黒須澪と誘惑の物語

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中

文字の大きさ
上 下
5 / 29

<5・ユウカイ。Ⅳ>

しおりを挟む
「あーあ」

 そこまで手紙を読んだところで、梨乃亜はため息をついた。

「馬鹿じゃないの、この男。澪相手に、そんなことしてタダで済むわけないのに。ねえようちゃん?」
「ばふん?」

 分かっているのかいないのか。膝に顎を乗せて“撫でて”ポーズをしてくるようちゃん。その頭をすりすりしながら、梨乃亜は再び文面に目を落とす。
 自分がいつも見かける“黒須澪”は成人男性に近いような見た目をしている。正確には両性具有なのだが、本人の趣向からなのか中性的な男性寄りに見える姿なのは確かだ。声も女性として見るならやや低いから尚更である。
 それなのに、この手紙の中に出てくる“澪”が幼女であることについて、梨乃亜はまったく疑問を抱かない。何故なら、“そんなこと”は黒須澪という存在を語るにあたり些細なものであるとよく知っているからだ。
 彼は彼であり、彼女であり、誰かであって誰でもない存在。
 姿が一つではないのはもはや自分達の世界では常識である。今回の大阪における由羅との二人旅で、何故黒須澪が子供の姿になったのか。この手紙で語られている挙動からしても理由は明らかだろう。この話の主人公である、宇治沢耕平が所属する組織について調べるためだ。

――ろくでもない結果が待っているのは、明らかね。

 さてさて、“幼い子供”をレイプして死に至らしめてしまったこの男。果たしてどのようなおぞましい結末を迎えてくれるのだろうか。段々と、読んでいる自分も楽しくなりつつあるのは確かだ。



 ***



 此処は何処だ、と耕平は思った。
 アパートの一室、であるのは間違いない。見慣れた風景だ。問題は、さっきまで明るかった窓の外が、墨で塗りつぶされたような闇に染まっているということである。居間のテーブルに突っ伏して、現実逃避もかねて少し寝ようと思ったところまでは覚えている。まさか、そのまま夜まで眠ってしまったのだろうか。

――や、やべえ!

 明日になったら、幹部連中が家に来てしまう。そうでなくても、妹分が帰ってこないことを心配してあの由羅とかいう少女が探しに来る可能性は十分にあるし、場合によってはその時点で警察に通報されてしまうことだろう。それこそ、死体が見つかったら一発でアウトだ。まだむし暑いこの時期、遺体が腐る速度も尋常でなく早いだろう。異臭がし始めて来る前に、急いで片づけなければいけないというのに!

――くそ、くそくそくそくそ!何でだよ、俺は、俺は悪くないだろうが!あのクソガキが人を誘惑するからいけないってのに!

 そうだ、自分は悪くない。本当にその気がないならば、いくら危機感の薄い子供とはいえ赤の他人の成人男性の家に上がり込むようなことをするだろうか。風呂を借りて、惜しげもなく裸を晒すようなことをするだろうか。答えは否だ。耕平の頭の中では、都合よく論理が組み上がりつつあった。痛がっていたのも演技に違いない。あの年で、あの娘はとんだ淫乱だったはずだと。きっと痛がりつつも突っ込まれて喜んでいたに決まっている。自分は彼女が望むようにしてやっただけ。結果として死んだのだって、自分に非があったわけではないのだ、と。
 そう思った途端、ずくり、と再び股間に熱がこもった。人生で初めての、めくるめく快感。まるで搾り取られるようだった。獣のように吠えて、馬鹿みたいに腰を振った。――ああ、生きていてくれさえすれば、これからも何度だって楽しめたのに。
 そうだ、それこそ生贄に差し出すのはあのガキでなくてもいい。面倒はかかるが、澪は家に性奴隷として飼ったまま、別のガキを連れてきて生贄に差し出すのでも良かったはずだ。どうせ処女を奪ってしまったなら、“無垢な魂”と呼べる存在ではなくなっているのだから。本当の本当に、惜しいことをしてしまった。せめてもう少し手加減できれば、レイプしても殺さないで済んだのかもしれないのに――いや、死ぬまでヤリ抜いてしまったのは完全にあの娘の体が良すぎたせいで――。

――くそ、おっ起ててる場合じゃねえってのに。なんとか、あの死体を処分する方法を考えねえと。今夜中に、絶対……!

 ああ、でも。
 腐る前なら、もう一回くらいやっても――。



『ふふっ』



「!?」



 笑い声が、聞こえた気がした。あどけない少女の声。ぎょっとして耕平は振り向く。背後には、何もいない。だが、今の声はまさに自分が知っている澪のそれだった。幻聴でも聴いたのだろうか。それとも、本当はまだ死んでいなかったとでもいうのか。

――な、なんだってんだ、一体!

 焦っているから、そんなものが聞こえるのだ。空耳に決まっている――耕平が自分に言い聞かせようとした、その時だ。



 ギイ。



 今度こそ、聴き間違いではなかった。はっとして見つめた先には、トイレと風呂に繋がるドアがある。鍵はかけていないが(そもそも外側から鍵がかからない仕様だ)、それでもしっかり扉は閉めてきたはずだった。
 何故、僅かに開いているのだろう。
 否。
 こうして見ている間に、少しずつ、開いていくのは何故だろう。

「あ、ああ……」

 ぎい、ぎい、ぎいい。
 年季が入ったドアが、少しずつ内側に向けて開いていく。風などない。自分の他に住人もいない。いるとしたらそれは、風呂場に放置されたままになっているあの少女以外にはあり得ない。

――死んでたはずだ。

 開く。ああ、開いてしまう。

――生きてるはずない、あんな血だらけだったんだ、心臓も呼吸も止まってたんだ。あれで、あれで生きてる、はず、が。

 逃げなければ、そう考えにさえすぐには至らなかった。薄暗い廊下に、電気がつけっぱなしの風呂場の光がゆっくりと射しこんで行く。そして。

「ひいっ!」

 血まみれの手が、ドアを掴んで――。



 ***




「うわあああああああああああああああ!」

 その刹那、耕平は絶叫とともに飛び起きていた。勢い余って後ろにひっくり返り、ぜえぜえと荒い息を繰り返す。

「へ……え、ええ?」

 心臓が、煩いくらい鳴っている。窓の外は、やや曇っているもののまだ明るい。電気がついていない部屋は薄暗いが、夜になっているなんてことはない。
 はっとして風呂場のドアの方を見る。廊下に隣接したそこは、電気がつけっぱなしであるせいか下から薄くオレンジ色の光を照らしているものの、ぴっちりとしまったまま沈黙している。何の変化も、ない。

「ゆ、夢かよ……お、驚かせやがって」

 テーブルに突っ伏してうっかり眠った結果、悪夢を見ていたということらしい。そりゃそうだ、彼女が突然生き返って、風呂場から這い出してくるなんてそんなことあるわけがない。あの大量出血で、心臓も止まっていて生きているとは到底思えなかった。仮に生きていたとしても瀕死だ。あんな風にホラーチックな有様で、外に出てくることなどできるはずがないではないか。

――……一発楽しんでからとか、ちらっと思ってたけど。そんな場合じゃねえ。やっぱり、死体はバラバラにして、さっさとどこかに捨てに行った方がいい……!

 きっとあの夢は警鐘というやつだろう。生き返って来ることはなくても、遺体が見つかって人生が終わるというのは十分考えられることだ。耕平は意を決して立ち会上がると、風呂場の方へと向かった。あんなもの現実であるはずがない。それがわかっていても、ドアノブを握る手は汗でずるりと滑る。

「し、死んでろよ、てめえ……」

 誰に対して言っているのやら。ぶつぶつと呟きながらドアを開き、そのままの勢いで一気に風呂場のカーテンをも開けた。そして。

「……え?」

 そのまま、固まることになるのである。
 澪は確かに、浴槽でその白い遺体を横たわらせたままだった。股間から溢れだした血もさすがに止まったのか、体の下に血の海を広げたまま特に大きな変化もない。その瞼は硬く閉じられ、腐臭を放っている様子もないが、前に見た時から動いたような気配もなかった。
 ただし。
 妙なのはその、大きく膨れ上がった腹部だ。幼い少女の腹が、まるで妊婦のように膨らんでいるのである。

「な、なんだ、こりゃ……」

 死体が膨れることはある、というのは聴いたことがある。ただ、澪は溺死したわけでもなければ、水に浸かったまま放置されたわけではない(シャワーの水滴で若干濡れていた程度だ)。大体、膨れるというのなら腹だけ臨月の妊婦のようになるのは明らかにおかしいだろう。
 そうだ、まるで、何かを孕んでいるかのようなのだ。
 彼女は間違いなく処女だったはずで。直後に命を落とした少女が妊娠などするはずもなく(大体、生理が来ているかも怪しい年齢だ)、大体彼女を犯してから数時間でこのような事態になるなどまずあり得ないというのに。

――な、なんだかわかんねえけど、やべえ気がする。

 早く、切り刻んでしまった方がいい。子供の体だ、包丁でも掻っ捌くことはできるだろうか。やや混乱した頭でそう考えた、その時だった。
 びくん!と。まるで耕平の視線に反応したように――少女の体が、跳ね上がった。

「ひいいっ!?」

 今度こそ、腰が抜けた。そんな馬鹿な、あるはずがない。心の中で否定を繰り返す耕平の目の前で、異変は明確に進行する。
 ごぼり、と少女の性器から、真っ赤な血の塊が溢れた。ぼこぼこと彼女の胎が脈打つように動きその下腹部がますます大きく膨れ上がる。
 ずるり、と滑るような音が聞こえた。黒くて丸い、ボールのようなものが、毛も生えていない割れ目を押し広げて出て来ようとしている。びちゃびちゃと血の雫を溢れさせながら、澪は何かを産み落とそうとしていた。本人の眼は閉じられたまま、息一つしていないというのに。

――なんだよ、あれ。

 黒い丸いものが、徐々に姿を現す。それは誰がどう見ても、赤子の頭だった。ただし、あんな華奢な少女の胎に収まっていたとは思えないほど大きい上、色がおかしい。何故、赤子の肌が真っ黒なのだろう。黒人だとか、そんなレベルではない。本当に、墨を塗りたくったように黒いのだ。その赤ん坊が、母親の力も借りず産まれて来ようとしているのである。
 人間であるはずがなかった。
 受精して数時間で、あんなに育って死体から生まれてくる赤ん坊が、一体どうして人間のそれだと思えるのだろう。

「ひ、ひいっ」

 逃げなければ。あれに捕まったら、恐らく自分の命はない。そう直感するのに、体はまったく言うことを聴いてはくれなかった。じわじわと漏らしたもので股間が湿っていく。ひょっとしたら大きい方も漏らしているかもしれない。そんなことさえ構っていられなかった。
 赤ん坊の体はもう、足の近くまで出てきている。あれが全部出てくる前に、なんとかここから脱出しなければ。そうしなければ、きっと自分は。



 ピンポーン。



 場違いな音が、聞こえた。玄関のチャイムだ。もうこうなったら、あの教団の幹部でもなんでもいい。自分を助けてくれと、そう叫びかけた耕平は。
 ドアの向こうから聞こえてきた声に、凍り付くことになるのである。

「澪さーん、そろそろ帰りますよ。出てきてください、澪さーん」

 あの少女、由羅の声だった。何で自分の家がわかったのだろう。何故このタイミングで、家まで来たのだろう。
 助けに来たとは、到底思えなかった。がちゃがちゃ、と回されるドアノブがさらに恐怖を助長する。化け物を産む娘と一緒にいた少女が、普通の人間だなんてことが本当にあり得るのだろうか。
 否、否。彼女も、恐らくは。

「澪さーん、ここ開けて下さい。遅くなる前に帰るって、そう言ったでしょう?澪さーん」

 逃げ場はない。
 玄関の向こうに、由羅。風呂場には。

「ハァイ」

 返事をする声は、驚くほど近いところから聞こえた。
 恐る恐る視線を浴槽の方に戻した耕平は、座り込む自分の足先に這いずる存在を目にすることになる。
 臍の尾が繋がったままの、真っ黒な赤ん坊を。

「今、行きますねえ」

 赤ん坊は。金色の眼を見開いて、にやりと笑ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

File■■ 【厳選■ch怖い話】むしごさまをよぶ  

雨音
ホラー
むしごさま。 それは■■の■■。 蟲にくわれないように ※ちゃんねる知識は曖昧あやふやなものです。ご容赦くださいませ。

パラサイト/ブランク

羊原ユウ
ホラー
舞台は200X年の日本。寄生生物(パラサイト)という未知の存在が日常に潜む宵ヶ沼市。地元の中学校に通う少年、坂咲青はある日同じクラスメイトの黒河朱莉に夜の旧校舎に呼び出されるのだが、そこで彼を待っていたのはパラサイトに変貌した朱莉の姿だった…。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

焔鬼

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ホラー
「昨日の夜、行方不明になった子もそうだったのかなあ。どっかの防空壕とか、そういう場所に入って出られなくなった、とかだったら笑えないよね」  焔ヶ町。そこは、焔鬼様、という鬼の神様が守るとされる小さな町だった。  ある夏、その町で一人の女子中学生・古鷹未散が失踪する。夜中にこっそり家の窓から抜け出していなくなったというのだ。  家出か何かだろう、と同じ中学校に通っていた衣笠梨華は、友人の五十鈴マイとともにタカをくくっていた。たとえ、その失踪の状況に不自然な点が数多くあったとしても。  しかし、その古鷹未散は、黒焦げの死体となって発見されることになる。  幼い頃から焔ヶ町に住んでいるマイは、「焔鬼様の仕業では」と怯え始めた。友人を安心させるために、梨華は独自に調査を開始するが。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

神送りの夜

千石杏香
ホラー
由緒正しい神社のある港町。そこでは、海から来た神が祀られていた。神は、春分の夜に呼び寄せられ、冬至の夜に送り返された。しかしこの二つの夜、町民は決して外へ出なかった。もし外へ出たら、祟りがあるからだ。 父が亡くなったため、彼女はその町へ帰ってきた。幼い頃に、三年間だけ住んでいた町だった。記憶の中では、町には古くて大きな神社があった。しかし誰に訊いても、そんな神社などないという。 町で暮らしてゆくうち、彼女は不可解な事件に巻き込まれてゆく。

処理中です...