18 / 29
<18・ジュミョウ。Ⅳ>
しおりを挟む
「澪さん、ここに来たんです?……どうしてこんなところに?」
由羅は不思議そうに路地裏できょろきょろとしている。そりゃ普通は不審に思うだろうな、と光邦は思った。とはいえ、この路地裏に澪が来たことそのものは事実なので、何でと言われてもわからないとしか言いようがない。
「電話がかかってきたみたいですからね、人気がないところに入りたかったのでは?このあと何処に行かれたかは知りませんが」
いけしゃあしゃあと答えながら、光邦はちらりと路地の奥を見た。ゴミ捨て場のゴミ袋はほぼほぼ片づけられていたが、一つだけぽつんと水色の大きなゴミ箱が放置されたままになっている。どうやら粗大ゴミと勘違いでもされたらしい。――ガムテープで目張りされているその円柱型の入れ物の中に、まさか人の死体が入っているだなんて誰も思っていないだろうが。
本来ならばすぐにどこかに捨てに行くべきだったのだが、結局良い捨て場所が見つからず、澪の遺体はそのままになってしまっているのだった。まだ蒸し暑い季節にも関わらず不思議とまだ異臭はしていないが、このまま放置されれば遺体が発見されるのも時間の問題だろう。早く何処かに埋めて、綺麗さっぱり抹消しないとなあ、とどこか他人事のように光邦は思った。――今大事なのは、既に用済みの死体などではない。目の前の少女を、いかに長く楽しんで縊り殺すかということである。
――ああ、この女を殺したら死体、どうすっかなあ。ゴミ箱は使っちまったし。
こいつはゴミ袋でもいいか。そう思いながら少女の隙を図る。
「確かに電話はかけましたけど……」
由羅はゴミのあたりをうろうろしている。
「ひょっとしてこの奥とかに、別の道があったりするのかな」
「……そうかもしれませんね」
今だ、と思った。澪もさほど屈強ではなかったが、今度は輪をかけて華奢な女子高校生である。殺すのはもっと簡単だろう。ふと、少女の頭の上の数字が目に入る。――不思議だ。今まさに彼女を殺そうとしている自分が此処にいるのに、彼女の“寿命”が減っている様子がないなんて。
――まあ、いいや。深く考えるのも面倒だ。
もし。光邦にもう少し正気が残っていたら。あるいは、長年誇りに思ってきた己の能力をもう少し信頼していたのなら。この後の展開は変わっていたのだろうか、と思う。
そう、まさに光邦が背後から彼女の頚に手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
じりりっ!
「ひぎゅっ!?」
腹のあたりから、衝撃が走った。全身から力が抜け、尻もちをつく。倒れこむ際、頭を強く打ってしまった。気づいた時には狭い空を見上げている状態である。何が起きたのだろう、そう思いながら、ガンガンする脳みそを揺さぶって答えを捻り出そうとした。腹のあたりが痛い。打ちつけた頭も痛い。全身が、がくがくと震える。口から涎が垂れる。
これは、一体。
「ただの女子高校生だと、油断しましたか」
こちらに近づいてくる、足音。
「あのコンビニの店員さんは何人もいたんですよ。……私が何も知らないで、“貴方に”声をかけたとでも思いましたか。……私と澪さんが電話してた時。澪さんを襲ったのは、貴方ですよね?」
こちらを覗き込んでくる、か細く見えた少女の姿。その眼は氷のように冷え切り、ほぼ無表情でこちらを見下ろしている。その手に、スタンガンらしきものを握って。
「今度は正直に答えてくださいね。澪さんをどうしたんですか」
「い、いぎっ……し、知らなっ」
「この期に及んでまだシラを切るおつもりですか。仕方ない人ですね」
「ぎあっ!」
今度は腕に、灼熱が押し当てられた。全身の筋肉がちぢみあがり、悲鳴を上げる。感電するとはこういうことなのか、と頭の隅で思った。恐らく、普通のスタンガンというやつではあるまい。改造でもしているのだろう。何で普通の女の子がそんなものを持っているのか。
――な、なんだよ、なんなんだよお!
パニックになりかけた頭で、どうにかこの場を逃れる術を探そうとする。相手が丸腰だったならどうにでもなったが、武器を持っているなら話は別だ。一撃で立ち上がることもできなくなるような得物を持っている相手を、素手でどうこうしようとするのは無茶がすぎるというものである。彼女からスタンガンを奪うか――いや、武器がスタンガンだけとも限らない。むしろ、大の男である自分と相対することを想定していたのなら、他にも複数刃物の類を持っている可能性があると思って動くべきだろう。
結論。彼女を狙うのは諦めるべきだ。隙をついて逃げるしかない。
少なくとも罪を認めるようなことだけはしてはならない。この様子だと、澪が自分と喋っていたことまでは察知していても、実際に殺したのが光邦だという証拠を握っているわけではないようだ。もしそうならば、あのゴミ箱の中に澪の遺体が詰め込まれていることくらい知っていそうなものだろう。あくまで怪しい人物を尋問して、澪の行方を捜したいだけかもしれない。――もしそうならなおのこと、それだけ執着する相手が既に死んでいるとわかったら、一体何をされるかわかったものではないと言える。
認めるわけにはいかない。再び首を振ろうとした、その時。
「気持ち悪ぃんだよ、お前」
丁寧な言葉を捨て去って、少女は低く唸った。
「何おったててんだ。人を殺すのが、傷つけるのが、苦しめるのがそんなに楽しいか。私はそういうクズが、この世で一番嫌いなんだよ!」
「ぎ」
まさか、と思った瞬間。まだテントを張っていた股間にごりり、と何かが押し当てられる。そして。
かちり、とスイッチが。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
痛い、なんてものではなかった。ごりごりとズボンごしに、裏筋を、玉を撫でるように押しつけられるスタンガン。容赦なく股間から流し込まれる電流。首をぶんぶんと振り、手をがくがくと震わせながら痛みに悶え苦しんだ。さっきよりも長い。股間が焼ける。全身が熱い。苦しい。
「いぎ、ひぎゅ、ひぎゅっ……」
スタンガンが押し当てられていたのは、数秒程度の長さであったのかもしれなかった。しかし、光邦にとっては永遠に続く地獄かとも思われた時間だった。ぷしゅ、とと空気が抜けるような音と共に股間が湿っていく。感電したせいで括約筋が緩んだのだ。気持ち悪い、と思うことさえ殆どできなかった。開いたままの口から泡が溢れだす。眼球がぐるんと裏返り、視界がぐらんぐらんと揺れて踊る。
何で自分がこんな目に、と思った。
たった一人。それも、人間でもなんでもないやつをちょっと縊り殺して、その遺体を捨てただけではないか。それがどうしてこのような拷問めいた目に遭わされなければならないなんてことになるのかまったくわからない。自分は悪くない。世の中にはもっと凄い凶悪犯罪者だってたくさんいるはずだ。だから、自分は。
――あ、れ。
一瞬。戻ってきた理性が、光邦の頭を突き刺した。
――人を、殺すのって。ふつうに、悪いことじゃ、なかったっけ。
何か、大きな螺子が外れてしまった気がする。自分の思考が何故、そういう発想に至ったのかがよく思い出せない。確か。そう、確か寿命が見えない怪物に興味を持ったから、本当に寿命がないのか確かめようと思って――それで、何で殺そうとなんて、そんな発想に至ったのだろう。何故そこに、そのように、飛躍を。
「ぐっ」
しかし、正常に考えることができたのはそこまでだった。失禁し、涎を垂らしながら痙攣する光邦の腹の上に、ずっしりとのしかかってくるものがあったからである。由羅が馬乗りになって、じっとこちらを見下ろしていた。ああ、本気で。このままでは本気で自分は殺される。殺されてしまう。まさかこんなただの女の子を相手に。
「……ああ」
その瞬間。さっきまでの冷徹な音とはうってかわって、慈しみに満ちた声が少女の口元から洩れた。
「なんだ。そこにいたんですか、澪さん。もう、心配しましたよ」
彼女は振り返り、光邦には見えないところにいる“何か”に声をかけている。びりり、と何かが剥がれるような音。それが自分がゴミ箱の蓋を止めるために目張りしたガムテープの音だと気づいた時、光邦の全身に怖気が走った。
そんなはずがない。
ゴミ箱のガムテープが剥がれる音が聞こえるなんて嘘だ。ガタガタ、ゴトゴトと揺れる音が聞こえるなんてあるはずがないのだ。だって、自分は確かにあの青年を殺した。確かに息をしていなかったし、心臓も止まっているのを確認したのだ。その上で、ぎゅうぎゅうにゴミ箱に詰め込んで、蓋をガムテープでぐるぐる巻きにしたのである。生きていたはずがないし、仮に瀕死状態だとしても地力で脱出する力が残っているはずがない。その状態のまま、屋外に放置されていたのだ。気絶していたなら脱水症状で死んでいるだろうし、そもそもやっぱりあの状態で息があったとはとてもとても――。
ああ、そう思うのに。
びりり、ゴトゴト、ガタガタ。絶望的な音は響き続ける。由羅が再び光邦を見て、艶やかに嗤う。
「ああ、すぐ出してあげますね。……そうですか、頚を。……じゃあ、こいつも同じようにしてあげないといけないですね。私の力は弱いから、きっと長く苦しんでくれると思います。澪さんが人でなくても、人と同じくらい苦しい思いをしたことに変わりはないのですから……これでようやく、釣り合うことでしょう」
こちらには聞こえない声を聴いて、少女のてがゆっくりと光邦の頚に伸びてくる。ほっそりとした指が己の喉に絡むのを、光邦は絶望的な気持ちで見つめるしかなかった。
「駄目ですよ。……こいつは私の獲物です。今日くらい、譲ってくださいな」
返事をするように、ひときわ大きくガタン!とゴミ箱が揺れる音がした。そして。
光邦の頚に絡んだ指に、強く力が込められたのだった。
由羅は不思議そうに路地裏できょろきょろとしている。そりゃ普通は不審に思うだろうな、と光邦は思った。とはいえ、この路地裏に澪が来たことそのものは事実なので、何でと言われてもわからないとしか言いようがない。
「電話がかかってきたみたいですからね、人気がないところに入りたかったのでは?このあと何処に行かれたかは知りませんが」
いけしゃあしゃあと答えながら、光邦はちらりと路地の奥を見た。ゴミ捨て場のゴミ袋はほぼほぼ片づけられていたが、一つだけぽつんと水色の大きなゴミ箱が放置されたままになっている。どうやら粗大ゴミと勘違いでもされたらしい。――ガムテープで目張りされているその円柱型の入れ物の中に、まさか人の死体が入っているだなんて誰も思っていないだろうが。
本来ならばすぐにどこかに捨てに行くべきだったのだが、結局良い捨て場所が見つからず、澪の遺体はそのままになってしまっているのだった。まだ蒸し暑い季節にも関わらず不思議とまだ異臭はしていないが、このまま放置されれば遺体が発見されるのも時間の問題だろう。早く何処かに埋めて、綺麗さっぱり抹消しないとなあ、とどこか他人事のように光邦は思った。――今大事なのは、既に用済みの死体などではない。目の前の少女を、いかに長く楽しんで縊り殺すかということである。
――ああ、この女を殺したら死体、どうすっかなあ。ゴミ箱は使っちまったし。
こいつはゴミ袋でもいいか。そう思いながら少女の隙を図る。
「確かに電話はかけましたけど……」
由羅はゴミのあたりをうろうろしている。
「ひょっとしてこの奥とかに、別の道があったりするのかな」
「……そうかもしれませんね」
今だ、と思った。澪もさほど屈強ではなかったが、今度は輪をかけて華奢な女子高校生である。殺すのはもっと簡単だろう。ふと、少女の頭の上の数字が目に入る。――不思議だ。今まさに彼女を殺そうとしている自分が此処にいるのに、彼女の“寿命”が減っている様子がないなんて。
――まあ、いいや。深く考えるのも面倒だ。
もし。光邦にもう少し正気が残っていたら。あるいは、長年誇りに思ってきた己の能力をもう少し信頼していたのなら。この後の展開は変わっていたのだろうか、と思う。
そう、まさに光邦が背後から彼女の頚に手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
じりりっ!
「ひぎゅっ!?」
腹のあたりから、衝撃が走った。全身から力が抜け、尻もちをつく。倒れこむ際、頭を強く打ってしまった。気づいた時には狭い空を見上げている状態である。何が起きたのだろう、そう思いながら、ガンガンする脳みそを揺さぶって答えを捻り出そうとした。腹のあたりが痛い。打ちつけた頭も痛い。全身が、がくがくと震える。口から涎が垂れる。
これは、一体。
「ただの女子高校生だと、油断しましたか」
こちらに近づいてくる、足音。
「あのコンビニの店員さんは何人もいたんですよ。……私が何も知らないで、“貴方に”声をかけたとでも思いましたか。……私と澪さんが電話してた時。澪さんを襲ったのは、貴方ですよね?」
こちらを覗き込んでくる、か細く見えた少女の姿。その眼は氷のように冷え切り、ほぼ無表情でこちらを見下ろしている。その手に、スタンガンらしきものを握って。
「今度は正直に答えてくださいね。澪さんをどうしたんですか」
「い、いぎっ……し、知らなっ」
「この期に及んでまだシラを切るおつもりですか。仕方ない人ですね」
「ぎあっ!」
今度は腕に、灼熱が押し当てられた。全身の筋肉がちぢみあがり、悲鳴を上げる。感電するとはこういうことなのか、と頭の隅で思った。恐らく、普通のスタンガンというやつではあるまい。改造でもしているのだろう。何で普通の女の子がそんなものを持っているのか。
――な、なんだよ、なんなんだよお!
パニックになりかけた頭で、どうにかこの場を逃れる術を探そうとする。相手が丸腰だったならどうにでもなったが、武器を持っているなら話は別だ。一撃で立ち上がることもできなくなるような得物を持っている相手を、素手でどうこうしようとするのは無茶がすぎるというものである。彼女からスタンガンを奪うか――いや、武器がスタンガンだけとも限らない。むしろ、大の男である自分と相対することを想定していたのなら、他にも複数刃物の類を持っている可能性があると思って動くべきだろう。
結論。彼女を狙うのは諦めるべきだ。隙をついて逃げるしかない。
少なくとも罪を認めるようなことだけはしてはならない。この様子だと、澪が自分と喋っていたことまでは察知していても、実際に殺したのが光邦だという証拠を握っているわけではないようだ。もしそうならば、あのゴミ箱の中に澪の遺体が詰め込まれていることくらい知っていそうなものだろう。あくまで怪しい人物を尋問して、澪の行方を捜したいだけかもしれない。――もしそうならなおのこと、それだけ執着する相手が既に死んでいるとわかったら、一体何をされるかわかったものではないと言える。
認めるわけにはいかない。再び首を振ろうとした、その時。
「気持ち悪ぃんだよ、お前」
丁寧な言葉を捨て去って、少女は低く唸った。
「何おったててんだ。人を殺すのが、傷つけるのが、苦しめるのがそんなに楽しいか。私はそういうクズが、この世で一番嫌いなんだよ!」
「ぎ」
まさか、と思った瞬間。まだテントを張っていた股間にごりり、と何かが押し当てられる。そして。
かちり、とスイッチが。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
痛い、なんてものではなかった。ごりごりとズボンごしに、裏筋を、玉を撫でるように押しつけられるスタンガン。容赦なく股間から流し込まれる電流。首をぶんぶんと振り、手をがくがくと震わせながら痛みに悶え苦しんだ。さっきよりも長い。股間が焼ける。全身が熱い。苦しい。
「いぎ、ひぎゅ、ひぎゅっ……」
スタンガンが押し当てられていたのは、数秒程度の長さであったのかもしれなかった。しかし、光邦にとっては永遠に続く地獄かとも思われた時間だった。ぷしゅ、とと空気が抜けるような音と共に股間が湿っていく。感電したせいで括約筋が緩んだのだ。気持ち悪い、と思うことさえ殆どできなかった。開いたままの口から泡が溢れだす。眼球がぐるんと裏返り、視界がぐらんぐらんと揺れて踊る。
何で自分がこんな目に、と思った。
たった一人。それも、人間でもなんでもないやつをちょっと縊り殺して、その遺体を捨てただけではないか。それがどうしてこのような拷問めいた目に遭わされなければならないなんてことになるのかまったくわからない。自分は悪くない。世の中にはもっと凄い凶悪犯罪者だってたくさんいるはずだ。だから、自分は。
――あ、れ。
一瞬。戻ってきた理性が、光邦の頭を突き刺した。
――人を、殺すのって。ふつうに、悪いことじゃ、なかったっけ。
何か、大きな螺子が外れてしまった気がする。自分の思考が何故、そういう発想に至ったのかがよく思い出せない。確か。そう、確か寿命が見えない怪物に興味を持ったから、本当に寿命がないのか確かめようと思って――それで、何で殺そうとなんて、そんな発想に至ったのだろう。何故そこに、そのように、飛躍を。
「ぐっ」
しかし、正常に考えることができたのはそこまでだった。失禁し、涎を垂らしながら痙攣する光邦の腹の上に、ずっしりとのしかかってくるものがあったからである。由羅が馬乗りになって、じっとこちらを見下ろしていた。ああ、本気で。このままでは本気で自分は殺される。殺されてしまう。まさかこんなただの女の子を相手に。
「……ああ」
その瞬間。さっきまでの冷徹な音とはうってかわって、慈しみに満ちた声が少女の口元から洩れた。
「なんだ。そこにいたんですか、澪さん。もう、心配しましたよ」
彼女は振り返り、光邦には見えないところにいる“何か”に声をかけている。びりり、と何かが剥がれるような音。それが自分がゴミ箱の蓋を止めるために目張りしたガムテープの音だと気づいた時、光邦の全身に怖気が走った。
そんなはずがない。
ゴミ箱のガムテープが剥がれる音が聞こえるなんて嘘だ。ガタガタ、ゴトゴトと揺れる音が聞こえるなんてあるはずがないのだ。だって、自分は確かにあの青年を殺した。確かに息をしていなかったし、心臓も止まっているのを確認したのだ。その上で、ぎゅうぎゅうにゴミ箱に詰め込んで、蓋をガムテープでぐるぐる巻きにしたのである。生きていたはずがないし、仮に瀕死状態だとしても地力で脱出する力が残っているはずがない。その状態のまま、屋外に放置されていたのだ。気絶していたなら脱水症状で死んでいるだろうし、そもそもやっぱりあの状態で息があったとはとてもとても――。
ああ、そう思うのに。
びりり、ゴトゴト、ガタガタ。絶望的な音は響き続ける。由羅が再び光邦を見て、艶やかに嗤う。
「ああ、すぐ出してあげますね。……そうですか、頚を。……じゃあ、こいつも同じようにしてあげないといけないですね。私の力は弱いから、きっと長く苦しんでくれると思います。澪さんが人でなくても、人と同じくらい苦しい思いをしたことに変わりはないのですから……これでようやく、釣り合うことでしょう」
こちらには聞こえない声を聴いて、少女のてがゆっくりと光邦の頚に伸びてくる。ほっそりとした指が己の喉に絡むのを、光邦は絶望的な気持ちで見つめるしかなかった。
「駄目ですよ。……こいつは私の獲物です。今日くらい、譲ってくださいな」
返事をするように、ひときわ大きくガタン!とゴミ箱が揺れる音がした。そして。
光邦の頚に絡んだ指に、強く力が込められたのだった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
パラサイト/ブランク
羊原ユウ
ホラー
舞台は200X年の日本。寄生生物(パラサイト)という未知の存在が日常に潜む宵ヶ沼市。地元の中学校に通う少年、坂咲青はある日同じクラスメイトの黒河朱莉に夜の旧校舎に呼び出されるのだが、そこで彼を待っていたのはパラサイトに変貌した朱莉の姿だった…。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
焔鬼
はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ホラー
「昨日の夜、行方不明になった子もそうだったのかなあ。どっかの防空壕とか、そういう場所に入って出られなくなった、とかだったら笑えないよね」
焔ヶ町。そこは、焔鬼様、という鬼の神様が守るとされる小さな町だった。
ある夏、その町で一人の女子中学生・古鷹未散が失踪する。夜中にこっそり家の窓から抜け出していなくなったというのだ。
家出か何かだろう、と同じ中学校に通っていた衣笠梨華は、友人の五十鈴マイとともにタカをくくっていた。たとえ、その失踪の状況に不自然な点が数多くあったとしても。
しかし、その古鷹未散は、黒焦げの死体となって発見されることになる。
幼い頃から焔ヶ町に住んでいるマイは、「焔鬼様の仕業では」と怯え始めた。友人を安心させるために、梨華は独自に調査を開始するが。

赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
神送りの夜
千石杏香
ホラー
由緒正しい神社のある港町。そこでは、海から来た神が祀られていた。神は、春分の夜に呼び寄せられ、冬至の夜に送り返された。しかしこの二つの夜、町民は決して外へ出なかった。もし外へ出たら、祟りがあるからだ。
父が亡くなったため、彼女はその町へ帰ってきた。幼い頃に、三年間だけ住んでいた町だった。記憶の中では、町には古くて大きな神社があった。しかし誰に訊いても、そんな神社などないという。
町で暮らしてゆくうち、彼女は不可解な事件に巻き込まれてゆく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる