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<13・奇襲>

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「おい、サカタ、サカタはどこだ!?」

 誰かさんが自分を必死になって探しているらしい。自警団の人間に呼ばれるまでもなく、坂田にもその声は聞こえてきた。なんせあのデカ女ときたら、体躯に合わせて声も馬鹿にでかいのだ。

「おい、うるせえぞ!何があったってんだ!」

 こちらは作業場の連中をせっつくのに忙しいというのに。工場から出てきたところを、坂田はポーラに捕まって酷く不機嫌だった。そのポーラが泥まみれ砂まみれのなかなかばっちい有様だったから尚更である。あちこち擦り傷だらけであることといい、派手に戦闘した後なのが見て取れる。少しだけ驚いた――こいつがそこまで手こずるような敵が出るとは予想していなかったからだ。

「さ、サカタ、手を貸してくれ、アタシだけじゃどうにもならねえ!」
「あんだと?」
「待ち伏せされた……あ、アンジョウが、や、やられ」
「!」

 詳しい話を聞く前に、坂田は走り出していた。多少強い敵が出たとか、厄介なモンスターに襲われたというだけならばお前とお前の仲間でなんとかしろと言っていたことだろう。しかし、安生の名前が出たなら話は別である。この異世界の奴らがどうなろうと知ったことではないが、元の世界の仲間である安生は話が別だ。見捨てることなどできるはずがない。

「まさか殺されたとか言うんじゃねえだろうな!」

 走りながら口にする。もしそうなら、みすみす安生を見捨てて逃げたであろうポーラを許す気はまったくなかったし、当然安生を殺した連中も皆殺し確定に違いなかった。しかしポーラは首を振って、まだ生きているとは思う、と言う。

「攫われた……多分、交渉に使うつもりなんだ。まさか、あいつらがあそこまで本気とは……」

 かいつまんで事情を聴くに。ポーラはグレンの町の使い二人をぶちのめし、その死体を確認させるため安生を町の門の外に呼び出したのだという。なんでも、その二人のうちの片方が転生者を名乗ったので、殺してしまったものの安生の知り合いである可能性があり、顔を確認してもらった方がいいのではないかと思ったからだそうだ。
 が、死体を確認させていたところで、グレンの町の連中に取り囲まれたという。使いの者達が殺されたら即座に総攻撃するつもりで待機していたと見える。油断もあって完全に袋叩きにされ、隙を突いて安生が浚われた。さすがに安生を人質にされていては何もできず、ポーラも言われるがまま坂田を呼びに来るしかできなかったという。殺した人間の片方は、グレンの町の町長の息子だった。町にとってよほどの重要人物だったらしく、連中の怒りは凄まじいものがあるという。それこそ、シュカの町との戦争も辞さない有様とのこと。特に、全ての首謀者である転生者二人への憎悪は計り知れないのではないかとポーラは告げた。

「はっきり言って、安生がその場で殺されなかったのが奇跡のようなものだと思う」

 ポーラは息を切らしてそう語った。

「人質は厄介だが、それは奴らがまだ冷静だからという見方もできる。やり方次第では交渉も可能かもしれない」
「交渉だぁ?人をコケにするような奴らと一体何を交渉しろってんだ!」
「落ち着けって言ってるんだよ、アンジョウを見殺しにする気か!?」

 それを言われるときつい。安生は、仲間であると同時に同じ理想を持つ“同志”でもある。自分達にとって最優先に守るべきであるのがるりはであるのは言うまでもないが、同じ目的を持つ同志をあっさりと切り捨てるほど人間として落ちぶれたつもりもないのだ。
 なんとか、隙を見て奪い返すしかないだろう。向こうが要求してくることなどわかりきっているが、こっちは薬を増産する余裕などないのだ。要求を呑んでやれるような状況にはない。譲歩するフリをして、敵の人数を探り出し、なんとか安生を奪還する他ないだろう。仮に要求を呑んだところで、こっちがグレンの町が望んだ状況に持って行くまでには時間がかかる。向こうは人質が生きていることをきちんと証明しないと交渉にならないし、ならばこの場に人質をまだ留めている可能性の方が高いはずである。
 警備兵に門を開けさせ、二人で町の外に出る。今日はやや風が強くて煩いものの、非常に天気がよくて爽やかな気候だ。雨の日ほど対多人数の戦闘は厄介を極めるが、今日はそこまで面倒なことにもならないだろう。問題は、このポーラと、補助型の能力とはいえチートスキル持ちの安生があっさり不意を突かれたということか。

――もちろん、ポーラのことを全面的に信頼してやるつもりはねえ。こいつが嘘をついてる可能性もないわけではない。門の外では多少ドンパチやっても、壁が分厚いせいで警備兵には何も聞こえねえからな。

 ただ、警備兵の証言からしても、ポーラが“グレンの町の使者を始末した、気になることがあるから確認してほしい”と安生を呼び出したところまでは紛れもない事実である。そして。

「本当なんだよな?」

 そう確認しながらも、坂田はさほどポーラを疑ってはいなかった。
 誰だって、やっと手に入れた居場所は失いたくないものなのだから。自分達がまさにそうであったように。

「嘘なんかつくものか、アタシらはお前らのおかげでやっとこの町に住めるようになったってのに!」

 ポーラは冗談じゃないと声を張り上げる。

「大体、まだ今月の報酬貰ってないだろ。裏切るなら金を貰ってからにするに決まってる」
「おう、なるほどな?そりゃ信用に値するわ」

 なんともわかりやすい理屈だ。身も蓋もないが、結構納得できてしまった。町の正門付近を調べてみると、なるほど戦闘があったのは事実のようで地面が少々荒れている。血の跡らしきものがないので、安生が致命傷を負わされているというのは考えなくてもよさそうか。少しだけ安堵した。

「おい、慎重に調べろよ。多分まだ近くに敵がいる」

 ポーラは苦い声で告げた。

「お前のモンスターを操る能力で、索敵はできないのか。一度に多数操れるんだろう?」
「操れるけど、索敵は得意じゃねーんだよ」
「なんでだ。オル・ウルフみたいなモンスターも使えるんじゃないのか」
「うるせえな。あいつらを生き物じゃなくて“物体”として操るのが俺の基本的な能力なんだよ。ラジコンとかドローンみたいなもんなんだ」
「らじこん?どろーん?」
「……ちっ、とにかく自動で動くロボットみたいなもんなんだっつの」

 要するにそのモンスターの意思を完全に抹消して操るのが坂田の能力なのである。感覚を乗っ取るのではなく、第三者の眼から見てドローンのように自由自在に操れるようにするとでも言えばいいだろうか。ようは、いくらモンスターに本来備わった高い索敵能力があっても、それを100%生かすようなことはできないのである。
 勿論、多少その問題を解決する方法は存在する。手動では同時に操れるのが二体までなのに対し、自動操縦にすれば七体は操ることができるからだ。ただ、単純命令しか下せない上、“敵意を持っている敵を探せ”なんて少しでも抽象的な要素が入れば命令事態が通らないか不具合を起こすことがわかっている。ここで精々言えるのは、“自分とポーラ以外の隠れている人間を探せ”くらいなものか。探して攻撃しろ、まで命令に加えることもできない。そこまでさせるには命令を変更するか、手動に切り替えなければいけないからだ。
 変更にしろ切り替えにしろ、命令を変える場合はタイムラグが発生することになる。その隙に攻撃されるとかなり辛いので、実は安生の能力は坂田にとってかなり助かるものだったのだ。彼が自分や敵、操ったオル・ウルフなどを転移させてくれることで、能力を最大限に生かすことが可能になっていたのだから。

――自分で分かっている隙をわざわざ作ってやるほど俺は馬鹿じゃねーんだ。……なら。

 最初から手動モードで、二匹使って先行させた方がいい。坂田はそう判断すると、能力を発動させた。

「“操作猛獣コントロール・ビースト”」

 まったく、魔女ももう少し能力を強化してくれればいいものを。ぐちぐちと思いながらも、オル・ウルフ二体を呼び出して周囲を警戒させた。二匹に前を進ませ、自分はその少し後ろを歩く。ポーラには、自分のすぐ後ろを歩かせることにする。

「おい、卑怯者ども、どこだ!」

 向こうはポーラに自分を呼んでこさせたのだ。人質を取っているし、怒りはあれど交渉する気があるのだろう。ならば、このまま隠れたままでいるはずがない。坂田は声を張り上げる。ウルフたちにも警戒させているし、交渉する気もあるならばいきなり奇襲なんて行為にもまず出てこないはずだ。

「俺はここにいるぞ、わざわざ来てやったんだ、姿を現しやがれ!でもって、さっさと安生を返せちくしょうが!」

 問題は、自分が交渉事などにまったく向いている性格ではないことか。こういうことは、るりは本人か、るりはの右腕である光の方がまだ向いていそうだ。自分達四人はいつもポジションや得意分野が決まっていた。自分と安生は特攻隊長に近い。後ろで控えていて指示を出すとか、策をめぐらすなんてガラではないというのに。

「うわあっ!」
「!?」

 突然悲鳴が上がった。なんだと思って振り向けば、ポーラがうずくまっているではないか。まさか攻撃を受けたのか。一体どこから。そう思った次の瞬間。

「きゃいん!」
「ぎゃうっ!」

 悲鳴が二つ。ぎょっとして真正面に視線を戻した時、坂田の眼に映ったのは明らかに異常を来している二匹のオル・ウルフだった。一匹はびくびくと痙攣し、もう一匹はごろごろと地面を滑り落ちていく。

――な、何が起きた!?

 恐らく落ちて行った方は落とし穴か何かに引っかかったのだと思うが、もう片方がよくわからない。こちらも何かのトラップだろうか。ポーラがやられたのも?
 混乱する坂田の耳に聞こえてきたのは、低く呻くような男の声だった。

「卑怯者はどちらのことだ。たくさん人を殺して、傷つけてきたくせに!」
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