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<23・邪魔>

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 園部優理を殺すつもりでいる、のは今でも変わっていない。
 ただし一方で光が、その能力を相応に高く買っているのも間違いないことだった。何故なら彼は平均的な身体能力しか持たないにも関わらず、その知略と度胸だけで最終的に坂田と安生をまとめて打ち破ってみせたからである。
 同時に、彼のスキルのこともそう。
 実のところ自分達を呼び出した魔女・ジェシカから、優理のスキルについては既に聴いていたのだ。獣を自由に操作する坂田、物質を自由に転移・転送する安生、そして痛みを共有させることによって多くの人間の動きを同時に止めることができる光。それに比べて、優理のスキルのなんと地味で使い勝手が悪いことか。なんせ、引き寄せのスキルというのは、単純に“最強の素質を持つ人間と巡り合うように運命が動く”というそれだけの能力である。仲間になるところまで働くものではない。最強の素質を持つ人間と出逢うことができても、仲間に引きこむことができなければ何の意味もない力だ。
 ゆえに、そのスキルについて耳にした時、坂田と安生のみならずるりはも呆れて笑っていたほどである。なんて役に立たないスキルだと。こんな奴を自分達の下僕にしないで済んでラッキーだった、と。
 実際、笑いはしなかったが光も少々不憫には思っていたものだ。ジェシカと比べて、もう一人の魔女はなんと冷たいのだろうと。どうせ異世界転生をさせるなら、もう少し強くて使い道のあるスキルを与えてやればいいのにと。例えこの世界がジェシカが現れるまでは平和な世界だったとはいえ、モンスターがうようよしていることに違いはないのだから。
 だが。

――実際、奴は坂田達のところに辿りつくまでに、たった数日で二人も厄介な仲間を手に入れた。

 最強の魔導師の素質を持つサミュエルと、最強の格闘家の素質を持つポーラ。現時点でも厄介な二人がこのまま鍛錬を積んで成長したら、どれほど手がつけられなくなるかわかったものではない。
 彼等と都合よく出会ったところまでは、優理のスキルによるものだ。
 しかし彼等を味方に引き入れたのは紛れもなく、本人の努力と人望によるものだとわかっていた。そういう人間は恐ろしい脅威になりうる。たとえ本人の戦闘能力が、雑魚も同然だったとしても。

――それに加えて、あの考え方。……るりはの敵に回るなら、確実に消さなければなるまい。だが。

 もし味方に引き入れることができるなら、非常に心強い味方になりうる。
 光本人にとっては優理のことは好きじゃない――どころか嫌いに近い人種だが。それはそれ、るりはの役に立つのなら話は別だ。自分にとってるりはは人生の救世主である。彼女がいなければ今の自分はあり得ないし、それどころかどこかで命を失っていてもなんらおかしくはなかったはずだ。彼女の願いを叶えること、それ以上に自分の願いなどない。自分はこの心も、魂も、体も全てるりはに捧げた。一応自分は彼女の恋人ということにはなっているようだが、実情はそんな甘いものではないことを自分自身が一番よく分かっている。
 自分はるりはという神の使徒だ。
 彼女が死ねと言うのなら、自分は喜んでこの命をも捧げるだろう。

――だから、試す。殺す前に、この男を。

 恐怖で支配しているヘキの町の兵士達を下がらせ、牢屋の中で光は優理と二人きりになる。柵の向こうで両手を繋がれて座らされている優理は、大した怪我もないままぐっすりと眠ったままでいた。なんともお気楽なことである。まあ、襲撃時本人は眠っていたし、それに加えて彼を襲わせた魔導師には再度眠りの魔法をかけさせたので、間抜け面で寝たまんまでいるのも当然と言えば当然なのだが。

「おい、起きろ……“Awaken”」

 素質の問題なのかなんなのか。光は回復系の魔法だけは、ほぼ完璧にマスターすることができていた(攻撃系魔法は一切使えないのだが)。自分の体を散々傷つけても即回復させられるのはそのためである。眠りから目覚める魔法、魔法を解除する魔法も白魔法の一種なので扱うのは簡単だ。目覚めの魔法を使ってやると、がくん、と優理の体が一瞬傾いで――次の瞬間、がばりとその上半身を起こしていたのだった。

「ちょっとピンクのパンダなんてレアすぎるんだからステーキにしちゃだめだよ!……ってあれ?」
「……どんな夢見てたんだオマエ」

 よくわからないことを叫んで飛び起きた優理。ピンクのパンダってなんだ、ちょっと可愛いじゃないか――思わず心の中で呟いてしまう。ていうか、パンダをステーキにしようとしていた不届きものはどこのどいつなのだ、なんという罰当たりめ。

「は、れ?……お前、雉本光?なんで、お前がここに……っていうか、え?お、俺捕まってる!?」

 気づくのが遅すぎやしないだろうか。そこまで叫んだところで彼はようやく自分の両腕に枷がついていることに気づいたらしい。がしゃんがしゃんと派手に動かして外すことを試みている。まあ、彼程度の腕力で外せるほど、ヤワな枷であるはずもないのだが。
 というか、本当に眠っていて何も覚えていないとは。
 ヘキの町が自分達に支配されているであろうことは予想していただろうに、何でそんなに暢気に眠っていられるのだろう。普通はもう少し、ピリピリして眠りが浅くなりそうなのだが。

「宿で眠っているところを拉致らせてもらった」

 説明してやる自分は結構律儀な気がする。やや呆れながら光は思った。

「回りくどい話は好きじゃないから、ストレートに言おうか。このヘキの町は俺が支配している。俺の能力を恐れているせいで、町の奴らの殆どは俺の奴隷と化している。魔石を大量に採掘するために、この町の人員と鉱山は要不可欠だったからな。この町にのこのこやってきて暢気に宿になんか泊まった時点でお前達は罠にハマったも同然だ」
「……あー……やっぱり?」
「お前を生かすも殺すも俺次第というわけだ。そして俺は、るりはの敵になる存在に情けをかけるつもりもない。その前提で、俺の質問に答えろ」

 す、と目を細めて、光は告げる。

「お前、俺達の軍門に下る気はあるのか、ないのか。……元の世界に帰れるなら、この世界がどうなろうとお前には関係ないはずだ。お前を召喚した魔女・サトヤの力など借りなくてもいい。魔石を集めて伝説を手に入れることができれば、魔女・ジェシカは俺達全員を元の世界に帰すと約束した。なら、そちらでも問題ないはずだ。お前も魔石を集めるのに協力しろ。そうすれば、ジェシカにお前のことも元の世界に戻して貰うように取り計らってやらないでもない」

 自分を呼んだだけの魔女などに、拘りなどないだろう。
 同時に、彼がこの世界で得た仲間や、出逢った人々に関してもそう。彼がこの世界にやってきたのは、自分達とは大きく時間がズレていることも知っている。優理の場合は、まだこの世界に来て数日程度しか過ぎていないはずだ。そんな連中に、さほど思い入れもないだろう。頼りになる味方ということで、サミュエルやポーラのことも利用しているだけであるはずだ。

「それとも何か?もうこの世界や、出逢った人間に執着ができたとか言うんじゃないだろうな。だから悪事になんか加担できないとでも?」

 まあ、このお人よしなら、そういうこともあるかもしれないのが厄介だが。
 冷静に考えてみればいい。果たしてそれらは、己の命を捨ててでも守るべきものであるのかどうかを。
 彼にとって一番大切なのはどう考えても、元の世界の家族や友人、そして己の命に他ならないはずなのだから。

「くだらない信念や意地なんか捨てろ。そんなもの、死んだら何もならないぞ」
「……鮫島るりはのためなら、命も捨てられそうな奴が言っても説得力ないよ雉本君」
「お前と俺は違う。るりはの存在は俺の命も同然、それ以上だ。あいつがいなければ俺は生きていない。命を捧げるのは当たり前だろう。話を誤魔化すな」

 そう、彼女がいなければ、自分は息などできない存在だ。
 しかしその詳しい理由をわざわざ優理なんぞに説明してやる必要もないし、義理もない。どうせ話したところで彼に分かることなど何もないのだろうから。

「……そんな風に言って、俺が“じゃあ言う通りにしてお前らの仲間になります”なんて言うと思ってるの?」

 優理は色の無い目で、じっと光を見つめる。

「確かに、俺は元の世界に帰りたいよ。でも、この世界の現状とか、この世界に住んでいる人達のことを知っちゃった以上見て見ぬフリなんかできない。俺にできることがある。俺に助けられるかもしれない人たちがいる。なら、それを黙って見過ごすことなんかできるわけない。……前にも同じこと言った気がするんだけどな。そういう自分の信念を捨てたら、それはもう俺じゃない。それは俺にとって生きてるなんて言えないよ」
「優等生だな」

 まあ、予想はしていたことだ。単純な説得だけで折れる相手なら、こうも自分は彼を危険視していないのだから。
 だが。

「だが、その優等生ぶりが命取りだ。……誰だってこの世の中、自分が一番大事に決まってる。その中でも、自分の命ってものはけして他に代えられないものだ。人間の心なんか、卵のようなもの。ちょっと硬いように見えてる殻もつつけばすぐ割れるし、中身はどろどろに溶けた汚なくて柔らかいものが詰まっているだけなんだ。お前にもすぐ思い知らせてやる」
「!」

 優理の眼が見開かれる。光が腰からナイフを取り出したからだ。
 もう既に、昨夜の傷は綺麗に治してある。光は自分の左腕の袖をまくりあげると、そこにナイフを押し当てた。そして。

「“激痛共有ファントム・ペイン”」

 能力を発動し、一気に切り裂いた。血が吹き出すと同時に、優理の目が見開かれ、そして。

「ああああああああああああっ!?」

 悲鳴が上がった。がしゃんがしゃんと、彼を繋いでいる手枷が壁にぶつかり、吊るしてある鎖が大きな音を立てる。突然腕を襲った激痛にわけもわからず暴れる彼を、光はじっと見つめた。
 所詮人間なんてこんなもの。どんなに強靭に見える存在だろうと、痛みという名の恐怖に耐えられる存在なんてそうはいない。

「俺のスキルは、自分の受けた痛みを他人に共有させることができるというもの。生憎だが、俺自身は痛みには耐性が強くてな。多少自分を切り刻んだくらいじゃびくともしないが……普通の人生を生きてきて、大きな怪我もしたことのないようなお前はそうじゃないだろう?」

 ぱっくりと割れた左腕の傷にナイフをねじこみ、さらにぐりぐりと抉る。骨が削れるような痛みが脳髄を駆け上がった。それでも光は続ける。自分は無痛症ではない。痛みは相応に感じている。ただ、心がそれに耐える方法を学んでいるというだけだ。だから、骨を抉られるくらいの痛みは上手い具合に我慢できるというだけのこと。
 でもそれは、あくまで光本人だけの話で。

「あ、があああああああ!」
「これから、俺は俺の全身を切り刻む。安心しろ、俺は回復魔法が得意だ。死ぬ前にいくらでも傷を回復させることができるし、そのたびに切り刻むことができる。……耐えられなくなったなら、軍門に下ると言え。そうすればやめてやる」

 光はナイフを抜くと、今度は己の左の鎖骨あたりに刃を押し当てた。

「本気で耐えられなくなる前にサレンダーした方がいいぞ。人間の脳は、そこまで痛みに耐えられるようにできていない。行き過ぎれば、痛覚だけでショック死するからな」

 さあ、試させてもらおうか。
 この無駄に正義の味方ヅラした少年が、どこまで己の信念を貫き通せるかということを。
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