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<4・転生>

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 車に撥ねられて、気づいたら真っ暗な空間で女神様とご対面していました。なんとも、アニメとかラノベではありがちなシチュエーションである。何かのきっかけで突然異世界へ!そして夢のような場所でスローライフやらチートスキル無双やらで爽快に!というのが疲れた現代人にとっては癒しなのだろう。別に悪いことではない。優理だって、そういう爽快感のある物語は嫌いではないのだ。
 ただし。それは自分が当事者でなければ、現実でなければ、の話である。

「もう一回言って」

 きっと今の自分、すっごい顰めっ面になってるんだろうな、と優理は思った。

「納得できなかったら殴るよ?」
「お、おい!お前そういうキャラだっけか!?」
「基本暴力は嫌いだけど、どうしても一発殴らなきゃ気がすまない相手は殴るのも辞さない主義だから」
「ええええ」

 自動車に撥ねられて(お約束のトラックではなく、普通自動車だったと思う)、死んだかなと思ったら真っ暗な空間にいた優理。しかし、目の前にいたのは美貌のメガミサマではなく、黒いローブのようなものを着た藍色がかった黒髪の少年だった。多分、そこそこ美形。でもって外見年齢的に、優理より少し上といったところか。そんなやつに、額をつんつんされながら起こされた上、第一声として“早く起きないと襲うぞ♂”なんて言われた日にゃ、誰だってキレるものではなかろうか。
 おかしい。異世界転生もどきに自分がまきこまれているのも意味がわからないが、シチュエーションがどう考えてもおかしい。しかも滅茶苦茶な話をされて異世界でちょっと頑張って冒険してくれなんて頼まれたわけで。そりゃ、機嫌も悪くなって当然だろう。

「俺、お前らの命を助けてやったのに、なんて言いぐさだよ!」

 綺麗な顔も台無しの有様で、おいおいと泣き真似をする少年。

「えっと、俺の名前はサトヤです、そこはいい?」
「いいよ。興味ないけど」
「冷たい!……で、お前らは現代日本で自動車に撥ねられました。それはいい?」
「まずはそこ。ストップ」

 べらべらべら、と一気に行かれてもわけがわからない。要するに、情報過多だ。

「いくつか質問。……俺が助けようとした猫ちゃんは無事?他の段ボールに入ってた子も含めて」

 とっさに猫を抱きかかえてしまったような気がするのだ。よくよく考えてみたら、撥ねられる前に歩道に投げた方がまだマシだったかもしれないというのに。自分が車に撥ねられて挽肉になってたら、猫も当然助かってはいまい。

「投げ出されたから怪我はしたけど、全部軽傷以下だよ。つか、一番最初に気にするのはそこなのかよ」

 はあ、とサトヤというローブ姿の少年はため息をついた。

「ただ。まあ複数形にしたからわかったと思うけど、あの時自動車に撥ねられたのはお前だけじゃない。運転手が飛び出してきたお前にびびって慌ててハンドル切ったせいで歩道に突っ込んで、お前だけじゃなくて一緒にいた他の連中もモロに巻き込まれた。馬鹿だよなー、人をけしかけた連中も一緒に車に轢かれるとかよー笑えるだろー?」
「まったく笑えないよ。いじめっ子だからって死んでほしいなんて思わないし、岸本君に関してはまったく罪もなんもないんだから」
「お前の足引っ張ったも同然なのに?……ほんとお人よしだよな。まあいいけど」

 なんだこいつ、とますます渋面になる優理である。なんとも歯に衣着せぬ物言いをする。言いたいことがわからないではないが、いくらいじめの加害者だからって、車に撥ねられてざまあ!なんて思うようでは人間終わりではないか。殺したいほど恨みを積もらせて自分で復讐を果たしたならともかく、今回のことは完全に事故なのだから尚更だ。
 基本的な罪は、生きて購ってこそ、心の底から反省させてこそ意味がある。――以前そんな話を友人の一人にしたら、綺麗事だと笑われた記憶があるけれど。それが優理のポリシーなのだから、どうしようもない。

「で、猫ちゃんたちは軽傷以下だけど、お前含めて何人かは意識不明の重体で病院に担ぎ込まれてるってとこ。……というか、俺が介入しなかったら重体のメンバーは全員即死だったんだぜ。それを俺が助けてやったわけだ。この創造の魔女、サトヤ様がな!」

 えっへん、と胸を張るサトヤの胸はぺったんこだ。どう見ても少年なのに(声も少女と言うには少し無理がある低さだ)、なんで魔女なんだろう。まあ、興味もないのでツッコまないが。精々感想は“なんかすごく厨二くさい”くらいなものである。

「助かった理由は。……本気で死にたくないし、お前を助けたいって思った奴がいたから。そいつの願いに、まとめて事故に遭った連中全員が巻き込まれたわけだな。俺は世界を渡る渡航者にして、魔導書を介して人の願いを叶える魔女。強い願いを持つ者に引き寄せられるのが俺って存在だ。そいつが願って俺が叶えなくちゃ、お前ら全員死んでたんだぜ?そのへんは感謝してほしいってなもんだな」

 にわかに信じがたい話だ。事故に遭って眠っている自分が見ている夢、と言われた方が納得がいくというものである。異世界転生・転移系ライトノベルが好きな人間は多かれど、それが現実に起こりうるだなんて誰も思ってはいないのだ。当然、優理もその一人だから尚更である。
 ただ、さっきからいくら頬や腕をつねってみても、夢が醒める気配はないわけで。
 だったら、この夢か現実かもわからない出来事に付き合うしかないのではなかろうか。非常に不本意だが、もし本当に自分の命を助けてくれたというのなら感謝しなければなるまい。襲おうとしてくれていた時点で信用などゼロどころかマイナスであるけれど。

「……で、その助けてくれた対価を、俺達に後払いしろってんだよね?」

 頭痛を覚えながらも、どうにか状況を飲み込んだ。

「とりあえず、助けてくれたのはお礼を言うよ。どうもありがと。……ただ、その“何が何でも死にたくない”って願ったのが自分じゃないだろうなってのは自分でもよくわかってるつもり。対価を払うのが、願った本人だけじゃなくて助かった人間である理由は?」
「まあ、そこツッコむよな。……早い話、本人だけじゃ対価が足らなかったから。それに、巻き込まれて生き返った奴ら……お前も含めて、も確かに死にたくないとは思ってたからだな。お前だって、あそこで誰も守れないで死ぬのはできれば勘弁願いたいところだっただろ?猫チャンの命も含めてさ」
「……そりゃそうだけど」

 なんだか、綺麗に丸め込まれたような気がする。周囲をもう一度見回すも、やはりこの場には優理一人しかいない。他の“死ぬはずだった奴ら”はどこに行ったのだろう。そのせいもあって、信憑性が薄いとしか思えないのだけれど。

「俺に何をしろっていうのさ」

 ライトノベル系の異世界転移・転生ならば。何かミッションを課せられてそれをこなさないと帰せないと言われたり、あるいはおわびにチートスキルを与えられて好きなように過ごしてくださいとか言われたりするものという認識があるが。今回は、一応こちらが“助けて貰った身”という立場であるようだ。ならば、お詫びスキルなんてものは期待できないし、するべきではないだろう。
 というか。異世界の環境やパワーバランスをぶち壊しにしかねないスキルなんて貰いたくないし、貰っても困るのだ。誰かの役に立てたら嬉しいとは思うけれど、そういう“もっと平均的なスキルにしてくれって言ったじゃないですかあ!”とか“俺、何かやっちゃいました?”的な主人公は大抵無自覚で迷惑をかけまくっている。ただでさえ空気が読めないのに、そんなものを貰ったら大事故になる予感しかしないのだ。

「ちょっととある世界のトラブルを解決してほしい」

 サトヤとやらは、あっさりとのたまった。

「さっき言った通り、俺は人の願いを叶える魔法使いなわけだが。もう一つ仕事がある。異世界の治安維持。俺みたいに、いろんな異世界を自由に飛び回れる能力を持つ奴ってのがこの世界にはたくさんいるわけだが……中にはそれをいいことに、超絶迷惑をかけまくってくれるやつがいる。そいつをぶっ飛ばしてほしい。それができたらミッションクリアってことで、お前を元の世界に帰してやるよ」
「特徴とかは?」
「随時、お前のスマホに連絡送る。異世界対応通信に適応させたから、異世界感でも連絡取れる。資料まとめて送るからそれ見て参考にしてくれ」
「なんとも夢の無い……」

 妖精さんから通信が!なんてメルヘンな方向でないあたり変な現実感があって嫌になる。まあ夢だとしたら、想像力がない優理自身のせいということになってしまうけれど。
 というか、魔法使いを名乗るのに通信手段がスマホって。科学にするか魔法にするかどっちかにしろと言いたい。

「その世界に迷惑がかからないレベルのチートスキルはくれてやる。それを利用してまあ、なんとか頑張って討伐してくれや。ただ、問題があってだな」

 くるくると指を動かし、サトヤは爆弾を落とした。

「俺はお前以外の事故に巻き込まれた連中の命も助けたわけだが。対価を払うにあたり、仕事を頼んだのは、お前とお前を助けたいと考えた岸本空一だけだ」

 ああ、やっぱりサトヤを召喚したのは空一だったのか、と納得する。この場にいないということは、異世界のどこかで合流しろということだろうか。

「ただ、その異世界にお前と岸本空一以外の魂を転送したバカが他にいる。ようするに、お前らをいじめてた鮫島るりは他数名だ」
「げ」
「そのバカってのが、まさに俺がお前に討伐を依頼した渡航者……転生の魔女・ジェシカ。俺が自分を狩りに来るってのがわかってたんだろうな。ジェシカは己の護衛として、お前のいじめっこどもを異世界転生させたあげく、滅茶苦茶なチートスキルを渡しやがったみてーだ。間違いなく、そいつらはジェシカを倒そうとするお前を妨害してくるだろうさ。……ジェシカを倒せば、鮫島るりは達も現代日本に強制送還されるはずだ。ジェシカ本人だけで災厄なのに、迷惑なチートスキル持ち転生者が何人も解き放たれたんじゃたまったもんじゃない。その世界は今まさに、滅茶苦茶にされている真っ最中ってなわけだ」

 どれくらいかというと、と彼は身振り手振りで説明する。

「桃太郎の世界に魔法少女が君臨して、しかも鬼に味方したせいで桃太郎一行が倒されて、日本どころか世界が鬼の天下になってしまいました……くらいなことが起きかけてる。想像つく?」
「あ、それはあかんやつ……」

 バランスも世界観もめっちゃくちゃに壊す魔法少女が登場するだけで物語の異物なのに、それがおかしな方向に加担すると何が起きるかという典型だろう。というか、仮に魔法少女が桃太郎に加担しても大惨事である。なんせ桃太郎が鬼を倒さないと、彼のその後のストーリーが成り立たなくなってしまうのだから。
 理解せざるをえなかった。
 確かに、そんな連中を野放しにしてはおけない。彼が優理に“迷惑をかけない範囲のチートスキルを与える”なんて言い方をしたのも頷ける。

「……わかったよ。困ってる人がいるなら、見捨てるわけにはいかない」

 それに、早く空一のことも助けに行った方がよさそうだ。優理は腹をくくることにした。夢かもしれないなら尚更、思うがまま行動するしかないだろう。

「鮫島さん達は一発ひっぱたいてもいいかな、って思ってたしね。動物虐待は絶許だし。女の子だろうと一発ぶっても許されるんじゃないかって気がするし」
「まあ、それは俺も同感だな」

 にやり、とサトヤは笑って告げた。

「俺が直接行くと、それこそバランスブレイカーになるし、世界をぶち壊しかねないから困ってたんだ。やる気になってくれるんならすげー助かるぜ。……にゃんこを苛めるような奴、人を危険にさらして平気な奴。ちょっとくらいお仕置きした方が、そいつらのためにもなるってなもんだ」
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