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<25・選択>
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選べない二択――選びようのない二択。それを前にして、緑の足は完全に竦んでいた。
いつも大らかで、みんなのリーダー役であった舞紗。それなのに、今彼女は別人のような冷たい眼をして、自分達にブレスレットを向けている。まるで、何者かに操られでもしているかのように。
「本気なの……?」
先ほどは頭に血が上って、とっさに彼女の言葉を否定したが。それ以前の問題で、本当のところは緑はまだ、舞紗が“アランサの使徒”の仲間であったという事実を信じたくはないのである。確かに、自分は一際舞紗と仲が良かった人間かというと、そんなことはない。彼女は亡くなった前田南歩と仲良しだった印象があり、彼女を通して何度か話しをしたことがあるくらいなのだ。
それでも、授業では答えにくい問題もはきはきと答えるし、行事などにも積極的に参加する。掃除などであっても、皆が嫌がる仕事を積極的にこなす人物という印象が何よりも強いのである。
そんな彼女が、頭のおかしいカルト教団に属していて、自分達を騙していたかもしれないなんて。そう考えるよりは、何かに操られているかもしれない、と思った方がまだ筋が通るのも事実だった。
魔法を再現するブレスレットというものがあるのである。ならば、人を洗脳し、思いのまま操る力というものも、あっってもおかしくないのではないか。
「本気も本気です。私は、最初からこのテストのために、このクラスに潜入していたのですから。それ以上でもそれ以下でもない、これこそが私の真の使命。来るべき悪魔との戦いに向けて、本物の戦士たる者をこの私が選別しなければならないのです」
「そのためなら、何人犠牲になってもいいっていうの……?」
「何十億人を助けるために、たった十人の犠牲が必要だとしたら、どうしますか?十人を選ぶでしょう、貴女でも。それが人間というもの。人類という種を生き延びさせるための本能というものです。何も間違ったことではありませんよ」
駄目だ、と緑は思った。全く話が通じない。舞紗が果たして本当にアランサの使徒の純然たるスパイであったのか、あるいは何者かに操られて人格を書き換えられてしまっているのかは定かではないが。いずれにせよ、このままでは彼女のなんらかの能力によって、自分と和泉は攻撃を受けるだろう。
――私は、まだ大した怪我もしてない。彼女は私達が逃げたらきっと追いかけて来ない。でも……!
でも、出口は目の前だというのに。ここで自分が逃げたら、重傷を負っている和泉はどうなるというのだ。彼は一刻も早く病院に連れていってやらなければ死んでしまうというのに。
――他の出口を、探す?……確か、出口は他にもあるって話だし。でも、そんなぐずぐずしてたら、また化物が出る時間になるかもしれない。クソッタレなバカップルとまた遭遇するかもしれない……!そうなったら、もう和泉君が間に合わない……!
イチか、バチか、賭けるしかない。
だって自分は彼女に、南歩に託されたのだ――和泉のことを。和泉を助けるために、南歩は命を賭けてくれた。ならばその気持ちに、一人の仲間として応えるのが筋というものではないか。
そう、例え自分がここで、命を落とすことになったとしても。
――怖いけど……行くしかない!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
緑は雄叫びを上げると、勢い良く和泉の身体を担いで走り出した。元より和泉が、比較的男子としては小柄であることが功を奏したと言っていい。火事場の馬鹿力を用いれば、女子である緑でもどうにか和泉を担いで走ることができた。とにかく、鍵を開けて出口を開き、そこに緑を放り込むのだ。舞紗の能力の中身次第では、横をすり抜けて走ることも不可能ではあるまい。
「邪魔をっ、しないでええええ!」
「!」
走り抜ける寸前、舞紗がブレスレットのボタンに手をかけるのを見た。その瞬間、すれ違いざまに緑はポケットの中に突っ込んでいた数本のボールペンを舞紗に投げつける。こんなものでも何かの役に立つかもしれないと、建物内の事務室から拝借してきていたのだ。
舞紗が怯んだ瞬間、緑は出口まで到達していた。鍵を取り出し、思い切り鍵穴にねじ込む。焦っているせいで、うまく入らない。早く、早く――そう思いながら鍵をどうにか突っ込み、回そうとした瞬間。
「了解しました。それが、貴女の答えなのですね」
突然、強い力で――緑と和泉の身体は、浮き上がった。
「その勇気に免じて、私もお見せしましょう……我が主から頂いた、選ばれし者の力を」
何が起きたのかを理解するよりも前に。緑と和泉は、天井付近まで一気に身体を持ち上げられてしまう。まるで見えない手に背中をぐいっと掴まれているかのようだった。クレーンゲームに似ている、と束の間思う。ぬいぐるみが、銀色の鉤爪に掴まれて天高く持ち上がり、穴へと落とされていく刹那。抱えていた和泉の身体は緑から引き剥がされ、少し離れたところでぐったりと浮き上がった。
「いやあ!な、何これ!何するの!」
じたばたと手足を動かして暴れるも、どんどん床は離れていくばかり。
出口のあるこの一室は、他の部屋とは違って上の階まで吹き抜けになっているのである。その天井の高さは、どう見積もっても二階分以上にはなるだろう。その天井近くまで持ち上げられ、地面から引き離される緑と和泉。どうにか身体を動かして見れば、こちらにブレスレットをつけた両手を掲げている舞紗の姿が見える。
「説明しましょう。私の力は“重力”。私が選んだ特定の対象のみに発動する力であり、その対象にかかる重力を自在に操ることができます。一時的に無重力に近い状態にして、こうやって浮き上がらせることもできれば。逆に大きな重力をかけて、全身の骨を粉々に砕くことも可能なのです」
「ち、チートじゃない……!」
「そうでもありません。強い能力には、同じだけ制限がかかります。私の能力もまた、回数制限十回までしか使うことができません。また、重力付加をかける対象に、レーザーを当てるという予備動作が発生します。それを避けられてしまうと、こちらは回数制限を削られた上、能力が不発に終わってしまうのです。強い力は、それらの制約があって初めて成り立つもの。とても使いづらい能力ですが、私ならば使いこなせると判断して、主が自ら授けて下さったのです」
何が言いたいかわかりますか?と。こちらに手を向けたまま、舞紗は続ける。
「本気で彼を助けたいと貴方が願っていたのなら、私をきちんと攻略するべきだったのですよ。攻略法のない能力ではないのですから。戦闘向きではないとはいえ、貴女自身も能力を残している。私が弾切れを起こせば、十分勝機はあったはずです。闇雲に私の横を走り抜け、出口を開けようなどという愚行を犯さなければ」
愚行。はっきりと告げられた言葉に、緑はじわりと涙が浮かぶ。確かに、冷静さを欠いていたのは確かだ。でも、未知の能力を持っている、それも昨日まで一緒に笑っていたクラスメートと突然戦えなどと言われて――素直に応じることの出来る人間が、一体何人いることだろうか。戦うことへの恐怖、不安、そして焦り。戦わずして誰かを救えるのなら、それに賭けたいと思うことの一体何がいけないのだろう。
――レーザーを避ける?初見でそんなのできるわけないじゃない!予めそういう情報を持ってるか、とんでもない身体能力でもない限り無理ゲーじゃないの!
自分の中で必死に叫ぶも、心の中でじわじわと広がる絶望感はどうしようもない。
自分が失敗したから、こんなことになっているのでは。
こんな風に掴まるくらいなら、他の出口を探した方がずっとマシな結果になったのではないか、と。
「度胸は認めますが、戦略らしい戦略もない。落ち着いた判断力もない。そういった人間は、やはり戦士として相応しい存在ではないのでしょう」
「やめて……」
「仲間を本気で守ろうとしたその心に敬意を評して、貴女には私の能力のさらなる“結果”を見せて差し上げましょう」
「やめて!和泉君を殺さないで!お願いだから!!」
必死で叫び、和泉に手を伸ばす。ぐったりとした彼は、宙吊りにされるまま――それでも緩慢な動作で、一度だけ頭を上げた。そして、小さく微笑んだのである。さっき、自分を諦めるように言おうとした時とは似て非なる笑みだった。
諦めたくなくても、諦めるしかないと悟った顔だった。
終わるならせめて、最期に何かを残そうと決意した者の顔であった。
――嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
同じ班になれた時、こんな状況であっても少しだけ喜んだのだ。サッカー部に所属する和泉と、そのマネージャーを努めていた緑。学校が同じになったのは高校であるし、けして長い付き合いではなかったけれど――それでもマネージャの辛い仕事を請け負うと緑が決めたのは、他でもない和泉がいたからなのである。
小柄で、体力がないことを誰よりも気にしていた和泉。それでも一生懸命、誰より朝練に出て、長くボールを蹴り続ける彼に。次第に特別な感情を抱くようになるのは、きっと自然なことであっただろう。
きっと、南歩も和泉が好きだった。
それでも彼女は、愛する人を守るために緑に和泉を託したのだ。自分はその想いに応える義務があるというのに。あったと、いうのに。
その全てが今、こんな形で潰えるというのか。
「みどり、俺……お前のこと、好きだった、よ」
次の瞬間。
彼の身体は突如支えを失って、急速に、床へと叩きつけられることになる。それはただ重力が戻ったというより、さらなる重力で加速をつけられた速度だと言った方が正しい。
凄まじい音がした。床が大きく抉れ、へこみ――その中心には、手足がひしゃげ、血肉を飛び散らせ、真っ赤な花のごとくの有様と化した“和泉だったもの”がいる。変わり果てた彼の姿は、否応でもみどりに現実を突きつけた。たった今、愛する人は目の前で殺されたのだ、と。
「い、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!和泉君!和泉君!和泉君!いや、いやだ、やだあああああ!」
こんな現実ってない。あっていいはずがない。自分は何か悪い夢でも見ていて、それから覚めることができずにいるだけではないのか。
両思いだと知ることのできた瞬間に、全てが絶たれるなんて。そんな酷いことがあっていいのだろうか。
「やだよ、やだやだやだ!返事、私返事言ってないでしょ、ねえ!?和泉君に、好きだって言ってないじゃない、ねえ!!」
「貴女にもう少し、戦士としての誇りと資格があれば。このようなことにはならなかったはずだというのに」
「!!」
泣き叫ぶ緑に対して、どこまで無感動な舞紗の声が響く。和泉に向けていた左腕は、既に下へと下ろされている。今、緑に向けられている右腕が下ろされたなら、その瞬間緑も和泉と同じ運命を辿ることになるのだと悟った。
そうすれば、自分も和泉と同じところに行ける。もう一度、和泉に会える。でも。
――会いたい、でもっ……!でも、私、本当は……!
「や、やだ……死にたく、な……」
全てを伝えきることは、できなかった。
緑の言葉の途中で、全身を支えていた見えない力は失われ――緑の意識もまた、全身を襲う衝撃と激痛と共に断たれたのだから。
いつも大らかで、みんなのリーダー役であった舞紗。それなのに、今彼女は別人のような冷たい眼をして、自分達にブレスレットを向けている。まるで、何者かに操られでもしているかのように。
「本気なの……?」
先ほどは頭に血が上って、とっさに彼女の言葉を否定したが。それ以前の問題で、本当のところは緑はまだ、舞紗が“アランサの使徒”の仲間であったという事実を信じたくはないのである。確かに、自分は一際舞紗と仲が良かった人間かというと、そんなことはない。彼女は亡くなった前田南歩と仲良しだった印象があり、彼女を通して何度か話しをしたことがあるくらいなのだ。
それでも、授業では答えにくい問題もはきはきと答えるし、行事などにも積極的に参加する。掃除などであっても、皆が嫌がる仕事を積極的にこなす人物という印象が何よりも強いのである。
そんな彼女が、頭のおかしいカルト教団に属していて、自分達を騙していたかもしれないなんて。そう考えるよりは、何かに操られているかもしれない、と思った方がまだ筋が通るのも事実だった。
魔法を再現するブレスレットというものがあるのである。ならば、人を洗脳し、思いのまま操る力というものも、あっってもおかしくないのではないか。
「本気も本気です。私は、最初からこのテストのために、このクラスに潜入していたのですから。それ以上でもそれ以下でもない、これこそが私の真の使命。来るべき悪魔との戦いに向けて、本物の戦士たる者をこの私が選別しなければならないのです」
「そのためなら、何人犠牲になってもいいっていうの……?」
「何十億人を助けるために、たった十人の犠牲が必要だとしたら、どうしますか?十人を選ぶでしょう、貴女でも。それが人間というもの。人類という種を生き延びさせるための本能というものです。何も間違ったことではありませんよ」
駄目だ、と緑は思った。全く話が通じない。舞紗が果たして本当にアランサの使徒の純然たるスパイであったのか、あるいは何者かに操られて人格を書き換えられてしまっているのかは定かではないが。いずれにせよ、このままでは彼女のなんらかの能力によって、自分と和泉は攻撃を受けるだろう。
――私は、まだ大した怪我もしてない。彼女は私達が逃げたらきっと追いかけて来ない。でも……!
でも、出口は目の前だというのに。ここで自分が逃げたら、重傷を負っている和泉はどうなるというのだ。彼は一刻も早く病院に連れていってやらなければ死んでしまうというのに。
――他の出口を、探す?……確か、出口は他にもあるって話だし。でも、そんなぐずぐずしてたら、また化物が出る時間になるかもしれない。クソッタレなバカップルとまた遭遇するかもしれない……!そうなったら、もう和泉君が間に合わない……!
イチか、バチか、賭けるしかない。
だって自分は彼女に、南歩に託されたのだ――和泉のことを。和泉を助けるために、南歩は命を賭けてくれた。ならばその気持ちに、一人の仲間として応えるのが筋というものではないか。
そう、例え自分がここで、命を落とすことになったとしても。
――怖いけど……行くしかない!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
緑は雄叫びを上げると、勢い良く和泉の身体を担いで走り出した。元より和泉が、比較的男子としては小柄であることが功を奏したと言っていい。火事場の馬鹿力を用いれば、女子である緑でもどうにか和泉を担いで走ることができた。とにかく、鍵を開けて出口を開き、そこに緑を放り込むのだ。舞紗の能力の中身次第では、横をすり抜けて走ることも不可能ではあるまい。
「邪魔をっ、しないでええええ!」
「!」
走り抜ける寸前、舞紗がブレスレットのボタンに手をかけるのを見た。その瞬間、すれ違いざまに緑はポケットの中に突っ込んでいた数本のボールペンを舞紗に投げつける。こんなものでも何かの役に立つかもしれないと、建物内の事務室から拝借してきていたのだ。
舞紗が怯んだ瞬間、緑は出口まで到達していた。鍵を取り出し、思い切り鍵穴にねじ込む。焦っているせいで、うまく入らない。早く、早く――そう思いながら鍵をどうにか突っ込み、回そうとした瞬間。
「了解しました。それが、貴女の答えなのですね」
突然、強い力で――緑と和泉の身体は、浮き上がった。
「その勇気に免じて、私もお見せしましょう……我が主から頂いた、選ばれし者の力を」
何が起きたのかを理解するよりも前に。緑と和泉は、天井付近まで一気に身体を持ち上げられてしまう。まるで見えない手に背中をぐいっと掴まれているかのようだった。クレーンゲームに似ている、と束の間思う。ぬいぐるみが、銀色の鉤爪に掴まれて天高く持ち上がり、穴へと落とされていく刹那。抱えていた和泉の身体は緑から引き剥がされ、少し離れたところでぐったりと浮き上がった。
「いやあ!な、何これ!何するの!」
じたばたと手足を動かして暴れるも、どんどん床は離れていくばかり。
出口のあるこの一室は、他の部屋とは違って上の階まで吹き抜けになっているのである。その天井の高さは、どう見積もっても二階分以上にはなるだろう。その天井近くまで持ち上げられ、地面から引き離される緑と和泉。どうにか身体を動かして見れば、こちらにブレスレットをつけた両手を掲げている舞紗の姿が見える。
「説明しましょう。私の力は“重力”。私が選んだ特定の対象のみに発動する力であり、その対象にかかる重力を自在に操ることができます。一時的に無重力に近い状態にして、こうやって浮き上がらせることもできれば。逆に大きな重力をかけて、全身の骨を粉々に砕くことも可能なのです」
「ち、チートじゃない……!」
「そうでもありません。強い能力には、同じだけ制限がかかります。私の能力もまた、回数制限十回までしか使うことができません。また、重力付加をかける対象に、レーザーを当てるという予備動作が発生します。それを避けられてしまうと、こちらは回数制限を削られた上、能力が不発に終わってしまうのです。強い力は、それらの制約があって初めて成り立つもの。とても使いづらい能力ですが、私ならば使いこなせると判断して、主が自ら授けて下さったのです」
何が言いたいかわかりますか?と。こちらに手を向けたまま、舞紗は続ける。
「本気で彼を助けたいと貴方が願っていたのなら、私をきちんと攻略するべきだったのですよ。攻略法のない能力ではないのですから。戦闘向きではないとはいえ、貴女自身も能力を残している。私が弾切れを起こせば、十分勝機はあったはずです。闇雲に私の横を走り抜け、出口を開けようなどという愚行を犯さなければ」
愚行。はっきりと告げられた言葉に、緑はじわりと涙が浮かぶ。確かに、冷静さを欠いていたのは確かだ。でも、未知の能力を持っている、それも昨日まで一緒に笑っていたクラスメートと突然戦えなどと言われて――素直に応じることの出来る人間が、一体何人いることだろうか。戦うことへの恐怖、不安、そして焦り。戦わずして誰かを救えるのなら、それに賭けたいと思うことの一体何がいけないのだろう。
――レーザーを避ける?初見でそんなのできるわけないじゃない!予めそういう情報を持ってるか、とんでもない身体能力でもない限り無理ゲーじゃないの!
自分の中で必死に叫ぶも、心の中でじわじわと広がる絶望感はどうしようもない。
自分が失敗したから、こんなことになっているのでは。
こんな風に掴まるくらいなら、他の出口を探した方がずっとマシな結果になったのではないか、と。
「度胸は認めますが、戦略らしい戦略もない。落ち着いた判断力もない。そういった人間は、やはり戦士として相応しい存在ではないのでしょう」
「やめて……」
「仲間を本気で守ろうとしたその心に敬意を評して、貴女には私の能力のさらなる“結果”を見せて差し上げましょう」
「やめて!和泉君を殺さないで!お願いだから!!」
必死で叫び、和泉に手を伸ばす。ぐったりとした彼は、宙吊りにされるまま――それでも緩慢な動作で、一度だけ頭を上げた。そして、小さく微笑んだのである。さっき、自分を諦めるように言おうとした時とは似て非なる笑みだった。
諦めたくなくても、諦めるしかないと悟った顔だった。
終わるならせめて、最期に何かを残そうと決意した者の顔であった。
――嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
同じ班になれた時、こんな状況であっても少しだけ喜んだのだ。サッカー部に所属する和泉と、そのマネージャーを努めていた緑。学校が同じになったのは高校であるし、けして長い付き合いではなかったけれど――それでもマネージャの辛い仕事を請け負うと緑が決めたのは、他でもない和泉がいたからなのである。
小柄で、体力がないことを誰よりも気にしていた和泉。それでも一生懸命、誰より朝練に出て、長くボールを蹴り続ける彼に。次第に特別な感情を抱くようになるのは、きっと自然なことであっただろう。
きっと、南歩も和泉が好きだった。
それでも彼女は、愛する人を守るために緑に和泉を託したのだ。自分はその想いに応える義務があるというのに。あったと、いうのに。
その全てが今、こんな形で潰えるというのか。
「みどり、俺……お前のこと、好きだった、よ」
次の瞬間。
彼の身体は突如支えを失って、急速に、床へと叩きつけられることになる。それはただ重力が戻ったというより、さらなる重力で加速をつけられた速度だと言った方が正しい。
凄まじい音がした。床が大きく抉れ、へこみ――その中心には、手足がひしゃげ、血肉を飛び散らせ、真っ赤な花のごとくの有様と化した“和泉だったもの”がいる。変わり果てた彼の姿は、否応でもみどりに現実を突きつけた。たった今、愛する人は目の前で殺されたのだ、と。
「い、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!和泉君!和泉君!和泉君!いや、いやだ、やだあああああ!」
こんな現実ってない。あっていいはずがない。自分は何か悪い夢でも見ていて、それから覚めることができずにいるだけではないのか。
両思いだと知ることのできた瞬間に、全てが絶たれるなんて。そんな酷いことがあっていいのだろうか。
「やだよ、やだやだやだ!返事、私返事言ってないでしょ、ねえ!?和泉君に、好きだって言ってないじゃない、ねえ!!」
「貴女にもう少し、戦士としての誇りと資格があれば。このようなことにはならなかったはずだというのに」
「!!」
泣き叫ぶ緑に対して、どこまで無感動な舞紗の声が響く。和泉に向けていた左腕は、既に下へと下ろされている。今、緑に向けられている右腕が下ろされたなら、その瞬間緑も和泉と同じ運命を辿ることになるのだと悟った。
そうすれば、自分も和泉と同じところに行ける。もう一度、和泉に会える。でも。
――会いたい、でもっ……!でも、私、本当は……!
「や、やだ……死にたく、な……」
全てを伝えきることは、できなかった。
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