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<26・再戦>

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 ビルのすぐ傍で、大きな爆発音が聞こえた。敵の襲撃だと判断して警備兵数名が見に行ったものの、全員が戻ってこない(光は地下で優理の相手をしていたので、外の音はちっとも聞こえてこなかったのである。)。兵士達が確認しにいけば、爆発の様子もなく煙も出ておらず、にも拘らず見に行った警備兵たちが全員伸びて倒れている状態。敵の罠にハマったのだ、と察するには十分だったわけである。

――ぶちのめしたのは、ポーラ・アルバーノだろうな。

 兵士達は電気ショックではなく脳震盪で倒れていた。ならばやったのはポーラの方と見てほぼ間違いないだろう。ただし、ポーラが動いているのならばサミュエルもまず協力しているのは間違いないだろうが。

――爆発はなんらかのトラップとして。……敵は何人だ?ポーラとサミュエルの二人だけ……というのは希望的観測だな。

 そもそもヘキの町を支配してすぐ、住民の一部が光のやり方に反発して町から逃げたことを知っている。情報によればレジスタンス化して、自分を打ち倒す隙を伺っているとのこと。詳しい構成員や規模まではわからなかったが、それでも放置していた理由は単純明快、今すぐの脅威でないことがわかりきっていたからだ。
 そもそも何故、光がたった一人だけで、ヘキの町の恐怖政治を完成させることができたのか。
 それは、光の“激痛を伝播させる”スキルが想像以上に恐れられており、その結果容易に光を攻撃することができなくなったからなのである。即死させることができないならば、光はあらゆる傷を回復魔法で治してくる。しかもスキルを使ってダメージを共有されたら、一定範囲にいる人間が全員激痛に倒れることになるのだ。実際、この町に最初に降り立った時多人数に同時にスキルを披露した結果、何人かは痛みだけでショック死したのを知っている。苦痛だけと侮るなかれ、人は痛みで簡単に命を落とすこともある生き物なのだ。
 ゆえに、おおっぴらに光を撃つことはできない。
 そして光の側近に選ばれてしまった兵士達は、光に逆らうことができない。その気になれば連帯責任で簡単に、おぞましいペナルティを与えられてしまうことを知っているがゆえに。
 そう、人は時に死よりも遥かに痛みを恐れる。
 光は己の経験で、痛いほどよく知っているのだ。だからこそ、レジスタンスが仮に優理の仲間と結託したところで、大した対策など取れないとばかり思っていた。脅されているだけの警備兵を攻撃するのは気が引けるだろうし、それこそ光自身を相手にはまともに攻撃することもできないのだから尚更に。

――それでも。俺の能力を知った上で仕掛けてくるのか。……園部優理。ろくな戦闘能力もないお前は、そこまでしてなお必要とされている存在だというのか?

 胸の奥から焦がすような激情が突き上げる。それはどう言いつくろっても明白な嫉妬だった。自分はそこまで、誰かに必要とされたことなどない。るりはは確かに自分を救ってくれたが、本当のところ彼女が欲しくて欲しくてたまらなかったのはいつだって光の方。彼女に自分のことを心から必要として欲しいなんて、思ってはならないと言い聞かせてきた。一度でもそんなことを望んでしまえば、けして今の関係に満足できなくなるとわかっていたがゆえに。

――何故だ!俺の方が強い……俺の方が我慢ができる、俺の方が賢いはず、己を犠牲にだってできるはずなのに……何故お前は、お前のように生ぬるい世界に生きてきた人間なんかが!

 あの日。
 優理を拉致した時、ポーラ達をレジスタンスが助けたことは知っていた。それでも彼等を捨て置いたのは、仮に逃がしても大した真似などできないだろうとタカをくくっていたのと、優理に知らしめてやりたいという意地があったからに他ならない
 そう、奴に言ってやりたかったのだ。
 お前の仲間は生きている。生きているのにお前を助けに来ない、薄情な奴らだ。人間なんて結局そんなもので、自分が助かるためならお前程度平然と見捨てるんだよと。彼等を殺してしまったら、助けに来なくても当然の構図が出来上がってしまう。彼の記憶の中で、仲間は神格化され、それだけで支えになってしまう。それは我慢がならなかった。徹底的に彼の心を挫いて、屈させてやり、その上で殺してやらねば気が済まなかった。半ばるりはの意思さえも外れた、光の意地であったのは否定しない。
 だけど。
 ああ、だけど。それでも。
 助けに何か来るもんか、と。来ないでくれと祈っていた、自分がいるのも事実で。だってそうだろう、一体誰が己の足元が崩れていく感覚を知りたいなんて思うだろうか。
 るりはと自分達の関係はシンプルだ。支配するものとされるもの。使うものと使われるもの。自分達は仲間ではなく、同じくるりはに忠誠を捧げた同志であり、下僕であい、奴隷である。それ以上の、友情や愛情に似た何かを望んでしまうことなど許されない。手に入らないものに、絶望なんてもうしたくはないのだから。
 だから知りたくなかったのに。
 この世の中に、本当の仲間なんてあり得ないと、そう思っていたかったのに。

――動揺するな。その仲間とやらを、今ここで俺が叩き潰せば済むはずだ。

 意地を張っている場合ではないのだろう。向こうから出迎えてくれた以上、全身全霊で丁重なもてなしをすることこそ礼儀というもの。光は階段を駆け上がる。次は奴らを確実に殺す、そんな決意をこめて。

「ひ、ひいいいい!」

 所詮は恐怖で従わせていただけの兵士達だ。警備兵たちはパニックになり、逃げ惑うばかりでほとんど役に立つ様子がない。それでも一階まで登りきったところでそのうちの一人を捕まえることに成功する。

「おい、敵は何人だ!どこから攻めて来ている?」
「う、裏口から……な、中庭で対応してますが、歯が立たなくて……」
「裏口?」
「た、たった一人の女に、ほぼ全滅で……!」
「ちっ」

 あのポーラという女の力を、少々ナメていたようだ。そういえば宿に奇襲をかけた時も、ほとんどの兵を彼女一人で倒してしまっていたなと思い出す。しかも、あの後確認したら、兵士達はみんな怪我こそしていたものの一人も殺されてはいなかった。脅されているだけの兵隊は殺さないようにと手加減をされていたということ。本気になったらまさに鬼のごとき強さであるのは間違いないのだろう。
 なるほど、普通の警備兵では荷が重そうだ。
 表で暴れているのが彼女一人だからといって、一人だけで突撃してきているとは思えないが。

「……他の兵に伝達しろ。俺から半径10メートル以上離れて待機。必要に応じて指示を出す。勝手に逃げたらどうなるか、わかっているな?」
「は、はいいいい!」

 やはり、自分が対応するしかないか。裏口から飛び出した瞬間、足が何かを踏み込むような感覚があった。

「!」

 瞬間、凄まじい光が視界を焼く。衝撃はなく、ただ光だけだ。閃光弾か、と光は舌打ちをした。とっさに首をガードした。自分が一番警戒するべきことは、スキルも回復魔法も唱えられないような即死技を受けることだ。さすがに心臓や首を吹っ飛ばされたら、スキルで敵にダメージを伝播させたり、回復魔法で復帰することは不可能になってしまう。
 瞬間、腹に衝撃が来て吹っ飛ばされる。中庭の芝生の上をごろごろと転がり、咳きこむことになった。

「見つけたぜ、キジモト・ヒカル!」

 光がゆっくりと落ち着いていく中、筋骨隆々の美しき女戦士が姿を現す。

「今度はあんな風にはいかないぞ。……さあ、リベンジマッチと行こうか!」
「ちっ……」

 目の前に佇むポーラの目に、一切の迷いはない。なるほど、最初からそういう算段か、と理解した。ビルの周囲に爆発音や閃光を出すトラップを仕掛けておいて兵士たちを混乱させて叩き、さらに自分をビルの外におびき出してポーラと対峙させる。――随分な自信だ。一度はっきり自分に敗れているのに、ポーラが己に勝てると見込んでいなければこのシンプルな作戦は成り立たないというのに。
 そしてもう一つはっきりとわかったことがある。
 恐らくは彼等の味方に、岸本空一がいるだろうということだ。

――岸本空一の能力は、“罠支配者トラップ・マスター”だったな。……名前のわりに貧弱な力だと思ったものだが。

 空一の所在は不明だったが、それでも魔女・ジェシカから空一の能力は聴いている。彼は何種類かのトラップを設置、起爆するスキルを与えられている。ただし、そのどんなトラップも即死性及び攻撃性が低いもののみ。大きな爆発音を立てるとか、閃光弾のような効果を出すとか、落とし穴とか。しかも、設置するには本人が直接現場に来て、その場所に何秒か手を触れる必要があったはず。魔女・サトヤももう少し使い勝手のいいスキルをあげればいいのに、と少しばかり同情したくなったものである。
 ただ、ものは考えよう、能力は使いようだったというわけだ。
 本人一人では大した威力を発揮するスキルでなくても、他の仲間と協力することが前提ならば十分な攪乱になる。恐らく外の爆音も彼のトラップによるもので、それにおびき寄せられてポーラが兵士達をノックアウトしたという構図。さっきの閃光も彼のトラップだろう。

――起爆するには、本人がトラップの地点から一定範囲にいる必要があったはずだな。ってことは、岸本空一もこの近くにいるのか。

 周囲をしっかりと確認したい。まだ夕方なので、視認は本来不可能ではない――のだが。この芝生に覆われた中庭は、ぐるりと雑木林に囲まれた立地にある。死角は多く、敵の存在を全て確かめるのは容易なことではなかった。おまけに、目の前にはポーラがいる。

「せいっ!」

 再び蹴りが飛んでくるのを、どうにか体を逸らすことで躱した。彼女の攻撃を防ぐだけ、避けるだけならなんとかできなくはないが、真正面から身体能力だけでぶつかり合うにはあまりにも分が悪い相手だ。格闘技術でも体格でも身体能力でも自分が劣っている。辛うじて渡り合えるのは機動力くらいなものだ。はっきり言って、彼女と向き合っている状態でよそに気を回す余裕は微塵もない。

――だが、明らかに前の時よりも踏み込んでこない。俺にダメージを与えないようにしているのは明らかだ。

 偉そうなことを言っておきながらも、結局自分のスキルを恐れていることに変わりはないらしい。相手の骨を折ることさえも気を使わなければいけないなんて、何とも難儀なことである。
 まあ、関係ないのだが。それならそれでまた、自傷に及ぶだけのことなのだから。

――俺を一発で殺せる隙とやらを伺ってるのか?……いいだろう、付き合ってやるよ。失敗したら地獄を見るのはお前の方だけどな。

 能力を発動させれば、こいつの動きは簡単に封じられる、他の隠れている奴らも同様に。
 この勝負、先に相手の隙を見つけた方が勝ちだろう。距離を取りつつ、光は拳を構えたのだった。
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