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<4・現実>

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 夏俊は、夢を見ていた。時系列が全くわからない謎の夢だ。教室に入ると、何故かクラスメートのみんなが教室中を飾り付けしているのである。まるで、今から此処でクリスマスパーティでも始めようといわんばかりに。

『あれ、みんなこれ何?なんか昔のお誕生日会とかそんな雰囲気するんだけど?』

 思わず驚いて声をかけると、真っ先に走り寄ってきたのが大毅と未花子だ。昨日まであんなに暗い顔をしていたのに、と思ってここで夢だと気づいた夏俊。既に窓の外は夕焼けに染まっている時間だというのに、今から何かの歓迎会みたいなものを教室でやるなんてまずありえないことだ。しかも高校生が、である。

『よくぞ聴いてくれました、鏑木殿!』

 ずびし!と高く突き出した指を掲げて未花子が笑った。

『実は今日、特別ゲストが来ることになっているのでーす!そのお祝いの会をね、開こうってことになってね?急なことだったから鏑木君には伝えるのが遅くなっちゃったんだよー』
『そ、そうなのか?ゲストって?』
『ゲストはゲスト!来てからのお楽しみ!時間ないから鏑木君も手伝ってー!』

 半ば押し切られる形で、未花子にぐいぐいと引っ張られていく夏俊。すると反対側からは、ぐいっと力強く大毅に腕を掴まれることになる。

『ダメだっつの、夏俊は俺らの手伝いだ。な、夏俊?俺らの仕事の方が手伝いたいよな?』
『え、え?』
『 手 伝 い た い よ な ? 』

 ぐい、っと顔を近づけてくる大毅。イケメンに分類されなくもないが、やや濃ゆい顔立ちの大毅の顔がドアップになるのはなかなかキツいものがある。そこには明らかに“女子に人気があるとかおまえ羨ましいぞコノヤロー!”と書かれていた。未花子と仲が良いのはお前も同じだろうに、と呆れるしかない。まあ確かに、未花子はサバサバした明るい性格で大人しくはないが、クラスの中でもトップクラスの美人であることは間違いなかった。長いポニーテールが走るたびに揺れるのも、快活な印象で男子には大変人気があるだろう。
 そこで嫉妬するくらいならお前から未花子の手伝いに行けよ、と思わないでもない。この刈谷大毅という男、何が面倒かって女子にモテたいくせに自分から話しかける勇気がとんとないという点である。クラスの行事に関する仕事を手伝う、なんて絶好の機会であるはずだというのに。
 有無を言わさず頷かされた夏俊に、特に未花子は気にした様子もなく“そっかー、しょうがないね。手があいたらこっちもよろしくね!”と笑って去って行った。陸上部で足も速く、運動神経のいい彼女は女子の中では力仕事にも比較的向いているのだろう。他の少女達と一緒に、外から小道具を運び込んだり、それを使って壁に飾り付けをしたりという仕事をしているようだ。

『何の手伝いすればいいんだよ、大毅。ていうかお前、本命は澤江だったのか?』

 大毅の額を小突いて言うと、彼は堂々と“女子はみな本命だ!”とのたまった。

『可愛くない女子などいない!強いて言えば長い髪が綺麗で足がすらっとしておっぱいでかい女子が好きだが!』
『欲望に忠実すぎんだろ、そんなんだからモテねーんだぞオマエ』
『うるさい!男で足とおっぱい嫌いな奴がいるか!いるもんか!』

 駄目だこりゃ、と思いながらも引きずられていけば。彼と彼の仲間達は、教室の床に大きな画用紙を広げて何かを一心不乱に描いているようだった。足元には水の入ったバケツと、水彩絵具が散らばっている。

『夏俊、絵も上手かったよな?コレ描くの手伝ってくれよ』

 ニコニコしながら言う大毅――夏俊はといえば、絶句していた。なんだこりゃ、という感想以外が出てこない。だってそうだろう。
 大毅と、モテたい同盟の男子達が大きな画用紙いっぱいに描いているのは――灰色の、眼がぐりんとした化物であったからだ。

『な、なん、な……』

 宇宙人。最初はそう思った。それはいわゆる宇宙人として一般人がよく思い浮かべるような、“グレイマン”に似た姿にも見えたからだ。しかし、よく見るといろいろとおかしい。身体はムキムキと筋肉質で、頭が妙に小さく、特に両腕はゴリラを想像するほどの太さで両脇から垂れ下がっているのである。
 全身が灰色に塗りたくられていたが、奇妙なのは身体のあちこちから刺のようなものが突き出していることだ。特に、足の周辺は鋭い刺のようなものか、あるいは毛のようなものが多く生えているのが見える。
 そして、眼は小さな頭に対して、随分と大きくぎょろりとしていた。真っ黒に塗りつぶされた眼は、一体どこを見ているのかも定かではない。鼻はなく、その下には鋭い牙を蓄えた真っ赤な口が覗いていた。
 化物。それ以外に、なんと表現すればいいのだろう。

『何って、失礼だなあ。“ゲスト”様の姿だよ。みんなで一生懸命描いて、お祈りするんだ』
『お、お祈り?』
『そうそう』

 その瞬間。楽しそうな教室の気配が、一瞬凍りついた気がした。さきほどまで笑顔だった大毅が、急に表情を消したからだ。そして。



『お祈りしないと駄目だろ?……どうか俺達を“食べるのをやめてくれますように”って』



 何を、言っているのかわからない。
 段々と、この夢に恐怖を覚え始めた夏俊。自分が見ている夢なのだから、過去の経験か、あるいは夏俊自身の想像が影響しているはずなのだが一切心当たりがなかった。へたくそな水彩絵具で描いてなお、あれだけ恐ろしいと感じる化物に心当たりなどない。どこかの映画やアニメで見たという覚えもない。
 そんな化物を、ゲストとして迎える?俺達を食べないようにって、一体?これは、この夢は一体何を暗示しているのだ?

『大毅』

 その時。突然誰かに、肩を叩かれた。振り返ればそこには、いつものように明るくちゃらけた雰囲気の一切を消し去った――真剣そのものの、聖也の顔が。

『そろそろ眼を覚まさないとやべえ。起きろ。……このまま夢の中にいたら、一生お前は目覚めることができなくなるぞ』

 意味が、わからなかった。聖也はこちらが疑問を挟む余地もないというように、ただただ同じ言葉を繰り返すのみである。このままじゃまずい、早く目を覚ますんだ――と。
 段々と、身体がふわふわとしてくる。目の前の、華やかな景色が蜃気楼のように揺らいでいく。夢が消えかけてきたところで、一瞬、ほんの一瞬だけ夏俊は思ったのだ。このまま目覚めていいのか、と。このまま起きれば、もっと恐ろしいことが待っているのではないか――と。
 だが。

『起きろ』

 人は、どれほど逃げたいと思っても限度があるのだ。
 現実は、必ず追いついてくる。まるで影が、自分達の足元にぴたりとついて離れないように。



 ***



「う、う……」
「夏俊」

 目の前が真っ暗になり――夏俊はやがて、うめき声を上げながら意識を浮上させるに至った。身体が、重くてたまらない。その夏俊の傍に誰かが座っていて、必死で身体を揺り動かしているのがわかる。
 女子にしては少し低めだけれど、でもとても温かい声。ああ、誰だったっけ、とつかの間思う。そうだ。

「さ、桜美、さん……?」
「聖也って呼べって言っただろうが、まったく」
「うう……」

 聖也だ。桜美聖也。長い黒髪に藍色がかった瞳の、とっても美人な転校生。美人だけれど、バイセクシャルで残念すぎるナンパ好きな少女。しかしこんな、コメディの欠片もない真面目な声は初めて聞いたかもしれない。
 夏俊は眼を開いて――途端目の前にあった綺麗すぎる顔に、どきりと心臓を跳ねさせることになったのだった。聖也が心底心配そうに、夏俊を覗き込んでいたためである。

「ひっ!」

 思わず飛び起きて、後ずさってしまった。恐ろしいものを見たかのような反応をしてしまった、と思ったのはその二秒後である。何も相手は化物でもなんでもないのに、と少しだけ後悔した。幸い、聖也はそんなことこれっぽっちも気にした様子なく、良かった、と胸をなでおろしているようであったが。

「起きなかったらどうしようかと思った。このまま眠ってたらまずいのは明白だったからな」
「は、え……?」
「さっさと思いだしてくれ。俺達はいつも通り学校に来て、教室でホームルームの開始を待っていた。そしたら教師が入ってくるのと一緒に、妙な奴らが教室になだれ込んできたんだ、覚えてないか?」
「え……」

 とりあえず、状況を把握しなければ。どうやら夏俊は混乱しながら、自分の地面を見、そして周囲を見回した。
 どうやら自分は、冷たい灰色のコンクリートの上に転がされていた、ということらしい。特に拘束はされていないが、奇妙な銀色の腕輪が両腕に嵌められている。どれも赤い石のようなものははめ込まれていて、一見するとアクセサリーのようで綺麗だった。その横にはデジタルの画面があり、何かのカウントダウンをしている様子である。あまり良い予感はしなかった。そもそもただの時計の類ならば、同じものを両腕につける意味などないのである。
 そこそこ広い部屋だ。教室の二倍くらいはありそうである。真四角の部屋はそれぞれの壁に一つずつドアがあり、どこかに繋がっている模様である。さらに、壁際には何に使うのかもわからない配管や、ごうんごうんと音を立てる機械かタンクかわからないものが並んでいた。そして――夏俊と聖也以外にも、見慣れた顔のクラスメート達が床に座り込んだり立ち尽くした状態で呆然と周囲を見渡しているではないか。
 どうやら、起きるのは夏俊が最後だったらしい。夏俊!と声がしてそちらに視線をやれば、大毅と未花子がこちらに走り寄ってくるのが見えた。

「夏俊、良かった眼ぇ覚めたのか!」
「あ、ああ」
「ねえ、鏑木君……これどういう状況なのかわかる?あたし達、今日普通に学校にいたよね?ホームルームするよーって先生が声をかけてきたところまでしか覚えてないの。何があったのか、わかる?」
「い、いや……」

 コンコンと頭を叩いて夏俊も思い出そうとしたが、残念ながら自分の記憶はもっと前、教室に入るところまでしか覚えていなかった。どうやら直前の記憶がどこまで残っているかは人によって異なるらしい。聖也は、ホームルームを始めようとしたところで、教室に不審者がなだれ込んできた、というところまで覚えているらしいのだが。

「夏俊も大毅も未花子も、よく聞け」

 不安を募らせる夏俊達とは裏腹に、聖也だけは随分落ち着いているようだった。険しい表情でそれぞれを見、忠告を口にしてくる。

「生き残りたかったら、説明の間に余計なことは口にすんな。連中の機嫌を損ねたら一発で“ト”ばされる。奴らにとっては、一人二人くらい見せしめで吹っ飛ばすくらいわけないだろうからな」
「え、え?」
「反抗してぇなら、説明終わってこの部屋を出てからだ。俺はこの部屋を出てすぐのところで待ってる。すぐに声をかけろ、いいな」
「ちょ、ちょっと待てよさ……聖也!何が何だかさっぱりだ。説明してくれ、聖也は此処が何処で、何が起きてるのかわかってるのか!?」

 前情報もなしに、わけのわからないことばかり並べられても対応のしようがない。混乱する夏俊に、聖也は渋い顔で“ああ”と頷いた。

「柏木高校一年二組は全員、誘拐されたんだ。ある脱出ゲームをさせるために……クソッタレなテロリストどもにな」

 何だそれ、と問い返そうとした時。ジリリリリリリリリ!とけたたましいベルの音が鳴り響いた。ぎょっとして見れば、ゆっくりとドアの一つが開いていくところではないか。
 そのドアの傍にいた生徒達が、本能で危険を察知するように離れていく。
 中から現れたのは複数の、白装束の人間達。そして。

「先生!」

 殴られ、顔を紫色に腫らした――担任の池崎香代子であったのである。

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