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<19・迂回>
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シュカの町の工場からの、出荷&配送記録を参考にすれば。
この町の機材を使って採掘された魔石は、一度シュカの町に集められたあと、そのまま陸路と海路を使ってノース・ブルーの首都に輸送されていたということらしい。安生の能力も大いに役立ったようだ。一部は彼のアポート能力を使って、一気に首都まで運び込まれていたらしかった。といっても、彼の能力で大量の魔石を遠方まで運ぶのは難しいので(運べる量と距離が反比例するからだ)あくまで補助的に能力を使っていたということらしいが。
「魔石を運ぶルートは主に三パターンか。この世界は空路は発展してないみたいだし」
地図と資料を見比べながら、優理は言う。現在、魔石をノース・ブルーの首都に運び込むための中継地の一つ、東のイースト・グリーン王国の町に馬車で向かっている最中だった。イースト・グリーンの最初の町までは、陸路として道がきっちりと整備されている。というのも、それぞれの国、町はきっちりと交易があって、国境での審査も優理が知る地球と比べると格段に緩いものであったからだ。国境で身分証明書を提示して簡単な審査にかけて貰えばそれで済むのだから。その審査も、現代日本でいうところの入国審査と比べたら格段に手間が少ないものだと言える。
まあ、元々この世界の四つの国の関係が、現代の“準EU”くらいに自由なものだったからというのが大きいのだろう。お互いに、平和な交易以外で国境を行き交うことが殆どなく、そういった信頼も厚かったからに他ならない。今でこそノース・ブルーの国境だけはガチガチに封鎖されているものの、それ以外の三つの国の関係は表向き良好なままだ。
まあ、対魔女、対ノース・ブルーのために三国が三国ともピリピリしているのは間違いないので、目に見えないところの実情がどうであるかは定かでないのだが。
「この大陸の中心には、巨大なセントレア湖がある。陸地がドーナツ型になっていると言えばいいか。四つの国のど真ん中だ。ゆえに、サウス・レッドの領内からノース・ブルーの領内に陸路で行くことはできない。陸で繋がってないし、橋もないからな。まあ、デカすぎて架けられないんだが」
地図を覗きこんできてポーラが言う。
馬車を運転しているのは、シュカの町の御者だった。町長直々に手配してくれた御者はベテランというだけあって技術が高い。整備された道とはいえ坂道もあるし、一部舗装されていない道路も通るというのに、さほど揺れることもなく快適な旅が楽しめている。
「橋が架けられないのは、技術力の面もあるんだが……どちらかというと湖の生態系を破壊しないためというのが大きいな。大きな振動に弱い生物が多いんだ、あそこは」
「あー、工事の振動が駄目なのか。それとも騒音?」
「まあ、両方だろうな。加えて凶暴な肉食魚の類は、大きな音に反応して襲ってくることもある。工事関係者の安全を考えると、でけぇ橋を架けるのは難しいだろうって長に聴いたことがあるぜ。橋がないせいで巨大湖の向こう側に行くには陸路を大回りするか、船を使うしかないってのがめちゃくちゃ面倒くせえってずっと思ってるんだけどな」
「なんとなく予想がついたんだけど、ポーラが工事担当者だったらどうするの」
「アタシか?とりあえず襲ってきたサメの類は全部殴って刺身にすっかな!」
「つおーい……」
距離で言うならセントレア湖を船で渡ってノース・ブルーに行くのが最も近道であるのは間違いないのだが。水路は現在封鎖されている。というか、ノース・ブルー側の艦隊が湖をぐるりと取り囲んで、不審な船はかたっぱしから砲撃しているという噂だ。不用意に近づこうものなら一瞬にして湖の藻屑となるのは間違いないらしい。ノース・ブルー側が手配した特別な船以外を通す気は全くないようだった。いくらポーラとサミュエルの力があっても、さすがに連合艦隊から避けようもない水の上で集中砲火をくらってはどうしようもない。実質、水路を行くのは不可能と言って良かった。
残る道は、湖を大回りして、イースト・グリーンかウェスト・イエローの国を通ってノウス・ブルーに行く方法である。どちらの道も整備されているし、大きな山を越える必要があるのはその先からだ。どちらの道も大差ないはずだったが、どうやらウェスト・イエローの方の道は土砂崩れがあって一時通行止めになっているらしいという情報が入っている。消去法で、現在イースト・グリーン方面に向かっているというわけだった。
――て、いうか……。
優理は地図が持った手が震わせて、真剣に耐えていた。
――ポーラ!気づいて!胸、胸超当たってるから!!
なんだかんだ言っても、優理も健全な男子中学生である。ポーラは十七歳だが、自分からすれば立派に成熟した年上の女性だ。その女性が手元を覗きこんでくるたび、胸が思いきり肩に触れている。というか、押しつけられているレベルなんだが、果たして彼女は気づいていないのだろうか。
筋肉質とはいえすこぶる巨乳、すこぶる美人。まったく意識するなというのが無理な話である。
――お、女の人って胸が潰れると結構痛いって聞いたことあるけどポーラは違うのかな、鍛えてるから平気なのかな。ど、どうしよう。これ指摘したら俺の方がセクハラになるんじゃ、というかこのまま役得と思っておくべきなのか、いや仲間としていくらなんでもそういうのはちょっと考えるべきではないというかなんというか……!
「あの、ポーラさん」
え、と優理はぎょっとした。あらぬところから、地を這うような低い声が聞こえたからだ。
実のところ、現在自分達は馬車の中で、優理を挟んで両脇にポーラとサミュエルが座っている図である。優理の左手側にポーラ、右手側にサミュエルだ。さっきから、ごごごごご、と言わんばかりの黒いオーラを出しているのはサミュエルだった。
「さっきから、これみよがしにユーリさんに胸押し付けるのやめてくれませんか。セクハラですよ」
――え、この世界、セクハラって言葉あんの!?
心の中で思わずツッコミを入れてしまう優理。だが、状況はそんなこと言っている場合ではなかった。
「あ?アタシがいつユーリにセクハラしたってんだ?」
「今ですよ今。女から男だってセクハラはあり得るんです、教科書で習いませんでした?あ、それともオーガの一族はそういう学校の仕組みとかないんですかね、これは失敬いたしました。なんにせよ、性的な嫌がらせや強要は品性を疑う行為ですから、やらない方が賢明ですよ。特に、少しでも好意を持っている相手なら尚更マイナスポイントです。見ている側も不快ですしね」
「あ?誰の品性がないだって!?」
「僕は一言もポーラさんのことだなんて言ってないのにそう返してくるってことは、自分が下品なことしてる自覚があったってことですよねー?」
「上等だ、馬車降りろ。表出ろ、フルボッコにしてやらあ!」
「魔法で丸焼きのステーキにして差し上げますよ!」
「ちょっとおおおお!?」
何で突然喧嘩になっているのか、この二人は!優理はさっきまでのドキドキも忘れて叫びたくなった。なんとなく、サミュエルがポーラに嫉妬したらしいというのは理解できるが――いや、いくら可愛くても君は男だよね!?としか。ああ、最初に自分が仲間になったのに!というアレだろうか。
「や、やめてええ!ば、馬車ひっくり返るからぁ!」
毒吐きモードになったサミュエルは怖い。
喧嘩上等モードになったポーラもめっちゃ怖い。
がったんがったん揺れるようになってしまった馬車の中で、優理は悲鳴を上げたのだった。
ああ、運転してくれてる御者さん、本当にごめんなさい。
***
「とりあえず」
で、散々喧嘩の後。
どうにかイースト・グリーンにある“ヘキの町”まで到着した三人だが。優理の目の前で、仲良く正座しているポーラとサミュエルの姿が。ここは宿の部屋内なので一目もないし、ようやくきっぱりはっきりと言いたいことも言えるというものだ。
「一緒に魔女を倒さなくちゃいけない仲間なのに、あんな喧嘩してる場合じゃないでしょ。ていうか、どっちが俺と一緒の部屋になるかでなんでまた燃え上がろうとしてんの。俺のことリーダーとして認めてくれてんのは嬉しいけど、そんなことばっかするなら二人とも今後ずーっとバラバラの部屋だからね?」
「すみません……」
「はい……」
まあ、女性であるポーラと自分で同じ部屋はそもそも論外なのだが。サミュエルを子供として計算するなら、サミュエルとポーラで一部屋使う選択はまだありうるとしても、である。どうせ喧嘩しそうだが。
「大体サミュエル。セクハラを注意しようとしてくれたのはいいけど、一般教養だのなんだのっていうのを相手の生まれに絡めて揶揄するのは絶対やっちゃいけないことだよ。次からは反省して」
「ごめんなさい」
素直にしょんぼりするサミュエル。わかればいいのだ、わかれば。
「それからポーラも。セクハラって概念があるなら超えてはいけない境界線があるのは把握しておいてくれると俺としては嬉しいってのもあるけど。……十二歳の子ども相手に、あんまりムキになるのは大人げないってのもわかってよね。俺達の中で一番年上なんだからさあ」
「……悪かった」
会話の中で、どうにもポーラもそこそこ確信犯でセクハラっぽいことをしていたらしいことは分かったのでそう言っておく。まあ、個人的には役得だった気がしないでもないがそれはそれ。――生理現象が人前で起きたら本当に困る、と言う男の立場も理解してくれたら、非常にありがたいわけで。もう少し自分の姿が魅力的であることをわかってほしいものだ。
「はい、二人とも反省してるみたいだし、とりあえず反省会終わり!……思ったより普通に町に入れちゃったのが、俺としては不気味なわけだけど。このヘキの町、であってるんだよね?魔石の運搬ルートの、中継地点になってたのは」
「それは、間違いないはずです」
ベッドに座り直して、サミュエルが言う。
「だから、この町にも魔女の手下の誰かがいる可能性は高い。同時に、シュカの町で起きたことも伝わっている可能性は十分にあると思ってました。でも……妙に、静かなんですよね」
ほぼ半日かけて辿りついたヘキの町。外はすっかり暗くなっている。町を歩く人々の表情はやや暗いし、酒屋や八百屋といった店の呼び込みの声にも覇気がないので何かあったのはわかるのだが。自分達が町に来た時も、宿を取った時も、住民たちの対応はごくごく普通のものだったのである。まるで、旅人なんかに興味はないから勝手に来て勝手に泊まっていってくれ、といったような。驚いた様子もなかったが、さほど歓迎されている様子もない。異様なほど異邦人に対して無関心だったとでも言えばいいだろうか。
イースト・グリーンは四つの国の中で最も魔法文明が盛んな国である。魔女が求めている魔石も最もこの国が採掘量が多いのではないかと言われており、ヘキの町の郊外には巨大な鉱山があることでも知られていた。町を歩いている人々に妙に若い男性が少ないのは、その鉱山に人手が取られているからだろうというのは大体予想がつくことである。
だからこそ、疑問もあるのだが。
町そのものが魔女の手に堕ちているのならば、もっと自分達に敵意を見せてもいいはずだというのに。
「魔女が魔石を大量に集めるのは、この世界にある伝説のドラゴンを復活させるためじゃないか……ってのは噂として言われてることだけど」
ポーラががしがしと頭を掻きながら言った。
「そのドラゴンを復活させる方法なんて、実際誰も知らないんじゃねーのかな、ってのが本音というか。この世界が大昔にドラゴンによって作られて統治されてたって話はあるんだけど、そのドラゴンに関する詳細さえほぼ記録に残ってねえからなあ。復活させてどうするつもりなのかもさっぱりわからねーし」
「そうなんだ」
「そ。魔女は何考えてやがるんだか。ドラゴンはあらゆる人の願いを叶える、なんて伝説もあるし、それ目当てなのかね。だとしたら、どんな願いを叶えたいんだか」
まるで、昔流行したアニメみたいだなあ。優理はそんな感想を抱きつつ、口にする。
「そのへんも含めて、明日朝から情報収集するしかなさそうだよね。何が起きるかわからないけど、がんばろ、二人とも!」
引っかかっていたのは、別のことである。
シュカの町を出る前、牢屋に捕まっている坂田と話をしたのだった。彼等はまだるりはへの忠誠心があるからなのか、ほとんど重要な情報を口にすることはなかったが――一つだけ。警告めいた言葉を告げてきたのだった。
『……お前みたな甘ったれた奴に、理想なんか叶えられるもんかよ。……俺と安生なんか目じゃない。るりはさんと、光は……完全に、俺らとは別のイキモノなんだから』
この町の機材を使って採掘された魔石は、一度シュカの町に集められたあと、そのまま陸路と海路を使ってノース・ブルーの首都に輸送されていたということらしい。安生の能力も大いに役立ったようだ。一部は彼のアポート能力を使って、一気に首都まで運び込まれていたらしかった。といっても、彼の能力で大量の魔石を遠方まで運ぶのは難しいので(運べる量と距離が反比例するからだ)あくまで補助的に能力を使っていたということらしいが。
「魔石を運ぶルートは主に三パターンか。この世界は空路は発展してないみたいだし」
地図と資料を見比べながら、優理は言う。現在、魔石をノース・ブルーの首都に運び込むための中継地の一つ、東のイースト・グリーン王国の町に馬車で向かっている最中だった。イースト・グリーンの最初の町までは、陸路として道がきっちりと整備されている。というのも、それぞれの国、町はきっちりと交易があって、国境での審査も優理が知る地球と比べると格段に緩いものであったからだ。国境で身分証明書を提示して簡単な審査にかけて貰えばそれで済むのだから。その審査も、現代日本でいうところの入国審査と比べたら格段に手間が少ないものだと言える。
まあ、元々この世界の四つの国の関係が、現代の“準EU”くらいに自由なものだったからというのが大きいのだろう。お互いに、平和な交易以外で国境を行き交うことが殆どなく、そういった信頼も厚かったからに他ならない。今でこそノース・ブルーの国境だけはガチガチに封鎖されているものの、それ以外の三つの国の関係は表向き良好なままだ。
まあ、対魔女、対ノース・ブルーのために三国が三国ともピリピリしているのは間違いないので、目に見えないところの実情がどうであるかは定かでないのだが。
「この大陸の中心には、巨大なセントレア湖がある。陸地がドーナツ型になっていると言えばいいか。四つの国のど真ん中だ。ゆえに、サウス・レッドの領内からノース・ブルーの領内に陸路で行くことはできない。陸で繋がってないし、橋もないからな。まあ、デカすぎて架けられないんだが」
地図を覗きこんできてポーラが言う。
馬車を運転しているのは、シュカの町の御者だった。町長直々に手配してくれた御者はベテランというだけあって技術が高い。整備された道とはいえ坂道もあるし、一部舗装されていない道路も通るというのに、さほど揺れることもなく快適な旅が楽しめている。
「橋が架けられないのは、技術力の面もあるんだが……どちらかというと湖の生態系を破壊しないためというのが大きいな。大きな振動に弱い生物が多いんだ、あそこは」
「あー、工事の振動が駄目なのか。それとも騒音?」
「まあ、両方だろうな。加えて凶暴な肉食魚の類は、大きな音に反応して襲ってくることもある。工事関係者の安全を考えると、でけぇ橋を架けるのは難しいだろうって長に聴いたことがあるぜ。橋がないせいで巨大湖の向こう側に行くには陸路を大回りするか、船を使うしかないってのがめちゃくちゃ面倒くせえってずっと思ってるんだけどな」
「なんとなく予想がついたんだけど、ポーラが工事担当者だったらどうするの」
「アタシか?とりあえず襲ってきたサメの類は全部殴って刺身にすっかな!」
「つおーい……」
距離で言うならセントレア湖を船で渡ってノース・ブルーに行くのが最も近道であるのは間違いないのだが。水路は現在封鎖されている。というか、ノース・ブルー側の艦隊が湖をぐるりと取り囲んで、不審な船はかたっぱしから砲撃しているという噂だ。不用意に近づこうものなら一瞬にして湖の藻屑となるのは間違いないらしい。ノース・ブルー側が手配した特別な船以外を通す気は全くないようだった。いくらポーラとサミュエルの力があっても、さすがに連合艦隊から避けようもない水の上で集中砲火をくらってはどうしようもない。実質、水路を行くのは不可能と言って良かった。
残る道は、湖を大回りして、イースト・グリーンかウェスト・イエローの国を通ってノウス・ブルーに行く方法である。どちらの道も整備されているし、大きな山を越える必要があるのはその先からだ。どちらの道も大差ないはずだったが、どうやらウェスト・イエローの方の道は土砂崩れがあって一時通行止めになっているらしいという情報が入っている。消去法で、現在イースト・グリーン方面に向かっているというわけだった。
――て、いうか……。
優理は地図が持った手が震わせて、真剣に耐えていた。
――ポーラ!気づいて!胸、胸超当たってるから!!
なんだかんだ言っても、優理も健全な男子中学生である。ポーラは十七歳だが、自分からすれば立派に成熟した年上の女性だ。その女性が手元を覗きこんでくるたび、胸が思いきり肩に触れている。というか、押しつけられているレベルなんだが、果たして彼女は気づいていないのだろうか。
筋肉質とはいえすこぶる巨乳、すこぶる美人。まったく意識するなというのが無理な話である。
――お、女の人って胸が潰れると結構痛いって聞いたことあるけどポーラは違うのかな、鍛えてるから平気なのかな。ど、どうしよう。これ指摘したら俺の方がセクハラになるんじゃ、というかこのまま役得と思っておくべきなのか、いや仲間としていくらなんでもそういうのはちょっと考えるべきではないというかなんというか……!
「あの、ポーラさん」
え、と優理はぎょっとした。あらぬところから、地を這うような低い声が聞こえたからだ。
実のところ、現在自分達は馬車の中で、優理を挟んで両脇にポーラとサミュエルが座っている図である。優理の左手側にポーラ、右手側にサミュエルだ。さっきから、ごごごごご、と言わんばかりの黒いオーラを出しているのはサミュエルだった。
「さっきから、これみよがしにユーリさんに胸押し付けるのやめてくれませんか。セクハラですよ」
――え、この世界、セクハラって言葉あんの!?
心の中で思わずツッコミを入れてしまう優理。だが、状況はそんなこと言っている場合ではなかった。
「あ?アタシがいつユーリにセクハラしたってんだ?」
「今ですよ今。女から男だってセクハラはあり得るんです、教科書で習いませんでした?あ、それともオーガの一族はそういう学校の仕組みとかないんですかね、これは失敬いたしました。なんにせよ、性的な嫌がらせや強要は品性を疑う行為ですから、やらない方が賢明ですよ。特に、少しでも好意を持っている相手なら尚更マイナスポイントです。見ている側も不快ですしね」
「あ?誰の品性がないだって!?」
「僕は一言もポーラさんのことだなんて言ってないのにそう返してくるってことは、自分が下品なことしてる自覚があったってことですよねー?」
「上等だ、馬車降りろ。表出ろ、フルボッコにしてやらあ!」
「魔法で丸焼きのステーキにして差し上げますよ!」
「ちょっとおおおお!?」
何で突然喧嘩になっているのか、この二人は!優理はさっきまでのドキドキも忘れて叫びたくなった。なんとなく、サミュエルがポーラに嫉妬したらしいというのは理解できるが――いや、いくら可愛くても君は男だよね!?としか。ああ、最初に自分が仲間になったのに!というアレだろうか。
「や、やめてええ!ば、馬車ひっくり返るからぁ!」
毒吐きモードになったサミュエルは怖い。
喧嘩上等モードになったポーラもめっちゃ怖い。
がったんがったん揺れるようになってしまった馬車の中で、優理は悲鳴を上げたのだった。
ああ、運転してくれてる御者さん、本当にごめんなさい。
***
「とりあえず」
で、散々喧嘩の後。
どうにかイースト・グリーンにある“ヘキの町”まで到着した三人だが。優理の目の前で、仲良く正座しているポーラとサミュエルの姿が。ここは宿の部屋内なので一目もないし、ようやくきっぱりはっきりと言いたいことも言えるというものだ。
「一緒に魔女を倒さなくちゃいけない仲間なのに、あんな喧嘩してる場合じゃないでしょ。ていうか、どっちが俺と一緒の部屋になるかでなんでまた燃え上がろうとしてんの。俺のことリーダーとして認めてくれてんのは嬉しいけど、そんなことばっかするなら二人とも今後ずーっとバラバラの部屋だからね?」
「すみません……」
「はい……」
まあ、女性であるポーラと自分で同じ部屋はそもそも論外なのだが。サミュエルを子供として計算するなら、サミュエルとポーラで一部屋使う選択はまだありうるとしても、である。どうせ喧嘩しそうだが。
「大体サミュエル。セクハラを注意しようとしてくれたのはいいけど、一般教養だのなんだのっていうのを相手の生まれに絡めて揶揄するのは絶対やっちゃいけないことだよ。次からは反省して」
「ごめんなさい」
素直にしょんぼりするサミュエル。わかればいいのだ、わかれば。
「それからポーラも。セクハラって概念があるなら超えてはいけない境界線があるのは把握しておいてくれると俺としては嬉しいってのもあるけど。……十二歳の子ども相手に、あんまりムキになるのは大人げないってのもわかってよね。俺達の中で一番年上なんだからさあ」
「……悪かった」
会話の中で、どうにもポーラもそこそこ確信犯でセクハラっぽいことをしていたらしいことは分かったのでそう言っておく。まあ、個人的には役得だった気がしないでもないがそれはそれ。――生理現象が人前で起きたら本当に困る、と言う男の立場も理解してくれたら、非常にありがたいわけで。もう少し自分の姿が魅力的であることをわかってほしいものだ。
「はい、二人とも反省してるみたいだし、とりあえず反省会終わり!……思ったより普通に町に入れちゃったのが、俺としては不気味なわけだけど。このヘキの町、であってるんだよね?魔石の運搬ルートの、中継地点になってたのは」
「それは、間違いないはずです」
ベッドに座り直して、サミュエルが言う。
「だから、この町にも魔女の手下の誰かがいる可能性は高い。同時に、シュカの町で起きたことも伝わっている可能性は十分にあると思ってました。でも……妙に、静かなんですよね」
ほぼ半日かけて辿りついたヘキの町。外はすっかり暗くなっている。町を歩く人々の表情はやや暗いし、酒屋や八百屋といった店の呼び込みの声にも覇気がないので何かあったのはわかるのだが。自分達が町に来た時も、宿を取った時も、住民たちの対応はごくごく普通のものだったのである。まるで、旅人なんかに興味はないから勝手に来て勝手に泊まっていってくれ、といったような。驚いた様子もなかったが、さほど歓迎されている様子もない。異様なほど異邦人に対して無関心だったとでも言えばいいだろうか。
イースト・グリーンは四つの国の中で最も魔法文明が盛んな国である。魔女が求めている魔石も最もこの国が採掘量が多いのではないかと言われており、ヘキの町の郊外には巨大な鉱山があることでも知られていた。町を歩いている人々に妙に若い男性が少ないのは、その鉱山に人手が取られているからだろうというのは大体予想がつくことである。
だからこそ、疑問もあるのだが。
町そのものが魔女の手に堕ちているのならば、もっと自分達に敵意を見せてもいいはずだというのに。
「魔女が魔石を大量に集めるのは、この世界にある伝説のドラゴンを復活させるためじゃないか……ってのは噂として言われてることだけど」
ポーラががしがしと頭を掻きながら言った。
「そのドラゴンを復活させる方法なんて、実際誰も知らないんじゃねーのかな、ってのが本音というか。この世界が大昔にドラゴンによって作られて統治されてたって話はあるんだけど、そのドラゴンに関する詳細さえほぼ記録に残ってねえからなあ。復活させてどうするつもりなのかもさっぱりわからねーし」
「そうなんだ」
「そ。魔女は何考えてやがるんだか。ドラゴンはあらゆる人の願いを叶える、なんて伝説もあるし、それ目当てなのかね。だとしたら、どんな願いを叶えたいんだか」
まるで、昔流行したアニメみたいだなあ。優理はそんな感想を抱きつつ、口にする。
「そのへんも含めて、明日朝から情報収集するしかなさそうだよね。何が起きるかわからないけど、がんばろ、二人とも!」
引っかかっていたのは、別のことである。
シュカの町を出る前、牢屋に捕まっている坂田と話をしたのだった。彼等はまだるりはへの忠誠心があるからなのか、ほとんど重要な情報を口にすることはなかったが――一つだけ。警告めいた言葉を告げてきたのだった。
『……お前みたな甘ったれた奴に、理想なんか叶えられるもんかよ。……俺と安生なんか目じゃない。るりはさんと、光は……完全に、俺らとは別のイキモノなんだから』
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