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<13・マキコミ。Ⅱ>
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あの子はなんて運がないんだろう。朱音は流石に同情してしまった。
「黒須澪です、よろしくお願いします」
ぴょこん、と黒板の前で頭を下げてきた少年。きゃあああ、とレミナ達から黄色い歓声が上がった。同じクラスに転入してきてくれた、というのは正直嬉しい。というかよくよく考えてみたらこのクラスは他のクラスより一人人数が少ない都合もあって、このクラスに入ってくる可能性は十二分にあったのだと後で気づいたわけだが。しかし、それが先日、レミナの不穏な発言を聴いてしまった後といっては手放しに喜べる状況でもないのである。
カンジ&ユカリの過去の動画に倣って、やばい儀式や呪いの類を人を使って試してやろう。――普通、そんな馬鹿げた発想になるものだろうか。いくら、そのヨウチューバー達がホラーな生放送動画を残して行方不明になり、彼等が今まで上げていた動画の信憑性が上がったからといって。
――だからあいつら、嫌いなんだよ。
人の迷惑を顧みない、中途半端な不良モドキ。そして、実際にこの目で見たことはないが、中学時代までは凄まじいいじめっ子だったと悪評高いレミナ。しかもその“いじめっ子”仲間のうち一人は、同じ学校の同じクラスに進学して今もツルんでいるというのだから終わっている。しかも、彼女等と同中だった生徒によれば、彼女等のいじめの標的は女子に限ったことでもないらしい。
でもって、いじめる“理由”――というかきっかけが酷いのだそうだ。言いがかり、もしくは逆恨み。レミナの告白の断った男子が逆恨みでいじめの標的にされたり、たまたま廊下でぶつかったクラスメートの女の子がターゲットになったり。
要するに、彼女らに目をつけられないように自衛することそのものがムリゲーなのである。レミナ達以外のクラスメートは、全く害がないどころか優しい子ばかり揃っているというのに。
――このタイミングで、イケメンが転入してくるとか、完全にフラグでしかないよ……。
間に合うなら、昼休みの時間にでも澪を呼び出して忠告しておくべきか。
万が一彼がターゲットになったら助ける気マンマンだったが、それでも朱音に出来ることには限界がある。言葉一つかけておくだけでも気休めになるなら、やっておくに越したことはあるまい。
――ああ、最悪。酷いことにならないといいんだけど。
***
「……だからさ、君も気をつけなよ」
昼休みの時間にどうにか彼を教室から引っ張り出し、朱音はレミナ達について澪に警告を促した。ホームルームの時の様子からして、ほぼほぼ目をつけられたのは間違いなさそうだということ。彼女らがいじめの常習犯で、過去には告白を断った男子が標的になったこともあるということ。それから、最近とあるオカルト系ヨウチューバーにハマっていて、そこで紹介された呪いの儀式などの生贄を探していると話していたこと。
呪いの儀式やらなんやら、なんてものに本当に効力があるかどうかはわからない。なんせ朱音自身は、幽霊の類など人生で一度も見たことがないからだ。ただ、本当に効果があるかどうか、が一番の問題ではないのである。誰かが酷い目に遭うかもしれない、遭ったら遭ったで面白い――それが分かった上で人を巻き込むという考えが大嫌いなのだった。実際に何もなくても、そういうつもりで差し出されたという事実は十分に人を傷つけるものなのだから。
「黒須君、綺麗な顔してるし……確実に目を付けられたと思うし。こう言ったらなんだけど、吐き気がするような酷い噂も結構聴いてるんだよ……どこまで本当かわからないけど、仲間で囲んでいじめてる男の子や女の子を集団レイプしたって話もあるんだから。男の子だから、そういう被害に遭わないなんて保障ないし、心配で」
「名取さんは優しいんですね」
朱音の話を聞いて、澪はにっこりと笑った。
「最初に会った時から思っていました。道に迷っているっぽい人がいても、すぐに声をかけて助けようと考えられる人は稀です。でも、名取さんはすぐに声をかけてくださいました。電車の中でも、お年寄りに席を譲ることを躊躇わないようなタイプ。今の世の中にはとても貴重な存在だと思います。その心意気は、是非誇りに思ってください」
まさかそこまで言葉を尽くして褒められるとは思ってもみなかった。そのつもりではなかったが、それでも可愛い男の子に感謝をされて嬉しくないはずがない。
「そ、そんな大したもんじゃないよ。ただ、困ってるヤツを見過ごしたら寝覚め悪いっていうか、いつまでもモヤモヤするから私は気になるだけっていうか……!」
思わず明後日の方を見てもにょもにょと呟いてしまう。いい人ぶってる、ヒーローごっこ、そういう風に非難されることもあるのを朱音はよく知っているからだ。実際、レミナ達にもひそひそと陰口を叩かれることが少なくないのが朱音である。何を言われてもスルーしてきたので、向こうも入学して以来まだ朱音に対して具体的に手を出してきたことはないのだけれど。
「損得勘定なしに、誰かを助けようと頑張れるあなたのような人。嫌いじゃないですよ」
だからこちらからも忠告しておきますね、と澪は笑顔を消して告げてきたのである。
「貴女はけして悪くない。その魂は実に尊いもの。しかし……時に善意は、いらぬ悪意を招き、我が身を滅ぼすこともあるのを知っておいた方がいいです」
「え」
「自分の身もちゃんと心配した方がいいということですよ」
この時、自分達が話していたのは、廊下の階段横だった。彼が何故ちらりと廊下の奥の方に視線を投げたのか。朱音は後になって、その意味を知ることになるのである。そう。
「人は時に、救いようがないほど……善意を行使できる人間に嫉妬する。私はそれを、誰よりよく理解しているつもりなので」
彼が何故、あのようなことを言ったのかも含めて。
***
この展開は、流石に予想していなかった。
両手両足を縛りつけられ、地面に転がされた状態で朱音は思う。校舎裏の、使われていない花壇。そこで石灰の粉を撒き、魔方陣らしきものをぐるぐると描いているレミナの友人がいる。レミナ以外に、総勢八人。彼女の取り巻きの女子達もいれば、よその学校と思しき男子も数人いる。露骨にガラが悪そうな奴らばかりだ。
「こんな感じでいいかー?」
「うん、大体こんなかんじやな!おおきに!」
魔方陣を描き終わった男子に向けて、スマホをちらちらと見ながらレミナが言う。
「綺麗に描けたやん。これなら、“かりびとさん”もきと来てくれはると思うで!楽しみやなあ、この女が生きたまま喰われてひっどいことになるの!」
そう。
澪の忠告は、まさに聞いたままの意味だったのだ。朱音は完全に油断していた。澪がレミナに一目惚れされたっぽいのは明らかであったし、だからこそその態度が気に食わないという理由で彼女のいじめの標的になるのも予想ができていたというのに。まさか、それよりも前に朱音の方が狙われるだなんて思ってもみなかったことである。
部活帰り、一人になったところを数人がかりで囲まれて、ロープで縛りあげられてしまった。いくら運動部で鍛えている朱音であっても、男子を含めた八人がかりで押さえつけられたらどうにもならないのである。
あの時澪に忠告をしていたのを、彼女の取り巻きの一人に見られていたのだった。きっと澪は、その視線に気づいていたのだろう。
だから言ったのだ。自分よりも、朱音自身のことを心配したほうがいい、と。
――私ってばほんと、人生の肝心なとこで失敗するよなあ。
もうため息も出ない。己の認識の甘さに呆れるばかりだ。
東京から、京都に引っ越してきたのは完全に親の都合である。受験とタイミングが重なったこともあり、高校も土壇場で京都の学校への進学を決めて今に至るのだが――対策が間に合わなかったことと元々勉強が苦手だったこともあって、合格できたのは私立のこの学校だけだった。もう少し頑張れば良かったなあ、なんて今更思っても完全に後の祭りである。
否、この学校でも友人はたくさんできたし、本当に一部の生徒が面倒なことを除けば校風も悪くない。ただ、それがわかっていたならもう少し注意して動くべきだったのは間違いないだろう。澪に対して忠告するのももう少し人目がないところでするべきだったし、部活帰りの時間帯に気を配ることもできたはずだった。やらかしたなあ、と思う。まあ、自分が標的になった代わりに、澪が酷い目に遭わないで済んだことだけは僥倖だったが。
「今回の儀式につおって説明すんで。ほら、そこのイモムシ女、ちゃんって耳かっぽじってよう聴き?」
ニヤニヤ笑いながら言うレミナ。そういえばこいつ、小学校まで大阪に住んでたとか言ってたっけ、と思い出す。最近大阪弁と京都弁とその他が混じって謎言語になっているようだが。
「こん儀式は、カンユカの“召喚魔法シリーズ”の動画に収録されてたもんでな。かりびとさん、っていう悪魔を異世界から呼び出すもんってされてるねん。かりびとさん、は呼び出した人間の肉を生きよったまま喰らおんやけど、不思議なことに……」
残酷な話を、どこまでも楽しそうに言う少女。
「腕を食いちぎられても、足が骨だけになっても、簡単には死ねあらへんらしいのよ。ずーっと苦しくて痛いまま生かされるやて。かりびとさん、が元の世界に帰って、後始末としてこっちが魔方陣を消すまでずーっと。最高だと思わへん?」
「……悪趣味。ほんとにそんなことになったら、犯罪だと思わないの?人殺しだよ」
「そんなこと今更気にするほどみみっちいあたしらじゃあらへんで!それに、もしかりびとさん、の召喚に失敗したら失敗したでそれかてええの。そのために、今日はぎょーさん男どもを連れてきて、楽しい玩具もぎょーさん持ちこんできたんさかいになぁ」
そういうことかよ、と唾を吐きたくなる。取り巻き女の一人が、近くに置いてあった紙袋を持ち上げ、わざとらしくその場に中身をぶちまけた。朱音も十六歳の女だから、多少程度の知識はある。ローション、と書かれた瓶。電気マッサージ機。ドピンクのまるっこいバイブみたいなものから、あの黒い捻じ曲がった棒のようなものは――もしやえねまぐら?とかいうものだろうか。大人の玩具として、思い浮かぶ代物がずらり、である。
つまり、儀式の生贄というのは建前で、気に食わない朱音を痛めつけられるなら実際何でも良かったということだ。
「一番最高なんは、儀式も成功してその後のパーティも盛大に盛り上がるってパターンやね!」
流石に冷や汗をかき始めた朱音に対し、レミナはうっとりとした表情で続ける。
「血まみれの状態で苦しむあんたを、とことん可愛がってあげるわ。痛くて快感なんか微塵も感じられあらへんと思うのよね。どう、面白そうでしょ?しかも、犯人はバケモノさかいに、あたしたちが罪の問われることなんかありませーん!」
一体どういう理屈だ、とツッコミたくて仕方なかった。化け物を召喚するなんてことが本当に成功するのかどうかはともかくとして。それに成功して誰かを殺させたら犯罪にならないなんて、そんなふざけた話があるはずもない。大体、肉を喰われることと、その後のレイプは完全に別問題ではないか。
まさかここまで腐っているとは思ってもみなかった。これでは、怪物の召喚とやらに失敗しても無事で済まないのは目に見えている。流石に、こんな連中相手に処女を失うなんて御免被るというものだ。
――なんとか、なんとか逃げる方法を考えないと。あいつらの儀式が完成する前に、なんとか……!
動揺しつつも、縄を解こうと朱音がもがいていた、まさにその時だった。
「実に馬鹿馬鹿しいですねえ」
愉悦を含んだ、少年の声が。
「貴方がたごときに、“それ”が呼び出せるはずもないでしょうに」
一体、どうやってこの場所を見つけたのだろう。滅多なことでもなければ人も通らない、何よりこんな日も暮れた時間帯に。
「く、黒須君……」
いつからそこにいたのか。黒須澪が、校舎の壁に寄りかかって立っていたのである。
「黒須澪です、よろしくお願いします」
ぴょこん、と黒板の前で頭を下げてきた少年。きゃあああ、とレミナ達から黄色い歓声が上がった。同じクラスに転入してきてくれた、というのは正直嬉しい。というかよくよく考えてみたらこのクラスは他のクラスより一人人数が少ない都合もあって、このクラスに入ってくる可能性は十二分にあったのだと後で気づいたわけだが。しかし、それが先日、レミナの不穏な発言を聴いてしまった後といっては手放しに喜べる状況でもないのである。
カンジ&ユカリの過去の動画に倣って、やばい儀式や呪いの類を人を使って試してやろう。――普通、そんな馬鹿げた発想になるものだろうか。いくら、そのヨウチューバー達がホラーな生放送動画を残して行方不明になり、彼等が今まで上げていた動画の信憑性が上がったからといって。
――だからあいつら、嫌いなんだよ。
人の迷惑を顧みない、中途半端な不良モドキ。そして、実際にこの目で見たことはないが、中学時代までは凄まじいいじめっ子だったと悪評高いレミナ。しかもその“いじめっ子”仲間のうち一人は、同じ学校の同じクラスに進学して今もツルんでいるというのだから終わっている。しかも、彼女等と同中だった生徒によれば、彼女等のいじめの標的は女子に限ったことでもないらしい。
でもって、いじめる“理由”――というかきっかけが酷いのだそうだ。言いがかり、もしくは逆恨み。レミナの告白の断った男子が逆恨みでいじめの標的にされたり、たまたま廊下でぶつかったクラスメートの女の子がターゲットになったり。
要するに、彼女らに目をつけられないように自衛することそのものがムリゲーなのである。レミナ達以外のクラスメートは、全く害がないどころか優しい子ばかり揃っているというのに。
――このタイミングで、イケメンが転入してくるとか、完全にフラグでしかないよ……。
間に合うなら、昼休みの時間にでも澪を呼び出して忠告しておくべきか。
万が一彼がターゲットになったら助ける気マンマンだったが、それでも朱音に出来ることには限界がある。言葉一つかけておくだけでも気休めになるなら、やっておくに越したことはあるまい。
――ああ、最悪。酷いことにならないといいんだけど。
***
「……だからさ、君も気をつけなよ」
昼休みの時間にどうにか彼を教室から引っ張り出し、朱音はレミナ達について澪に警告を促した。ホームルームの時の様子からして、ほぼほぼ目をつけられたのは間違いなさそうだということ。彼女らがいじめの常習犯で、過去には告白を断った男子が標的になったこともあるということ。それから、最近とあるオカルト系ヨウチューバーにハマっていて、そこで紹介された呪いの儀式などの生贄を探していると話していたこと。
呪いの儀式やらなんやら、なんてものに本当に効力があるかどうかはわからない。なんせ朱音自身は、幽霊の類など人生で一度も見たことがないからだ。ただ、本当に効果があるかどうか、が一番の問題ではないのである。誰かが酷い目に遭うかもしれない、遭ったら遭ったで面白い――それが分かった上で人を巻き込むという考えが大嫌いなのだった。実際に何もなくても、そういうつもりで差し出されたという事実は十分に人を傷つけるものなのだから。
「黒須君、綺麗な顔してるし……確実に目を付けられたと思うし。こう言ったらなんだけど、吐き気がするような酷い噂も結構聴いてるんだよ……どこまで本当かわからないけど、仲間で囲んでいじめてる男の子や女の子を集団レイプしたって話もあるんだから。男の子だから、そういう被害に遭わないなんて保障ないし、心配で」
「名取さんは優しいんですね」
朱音の話を聞いて、澪はにっこりと笑った。
「最初に会った時から思っていました。道に迷っているっぽい人がいても、すぐに声をかけて助けようと考えられる人は稀です。でも、名取さんはすぐに声をかけてくださいました。電車の中でも、お年寄りに席を譲ることを躊躇わないようなタイプ。今の世の中にはとても貴重な存在だと思います。その心意気は、是非誇りに思ってください」
まさかそこまで言葉を尽くして褒められるとは思ってもみなかった。そのつもりではなかったが、それでも可愛い男の子に感謝をされて嬉しくないはずがない。
「そ、そんな大したもんじゃないよ。ただ、困ってるヤツを見過ごしたら寝覚め悪いっていうか、いつまでもモヤモヤするから私は気になるだけっていうか……!」
思わず明後日の方を見てもにょもにょと呟いてしまう。いい人ぶってる、ヒーローごっこ、そういう風に非難されることもあるのを朱音はよく知っているからだ。実際、レミナ達にもひそひそと陰口を叩かれることが少なくないのが朱音である。何を言われてもスルーしてきたので、向こうも入学して以来まだ朱音に対して具体的に手を出してきたことはないのだけれど。
「損得勘定なしに、誰かを助けようと頑張れるあなたのような人。嫌いじゃないですよ」
だからこちらからも忠告しておきますね、と澪は笑顔を消して告げてきたのである。
「貴女はけして悪くない。その魂は実に尊いもの。しかし……時に善意は、いらぬ悪意を招き、我が身を滅ぼすこともあるのを知っておいた方がいいです」
「え」
「自分の身もちゃんと心配した方がいいということですよ」
この時、自分達が話していたのは、廊下の階段横だった。彼が何故ちらりと廊下の奥の方に視線を投げたのか。朱音は後になって、その意味を知ることになるのである。そう。
「人は時に、救いようがないほど……善意を行使できる人間に嫉妬する。私はそれを、誰よりよく理解しているつもりなので」
彼が何故、あのようなことを言ったのかも含めて。
***
この展開は、流石に予想していなかった。
両手両足を縛りつけられ、地面に転がされた状態で朱音は思う。校舎裏の、使われていない花壇。そこで石灰の粉を撒き、魔方陣らしきものをぐるぐると描いているレミナの友人がいる。レミナ以外に、総勢八人。彼女の取り巻きの女子達もいれば、よその学校と思しき男子も数人いる。露骨にガラが悪そうな奴らばかりだ。
「こんな感じでいいかー?」
「うん、大体こんなかんじやな!おおきに!」
魔方陣を描き終わった男子に向けて、スマホをちらちらと見ながらレミナが言う。
「綺麗に描けたやん。これなら、“かりびとさん”もきと来てくれはると思うで!楽しみやなあ、この女が生きたまま喰われてひっどいことになるの!」
そう。
澪の忠告は、まさに聞いたままの意味だったのだ。朱音は完全に油断していた。澪がレミナに一目惚れされたっぽいのは明らかであったし、だからこそその態度が気に食わないという理由で彼女のいじめの標的になるのも予想ができていたというのに。まさか、それよりも前に朱音の方が狙われるだなんて思ってもみなかったことである。
部活帰り、一人になったところを数人がかりで囲まれて、ロープで縛りあげられてしまった。いくら運動部で鍛えている朱音であっても、男子を含めた八人がかりで押さえつけられたらどうにもならないのである。
あの時澪に忠告をしていたのを、彼女の取り巻きの一人に見られていたのだった。きっと澪は、その視線に気づいていたのだろう。
だから言ったのだ。自分よりも、朱音自身のことを心配したほうがいい、と。
――私ってばほんと、人生の肝心なとこで失敗するよなあ。
もうため息も出ない。己の認識の甘さに呆れるばかりだ。
東京から、京都に引っ越してきたのは完全に親の都合である。受験とタイミングが重なったこともあり、高校も土壇場で京都の学校への進学を決めて今に至るのだが――対策が間に合わなかったことと元々勉強が苦手だったこともあって、合格できたのは私立のこの学校だけだった。もう少し頑張れば良かったなあ、なんて今更思っても完全に後の祭りである。
否、この学校でも友人はたくさんできたし、本当に一部の生徒が面倒なことを除けば校風も悪くない。ただ、それがわかっていたならもう少し注意して動くべきだったのは間違いないだろう。澪に対して忠告するのももう少し人目がないところでするべきだったし、部活帰りの時間帯に気を配ることもできたはずだった。やらかしたなあ、と思う。まあ、自分が標的になった代わりに、澪が酷い目に遭わないで済んだことだけは僥倖だったが。
「今回の儀式につおって説明すんで。ほら、そこのイモムシ女、ちゃんって耳かっぽじってよう聴き?」
ニヤニヤ笑いながら言うレミナ。そういえばこいつ、小学校まで大阪に住んでたとか言ってたっけ、と思い出す。最近大阪弁と京都弁とその他が混じって謎言語になっているようだが。
「こん儀式は、カンユカの“召喚魔法シリーズ”の動画に収録されてたもんでな。かりびとさん、っていう悪魔を異世界から呼び出すもんってされてるねん。かりびとさん、は呼び出した人間の肉を生きよったまま喰らおんやけど、不思議なことに……」
残酷な話を、どこまでも楽しそうに言う少女。
「腕を食いちぎられても、足が骨だけになっても、簡単には死ねあらへんらしいのよ。ずーっと苦しくて痛いまま生かされるやて。かりびとさん、が元の世界に帰って、後始末としてこっちが魔方陣を消すまでずーっと。最高だと思わへん?」
「……悪趣味。ほんとにそんなことになったら、犯罪だと思わないの?人殺しだよ」
「そんなこと今更気にするほどみみっちいあたしらじゃあらへんで!それに、もしかりびとさん、の召喚に失敗したら失敗したでそれかてええの。そのために、今日はぎょーさん男どもを連れてきて、楽しい玩具もぎょーさん持ちこんできたんさかいになぁ」
そういうことかよ、と唾を吐きたくなる。取り巻き女の一人が、近くに置いてあった紙袋を持ち上げ、わざとらしくその場に中身をぶちまけた。朱音も十六歳の女だから、多少程度の知識はある。ローション、と書かれた瓶。電気マッサージ機。ドピンクのまるっこいバイブみたいなものから、あの黒い捻じ曲がった棒のようなものは――もしやえねまぐら?とかいうものだろうか。大人の玩具として、思い浮かぶ代物がずらり、である。
つまり、儀式の生贄というのは建前で、気に食わない朱音を痛めつけられるなら実際何でも良かったということだ。
「一番最高なんは、儀式も成功してその後のパーティも盛大に盛り上がるってパターンやね!」
流石に冷や汗をかき始めた朱音に対し、レミナはうっとりとした表情で続ける。
「血まみれの状態で苦しむあんたを、とことん可愛がってあげるわ。痛くて快感なんか微塵も感じられあらへんと思うのよね。どう、面白そうでしょ?しかも、犯人はバケモノさかいに、あたしたちが罪の問われることなんかありませーん!」
一体どういう理屈だ、とツッコミたくて仕方なかった。化け物を召喚するなんてことが本当に成功するのかどうかはともかくとして。それに成功して誰かを殺させたら犯罪にならないなんて、そんなふざけた話があるはずもない。大体、肉を喰われることと、その後のレイプは完全に別問題ではないか。
まさかここまで腐っているとは思ってもみなかった。これでは、怪物の召喚とやらに失敗しても無事で済まないのは目に見えている。流石に、こんな連中相手に処女を失うなんて御免被るというものだ。
――なんとか、なんとか逃げる方法を考えないと。あいつらの儀式が完成する前に、なんとか……!
動揺しつつも、縄を解こうと朱音がもがいていた、まさにその時だった。
「実に馬鹿馬鹿しいですねえ」
愉悦を含んだ、少年の声が。
「貴方がたごときに、“それ”が呼び出せるはずもないでしょうに」
一体、どうやってこの場所を見つけたのだろう。滅多なことでもなければ人も通らない、何よりこんな日も暮れた時間帯に。
「く、黒須君……」
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