黒須澪と誘惑の物語

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<15・ジュミョウ。Ⅰ>

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 すんごい動画が出回っとるんやけど!とバイト仲間が声をかけてきたのは、昼休憩の時間だった。
 京都府京都市某所のコンビニ。大学生であるの酒巻光邦《さかまきみつくに》の、現在の勤務地である。観光地にほど近い場所にあるこのコンビニは、繁忙期ともなると観光客で非常に混雑する。どれくらいかといえば、酷いと東京のオタクイベント会場横のコンビニと同程度の忙しさだと言えばいいのか。ああ、親の事情で引っ越しなどなければ、今でも好きなだけ祭りの会場に足を運べたのに――なんて今更ぼやいてもどうしようもないことではあるが。

「お前のすんごい、は大したことないんだよなぁ、毎回」

 バイト仲間の高橋とは何だかんだ三年以上の付き合いとなる。高校時代からの友人だ。少々チャラいところもあるが、光邦の数少ない理解者という意味では誰より信頼できる相手なのかもしれない。
 何の理解者か?決まっている――光邦の“特別な能力の”だ。

「この間見せてもらった“魔法”もパチもんだったじゃねーか。今の御時世、合成するなんて簡単だもんなあ」
「ちょ、自分冷たいな!せっかくお前の力が活かせそうなもんやと思って選んできたのに、悲しいわー!」
「俺の力だ?」

 光邦の言葉に、気のいい関西人はニコニコしながらスマホを差し出してくる。

「迷惑系ヨウチューバーと悪名高い、カンジ&ユカリが失踪したって話はこの間ちらっとしたやろ?で、その時の最後の生放送動画がソッコー運営に削除されたってん。オモロイって話は聞いとったんやけど、転載されては削除され、転載されては削除されのイタチゴッコやったさかい、全然見つからんくて困ってたんや」

 ああ、そんな話もしてたな、と思い出す。ヨウチューブは光邦もちょいちょい見るし、怖い話や都市伝説を語る系もたまに見る。カンジ&ユカリの動画も何度か見たことがあって、そのたびに思っていたのだ。――なんでこいつら、こんなに当たりばかり引いて平気なんだ、と。
 彼らが調べてきた都市伝説や曰く付きの廃屋、自殺の名所やヤバい噂が付き纏うトンネル。その殆どが、“ヤバいもの”であるのは動画を見てすぐにわかったことだ。何故ならその多くに、明らかに生きてはいない人間がちらほらと映り込んでいたからである。普通の人間は、その映り込んでいるものさえ見ることが出来無いのだろうが。
 ただし、光邦の能力はあくまで“見る”ことにのみ特化したものである。もっと言うと、幽霊を見抜くのはその本領ではない。というか、霊能力として見るなら光邦の力は少々使い勝手が悪いのだ。理由は簡単、死んだ人間と生きた人間、姿だけではまったく見分けがつかないからである。
 死んだ人間が、絵画や漫画に出てくるように足のない“いかにも幽霊です”な姿なら、光邦も見間違えるようなことはなかったことだろう。ところがどっこい、連中の大半は死んだことがわかっているのかいないのか、普通に人混みに紛れてそのへんを歩いているのが当たり前なのだ。それも、血まみれだったり極端に青ざめていたり透けていたりするでもなく、普通の人間となんら変わらぬ格好で、だ。
 では何故、光邦が“こいつらは幽霊だ”と理解することができたのか。
 その理由は実に単純明快。光邦にはもう一つ、生きた人間も死んだ人間も問わず見えるものがあるのである。
 それは、その人間の残りの寿命。
 そいつが大凡あと何年生きられるのか。それが、光邦はすべての人間の頭の上に見えているのだ。それが正の数ならば生きている人間であり、負の数なら死んだ人間。幽霊かそうではないかは、その数字のみで見分けることができるのである。
 ただし、光邦自身の寿命だけは見えない上、この数字も相手の行動や環境次第で突然増減することもあるのであまりアテにはならない。ただ、極端に数字が低い人間は、何か危ないことに手を染めていたり見えない病気を抱えていたりするものである。幸いと言うべきか目の前の高橋にその心配はいらないようで、彼の頭の上には平均寿命相当の数字が表示されていた。自分と同じ二十歳で、あと約六十年。男性であることも鑑みるなら、妥当なところだろう。
 勿論一喜一憂させるのも忍びないので、わざわざ本人に寿命の話をするようなことはないのだが。

「その動画の話なら知ってるけど、見ても大丈夫なのかよソレ」

 呪いの類が本当にあるのかどうかはわからない。しかし、幽霊や人あらざるものが普通に見えている身としては、一応警告したくなるのが普通だろう。光邦の言葉に、高橋はあっけらかんと“多分大丈夫じゃね?”と言った。

「だって俺が見つけた転載先の動画さえ、万単位で再生されとるんやで?そんだけ大量の人間が見てもし全員呪われてるなら、とっくに大騒ぎになっとるんとちゃうかな」
「まあ、そうかもしれねーけど」
「何にせよ、また消されてまう前に自分に見て欲しいやってー!ほらほら、休憩時間終わってまうから!」
「ちっ……しょうがねーなあ」

 光邦が己の能力にプライドを持っている、ということを彼はよくわかっている。アテにされていると思えば悪い気はしない。――二十年生きてきて、成績も運動神経も凡庸、女性にモテるようなことも一度もなかった人生だ。そんな中、小学生の時に目覚めたこの能力だけが、光邦にとって唯一の誇りのようなものだった。
 自分は他の人間とは違う、特別な存在である。そう信じて生きていきたいと願うのは、ごくごく当たり前の感情ではなかろうか。光邦もその例に漏れなかった。高橋のように自分の能力を馬鹿にすることなく認め、頼ってくる友人を信頼するのはそういった理由もあってのことなのである。

『いえーい、ついに来ちゃいましたー、呪いの電車でっす!』

 映像はそんな、場違いなほど明るい声で始まった。場所は電車の中と思われる。自撮り棒にスマホをくっつけて撮影しているのだろう、ピースをしている若い男性と女性の二人組映り込んだ。どちらも髪の毛を明るい金髪に染めていて、いかにもチャラそうな外見である。鼻にピアスもしているし、間違いなく彼らがオカルト大好きヨウチューバーのカンジ&ユカリだろう。

『おっと?』

 背景は見たところ普通の電車だ。窓の外が夜のように真っ暗なこと以外に着目するべき点はない。藍色のシートに座ったまま、困惑したようにこちらを見ている女性に気づいたようだ。ユカリがあっ!と声を上げる。

『びっくりー!人いるじゃん、人』
『そうだなユカリ!……よし、せっかくなら突撃インタビューしちゃいまっす!』

 カンジはユカリの手を引いて、パタパタと女性に駆け寄っていく。

『こんにちはー!お姉さん人間っすよね?俺ら、二人組のヨウチューバーのカンジと……』
『どもども、ユカリでーす!怖い場所とかの取材してて、今生放送中なんでーす!』
『ちょ、ちょっと!ヨウチューバーだかなんだか知らないけど、生放送って撮影中ってことでしょ!?許可なく顔映さないでくれる!?』

 女性は滅茶苦茶迷惑そうだ。そりゃそうだろう、いきなり生放送ですと言われて、許可もなく顔を世界中に発信されるなんてたまったもんではない。こいつらまたこういうことやってたのか、と見ている光邦も呆れてしまう。

『えええ、お姉さんもったいなーい。あたしたち、ヨウチューバーとしては結構有名な方なんですよ?オカルト探検隊のカンジ&ユカリって知らない?あたしたちの生放送に出たってことになったら、絶対おねーさんも有名人になれるのにぃ!』
「……何言ってんのこいつら」
「せやな、相変わらず暴れてたみたいやなー。おねーさんも可哀想に」

 高橋がうんうんと頷きながら言う。

「まあ、カンユカの行動は相変わらずなんやけど、そこから先が問題なんですわー。ほらほら、ちょお見てて?」

 何が起きるというのだろう。動画を見続けていた光邦は、次第に違和感を感じ始めた。
 画面に映っている三人は全員生きた人間だ。ただし、三人共次第に頭の上の数字が減っていくことに気付いたのである。それも、凄まじい速度で減り続けている。まるで彼らに恐ろしい危険が迫っていると言わんばかりに。
 他に死んでいる人間が映り込んでいるわけではない。にも関わらず、こんなにも背筋が寒くなるのはどうしてだろう。

「!」

 状況が動いたのは、すぐ後のことだ。女性が何かに気づいたように慌ててシートから立ち上がり、その直後にユカリが窓の外を見て悲鳴を上げたのである。
 彼女が何を見たのか、すぐに気付いた。
 窓の外か真っ暗であったのは、夜だったからではない。――無数の黒い蟲が、窓の外をびっしり覆い隠していたからだったのである。そりゃ、気づいた瞬間SAN値チェックが入るのも当然だろう。
 しかも見えたものは、蟲だけではなかった。それをべろり、と舐めあげるように窓の外を横切っていく巨大な舌。ぎょろん、と蟲たちの合間から見え隠れした、真っ赤な両眼。
 窓の外に、何かおぞましい怪物がいる。それがわかった瞬間、ユカリが絶叫していた。

『い、嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
『お、おい、ユカリぃ!!』

 その後の光景は、はっきりと映っていない。何故ならスマホが投げ捨てられてまともに撮影されていなかった上、まるで録画画面に侵食したかのごとく――大量の蟲が、映像の中を覆い尽くしたのだから。
 辛うじて、最後に聞こえてきたのはヨウチューバーたちが何かに喰われたらしき音と悲鳴。それから幼い少女の声のみである。

『“紗濡戳”、“紗濡戳”ー。お降りの方は、お急ぎくださいー。繰り返しますが、紗濡戳を出ますと、この列車は何処にも止まりませんー』
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