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<6・エンディング>
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捕まったら、確実に殺される。
兄の友人達も気の毒であるし、助けたい気持ちは心の底からあったが。残念ながら今は、自分達が逃げることが最優先だった。このまま自分達が殺されてしまったら、この恐ろしい真実を一体誰に伝えることができるのだろう。
本当はそのまま外に逃げるのが最善であったのだろうが、敷地内で挟み撃ちにあってしまってはどうしようもない。僕達はイチかバチか、一度施設の中に逃げ込んだ。ぐるぐる外側を逃げ回っていたら、幸か不幸かもう一箇所開いたままの窓に気がついたためである。とんでもないことをやらかしている施設にしては、警備が随分と中途半端なのは間違いなかった。
「どうしよう……本当に、どうしよう……!」
右に左に、上に下に。散々逃げ回った僕達は今、どこかの倉庫のような場所に身を潜めている。恐らく二階、だと思うが確証はない。倉庫の外では今もバタバタと走り回る足音が聞こえていて、とてもじゃないが飛び出して逃げられる状態でははなかった。一体この建物の中には何人の職員――否、あの怪物がいて、少年少女達を殺害し入れ替わり続けてきたのだろうか。
そこは、まるで理科準備室のような空間だった。棚の上には、よくわからないカプセルがあったり、どろっとした生臭い液体が入っている試験管が置かれていたりする部屋である。鉄製の棚の上に置かれた、ガラス瓶の中の謎の肉の塊を見て、僕はますます泣きたくなった。今のところなんとか逃げ延びられているのはいいが、よりにもよってこんなホラーな部屋に入ってしまうなんて運がないとしか言い様がない。
数年前に見た、子供向けホラー映画を思い出してしまった。木造校舎に逃げ込んで出られなくなった子供達が、恐ろしい妖怪や人体模型などに襲われて恐怖の一夜を体験するという話である。これが映画の中なら、真っ先にこれらのものがお化けに取り憑かれて襲ってくることだろう。大量殺人鬼の異星人だけでいっぱいいっぱいなのに、これ以上は本当に勘弁して欲しいと思う。
「ポッド研修って、何十年とか、それくらい前から始まってたよね?てことはその法律が始まった頃から、みんなが気づかないところでたくさんの中学生が殺され続けてたってことだよね……!?」
「……そうだな、そういうことになる」
「じゃ、じゃあ!ここにいる僕達って何!?お父さんもお母さんもポッド研修受けたってことは、地球人じゃなくて異星人?か何かが入れ替わった存在ってことでしょ。でも、僕達が産まれるずっと前から入れ替わってるってことだから、僕達も異星人ってことなの?あれ、でもあの怪物達って、地球人がどうのって言って……」
「落ち着け、裕太。混乱するのはわかるけど、パニクってる場合じゃない」
逃げているうちに、兄はどうにか冷静さを取り戻したらしい。こうして自分達が騒ぎを起こしている間も、友人達が次から次へと殺されていっているかもしれない。そう思ったら本当は、すぐにでも飛び出して助けに行きたいというのが本心であるはずだ。
それでも、今の自分達が助けに行っても、ミイラ取りがミイラになるだけ。少し落ち着いて考えればすぐわかること。そもそも自分達の言葉が真実味を持った頃には、既に全員逃げられない状況に陥っているのは想像に難くない。説得に長い時間をかける余裕など、自分達のどこにもないのだから。
つまり、今自分達ができることがあるとしたら――此処からなんとしてでも逃げて、味方になってくれる人たちに助けを求めることだけなのである。勿論ポッド研修を通過している“両親”は既に入れ替わっているはずだから、助けを求めた時点でアウト。どれくらいの数がいて生きているのかはわからないが、ポッド研修に反対する団体の人達に真実を明かして救いを求める他ないのだろう。
そこまで辿り着けるかどうか、辿りついたところでどこまで事態の解決にこぎつけるか。ここまで規模の大きい事態とあっては、絶望的としか言い様がないが。
「……俺達は、人間……地球人なんだと思う」
兄は棚に置かれたビーカーや、こについたタグを見ながら言った。
「さっき、職員の奴らが言ってた話を総合して、大凡状況に見当はついた。……百年ほど前に落ちてきたっていう小さな隕石が実は宇宙船で、NASAが異星人を匿ってたってたのは強ち間違いじゃないのかもな。ただし実際は匿ってた、じゃなくて……脅されて掌握させられた、って方が正しいかもしれねぇけど」
「流れ星に見えていたものが、全部異星人の船だった可能性もあるってこと?」
「あくまで可能性の話だけどな。少なくとも、百年近く前の段階で、異星人は政府に入り込んでた。そして、自分達の居住地とビジネスに地球を利用し、人類に気づかれないようにじわじわ侵略するため……ポッド研修法なんてまどろっこしい方法を編み出したってわけだ」
忌々しい、と舌打ちする裕介。いつも優しく、正義感に溢れた兄がここまで怒りをむき出しにする姿を、僕は産まれて初めて見た。
「一定年齢の子供……中学生なのもきっと意味があるんだろうな。その子供を集めて一斉に殺害し、変身能力を持つ異星人と入れ替わらせる。中学生くらいのガキの肉が一番美味しいからとかありそうだよな」
『きちんと全員運べよ、男は1-A、女は1-Bだ間違えるな。おエライ方の貴重な食料だからな』
『いいよなあ、偉い人たち。人肉食えるんだから。ていうかガス吸った遺体なんか食べて大丈夫なんですか?』
『きちんと毒抜きすれば問題ないらしい。肺は毒まみれになってるから食べられないけど、それ以外の部分はきちんと毒抜きして火を通せば全然食えるんだと。貴族の方の高級食材として人気があるらしい。地球人は脂肪が多くて上手いからな。惑星国家グラシスタとかにも超高値で売れるんだそうだ』
『羨ましい!』
「職員どもも、きっと人間に変身した元怪物なんだろうさ。……地球人を殺してその肉を売りさばきながら、同時に地球人の顔と身分を手に入れてじわじわ自分達の人口を地球上に増やして侵略する。奴らは何十年もそのやり方で、俺達を陰ながら支配してきたんだ」
「でも、それをずーっとやってたら、純粋な地球人の人口はどんどん減っていっちゃう一方だよね?」
「ああ。だから、地球人を人工的に“作る”こともやってるんだろうさ。異星人同士で子供が作れるのかどうかは知らないが、異星人同士の子供は“美味しい人肉”になる地球人じゃなくなっちまうからな。……これ」
兄が一つのビーカーを棚から持ち出し、僕に握らせた。触ってみると、びっくりするほど冷たい。中には何やら凍った植物のようなものが詰め込まれていて、その中心にはさらに小さな試験管のようなものが収納されている。植物はこうして見ている間にも真っ白な霧のようなものを出し続けていた。どうやら、この植物のようなものが、中の試験管を冷やす役割をしているらしい。
「タグがついていた。その試験管の中身は、人間の精子らしい」
「せっ……」
「恐らく、死んだ中学生達の遺体から精子と卵子を取り出して適当に受精させ、人間の子供を“製造”し続けてるんだろうな。それを、地球人を演じながら大人にまで成長した男女に渡して、子供として育てさせてるんじゃないか。中学生相当まで育てて、最終的には異星人の貴族のご馳走にするために」
滅茶苦茶すぎる話だ。人間の尊厳も何もあったものではない。確かに死人に口なし、死んだ人間の遺体はどう解剖されたところで文句など言わないのかもしれないが。だからってこれでは、奴隷どころか実験動物もいいところの扱いではないか。
少し変わった法律があるだけの、平和な国。平和な惑星。自分達がずっとそう信じてきたこの星に、まさかそんな恐ろしい秘密があっただなんて。
「……僕達、化け物のごはんじゃない。そんなの嫌だ、絶対嫌だよ……!」
ついに、こらえていた涙がぽろりと零れる。泣いている場合ではない。どれだけ恐ろしくてもここから逃げ出して、皆に真実を知らせて立ち向かわなければいけない。わかっていても、一度決壊してしまった感情はどうしようもなかった。
だってその話が正しいのなら。ずっとお父さんとお母さんだと信じてきた二人さえ――実は怪物で、血の繋がりも何もない存在ということになってしまうではないか。しかも自分達をいつか食うために、ずっと騙して育てていたなんて。
「俺だって嫌だ。こんな滅茶苦茶なこと、許していいはずがねえ……!」
僕が返したビーカーを棚に戻して、兄はぎゅっと拳を握った。
「そのためには、とにかく此処から生きて逃げるしかない。……最低、俺達どっちか片方だけでも」
それ、どういう意味。僕が背中に冷たいものを感じた、まさにその瞬間だった。倉庫のドアが、凄まじい勢いで叩かれ始めたのである。
『おい、ここ鍵かかってるぞ!ここに閉じこもってるんじゃないか!?』
『誰か、鍵持って来い!急げ、第三倉庫だ!』
「――!!」
僕が息を呑むのと、兄が反対側の壁に走っていって窓の鍵を開けるのは同時だった。
「俺がここで暴れて、時間を稼ぐ。今のうちに、裕太は先に逃げろ!適当に時間を稼いだら追いつくから!」
「に、兄ちゃんダメだって!そんなのフラグでしかないじゃんか!」
確かに、このままでは二人共捕まるかもしれない。そしてここが本当に二階の高さなら、飛び降りても助かる可能性はそれなりにあるだろう。そして、この真実を明らかにするためには、僕と兄のどちらか片方だけでも生き残らなければならないのはわかっている。それが、もう片方を犠牲にすることだとしてもだ。
けれど、だからといって。自分のような平凡な弟が生き残って、兄を犠牲にするなんてそんなことは――。
「俺は逃げても、すぐに研修を受けてないってバレる。家に逃げても逃げ場なんかない。でもお前はまだ、規定年齢に達してないだろ。家に逃げ帰ってもしらばっくれてれば、今すぐ処分を受けずに済む可能性は高い。だったら、逃げるべきはお前だ!」
外の足音は増えていく一方だ。ついに、がちゃがちゃと鍵が回る音がし始める。
裕介はもはや、迷っている僕の意見を聴くつもりもないようだった。嫌だ、待って――そう叫ぶ僕を抱えると、大きく開け放った窓のところまで持っていく。
「兄ちゃん、やだ!やだよ、こんなの!」
「俺は犠牲になるわけじゃない、勘違いすんなよ!」
彼は一度だけ。最後に一度だけ笑って――僕の額の中心を、人差し指で小突いた。
僕が一番好きだった、笑顔と所作で、彼は。
「どんなに時間かかっても。……ちゃんと生き残って、お前に会いにいく。信じてくれ。……大好きだよ、裕太」
そして、彼は。僕の身体を、そのまま窓の外に投げ落としたのである。
そうすることで、唯一希望が繋がると、そう信じて。
***
世界は、回る。
まるで何事もなかったように、回り続ける。まるで平和であるかのように装って、異星人に侵略されているなんて事実など誰にも悟らせないようにして。
実際、僕の世界に表向きの異変はない。
いつもと同じ夜。いつもと同じ家族。いつもと同じ自分の部屋で眠る日常。それは今日も、当然のように続いている。
――流れ星……。
中学生になった僕は、窓の向こうに走った光にそっと目を細めた。僕が気づくと同時に光は消えてしまったので、とてもお祈りを捧げる時間などなかったけれど。
「だいっきらいだ」
もう二度と、僕が流れ星に願い事を言うことはない。僕は舌打ちを一つして、カーテンを引いた。自分達の世界を平然と壊す異星人の船などに、自分の希望を伝える意味など1ミリもないのだから。
ここから先の願いは、自分一人で叶える。一年前に満身創痍で山の麓の町まで逃げ帰った僕は、絶望の中でそう誓ったのだ。子供でしかない自分の力など、大したものではないのかもしれない。それでも、怒りを溜めることはできる。この怒りがあれば、自分はまだ自分でいられるだろう。人を人とも思わない連中への復讐を、諦めずにいられることだろう。
そう、何故なら奴らは。
「んあ……?裕太、なんか言ったかー……」
僕の声で起きてしまったのか、布団の中から裕介がごそごそと起きだしてくる。僕はパソコンの画面を適当なニュースサイトに切り替えながら、ゆっくりと彼の方を振り返った。
「……なんでもない、兄ちゃん。ちょっと課題の調べ物してただけ。もう寝るね」
「おう、そっか」
大きく欠伸をしながら、パジャマ姿の兄はにっこりと笑った。
「勉強熱心だな!さすが裕太、俺の弟!でも、夜ふかしはだめだからなー?」
「……うん」
彼は笑顔で、僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「そうだね、兄ちゃん……」
もう二度と、彼が自分の額を人差し指で小突いてくれることはない。
僕は彼に見えない場所で、きつくきつく拳を握り締めたのだった。
兄の友人達も気の毒であるし、助けたい気持ちは心の底からあったが。残念ながら今は、自分達が逃げることが最優先だった。このまま自分達が殺されてしまったら、この恐ろしい真実を一体誰に伝えることができるのだろう。
本当はそのまま外に逃げるのが最善であったのだろうが、敷地内で挟み撃ちにあってしまってはどうしようもない。僕達はイチかバチか、一度施設の中に逃げ込んだ。ぐるぐる外側を逃げ回っていたら、幸か不幸かもう一箇所開いたままの窓に気がついたためである。とんでもないことをやらかしている施設にしては、警備が随分と中途半端なのは間違いなかった。
「どうしよう……本当に、どうしよう……!」
右に左に、上に下に。散々逃げ回った僕達は今、どこかの倉庫のような場所に身を潜めている。恐らく二階、だと思うが確証はない。倉庫の外では今もバタバタと走り回る足音が聞こえていて、とてもじゃないが飛び出して逃げられる状態でははなかった。一体この建物の中には何人の職員――否、あの怪物がいて、少年少女達を殺害し入れ替わり続けてきたのだろうか。
そこは、まるで理科準備室のような空間だった。棚の上には、よくわからないカプセルがあったり、どろっとした生臭い液体が入っている試験管が置かれていたりする部屋である。鉄製の棚の上に置かれた、ガラス瓶の中の謎の肉の塊を見て、僕はますます泣きたくなった。今のところなんとか逃げ延びられているのはいいが、よりにもよってこんなホラーな部屋に入ってしまうなんて運がないとしか言い様がない。
数年前に見た、子供向けホラー映画を思い出してしまった。木造校舎に逃げ込んで出られなくなった子供達が、恐ろしい妖怪や人体模型などに襲われて恐怖の一夜を体験するという話である。これが映画の中なら、真っ先にこれらのものがお化けに取り憑かれて襲ってくることだろう。大量殺人鬼の異星人だけでいっぱいいっぱいなのに、これ以上は本当に勘弁して欲しいと思う。
「ポッド研修って、何十年とか、それくらい前から始まってたよね?てことはその法律が始まった頃から、みんなが気づかないところでたくさんの中学生が殺され続けてたってことだよね……!?」
「……そうだな、そういうことになる」
「じゃ、じゃあ!ここにいる僕達って何!?お父さんもお母さんもポッド研修受けたってことは、地球人じゃなくて異星人?か何かが入れ替わった存在ってことでしょ。でも、僕達が産まれるずっと前から入れ替わってるってことだから、僕達も異星人ってことなの?あれ、でもあの怪物達って、地球人がどうのって言って……」
「落ち着け、裕太。混乱するのはわかるけど、パニクってる場合じゃない」
逃げているうちに、兄はどうにか冷静さを取り戻したらしい。こうして自分達が騒ぎを起こしている間も、友人達が次から次へと殺されていっているかもしれない。そう思ったら本当は、すぐにでも飛び出して助けに行きたいというのが本心であるはずだ。
それでも、今の自分達が助けに行っても、ミイラ取りがミイラになるだけ。少し落ち着いて考えればすぐわかること。そもそも自分達の言葉が真実味を持った頃には、既に全員逃げられない状況に陥っているのは想像に難くない。説得に長い時間をかける余裕など、自分達のどこにもないのだから。
つまり、今自分達ができることがあるとしたら――此処からなんとしてでも逃げて、味方になってくれる人たちに助けを求めることだけなのである。勿論ポッド研修を通過している“両親”は既に入れ替わっているはずだから、助けを求めた時点でアウト。どれくらいの数がいて生きているのかはわからないが、ポッド研修に反対する団体の人達に真実を明かして救いを求める他ないのだろう。
そこまで辿り着けるかどうか、辿りついたところでどこまで事態の解決にこぎつけるか。ここまで規模の大きい事態とあっては、絶望的としか言い様がないが。
「……俺達は、人間……地球人なんだと思う」
兄は棚に置かれたビーカーや、こについたタグを見ながら言った。
「さっき、職員の奴らが言ってた話を総合して、大凡状況に見当はついた。……百年ほど前に落ちてきたっていう小さな隕石が実は宇宙船で、NASAが異星人を匿ってたってたのは強ち間違いじゃないのかもな。ただし実際は匿ってた、じゃなくて……脅されて掌握させられた、って方が正しいかもしれねぇけど」
「流れ星に見えていたものが、全部異星人の船だった可能性もあるってこと?」
「あくまで可能性の話だけどな。少なくとも、百年近く前の段階で、異星人は政府に入り込んでた。そして、自分達の居住地とビジネスに地球を利用し、人類に気づかれないようにじわじわ侵略するため……ポッド研修法なんてまどろっこしい方法を編み出したってわけだ」
忌々しい、と舌打ちする裕介。いつも優しく、正義感に溢れた兄がここまで怒りをむき出しにする姿を、僕は産まれて初めて見た。
「一定年齢の子供……中学生なのもきっと意味があるんだろうな。その子供を集めて一斉に殺害し、変身能力を持つ異星人と入れ替わらせる。中学生くらいのガキの肉が一番美味しいからとかありそうだよな」
『きちんと全員運べよ、男は1-A、女は1-Bだ間違えるな。おエライ方の貴重な食料だからな』
『いいよなあ、偉い人たち。人肉食えるんだから。ていうかガス吸った遺体なんか食べて大丈夫なんですか?』
『きちんと毒抜きすれば問題ないらしい。肺は毒まみれになってるから食べられないけど、それ以外の部分はきちんと毒抜きして火を通せば全然食えるんだと。貴族の方の高級食材として人気があるらしい。地球人は脂肪が多くて上手いからな。惑星国家グラシスタとかにも超高値で売れるんだそうだ』
『羨ましい!』
「職員どもも、きっと人間に変身した元怪物なんだろうさ。……地球人を殺してその肉を売りさばきながら、同時に地球人の顔と身分を手に入れてじわじわ自分達の人口を地球上に増やして侵略する。奴らは何十年もそのやり方で、俺達を陰ながら支配してきたんだ」
「でも、それをずーっとやってたら、純粋な地球人の人口はどんどん減っていっちゃう一方だよね?」
「ああ。だから、地球人を人工的に“作る”こともやってるんだろうさ。異星人同士で子供が作れるのかどうかは知らないが、異星人同士の子供は“美味しい人肉”になる地球人じゃなくなっちまうからな。……これ」
兄が一つのビーカーを棚から持ち出し、僕に握らせた。触ってみると、びっくりするほど冷たい。中には何やら凍った植物のようなものが詰め込まれていて、その中心にはさらに小さな試験管のようなものが収納されている。植物はこうして見ている間にも真っ白な霧のようなものを出し続けていた。どうやら、この植物のようなものが、中の試験管を冷やす役割をしているらしい。
「タグがついていた。その試験管の中身は、人間の精子らしい」
「せっ……」
「恐らく、死んだ中学生達の遺体から精子と卵子を取り出して適当に受精させ、人間の子供を“製造”し続けてるんだろうな。それを、地球人を演じながら大人にまで成長した男女に渡して、子供として育てさせてるんじゃないか。中学生相当まで育てて、最終的には異星人の貴族のご馳走にするために」
滅茶苦茶すぎる話だ。人間の尊厳も何もあったものではない。確かに死人に口なし、死んだ人間の遺体はどう解剖されたところで文句など言わないのかもしれないが。だからってこれでは、奴隷どころか実験動物もいいところの扱いではないか。
少し変わった法律があるだけの、平和な国。平和な惑星。自分達がずっとそう信じてきたこの星に、まさかそんな恐ろしい秘密があっただなんて。
「……僕達、化け物のごはんじゃない。そんなの嫌だ、絶対嫌だよ……!」
ついに、こらえていた涙がぽろりと零れる。泣いている場合ではない。どれだけ恐ろしくてもここから逃げ出して、皆に真実を知らせて立ち向かわなければいけない。わかっていても、一度決壊してしまった感情はどうしようもなかった。
だってその話が正しいのなら。ずっとお父さんとお母さんだと信じてきた二人さえ――実は怪物で、血の繋がりも何もない存在ということになってしまうではないか。しかも自分達をいつか食うために、ずっと騙して育てていたなんて。
「俺だって嫌だ。こんな滅茶苦茶なこと、許していいはずがねえ……!」
僕が返したビーカーを棚に戻して、兄はぎゅっと拳を握った。
「そのためには、とにかく此処から生きて逃げるしかない。……最低、俺達どっちか片方だけでも」
それ、どういう意味。僕が背中に冷たいものを感じた、まさにその瞬間だった。倉庫のドアが、凄まじい勢いで叩かれ始めたのである。
『おい、ここ鍵かかってるぞ!ここに閉じこもってるんじゃないか!?』
『誰か、鍵持って来い!急げ、第三倉庫だ!』
「――!!」
僕が息を呑むのと、兄が反対側の壁に走っていって窓の鍵を開けるのは同時だった。
「俺がここで暴れて、時間を稼ぐ。今のうちに、裕太は先に逃げろ!適当に時間を稼いだら追いつくから!」
「に、兄ちゃんダメだって!そんなのフラグでしかないじゃんか!」
確かに、このままでは二人共捕まるかもしれない。そしてここが本当に二階の高さなら、飛び降りても助かる可能性はそれなりにあるだろう。そして、この真実を明らかにするためには、僕と兄のどちらか片方だけでも生き残らなければならないのはわかっている。それが、もう片方を犠牲にすることだとしてもだ。
けれど、だからといって。自分のような平凡な弟が生き残って、兄を犠牲にするなんてそんなことは――。
「俺は逃げても、すぐに研修を受けてないってバレる。家に逃げても逃げ場なんかない。でもお前はまだ、規定年齢に達してないだろ。家に逃げ帰ってもしらばっくれてれば、今すぐ処分を受けずに済む可能性は高い。だったら、逃げるべきはお前だ!」
外の足音は増えていく一方だ。ついに、がちゃがちゃと鍵が回る音がし始める。
裕介はもはや、迷っている僕の意見を聴くつもりもないようだった。嫌だ、待って――そう叫ぶ僕を抱えると、大きく開け放った窓のところまで持っていく。
「兄ちゃん、やだ!やだよ、こんなの!」
「俺は犠牲になるわけじゃない、勘違いすんなよ!」
彼は一度だけ。最後に一度だけ笑って――僕の額の中心を、人差し指で小突いた。
僕が一番好きだった、笑顔と所作で、彼は。
「どんなに時間かかっても。……ちゃんと生き残って、お前に会いにいく。信じてくれ。……大好きだよ、裕太」
そして、彼は。僕の身体を、そのまま窓の外に投げ落としたのである。
そうすることで、唯一希望が繋がると、そう信じて。
***
世界は、回る。
まるで何事もなかったように、回り続ける。まるで平和であるかのように装って、異星人に侵略されているなんて事実など誰にも悟らせないようにして。
実際、僕の世界に表向きの異変はない。
いつもと同じ夜。いつもと同じ家族。いつもと同じ自分の部屋で眠る日常。それは今日も、当然のように続いている。
――流れ星……。
中学生になった僕は、窓の向こうに走った光にそっと目を細めた。僕が気づくと同時に光は消えてしまったので、とてもお祈りを捧げる時間などなかったけれど。
「だいっきらいだ」
もう二度と、僕が流れ星に願い事を言うことはない。僕は舌打ちを一つして、カーテンを引いた。自分達の世界を平然と壊す異星人の船などに、自分の希望を伝える意味など1ミリもないのだから。
ここから先の願いは、自分一人で叶える。一年前に満身創痍で山の麓の町まで逃げ帰った僕は、絶望の中でそう誓ったのだ。子供でしかない自分の力など、大したものではないのかもしれない。それでも、怒りを溜めることはできる。この怒りがあれば、自分はまだ自分でいられるだろう。人を人とも思わない連中への復讐を、諦めずにいられることだろう。
そう、何故なら奴らは。
「んあ……?裕太、なんか言ったかー……」
僕の声で起きてしまったのか、布団の中から裕介がごそごそと起きだしてくる。僕はパソコンの画面を適当なニュースサイトに切り替えながら、ゆっくりと彼の方を振り返った。
「……なんでもない、兄ちゃん。ちょっと課題の調べ物してただけ。もう寝るね」
「おう、そっか」
大きく欠伸をしながら、パジャマ姿の兄はにっこりと笑った。
「勉強熱心だな!さすが裕太、俺の弟!でも、夜ふかしはだめだからなー?」
「……うん」
彼は笑顔で、僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「そうだね、兄ちゃん……」
もう二度と、彼が自分の額を人差し指で小突いてくれることはない。
僕は彼に見えない場所で、きつくきつく拳を握り締めたのだった。
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※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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