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<30・愛情>
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真っ暗な空間。魔女・ジェシカによって中継された映像は、まるでホログラムのような姿となってるりはの目の前に投影されている。馬車の中で喧嘩をする空一とサミュエル、暢気に寝ている優理とそれを支えているポーラ、そのポーラと話している様子の光が見える。光の腕にはまだ魔封じの枷が嵌ったままになっていた。よほど園部優理は、光にあの能力を使わせるのが嫌だったということらしい。
「なんていうか」
るりはは思わず呆れてため息をついた。
「能天気というか、甘ったれてるというか。……光を最終的に仲間に引き入れるつもりなら、その枷をつけたままじゃ意味ないでしょうに」
光の立場が実質フラット――否、どちらかというと向こうの味方寄りになったことに関しては驚かなかった。彼がるりはのことを好きでいればいるほど、魔女に対する疑惑も強まることは容易に想像できたからだ。無理やり異世界転生させられて(しかも、どうやら自分達が事故で死にかけたのは、魔女ジェシカが自動車を操ったせいだったらしいということもわかっている)自分の願いをかなえる手伝いをしろと言われて。不審に思わない方が、本来どうかしている。それであっさりるりはが“私の願いも叶えて貰えるなら従うわ”なんて言ったから、従順な下僕たちに逆らう道がなくなっただけのこと。
まあ、るりはがそう言わなくても、彼等は魔女に生殺与奪を握られてしまった身。このまま瀕死の状態で現世に突っ返されても困るともなれば、そのまま従うより他に道はなかっただろうが。
――魔女・ジェシカが本当に私の益になる存在なのか、確かめたいのよね。同時に、私が光のことをどこまで本気で“恋人”と認めているのかも知りたいんでしょう?……そこまで私のことを愛してくれるなんて、なんていじらしくて可愛いの!
思わず体が熱くなりそうになる。
光とは、普通のセックスは一切やったことはなかった。いつも玩具を装着したるりはが光を抱くのが常である。それは自分達の関係が絶対であると差し示す儀式でもあった。自分に翻弄されて喘ぐ少年を見るのは本当に楽しくて気持ちよくて、いつもその首筋に齧りついては“この子は自分のものだ”と証明してきたものである。そろそろ彼も体が疼いて来る頃ではなかろうか。なんせこの世界に来てからは忙しくて、どうしてもご無沙汰になりがちだ。なんだかんだ最後に会ったのも一週間以上前の事なのだから。
愛があるからこそ、疑いも出る。
愛があるからこそ、不安にもなる。
それは必定であり、けして罪なことではない。彼が己から明確な愛の言葉を欲しがるようになるならば、それはそれとして正しく恋愛をしていればこそ。むしろ、物心ついた頃にはもう両親の道具であり玩具でしかなかった彼が、そこまで自我を確立できたのが奇跡だとしか言いようがない。あの園部優理という存在はなるほど、光が危険視するに十分値する存在であったようだ。一体どんな魔法を使って、ただただるりはに盲目な信仰ばかり向けてきていた少年の本音を引き出したのだろう?
――ヒーローなんて馬鹿らしい。……そういえば、私よりもずっとそれを口にしていたのは、あんただったわね。
るりはは彼の口癖を思い出す。救世主なんて来ない。ヒーローになんかなれるわけがない。それはつまり、彼が彼自身にずっと言い聞かせたかったことでもあるのだろう。己が捨てた理想を、中学生になっても追い求め続けている優理の姿が、さぞ忌々しく感じたに違いない。本来ならば即座に殺せば済むところ、わざわざ誘拐して拷問して屈服させようと目論むほどには。
それが彼の隙になり、そして逆に本心を暴き出される結果になってしまったようだが。
――魔女を倒して、この世界を平和にして、全員元の世界に戻してハッピーエンド。そうなったら、自分がかつて信じていたものが正しかったと、そう証明できるようになるかもしれない。……心の隅で、そういう考えがあるんでしょうね。
でも残念、とるりはは微笑む。
「それは無理なのよ、光。……ごめんね、あんたのことは愛しているけれど……そんな幻想は、私が打ち砕いちゃうから。あんたも園部優理もヒーローにはなれない。私が……私だけが絶対的なあんたの救世主だってことを、私が責任を持って思い出させてあげる」
ぞろり、と闇の中で気配が動いた。魔女・ジェシカの本当の姿を知っているのは自分だけだ。彼女の真実を見たら、光たちはどれほど驚くだろうか。
『――……』
命令が聞こえる。至極真っ当な、それ以外にはありえない命令が。
ゆえにるりはは笑みと共に頷き、こう返すのだ。
「仰せのままに、転生の魔女・ジェシカ」
さて、最後のゲームを始めようか。
***
「暗い!」
開口一番、空一は悲鳴を上げていた。それを見てサミュエルがにやにや笑ってくる。
「や、やめて……僕、お化け屋敷とか苦手なのにいいい」
「ええ、そうなんですか?年上なのに情けないですねえ」
「事実だけどお前に言われるとめっちゃ腹立つな!」
イースト・グリーン王国の国境付近。草原に生えていた一本のミナキマツの根元に、その地下通路への入口はあった。いくら大木があるとはいえ、草原のど真ん中に秘密の通路があるなんて誰も想像しないだろう。今まで多くの人々やレジスタンスたちが見つけられなかったのも当然と言えば当然である。
そこで馬車の御者とは別れ、光に案内されるがまま地下通路に入ったはいいのだが。それが想像以上に暗くてじめじめしていたので、空一は怖くなって震えているという状況だった。
灰色の石畳の道が延々と続き、両脇の壁にはぽつぽつと松明が灯るばかりの道である。道幅は狭く、天井は低い。触ると石の壁や床はひんやりとしていて、湿気がこもりやすいのかあちこち苔むしている状態だった。滑りやすいから気を付けて歩け、と光が妙に親切な忠告をしてくれる。こいつ、実は存外律儀な性格をしているのか、とちょっとだけ思った。いや、余計なことに気を回す余裕もあまりないのだが。
狭い場所も苦手だが、それに輪をかけて暗い場所はもっと苦手なのだ。松明の光が届かない奥の奥に、見えない手や目が潜んでいるような気がしてしまうのである。
「顔色真っ青だけど、本当に大丈夫?」
優理は優しい。心配そうにこちらを振り返って言う。
「えっと、どうしても無理なら外で待っていてくれても……」
「そ、そういうわけにはいかないし!僕だって園部君と一緒に戦いたいんだから、頑張るし!」
「そ、それならいいけど」
結局意地を張ってしまった。いや、実際こんなことで引き返すなんて情けない真似はできない。ここで魔女との戦いをリタイアしようものなら、なんのためにこの世界に来たのかわからなくなってしまうではないか。
そう、優理を手助けできるくらい強くなるために、三か月孤独に耐えてスキルを使いこなせるように訓練したり、体を鍛えたりと頑張ったのである。三か月前の、優理に庇われていただけのよわっちいクラスメートではないことを証明しなければ。いくら、子どもの頃から幽霊や妖怪と言われるものが大の苦手であり、遊園地のちゃちなお化け屋敷さえ入れないタイプであったとしても。
「お前アレか、お化け屋敷とか苦手なタイプか」
光がやや呆れたように言う。
「そんなのいたところで、大した脅威になんかならねえよ。そもそも、人が死んだところにオバケやいるってなら、この世界も現代日本もそこら中オバケだらけのはずだろ。それでも実際、オバケに襲われて呪い殺されたなんて事例は、眉唾なものも合わせて本当に僅かしかないだろうが。実際にいるかどうかは知らねえけど、いたところで生きた人間に対した害なんぞないんだよ」
「も、ものすごく合理的な慰めどうも……」
そういえば、と空一は思い出す。不良四人トリオの中で、この雉本光という少年は別の意味でも目立っていたのだ。主に、テストの点数が異様にいいという意味で。ろくに勉強なんかしている様子もないのに、何故学校の成績は良いなんて話になるのか謎で仕方ない。このナリで結構、るりは達に勉強を教えていたりもしたのだろうか。まったく似合わないが。
「オバケなんぞより、生きた人間の方が百倍怖いだろ」
あっけらかんと言われてしまっては、空一も黙るしかない。彼の境遇を考えれば、見えない脅威より見える人間の方が百倍悪魔だと断言したくなるのも道理に違いない。勿論、悲惨な過去があるからといって、誰かを傷つけていい免罪符になどならないのは本人もわかっていることだろうが。
「怖いものかあ」
サミュエルがぼそりと呟いた。
「……僕のお父さん……グレンの町の町長なんですけど。結構年なんですよね。僕、お父さんとお母さんが結婚してからかなり時間が経ってやっと生まれた子供だったので。だからその……最近は日増しにお父さんの生え際が後退していくのが恐ろしかったです」
「何その全くワラエナイ恐怖」
「ええ本当に笑えないです。だって僕にもその血が流れてるんですよ?早いうちからハゲる宿命かもしれないなんて知りたくないじゃないですか、怖い!!」
「せ、切実……」
なんだろう、サミュエルのことは微妙に気に食わなかったが、妙に親近感がわいてしまう空一である。というか、異世界の住人も現代日本の住人も、根本的な悩みは同じということなのかもしれない。ハゲと白髪はどこの世界でも天敵らしい――と、まだ十四歳の自分と十二歳のサミュエルが想像して青ざめるのもおかしな話ではあるのかもしれないが。
「ポーラさんは怖いものなんてないでしょ?」
「へ」
歩きながらみんなと話していると、幾分暗闇への恐怖が薄れてくる。仲間の存在に感謝しつつ、ずっと黙り込んだままのポーラに水を向けると、彼女は何故かひっくり返った声を上げて肩を撥ねさせた。
「も、勿論さ!アタシに怖いものなんかあるかよ!」
おや、と思ったのは残る男性陣全員だろう。これは絶対、何か怖いものがあって隠しているヤツである。しかも、知られるとちょっと恥ずかしい類の。
「え、ポーラさん何か怖いものあるんですか?すごく声裏返ってますけど」
ここぞとばかりにサミュエルが彼女の顔を覗きこむ。お前もなかなかいい性格してるよな、と空一は自分のことは遠い遠い棚に上げて思った。
「あ、実はポーラさんもオバケとか駄目だったりして?」
「そ、そんなわけあるか!アタシはオーガの誇り高き戦士だぞ、そんなもの見かけたら全部拳でぶちのめしてやらぁ!」
「あ、なるほどなるほど。拳で退治できそうにないものが苦手なんですね。わかるなー、僕も魔法で退治できるかどうかで結構ものを考えちゃいますしー」
「だ、だからなあ!」
人のことをそんな風にからかってはいるものの、お前もどうこう言えないのでは、とは心の中だけで。なんせ優理とサミュエルが出会った経緯については聞いているのだ。イノシシモンスターに追われて木の上に逃げて悲鳴を上げていたのはどこのどいつだと言いたい。
――まあ、その時よりも、だいぶ腹は決まったのかもしれないけどさ……こいつも。
ああ、こんなのは身勝手で、どうしようもない嫉妬だとわかっている。
もう少し早く。できればサミュエルよりも早く、自分が一番にこの異世界でも優理と合流したかった、なんてことは。
相応の努力はしてきたつもりなのだ。それでもまだ、自分がちゃんと優理の助けになれるほどレベルアップをできたという自信がないのである。彼の救出作戦では、空一はほとんどサポートに回っただけで大した功績を上げてはいないのだから。もう少しまともな作戦を立ててくれ、とポーラに呆れられるまでもなく自分でもわかっていること。作戦立案も自分には向いていない。ポーラのような格闘能力もなければ、サミュエルほどの勇気もない、そんな自分だ。
果たしてちゃんと役に立つことができるのか、どうか。少しだけ心が曇った、その瞬間だった。
「おかしい」
唐突に、通路の真ん中で光が足を止めたのである。
「まだ辿りつかないなんて。いつもなら、とっくに城に地下に着いているはずだってのに」
「え」
次の瞬間。低いうなり声のような地響きが、五人の全身を襲ってきたのだ。
「なんていうか」
るりはは思わず呆れてため息をついた。
「能天気というか、甘ったれてるというか。……光を最終的に仲間に引き入れるつもりなら、その枷をつけたままじゃ意味ないでしょうに」
光の立場が実質フラット――否、どちらかというと向こうの味方寄りになったことに関しては驚かなかった。彼がるりはのことを好きでいればいるほど、魔女に対する疑惑も強まることは容易に想像できたからだ。無理やり異世界転生させられて(しかも、どうやら自分達が事故で死にかけたのは、魔女ジェシカが自動車を操ったせいだったらしいということもわかっている)自分の願いをかなえる手伝いをしろと言われて。不審に思わない方が、本来どうかしている。それであっさりるりはが“私の願いも叶えて貰えるなら従うわ”なんて言ったから、従順な下僕たちに逆らう道がなくなっただけのこと。
まあ、るりはがそう言わなくても、彼等は魔女に生殺与奪を握られてしまった身。このまま瀕死の状態で現世に突っ返されても困るともなれば、そのまま従うより他に道はなかっただろうが。
――魔女・ジェシカが本当に私の益になる存在なのか、確かめたいのよね。同時に、私が光のことをどこまで本気で“恋人”と認めているのかも知りたいんでしょう?……そこまで私のことを愛してくれるなんて、なんていじらしくて可愛いの!
思わず体が熱くなりそうになる。
光とは、普通のセックスは一切やったことはなかった。いつも玩具を装着したるりはが光を抱くのが常である。それは自分達の関係が絶対であると差し示す儀式でもあった。自分に翻弄されて喘ぐ少年を見るのは本当に楽しくて気持ちよくて、いつもその首筋に齧りついては“この子は自分のものだ”と証明してきたものである。そろそろ彼も体が疼いて来る頃ではなかろうか。なんせこの世界に来てからは忙しくて、どうしてもご無沙汰になりがちだ。なんだかんだ最後に会ったのも一週間以上前の事なのだから。
愛があるからこそ、疑いも出る。
愛があるからこそ、不安にもなる。
それは必定であり、けして罪なことではない。彼が己から明確な愛の言葉を欲しがるようになるならば、それはそれとして正しく恋愛をしていればこそ。むしろ、物心ついた頃にはもう両親の道具であり玩具でしかなかった彼が、そこまで自我を確立できたのが奇跡だとしか言いようがない。あの園部優理という存在はなるほど、光が危険視するに十分値する存在であったようだ。一体どんな魔法を使って、ただただるりはに盲目な信仰ばかり向けてきていた少年の本音を引き出したのだろう?
――ヒーローなんて馬鹿らしい。……そういえば、私よりもずっとそれを口にしていたのは、あんただったわね。
るりはは彼の口癖を思い出す。救世主なんて来ない。ヒーローになんかなれるわけがない。それはつまり、彼が彼自身にずっと言い聞かせたかったことでもあるのだろう。己が捨てた理想を、中学生になっても追い求め続けている優理の姿が、さぞ忌々しく感じたに違いない。本来ならば即座に殺せば済むところ、わざわざ誘拐して拷問して屈服させようと目論むほどには。
それが彼の隙になり、そして逆に本心を暴き出される結果になってしまったようだが。
――魔女を倒して、この世界を平和にして、全員元の世界に戻してハッピーエンド。そうなったら、自分がかつて信じていたものが正しかったと、そう証明できるようになるかもしれない。……心の隅で、そういう考えがあるんでしょうね。
でも残念、とるりはは微笑む。
「それは無理なのよ、光。……ごめんね、あんたのことは愛しているけれど……そんな幻想は、私が打ち砕いちゃうから。あんたも園部優理もヒーローにはなれない。私が……私だけが絶対的なあんたの救世主だってことを、私が責任を持って思い出させてあげる」
ぞろり、と闇の中で気配が動いた。魔女・ジェシカの本当の姿を知っているのは自分だけだ。彼女の真実を見たら、光たちはどれほど驚くだろうか。
『――……』
命令が聞こえる。至極真っ当な、それ以外にはありえない命令が。
ゆえにるりはは笑みと共に頷き、こう返すのだ。
「仰せのままに、転生の魔女・ジェシカ」
さて、最後のゲームを始めようか。
***
「暗い!」
開口一番、空一は悲鳴を上げていた。それを見てサミュエルがにやにや笑ってくる。
「や、やめて……僕、お化け屋敷とか苦手なのにいいい」
「ええ、そうなんですか?年上なのに情けないですねえ」
「事実だけどお前に言われるとめっちゃ腹立つな!」
イースト・グリーン王国の国境付近。草原に生えていた一本のミナキマツの根元に、その地下通路への入口はあった。いくら大木があるとはいえ、草原のど真ん中に秘密の通路があるなんて誰も想像しないだろう。今まで多くの人々やレジスタンスたちが見つけられなかったのも当然と言えば当然である。
そこで馬車の御者とは別れ、光に案内されるがまま地下通路に入ったはいいのだが。それが想像以上に暗くてじめじめしていたので、空一は怖くなって震えているという状況だった。
灰色の石畳の道が延々と続き、両脇の壁にはぽつぽつと松明が灯るばかりの道である。道幅は狭く、天井は低い。触ると石の壁や床はひんやりとしていて、湿気がこもりやすいのかあちこち苔むしている状態だった。滑りやすいから気を付けて歩け、と光が妙に親切な忠告をしてくれる。こいつ、実は存外律儀な性格をしているのか、とちょっとだけ思った。いや、余計なことに気を回す余裕もあまりないのだが。
狭い場所も苦手だが、それに輪をかけて暗い場所はもっと苦手なのだ。松明の光が届かない奥の奥に、見えない手や目が潜んでいるような気がしてしまうのである。
「顔色真っ青だけど、本当に大丈夫?」
優理は優しい。心配そうにこちらを振り返って言う。
「えっと、どうしても無理なら外で待っていてくれても……」
「そ、そういうわけにはいかないし!僕だって園部君と一緒に戦いたいんだから、頑張るし!」
「そ、それならいいけど」
結局意地を張ってしまった。いや、実際こんなことで引き返すなんて情けない真似はできない。ここで魔女との戦いをリタイアしようものなら、なんのためにこの世界に来たのかわからなくなってしまうではないか。
そう、優理を手助けできるくらい強くなるために、三か月孤独に耐えてスキルを使いこなせるように訓練したり、体を鍛えたりと頑張ったのである。三か月前の、優理に庇われていただけのよわっちいクラスメートではないことを証明しなければ。いくら、子どもの頃から幽霊や妖怪と言われるものが大の苦手であり、遊園地のちゃちなお化け屋敷さえ入れないタイプであったとしても。
「お前アレか、お化け屋敷とか苦手なタイプか」
光がやや呆れたように言う。
「そんなのいたところで、大した脅威になんかならねえよ。そもそも、人が死んだところにオバケやいるってなら、この世界も現代日本もそこら中オバケだらけのはずだろ。それでも実際、オバケに襲われて呪い殺されたなんて事例は、眉唾なものも合わせて本当に僅かしかないだろうが。実際にいるかどうかは知らねえけど、いたところで生きた人間に対した害なんぞないんだよ」
「も、ものすごく合理的な慰めどうも……」
そういえば、と空一は思い出す。不良四人トリオの中で、この雉本光という少年は別の意味でも目立っていたのだ。主に、テストの点数が異様にいいという意味で。ろくに勉強なんかしている様子もないのに、何故学校の成績は良いなんて話になるのか謎で仕方ない。このナリで結構、るりは達に勉強を教えていたりもしたのだろうか。まったく似合わないが。
「オバケなんぞより、生きた人間の方が百倍怖いだろ」
あっけらかんと言われてしまっては、空一も黙るしかない。彼の境遇を考えれば、見えない脅威より見える人間の方が百倍悪魔だと断言したくなるのも道理に違いない。勿論、悲惨な過去があるからといって、誰かを傷つけていい免罪符になどならないのは本人もわかっていることだろうが。
「怖いものかあ」
サミュエルがぼそりと呟いた。
「……僕のお父さん……グレンの町の町長なんですけど。結構年なんですよね。僕、お父さんとお母さんが結婚してからかなり時間が経ってやっと生まれた子供だったので。だからその……最近は日増しにお父さんの生え際が後退していくのが恐ろしかったです」
「何その全くワラエナイ恐怖」
「ええ本当に笑えないです。だって僕にもその血が流れてるんですよ?早いうちからハゲる宿命かもしれないなんて知りたくないじゃないですか、怖い!!」
「せ、切実……」
なんだろう、サミュエルのことは微妙に気に食わなかったが、妙に親近感がわいてしまう空一である。というか、異世界の住人も現代日本の住人も、根本的な悩みは同じということなのかもしれない。ハゲと白髪はどこの世界でも天敵らしい――と、まだ十四歳の自分と十二歳のサミュエルが想像して青ざめるのもおかしな話ではあるのかもしれないが。
「ポーラさんは怖いものなんてないでしょ?」
「へ」
歩きながらみんなと話していると、幾分暗闇への恐怖が薄れてくる。仲間の存在に感謝しつつ、ずっと黙り込んだままのポーラに水を向けると、彼女は何故かひっくり返った声を上げて肩を撥ねさせた。
「も、勿論さ!アタシに怖いものなんかあるかよ!」
おや、と思ったのは残る男性陣全員だろう。これは絶対、何か怖いものがあって隠しているヤツである。しかも、知られるとちょっと恥ずかしい類の。
「え、ポーラさん何か怖いものあるんですか?すごく声裏返ってますけど」
ここぞとばかりにサミュエルが彼女の顔を覗きこむ。お前もなかなかいい性格してるよな、と空一は自分のことは遠い遠い棚に上げて思った。
「あ、実はポーラさんもオバケとか駄目だったりして?」
「そ、そんなわけあるか!アタシはオーガの誇り高き戦士だぞ、そんなもの見かけたら全部拳でぶちのめしてやらぁ!」
「あ、なるほどなるほど。拳で退治できそうにないものが苦手なんですね。わかるなー、僕も魔法で退治できるかどうかで結構ものを考えちゃいますしー」
「だ、だからなあ!」
人のことをそんな風にからかってはいるものの、お前もどうこう言えないのでは、とは心の中だけで。なんせ優理とサミュエルが出会った経緯については聞いているのだ。イノシシモンスターに追われて木の上に逃げて悲鳴を上げていたのはどこのどいつだと言いたい。
――まあ、その時よりも、だいぶ腹は決まったのかもしれないけどさ……こいつも。
ああ、こんなのは身勝手で、どうしようもない嫉妬だとわかっている。
もう少し早く。できればサミュエルよりも早く、自分が一番にこの異世界でも優理と合流したかった、なんてことは。
相応の努力はしてきたつもりなのだ。それでもまだ、自分がちゃんと優理の助けになれるほどレベルアップをできたという自信がないのである。彼の救出作戦では、空一はほとんどサポートに回っただけで大した功績を上げてはいないのだから。もう少しまともな作戦を立ててくれ、とポーラに呆れられるまでもなく自分でもわかっていること。作戦立案も自分には向いていない。ポーラのような格闘能力もなければ、サミュエルほどの勇気もない、そんな自分だ。
果たしてちゃんと役に立つことができるのか、どうか。少しだけ心が曇った、その瞬間だった。
「おかしい」
唐突に、通路の真ん中で光が足を止めたのである。
「まだ辿りつかないなんて。いつもなら、とっくに城に地下に着いているはずだってのに」
「え」
次の瞬間。低いうなり声のような地響きが、五人の全身を襲ってきたのだ。
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