黒須澪と誘惑の物語

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<9・ミチズレ。Ⅲ>

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 やはり、何度見ても電波が立つ様子はない。大抵の地下鉄の駅ならば、駅構内では通信ができることが殆どだと言うのに。
 引き返すなら今のうち、であることは友理奈にもわかっていた。助けは呼べない、メッセージも残せない。このまま電車に乗り込んで、無事に帰ってこられる保証もない。どこぞの有名な都市伝説にもあるほど、電車というものはオカルトのネタに事欠かない存在なのだから。

――ふふ、その都市伝説の駅に行ってみたくて、電車に乗りまくった時期もあったっけ。

 学生時代の青臭い記憶を思い出し、友理奈は思わず笑みを浮かべた。

――残念ながら巡り会うことは出来なかったけど……今は目の前に本物がいる。こんな面白いことはないわ。

 ホームに入ってきた黒い塗装の列車に、他に乗客らしき影は見当たらない。にも関わらず、二人の少女は躊躇うこともなく列車へ乗り込んでいく。

――さあ、何を見せてくれるの?

 友理奈は少し考えた後、隣の車両に乗ってみることにした。向こうに既に尾行はバレているかもしれないし、今更隣の車両にしたところで目立つのは避けられないだろうがそれはそれである。もし帰ることが出来たら、教主に良い土産話ができそうだ。――あの男は、どうにも自分の能力を高く買ってくれている見込みである。自分の名前が後継者候補として挙がっていることも知っている。ここでハクをつけておくのは悪くない。

――んー……。

 乗ってみたはいいが。残念ながら、列車の内装そのものは普通のメトロやJRとなんら変わらないように見えた。横長の、七人くらいが座れる横長のシートは見慣れた藍色である。丸い吊り革が電車の揺れと一緒にふらふらと揺れている。強いて言うなら、吊り革広告の類が一切見当たらないことと、窓の外が真っ暗なことが気がかりといったくらいだろうか。すぐに面白いイベントが起きるかと思ったら、残念ながらそんなこともないらしい。
 列車はガタンゴトンと揺れながら、どこかに向かって出発している。到着するまで何の異変もない、ということあるかもしれない。果たしてどれくらいで駅に着くのやら――ちらり、と隣の車両のシートに座る二人を見て思う。
 由羅と澪、という二人の少女は楽しげに談笑している様子だった。他の乗客もいない、窓の向こうに真っ暗な闇しか見えない、そんな状況にも一切恐怖を感じていない様子である。澪の方が人外で由羅は人間だと思っていたのだが、実際は両方とも人外だったりするのだろうか。あの由羅とかいう少女は秘密の場所に行くと言われても、ちっとも動じた様子がなかったのが気にかかる。
 まあ、暫くじっくり様子を観察するしかないか。友理奈がシートに座った、次の瞬間だった。

「いえーい、ついに来ちゃいましたー、呪いの電車でっす!」
「!?」

 唐突に聞こえてきた、場違いなほど明るい声。澪と由羅が乗っているそれとは反対側の車両からである。
 何だ何だと思っていれば、何やら自撮り棒にスマホをくっつけて、ピースをしている若い男性と女性の二人組が。どちらも髪の毛を明るい金髪に染めていて、いかにもチャラそうな外見である。というか、むしろ時代遅れに感じるレベルの派手さだ。二人して鼻にピアスまで空けているから尚更である。

「おっと?」

 シートに座ったまま、呆れてこちらを見ている友理奈に気付いたのだろう。スマホを持った男性が、ひらひらと手を振ってきた。女性の方もあっ!と声を上げる。

「びっくりー!人いるじゃん、人」
「そうだなユカリ!……よし、せっかくなら突撃インタビューしちゃいまっす!」

 迷惑な男は女の手を引いて、楽しそうにこちらに駆け寄ってくる。

「こんにちはー!お姉さん人間っすよね?俺ら、二人組のヨウチューバーのカンジと……」
「どもども、ユカリでーす!怖い場所とかの取材してて、今生放送中なんでーす!」
「ちょ、ちょっと!」

 スマホを向けられそうになり、友理奈は慌てて顔を背けた。

「ヨウチューバーだかなんだか知らないけど、生放送って撮影中ってことでしょ!?許可なく顔映さないでくれる!?」

 ただでさえ重要なミッション中だというのに、こんなところで全国に顔出しなんて冗談ではない。友理奈が本気で嫌がると、二人組は顔を見合わせて、心底驚いた様子を見せた。

「えええ、お姉さんもったいなーい。あたしたち、ヨウチューバーとしては結構有名な方なんですよ?オカルト探検隊のカンジ&ユカリって知らない?あたしたちの生放送に出たってことになったら、絶対おねーさんも有名人になれるのにぃ!」

 知るか、としか言いようがない。許可なく人を撮影しようとしたり、自分たちがやっていることが非常識だという認識がなかったり。こいつら絶対迷惑系なんちゃらというやつだろう、と友理奈は思った。同時に、何でこの列車に乗り合わせてしまったんだろう、なんてツイてない、とも。
 澪たちが自分を特別な場所に連れ込んだのかと思ったが、ひょっとしたら彼女らは“特別な場所”を知っていたというだけで、この空間そのものが支配領域というわけではないのかもしれなかった。じゃなければこんな、教団ともまったく関係なさそうなヨウチューバーどもがひっかかってくるはずもないのである。

――あれ?

 ふと、引っ掛かりを覚えて友理奈は顔を上げた。

「……生放送してるって言った?あんた達」
「へ?言いましたけど?」
「電波、届いてるってこと?私の携帯ずっと圏外なんだけど」

 普通のメールや電話より、ずっと通信量が嵩むはずである。それなのに、何故メールや電話ができなくて、生放送だけ可能なんてことになるのだろうか。

「お、そういえば?」

 カンジ、と名乗った男がまじまじと携帯を見る。そして。

「おおおお、すっげえ!すっげえよみんな、今更気付いちゃったぁ!この携帯、圏外になってるのに生放送成功してるう!」
「え、マジマジ?カンジ、マジ?」
「マジでマジで!すごくね!?コメントもこんだけ来てるってことは、確実に生放送成功してるっしょこれぇ!」

 圏外なのに、生放送なんかできるわけがない。出来るならスマホの表示がぶっ壊れているか、なんらかの奇妙な力が働いているかのどちらかだろう。なんて楽天的な奴等だ、と友理奈は心底頭痛を覚える。こういう奴等が日本各地のヤバい場所に足を踏み入れて、起こさなくてもいい悪霊を叩き起こして呪いを振りまいてくれたりするのだというのに。

「いやぁ、呪いの電車に乗れただけでもラッキーだったのにな!こりゃ面白い体験できたわー。俺らに何かあっても、映像の記録はばっちり残ってるわけだし?」
「アホくさ……」

 ばっかじゃないの、と思ったところで。気になるキーワードを拾ってしまい、友理奈は首を傾げる。そういえば、さっきも同じようなことを言っていたような。

「……ちょっとあんた達。呪いの電車って……今私達が乗ってる電車のことなの?どういうこと?」

 もしや、都市伝説でもなってるのだろうか。友理奈の言葉に、“おねーさん知らないのぉ?”とユカリが馬鹿にしたような声を出した。

「あたしたちの界隈で超有名!SNSでも話題になってるんですよぉ、大阪周辺の駅からだけ乗れる呪いの電車!なんでも、化け物の巣穴に続いてるとかなんとかでー!」

 彼女は自分のスマホを用意すると、ずいずいっと友理奈の前に突き出してきた。最新型の大きなスマホなので文字は非常に見やすい。思わず中身を読んでみる。
 どうやらそれは、ツニッターのやり取りであるらしかった。同じ動画投稿者仲間での会話だろうか。



●カンジ&ユカリ@kankanyukayuka
呪いの電車についての情報を集めてます!次の取材先でーす!
すばり、大阪まで行っちゃうよ!!期待してて☆



●こっちゃんでっす @kocchan1515
 返信先: @kankanyukayukaさん
行動力すご!これで成功したら、オカルト馬鹿にしてた奴らの鼻を明かせますね!!



●オクラハマハマ @hmhmte
 返信先: @kankanyukayukaさん
馬鹿がまた炎上しようとしててワロタww
呪いの電車とかあるわけねーよガキですか???脳みそ空っぽリア充は考えることが違うねーwww



●ミナミさんが来ない@minamoe
 返信先: @kankanyukayukaさん, @hmhmteさん
クソリプ乙



●ツルシャト聖人@tur12345
 返信先: @kankanyukayukaさん
呪いの電車って興味あるし、関西圏中心で話は出てるけど、実際に乗る方法が不明なんだよね確か。
大阪駅から乗るんだっけ?どうなんだっけ?目撃したって書き込みも見たことあるけど、場所がはっきりしないんだよな。



●黒須澪 @mio_nyaruru
 返信先: @kankanyukayukaさん
乗る方法なら私知ってますよ。お教えしましょうか?かなり危険な列車なので、あまりお勧めはしませんが



「!?」

 ちょっと待て。友理奈はぎょっとした。
 呪いの列車を知っているという、最後の書き込み。普通に読むなら名前は――黒須澪、だ。
 みお。
 あの少女と、同じ名前であるのは偶然か。

「お姉さん?」

 突然立ち上がった友理奈に、ユカリはきょとんとしたような声で言う。やられた、と思った。一体いつの間に。

――いなくなってる、あの二人!!

 連結部の窓の向こう。
 いつの間にか、澪と由羅の姿は影も形もなくなっていた。
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