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<35・動揺>

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 魔女ジェシカと、鮫島るりはが同一人物だった。
 正確には魔女ジェシカが作り出した己の分身が、鮫島るりはだった。
 その真実に、優理としてもなかなか頭がついていかない状態である。るりはを心から愛していた光なら尚更だろう。彼は青ざめてへたりこんだまま動かなくなってしまった。流石に心配になってくる。自暴自棄になって、今度こそ死んでもいいなんで思いやしないだろうか。るりはがジェシカに吸収されてもし本当に消滅してしまったのならそれは、光にとって心の支えを失うも同然なのだから。

「き、雉本君!落ち込んでる場合じゃないよ、攻撃来るよ!」

 ジェシカは本気で自分達を消すつもりはずだ。このまま呆然としていてはいい的になってしまうだけ。るりはならともかく、ジェシカが光を相手に情けをかけるとは到底思えないのだから。

「君は、鮫島さんのことが本気で好きなんだろ!?魔女を倒せば、鮫島さんを分離させることだってできるかもしれないじゃないか。伝えたいことがまだあるんだろ?訊きたいこともあるんだろ?だったらへこんでる場合じゃないよ、君が諦めてどうするんだよ!!」
「分離させるってどうやってだ!?」

 光が悲鳴に近い声を上げる。

「何で、どうして。俺は、俺は……るりはの為なら何をやってもいいと思った。人を殺すのも傷つくのも傷つけられるのも耐えてみせると思ったんだ。それなのに、るりははただの幻想で、俺がただの駒だったっていうなら俺は今まで何のために……?」

 その言葉で優理は、光が己のやってきたことにある程度の罪悪感があったことを知る。そもそも、幼い頃からやりたくもない犯罪を強制されてきた彼だ。自分の意思で、そういったことがやりたいと思っていたわけではないのだろう。ただるりはが喜んでくれるなら、全てを投げ捨てられた――それだけのことだったのかもしれない。
 だが。
 だがらこそ、ここで死んでいいなんてことにはならないはずだ。罪を犯したなればこそ、簡単に死んで楽になどなっていいはずがない。生きて償わなければいけないことがたくさんある。本当の彼の望みが、死ではないのなら尚更に。

「幻想なんかじゃない!」

 優理は叫ぶ。

「幻でもまやかしでもない、お前が好きな人は確かにそこにいたはずだ、お前がそれを疑っちゃだめだ!魔女の分身として生まれたとしても、彼女は魔女とは別の意思で喋ってたし、動いてただろ。お前と話して、お前に触れて、お前と一緒にいたんだろ!」
「そ、園部……」
「諦めなければ絶対に叶うことなんて何もないかもしれない。でも、諦めなければ可能性の道は繋がるんだ……必ず!」

 実際。ヘキの町で彼に拷問を受けた時なんて、本当には何度も心が折れそうになったのだ。諦めない、なんて綺麗なものではけしてなかった。ほとんど、自分が自分でなくなるのが怖くて無理やり意地を張っていただけだ。でも。
 それでも耐えて、信じ続けたら奇跡が起きた。
 仲間達が起こしてくれた。可能性の道は、確かに繋がったのだ。自分はそれを間近ではっきりと見たから知っている。




「諦めるな。諦めるのは、死んでからでも遅くない!」




 はっとした顔になる光。そんな自分達を見て、甲高い笑い声を上げる魔女。

「あはははははははははははははははは!ニンゲンってほんと面白いのね。ああ、可哀相って言うべき?そうよね、可能性なき未来ほど怖いものはない。何か信じて、縋らないとやっていけない、息もできないイキモノだものね。……私はそんなあんた達がいつも可愛くて、憐れでならなかったわ。絶対に自分はそんな風にはならない、一緒になってたまるものかって思ってた。人は弱いから、無理にでも希望とか奇跡とか、そんな不確かなものを信じるしかないんだもの」
「ジェシカ……!」
「あら、気に食わない?弱い弱いニンゲンの分際で」

 なんとなく、彼女の言動から見えたことがある。性格、性質――否、本質と言うべきものだろうか。

「お前って、本当に可哀想なんだな」

 まだ何も分かってない段階で挑発なんてするべきではないと知っていた。それでも、優理は己の信念にかけて言うべきだと思ったのだ。

「確かに人間は、簡単に死ぬし、魔女みたいな凄い魔力とかないし、お前に力を貰わないとチートスキルも使えないし……お前から見ると凄いよわっちく見えるのかもしれないけどさ。本当の強さって、そんなもんじゃないだろ。地球を真っ二つにすることか?妖精の世界で圧倒的パワーぶんまわして蹂躙することか?人間の世界で魔法使って都市を焼いて回ることか?それとも人の心をねじまげて、当たり前のように自分が愛される世界を作ること?……違うね。そんなもの本当の強さなんかじゃない」

 幼い頃は“ヒーロー”に助けられ、今は仲間達に助けられ。自分はいつだって、誰かに助けられてばっかりで、本当のところ偉そうに誰かに説教する資格なんかないのはよくわかっているのだ。
 でも、だからこそ知っている。自分は一人では何もできないことを。誰かに支えられていつも生きていることを。多くの友達や、家族や、たくさんの人達に感謝をして生きていくべき道理があることを。
 その絆や、想いは。優理が一人で何でもできる、チートスキルで無双できる人間ならばけして知ることができなかったものだ。

「弱くても、自分の信念を貫いて、同じように弱い人に寄り添うことこそ本当の強さだ。弱いからこそできることがたくさんある。弱い人の気持ちがわかる、みんなで手を繋げる。信じることが怖くて逃げて、自分の弱さを認める勇気もないお前なんかにはわからない強さが」

 魔女の顔色が変わった。それでも優理はやめない。
 自分が力を手に入れて逃げ延びたいからというだけで、己の犯した罪も弱さも認めない。そして、無関係な人達の世界を襲って、自分の都合だけ押し通して普通に生きてきた人達の生活を無茶苦茶にする。それで、罪悪感に一つも抱かない。
 そんな“弱虫野郎”に、絶対に負けたくなどない。どれほど相手が大袈裟で厨二病的な魔女の名前を名乗っていたとしても。



「人間をナメてんじゃねえぞ、魔女!」



 自分には凄いチートスキルも身体能力も補正もない。
 それでも意地があって、信念があって、魂がある。
 そしてその自分を信じてくれた、仲間達がいる。

「言いたいことは、それだけ?」

 ジェシカは不愉快そうに眉を顰めて、鼻を鳴らした。

「そうね、この私を前にそこまで言ってのける精神は天晴れだわ。あんたを殺したら、その魂だけは魔石につっこまず、私の人形にねじ込んで永遠に飼ってあげるのも面白そうね。うふふ、どんな風に可愛がってあげようか、今から楽しみだわ!私、あんたみたいに負けん気が強い可愛い男の子、嫌いじゃないんだもの!」

 真紅のドレスを翻し、魔女はトライデントの底を大きく床に叩きつけた。

「見せてあげるわ、私の力を……!“操作猛獣コントロール・ビースト”」

 途端、空中からわらわらと複数のモンスターが出現した。全て同じ姿だ。
 一見すると筋骨隆々であるようにも見えるそれらは、上半身がやけに大きく、下半身が小さいという奇妙な体つきをしている。筋肉で肥大化した両腕に、棍棒のようなものを握り、その中央に乗っている頭には三本の角が生えていた。そして、肌は全体的に赤黒く、ぼさぼさの黒髪に眼はぎらぎらと金色に輝いている。口元には、唇の外にはみ出した鋭い牙が生えていた。

「バーサー・オーガ!」

 ポーラがぎょっとしたように言う。

「あ、アタシ達オーガの種族の先祖みたいなやつだ。絶滅したはずだってのに……!」
「うふふふふ、最強の魔女であるこの私に、不可能なんてあると思う?」

 そんな彼女の反応が面白かったのか、トライデントを翳してジェシカが告げた。

「さあ、狂気の鬼達よ!そこの馬鹿どもを一網打尽にしておしまい!」

 魔女の宣言と同時に、鬼達は雄叫びを上げて自分達に襲いかかってきた。

「雉本っ!」
「ぐっ」

 鬼の一匹が光に対して体当たりを決めようとしてくる。どうにか回避したものの、すれ違いざま棍棒の一撃を受け、光は思いきり吹き飛ばされていた。轟音と共に壁に叩きつけられる少年。こいつらは、思ったよりも頭がいいということらしい。ただ回避するだけじゃなく、あの棍棒の動きにも注意していないと大ダメージを負うことになりそうだ。

――心配だけど、雉本は自分で回復ができるはず……!それよりも、他の仲間をどうにかしないと!

「ユーリ、作戦はあるか!?」

 ポーラが一体を殴ろうとして空ぶっている。それでも何かを喋る余裕があるだけ大したものだが。

「三、四、五、六……同時にこんだけ出してくるなんて、完全にサカタの能力の上位互換だろ!まあ、元はこの女のスキルだったのをサカタに与えたから、当然と言えばそうなのかもだけど!」
「そうだね。しかも、魔女だけは襲わないように訓練されてるみたい、だし!」

 棍棒で殴られそうになったところを、警棒でどうにか受け流すことに成功する。腕がびりびりと痺れた。直撃してないのになんてパワーなのか。

「ただ、上位互換とはいえ同じスキルなら、多分坂田戦の作戦が応用できるはず。この能力はモンスターを操ると見せかけて、実際はモンスターの式神?分身?みたいなのを召喚してる能力だってのはわかってる。坂田と戦った時、あいつが能力を解除した途端にウルフたちが消えたってのはそういうことだろうから……!」

 そして、坂田が操った狼たちも、多少攻撃力があるとはいえサミュエルの下級魔法一発でノックアウトされて動けなくなっていた。恐らく、本物のモンスターより基本的な耐久力は強くないのだ。ならば。

――動きを止めて、一匹ずつボコれば勝ち目はある!

「岸本君、力を貸して!」

 優理は頼れる仲間に声をかける。
 彼等の力をフルに発揮させる作戦を立てること。自分に唯一できることは、きっとそれだけなのだから。

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