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<9・二人>

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 何故この小さな少年が(聴けばまだ十二歳とのこと。もっと下に見えていたくらいだが)一人で薬草を取りに行かなければと奮起したのか。その理由は、町にまで行けばすぐに理解できることとなった。要するに、町長の息子だったのである。
 町長というと大したこともなさそうに思えるかもしれないが、この国はどうやら町ごとの自治権が強いらしく、町長は一種町の王様と言っても過言ではないくらいの権限があるということらしい。そもそも、何も無かったこの山の麓を切り開き、部下たちを呼び寄せ、町として開拓したのがサミュエルの先祖たちということらしかった。夢を求めてはるばる遠くの町から旅をしてきた偉大な魔術師とその仲間の冒険者たち。彼等の努力の果てに、豊かな農地と資源に恵まれた一つの町が出来上がったということらしかった。
 まあようするに。その子孫であるサミュエルは、町の人々にとても大切にされていたのである。町を作った偉大な魔術師の子孫。お金持ちの家ではあるが、それに偉ぶることもなく、人々と力を合わせて町を守ってきた一族。その絶大な指導力と人望で、彼も彼の両親もその祖父母も町の人々から大きな信頼を得る立場にあったのである。

「だから、この町の危機は、僕自身の危機と同じなんです。いくらまだ子供だからって、大人達に責任を押し付けて見ているだけなんてできません」

 少しでも皆の役に立ちたい、ならば薬草だけでも――と山に踏み込んでしまったのが真相らしい。

「まさか、クノイノシシがこんな麓まで降りてきてるのは予想外で……はっきり言ってパニクってしまいました。情けないです。これで偉大な魔術師の子孫なんて笑い話にもほどがありますよ……」
「なるほど、そういう経緯か」

 そんな、町の大切な大切な魔術師の卵を助けたということもあって、初見にも拘らず優理は人々に滅茶苦茶歓迎された。多分、元々お祝いごとや宴が大好きな人々なのだろう。取り囲まれて、ご馳走を用意するからなんて言われた日にはまさかの急展開に戸惑うの無理からぬことだったに違いない。
 まあ、ものすごーく長く足止めを貰いそうだったので、簡単な腹ごしらえと水だけ貰って出てきたわけだが。薬がなくて困っている、一部食糧の供給も滞っている、そんな町の人々の貴重な資源を自分のために消費させるわけにはいかない。

――なんかこう、すごいご都合展開な気がするんだけど、いいのかなあ。

 たまたま出会った少年が、町の有力者の子どもだった、なんて。ストーリーとしてはかなりB級すぎて幸運で済ませるには無理があるような気がしている。が、これも一応訳があることだったりするのだろうか。
 なんといっても、自分のスキルは直接自分に作用するものではなく――。

「いいんですか、ユーリさん」
「んあ?」

 唐突に話を振られて、優理はひっくり返った声を出してしまう。

「皆さん、ユーリさんの話をもっと聞きたかったと思うし……あの流れなら、転生者だって言っても怒られなかったかもしれません。それに、僕のことを助けて貰っただけじゃなくて、一緒に隣町まで行くのに付き合ってもらうなんて、申し訳なさすぎるんですけど」
「その話何回したよ。もういいんだってば」
「だ、だけど」
「俺の目的は魔女を倒すことだって言っただろ?魔女を倒さなきゃ、元の世界に帰れないんだよ。この世界に来てる他の転生者も探さなきゃいけないし、隣の町が怪しいっていうなら調べないなんて選択肢ないの。それで、サミュエルが今度は勇気を振り絞って自分が一人で隣町に行くって言うじゃん?なら、たまたま方向が一緒だから俺も一緒に行くってだけ。何も問題はないない」

 というか、ここまでくるのにだいぶ大人達にごねられたのである。大切な大切な町長の息子を、何で一人で危険な隣町にやらなければいけないのかと。死人は辛うじて出ていないが、怪我人は何人も出ている。凄まじく強い傭兵がいて、そいつ一人にみんなやられたという。いくらサミュエルに魔術師としての素質があっても、一人で戦える保障はない。せめて護衛をつけるべき、という大人達の考えは至極真っ当である。
 というか。そもそもサミュエル自身が、けして好戦的な性格ではないから尚更だ。突発的なトラブルにも弱いのは、イノシシに追われて木の上で悲鳴を上げていた時点でお察しである。本人の、そんな汚名を返上したいと意気込む気持ちはわかるけれども。

「そもそもの話」

 隣町へ行くには、川沿いにレンガ舗装された広い道をてくてくと行くだけでいい。
 お洒落なクリーム色のレンガが敷き詰められた道は、山の登山道よりもきれいに整備されているし、街灯も立ち並んでいる。普段は隣町との交易で、馬車が行き来することも想定されているからだろう。

「用事がなかったところで、君一人で行かせるとか無理だよ」
「何でですか?」
「子供が頑張ってたら、応援しようと思うのは当然だろ。そりゃ、俺は君みたいに魔法とか使えないし、逃げるくらいしか能はないけどさ」

 それを言うと、サミュエルはぷくっとその御餅のような白いほっぺを膨らませた。

「子供扱いしないでくださいよ!ユーリさん十四歳なんでしょ?僕と二つしか違わないじゃないですか!」

 いや、見た目の問題。心の中で優理はツッコんだ。中二としては比較的小柄な部類に入る自分と比べても輪をかけて小さいのだからしょうがない。しかも、そうやってほっぺを膨らませて怒りを表現したりするところが特に。
 何事にも一生懸命、町のことを考えている、それでいて子供っぽく愛嬌があって礼儀正しい。そりゃ、町の人にも好かれることだろう。

「はいはい。もう少しで到着だからなー、いろいろ頭回しておきなよっと」
「もう、だから子供扱いはヤだって言ってるのに!」

 そのさらさらとした銀髪をなでなでしてやると、本人はますます憤慨して声を上げた。が、言っている事そのものは間違っていないと分かっているのだろう。それ以上追及はしてこなかった。ちらり、と優理の腰元を見て呟く。

「それで、一緒についてきたからには勝算あるんですよね?」

 彼が見ている先には、町で調達した皮袋がぶら下がっている。小道具を入れるポーチ替わりだ。携帯と財布もこのままでは落としそうだったし、こういうものを無償でくれるだけで十分ありがたいことである。
 それに加えて、簡単な武器もくれた。袋の隣には、小さな警棒のようなものをベルトに通してある。ボタン一つで簡単に取り外せるそれは、なんの戦闘の心得もない優理にとっては数少ない武器と言っても過言ではない。
 簡単に言ってしまうと、警棒型のスタンガンだ。スイッチを入れると電流が流れる仕組みである。ただし、電圧は対して高くないし、何回か使うとカラになってしまうのでどこかも町で充電が必要になってくる。頑丈なので単純な棍棒としても使えなくはないのだが。

「先に話した通り、僕は魔術師としてはあまりに未熟です。なんといっても、どの属性の魔法も初級魔法しか使えないんですから。まだまだ修行が足らないし、魔力も足らないんだと思います。強い敵が出てきたら通用しませんよ」

 そう、サミュエルは魔術師の一族なので魔法は使える――のだが、全ての魔法の“最下級魔法”しか使えないという状態なのである。彼の幼さを考えれば、それでも十分といったところだろう。
 ただ。

「それはそれで、俺はアリだと思うけどな」

 レンガの道に終わりが近づいてくる。小石を拾いつつ、見えてきた町の周囲を見回した。あの木陰とか、岩の影なんて良さそうだな、なんてことを思いながら。

「だって、サミュエルは町の人や傭兵の人を殺そうと思ってここにいるわけじゃないだろ?」
「え」
「初級魔法なら、全力で撃ってもまず殺さなくて済むんじゃないか?安心して撃てるって思ったら悪いことばっかじゃないだろ。それこそ、間違えて俺にぶつけてもそうそう死ぬことはないだろうし!」
「そ、それはそうですけど」
「なら、それでOKだ。なんとかなるだろ、多分だけど!」

 楽天的と言われるかもしれない。トラブル続きだったわりに、妙にポジティブすぎると空一あたりには思われるのかもしれない。でも。
 それが優理だと分かっている。むしろ、喧嘩に巻き込まれたりいじめられたり、場合によってはヤクザっぽい人から逃げる羽目になったこともあるからわかるのだ。
 大抵のことは、死ぬ気で頑張ればなんとかなる。
 可能性ゼロの絶望なんて、そうそう存在しないのだと。

「……それに、サミュエルの町の人の話を聞いたけどさ、女傭兵一人にほぼみんなやられた、って言ってたろ」

 町をぐるりと覆う外壁。その巨大な黒い門の前に、ぽつりと一つ影がある。

「ってことは、相手は一人で立ち向かってきたってことだ。しかも重傷どまりで、こっちの人達を誰も殺さなかった。正々堂々戦いたい、騎士とかサムライのタイプ。案外話、通じるかもしれないよ」

 優理と一緒に、サミュエルも足を止める。近づけば、門の前の人影が女であることはすぐにわかった。長い緑色のポニーテール、紫色の瞳の精悍な顔つきの、長身の美人だった。年は自分達よりも少し上――二十歳になるかどうかといったところか。多分高校生くらいだろう。布地の少ないハーフパンツに上着となかなかセクシーな格好だったが、それ以上に目を惹くのは素晴らしい肉体美である。腹筋は割れ、鍛え上げられた筋肉で腕も大腿部もはちきれんばかりだった。
 そんな麗しい姿の中、最も異質と言うべきはその緑色の髪から僅かに覗く二本の角か。オーガだ、とぽつりとサミュエルが呟くのが聞こえた。

「この町に入れるわけにはいかない」

 少女が口を開く。年頃の娘より、幾分低い声だった。

「サミュエル・ヘイズはともかく……そっちのガキはなんだ?まさか子供二人で来るとは思ってなかった。アタシらをナメてんのか?ああ?」
「俺もう十四歳なんですけど!」
「アタシは十七歳なんだから、お前は立派なガキなんだよ!」

 思わぬところで相手の年齢を知ってしまった。そして結構真面目だなコイツ、と優理は分析する。ちゃんと律儀にツッコミを入れてくれようとは。
 素晴らしい肉体美に加え、武器らしい武器がないあたり、彼女はわかりやすい格闘型の戦士なのだろう。近接戦闘が得意に違いないとあたりをつける。なら、懐に飛び込まれたら終わりだと思っておくべきか。

「さっさとおうちに帰りな。何回交渉に来ても同じ、うちの町はあんたらの町に薬は売れない。そんな余裕もない。言う通りにしないなら、実力行使に出ることになるぜ」

 拳を構え、威嚇してくる少女。彼女から視線を切らさないようにしながら、優理はサミュエルに小声で尋ねる。

「さっき、オーガって言ってたけど、種族の名前?そのまま和訳すると鬼、になるんだけど」
「か、書いて字のごとしです。オーガは、鬼の種族なんです。二本の角と大柄な体格が特徴的で……だから、あの女の人もそうなのかなって。それにしては彼女、小柄なので……ハーフかもしれないですけど。いずれにしても意外です」
「何が?」
「こんなこと言ってはなんですけど、オーガの一族ってその見た目と力から恐れられることが多くて。町外れでひっそりと暮らすことが多いのに……町の傭兵みたいなことをさせられてるなんて」
「……ふうん」

 なんとなく、状況に予想がついた、気がする。まだ全部を分析するには足らないが。

「……真正面から戦って勝てる相手じゃないのはわかりきってるよな」

 結論。
 自分達は格下。まともな話ができるくらいに落ち着かせるためには、奇襲あるのみ。

「サミュエル。ちょっと俺の作戦通りに動いて貰ってもいいか?」
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