デッドエンド・パレード

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中

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<1・序曲>

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 吐き気がするほどの邪悪――そんな言葉を思い出していた。餅木高校もちのきこうこう一年一組、村岡実紗むらおかみさは。どろどろに溶けた頭の中で、さっきからそんなことばかり考えているのである。ぜぇぜぇと荒く息を吐いて、廊下に座り込んだ状態で。
 足はさっきから縺れ、短いスカートからパンツが見えることも構わず階段を転がるように駆け降り、あるいは飛び降りて。余計なことに脳みその容量を割いている場合でないことは、自分自身が一番よくわかっているはずだというのに。
 何が起きたのかわからないのは、この状況の主人公である実紗も同じだった。本音を言うなら今にも泣き叫び、頭を掻き毟って叫び出したいのである。
 どうしてこんなことになった。
 自分が一体何をした。
 いつも通り学校に来て、ホームルームをやって、今日の英語の小テストがうざくてたまらないねと友達とひそひそと喋って。そこから先の記憶が完全に飛んでいた。気がつけばこの窓のない建物の中、忌々しいゲームに放り込まれた後だったのである。

――なんであたしなの?あたし達なの?

 生き残る手段はある。これはゲームなのだから、クリアできる方法がなければ成り立つまい。

――教えてよ。わけわかんない。あたし達何か悪いことした?こんな酷い目に遭わなければいけないくらい、酷いことしたの?

 脱出できるのは、外に出る為の鍵を見つけ、それを出口の鍵穴に差し込んだ者のみ。ドアは一度に一人分しか開かない。鍵を見つけた他の者と一緒に出口のドアを潜ることはできないのだ。
 何故なら実紗は見ていたのである。助かりたい一心で、そのような愚行を犯したクラスメートを。男子生徒の一人が鍵を見つけてドアを潜る時、私も通してとみんなの制止を無視して飛び込もうとしたのである。
 何が起きたのか。
 簡単なこと。ドアが閉まったのである――入ろうとした彼女の体を挟んで、思いきり。
 自分達が見つけたドアはしゃがんで、四つん這いになってやっと入れるほどの小さなものだった。便宜上“出口のドア”と呼ばれてはいるが(“奴等”がそう呼んだためである)、実際は下から引き上げるシャッター形式である。
 彼女はそこに、下腹部を挟まれた。そして容赦なく閉まる“出口”に、生きたまま体をじりじりと潰されたのである。実紗はそれを見ていた――見てしまっていた。今でも彼女の、耳をつんざくような絶叫が耳から離れない。



『いやぁぁぁぁぁ!痛い痛い痛い痛い!お腹潰れちゃう、潰れちゃう!ごめんなさいごめんなさい、ズルしようとしてごめんなさい!反省したから、反省しましたから許して!許しっ……ぎゃっ、ぎ、ぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!』



 ぶしゅう、と風船が弾けるような音がした。彼女の痩せた足がバタバタと地面を蹴って狂ったように暴れ、その可愛らしいピンクの下着が漏らしたもので汚れていく様を見た。やがて噴き出す糞尿には赤い色が混じり、彼女の足は自分の意思ではなく、びくんびくんと跳ねるように痙攣を始め。
 ドアは、閉まってしまったのである――こちら側に彼女の下半身を残したまま、ぴったりと。
 彼女が脱出できたのは、その上半身だけだった。排泄物と血が混ざりあった凄まじい臭い、寸断された胴体から除く千切れた腸やらなんやら。その場で凍りついていた者が揃って嘔吐していた――実紗自身も含めて。

――死にたくない。あんな風に、死にたくない!家に帰して、お願いだから……!!

 あの忌々しい犯人達を倒す術など、自分達にはない。
 ならばゲームのルールに則って、この研究所のような窓のない建物からの脱出を図らなければならない。
 時間制限はないが、手をこまねいている余裕はなかった。なんせ連中は言っていたのである。時間がかかればかかるほど、“怪物”の数を増やしていくと。一匹だけでも厄介だったあのバケモノが、時間経過とともに増えていくなんて冗談ではなかった。あの怪物は生徒を見つけると問答無用で襲う。そして生きたまま食べるのだ――トドメを刺してから食うなんて慈悲も持たずに。
 ドアに挟まれて死ぬのもごめんだが、あの怪物に生きながら食われるのもごめんだった。友人の一人は生きたまま手足を引き抜かれて、地獄の苦しみの中死んでいったのである。
 自分はそうはならない。なりたくない。
 仲間を見つけるか、それができなければ一人でも戦って、活路を見いだすしかないのだ。幸い化け物は恐ろしくとも、必ず倒さなければならない敵ではないのだから。

――能力、今度はうまく使えるといいな。前みたいに上手に逃げられるとは限らないんだから。

 実紗の両腕に填まったブレスレットは、ルール違反をした時に実紗の両手を吹き飛ばすおぞましい凶器であると同時に、生き残るための唯一の武器と言って良かった。
 このブレスレットには、生徒一人一人に別々の力がストックされているという。能力名を唱えれば発動可能。ただし強い能力は発動条件が厳しかったり、発動回数に制限があったりする。逆に弱い能力は弱い分無制限に使ったりできると聞いていた。他の仲間の能力がどのようなものであるのかは、仲間に聞かないとわからない。実紗が仲良しの三人のうち、二人は既に化け物に殺され、一人は行方不明のままであるのだから。

――お願い、五月さつきちゃん無事でいて……!五月ちゃんまで死んじゃったら、あたしどうすればいいかわかんないよ……!

 ドカ。
 重たい足音が聞こえて、ひぃっ、と実紗は小さく悲鳴を上げた。
 ドカ、ドカ、ドカ――ずっしりと重たいその足音は、生徒達では有り得ない。キメラが来てしまったのだ、この階に――途端実紗の体はガタガタ震え始める。
 だいぶ遠くまで逃げ切ったつもりだったのに、もう追いかけてきたのか。
 廊下は実紗の左右に続いている。化け物の足は速い。直線で並ばれたらまず逃げられないことは、既に過去の経験でわかりきっていた。左右のどちらからの音なのか、実紗の聴力ではいまいち判別がつかない。しかし、このままでは非常にまずいことは明白だった。階段までは、かなりの距離を走らなければならないからである。

――か、隠れた方がいい!近くの部屋に……!

 とにかく、怪物がこの廊下に出てくる前に身を隠してやりすごさなければ。実紗は周囲を見回して、すぐ近くの“実験準備室”とかかれたドアが小さく開いていることに気付いた。
 誰かいるのだろうか。よほど仲の悪い生徒でなければ、クラスメートは敵ではない。隠れるのも必要だが、今は同じだけ仲間も欲しかった。一人で逃げ続けることに限界を感じていたのだ。
 実紗はまだ両側から化け物が来ないことを確認すると、そっとドアの中に体を滑らせた。実験準備室と書いてはあるが、棚には何も道具らしきものがない。狭い部屋は薬品の独特な刺激臭がして、思わず顔を顰めた。できればドアに鍵をかけるだけでなく、掃除用具入れのようなものか欲しい。どこかにきちんと隠れなければ、安心できる自信がなかった。

――最悪、能力を使う。でも、それはほんとギリギリまで控えたい……!あたしの能力、回数制限があるもの。

 実紗に与えられた能力は、“隠行”。一定時間、誰からも姿を見られなくなり、立てる物音にも気づかれなくなる力である。ただし効果時間は長くないし、回数は全部で十回しか使えない。既に実紗は三回も使ってしまっているので、これ以上は温存しておきたい気持ちでいっぱいだった。

「……?誰かいないの?」

 ドアが開いていたから、てっきり誰かがいるとばかり思っていたのに。狭い部屋の中、きょろきょろと辺りを見回して探すも人の気配はない。
 少しがっかりしつつも実紗がドアの鍵をかけようとした、まさにその時だった。



 ガチャン!



 鍵は、実紗が触れるよりも前に勝手にしまっていた。
 え、と思って後ずさりした足が、何やらばしゃりと水溜まりを踏むことになる。

――どうして鍵……?ていうか、屋内なのに水溜まりって。

 振り向いてみると、その水溜まりは――うっすらと赤い色をしていた。ああ、何故入るときに気づかなかったのか――嫌な予感がバクバクと実紗の心臓を打ち付ける。
 恐ろしい予感は、突如鳴り響いたサイレンと共に現実となったのだ。

「!?」

 真っ赤なサイレン。天井のランプがくるくると回って警告を知らせている。逃げなければ、と思った瞬間すぐ外で思い足音がした。外には化け物がいる――それもごく近い居場所にいる。
 鍵が開いたところで、もう逃げられない。

「ひっ」

 そして、次の瞬間。

「ぎっ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ランプのすぐ横のスプリンクラーから、突如放出される大量の水。ただの水ではない。明らかに人体に有毒な、何かを溶かす水だった。塩酸か、硫酸か。何にせよ逃げ場のない狭い部屋、実紗の地獄には変わりないのである。
 水溜まりの意味を、今さら理解してももう遅い。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!だでがっ、だでが、だずげでえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 生きたまま溶かされ続けた実紗が、激痛の中で完全に意識を失えるのは。それからあと、数十分は待たなければならなかったのである。
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