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<27・落涙>
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全く、もう少しまともな作戦を立てたらどうなんだ、と呆れるしかなかった。まあ、自分できちんとそれらしいことが考えられないポーラにどうこう言う資格はなかったのだが。なんせ空一が考えた作戦は。
『トラップで外に人をおびき寄せて、ついでに雉本光も誘い出して、そこでボコって園部君の場所を聞き出せばいんじゃないかな!』
これである。もはや作戦と言ってもいいのかどうか。完全に力任せである。まあ、成立してしまっているのだからこれはこれで恐ろしいのだが。
優理がいたらもう少しマシな方法を考えるだろうに、なんてぼやいても仕方ない。呆れつつも、結局自分もサミュエルも、そしてヘキの町のレジスタンスメンバーもそれに乗っかったわけなのだから。
――まあ、アタシとしてもこいつに借りを返したい気持ちはあったんだけど、さ!
左アッパーはかわされた。身を屈めて、ナイフでこちらの脇腹を削って来ようとする。向こうの方が小兵である以上、相手の懐に潜って攻撃してこようとするのは王道だろう。
「読めてんだよ!」
「ぐっ!」
上から素首落としを決めて叩き潰しにかかる。直前で体勢を変えられたせいで、狙いはズレて手刀は光の背中に当たることとなった。光が痛みに息を詰める。ポーラは舌打ちした。首を正確に打てなければ、気絶させることは叶わない。
空一は光をとっ捕まえて居場所を吐かせようと考えていたようだが、ポーラはそれは難しいと考えていた。少し拳を合わせただけでもわかる。こいつは、とにかく意思が強いタイプだ。守りたい存在の不利益になるのなら、信念を曲げなければいけないならば、そんな行動は死ぬ間際までけして取らない人間だろう。というか、相手を拷問するために自分の体を切り刻むようなことも厭わない人間が我慢強くないはずがない。下手をすれば、何かを吐く前に死を選ぶ。やっていることはともかく、主への忠誠心だけ見るならまさに騎士のそれと言っても過言ではないだろう。
だからこそ、彼から聴き出すよりも、人海戦術で探し出した方がマシなのである。
ほぼ、あのビルのどこかに優理はいるはずなのだ。光が気づいているかどうかは定かではないが、ポーラがこうして光を引きつけているのは彼の気を引いている隙にレジスタンスのメンバーに優理を助けて貰う算段だからというのもあるのだ。自分で戦って見てはっきりとわかったが、所詮恐怖で強引に従わされているだけのビルの警備兵はザコも同然である。むしろ、光を叩いて救出されるためならば積極的に手を貸してくれる可能性さえあるだろう。さほど戦闘訓練をしていない大人達でも、大体はどうにかできる見込みだった。まあ、その“大体”の範囲が広すぎるのが、この作戦にもなってない作戦のガバいところなのだが。
――でもって、全てはアタシがこいつをぶちのめせるかどうかにかかってるわけだけど。
前に戦った時は、こいつのスキルに完全にしてやられた。なるほど、人は圧倒的な痛みに耐えられるようにはできていない。百戦錬磨のポーラでさえ、すぐに対処できずに足が竦んだほどだ。今回は予測ができる分あの時よりは動けるつもりだが、それでもカウンターを受けたら動きが大幅に鈍るのは避けられないだろう。
ならばするべきことはひとつ。
こいつが能力を発動できないか、あるいは発動してもさほど意味がない状態にするか、だ。
要するに、こいつ自身に大きな怪我を負わせなければ彼のスキルは本来の威力を発揮することができないはずである。おかげでこっちは大幅に手加減を強いられているわけだったが。屈強なポーラからすれば、中学生としては長身といえど十分すぎるほど光は華奢な部類に入る。少し力を入れるだけで骨をバキバキに折れてしまう、のは前回の戦いで嫌と言うほどわかっているのだ。
「っ!」
かちり、と音がした。光の足が何かを踏み込んだ途端、凄まじい爆音が鼓膜を震わせる。空一が張った罠を彼が踏んだのだ。
空一がこの芝生のエリアに設置した罠は、主に三種類。一定の衝撃か重さを与えられることで爆音を発生させる罠か、閃光を産む罠か、あるいは落とし穴の罠か。ただし爆音と閃光は“爆発”ではないため、それぞれ音と光のみのこけおどし。落とし穴の罠もさほど深くはないので、落ちても大きなダメージにはならないのである。この様子だと光も薄々気づいているようだ。一瞬体を竦ませただけに留まった。魔女・ジェシカに空一の能力を教わっていたのかもしれない。
だが。
――その一瞬も、命取りなんだよ!
優理を助け出すまでにこいつを気絶させるなりなんなりして行動不能に追い込むか、最低でも時間を稼がなければいけない。それ以外の警備兵や援護はみんな空一とサミュエルをはじめとした他のメンバーがやってくれるはず。自分は彼等を信じて、こいつに勝つのに全力を注ぐべきなのだ。そもそも、スキルによる一網打尽を避けるため、こいつとはポーラが一人で戦うことに決めたのだから(光のスキルの効果範囲と最大影響人数がわからなかったというのも大きい)。
ポーラは一気に距離を詰めると、その腹に右拳を埋めた。
「がはっ!」
「!」
がりりっ、と何かに引っかかれるような痛み。見れば右腕から血が滲んでいる。芝生を吹き飛んでいく光を見ながら、ポーラは思わず驚嘆していた。攻撃を受けながら、ナイフでポーラにカウンターを見舞って来たのである。なんというとっさの判断力と度胸であることか。いくら、こちらが大きな怪我をさせないように手加減していると言っても、だ。
己の犠牲もダメージも厭わず、圧倒的格上の相手に挑んでくるその勇気と忠誠心。ポーラは少しだけ、少年が気の毒になった。それだけの心を持っている存在が、よりにもよって人を人とも思わないような女にいいように使われている現実。こいつ自身にも冷酷なところはあるだろうが、それでもここまで他人のために自分を擲つことができる少年が、ポーラには心底悪人であるようには思えなかったのである。
「やっぱり、強いなお前は……!」
激しく咳きこみながらも少年はナイフを手に立ち上がる。
「だが、俺を吹っ飛ばしたのは失敗だったな。これで距離が、できた……!」
「!」
しまった。少年がナイフを逆手に持ち替えるのを見て、ポーラは走り出す。彼にスキルを発動させる隙を作らないよう連続攻撃してきたというのに、うっかりその体を吹き飛ばして距離を作ってしまった。
ここで自傷されてスキルを発動させられたら元も子もない。ダメージが来ると分かっていれば耐えられるか――走り出しながらもポーラが考えた、その時。
「駄目だ、雉本君!」
「!」
鋭い声と共に、何かが光の方に飛んだ。銀色の棒――あれは確か、優理が持っていたスタンガン式の警棒ではないか。光は慌てて避けたものの、予想外だったこともあってか体勢を崩す。今だ、とポーラは一気に駆け寄って、彼の手首を蹴り上げた。
「がっ」
力が抜けていたせいだろう、ナイフは彼の手を離れて、芝生の上へと転がった。その瞬間に、ポーラは彼の両手両足を地面に押さえつけて拘束することに成功する。
「くそっ……離せ!離せ!」
「嫌なこった、スキルは使わせねーぞ!」
「ふざけるな。邪魔をするんじゃないっ……園部優理!」
ポーラに抑えこまれながらも、彼が本気で怒っている相手は自分ではなかった。見ればビルの出口のところに、ややサミュエルと空一に体を支えられながらも立っている優理の姿がある。走っては間に合わないと踏んで、とっさに唯一持っている武器を投擲したということらしい。――ちゃんと届いているあたり、案外彼は投擲スキルは高いのかもしれない、とやや場違いなことを思う。
「お前に、もうあんなスキルは使わせたくない……!自分で自分を切り刻むような真似なんか、絶対……!」
顔色も悪く、息も荒い。そこそこ酷い目に遭っていたのは明らかだ。それでも優理の声はしっかりしていた。己の信念を、強い意志を、希望をけして諦めない人間の声だった。
「お前に何があったのかなんて俺にはわかんないよ、だってお前のこと何にも知らないんだから。でも、痛いはずなのに、痛いことを痛いとも言えないなんてそんな悲しいことはないって思う。本当はずっと、誰かに助けて欲しかったんじゃないの。誰も助けてくれないんだって諦めて、自分は誰かの道具としてしか価値がないってそう思い込んで……思い込むしかなくて、ずっと苦しかったんじゃないの!?」
優理と光の間に、どんなやり取りがあったのかはポーラにはわからない。確かなのはポーラに両手両足をがっつりと抑え込まれている光が、さっきまでの彼とは別人とも思えるほど――泣き出しそうな顔をしていることだけだった。
その体が小さく震えているのは怒りのためか、それとも。
「俺は。……お前に、お前達に。人を殺させて、当たり前に犠牲を強いる奴が正しいなんて思えない。そんなことをする人が、本当にお前を大事にしてくれるとは思えない、愛してくれるとは思えない!」
「黙れっ!」
光が絶叫する。文字通り、血を吐くような叫びだった。
「何も知らない人間が、るりはを否定するな。あいつは生まれて初めて、俺を人間として扱ってくれた女だ……俺を道具として、ちゃんと必要としてくれた女だ!俺の全部はあいつのものだ、あいつ以外に何も要らない。俺はあいつに何かを求めていいはずがない、これだけのものを貰っておきながら求める資格なんかあるはずがない!何も知らない奴が、勝手なことばかり抜かすんじゃねえ!!」
「求めちゃいけないなんてことがあるか!だって恋人同士なんだろ!」
「うるせえ!俺とあいつは、お前らが思ってるようなもんじゃない。思ってるようなものを、欲しがっていいはずがない!」
「じゃあ!」
優理はよろめきながらも、ゆっくりと光の元へと歩いていく。一歩一歩、芝生を踏みしめて、そして。
「じゃあなんで、お前は泣いてるんだよ」
きっと。光自身も、気づいていなかったのだろう。己の頬を濡らしているものに。自分自身が、限界に来ていたことに。
はっとして目を見開いた少年の顔は、年相応に幼いもので。
「鮫島さんのことが、大切なんだろ。だから本当は……本当はその鮫島さんに頼みたいこと、言いたいこと、たくさんあるんじゃないの」
ふらつきながらも優理は。抑え込まれている光の真横に座って、告げたのだった。
「大好き、愛されたい、一緒にいたい、必要とされたい、やりたくない、やりたい、抱きしめたい、抱きしめられたい……助けてほしい。……そういうの全部、伝えたっていいじゃんか。本当にお前が大事に思うくらいの人なら、きっとわかってくれる。……お前だって、お前自身の願いを叶えたいと思う権利があるよ」
だからさ、と。
彼はちょっと困ったように、照れたように、笑みを作って見せたのである。
「鮫島さんが何を考えてるのかも知りたいはずだろ。だから……思ったことぜん、本人に伝えに行けばいいよ。なんなら俺も、一緒に行くから」
『トラップで外に人をおびき寄せて、ついでに雉本光も誘い出して、そこでボコって園部君の場所を聞き出せばいんじゃないかな!』
これである。もはや作戦と言ってもいいのかどうか。完全に力任せである。まあ、成立してしまっているのだからこれはこれで恐ろしいのだが。
優理がいたらもう少しマシな方法を考えるだろうに、なんてぼやいても仕方ない。呆れつつも、結局自分もサミュエルも、そしてヘキの町のレジスタンスメンバーもそれに乗っかったわけなのだから。
――まあ、アタシとしてもこいつに借りを返したい気持ちはあったんだけど、さ!
左アッパーはかわされた。身を屈めて、ナイフでこちらの脇腹を削って来ようとする。向こうの方が小兵である以上、相手の懐に潜って攻撃してこようとするのは王道だろう。
「読めてんだよ!」
「ぐっ!」
上から素首落としを決めて叩き潰しにかかる。直前で体勢を変えられたせいで、狙いはズレて手刀は光の背中に当たることとなった。光が痛みに息を詰める。ポーラは舌打ちした。首を正確に打てなければ、気絶させることは叶わない。
空一は光をとっ捕まえて居場所を吐かせようと考えていたようだが、ポーラはそれは難しいと考えていた。少し拳を合わせただけでもわかる。こいつは、とにかく意思が強いタイプだ。守りたい存在の不利益になるのなら、信念を曲げなければいけないならば、そんな行動は死ぬ間際までけして取らない人間だろう。というか、相手を拷問するために自分の体を切り刻むようなことも厭わない人間が我慢強くないはずがない。下手をすれば、何かを吐く前に死を選ぶ。やっていることはともかく、主への忠誠心だけ見るならまさに騎士のそれと言っても過言ではないだろう。
だからこそ、彼から聴き出すよりも、人海戦術で探し出した方がマシなのである。
ほぼ、あのビルのどこかに優理はいるはずなのだ。光が気づいているかどうかは定かではないが、ポーラがこうして光を引きつけているのは彼の気を引いている隙にレジスタンスのメンバーに優理を助けて貰う算段だからというのもあるのだ。自分で戦って見てはっきりとわかったが、所詮恐怖で強引に従わされているだけのビルの警備兵はザコも同然である。むしろ、光を叩いて救出されるためならば積極的に手を貸してくれる可能性さえあるだろう。さほど戦闘訓練をしていない大人達でも、大体はどうにかできる見込みだった。まあ、その“大体”の範囲が広すぎるのが、この作戦にもなってない作戦のガバいところなのだが。
――でもって、全てはアタシがこいつをぶちのめせるかどうかにかかってるわけだけど。
前に戦った時は、こいつのスキルに完全にしてやられた。なるほど、人は圧倒的な痛みに耐えられるようにはできていない。百戦錬磨のポーラでさえ、すぐに対処できずに足が竦んだほどだ。今回は予測ができる分あの時よりは動けるつもりだが、それでもカウンターを受けたら動きが大幅に鈍るのは避けられないだろう。
ならばするべきことはひとつ。
こいつが能力を発動できないか、あるいは発動してもさほど意味がない状態にするか、だ。
要するに、こいつ自身に大きな怪我を負わせなければ彼のスキルは本来の威力を発揮することができないはずである。おかげでこっちは大幅に手加減を強いられているわけだったが。屈強なポーラからすれば、中学生としては長身といえど十分すぎるほど光は華奢な部類に入る。少し力を入れるだけで骨をバキバキに折れてしまう、のは前回の戦いで嫌と言うほどわかっているのだ。
「っ!」
かちり、と音がした。光の足が何かを踏み込んだ途端、凄まじい爆音が鼓膜を震わせる。空一が張った罠を彼が踏んだのだ。
空一がこの芝生のエリアに設置した罠は、主に三種類。一定の衝撃か重さを与えられることで爆音を発生させる罠か、閃光を産む罠か、あるいは落とし穴の罠か。ただし爆音と閃光は“爆発”ではないため、それぞれ音と光のみのこけおどし。落とし穴の罠もさほど深くはないので、落ちても大きなダメージにはならないのである。この様子だと光も薄々気づいているようだ。一瞬体を竦ませただけに留まった。魔女・ジェシカに空一の能力を教わっていたのかもしれない。
だが。
――その一瞬も、命取りなんだよ!
優理を助け出すまでにこいつを気絶させるなりなんなりして行動不能に追い込むか、最低でも時間を稼がなければいけない。それ以外の警備兵や援護はみんな空一とサミュエルをはじめとした他のメンバーがやってくれるはず。自分は彼等を信じて、こいつに勝つのに全力を注ぐべきなのだ。そもそも、スキルによる一網打尽を避けるため、こいつとはポーラが一人で戦うことに決めたのだから(光のスキルの効果範囲と最大影響人数がわからなかったというのも大きい)。
ポーラは一気に距離を詰めると、その腹に右拳を埋めた。
「がはっ!」
「!」
がりりっ、と何かに引っかかれるような痛み。見れば右腕から血が滲んでいる。芝生を吹き飛んでいく光を見ながら、ポーラは思わず驚嘆していた。攻撃を受けながら、ナイフでポーラにカウンターを見舞って来たのである。なんというとっさの判断力と度胸であることか。いくら、こちらが大きな怪我をさせないように手加減していると言っても、だ。
己の犠牲もダメージも厭わず、圧倒的格上の相手に挑んでくるその勇気と忠誠心。ポーラは少しだけ、少年が気の毒になった。それだけの心を持っている存在が、よりにもよって人を人とも思わないような女にいいように使われている現実。こいつ自身にも冷酷なところはあるだろうが、それでもここまで他人のために自分を擲つことができる少年が、ポーラには心底悪人であるようには思えなかったのである。
「やっぱり、強いなお前は……!」
激しく咳きこみながらも少年はナイフを手に立ち上がる。
「だが、俺を吹っ飛ばしたのは失敗だったな。これで距離が、できた……!」
「!」
しまった。少年がナイフを逆手に持ち替えるのを見て、ポーラは走り出す。彼にスキルを発動させる隙を作らないよう連続攻撃してきたというのに、うっかりその体を吹き飛ばして距離を作ってしまった。
ここで自傷されてスキルを発動させられたら元も子もない。ダメージが来ると分かっていれば耐えられるか――走り出しながらもポーラが考えた、その時。
「駄目だ、雉本君!」
「!」
鋭い声と共に、何かが光の方に飛んだ。銀色の棒――あれは確か、優理が持っていたスタンガン式の警棒ではないか。光は慌てて避けたものの、予想外だったこともあってか体勢を崩す。今だ、とポーラは一気に駆け寄って、彼の手首を蹴り上げた。
「がっ」
力が抜けていたせいだろう、ナイフは彼の手を離れて、芝生の上へと転がった。その瞬間に、ポーラは彼の両手両足を地面に押さえつけて拘束することに成功する。
「くそっ……離せ!離せ!」
「嫌なこった、スキルは使わせねーぞ!」
「ふざけるな。邪魔をするんじゃないっ……園部優理!」
ポーラに抑えこまれながらも、彼が本気で怒っている相手は自分ではなかった。見ればビルの出口のところに、ややサミュエルと空一に体を支えられながらも立っている優理の姿がある。走っては間に合わないと踏んで、とっさに唯一持っている武器を投擲したということらしい。――ちゃんと届いているあたり、案外彼は投擲スキルは高いのかもしれない、とやや場違いなことを思う。
「お前に、もうあんなスキルは使わせたくない……!自分で自分を切り刻むような真似なんか、絶対……!」
顔色も悪く、息も荒い。そこそこ酷い目に遭っていたのは明らかだ。それでも優理の声はしっかりしていた。己の信念を、強い意志を、希望をけして諦めない人間の声だった。
「お前に何があったのかなんて俺にはわかんないよ、だってお前のこと何にも知らないんだから。でも、痛いはずなのに、痛いことを痛いとも言えないなんてそんな悲しいことはないって思う。本当はずっと、誰かに助けて欲しかったんじゃないの。誰も助けてくれないんだって諦めて、自分は誰かの道具としてしか価値がないってそう思い込んで……思い込むしかなくて、ずっと苦しかったんじゃないの!?」
優理と光の間に、どんなやり取りがあったのかはポーラにはわからない。確かなのはポーラに両手両足をがっつりと抑え込まれている光が、さっきまでの彼とは別人とも思えるほど――泣き出しそうな顔をしていることだけだった。
その体が小さく震えているのは怒りのためか、それとも。
「俺は。……お前に、お前達に。人を殺させて、当たり前に犠牲を強いる奴が正しいなんて思えない。そんなことをする人が、本当にお前を大事にしてくれるとは思えない、愛してくれるとは思えない!」
「黙れっ!」
光が絶叫する。文字通り、血を吐くような叫びだった。
「何も知らない人間が、るりはを否定するな。あいつは生まれて初めて、俺を人間として扱ってくれた女だ……俺を道具として、ちゃんと必要としてくれた女だ!俺の全部はあいつのものだ、あいつ以外に何も要らない。俺はあいつに何かを求めていいはずがない、これだけのものを貰っておきながら求める資格なんかあるはずがない!何も知らない奴が、勝手なことばかり抜かすんじゃねえ!!」
「求めちゃいけないなんてことがあるか!だって恋人同士なんだろ!」
「うるせえ!俺とあいつは、お前らが思ってるようなもんじゃない。思ってるようなものを、欲しがっていいはずがない!」
「じゃあ!」
優理はよろめきながらも、ゆっくりと光の元へと歩いていく。一歩一歩、芝生を踏みしめて、そして。
「じゃあなんで、お前は泣いてるんだよ」
きっと。光自身も、気づいていなかったのだろう。己の頬を濡らしているものに。自分自身が、限界に来ていたことに。
はっとして目を見開いた少年の顔は、年相応に幼いもので。
「鮫島さんのことが、大切なんだろ。だから本当は……本当はその鮫島さんに頼みたいこと、言いたいこと、たくさんあるんじゃないの」
ふらつきながらも優理は。抑え込まれている光の真横に座って、告げたのだった。
「大好き、愛されたい、一緒にいたい、必要とされたい、やりたくない、やりたい、抱きしめたい、抱きしめられたい……助けてほしい。……そういうの全部、伝えたっていいじゃんか。本当にお前が大事に思うくらいの人なら、きっとわかってくれる。……お前だって、お前自身の願いを叶えたいと思う権利があるよ」
だからさ、と。
彼はちょっと困ったように、照れたように、笑みを作って見せたのである。
「鮫島さんが何を考えてるのかも知りたいはずだろ。だから……思ったことぜん、本人に伝えに行けばいいよ。なんなら俺も、一緒に行くから」
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