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<18・悪魔>

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 このゲームは、思ったより厳しく、そして短期決戦になるのかもしれない――。小倉篠丸おぐらしのまるは次第にそう思い始めていた。
 ゲームを開始して、もうすぐ約一時間が過ぎようとしている。どうにか自分達のチーム五人は、一人も欠けることなく此処まで来ることができたが。他のチームではもう何人も犠牲者が出ているという話を、既に夏俊から聞かされているのである。
 少し前に、聖也のチームが二体目の怪物を倒したという情報は得ていた。怪物の頭の中に、脱出のための鍵があるらしい。彼女達はそれを使わず、現在までキープしているらしかった。どうやら本当に、全員分の鍵を入手するまで脱出に使う気がないらしい。有難いと思う反面、篠丸は心底申し訳ない気持ちになっていた。自分達はまだ、鍵の一つも見つけることができていない。化物の対処も、聖也達に任せてしまっている。見つけたのは死体だけだ。――現在殆ど、約に立ててはいないのである。
 死んだ仲間は、既に三十人中九人に上っている。
 元いた階の東側を探索する、毒島彩也のチームに所属していた――神田夏梅、武蔵健、田中賢太郎、前嶋なほ。前者三名は化物に殺され、前嶋なほは唐松美波に殺害されたという。
 同じく元いた階の西側を探索する、前田南歩のチームに所属していた――牧島典子まきしまのりこ工藤千くどうせん。彼らはトラップに引っかかってしまったという。まさか、入った途端部屋の丈夫から硫酸が降ってくるトラップや、あるいは矢が飛んできて脳天を貫かれるトラップがあるなどとどうして予想できるだろう。初見殺しもいいところではないか。
 さらに、最初の集合に応じなかった面子にも犠牲者が出ていたらしい。つい先ほど、篠丸自身が死体を見つけてしまったところだ。植田守矢、小島季里人、武藤通の三人である。全員、不自然に頭や胸を圧殺されて殺されていたという。全員が水車恭二の金魚の糞であったはず。恭二の不興を買って能力によって殺されたのではないか、というのが自分達の予想だった。
 聖也がいる鏑木夏俊の班の五人、篠丸の班の五人は全員無事。だが、それもいつまでもつかは分からないというのが実情だった。自分達にも戦う能力はあるが、いざ怪物を目の前にして落ち着いて能力を行使できる自信はあまりない。トラップにしたって、上手に避けて通れるかどうかは完全に運次第だろう。それを回避できる能力者もいるにはいるが、回数制限があるのであまり使いたくないというのは本音であった。

――逃げたい。逃げ出したい。僕だって、死にたくなんかないんだから。でも……!

 夏俊からの連絡で、聖也と直接話しをしたのである。彼女はずっと、平謝りの状態だった。自分が不甲斐ないせいで助けてあげられなくてごめん、と。一人も犠牲を出したくないなんて言っておきながら、全員を守ってやれなくて本当にすまない、と。――この状況下、いくら傭兵とはいえ、彼女だって不安を感じていない筈がないというのにだ。
 彼女は最悪、全員分の鍵が見つかるまで化物を倒し続けるつもりだろう。だが、あと二十八回も化物を倒すだなんて――限られた能力の中で、それを続けることがどれほどできるかは怪しいところだ。未だに聖也は五回しか使えない自身の能力を温存している様子だが、化物が今後強くなってくればそうも言ってはいられなくなるだろう。いくら彼女の身体能力が強くても、化物を相手にいつまでもちょっとした武器と戦略だけでやり抜けるとは思えなかった。
 鍵を使わず温存し、少しでもみんなの生存率を上げようと頑張っている仲間。不安は大きかったが、それだけで篠丸にとって聖也は十分信頼に足る存在だった。それは篠丸と同じ班の四人の仲間も同じだろう。自分達が一つでも多く鍵を見つければ、聖也の負担を減らすことに繋がる筈である。

「次の部屋、だね」

 篠丸達は、元いた階よりも下の階層を探していく担当だった。そのうち東西を探索し終えた南歩の班などが合流してくれるのかもしれないが、あまり期待はしていない。化物がいいタイミングで現れてくれることもまって、なかなか思うように効率的な探索が続いていない状況にあるせいだった。定期連絡は徹底しているが、実際彩也の班がほとんど潰れて夏俊&聖也の班に吸収されてしまった以上、連絡先はあと二班のみである。
 そして、さっきから当の南歩の班から応答がない状況が続いていた。心配だが、彼女達が何処にいるのかもわからない以上、闇雲に助けに行くわけにもいかないのである。ミイラ取りが、ミイラになるわけにはいかない。それは聖也達が判断を下してくれることだった。――彼女らに頼りっきりで、結局自分達でものを考えられてもいない事実は、実に歯がゆいものであったけれども。
 まだ自分達の班の探索は、うまく行っている方なのだろう。それでも“罠があるかもしれない”という可能性の高い部屋には入ることができていない。ドアを開けてすぐ飛び退き、そこで何も起きない部屋は。仲間の一人である久瀬明日葉くぜあすはが部屋の前で能力を使い、入っていいかどうかを判定してどうにか躱しているのである。何もないように見えた部屋に入ったら、閉じ込められて上から硫酸が降ってきた――なんていうトラップを、別の仲間が経験し命を落としたという情報が入っていたからだ。
 問題は。そろそろ明日葉の能力の、使用回数制限が切れそうということである。

「ドア、開けるよ」

 篠丸がノブに手をかける。ノブを回し、全員で勢い良く飛び退く、ということをさっきから繰り返していた。ドアを開けた途端ボーガンの矢が飛んできた、というお約束は既に何度か経験済みであるからである。どうやら、似たようなトラップが数多く仕掛けられているものらしい。むしろそのような部屋の方が安全であるらしかった。どんな部屋でも、どうやら仕掛けられているトラップは一つだけであるらしいからだ。ボーガンが飛んできた部屋には、それ以上のトラップがない。ある意味安全に、探索を続けることができるのである。
 問題は、ドアを開いても何も起きない部屋だ。そういう部屋は本当に罠が何もないか、入った途端発動するような罠を残しているかのどちらかであるからである。

「……くそっ、飛んでこないな矢!」

 仲間の一人である玉置英佑たまきえいすけが舌打ちをした。こうなってくると、どうにか明日葉の能力を使わなければならなくなってくる。
 彼女の力は“二択”。二択を提示して、どちらをするのが良い未来を導けるか、超直感で判断してくれるというわけだ。あるいは二択のうち、どちらが正解であるのか教えて貰うこともできる。非常に汎用性の高いこの能力を、自分達は主に探索のために使っていた。問題は、そろそろ使用回数制限の二十回に到達してしまいそうだということである。

「あと四回しか明日葉の能力が使えない!無駄打ちしすぎたんじゃねぇか、篠丸?」
「かもしれないね。でも、僕達は仕掛そのものを見抜く能力者がいないんだからどうしようもないよ。とにかく罠をかわして鍵を見つけて行くしかないんだから。……明日葉」
「ん、わかった」

 長身で物静かな明日葉は、さっきから篠丸の意見に一切逆らってくる気配がない。少し心配になってしまうほどだ。こくりと頷くと、ブレスレットのボタンを押す。そして、さっきから続けている問いを繰り返すのだ。

「“二択”。この部屋に罠はあるか?」

 先ほどから部屋の前で、自分達がやっている問いは二つだ。ドアを開けて罠が発動しない部屋は、まず罠の有無を問う。罠がない、と言われたらそのまま探索を開始。問題は。

「……篠丸。罠は“ある”そうだ。この部屋は入らない方がいいんだろう」

 罠がある、という判定が出た場合。罠がある部屋になど本来入りたくもないし、できれば近づかないのが吉だろう。ましてや、ドアを開けて何も起きないということは、部屋に入ってから発動するタイプである可能性が極めて高いからだ。だが。
 その場合は、もう一つ質問をしなければならない。罠があったとしても、部屋に入らなければならないケースがある。つまり――中に鍵があった場合は、どうにか罠を看破して中に突入することを考えなければいけないのだ。

「仕方ない、明日葉。今度は“鍵があるかどうか”で二択をかけて」
「了解。“二択”。この部屋に鍵はあるか?」

 ここで無い、と出れば問題ない。そのままドアに“罠あり、鍵なし”の付箋だけしっかりガムテープ(明日葉の私物だった。何に使うつもりだったのだろう)で貼り付けて立ち去ればいいだけのことだ。できればそうであって欲しい、と篠丸は思った。鍵というものが恐らく、多少手間をかけなければ入手できないよう設定されているのだとしても、だ。

「……篠丸」

 そして、あまり表情を変えない明日葉が、苦々しく呟いた。

「鍵は、あるらしい。この部屋に」
「うわぁ……」
「おいおいおいおい、どうすんだよこれ。罠も鍵もある部屋って。攻略する方法あんのか。他の鍵探した方がいいんじゃねぇの?」

 英佑は弱気なことを言う。いや、間違ってはいないのだ。問題は“この部屋以外にあと何本”、常設の鍵があるか全くわからないということである。もしかしたら、コレ以外に鍵は一本もないかもしれないのだ。ただでさえ化物退治をしないと、鍵が足らないことが見込まれているのである。場所がわかっているのに、罠を恐れて放置するなんてことはできないししたくはない。英佑だって、本心はその通りだろう。一刻も早くここから逃げだしたいのは、みんな同じ気持ちであるはずなのだから。
 それでも、みんなで協力してみんなで生き残ると――それが可能だと信じることで、どうにか結束を保っているのだから。

「大毅の能力は、確か“仕掛”だったよな。あいつなら、トラップを予め知ることができるはず。印だけつけておいて、後で大毅に来て調べて貰おう。手間はかかるけど、それが一番確実だ。あいつは幸い、使用回数に制限のある能力じゃないみたいだし……」

 我ながら妥当な意見を言ったもんだ。篠丸がそう思った、まさにその時である。



「おいおいおい、そこまでわかってるのに、随分遠回りするなあ」



 え、と思った。確かに、自分達は目の前のドアに気を取られすぎていたかもしれないけれど。まさかこの廊下に、自分達以外の第三者が突然出現するだなんて。まるで予想もしていないことであったからである。
 茫然としている篠丸の目の前で、まるで紙切れのように人間が吹き飛んでいった。篠丸と明日葉以外の三人――英佑と、桜庭晴哉さくらばはるや氏家冬香うじいえふゆかだ。何かに蹴り飛ばされたのだ。彼らは開いたままのドアの向こうに、強引に投げ込まれていたのである。たった今現れた、一人の人間の手によって。

「誰か適当に放り込んでさ、罠が発動するかどうか確認すりゃいーんだよ。うん、それが一番手っ取り早い。俺天才!」
「み、水車……」

 クラス一の不良少年は。よお、とブレスレットを嵌めた手を掲げて笑った。まるで普通の挨拶でもするように。そのブレスレットのパネルには、“重量”という文字が表示されている。彼は、重量を操るタイプの能力を与えられていたらしい。

「そんなに警戒するなよ。一緒に確認しようぜ?」

 唖然とする、篠丸と明日葉の目の前で。部屋のドアが勝手に閉まっていくのが見えた。ああ、罠が発動してしまう。その向こうに、攻撃を受けて立ち上がれない英佑達を残して。

「どんな罠が発動すんのかね?うまくいったら、俺らは無傷で鍵を手に入れられる。良かったなあ?」

 すぐそこで、悪魔はけらけらと幼子のように笑っていた。

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