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<24・絶望>
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鍵を手に入れられたなら、簡単に脱出できるゲーム――ああこんなに難易度が高いなら、いっそ自殺でもなんでもした方が楽だったのかもしれない。首をナイフで切り裂いて死ねば、腕を切るよりも早く楽に死ねたはずだ――多分。残念ながらそんな度胸も何もなかったせいで駿河緑は未だに仲間とともに、息をしている状態であるわけだけど。
「和泉君、もう少し!もう少しで出口に到着するから、頑張って!」
「……ああ」
元々前田南歩の班にいた緑と、北川和泉の二人は。緑が和泉に肩を貸す形で、どうにか出口へと向かっている最中であった。
トラップに引っかかって、牧島典子と工藤千が殺された。それは悲劇であったが、そこまでは一応予想できない事態ではなかったのだ。恐ろしい罠が仕掛けられていることも知っていたし、恐らく危険を犯さなければ鍵は入手できまいと思っていたのだから。
問題は。その後、さらに減ってしまった二人の仲間――リーダーであった前田南歩と、鯨井孝介は。よりにもよって、仲間であるはずのクラスメートに殺されたということである。
「あのクソカップル……!ただじゃおかない。絶対にただじゃおかないんだから……!」
自分達の中で一番戦闘向きの力を持っていたのが、牧島典子と鯨井孝介の二人であった。典子は“火炎”という、回数制限こそあるものの何でも燃やすことのできる力を持ち。孝介は“剛拳”という、拳を使ってあらゆるものを破壊する力を持っていた。化物と対峙しても、非常に有効活用できる能力であったことだろう。――しかし典子はトラップで死に、孝介は能力を使う前に守村耕洲によってトラップ部屋へと突き飛ばされ、命を落とした。守村耕洲の能力は“無視”。一定時間、傍に迫っていても誰も気づかない気づかれない、という能力だ。トラップ部屋が開いた状態で様子を伺っていた孝介は、まさに格好の餌食だったと言っていいだろう。
残る三人は、けして戦闘向きの能力ではなかった。前田南歩は“通信”。緑と和泉はそれぞれ“転送”と“道標”である。鍵はこの時点で一つ手に入れてはいたものの、勿論それでは三人とも脱出するには足らない。何より、守村耕洲の無視能力、唐松美波の爆破能力を超えるものを自分達は持ち合わせていなかったのである。どちらも非常に強力な能力だ。真正面から向き合ってしまった時点で、自分達三人では到底勝目などなかったのである。
『鍵、見つけたんですよね?一本しかないみたいですけど、私達に渡してくれませんかぁー?』
はいはい、と美波は平然と手を差し出して言ったのである。
『どーせ、あんた達みたいなのが脱出したところで、大して役になんか立てないでしょお?私達が有効活用してあげちゃいますー。私と耕洲君だけ生き残ればそれでいいんですもん。……あら不満?でもあんた達は、能力をちゃんと活かすこともできず、協力しあってどんどん人を減らしていってくれてるじゃないですかー?要は無能が集まっても人の脚を引っ張るだけってことでしょー?』
だから私達に頂戴?と。
彼女らは残酷に、無慈悲に、自分達につきつけてきたのである。
『鍵を渡せば、とりあえず今は見逃してあげちゃってもいいですよおー?』
確かに、鍵を渡せば彼女達は自分達の命を奪わないでくれるのかもしれない。
この取引がなされた時点で、美波の攻撃を和泉が受けてしまっていた。爆破される済んでのところで美波にタックルをしかけて標的をズラしたものの、それでも左肩から右耳までに大きな火傷を負う羽目になっている。重傷なのは明らかだった。このままでは、和泉は死んでしまうことになる――鍵を例え渡して今見逃して貰えたとしても、このまま建物をさまよっていればいずれそうなるのだ。
それは、生真面目で誠実な南歩も気づいていたのだろう。そして彼女は――ただの通信能力しか持たないリーダーは、自分達を生かすために選択したのだ。命懸けで、仲間を逃がすことを。
『お願いっ……駿河さん!北川君を、助けてあげてええ!!』
彼女は、余裕綽々で交渉しようとしていた美波の不意をついて、思い切り体当たりを仕掛けたのである。それに耕洲の方も完全に気を取られていた。その隙に、緑は“転送”を発動。自分と手を繋いでいる一人を、別の場所(ただし、建物内部一度行ったことのある場所に限定される)に飛ばすという能力である。その力を使って、緑は土壇場で和泉とともに逃げたのだ。自分達を助けてくれた、南歩を犠牲にして。
――南歩ちゃん、ごめん……ごめんね。そして、ありがとう……!
南歩のためにも、自分はなんとしてでも和泉を脱出させなければならない。緑はまだ余力がある。もう少し建物に閉じ込められていても、今すぐ死ぬということはないだろう。しかし、和泉は違う。既に意識が朦朧としているし、明らかに発熱している様子だ。このままでは、彼が死んでしまう。自分が彼を助けなければ――出口まで運び、鍵を開ければ。とりあえず和泉はそこから脱出し、逃げおおせることができるはずなのである。脱出さえできれば、あのテロリストどもだって優秀な“人材”がそのまま死ぬことを良しとはしないだろう。
なんせ奴らは、ブレスレットを使いこなせ、悪魔と戦う戦士を求めていると言っていたのである。脱出できた人間をそう簡単に見殺しにするようなことなどしないはずだ。――そう、信じたい。
「和泉君、もう少し!あのバカップルからはかなり遠い場所まで逃げたし、出口もこっちにあったはずだから!それまで、苦しいかもしれないけど、頑張って!」
「みどり……俺は、もう」
「弱気なこと言わないで、ハッ倒すわよ!!」
掠れるような和泉の息を、声を聴くたび泣き出しそうになる。早く、ああ早く。自分にも聖也のように怪力や体力があったなら、彼をお姫様だっこして廊下を駆け抜けることができただろうか。そうすれば、長い時間和泉を苦しめることなどせずに済んだのだろうか。
無いもの強請りをしたところでどうにもならないとはわかっている。それでも、ああすればよかった、あれがあれば良かったと思うことは少なくない。そうだ、もっと言えば、今日学校に来なければ良かったはずなのだ。いや、全員が休んだら日程が延期になっただけかもしれないなら。せめて和泉だけでも、今日は休むように言っておければ。元々彼はあまり身体が丈夫ではないのだ、今日くらい休んだってバチなど当たらなかったことだろう。その口実を思いつけるような状況ではなかった、そもそも休む理由のない日であったという大前提があることを忘れたわけではないけれど。
どうしても、思ってしまう。
あの時、ああすればよかった。予知能力でもあれば、和泉をこんな目に遭わせることなどなかったはずなのに、と。
――ああ、駄目ね。私、混乱してる。そんなイミのないこと考えたって、もう現実は変えようがないっていうのに。
「!」
やがて。彼の身体を半ば引きずるようにして、辿りついた出口。あとは鍵を使って、彼を脱出させれば終わり――そう思っていた緑は、その場で目を見開くことになるのである。
「駿河緑さん、北川和泉さんですね」
そこに、仁王立ちして立っていたのは。とても見知った、クラスメートの一人であったのだから。
「お疲れ様です。鍵を手にして、よくぞ此処まで辿り着きました。我らが主も、さぞかしお喜びであることでしょう」
「……何を、言ってるの……宇崎さん?」
宇崎舞紗。
皆よりも長いスカートを翻し、眼鏡をかけた長髪の学級委員長は。ズレた眼鏡の位置を直しつつ、扉の前に佇んでいたのである。まるで、通せん坊でもするように。
「おや、気づいていなかったのですか?意外です」
その声は、抑揚がなく、酷く冷たい。
「柏木高校一年二組が選ばれた理由は、何だったと思います?簡単なこと。そこに信者を潜り込ませ、ゲームをコントロールできる準備が整ったから、ですよ。このクラスにはうまい具合に、私を含めた二名の戦士を潜り込ませることに成功しました。もしゲームが膠着状態になり、皆が殆どブレスレットのテストに貢献しない場合。あるいは、ブレスレットの能力をほとんど使わずに脱出しようとした場合。それをコントロールし、テストがスムーズに行われるように仕向けるのが私達の仕事です」
「私、達……?」
「今回、この場所に用意された出口は二つですから。脱出要件に値しない生徒が脱出しようとした場合、出口で見張っている私達が最後の“試し”を行うのが私達の仕事です。これほど大規模なゲームを開催するのですよ?コントロールできる“戦士”を予め参加者に潜り込ませておくのは、別段おかしなことではないかと思いますが」
何を、言っているのかさっぱりわからない。
クラスの企画も、授業でのディベートも、委員会も。みんなの先頭に立って動き、その責任感の強さで皆を引っ張ってきた真面目な学級委員長が。まさかの、得体の知れない組織の一員であったとでもいうのか。
それも、こんな風にみんなを閉じ込めて、化物と戦わせて、トラップで殺して、疑心暗鬼にさせて。これほどまでに恐ろしい行為に手を出すような、おぞましいカルト教団の一人であったと?みんながこんな事になることを予め知っていて、平気な顔をしてみんなと一緒に授業や行事に参加していたというのだろうか。
信じられないし、信じたくもない。
それはある意味、生き残りたいがために暴走する唐松美波と守村耕洲を知った時以上の衝撃だった。なんせ宇崎舞紗は、生き残るために戦っているわけでもなければ、聖也のように生徒を守るために潜入を決めたわけでもないのだから。
「……おかしなこととか、おかしなことじゃないとか。そういう問題じゃ、ないでしょ……!?」
緑は茫然と呟く他ない。彼女の言葉が、理解できるのにしたくないのだ。
「もう、何人死んだと思ってるの?こんな計画のせいで、普通に今日も明日も生きて笑っていられたはずの仲間が、友達が!今日だけで何人死んじゃったか貴女死んでるの!?全部全部全部全部、あんた達が私達にこんなゲームを強制したせいじゃない!悪魔だの神の意思だの、わけわかんない理由押し付けて!」
「神を信じない者に、我らが主の声が聞こるとは思っていません。ならば悪魔をも信じられないのは仕方ないことでしょう。とても残念ではありますけど」
「悪魔はあんた達じゃない!もしそんなものが本当にいるとしても……だからって、十数人を犠牲にしても平気だなんて、そんな発想になることがまず間違ってるのよ!ウン十億人助けるなら、私達数十人のことだって助けなさいよ、勝手に生贄押し付けてんじゃないわよ!!」
どうせ、この宇崎舞紗とて末端だ。このような怒りをぶつけたところで意味などないのだろう。それくらいは、緑とてわかっているのである。
それでも、言わずにはいられなかった。あまりにも、あまりにも許しがたいことであったからだ。
こんなことさえなければ自分は――人間の顔をした悪魔がこれほどまで多くのさばっているなんてことなど、知らずに今日まで生きてこられたというのに。これからも、ひょっとしたらそうであったかもしれないというのに。
「私達は、悪魔を倒すという崇高な使命があるのです。生贄の役を担うことなどできませんよ」
初めて見るような冷たい眼で、舞紗は自分達を見つめる。そして――自らのブレスレットを構えて、残酷な宣言をするのだ。
「残念ですが、貴女がたをこのまま脱出させるわけにはいきません。なんせ、どちらも能力は一度ずつしか使用していませんし……貴女がたが入手できたその鍵は、あくまで貴女がたの仲間が手に入れて託したもの。貴女がたは殆ど努力らしい努力もしていなければ、貢献もしていません。そんな人間は脱出できたところで、悪魔と戦う優秀な戦士にはなりえないでしょう。テストをもう少し続けなさい。それができないなら、私が貴女がたを排除します」
「なっ……!」
「さあ、選んでください。ここで私と戦うか、引き返してテストを続行するか。私を倒すだけの技量があれば合格ですから、そのまま扉を通っても問題ありません。どちらか、客観的に勝率が高いと思われる選択をするのが賢明です」
そんな、と。緑は絶望の呻きを漏らした。選べない二択。自分達は戦闘のできる能力者ではないし、もっと言えばこのままグズグズしていたら和泉が死んでしまうではないか。今すぐ出口に彼を放り込んだところで、生き延びられる保証はどこにもないというのに。
――どうしろと?どうしろっていうのよ、ねえ……!
自分達は、そこまで悪いことをしたのだろうか。
何故、ここまでして目の前に高い壁ばかり立ちはだかられなければならないのか。
目の前が真っ暗に染まる感覚を覚えながら、緑は――ただただ、唖然として舞紗を見つめるしかなかったのである。
「和泉君、もう少し!もう少しで出口に到着するから、頑張って!」
「……ああ」
元々前田南歩の班にいた緑と、北川和泉の二人は。緑が和泉に肩を貸す形で、どうにか出口へと向かっている最中であった。
トラップに引っかかって、牧島典子と工藤千が殺された。それは悲劇であったが、そこまでは一応予想できない事態ではなかったのだ。恐ろしい罠が仕掛けられていることも知っていたし、恐らく危険を犯さなければ鍵は入手できまいと思っていたのだから。
問題は。その後、さらに減ってしまった二人の仲間――リーダーであった前田南歩と、鯨井孝介は。よりにもよって、仲間であるはずのクラスメートに殺されたということである。
「あのクソカップル……!ただじゃおかない。絶対にただじゃおかないんだから……!」
自分達の中で一番戦闘向きの力を持っていたのが、牧島典子と鯨井孝介の二人であった。典子は“火炎”という、回数制限こそあるものの何でも燃やすことのできる力を持ち。孝介は“剛拳”という、拳を使ってあらゆるものを破壊する力を持っていた。化物と対峙しても、非常に有効活用できる能力であったことだろう。――しかし典子はトラップで死に、孝介は能力を使う前に守村耕洲によってトラップ部屋へと突き飛ばされ、命を落とした。守村耕洲の能力は“無視”。一定時間、傍に迫っていても誰も気づかない気づかれない、という能力だ。トラップ部屋が開いた状態で様子を伺っていた孝介は、まさに格好の餌食だったと言っていいだろう。
残る三人は、けして戦闘向きの能力ではなかった。前田南歩は“通信”。緑と和泉はそれぞれ“転送”と“道標”である。鍵はこの時点で一つ手に入れてはいたものの、勿論それでは三人とも脱出するには足らない。何より、守村耕洲の無視能力、唐松美波の爆破能力を超えるものを自分達は持ち合わせていなかったのである。どちらも非常に強力な能力だ。真正面から向き合ってしまった時点で、自分達三人では到底勝目などなかったのである。
『鍵、見つけたんですよね?一本しかないみたいですけど、私達に渡してくれませんかぁー?』
はいはい、と美波は平然と手を差し出して言ったのである。
『どーせ、あんた達みたいなのが脱出したところで、大して役になんか立てないでしょお?私達が有効活用してあげちゃいますー。私と耕洲君だけ生き残ればそれでいいんですもん。……あら不満?でもあんた達は、能力をちゃんと活かすこともできず、協力しあってどんどん人を減らしていってくれてるじゃないですかー?要は無能が集まっても人の脚を引っ張るだけってことでしょー?』
だから私達に頂戴?と。
彼女らは残酷に、無慈悲に、自分達につきつけてきたのである。
『鍵を渡せば、とりあえず今は見逃してあげちゃってもいいですよおー?』
確かに、鍵を渡せば彼女達は自分達の命を奪わないでくれるのかもしれない。
この取引がなされた時点で、美波の攻撃を和泉が受けてしまっていた。爆破される済んでのところで美波にタックルをしかけて標的をズラしたものの、それでも左肩から右耳までに大きな火傷を負う羽目になっている。重傷なのは明らかだった。このままでは、和泉は死んでしまうことになる――鍵を例え渡して今見逃して貰えたとしても、このまま建物をさまよっていればいずれそうなるのだ。
それは、生真面目で誠実な南歩も気づいていたのだろう。そして彼女は――ただの通信能力しか持たないリーダーは、自分達を生かすために選択したのだ。命懸けで、仲間を逃がすことを。
『お願いっ……駿河さん!北川君を、助けてあげてええ!!』
彼女は、余裕綽々で交渉しようとしていた美波の不意をついて、思い切り体当たりを仕掛けたのである。それに耕洲の方も完全に気を取られていた。その隙に、緑は“転送”を発動。自分と手を繋いでいる一人を、別の場所(ただし、建物内部一度行ったことのある場所に限定される)に飛ばすという能力である。その力を使って、緑は土壇場で和泉とともに逃げたのだ。自分達を助けてくれた、南歩を犠牲にして。
――南歩ちゃん、ごめん……ごめんね。そして、ありがとう……!
南歩のためにも、自分はなんとしてでも和泉を脱出させなければならない。緑はまだ余力がある。もう少し建物に閉じ込められていても、今すぐ死ぬということはないだろう。しかし、和泉は違う。既に意識が朦朧としているし、明らかに発熱している様子だ。このままでは、彼が死んでしまう。自分が彼を助けなければ――出口まで運び、鍵を開ければ。とりあえず和泉はそこから脱出し、逃げおおせることができるはずなのである。脱出さえできれば、あのテロリストどもだって優秀な“人材”がそのまま死ぬことを良しとはしないだろう。
なんせ奴らは、ブレスレットを使いこなせ、悪魔と戦う戦士を求めていると言っていたのである。脱出できた人間をそう簡単に見殺しにするようなことなどしないはずだ。――そう、信じたい。
「和泉君、もう少し!あのバカップルからはかなり遠い場所まで逃げたし、出口もこっちにあったはずだから!それまで、苦しいかもしれないけど、頑張って!」
「みどり……俺は、もう」
「弱気なこと言わないで、ハッ倒すわよ!!」
掠れるような和泉の息を、声を聴くたび泣き出しそうになる。早く、ああ早く。自分にも聖也のように怪力や体力があったなら、彼をお姫様だっこして廊下を駆け抜けることができただろうか。そうすれば、長い時間和泉を苦しめることなどせずに済んだのだろうか。
無いもの強請りをしたところでどうにもならないとはわかっている。それでも、ああすればよかった、あれがあれば良かったと思うことは少なくない。そうだ、もっと言えば、今日学校に来なければ良かったはずなのだ。いや、全員が休んだら日程が延期になっただけかもしれないなら。せめて和泉だけでも、今日は休むように言っておければ。元々彼はあまり身体が丈夫ではないのだ、今日くらい休んだってバチなど当たらなかったことだろう。その口実を思いつけるような状況ではなかった、そもそも休む理由のない日であったという大前提があることを忘れたわけではないけれど。
どうしても、思ってしまう。
あの時、ああすればよかった。予知能力でもあれば、和泉をこんな目に遭わせることなどなかったはずなのに、と。
――ああ、駄目ね。私、混乱してる。そんなイミのないこと考えたって、もう現実は変えようがないっていうのに。
「!」
やがて。彼の身体を半ば引きずるようにして、辿りついた出口。あとは鍵を使って、彼を脱出させれば終わり――そう思っていた緑は、その場で目を見開くことになるのである。
「駿河緑さん、北川和泉さんですね」
そこに、仁王立ちして立っていたのは。とても見知った、クラスメートの一人であったのだから。
「お疲れ様です。鍵を手にして、よくぞ此処まで辿り着きました。我らが主も、さぞかしお喜びであることでしょう」
「……何を、言ってるの……宇崎さん?」
宇崎舞紗。
皆よりも長いスカートを翻し、眼鏡をかけた長髪の学級委員長は。ズレた眼鏡の位置を直しつつ、扉の前に佇んでいたのである。まるで、通せん坊でもするように。
「おや、気づいていなかったのですか?意外です」
その声は、抑揚がなく、酷く冷たい。
「柏木高校一年二組が選ばれた理由は、何だったと思います?簡単なこと。そこに信者を潜り込ませ、ゲームをコントロールできる準備が整ったから、ですよ。このクラスにはうまい具合に、私を含めた二名の戦士を潜り込ませることに成功しました。もしゲームが膠着状態になり、皆が殆どブレスレットのテストに貢献しない場合。あるいは、ブレスレットの能力をほとんど使わずに脱出しようとした場合。それをコントロールし、テストがスムーズに行われるように仕向けるのが私達の仕事です」
「私、達……?」
「今回、この場所に用意された出口は二つですから。脱出要件に値しない生徒が脱出しようとした場合、出口で見張っている私達が最後の“試し”を行うのが私達の仕事です。これほど大規模なゲームを開催するのですよ?コントロールできる“戦士”を予め参加者に潜り込ませておくのは、別段おかしなことではないかと思いますが」
何を、言っているのかさっぱりわからない。
クラスの企画も、授業でのディベートも、委員会も。みんなの先頭に立って動き、その責任感の強さで皆を引っ張ってきた真面目な学級委員長が。まさかの、得体の知れない組織の一員であったとでもいうのか。
それも、こんな風にみんなを閉じ込めて、化物と戦わせて、トラップで殺して、疑心暗鬼にさせて。これほどまでに恐ろしい行為に手を出すような、おぞましいカルト教団の一人であったと?みんながこんな事になることを予め知っていて、平気な顔をしてみんなと一緒に授業や行事に参加していたというのだろうか。
信じられないし、信じたくもない。
それはある意味、生き残りたいがために暴走する唐松美波と守村耕洲を知った時以上の衝撃だった。なんせ宇崎舞紗は、生き残るために戦っているわけでもなければ、聖也のように生徒を守るために潜入を決めたわけでもないのだから。
「……おかしなこととか、おかしなことじゃないとか。そういう問題じゃ、ないでしょ……!?」
緑は茫然と呟く他ない。彼女の言葉が、理解できるのにしたくないのだ。
「もう、何人死んだと思ってるの?こんな計画のせいで、普通に今日も明日も生きて笑っていられたはずの仲間が、友達が!今日だけで何人死んじゃったか貴女死んでるの!?全部全部全部全部、あんた達が私達にこんなゲームを強制したせいじゃない!悪魔だの神の意思だの、わけわかんない理由押し付けて!」
「神を信じない者に、我らが主の声が聞こるとは思っていません。ならば悪魔をも信じられないのは仕方ないことでしょう。とても残念ではありますけど」
「悪魔はあんた達じゃない!もしそんなものが本当にいるとしても……だからって、十数人を犠牲にしても平気だなんて、そんな発想になることがまず間違ってるのよ!ウン十億人助けるなら、私達数十人のことだって助けなさいよ、勝手に生贄押し付けてんじゃないわよ!!」
どうせ、この宇崎舞紗とて末端だ。このような怒りをぶつけたところで意味などないのだろう。それくらいは、緑とてわかっているのである。
それでも、言わずにはいられなかった。あまりにも、あまりにも許しがたいことであったからだ。
こんなことさえなければ自分は――人間の顔をした悪魔がこれほどまで多くのさばっているなんてことなど、知らずに今日まで生きてこられたというのに。これからも、ひょっとしたらそうであったかもしれないというのに。
「私達は、悪魔を倒すという崇高な使命があるのです。生贄の役を担うことなどできませんよ」
初めて見るような冷たい眼で、舞紗は自分達を見つめる。そして――自らのブレスレットを構えて、残酷な宣言をするのだ。
「残念ですが、貴女がたをこのまま脱出させるわけにはいきません。なんせ、どちらも能力は一度ずつしか使用していませんし……貴女がたが入手できたその鍵は、あくまで貴女がたの仲間が手に入れて託したもの。貴女がたは殆ど努力らしい努力もしていなければ、貢献もしていません。そんな人間は脱出できたところで、悪魔と戦う優秀な戦士にはなりえないでしょう。テストをもう少し続けなさい。それができないなら、私が貴女がたを排除します」
「なっ……!」
「さあ、選んでください。ここで私と戦うか、引き返してテストを続行するか。私を倒すだけの技量があれば合格ですから、そのまま扉を通っても問題ありません。どちらか、客観的に勝率が高いと思われる選択をするのが賢明です」
そんな、と。緑は絶望の呻きを漏らした。選べない二択。自分達は戦闘のできる能力者ではないし、もっと言えばこのままグズグズしていたら和泉が死んでしまうではないか。今すぐ出口に彼を放り込んだところで、生き延びられる保証はどこにもないというのに。
――どうしろと?どうしろっていうのよ、ねえ……!
自分達は、そこまで悪いことをしたのだろうか。
何故、ここまでして目の前に高い壁ばかり立ちはだかられなければならないのか。
目の前が真っ暗に染まる感覚を覚えながら、緑は――ただただ、唖然として舞紗を見つめるしかなかったのである。
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