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<36・死闘>

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 モンスターを全部倒したら、次の能力が発動するまでの間が大きな隙になるはず。王道の考え方だが、まずこのやり方で正しいはずだ。なんせ、大量のオーガ達を配備されて波状攻撃されていては、とてもじゃないがジェシカに辿りつくことなんてできないからである。
 幸いと言うべきは、オーガは一度突進したら壁に突っ込むまで止まらないこと、そこから方向転換するまでに時間がかかるということである。なんせ、上半身と比べて下半身の筋肉があまりにも少ない。パワーはあるし頭もそこそこあるが、どこぞのイノシシ以上に小回りはきかないと見て間違いはなさそうである。

――だったら、その隙に……!

 優理は自分が囮になってオーガの注意を引きつつ、空一に“罠支配者トラップ・マスター”の発動を指示する。恐らく、一瞬でも敵の動きを止めることに成功すれば、ポーラとサミュエルがトドメを刺せるはずだ。あるいは、優理にだってボコれるかもしれない。だったら、とにかくかたっぱしから部屋中に罠を仕掛けて、相手をハメて動きを止めて回るのが理想だ。落とし穴、閃光、爆音、水柱、爆風。有りがたいことに、空一のトラップは全部で五種類もある。即死性はないし攻撃力もさほどないが、動きを止めるのには十分だ。そして威力が弱い代わりに、空一が敵と認識した相手にのみ発動させることが可能という便利な特性付きである。ならば。

「ポーラ、サミュエル!俺の指示通りに動いて!敵が動きを止めたら、その隙に攻撃して!」
「!わかった……!」
「お、OKです!」

 オーガの攻撃は当たれば一発で致命傷になりうる分、単調なので読み切るのは難しくない。どうにか敵を避け続けていた二人に、ちゃんと優理の声は届いたようだ。
 この部屋は円形になっている。水晶が据えられた中央部分をぐるりと取り囲むようにして柱が均等に並んでおり、その一本の前でジェシカが高見の見物をしている状態だ。罠は全て、柱の根元に設置させてもらった。ゆえに。

「ポーラは左回り、サミュエルは右回り、柱の根元にオーガがぶつかるように誘導して!」

 ここまで言えば、彼等なら理解してくれるはず。二人はそれぞれ指示通りに走りだした。バーサー・オーガ達が釣られるようにして二人を追いかけて突進していく。そして狙った通り、それぞれ柱に激突した。瞬間。

「ゴアっ!?」
「ゴッフ!!」

 ポーラを追いかけていた鬼は落とし穴に落ち、サミュエルを追いかけていた鬼には水柱が吹き上がって天井に舞い上げていた。落とし穴は浅いし、水流だけでは鬼にダメージは与えられない。それでも動きが止まればこっちのもの。

「そういうことか、わかりやすくていいな!」
「グッホオオオ!」

 落とし穴に落ちてもがいている鬼に、ポーラが見事な踵落としを決める。そしてサミュエルも。

「“Thunder-single!”」
「ギアアアアアアアアアア!」

 水浸しになった鬼は、電気をよく通す。初級の雷魔法であっても威力は絶大だ。見事感電して、そのまま煙のように消える鬼。二人とも察しがよくて助かるというもの。同じ要領で、それぞれが二匹目、三匹目と始末していく。

「やるじゃない」

 ジェシカは楽しげに唇を吊り上げた。

「まあ、その程度は想定内だけど。もうちょっと頑張って貰わないと、こっちは面白くないのよね」
「ほざけっ!」

 今の隙だ、と鬼達をすべて消し去ったポーラがジェシカにつっこんでいく。容赦なく回し蹴りを見舞ったところで、魔女の笑みがぐにゃりと歪んだように見えた。そう。

「“物体転送アポート”」
「!?」

 彼女の蹴りは空ぶっていた。至近距離からの一撃、防御はできても回避など間に合うはずもなかったというのに。

「ポーラ、後ろ!」

 優理は叫び、すかさずサミュエルが魔法を唱える。間一髪、ポーラの後ろに回った魔女がトライデントでポーラの背を突く前にサミュエルの氷魔法が飛んでいた。魔女の槍の矛先はギリギリ逸れて、僅かにポーラの肩をかすめるに留まる。

「つっ……!悪い、サミュエル!」

 流石に警戒してか、ポーラが一度魔女から距離を取る。今のスキル。今度は安生の能力を使ってきたらしい。しかも、安生と違って魔女は自分自身をもテレポートさせることができるようだ。上位互換、というのは間違ってはなさそうである。
 別の物を転送できるアポートと、自分自身を瞬間移動できるテレポートを兼ね備えているというのなら、厄介だとしか言いようがない。

「まだまだ、こんなもんじゃないわ。もう気づいたでしょ、私は……自分が与えたスキルは全部使えるってこと!“幻影舞踏ファントム・ダンス”!」

 満足そうに魔女がトライデントを振ると、地響きと共に天井が崩れてくる。耳慣れない能力名だが、恐らくるりはの力だと察した。幻覚です!とサミュエルが叫ぶ。

「ここで足を竦ませて止めるのが狙いだと思います、惑わされないで……!」
「そ、そんなこと言われても!」

 ポーラが瓦礫を避けようと必死になっている。幻覚と言われても、本当にダメージを受けない保障はない。ならば避けるなり防ぐなりしなければならなくなるのはわかりきっている。

「ちくしょう!起爆!」

 なんとか反撃しようと、空一が魔女に一番近い場所にあったトラップを起爆させた。凄まじい爆発音が響く。しかし、どうやら音だけのこけおどしでは彼女の足を止めることなどできないらしい。降り注ぐ岩の間をすり抜けるように魔女は駆け、標的の元に接近する。狙われたのは、サミュエル。

「あんたの力が、一番厄介と見たわ」

 ジェシカは槍を掲げ、呆然と佇むサミュエルを串刺しにせんと振り下ろした。

「残念ね、ソノベ・ユーリ!あんたは仲間一人守れない……ヒーローになんか、なれないのよ!」



 ***



 走馬灯、というのはあるのかもしれない。サミュエルは自分に向けて振り上げられる凶刃を見つめて、束の間回想した。
 人が土壇場で自分の記憶を辿るのは、それらの知識からどうにか生き残る方法を模索しようとするからだと聞いたことがある。だから、思考が冴えて、妙に周囲がスローモーションに見えたり、僅か数秒の間にめまぐるしい回想をしたりするのだと。

――僕は、ヒーローになりたかったわけじゃない。だから、ユーリさんとは違う。

 優理についてきたのは、彼を助けたかったから。
 そして、自分が役に立つことを証明したいという欲があったからだ。本当は、世界のためなんかではけしてなかった。町を助けたいからなんて言っておきながら、実際のところグレンの町のためでさえなかったように思う。
 単純に、救世主になりたかっただけ。
 そうすれば、父にも町の人にも、本当の意味で自分の価値を証明できると思ったからだ。

『う、うう……うう……!』

 小さな頃は、そこそこ自信家だったという自負があったサミュエル。何故なら、同じくらいの年ごろの少年たちと比較しても魔法を覚えるのが早かったし、連射速度や魔法の威力でも一枚上手であったからだ。あらゆる属性を使いこなせることについてもしょっちゅう褒められていた。ゆえに、言うなれば天狗になっていたのである。そう。
 この調子ならすぐ上級魔法も使いこなせるようになるだろう、と両親から期待されるようにならなければ。
 その期待に応えられない、己の無力さを知るまでは。

『なんで、なんでできないんですか!練習しても、練習しても、練習しても……!』

 魔導書を片手に、切株の上に人形を置いて、うんうんと唸る日々が続いた。人形を下級の焔魔法で燃やすのはたやすい。しかし、自分がやりたいのは上級魔法で一気に爆散する方法なのだ。自分は一族でも格段に優れているはず、誰より早く強い魔法が使えるようになるはず、そう信じていたサミュエルの自信はあっさりと打ち砕かれた。父が、十二歳の時には炎の上級魔法を使いこなせるようになったと聞いていたから尚更である。

『お父様にはできたのに、僕にはなんでできないの、なんで、なんで!!』

 無理をするな、と両親は言ってくれた。自分達が過度な期待をかけたのが悪かったと。父は確かに炎魔法の習得は早かったけれど、お前のように全属性を使いこなせるようにはならなかった。お前はその点で父よりも祖父よりも凄いのだから気にしなくていいのだと。
 それが、元来非常に気が強く、プライドが山よりも高いサミュエルをどれほど傷つけたことか。
 魔導師の家の子として、グレンの町の始祖の一族として。サミュエルは誰よりそのことを誇りに思っていたし、自分は誰よりも役に立てるはずだとばかり思っていたのである。与えられた期待こそ、サミュエルにとっては誇りであって、何も行き過ぎたものではなかった。自分は才能があるのだから当然だとさえ考えていたのに、自分が実際は出来損ないなせいで両親にそれを否定させてしまったのだ。
 これではいけない。
 自分は誰より早く、強く、最高の魔導師にならなければ皆の役に立てない。それが自分が生まれて来た意味として当然のことであるはずなのに。

――僕が弱いから、シュカの町の使者として同行もさせてもらえなかったんだ。

 少しでも役に立つことを証明しなければ。モンスターのうようよする森に一人で行って無傷で帰ってくるくらいは当然のこと。ゆえに、サミュエルは。

『僕だって、やれるって証明しますから!薬草くらい、一人で採ってこれるんです!』
『ま、待てって、サミュエル!』
『駄目だ、行くな、危ないから!!』

 自分が町の人にも家族にも、とても大切に育てられていることには気づいていた。だからこそ、きちんと報恩もできないのでは、本当に自分はただのお荷物になってしまうと思ったのだ。
 失ったプライドは、自分で取戻しに行くしかない。
 残念ながら半ば意地もあって向かった先の森で、自分は醜態を晒してしまうことになるのだけれど。

――それでも、ユーリさんと会って……僕には僕の、僕だけにしかできないはずの目標ができたって。この人みたいになりたいって、本当の強さは魔法だとか力とかそんなところにはないんだって……わかるようになったのに!

 こんなところで、死にたくない。
 魔女を倒すこともできず、ろくな役にも立てずに死んだら、何のためにグレンの町を飛び出してきたのかわからないではないか。

――嫌だ、嫌だ、僕は……!

 そして。
 サミュエルの全身を、衝撃が襲ったのである。
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