆無である。せいぜい、一定の範囲でだけ使える無線機を国が持っているかどうかといったところ。
しかし、自分達は違う。耳に仕込んだ小型通信機だけで、遠距離にいる仲間と問題なく情報の伝達が可能。そろそろ女神の予告通りヴァリアントが出現する頃合いだと思って、町中に仲間を散らばらせてアンテナを張っていたのが功を奏したというわけだ。花屋の女性がヴァリアント化するところを、丁度ユリン自身が目撃することに成功。そして、素早く仲間たちにその情報を伝達しているというわけである。
万が一ユリン本人が攻撃を受けてしまうと、ヴァリアントの情報が仲間たちに伝わらなくなってしまう。よって伝達は可能な限り迅速に、かつ正確に行わなければいけない。
「今、俺は建物の上から本体を観察しているところだ。……どうやらこのヴァリアントは、人間を食って消化すると、どろどろにとけた状態でそれを排泄し、新たなヴァリアントに変えてしまうという特性があるらしい。このまま町の外に出してしまったら、被害は鼠算式に増える一方だな。幸い、排泄されて生み出されたヴァリアントに、次のヴァリアントを生み出す力はないようだが」
『建物の上から観察しているといったな?ということは、自分の視界より上にいる相手には気づきにくいタイプということか?それと、ヴァリアントそのもののサイズは?』
「多分だけどな。あと、この距離だと正確なことはわからないが、2メートル程度だと想定される。近くにあるものを蔓で破壊、あるいは生き物を捕食しながらゆっくりと北上している。速度は人の早歩き程度だから早くはないが……この速度が限界速度なのか、あるいは本気を出せばもっと速く動けるかどうかは不明」
『なるほど、了解した』
電話の向こうにいるのはジルだ。魔王の城から逃げ延びた九人と、自分達に賛同して新しく加わった仲間たち。そんな自分達のリーダーはジルであると、誰もが納得していた。
彼は復讐心に焼かれながらも、自分をけして見失わない。瞬時に最適な作戦を取れる、という皆の信頼がある。戦闘能力が極めて高いわけではないが、殊に搦め手と情報戦において右に出る者はないだろう。
本当の王とは、力だけで敵を制圧する者ではないのだ。
彼ならばきっと、愛する魔王の仇を討ってくれるはず――そのための作戦を考えてくれるはず。誰もがそう信じ、彼についてきて今此処にいる。
『作戦パターンはBでいい。……一刻も早く、ゴートンのところにヴァリアント本体を向かわせろ。中央噴水広場あたりが丁度いいな、ゴートンもそちらに向かっている。あそこなら広いから、建物の被害も最小限で済むはずだ』
「OK。回り込んで誘導する。緊急時には信号を送るからそのつもりで」
『ああ。武運を祈る』
祈る、だなんて。誰よりも神様を信じていない男が言うと、なんだか皮肉にも聞こえてしまう。
ユリンは通信を切ると、ビルとビルの間を飛び移ってヴァリアントの行く先に先回りすることにした。
――……誘導の方法は俺が自由にしていいって話だったな。無理そうならば再度連絡を入れるということになっているが。
このヴァリアントは、そもそも一体どういう基準でルートを選んでいるのだろうか。ユリンはビルの上を走りながら考えていた。
花屋の女性が怪物になった時。彼女が最初に向いていたのは、南の方角だったのである。ところが怪物になった彼女はぐるっと体を反転させて北の方へと進み始めた。何か理由があったのではなかろうか。
――ひょっとして。
怪物が通った道をよく観察してみた。彼女が怪物になったのは三番街の花屋の店先だ。その向かいにはコーヒーショップがあり、南側には香辛料の店があった。その二つは、ちょっとばかり怪物の体液が飛んだくらいでほぼ無傷。しかし、花屋から北に数十メートルの位置にあったパン屋は、何故か店そのものがぐちゃぐちゃにつぶされてしまっていたのである。パン屋の店主は捕食され、棚に並べられていた甘い菓子パンの類は丁寧にすりつぶされてしまっていた。
さらに、気になるのは彼女がワイ字路をさらに北北西に進んだことである。北北東の道には有名なファッションブランドの店が立ち並んでおり、北北東の店にはお菓子の店が多かった。特に、チョコレートショップの店の被害が大きかった様子である。――ということは、人間の嗅覚で“甘い”と感じる匂いに、このヴァリアントは引き寄せられているということなのではなかろうか。
そう、さながら花の蜜に誘われる虫か何かのように。
「だったら!」
通信機のスイッチを入れる。連絡した相手は、ルチルだ。
「ルチル、聞こえるか?ヴァリアントを中央の噴水広場まで誘導したい。お前の力が必要だ」
***
「おっけーです」
その連絡が来てすぐ、ルチルは噴水広場に到着した。町をちょっとばかし汚してしまうのは申し訳ないが、今回は緊急事態であるし許してもらおう。
怪物が到着するまでに完成させなければならない。持ってきたトランクを開け、中の容器をいくつか取り出す。
ユリンの推測は、恐らく正しい。
ヴァリアントは総じて醜い怪物の姿になり、非常に高い攻撃性を発揮する一方、元の人間の特性を強く残す傾向にある。猫が好きな人間が猫に近い姿のヴァリアントになったり、そのへんにいる猫をかたっぱしから優先して浚うようになったりするという理屈だ。今回ヴァリアント化した女性は、花屋の女性店員だったという。おそらく花が好きだったのだろう。花になってみたいとか、花に囲まれて生きてみたいなんてささやかな願望があったのかもしれない。それが、植物に近い姿のヴァリアントに繋がったものと考えられる。
同時に、甘い匂いに誘われているというのであれば、虫の特性をも持ち合わせているのかもしれなかった。なんにせよ、人間の嗅覚で“お菓子のように甘い”と感じるものに強い興味を惹かれるのは間違いないようだ。ヴァリアントは人間が嫌いだったり、腹をすかせているから人間を攻撃しているわけではない様子である。むしろ、このヴァリアントは人間を捕食して“同胞に生まれ変わらせる”ことを目的としているようだ。特に強い攻撃対象があるわけでもないならば、強い匂いを発する“蜜”を疑似的に用意してやるだけで充分効果が出るだろう。
――噴水の水がこれだけあるなら……マジカ草のエキスに、トリリコログロヒンの成分を混ぜて、それからオーツーエスの錠剤を投下!ほどほどに混ぜ合わせれば……!
ルチル最大の武器は、あらゆる薬品に精通していることである。しかも、予め毒物や治療薬を用意しておくだけではない。“元”となるいくつかの薬品を持ち歩き、それを現場で調合することによってその場で最も必要な薬を調合することができるのだ。それこそ毒も媚薬もお手の物というわけである。
ルチルが用意した薬の何種類かを噴水の水に入れ、ぐるぐると棒でかき混ぜると。一瞬、噴水の水がピンク色にかわり、ぶくぶくと泡立ち始めた。これは、ルチル特性の栄養剤である。多少程度の水と混ぜ合わせることで、タンパク質や当分を十分に補給することができるのだ。マジカ草のエキスが醗酵することによって極めて強い甘い香りを発生させるためより強い満足感を得ることができるのである。
そう、今回は栄養剤としてではなく、この花の蜜を想起させる甘い匂いが重要なのだ。この中央広場の噴水に、あのヴァリアントをおびき寄せようという魂胆というわけである。
「ルチル!」
調合が終わってすぐ、ユリンがビルの上から飛んできた。ピンク色の水を指さして“終わりましたよ”と合図するルチル。
「あと百メートルほど先にヴァリアントがいます。この香り、あの怪物の方へ送れますか?」
「勿論だ」
そう、あとはこの香りに、ヴァリアントが気付くように仕向けるだけ。噴水から少しばかり離れると、ヴァリアントがいる方に向かってユリンが手を伸ばした。彼もまた魔族の子供である。魔王アークほどではないが、高い魔力を持っている。当然、風を操ることなど造作もないことなのだ。
「“Cyclone”!」
彼がスペルを唱えると同時に、強い突風が吹き荒れた。風はまっすぐ、南の方へいる怪物の方へと吹いていく。交差点で行く先を迷っていたらしいヴァリアントが、びくり、と体を震わせたのが見えた。その蔓に覆われた体の上部にくくりつけられた“花屋店員の女性”の首がぐりん、とこちらを向く。ルチルは双眼鏡で、怪物の顔をばっちりと見た。血走った目、だらだらと緑色の体液を慣れ流す口、耳、鼻。そして、おかしな方向にねじ曲がった首に、両腕。
いつ見ても気分が悪い。一体何故、人間があのようなおぞましい姿に変わってしまうのか。女神はその正体を知っているなら何故人間たちに教えないのか。
――いや、感傷に浸ってる場合じゃない。
「ルチル、ゴートンがこっちに来る!」
「わかりました、撤収しましょう!」
ユリンに言われて、すぐにビルの陰に隠れるルチル。物陰から見ていると、丁度西の通りからこちらに向かって走ってくる男が見えた。ゴートンだ。彼も彼で、この噴水広場のあたりでヴァリアント討伐をするつもりでいたらしい。数人、彼のチートスキルで奴隷にしたらしい女性達を連れている。割り切らなければとわかっていたが、やはり同じ女としては気分が良い光景ではなかった。
「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
強烈な甘い匂いに興奮したのか、怪物の移動速度が目に見えて上がった。どかどかと足代わりの蔓を踏み鳴らしながら噴水広場に向かって走ってくる。
「……お兄様、聞こえますか?予定通り、もうすぐヴァリアントが噴水広場に到着します。丁度ゴートンと鉢合わせる形です。私は物陰から撮影を開始します」
ゴートンの力の秘密を知るために、記録は大切だ。通信機に語り掛けながら、ビデオカメラの準備をする。
「作戦はこのまま続行。……お兄様、どうか無理なさらないでくださいね」
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