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<12・安生>
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ポーラ・アルバーノが最終的に優理の策に乗ることにした最大の理由は、元々隙を見て坂田たちを裏切るつもりがあったからというのが大きい。よその町の人間を武力排除するポジションを任せて貰ったのは、“自分が一番殺さずに手加減できる”と思ったのと、もし強い人間がいたならワケを話して協力を要請しようと考えていたからだ。残念ながら今までそこまでの手練れに遭遇することもなく、皆自分達の村や町のことだけに手いっぱいの様子だったので誘いを断念してきたのだが(誘ったところで、自分達のことを体よく切り捨てられたのではたまったものではないからである)。
少々予定より早かったと言うべきか。まさか、先日交渉役達を手荒に追い返したばかりのグレンの町の奴らと手を組むことになるとは思ってもみなかった。少なからず自分は恨まれていると思っていたから余計にだ。
――まあ、そんなことあの転生者には関係ないというのもあるんだろうが、まさか町長の息子であるサミュエル・ヘイズまで協力に前向きとは。何が起きるか、世の中わからねえもんだな。
そもそも。同じオーガの一族であっても、今回シュカの町に乗り込んできた奴に雇われることには賛否両論あったのである。半分の人間は反対し、半分の人間は賛成していた。一族が町の辺境に追いやられて貧しい暮らしを強いられているのは事実だが、あまりにも坂田と安生のやり方は道理を欠いていたからだ。彼等はシュカの町の者達を恐怖で支配して、町のインフラを破壊することも厭わず魔石発掘を優先させている。いくら町の者達に差別されていた立場とはいえ、見ていて気分がいい行為ではない。
それに加えて、彼等は自分達の武力を見込んで傭兵として雇うとは言ってきたが、元々異世界にいたこともあってかまったくこの世界の常識やルールというのがわかっていなかった。まったく“現代日本”とかの連中は、まともな契約書一つ書けないのだろうか。自分達はきちんと傭兵として各地で雇われて仕事をしてきたからこそ知っている。基本は、直接依頼なんかしていいものではない。きちんとギルドを通して仕事を依頼するのが筋だ。それもせず、突然集落に押しかけてきて“雇ってやるから仕事しろ”とは何事か。
確かに金は貰ったし、町の片隅に住むことをも許された。生活が少し前とは段違いに良くなったのは事実だ。それでも果たしてプロの傭兵として、プライドを捨てるような行為が本当に正しかったのかどうか。それも、世界を滅ぼす魔女の手下に、間接的とはいえ加担するだなんて。それでもオーガの種族の半分が仕事を受けると言って、残り半数の意見を黙殺した理由は単純明快。これ以上、理不尽に差別される貧しい生活には耐えられないと思ったことと、転生者達の能力を恐れたからである。
そもそも自分達は屈強な体を持っているし、普通の人間と比べれば力も強い。だが、だからといって争いごとが大好きかというと全くそんなことはないのだ。本当は、平和的に慎ましやかに暮らしたい者が大半だった。それができず、やむなく傭兵なんてものをやっている理由はただ一つ、どこに行っても恐ろしい外見で差別され虐げられるからである。力を売りにでもしなければ、まともな金銭も得られない。金があっても場合によっては食糧や薬を売って貰えないことさえある。自分達が貧しい理由はそこだった。
――それで犯罪に走ってでも、って思う奴らが多かったなら。きっととっくにアタシらは盗賊にでもなって、いろんな町を荒らしてたんだろうけど。……さすがにそこまで堕ちたくはなかったんだ。だから傭兵をやってたはずだ、みんなそうだろう?
長が言っていた言葉が、耳に焼き付いて離れない。彼女は、今回の仕事を受けることに賛同した側だった。
『ポーラ、悔しいとは思わないのかい。お前はわたしたちとは違うんだよ。半分は人間の血が混じっている。それなのに、何で人間のコミュニティに入れて貰えないんだって、そう理不尽に感じることはわたしたち以上に多いはずだ。……お前の父さんのような人がいたからこそ、わたしたちだって人間の全てを憎まないでいられている。だから盗賊に堕ちないでいられてる。でもねえ……それでも、限界はあるんだよ。新しく生まれてくる子達には、せめて綺麗な家やベッドを用意してあげたいと思わないかい?』
人の意識は、簡単に変えられない。
強面の自分達を(ポーラは人間だった父によく似ているので、まだ人間に近い見た目なのだ)人々が恐れる気持ちもわからないではないからだ。どれほど理不尽に感じても、特定の存在への生理的嫌悪というものは言葉一つで拭い去れるものではないからである。
だが、本当に今の境遇を不遇だと思うのならば、自分達も彼等を恨んでいるだけでは駄目だったのではないか。人と同じ心を持ち、同時に恐ろしい相手にも立ち向かう勇気を持った存在だと示すことも必要だったのではないか。
――魔女とその配下達をこのまま放置してたら、この町だけじゃなく世界中が滅茶苦茶になるのは見えてる。もし、あの魔女とやらが手にしようとしている伝説の力とやらが、伝説のドラゴンを示しているとしたら……!
根本的に事態を解決するためには、勇気を持って一歩踏み出すしかなかったのではないか。
そう、優理の言葉はきっかけに過ぎない。最終的に決めたのは、ポーラ自身の心だったからだ。そう。
『許せないな、君みたいな美人を差別するなんて!あ、いや美人でなくても差別されていいわけじゃないけど……』
そう、断じて違う。
生まれて初めて、この見た目を持った自分に心を寄せて――美人とまで言ってくれた人だったからなんて、そんなことは。それが想像以上に嬉しくて、心が動いてしまったなんてことは。
――想像していた人材とは違うが、あのユーリとやらがアタシの本質を見抜いて出し抜いてきたのは確かだ。……信じてやるよ、お前の策とやらを!
坂田の能力は“操作猛獣”。一定数の動物やモンスターを自由自在に操作し、敵を攻撃する力。
安生の能力は“物体転送”。物や人を、一定の距離へ飛ばす能力である。飛ばす距離と人数(=重量)は反比例する。一度に飛ばす量が多ければ多いほど、飛ばせる距離が短くなるという寸法らしい。あまり細かな指定はできないようだが(例えば敵の心臓だけ、体の外に移動させるなんてことはできないようだ)、物資の輸送としてこれほど便利な力もない。わかりやすい攻撃型の坂田と違い、サポートの方に振った能力を選んだのは、最初から二人一組で行動することを前提にしていたからなのだろう。
この二人ならば、安生の方を先に叩いておくべきだと優理は言った。安生の方が簡単に倒せるのと、恐らく前に人々がやられた最大の理由は二人揃っていたからではないかと考えたからである。
『坂田の操る獣や本人を、安生が自由自在にサポートできるならもうほぼ無敵と言っていいと思うんだ。この二人は組ませちゃいけない。倒せる方からさっさと倒した方がいいよ』
彼等は転生者の四人組の中でも、地位の低い下っ端であったという。ならば、そこまで決断力や度胸がある方でもないのではないか、というのも理由の一つであるようだった。ゆえに、ポーラは。
『本人の能力はアポートであってテレポートじゃないんだよね?だったら、本人は瞬間移動できない。一人だけならそこまで脅威じゃないはずだ』
――信じるぞ、お前の作戦!
大きな袋を二つ抱えて、町の門を叩く。門の向こうには検問を行う自警団の人間がいる。その人間は、ポーラの顔を見て露骨に嫌そうな顔をしたが(鬼なんぞと話たくもないという雰囲気だ。慣れたものだが)、仕事はこなしてくれた。彼を通じて、すぐに安生が町の外まで飛んできたからである。
坂田の方は安生の能力を使って遠方に飛んでいることもあるが、本人は町からそうそう離れることはない。呼べばすぐ来るだろうと踏んでのことだった。
「おい、気になることってなんだ」
逆立った髪の少年は、イライラと足を踏んだ。
「大した用事じゃなかったら、タダじゃすまねーぞ」
「あ、ああ……」
周囲の気配を伺う。傍に、別の人間が潜んでいる様子はない。安生だけ呼んでも坂田が一緒に来る可能性もあったのだが、今回その心配は杞憂だったようだ。
――なら、予定通りプランAでいい。そうだな、ユーリ?
「さっき、グレンの町から交渉に来た奴らを倒した。ただ、片方の奴が妙なことを言ってて。自分は転生者だとか、なんだとか」
「何?」
「ひょっとしたらお前の知り合いじゃないかと。その、殺してしまったので首しかないんだが……」
「……見せろ」
ポーラは背中から袋を下ろし、口を緩める。安生は警戒した様子もなく、こちらの手元を覗きこんできた。なんでこんなに油断だらけなんだこいつ、と逆に不安になってくる。自分が裏切るかもしれないという想定がないのか。そこまで良好な関係が築けていたとは思えないのだが。
「今外に出すから。待ってろ」
ポーラが袋に手を突っ込んだ、まさにその瞬間。
「“Thunder-single!”」
「がっ!?」
鋭く雷が、少年の上に堕ちた。彼は避けることも叶わず下級雷魔法を食らい、その場に崩れ落ちる。
「そん、な……裏切ったのか、てめえ。なんで、居場所を、捨てられ……」
ぼそぼそと何かをぼやいたところで、ぐるん、とその目玉が白目を剥いた。完全に意識を飛ばしてしまったらしい。すぐに樹上に隠れていた優理とサミュエルが出てきて、手早く安生を拘束した。ここで殺さないあたり、彼等も相当な甘ちゃんだろう。まあ、優理とサミュエルが子供だからとまともな攻撃も出来ずに懐に入れてしまった自分に言えたことではないだろうが。
「雑魚すぎねえか」
ポーラが素直な感想を漏らすと、言ってやるなってば、と優理が苦笑した。
「前に町を荒らして力を見せつけた時は、坂田が一緒だったんでしょ。で、基本的に攻撃しまくってきたのは坂田で、こいつはサポートに回ってたわけだがら……坂田単品はまったく戦闘向きでなくても仕方ないよ。多分、ポーラ一人で拳でも制圧できたと思うし。魔法を使ったのは安全に気絶させたかったからだし」
「本当に殺すつもりがないんだな。お前、自分はこいつに嫌がらせされていたとか言ってなかったか」
「まあ、それっぽいことはされてたけどさ。こいつにも、相応の理由はあったんじゃないかと思ってるから……話も聞かずになんてことはしたくないよ。ていうか、そもそも人を殺すのだってしたくない。仮にこの世界で人を殺しても捕まらないんだとしても、俺の中に一生罪の意識が残るのは事実なんだから」
「……まったく」
達観しているというか、逆に夢を見すぎというのか。ただ、もしこいつが簡単に人を殺すような人間なら、自分は信じてみようとは思わなかったかもしれないなとは思うのである。
彼は、命の取捨選択をしないでくれる。
差別されてきた側としては、ただそれだけでも少しだけ救われるところはあるのだ。
「さて、ここからが本番」
パン、と手を叩いて、優理は言った。
「人を殺すことはしないけど、それ以外でちょっとえげつない手段は選ばないつもり。……確認だけどサミュエル、君が使える魔法って話してくれたもので全部なんだよね?」
「は、はい。全属性使えます。ただ、全部初級魔法ですけど」
「上出来」
全属性?思わずポーラは目を見開いた。サミュエルが先祖代々由緒正しい魔術師の家系というのは有名な話だ。しかし、全属性使える人間なんて聞いたことがない。下級魔法だろうと関係ないのだ、普通人は得意な属性の魔法と苦手な属性の魔法があって、苦手な属性の魔法は使えないのが当たり前なのだから。勿論、ポーラのように魔法にほとんど縁がない人間は論外だが。
それが下級とはいえ全属性とは。
――ひょっとして、アタシの選択は想像以上に……大正解だったわけか?
これは本当にイケるかもしれない。腕の関節をポキポキと鳴らして、ポーラも気合を入れた。
「……頼りになりそうで何よりだ。次にアタシは何をするべきなんだ?指示を出してくれ、従うぜ」
少々予定より早かったと言うべきか。まさか、先日交渉役達を手荒に追い返したばかりのグレンの町の奴らと手を組むことになるとは思ってもみなかった。少なからず自分は恨まれていると思っていたから余計にだ。
――まあ、そんなことあの転生者には関係ないというのもあるんだろうが、まさか町長の息子であるサミュエル・ヘイズまで協力に前向きとは。何が起きるか、世の中わからねえもんだな。
そもそも。同じオーガの一族であっても、今回シュカの町に乗り込んできた奴に雇われることには賛否両論あったのである。半分の人間は反対し、半分の人間は賛成していた。一族が町の辺境に追いやられて貧しい暮らしを強いられているのは事実だが、あまりにも坂田と安生のやり方は道理を欠いていたからだ。彼等はシュカの町の者達を恐怖で支配して、町のインフラを破壊することも厭わず魔石発掘を優先させている。いくら町の者達に差別されていた立場とはいえ、見ていて気分がいい行為ではない。
それに加えて、彼等は自分達の武力を見込んで傭兵として雇うとは言ってきたが、元々異世界にいたこともあってかまったくこの世界の常識やルールというのがわかっていなかった。まったく“現代日本”とかの連中は、まともな契約書一つ書けないのだろうか。自分達はきちんと傭兵として各地で雇われて仕事をしてきたからこそ知っている。基本は、直接依頼なんかしていいものではない。きちんとギルドを通して仕事を依頼するのが筋だ。それもせず、突然集落に押しかけてきて“雇ってやるから仕事しろ”とは何事か。
確かに金は貰ったし、町の片隅に住むことをも許された。生活が少し前とは段違いに良くなったのは事実だ。それでも果たしてプロの傭兵として、プライドを捨てるような行為が本当に正しかったのかどうか。それも、世界を滅ぼす魔女の手下に、間接的とはいえ加担するだなんて。それでもオーガの種族の半分が仕事を受けると言って、残り半数の意見を黙殺した理由は単純明快。これ以上、理不尽に差別される貧しい生活には耐えられないと思ったことと、転生者達の能力を恐れたからである。
そもそも自分達は屈強な体を持っているし、普通の人間と比べれば力も強い。だが、だからといって争いごとが大好きかというと全くそんなことはないのだ。本当は、平和的に慎ましやかに暮らしたい者が大半だった。それができず、やむなく傭兵なんてものをやっている理由はただ一つ、どこに行っても恐ろしい外見で差別され虐げられるからである。力を売りにでもしなければ、まともな金銭も得られない。金があっても場合によっては食糧や薬を売って貰えないことさえある。自分達が貧しい理由はそこだった。
――それで犯罪に走ってでも、って思う奴らが多かったなら。きっととっくにアタシらは盗賊にでもなって、いろんな町を荒らしてたんだろうけど。……さすがにそこまで堕ちたくはなかったんだ。だから傭兵をやってたはずだ、みんなそうだろう?
長が言っていた言葉が、耳に焼き付いて離れない。彼女は、今回の仕事を受けることに賛同した側だった。
『ポーラ、悔しいとは思わないのかい。お前はわたしたちとは違うんだよ。半分は人間の血が混じっている。それなのに、何で人間のコミュニティに入れて貰えないんだって、そう理不尽に感じることはわたしたち以上に多いはずだ。……お前の父さんのような人がいたからこそ、わたしたちだって人間の全てを憎まないでいられている。だから盗賊に堕ちないでいられてる。でもねえ……それでも、限界はあるんだよ。新しく生まれてくる子達には、せめて綺麗な家やベッドを用意してあげたいと思わないかい?』
人の意識は、簡単に変えられない。
強面の自分達を(ポーラは人間だった父によく似ているので、まだ人間に近い見た目なのだ)人々が恐れる気持ちもわからないではないからだ。どれほど理不尽に感じても、特定の存在への生理的嫌悪というものは言葉一つで拭い去れるものではないからである。
だが、本当に今の境遇を不遇だと思うのならば、自分達も彼等を恨んでいるだけでは駄目だったのではないか。人と同じ心を持ち、同時に恐ろしい相手にも立ち向かう勇気を持った存在だと示すことも必要だったのではないか。
――魔女とその配下達をこのまま放置してたら、この町だけじゃなく世界中が滅茶苦茶になるのは見えてる。もし、あの魔女とやらが手にしようとしている伝説の力とやらが、伝説のドラゴンを示しているとしたら……!
根本的に事態を解決するためには、勇気を持って一歩踏み出すしかなかったのではないか。
そう、優理の言葉はきっかけに過ぎない。最終的に決めたのは、ポーラ自身の心だったからだ。そう。
『許せないな、君みたいな美人を差別するなんて!あ、いや美人でなくても差別されていいわけじゃないけど……』
そう、断じて違う。
生まれて初めて、この見た目を持った自分に心を寄せて――美人とまで言ってくれた人だったからなんて、そんなことは。それが想像以上に嬉しくて、心が動いてしまったなんてことは。
――想像していた人材とは違うが、あのユーリとやらがアタシの本質を見抜いて出し抜いてきたのは確かだ。……信じてやるよ、お前の策とやらを!
坂田の能力は“操作猛獣”。一定数の動物やモンスターを自由自在に操作し、敵を攻撃する力。
安生の能力は“物体転送”。物や人を、一定の距離へ飛ばす能力である。飛ばす距離と人数(=重量)は反比例する。一度に飛ばす量が多ければ多いほど、飛ばせる距離が短くなるという寸法らしい。あまり細かな指定はできないようだが(例えば敵の心臓だけ、体の外に移動させるなんてことはできないようだ)、物資の輸送としてこれほど便利な力もない。わかりやすい攻撃型の坂田と違い、サポートの方に振った能力を選んだのは、最初から二人一組で行動することを前提にしていたからなのだろう。
この二人ならば、安生の方を先に叩いておくべきだと優理は言った。安生の方が簡単に倒せるのと、恐らく前に人々がやられた最大の理由は二人揃っていたからではないかと考えたからである。
『坂田の操る獣や本人を、安生が自由自在にサポートできるならもうほぼ無敵と言っていいと思うんだ。この二人は組ませちゃいけない。倒せる方からさっさと倒した方がいいよ』
彼等は転生者の四人組の中でも、地位の低い下っ端であったという。ならば、そこまで決断力や度胸がある方でもないのではないか、というのも理由の一つであるようだった。ゆえに、ポーラは。
『本人の能力はアポートであってテレポートじゃないんだよね?だったら、本人は瞬間移動できない。一人だけならそこまで脅威じゃないはずだ』
――信じるぞ、お前の作戦!
大きな袋を二つ抱えて、町の門を叩く。門の向こうには検問を行う自警団の人間がいる。その人間は、ポーラの顔を見て露骨に嫌そうな顔をしたが(鬼なんぞと話たくもないという雰囲気だ。慣れたものだが)、仕事はこなしてくれた。彼を通じて、すぐに安生が町の外まで飛んできたからである。
坂田の方は安生の能力を使って遠方に飛んでいることもあるが、本人は町からそうそう離れることはない。呼べばすぐ来るだろうと踏んでのことだった。
「おい、気になることってなんだ」
逆立った髪の少年は、イライラと足を踏んだ。
「大した用事じゃなかったら、タダじゃすまねーぞ」
「あ、ああ……」
周囲の気配を伺う。傍に、別の人間が潜んでいる様子はない。安生だけ呼んでも坂田が一緒に来る可能性もあったのだが、今回その心配は杞憂だったようだ。
――なら、予定通りプランAでいい。そうだな、ユーリ?
「さっき、グレンの町から交渉に来た奴らを倒した。ただ、片方の奴が妙なことを言ってて。自分は転生者だとか、なんだとか」
「何?」
「ひょっとしたらお前の知り合いじゃないかと。その、殺してしまったので首しかないんだが……」
「……見せろ」
ポーラは背中から袋を下ろし、口を緩める。安生は警戒した様子もなく、こちらの手元を覗きこんできた。なんでこんなに油断だらけなんだこいつ、と逆に不安になってくる。自分が裏切るかもしれないという想定がないのか。そこまで良好な関係が築けていたとは思えないのだが。
「今外に出すから。待ってろ」
ポーラが袋に手を突っ込んだ、まさにその瞬間。
「“Thunder-single!”」
「がっ!?」
鋭く雷が、少年の上に堕ちた。彼は避けることも叶わず下級雷魔法を食らい、その場に崩れ落ちる。
「そん、な……裏切ったのか、てめえ。なんで、居場所を、捨てられ……」
ぼそぼそと何かをぼやいたところで、ぐるん、とその目玉が白目を剥いた。完全に意識を飛ばしてしまったらしい。すぐに樹上に隠れていた優理とサミュエルが出てきて、手早く安生を拘束した。ここで殺さないあたり、彼等も相当な甘ちゃんだろう。まあ、優理とサミュエルが子供だからとまともな攻撃も出来ずに懐に入れてしまった自分に言えたことではないだろうが。
「雑魚すぎねえか」
ポーラが素直な感想を漏らすと、言ってやるなってば、と優理が苦笑した。
「前に町を荒らして力を見せつけた時は、坂田が一緒だったんでしょ。で、基本的に攻撃しまくってきたのは坂田で、こいつはサポートに回ってたわけだがら……坂田単品はまったく戦闘向きでなくても仕方ないよ。多分、ポーラ一人で拳でも制圧できたと思うし。魔法を使ったのは安全に気絶させたかったからだし」
「本当に殺すつもりがないんだな。お前、自分はこいつに嫌がらせされていたとか言ってなかったか」
「まあ、それっぽいことはされてたけどさ。こいつにも、相応の理由はあったんじゃないかと思ってるから……話も聞かずになんてことはしたくないよ。ていうか、そもそも人を殺すのだってしたくない。仮にこの世界で人を殺しても捕まらないんだとしても、俺の中に一生罪の意識が残るのは事実なんだから」
「……まったく」
達観しているというか、逆に夢を見すぎというのか。ただ、もしこいつが簡単に人を殺すような人間なら、自分は信じてみようとは思わなかったかもしれないなとは思うのである。
彼は、命の取捨選択をしないでくれる。
差別されてきた側としては、ただそれだけでも少しだけ救われるところはあるのだ。
「さて、ここからが本番」
パン、と手を叩いて、優理は言った。
「人を殺すことはしないけど、それ以外でちょっとえげつない手段は選ばないつもり。……確認だけどサミュエル、君が使える魔法って話してくれたもので全部なんだよね?」
「は、はい。全属性使えます。ただ、全部初級魔法ですけど」
「上出来」
全属性?思わずポーラは目を見開いた。サミュエルが先祖代々由緒正しい魔術師の家系というのは有名な話だ。しかし、全属性使える人間なんて聞いたことがない。下級魔法だろうと関係ないのだ、普通人は得意な属性の魔法と苦手な属性の魔法があって、苦手な属性の魔法は使えないのが当たり前なのだから。勿論、ポーラのように魔法にほとんど縁がない人間は論外だが。
それが下級とはいえ全属性とは。
――ひょっとして、アタシの選択は想像以上に……大正解だったわけか?
これは本当にイケるかもしれない。腕の関節をポキポキと鳴らして、ポーラも気合を入れた。
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