黒須澪と誘惑の物語

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<11・幕間Ⅱ>

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 動画投稿者、という仕事に憧れる若者は多い。さながらそれは、ひと昔前の人間がアイドルやタレントに憧れる気持ちに近いものがあるだろう。今や、芸能事務所などに所属せずとも、自分の力でスポットライトを浴びることも可能な時代だ。動画を投稿するだけならば、スマホやパソコンなどのちょっとした機材があるだけで事足りる。工夫次第で、子供だってヒーローになれるともなれば、若者が憧れを抱くのもごくごく自然なことに違いない。
 ただし。
 忘れてはいけないのは、華やかで楽しそう、普通の仕事よりラクそうに見える表向きとは裏腹に、断じて“簡単に稼げる”ものではないということである。
 数多いる動画投稿者の中で、本当に生活費の足しになるほど金銭が稼げている者は稀である。ヨウチューバーの収入は、動画の再生回数に伴う広告収入で成り立っているが、それこそ何万回も再生されなければまともな金にならないのである。普通の人間がちょっと工夫した動画をアップした程度では、それこそ数回、数十回程度再生されるかどうかが精々。頑張って四ケタに届くかどうかといったところだろう。知名度もなにもない、会社などのサポートもない。そんな人間がゼロから動画投稿者としてスタートして、自営業として成り立つほど稼げるようになるのは血の滲むような努力と才能の両方が求められるのである。

「だからちょいちょいいるのよねえ。お金稼ぐためにはなんでもしますーっていう動画投稿者」

 梨乃亜が耳の後ろを掻いてやると、ようちゃんは気持ちよさそうに目を細めた。尻尾もぐでーっとしているし、そのまま眠ってしまいそうな勢いである。

「迷惑系なやつなんか、多数いる動画投稿者でもほんの一部なんでしょうけど。その一部のせいで、動画投稿者全体のイメージが悪くなりがちなのも事実というか。……この電車に乗ったバカ二人もそうだったんでしょうねえ」

 主人公となった“木下友理奈”も大概ではあったが(本人も、面白いものが見られれば邪神を呼び出そうが世界がどうなろうがどうでもいいというスタンスだった)、このカップルの動画投稿者コンビなどその最たるところであっただろう。
 この手紙の中では詳細が書かれていなかったので、友理奈もこっそり“カンジ&ユカリ”という名前を調べてみたのだが。まあ、どうやら車内で友理奈が感じた通りのコンビであったのは間違いなかったらしい。生放送でいきなり突撃インタビューをかまし、相手の顔を惜しげもなく晒して迷惑がられるくらいは常習的にやっていたそうだ。もっと言えば、不法侵入の類も取材のたびにやらかしており、たびたび炎上していたらしい。呪いの電車について調べるようになる前は、某県の灰病院に勝手に入り込んでトラブルを起こしていたようだった。――ちらっと見てみたが、いくら誰も使っていない場所だからといって、平気で煙草や空き缶を捨てていくのはどうなのだろう。入り込むだけで違法行為であるというのに。
 そういったことを平気で繰り返していた背景には、派手なことでもしなければ動画に興味を持って貰えない、再生数が伸びずに食べていけないというのもあるに違いない。カンジ&ユカリの最初の方の投稿は、普通に都市伝説をまとめたサイトを紹介したり、怖い儀式についての知識を披露する程度の地味な動画だった。どうにもそれが、再生数目当てにどんどんエスカレートしていったということらしかった。

『ヨウチューバーなるもので食べていけている人は凄いと思いますけど、人に迷惑をかけて平気というのは人としていかがなものだと思いますねえ。その上でオカルトを見縊るものだから、本物の網に引っ掛かって大変な目に遭うわけです。あとでなんとなく調べてみたら、この二人元々バイト仲間だったらしいですよ。あまりにもバイト中のサボり行為が多くてクビになったもので、もっと楽して食べていく方法を探そうと動画投稿者を目指したのだとかなんとか』
「うわあ……駄目駄目じゃない。ヨウチューバーって仕事、ナメてるとしか思えないわね」
『それで怪奇現象系の動画で当てる為に、とにかく過激な方向へ過激な方向へ走っていったと。珍しくもなんともない話です』
「それで命まで落としてちゃ世話ないわよねえ」

 二人の撮影した動画は、サイト側でもまずいと判断したのか翌日にはもう削除されていた。それでも、一度誰かに目に触れたものを完全にインターネット上から消すのは不可能に近いものがある。ダウンロードした別の人間が転載し、相当な再生回数を記録しているようだった。――まあ、本物の怪奇現象ともなれば面白がる人間も少なくないだろう。動画には、列車の窓の向こうを蠢く蟲も、それを舐め取る怪物の舌も、荒い画質ながらばっちり映ってしまっている。それに加えて最後は、画面全体を蟲が覆い尽くして途切れるというホラー感満載な終わり方だ。カンジとユカリが揉めている音声も、ユカリが半狂乱になっている声や悲鳴もばっちり録音されている。
 面白がった人間が拡散するのも、わからない話ではなかった。尤もあまりにも出来過ぎた内容であるがために、良くできた作り物だろうと決めつける声も少なくないようだったが。

――恐らくカンジとユカリは、どちらも“紗濡戳”に喰われた。それから、はっきり明言されていないけれど木下友理奈も同じ末路を辿ったんでしょうね。

 面白半分、自分の欲望ばかりを優先して怪異に近づくとこうなる、という典型だろう。まあ、最後まで友理奈は反省していなかったようだが。梨乃亜には理解できない感覚だ。怪しい宗教団体とはいえ、幹部までのし上がったのであれば地位に見合うだけの給金もあっただろうし、彼女を慕う部下も多かったことだろう。それを、いくら面白そうな餌がぶら下がっているとはいえ、一時の興味と好奇心だけで全部捨て去ってしまえるとは。
 彼女は途中で、自分が澪に誘い込まれていることに気づいた。そもそも澪を追いかけている時点で、澪(と、ひょっとしたら由羅も)人外である可能性が高いと踏んでいたし、自分に太刀打ちできないであろう相手だとも感じていたはずなのである。あそこで引き返さないのはなんとも破滅的で、非合理だ。それとも、時に人はどれほど恐ろしいと思っていても、危ないとわかっていても、興味や好奇心に勝つことはできないということの証明なのだろうか。――あのヨウチューバーのバカップルも、オカルトの恐ろしさをまったくわかっていなかったわけではなさそうだ。それなのに踏み込んでしまうのは、自分だけは大丈夫という楽観視ゆえか、ギリギリを楽しみたいという危ない好奇心か、そういうことをしてでもお金を稼ぎたいという欲望か。

「たまたま、話がほぼ車両の一両分だけで終わってたからあれだけど」

 手紙の内容から、書かれていない情報を読み取り、考察するのは楽しい。ふむ、と顎に手を当てる梨乃亜。

「これきっとアレよね。木下友理奈が遭遇しなかっただけで、実際は他の車両にも人がいた可能性は高そうよねえ」
「ふー?」
「ヨウちゃんもそう思うでしょ?そもそも列車そのものが、友理奈だけを誘い込むためのトラップじゃないってのは、バカップルが登場した時点で明らかだもの。むしろ欲深いバカどもを釣ろうと餌を用意して待ってたら、たまたまそこに澪を追いかけてきた友理奈が引っかかったってところじゃないかしらね」

 都市伝説を面白半分に調べてやろうとした学生やら、あるいはインチキを暴いて笑いものにしてやろうとした記者か。そのへんが同乗していてもなんらおかしくはないだろう。いやむしろ、他に人がゼロだったと思う方が不自然である。



『“紗濡戳”、“紗濡戳”ー。お降りの方は、お急ぎくださいー。繰り返しますが、紗濡戳を出ますと、この列車は何処にも止まりませんー』



 澪の声で流れたアナウンスから察するに、友理奈は愚かな行動の中、唯一無難な選択をしたと言うべきか。怪物に喰われることなく、最後まで電車に乗り続けたらどうなったか。永遠に電車の中から出られなくなったのか、あるいは文字通り永遠の闇を死ねずに彷徨うことになったのか。生まれ変われる可能性があるだけ、怪物の餌の方がまだマシだったに違いない――相応の苦痛は伴うとしても。

――まったく、こいつときたら。普段東京を拠点にしてるくせに、いつの間に大阪にも網張ってたのかしら。この分だと、私が知らないトラップはまだまだたくさんありそうね。

 うっかり引っかからないようにしなくちゃ、と梨乃亜はそれこそ“朝食で目玉焼きを焦がさないようにしなくちゃ”くらいの気持ちで思う。
 まあ、万が一怪異に遭遇してしまったらそれはそれで面白そうだ。――なんて、思ってしまう時点で自分も同じ穴の貉なのかもしれないが。

『この木下友理奈という女性は、ロス・ユートピアという宗教団体でも相当高い地位にあったようですね。しかも霊能力者という意味でもかなり信頼が高かったようで。この後暫く大阪に滞在しましたが、これ以降追手らしき追手が現れることはありませんでした。おかげで私は大変つまらなかったです。本部にこっちから乗り込んで行こうかとも思ったんですけど、気づいたらそっちも移転してたんですよねえ。見事な引き際と言えばそうなんですけど』

 追手が来ないのを退屈、と称してしまうがこいつである。本当に、付き合わされる由羅の心労はいかばかりであることか。

――それに、この話って解決してるようで解決してないわよね。だって、カンジ&ユカリの生放送した動画、外部に流出しちゃってるんだもの。あれを見た人間がちょっかいを出してくることもあるんじゃないの?

 あの動画では、澪の姿も由羅の姿も映ってはいなかった。しかしなんば駅発の“呪いの電車”を探す人間は増えるであろうし、澪の声も入ってしまっている。彼がこのあとも暫く幼女の姿でうろつくつもりなら、少々面倒臭い結果になるのではなかろうか。

「あ、やっぱり」

 思わず梨乃亜は呟く。思った通りと言うべきか、手紙の続きはその例の動画について触れたものだったからだ。

『この生放送動画、どうなったか気になりますよね?……次の私たちの旅先に、思いがけず影響を及ぼしてくることになるのですよ』
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