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<20・孤軍>
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結局、優理と別の部屋になってしまった上、肝心なことを聞きそびれてしまった。ポーラは一人部屋で、ぐちぐちと文句を呟きながらベッドに横になる。いろいろなことがありすぎて、妙に目が冴えてしまっていると言えばいいか。元々、オーガの民は人間よりも食事量が多い反面、体が丈夫で睡眠が短くて済む傾向にあるというのもあるのだろうが。
――くそ、サミュエルの奴!何が“僕の方が先にユーリさんと友達になったんですからね”だ!偉そうに、ほんの数時間程度の差じゃねーかっつーの!
可愛い顔して口うるさい子供である。しかもセクハラだのなんだの、お前こそ優理のなんなのだと言いたい。まるで口うるさい小姑だ。
彼と喧嘩しまくった結果、結局優理に訊けないまま終わってしまっていることがある。――あの言葉、の真意だ。
『許せないな、君みたいな美人を差別するなんて!あ、いや美人でなくても差別されていいわけじゃないけど……』
その言葉が、何もかもの決め手であったわけではない。圧倒的な実力差があったにも関わらずポーラの性格や甘さを見抜き、乏しい戦力で自分を完封してみせた度胸と策に感嘆したからというのが大きい。だが。
それとは別に、心に突き刺さって抜けないのだ。あの時彼は、お世辞なんか言う必要などなかったはず。それなのに、なんでこうもあっさりとこっぱずかしい台詞が口を突いて出たのか。
美人だなんて、言って貰えたことはほとんどなかった。
確かに母と父はどちらも見目麗しかったが、自分はそうではない。オーガとしても、人間としてもあまりにも中途半端だ。
オーガの一族は、とにかく大きな体と強靭な肉体、立派な角があればあるほどカッコいいと称され憧れの的になるものである。男性も女性も関係ない。筋骨隆々でパワーがあり、かつ彫が深くて勇ましい顔つきこそが美しい。母もまさにそうだった。人間の感覚で言うならば美人の類ではないのかもしれないが、一族ではまさに美丈夫(この言葉、オーガでは女性相手でも使うのだ)と褒め称えられるような逸材であったのである。
それに対して、短剣や弓をたくみに扱う狩人だった父は、母と比べてずっと小柄で華奢であったと言える。繊細な顔立ちの、まるで絵画の中から出てきたような美青年だった。手先が器用で、母が苦手な裁縫を積極的に手伝っていた記憶がある。二人の慣れ染めにかんして詳しく聞いたことはないが、確か怪我をしていた父を母が助けたことから交流が始まり、父が恩返しもかねて村に出入りするようになったのが交際のきっかけだったと言っていたのではなかっただろうか。
――できればアタシは、どっちかになりたかった。オーガとしてかっこいい母さんか、人間として美しい父さんみたいな人に。
しかし、生まれたポーラは、そのどちらの要素も中途半端に受け継いだ人間だった。緑の髪を母から、紫の眼を父から継いだのはいい。でも、オーガとしては貧弱で小さく、人間としてみたらいかつくて無骨。どっちにも迎合できない外見の自分は、両親の醜いところばかりを引き継いでしまったのかと正直落ち込んだ時期もあったのである。オーガの村で暮らすにあたり、異質だといじめられたこともあったから尚更だ。
両親がとても見目麗しい存在だったからこそ、ポーラは己の外見にコンプレックスがあったのである。
綺麗どころか、きっとものすごい不細工なんだろうなと思って生きてきたのだ。――まさかそれを、あんな素直に褒めてくれたのが、年下の、触っただけで折れてしまいそうな小さな少年であろうとは。
――ほんとに、そう思ってる?……アタシは、半分は鬼なんだ。あんたにとって、怖くない?……怖いと、思わないでいてくれる?
優理が自分を嫌っていないのはわかりきっている。それでも、口にして貰わなければ不安なことも多いのだ。だから、この際はっきり尋ねておきたかったのに――サミュエルのおかげでタイミングを逃してしまった形だった。いや、挑発に乗ってしまって、五つも年下の少年と本気で口げんかしてしまった己も間違いなく大人げなかったのだが。
胸を押しつけたのも、実際わざとだった。彼が自分のことを異性として見ているのかどうか、試してみたかったがゆえに。恥ずかしがったり嫌がったりしたらすぐにやめるつもりだったし、自分もやめるつもりだった。それなのに、誰かさんのせいで余計な拗れ方をしてしまったのである。そういう気があると少しでも察しているのなら、空気の一つくらい読んでくれればいいものを。
――一族が平穏無事に暮らせる世界を作る。……魔女を倒せば、きっとその夢は叶う。少しずつ、少しずつだけどみんなの意識を変えて行けば、きっと……。
そのために、余計なことなんか考えている場合ではない。自分にとって、優理は頼りになるリーダー。それで十分なはずだ。今はそう、それだけで。それ以上考えるべきことではない。まがりなりにも自分はプロの傭兵、公私は切り分けるべきなのだから。
「!」
ふと、聴覚が妙な音を拾った。はっとしてポーラはベッドから飛び起きる。カーテンを小さく開いて窓の外を覗き、思わず舌打ちをしていた。銃を持ち、明らかにカタギではなさそうな黒い覆面姿の男達が数名、宿の前で屯っているではないか。
何を言っているのか、窓も閉じているし距離もある状況ではわからない。が、ポーラはそもそもオーガの特性もあって非常に目が良かった。男達の唇の動きから、大体の会話を読み取るくらいはできるのだ。
――“正面は人目に付く”“裏口から”“合図があったら突入”……って、“転生者のガキは必ず捕まえろ”だと!?
転生者のガキ、なんて言われて思いつく相手は一人しかいない。嫌な予感はしていたが思った通りだったと言うべきか。シュカの町の出来事を見越してか、人海戦術にでも打って出るつもりか。優理をさっさと捕まえて、魔女の生贄にでも献上するつもりでいるらしい。なるほど、あっさり町に入れて宿に泊まれたのも、自分達を油断させるための罠だったと言うべきか。
――させるか!
優理とサミュエルを起こすべきか。少しだけ迷ったが、彼等はそのままにしておくことにした。ざっと見た人数と気配からして、相手の総数はそう多くはない。自分一人でも捌けるだろう。むしろ一気に叩いておいて、“下手に手を出すと火傷するのがどっちなのか”を思い知らせておくのも効果的かもしれなかった。
もっと言うと、ポーラ、安生、坂田と戦ってから一日しか休むこともせずにシュカの町を出発して、そのあとはずっと馬車に揺られての長旅である。きっと優理も疲れているはずだ、少しは休ませてやりたいという気持ちもある。そう。
断じて。自分が役に立つことを彼に示したい、なんて気持ちではないのだ。
――見てろよ、サミュエル。こいつらくらい、アタシ一人でなんとかしてやる!
部屋を飛び出すと、ポーラは宿の階段を駆け下りた。自分達が泊まっていたのは二階。連中が飛び込んでくるのは、あの会話からして裏口からだろう。正面口はシャッターも締まっていて突入しにくかったというのもあるのかもしれない。
裏口のドアの横に立ち、己の気配を殺す。十五歳で傭兵としてデビューして二年、様々な依頼をこなしてきた自負がある。それこそ、暗殺や、ゲリラ戦めいたことも少なくはない。そのたびに、この強靭な肉体と技で全て蹴散らして来たのだ。殺気を消して、相手に奇襲をかけるなどお手のものなのである。
そう。
「!」
裏口のドアがこじ開けられた瞬間。ポーラは飛び込んで来た男の黒い覆面を思いきり殴りつけていた。もんどりうって倒れた男が、真後ろの壁にぶつかって悶絶する。思わぬ不意打ちを受けたからだろう、完全に固まっていた仲間の一人の前に飛び出し。その腹に拳をめりこませた。
さらに後ろのもう一人には、踵で股間に思いきりキックを見舞う。むに、という嫌な感触とともに、カエルが潰れたような悲鳴が響いた。これで三人。全員綺麗に気絶しているのを確認した上で、ポーラは宿の裏手から正面へと飛び出す。
「おっと」
瞬間、眼前を駆け抜けていく銃弾。音の軽さからして、フロストマシンガンの類だと思われた。ぱらららららら、という音と共に地面にミシン目のような穴が空いていく。本来ならば、イースト・グリーン王国にはない銃器だ。というか、そもそもこの国は軍事力に秀でてはいないし、銃器の類はハンドガン程度までしか自国開発できていないはずである。サブマシンガンの類を開発して自軍に取り入れているのは、平和な自制でも軍事力強化に務めていたノース・ブルー王国くらいなものだ。そもそも、ノース・ブルー以外の国は銃規制が厳しいので、滅多なことでもない限りサブマシンガンの使用許可など下りないのである。
それなのに、銃声を聞いても警察が飛んでこない。
この国にあるはずのない銃がある。
その時点でもう確定だ。自分達は確実に罠にハメられた。この町がまるごと、敵の掌中に堕ちていたと考えるのが正解だろう。ノース・ブルーで開発した銃器を密輸して持ちこんできたか、そもそもノース・ブルーの精鋭兵そのものを連れ込んできたかは定かでないが。
――上等だ!銃が怖くて傭兵ができるか!
仕事の関係上、ひとしきりの武器に関する知識は頭に叩き込んである。フロストマシンガンは、引き金を引くだけで人をミンチにできる恐ろしい武器だが、当然銃である以上弾数に限界はある。引き金を引きっぱなしにすれば、弾を撃ち尽くすまでに数分とかからない。そして、マガジンを交換するのにはプロでも数秒かかる。もっと言うと、マガジンが軽くなってくると僅かに音が高くなるので、そこで弾切れを察知されてしまうという難点もあるのだ。
複数の人間で交互に弾幕を張ってきたなら話は別だが、音からしてマシンガンを撃ってきている人間は一人だけ。ならば。
――今だ!
音が高くなり、カチリ、とロックがかかるような音が聞こえると共に――ポーラは一気に表通りに飛び出して勝負に出ていた。そのまま、こちらにいかついサブマシンガンを向けてきていた男の銃身を右足蹴り上げて跳ね飛ばすと、そのまま一回転して左足で米神を蹴り飛ばす。白目を剥いて昏倒した男の足元に転がったサブマシンガンは踏み潰して砕いておく。殺気。身を屈めると同時に、さっきポーラの頭があった位置を銃弾が通り過ぎていった。
「はああっ!」
ハンドガン相手なら話は早い。相手の銃口の向きと引き金さえ見ていれば銃弾はかわせる。銃を持って狙っていた男のところまで一気に距離を詰めると、その鳩尾に拳を埋めて気絶させた。さらにその男を、もう一人こちらを狙っていた男の方へと投げ飛ばす。
「うわあっ!?」
投げられたものが味方では、無下にすることもできない。対処に迷った男はもろに味方と衝突し、そのまま下敷きになって伸びてしまった。これで六人倒したはず。気配の残りは一つ。ポーラはぽきぽきと手首を鳴らして周囲を警戒した。
「あと一人だろ、どこに隠れてやがる?出てきやがれってんだ」
夜の宿街は静まり返っている。既に他の宿やホテル、商店街の類も全てシャッターが閉まっている状態だからだ。
「こんな真夜中に大騒ぎしたらご近所に迷惑だろうが、クソ野郎どもめ」
気になるのは、戦った男達があまりにも弱すぎたこと。武器はノース・ブルーのものを持たされていたようだが、使っている連中がてんで素人ばかりだった。恐らく、武器を与えられて脅されていただけの素人である。魔法の国だというのに、銃器で襲撃させるだなんてなんとも人材の無駄使いであることか。それとも、それさえなんらかの意図があってのことなのか。
「なるほど、素人集団とはいえ……六人もの人間をこうもあっさり倒してしまうとは」
「!」
ポーラが身構えた。路地裏から、一人の男がゆっくりと姿を現す。黒髪黒目、長身細身。それでいて顔立ちはどことなくまだ幼い。よく見ればかなり綺麗な顔立ちをしていたが、目つきの悪さが全てをぶち壊しにしている印象だった。
なんとなく察する。十五歳くらいの見た目――もしや、こいつが。
「お前……転生者の、キジモト・ヒカルってやつか?」
優理が言っていた、不良四人の一人。そしてるりはの恋人であるという少年。
「なるほど、俺のことはそこそこ奴から聴いてるわけか」
彼はあっさりと肯定した。そして腰からサバイバルナイフを抜いて、くるり、と回してみせる。
「なら、俺が園部優理を邪魔だと感じる理由は、言うまでもなくわかっているな?……俺の狙いは奴だけだ。邪魔をするなら、お前にも痛い目を見てもらうことになるが、それでもいいのか?」
「へえ、大した自信だな。一人でもアタシに勝てるってなわけか」
体格では、圧倒的にこちらが上。そもそもポーラがオーガである以上、男女の力の差などあってないようなものである――そんなものより、オーガと人間の膂力差の方が圧倒的に大きいのだから。向こうも、先ほどまでのポーラの大立ち回りは見ているはず。多少喧嘩慣れしている程度の人間が、プロの傭兵をやってきたポーラに経験値や技術の意味でも勝てるとは思えないのだが。
「そう思うなら、やってみるといい」
それでも、光は一切怯える様子もなく、ポーラにナイフを向けてくるのである。
「地獄を見るのは、お前の方だ」
まるで、己の勝利を確信していると言わんばかりに。
――くそ、サミュエルの奴!何が“僕の方が先にユーリさんと友達になったんですからね”だ!偉そうに、ほんの数時間程度の差じゃねーかっつーの!
可愛い顔して口うるさい子供である。しかもセクハラだのなんだの、お前こそ優理のなんなのだと言いたい。まるで口うるさい小姑だ。
彼と喧嘩しまくった結果、結局優理に訊けないまま終わってしまっていることがある。――あの言葉、の真意だ。
『許せないな、君みたいな美人を差別するなんて!あ、いや美人でなくても差別されていいわけじゃないけど……』
その言葉が、何もかもの決め手であったわけではない。圧倒的な実力差があったにも関わらずポーラの性格や甘さを見抜き、乏しい戦力で自分を完封してみせた度胸と策に感嘆したからというのが大きい。だが。
それとは別に、心に突き刺さって抜けないのだ。あの時彼は、お世辞なんか言う必要などなかったはず。それなのに、なんでこうもあっさりとこっぱずかしい台詞が口を突いて出たのか。
美人だなんて、言って貰えたことはほとんどなかった。
確かに母と父はどちらも見目麗しかったが、自分はそうではない。オーガとしても、人間としてもあまりにも中途半端だ。
オーガの一族は、とにかく大きな体と強靭な肉体、立派な角があればあるほどカッコいいと称され憧れの的になるものである。男性も女性も関係ない。筋骨隆々でパワーがあり、かつ彫が深くて勇ましい顔つきこそが美しい。母もまさにそうだった。人間の感覚で言うならば美人の類ではないのかもしれないが、一族ではまさに美丈夫(この言葉、オーガでは女性相手でも使うのだ)と褒め称えられるような逸材であったのである。
それに対して、短剣や弓をたくみに扱う狩人だった父は、母と比べてずっと小柄で華奢であったと言える。繊細な顔立ちの、まるで絵画の中から出てきたような美青年だった。手先が器用で、母が苦手な裁縫を積極的に手伝っていた記憶がある。二人の慣れ染めにかんして詳しく聞いたことはないが、確か怪我をしていた父を母が助けたことから交流が始まり、父が恩返しもかねて村に出入りするようになったのが交際のきっかけだったと言っていたのではなかっただろうか。
――できればアタシは、どっちかになりたかった。オーガとしてかっこいい母さんか、人間として美しい父さんみたいな人に。
しかし、生まれたポーラは、そのどちらの要素も中途半端に受け継いだ人間だった。緑の髪を母から、紫の眼を父から継いだのはいい。でも、オーガとしては貧弱で小さく、人間としてみたらいかつくて無骨。どっちにも迎合できない外見の自分は、両親の醜いところばかりを引き継いでしまったのかと正直落ち込んだ時期もあったのである。オーガの村で暮らすにあたり、異質だといじめられたこともあったから尚更だ。
両親がとても見目麗しい存在だったからこそ、ポーラは己の外見にコンプレックスがあったのである。
綺麗どころか、きっとものすごい不細工なんだろうなと思って生きてきたのだ。――まさかそれを、あんな素直に褒めてくれたのが、年下の、触っただけで折れてしまいそうな小さな少年であろうとは。
――ほんとに、そう思ってる?……アタシは、半分は鬼なんだ。あんたにとって、怖くない?……怖いと、思わないでいてくれる?
優理が自分を嫌っていないのはわかりきっている。それでも、口にして貰わなければ不安なことも多いのだ。だから、この際はっきり尋ねておきたかったのに――サミュエルのおかげでタイミングを逃してしまった形だった。いや、挑発に乗ってしまって、五つも年下の少年と本気で口げんかしてしまった己も間違いなく大人げなかったのだが。
胸を押しつけたのも、実際わざとだった。彼が自分のことを異性として見ているのかどうか、試してみたかったがゆえに。恥ずかしがったり嫌がったりしたらすぐにやめるつもりだったし、自分もやめるつもりだった。それなのに、誰かさんのせいで余計な拗れ方をしてしまったのである。そういう気があると少しでも察しているのなら、空気の一つくらい読んでくれればいいものを。
――一族が平穏無事に暮らせる世界を作る。……魔女を倒せば、きっとその夢は叶う。少しずつ、少しずつだけどみんなの意識を変えて行けば、きっと……。
そのために、余計なことなんか考えている場合ではない。自分にとって、優理は頼りになるリーダー。それで十分なはずだ。今はそう、それだけで。それ以上考えるべきことではない。まがりなりにも自分はプロの傭兵、公私は切り分けるべきなのだから。
「!」
ふと、聴覚が妙な音を拾った。はっとしてポーラはベッドから飛び起きる。カーテンを小さく開いて窓の外を覗き、思わず舌打ちをしていた。銃を持ち、明らかにカタギではなさそうな黒い覆面姿の男達が数名、宿の前で屯っているではないか。
何を言っているのか、窓も閉じているし距離もある状況ではわからない。が、ポーラはそもそもオーガの特性もあって非常に目が良かった。男達の唇の動きから、大体の会話を読み取るくらいはできるのだ。
――“正面は人目に付く”“裏口から”“合図があったら突入”……って、“転生者のガキは必ず捕まえろ”だと!?
転生者のガキ、なんて言われて思いつく相手は一人しかいない。嫌な予感はしていたが思った通りだったと言うべきか。シュカの町の出来事を見越してか、人海戦術にでも打って出るつもりか。優理をさっさと捕まえて、魔女の生贄にでも献上するつもりでいるらしい。なるほど、あっさり町に入れて宿に泊まれたのも、自分達を油断させるための罠だったと言うべきか。
――させるか!
優理とサミュエルを起こすべきか。少しだけ迷ったが、彼等はそのままにしておくことにした。ざっと見た人数と気配からして、相手の総数はそう多くはない。自分一人でも捌けるだろう。むしろ一気に叩いておいて、“下手に手を出すと火傷するのがどっちなのか”を思い知らせておくのも効果的かもしれなかった。
もっと言うと、ポーラ、安生、坂田と戦ってから一日しか休むこともせずにシュカの町を出発して、そのあとはずっと馬車に揺られての長旅である。きっと優理も疲れているはずだ、少しは休ませてやりたいという気持ちもある。そう。
断じて。自分が役に立つことを彼に示したい、なんて気持ちではないのだ。
――見てろよ、サミュエル。こいつらくらい、アタシ一人でなんとかしてやる!
部屋を飛び出すと、ポーラは宿の階段を駆け下りた。自分達が泊まっていたのは二階。連中が飛び込んでくるのは、あの会話からして裏口からだろう。正面口はシャッターも締まっていて突入しにくかったというのもあるのかもしれない。
裏口のドアの横に立ち、己の気配を殺す。十五歳で傭兵としてデビューして二年、様々な依頼をこなしてきた自負がある。それこそ、暗殺や、ゲリラ戦めいたことも少なくはない。そのたびに、この強靭な肉体と技で全て蹴散らして来たのだ。殺気を消して、相手に奇襲をかけるなどお手のものなのである。
そう。
「!」
裏口のドアがこじ開けられた瞬間。ポーラは飛び込んで来た男の黒い覆面を思いきり殴りつけていた。もんどりうって倒れた男が、真後ろの壁にぶつかって悶絶する。思わぬ不意打ちを受けたからだろう、完全に固まっていた仲間の一人の前に飛び出し。その腹に拳をめりこませた。
さらに後ろのもう一人には、踵で股間に思いきりキックを見舞う。むに、という嫌な感触とともに、カエルが潰れたような悲鳴が響いた。これで三人。全員綺麗に気絶しているのを確認した上で、ポーラは宿の裏手から正面へと飛び出す。
「おっと」
瞬間、眼前を駆け抜けていく銃弾。音の軽さからして、フロストマシンガンの類だと思われた。ぱらららららら、という音と共に地面にミシン目のような穴が空いていく。本来ならば、イースト・グリーン王国にはない銃器だ。というか、そもそもこの国は軍事力に秀でてはいないし、銃器の類はハンドガン程度までしか自国開発できていないはずである。サブマシンガンの類を開発して自軍に取り入れているのは、平和な自制でも軍事力強化に務めていたノース・ブルー王国くらいなものだ。そもそも、ノース・ブルー以外の国は銃規制が厳しいので、滅多なことでもない限りサブマシンガンの使用許可など下りないのである。
それなのに、銃声を聞いても警察が飛んでこない。
この国にあるはずのない銃がある。
その時点でもう確定だ。自分達は確実に罠にハメられた。この町がまるごと、敵の掌中に堕ちていたと考えるのが正解だろう。ノース・ブルーで開発した銃器を密輸して持ちこんできたか、そもそもノース・ブルーの精鋭兵そのものを連れ込んできたかは定かでないが。
――上等だ!銃が怖くて傭兵ができるか!
仕事の関係上、ひとしきりの武器に関する知識は頭に叩き込んである。フロストマシンガンは、引き金を引くだけで人をミンチにできる恐ろしい武器だが、当然銃である以上弾数に限界はある。引き金を引きっぱなしにすれば、弾を撃ち尽くすまでに数分とかからない。そして、マガジンを交換するのにはプロでも数秒かかる。もっと言うと、マガジンが軽くなってくると僅かに音が高くなるので、そこで弾切れを察知されてしまうという難点もあるのだ。
複数の人間で交互に弾幕を張ってきたなら話は別だが、音からしてマシンガンを撃ってきている人間は一人だけ。ならば。
――今だ!
音が高くなり、カチリ、とロックがかかるような音が聞こえると共に――ポーラは一気に表通りに飛び出して勝負に出ていた。そのまま、こちらにいかついサブマシンガンを向けてきていた男の銃身を右足蹴り上げて跳ね飛ばすと、そのまま一回転して左足で米神を蹴り飛ばす。白目を剥いて昏倒した男の足元に転がったサブマシンガンは踏み潰して砕いておく。殺気。身を屈めると同時に、さっきポーラの頭があった位置を銃弾が通り過ぎていった。
「はああっ!」
ハンドガン相手なら話は早い。相手の銃口の向きと引き金さえ見ていれば銃弾はかわせる。銃を持って狙っていた男のところまで一気に距離を詰めると、その鳩尾に拳を埋めて気絶させた。さらにその男を、もう一人こちらを狙っていた男の方へと投げ飛ばす。
「うわあっ!?」
投げられたものが味方では、無下にすることもできない。対処に迷った男はもろに味方と衝突し、そのまま下敷きになって伸びてしまった。これで六人倒したはず。気配の残りは一つ。ポーラはぽきぽきと手首を鳴らして周囲を警戒した。
「あと一人だろ、どこに隠れてやがる?出てきやがれってんだ」
夜の宿街は静まり返っている。既に他の宿やホテル、商店街の類も全てシャッターが閉まっている状態だからだ。
「こんな真夜中に大騒ぎしたらご近所に迷惑だろうが、クソ野郎どもめ」
気になるのは、戦った男達があまりにも弱すぎたこと。武器はノース・ブルーのものを持たされていたようだが、使っている連中がてんで素人ばかりだった。恐らく、武器を与えられて脅されていただけの素人である。魔法の国だというのに、銃器で襲撃させるだなんてなんとも人材の無駄使いであることか。それとも、それさえなんらかの意図があってのことなのか。
「なるほど、素人集団とはいえ……六人もの人間をこうもあっさり倒してしまうとは」
「!」
ポーラが身構えた。路地裏から、一人の男がゆっくりと姿を現す。黒髪黒目、長身細身。それでいて顔立ちはどことなくまだ幼い。よく見ればかなり綺麗な顔立ちをしていたが、目つきの悪さが全てをぶち壊しにしている印象だった。
なんとなく察する。十五歳くらいの見た目――もしや、こいつが。
「お前……転生者の、キジモト・ヒカルってやつか?」
優理が言っていた、不良四人の一人。そしてるりはの恋人であるという少年。
「なるほど、俺のことはそこそこ奴から聴いてるわけか」
彼はあっさりと肯定した。そして腰からサバイバルナイフを抜いて、くるり、と回してみせる。
「なら、俺が園部優理を邪魔だと感じる理由は、言うまでもなくわかっているな?……俺の狙いは奴だけだ。邪魔をするなら、お前にも痛い目を見てもらうことになるが、それでもいいのか?」
「へえ、大した自信だな。一人でもアタシに勝てるってなわけか」
体格では、圧倒的にこちらが上。そもそもポーラがオーガである以上、男女の力の差などあってないようなものである――そんなものより、オーガと人間の膂力差の方が圧倒的に大きいのだから。向こうも、先ほどまでのポーラの大立ち回りは見ているはず。多少喧嘩慣れしている程度の人間が、プロの傭兵をやってきたポーラに経験値や技術の意味でも勝てるとは思えないのだが。
「そう思うなら、やってみるといい」
それでも、光は一切怯える様子もなく、ポーラにナイフを向けてくるのである。
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まるで、己の勝利を確信していると言わんばかりに。
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