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<40・仲間>
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「やっぱり、お前は凄いよ」
「え」
グレンの町外れの森で薬草摘みを手伝いながら、思わず空一はため息を漏らしていた。言われたサミュエルはきょとんとして、中腰の姿勢のまま振り返る。既に籠の中は薬草でいっぱいに見えるのだが、まだつっこむつもりなのだろうか。それ以上ねじこんだら溢れて零れるぞ、と思うのだけれど。
「いや、僕も園部君も知らない間にさー、そんな大きな魔法地道に練習しててさ。……間違いなく園部君のチートスキルに引っかかったの、お前も同じだよなって」
結局優理ははっきりと明言しなかったが、ジェシカにトドメを刺したあの魔法を見ていればおのずと察するものである。彼が“最強の仲間を自動で引き寄せる”で巡り合ったのは、間違いなくサミュエルとポーラの二人のことであるだろう、と。自分はたまたま彼の行先に潜伏していただけだ。そうでなければ上手い具合に遭遇することもできないまま終わっていた可能性は十分にある。なんせ、自分はスキルでちょっと敵を攪乱させるくらいのことしかしていないのだから。
「僕は、本当に強い奴っていうのは、生まれつき強いんだと思ってたんだ。僕達の世界では、異世界転生すると自動で最強のスキルが貰えて、どんなモンスターも魔王もバッタバッタと倒せて……みたいなチート無双モノのマンガとかが流行してるんだけど。そういう、とにかく天賦の才能とか、誰かに特別な力を貰えた奴だけが選ばれた存在で、そうでない僕みたいなのは一生強い人間にはなれないって諦めてたんだよね。……だから、とにかく力がないと、弱いのはいけないことなんだから……みたいに思ってた、坂田達の気持ちもちょっとだけならわかるというか」
自分は弱いんだから、しょうがないじゃないか。ヒーローになれない、照を助けられなかったのも仕方ない。自分のことを嫌悪しながらも、どこかで言い訳を続けていたのは事実である。
屈強な体を持っていないことと、勇気がないことは全く別の話だというのに。
自分の弱さを、大切な人を守れずに逃げたことへの免罪符にしようとしていた。己の弱さを本当の意味で認める勇気がないこと、それ以上の罪などないと心のどこかではわかっていたというのに。
「お前は……全属性が使えるって才能があるのに、そこに胡坐掻かないで頑張ったわけでしょ。……そういうの、僕にはなかったなって。強くなれないんだからって諦めて、強くなる努力もしてこなかった。一番凄いのは、生まれつきの才能を持っててもそこで怠けないで、ちゃんと強くなる努力も怠らない奴だよなって思う」
「……クーイチさん」
サミュエルはまじまじとこちらを見て言った。
「突然褒め出してなんですか、気持ち悪いですよ?」
「言うに事欠いてそれかいな!酷くない!?ていうかお前実は結構毒舌家だろ!」
「え、今更気づいたんですか?」
「悪かったね今更で!」
ぎゃんぎゃんと騒ぎながら言うと、サミュエルはそんな空一がおかしかったのか思いきり噴出して笑い始めた。
「あはははっ……すみません、冗談ですよ冗談!……まあ、本当の自分はもう、隠さないことにしようと思っただけです。……ユーリさんに出逢った時の自分なら、きっと“そんなことない、自分なんて”って謙遜してたと思うんですけど……今は違うので。僕は、偉大なる魔術師・ヘイズ家に生まれた大魔術師の子孫、サミュエル・ヘイズ。その名に相応しい魔術師になる責務があるんです。だから、努力と鍛錬はただの義務だった、それだけですよ」
「それ、結構辛そうに見えるけど、そうでもないの?」
「そうでもないんですよ、少なくとも今は。……確かに僕は自信をなくしかけてて、自分は本当は誰よりお荷物なんじゃないかって落ち込んでたけど……こんな僕でもちゃんと誰かの役に立てるってこと、ユーリさんが教えてくれたんです。頑張れば頑張るだけ、成果は見える。大事な人達の力になれる。それがわかってるなら、何も辛いことなんかないじゃないですか。……大事なのは努力の方向性を間違えないこと、なんですよ。僕も、君も……そして他の誰かも」
なんとなく、彼が何を言いたいのかわかった気がした。多分光や坂田、安生――彼等が犯した罪と、そうなった経緯について想いを馳せているのだろう。
彼等は、確かに許されないことをした。多くの人にとっては悪行以外の何者でもないだろう。しかし、実際願っていたことは、たった一人信じる人の役に立ちたい、己の居場所を守りたいという一心のみ。それは誰だって願う、当たり前のことだ。彼等が死ぬ気で頑張っていたことは、誰にも否定することはできない。ただ頑張る方向性を、間違えてしまっただけで。
「……園部君も凄いって思う。サミュエルとは、違う方向でもさ」
ぶちり、と足元の草を千切る。モンスターが出る前に、なるべく早く仕事を済ませてしまわねばなるまい。多少復興が終わるまでは、この世界に留まることに決めたのだとしても。
「悪い魔法使いを倒して、世界の平和を取り戻しました!……ってなったら、普通勇者はアフターフォローなんかしないでさっさと家に帰っちゃうもんなのに。ある程度やるべきことちゃんとやってから帰るべきだーって普通思わないよ。いくら、僕達が事故にあってすぐの時間帯に戻してくれるって言われてるとしてもさ」
それに、と空一は続ける。
「鮫島さん達は、僕達に酷いことをした。いじめられた……のもそうだし、結局鮫島さんたちが無茶苦茶な度胸試しなんかさせなかったら、僕達みんな死なずに済んだかもしれないのに。普通、いじめられっこがいじめっこを倒したら、“ざまあみろ!とっとと地獄に堕ちろ!”って救済なんかせずに鼻で笑うと思う。ていうか、僕ならそうしてる。なのに、園部君はいじめっ子連中の気持ちにまで寄り添って、本気で助けようとしてた。ていうか……これからもそうするつもりでいる。確かに園部君がヒーローを目指すきっかけになったのって実は小さな頃の雉本君だったみたいだけど……それ知ったのだって、全部終わった後になってからのことだし」
「それが、ユーリさんの凄いところなんでしょうよ」
ぐいぐいぐい、とサミュエルは強引に籠に薬草を押しこもうとする。案の定、溢れてしまって大変なことになっているが。仕方ない、少しこっちの籠に貰うか、と空一は手を伸ばす。
自分はただ、元の世界に帰るために魔女を倒しただけ。魔女が死んでもいいと思っていたし、いじめっ子どもが因果応報で死んでもきっと意に介さなかったことだろう。きっとそれが、普通のことのはずで。それでも優理は、一見甘いと思えるような理想を貫き通して現実にしたのだ。
否。過去形ではない。
彼はきっとこれからもそうしていくのだろう。それが、園部優理という人間である限り。
「今回のことではっきりしたでしょ。ユーリさんには、僕が必要なんですから」
そして空一に薬草を渡しながら、サミュエルはドヤ顔で言うのだ。
「だから“次”も、遠慮なく呼んでくださいね、僕達を」
***
よくやるなあ、とポーラは小さく呟いた。大量に積み上がった資料の山に埋もれて、優理の姿はすっかり見えなくなってしまっている。
彼がこの資料室にこもってから既に二時間。そろそろ意識が朦朧としてきた頃ではないのだろうか、と思う。元々勉強関連がさほど得意ではなかったらしいから尚更に。
「大丈夫かユーリ?生きてる?」
「か、か、かろうじて……」
「OK、ちょっと休もうか」
「うぶぶ……」
今にも土砂崩れを起こしそうになっていた本の山をどけてやると、その向こうからげっそり顔の優理が姿を現した。
確かに、シュカの町で、オーガの一族たちが普通に暮らせるように知恵を貸して欲しいと言ったのはポーラである。しかしまさか、彼が町役場の資料室にこもって、ひとしきりこの国とオーガの一族の歴史を調べさせて欲しいと言い出したのには驚いた。町長は一族を町に移住させてくれると約束したが、それでも町の人間達との軋轢はある。だからその間に立って、お互いが話し合いのテーブルにつけるようにするための知恵を貸してくれればそれでいいと思っていたのだが。
――“そのためには、もっとみんなこと知らないと”って。そう思えるのが凄いよな。
『勉強とか正直苦手だけど、知らないとできないことがたくさんあるのは事実だもん、頑張らないと。……俺、ポーラにたくさん助けて貰ったし、ポーラからはたくさん話を聞いたからさ。どうあっても、オーガの一族の方に同情的になっちゃうんだよ。勿論、町の人たちの差別は良くないって今でも思うけど、差別するようになってしまったのには何か原因があったかもしれないだろ。だったら、そういうのを何も知らないで、差別だけ良くないって叫んでもなんの説得力もないし客観性もないと思うんだ。……本当になんとかしたいなら、まず平等な判断ができるような知識を身に着けないと、だよ』
自分の視点が偏っていることを認めて、知るべきことを知ろうと考えられる人間はそう多くはない。こいつがもしシュカの町の人間なら、将来町長を任せるに足る逸材だったのかもしれないな、とポーラは本気でそう思った。
例えるなら。虐げられている町の人を見て、魔王が全ての元凶だ、魔王を倒せば全部解決するんだ、とそう判断を下すのは簡単なのだ。一面だけを見て、どちらかが一方的に悪いと思って断罪した方が人はすっきりするものなのだから。自分はいつだって正義の味方であり、ざまあみろ!と相手をぶったぎって褒め称えられるのは非常に爽快なことである。――実は魔王にも事情はあったのかもしれない、最初に魔王をいじめたのは町の人の方だったかもしれないなんて、考えることさえしたくない人間は少なくない。余計な荷物を背負って、悩むのは誰だって嫌なはずなのだから。
それでもこの少年は、その重荷を積極的に背負おうとする。
後で後悔するのが嫌だから、全部自分のためだから――そんなことを言いながら。
「本当に、お人よしだよな」
お茶のコップを手渡してやると、優理は“そんなんじゃないってば”と苦笑した。
「自分が嫌なだけなんだって。学校で喧嘩の仲裁をするのに、片方からしか意見を聞かないで一方的に断罪するようじゃ先生失格でしょ。それと同じだよ」
「オーガと町の件だけじゃねえよ。サメジマ・ルリハのこともだ」
彼等は、本来ならすぐに元の世界に帰れるはずだった。復興作業なんか手伝って、滞在期間を延ばす必要もなかったのである。その上、彼等は元の世界に帰ったあとも、またサトヤに呼び出されて異世界転移させられるかもしれないというではないか。
全ては、光たちが望んだために。
光たちといっしょに、ジェシカを再び探し、るりはを見つけるために。そこまで付き合ってやる義理なんか、本来優理にはないはずだというのに。
「そもそもこの世界に来たのだって……空一が“お前に死んでほしくない”って願った結果、サトヤが引っ張られてお前ら二人を異世界転生させたから、だとかなんとか言ったっけか?ようは、お前は最初から最後まで誰かの願いに引っ張りまわされてるわけだ。それに付き合い続けたら、キリがないんじゃないのか。ましてや、いくら反省してるっぽいつったって、キジモト・ヒカルはお前に酷いことしたいじめっこどもなんだろ?」
むしろ、いじめっ子どもは全員ぶっ殺してめでたしめでたし、でも咎められなかったかもしれないのに。魔女を倒した後まで付き合うなんて、お人よしが過ぎるではないか。
「キリがなくても、付き合うって決めたんだよ、俺は」
お茶を一口飲んで、優理は笑った。
「だってそれが俺なんだから。……今度こそヒーローになって、俺が俺のヒーローを助けるんだ。そうしたいからするんだよ」
馬鹿なやつ、とポーラは思う。なんせ。
――もうとっくに、お前はアタシのヒーローだっつの。
まだ、胸の奥にそっと咲いた想いの正体はわからない。憧れなのか、友情なのか、家族愛に近いものなのか、それとも別のものなのか。
それでも確かなことは一つ。自分が、これから先も、この無鉄砲で甘ったれでお人よしな少年の役に立ちたいと思ってるということである。
――もし、次があるってんなら……その時は、アタシも。
戦いが終わらないのは、そこに倒すべき悪があるからではない。
救うべき人と、誰かの願いがあるからなのだ。
『おい、お前ら!魔女が見つかったぞ、準備しろ準備!』
世界を救った少年少女達が、再びサトヤに呼ばれて結集することになるのは――この、約一年後のことである。
「え」
グレンの町外れの森で薬草摘みを手伝いながら、思わず空一はため息を漏らしていた。言われたサミュエルはきょとんとして、中腰の姿勢のまま振り返る。既に籠の中は薬草でいっぱいに見えるのだが、まだつっこむつもりなのだろうか。それ以上ねじこんだら溢れて零れるぞ、と思うのだけれど。
「いや、僕も園部君も知らない間にさー、そんな大きな魔法地道に練習しててさ。……間違いなく園部君のチートスキルに引っかかったの、お前も同じだよなって」
結局優理ははっきりと明言しなかったが、ジェシカにトドメを刺したあの魔法を見ていればおのずと察するものである。彼が“最強の仲間を自動で引き寄せる”で巡り合ったのは、間違いなくサミュエルとポーラの二人のことであるだろう、と。自分はたまたま彼の行先に潜伏していただけだ。そうでなければ上手い具合に遭遇することもできないまま終わっていた可能性は十分にある。なんせ、自分はスキルでちょっと敵を攪乱させるくらいのことしかしていないのだから。
「僕は、本当に強い奴っていうのは、生まれつき強いんだと思ってたんだ。僕達の世界では、異世界転生すると自動で最強のスキルが貰えて、どんなモンスターも魔王もバッタバッタと倒せて……みたいなチート無双モノのマンガとかが流行してるんだけど。そういう、とにかく天賦の才能とか、誰かに特別な力を貰えた奴だけが選ばれた存在で、そうでない僕みたいなのは一生強い人間にはなれないって諦めてたんだよね。……だから、とにかく力がないと、弱いのはいけないことなんだから……みたいに思ってた、坂田達の気持ちもちょっとだけならわかるというか」
自分は弱いんだから、しょうがないじゃないか。ヒーローになれない、照を助けられなかったのも仕方ない。自分のことを嫌悪しながらも、どこかで言い訳を続けていたのは事実である。
屈強な体を持っていないことと、勇気がないことは全く別の話だというのに。
自分の弱さを、大切な人を守れずに逃げたことへの免罪符にしようとしていた。己の弱さを本当の意味で認める勇気がないこと、それ以上の罪などないと心のどこかではわかっていたというのに。
「お前は……全属性が使えるって才能があるのに、そこに胡坐掻かないで頑張ったわけでしょ。……そういうの、僕にはなかったなって。強くなれないんだからって諦めて、強くなる努力もしてこなかった。一番凄いのは、生まれつきの才能を持っててもそこで怠けないで、ちゃんと強くなる努力も怠らない奴だよなって思う」
「……クーイチさん」
サミュエルはまじまじとこちらを見て言った。
「突然褒め出してなんですか、気持ち悪いですよ?」
「言うに事欠いてそれかいな!酷くない!?ていうかお前実は結構毒舌家だろ!」
「え、今更気づいたんですか?」
「悪かったね今更で!」
ぎゃんぎゃんと騒ぎながら言うと、サミュエルはそんな空一がおかしかったのか思いきり噴出して笑い始めた。
「あはははっ……すみません、冗談ですよ冗談!……まあ、本当の自分はもう、隠さないことにしようと思っただけです。……ユーリさんに出逢った時の自分なら、きっと“そんなことない、自分なんて”って謙遜してたと思うんですけど……今は違うので。僕は、偉大なる魔術師・ヘイズ家に生まれた大魔術師の子孫、サミュエル・ヘイズ。その名に相応しい魔術師になる責務があるんです。だから、努力と鍛錬はただの義務だった、それだけですよ」
「それ、結構辛そうに見えるけど、そうでもないの?」
「そうでもないんですよ、少なくとも今は。……確かに僕は自信をなくしかけてて、自分は本当は誰よりお荷物なんじゃないかって落ち込んでたけど……こんな僕でもちゃんと誰かの役に立てるってこと、ユーリさんが教えてくれたんです。頑張れば頑張るだけ、成果は見える。大事な人達の力になれる。それがわかってるなら、何も辛いことなんかないじゃないですか。……大事なのは努力の方向性を間違えないこと、なんですよ。僕も、君も……そして他の誰かも」
なんとなく、彼が何を言いたいのかわかった気がした。多分光や坂田、安生――彼等が犯した罪と、そうなった経緯について想いを馳せているのだろう。
彼等は、確かに許されないことをした。多くの人にとっては悪行以外の何者でもないだろう。しかし、実際願っていたことは、たった一人信じる人の役に立ちたい、己の居場所を守りたいという一心のみ。それは誰だって願う、当たり前のことだ。彼等が死ぬ気で頑張っていたことは、誰にも否定することはできない。ただ頑張る方向性を、間違えてしまっただけで。
「……園部君も凄いって思う。サミュエルとは、違う方向でもさ」
ぶちり、と足元の草を千切る。モンスターが出る前に、なるべく早く仕事を済ませてしまわねばなるまい。多少復興が終わるまでは、この世界に留まることに決めたのだとしても。
「悪い魔法使いを倒して、世界の平和を取り戻しました!……ってなったら、普通勇者はアフターフォローなんかしないでさっさと家に帰っちゃうもんなのに。ある程度やるべきことちゃんとやってから帰るべきだーって普通思わないよ。いくら、僕達が事故にあってすぐの時間帯に戻してくれるって言われてるとしてもさ」
それに、と空一は続ける。
「鮫島さん達は、僕達に酷いことをした。いじめられた……のもそうだし、結局鮫島さんたちが無茶苦茶な度胸試しなんかさせなかったら、僕達みんな死なずに済んだかもしれないのに。普通、いじめられっこがいじめっこを倒したら、“ざまあみろ!とっとと地獄に堕ちろ!”って救済なんかせずに鼻で笑うと思う。ていうか、僕ならそうしてる。なのに、園部君はいじめっ子連中の気持ちにまで寄り添って、本気で助けようとしてた。ていうか……これからもそうするつもりでいる。確かに園部君がヒーローを目指すきっかけになったのって実は小さな頃の雉本君だったみたいだけど……それ知ったのだって、全部終わった後になってからのことだし」
「それが、ユーリさんの凄いところなんでしょうよ」
ぐいぐいぐい、とサミュエルは強引に籠に薬草を押しこもうとする。案の定、溢れてしまって大変なことになっているが。仕方ない、少しこっちの籠に貰うか、と空一は手を伸ばす。
自分はただ、元の世界に帰るために魔女を倒しただけ。魔女が死んでもいいと思っていたし、いじめっ子どもが因果応報で死んでもきっと意に介さなかったことだろう。きっとそれが、普通のことのはずで。それでも優理は、一見甘いと思えるような理想を貫き通して現実にしたのだ。
否。過去形ではない。
彼はきっとこれからもそうしていくのだろう。それが、園部優理という人間である限り。
「今回のことではっきりしたでしょ。ユーリさんには、僕が必要なんですから」
そして空一に薬草を渡しながら、サミュエルはドヤ顔で言うのだ。
「だから“次”も、遠慮なく呼んでくださいね、僕達を」
***
よくやるなあ、とポーラは小さく呟いた。大量に積み上がった資料の山に埋もれて、優理の姿はすっかり見えなくなってしまっている。
彼がこの資料室にこもってから既に二時間。そろそろ意識が朦朧としてきた頃ではないのだろうか、と思う。元々勉強関連がさほど得意ではなかったらしいから尚更に。
「大丈夫かユーリ?生きてる?」
「か、か、かろうじて……」
「OK、ちょっと休もうか」
「うぶぶ……」
今にも土砂崩れを起こしそうになっていた本の山をどけてやると、その向こうからげっそり顔の優理が姿を現した。
確かに、シュカの町で、オーガの一族たちが普通に暮らせるように知恵を貸して欲しいと言ったのはポーラである。しかしまさか、彼が町役場の資料室にこもって、ひとしきりこの国とオーガの一族の歴史を調べさせて欲しいと言い出したのには驚いた。町長は一族を町に移住させてくれると約束したが、それでも町の人間達との軋轢はある。だからその間に立って、お互いが話し合いのテーブルにつけるようにするための知恵を貸してくれればそれでいいと思っていたのだが。
――“そのためには、もっとみんなこと知らないと”って。そう思えるのが凄いよな。
『勉強とか正直苦手だけど、知らないとできないことがたくさんあるのは事実だもん、頑張らないと。……俺、ポーラにたくさん助けて貰ったし、ポーラからはたくさん話を聞いたからさ。どうあっても、オーガの一族の方に同情的になっちゃうんだよ。勿論、町の人たちの差別は良くないって今でも思うけど、差別するようになってしまったのには何か原因があったかもしれないだろ。だったら、そういうのを何も知らないで、差別だけ良くないって叫んでもなんの説得力もないし客観性もないと思うんだ。……本当になんとかしたいなら、まず平等な判断ができるような知識を身に着けないと、だよ』
自分の視点が偏っていることを認めて、知るべきことを知ろうと考えられる人間はそう多くはない。こいつがもしシュカの町の人間なら、将来町長を任せるに足る逸材だったのかもしれないな、とポーラは本気でそう思った。
例えるなら。虐げられている町の人を見て、魔王が全ての元凶だ、魔王を倒せば全部解決するんだ、とそう判断を下すのは簡単なのだ。一面だけを見て、どちらかが一方的に悪いと思って断罪した方が人はすっきりするものなのだから。自分はいつだって正義の味方であり、ざまあみろ!と相手をぶったぎって褒め称えられるのは非常に爽快なことである。――実は魔王にも事情はあったのかもしれない、最初に魔王をいじめたのは町の人の方だったかもしれないなんて、考えることさえしたくない人間は少なくない。余計な荷物を背負って、悩むのは誰だって嫌なはずなのだから。
それでもこの少年は、その重荷を積極的に背負おうとする。
後で後悔するのが嫌だから、全部自分のためだから――そんなことを言いながら。
「本当に、お人よしだよな」
お茶のコップを手渡してやると、優理は“そんなんじゃないってば”と苦笑した。
「自分が嫌なだけなんだって。学校で喧嘩の仲裁をするのに、片方からしか意見を聞かないで一方的に断罪するようじゃ先生失格でしょ。それと同じだよ」
「オーガと町の件だけじゃねえよ。サメジマ・ルリハのこともだ」
彼等は、本来ならすぐに元の世界に帰れるはずだった。復興作業なんか手伝って、滞在期間を延ばす必要もなかったのである。その上、彼等は元の世界に帰ったあとも、またサトヤに呼び出されて異世界転移させられるかもしれないというではないか。
全ては、光たちが望んだために。
光たちといっしょに、ジェシカを再び探し、るりはを見つけるために。そこまで付き合ってやる義理なんか、本来優理にはないはずだというのに。
「そもそもこの世界に来たのだって……空一が“お前に死んでほしくない”って願った結果、サトヤが引っ張られてお前ら二人を異世界転生させたから、だとかなんとか言ったっけか?ようは、お前は最初から最後まで誰かの願いに引っ張りまわされてるわけだ。それに付き合い続けたら、キリがないんじゃないのか。ましてや、いくら反省してるっぽいつったって、キジモト・ヒカルはお前に酷いことしたいじめっこどもなんだろ?」
むしろ、いじめっ子どもは全員ぶっ殺してめでたしめでたし、でも咎められなかったかもしれないのに。魔女を倒した後まで付き合うなんて、お人よしが過ぎるではないか。
「キリがなくても、付き合うって決めたんだよ、俺は」
お茶を一口飲んで、優理は笑った。
「だってそれが俺なんだから。……今度こそヒーローになって、俺が俺のヒーローを助けるんだ。そうしたいからするんだよ」
馬鹿なやつ、とポーラは思う。なんせ。
――もうとっくに、お前はアタシのヒーローだっつの。
まだ、胸の奥にそっと咲いた想いの正体はわからない。憧れなのか、友情なのか、家族愛に近いものなのか、それとも別のものなのか。
それでも確かなことは一つ。自分が、これから先も、この無鉄砲で甘ったれでお人よしな少年の役に立ちたいと思ってるということである。
――もし、次があるってんなら……その時は、アタシも。
戦いが終わらないのは、そこに倒すべき悪があるからではない。
救うべき人と、誰かの願いがあるからなのだ。
『おい、お前ら!魔女が見つかったぞ、準備しろ準備!』
世界を救った少年少女達が、再びサトヤに呼ばれて結集することになるのは――この、約一年後のことである。
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