18 / 24
<第十八話>
しおりを挟む
目を覚ました時、小百合に待っていた現実は――激痛。そして取り返しのつかない喪失感だった。
点滴に繋がれてベッドで眼を覚ました小百合は、自分が今置かれている状況がいかに過酷なものであるのかを知ることになるのである。両親は泣いていた。特に母の号泣ぶりは凄まじいものがあった。――それでも、生きていてくれただけで良かったと、そう言われて小百合はどう返していいかわからなかったものである。
小百合の膝から下は、なくなっていた。
赤信号で横断歩道を渡ろうとしてしまった小百合は、乗用車に撥ねられて、ただ撥ねられただけでは済まなかったのだった。小百合の両足は車輪の下敷きになり、骨も肉も粉々のぐちゃぐちゃに潰されてしまったのである。幸いにして頭を打つのが早く、その激痛を知るよりも前に小百合は意識を失ったが――それでも、目覚めた時の状況からすれば、なんら救いになるものではないのである。
小百合の足は、切断する以外の選択肢がなくなっていたそうだ。むしろ、命を守る為にはそれ以外にはなかったという。小百合はたった一度の信号無視の結果、二度と自力で歩くことのできない身体になってしまったのである。
――何で、私がこんな目に遭わなくちゃいけないの……。
痛み止めが切れるたび、激痛が小百合を襲った。幻肢痛に苦しめられながらも唯一救いとなったのは、怪我をしたのがまだ両足であったということだろうか。
集中治療室を出れば、制限付きとはいえパソコンと携帯を触ることもできた。両目と両手が無事ならば、歩くことはできなくても小説を書くことはできる。恐ろしい現実の中、それだけが今の小百合のとってたった一つの幸いであることに違いはなかった。
――全部、全部あいつのせいだわ。あの桜とかなんとかっていうあの女を追いかけなければ、こんな眼に遭わなかったのに……!
いや、そもそも、アルルネシアが自分の呼び声を無視したことが発端ではあるのか。
どうして彼女は、あの時小百合の声に答えてくれなかったのだろう。小百合は苛立ちまぎれに、病室の中でパソコンを開く。“神に愛された娘・ネール”に関して、書籍化に関する相談をしたいという連絡が来ていた。恐らく出版社に直接出向くことになるのだろう。
今までの小百合ならば、問題なく普通に会社に向かうことができたが――もう、この身体では、行ける場所が限られてしまっている。両親はきっと自分を助けてくれるだろうが、それでもだっこして運んでもらうわけにはいかない以上、車椅子で電車も何も乗り降りするしかないのだ。出版社にエレベーターなどがなければ、大変面倒なことになるのも目に見えている。
そもそも、まだ当面は入院しなければならないし、退院しても幻肢痛から開放されるには相当時間がかかるだろうとも言われていた。なんとかして、向こうに折り合いをつけてもらうしかない。電話とメールだけでやり取りができるよう打診するしかあるまい。――小百合ほどの実力を持った作家だ。向こうも逃したくないに決まっている。相談すれば、間違いなく同情して、きちんとした対応を協議してくれることだろう。
そう、小百合の素晴らしい作品を、書籍化するためならば――。
――素晴らしい、作品……。
自分で思った言葉に、小百合は唇を噛み締める。
結局事故に遭ったせいで、原稿を修正することはできずじまい。ネールは結局、一週間そのまま放置されてしまうことになった。結果、その間にネールの原稿はそのまま書籍化の話が進んでしまう状況になっていたらしい。
確かに、これに関しては受賞した時点で浮かれてしまい、自分の作品の再確認しなかった小百合にも問題はあったのだろう。だからって、受賞段階であんなにも原稿が、意図しないところで書き換えられているだなんて一体誰が予想するだろうか。
――私の作品、だったはずなのに。
褒められていたのは、書き換えられてしまったネール、だった。
小百合の本来の実力と、本来の作品が評価されていたわけでは、なかった。
そして今も、小百合のオリジナルではない、小百合の本来の色が大幅に失われてしまった原稿が、小百合のものとして次の段階に回されようとしているのである。そうではないのだと、どうにか止めなければならない。だが、せっかく受賞したのに、もし小百合の本来の原稿を出して出版社側が苦い顔をしてきたら。改悪された原稿より、小百合本来のネールの方が“書籍化できないクオリティだ”だなんて判を押されてしまうことになったなら、それは一体どうすればいいのか――。
――ば、馬鹿!そんなはずないじゃない!私の本来の原稿の方が素晴らしいに決まってる!正しく受賞するべきはこっちだったって、出版社の人だってちゃんと認めるはずなんだから!!
おかしい、と小百合は思った。自分自身が、おかしいのだ。確かに両足をなくしてしまったのは悲劇だった。それでも自分は小説家で、小説を書く両腕が残っていればまだ何もかも終わったわけではないというのに。何故、こんなにも気弱になっているのだろう。少し前までは、己の正しい実力は必ず評価されるはずだと、そう胸を張って言うことができていたはずなのに。
受賞は自分の実力であって、楽をした結果などではないと。あの桜にだって、そう宣言したのは他ならぬ小百合だというのに。
――あんな夢を、見たせいだわ。
事故に遭って、死に瀕しながらさまよっていた過去の世界。
幼い頃の自分を思い出してしまったせいで、きっとこんなにも弱気になっているのだ。あの頃よりも、今の自分の方がずっと文章力も、あらゆる技術も向上しているはずだというのに。いくら年の割には才能があったのだとしても、あんな拙くて幼い、そんな作文に今の自分が揺さぶられる要素など何もないはずなのに。
――馬鹿げてる。あの頃出来ていたことで、今出来ないことなんか何もない!私は、今だってちゃんと小説を書くことを楽しんでる!いろんなものを見て、吸収して、ちゃんと自分の作品に生かして……そういう努力をしてきたはずじゃないの!!
どうして劣等感のようなものを感じているのだろう――あの頃の自分に。
幼い頃の、自分自身に嫉妬するようなことなんて――何一つない、そのはずなのに。
――足はなくなったけど、小説は書ける……書けるんだから!私は何も間違ってない。これからだって作家としてやっていくの……もっともっと本を出してたくさん売れて、みんなに私を、綺羅星サヨを認めてもらうんだから!こんなところで躓いてなんかいられない……絶対ネールを改稿して、アルルネシアにはちゃんと説教して、それでっ……!
「まさか、まだ懲りてないのかしら、貴女は」
「!」
突然、病室に声が響いた。小百合ははっとしてドアの方を見る。――誰もいない。そうだ、ドアが開くような音などしなかった、誰かがいるはずもないではないか。
――空耳よ、そうに決まって……っ!
次の瞬間、悲鳴を上げそうになった。――窓枠に寄りかかるようにして、少女が佇んでいたからである。
一体いつからそこに。どうやって此処に?ドアは開かなかったし、この病室は五階のはずだというのに――!
「だ、だ、誰っ……!?」
不審者を目にしたら、大声で叫べ。そう教育されるのが常だが、人は本気で驚くと存外声など出せないものなのである。
目の前の相手は、まだ十代半ばに届くかどうかの娘に見えた。桜と名乗った彼女ではない。あの少女よりはすらりと背が高い印象だが、しかしその上に乗っている顔にはまだあどけなさが残っている。きりっとしたつり目の、桜とは真逆の方向の美人だった――腹立たしいことに。
「日ノ本桜の仲間よ。白鷺姫子。今のあんたには、その説明で十分でしょ。アルルネシアの魔導書、返して貰いにきたわ。そこの引き出しに入ってるんでしょ?」
そして少女はあっさりと言い放ち、パソコンが乗っている机に歩み寄ってくる。小百合は慌てた。
「だ、駄目よ!」
ばっと机に縋りつき、引き出しが開かないように両手で押さえた。姫子、と名乗った少女の足が止まる。
「わ、私は!アルルネシアに言わなきゃいけないことがあるの!あいつ、勝手に私の作品の原稿弄ったんだから、元に戻して貰わないと困るのよ!それに、彼女は……っ」
「まだその魔導書の力が必要になるかもしれない、とでも思ってるのかしら?」
「そ、そうよ!必要よ、いけないの!?」
思わず声がひっくり返ってしまう。一人部屋であったのは幸運だったのか不運だったのか。誰かの迷惑になることもないが、看護師が異変に気づいて飛んでくる様子もない。
「この世界は理不尽だらけだもの……おかしなことばかりまかり通って、本来評価するべき人間が評価されないんだもの!私はこの魔導書に、正しい世界を取り戻すためのきっかけを貰ったの!これからだってきっと“きっかけ”が必要な時が来るわ!私を見る奴らの眼がまた曇ってきた時には、アルルネシアの力で目を覚まさせてやるしかない、そうでしょ!?」
「でも、そうやって受賞した作品は、あんたの本来の作品じゃなかったでしょ?」
「そ、それは!アルルネシアの間違いってやつで……っ」
「本当に何もわかってないのね。都合のいい頭だわ、いい年した大人のくせに」
私は桜みたいに優しくないから、と少女は冷たく言い放った。
「はっきり言わせて貰うわよ。……アルルネシアがあんたの作品に手を加えたのは、そうでもしなきゃ大賞受賞なんて有り得ないほどあんたの作品がお粗末だったからよ。あんたは自分が認められる環境以外の何も望まなかった。あんたが叩かれかねない要素を徹底的に排除して受賞させるためには、それくらい物語に手を加えなきゃ不自然だったってことでしょ。まさかあんた、本気で自分は天才だとか、自分の作品はプロで通用するレベルだとか、そう思い上がってたってわけ?あのお子様レベルの原稿で?バッカじゃないの?」
ガンッ!と頭を殴られたような気がした。
自分の作品が――お子様レベル?そうでなければ、受賞が有り得ないほどお粗末だった?そうしなければ、周囲に認められるどころか叩かれかねなかった?
「は……ははっ!あ、ああ!わかった、あんた私の才能に嫉妬してるのね!?だからそうやって私の作品と実力をこき下ろすのね、そうでしょ!?」
引きつった笑みで答える小百合。あれ、と自分自身で思った。自分は今、当たり前のことを言っているだけのはずである。自分を認めない奴は、眼が曇っているか荒らしであるかのどちらかのはず。今までずっとそう考えてここまで来たはずだ、なのに。
どうして自分の声は、こんなに裏返っているのだろう。怒りだけではない何かで、頬がこんなにも引き攣るのだろう。
「そう思いたいなら勝手にすれば?私はあんたみたいに腐った人間、助けてやる義理なんかないし。……でもね」
姫子は、冷たい眼差しで桜を見据える。
「他に、アルルネシアが手間暇かけて原稿を改稿し、あんたの名前のまま発表する意味があるのかどうか。そのお粗末な頭で、もうちょっとちゃんと考えてみれば?」
点滴に繋がれてベッドで眼を覚ました小百合は、自分が今置かれている状況がいかに過酷なものであるのかを知ることになるのである。両親は泣いていた。特に母の号泣ぶりは凄まじいものがあった。――それでも、生きていてくれただけで良かったと、そう言われて小百合はどう返していいかわからなかったものである。
小百合の膝から下は、なくなっていた。
赤信号で横断歩道を渡ろうとしてしまった小百合は、乗用車に撥ねられて、ただ撥ねられただけでは済まなかったのだった。小百合の両足は車輪の下敷きになり、骨も肉も粉々のぐちゃぐちゃに潰されてしまったのである。幸いにして頭を打つのが早く、その激痛を知るよりも前に小百合は意識を失ったが――それでも、目覚めた時の状況からすれば、なんら救いになるものではないのである。
小百合の足は、切断する以外の選択肢がなくなっていたそうだ。むしろ、命を守る為にはそれ以外にはなかったという。小百合はたった一度の信号無視の結果、二度と自力で歩くことのできない身体になってしまったのである。
――何で、私がこんな目に遭わなくちゃいけないの……。
痛み止めが切れるたび、激痛が小百合を襲った。幻肢痛に苦しめられながらも唯一救いとなったのは、怪我をしたのがまだ両足であったということだろうか。
集中治療室を出れば、制限付きとはいえパソコンと携帯を触ることもできた。両目と両手が無事ならば、歩くことはできなくても小説を書くことはできる。恐ろしい現実の中、それだけが今の小百合のとってたった一つの幸いであることに違いはなかった。
――全部、全部あいつのせいだわ。あの桜とかなんとかっていうあの女を追いかけなければ、こんな眼に遭わなかったのに……!
いや、そもそも、アルルネシアが自分の呼び声を無視したことが発端ではあるのか。
どうして彼女は、あの時小百合の声に答えてくれなかったのだろう。小百合は苛立ちまぎれに、病室の中でパソコンを開く。“神に愛された娘・ネール”に関して、書籍化に関する相談をしたいという連絡が来ていた。恐らく出版社に直接出向くことになるのだろう。
今までの小百合ならば、問題なく普通に会社に向かうことができたが――もう、この身体では、行ける場所が限られてしまっている。両親はきっと自分を助けてくれるだろうが、それでもだっこして運んでもらうわけにはいかない以上、車椅子で電車も何も乗り降りするしかないのだ。出版社にエレベーターなどがなければ、大変面倒なことになるのも目に見えている。
そもそも、まだ当面は入院しなければならないし、退院しても幻肢痛から開放されるには相当時間がかかるだろうとも言われていた。なんとかして、向こうに折り合いをつけてもらうしかない。電話とメールだけでやり取りができるよう打診するしかあるまい。――小百合ほどの実力を持った作家だ。向こうも逃したくないに決まっている。相談すれば、間違いなく同情して、きちんとした対応を協議してくれることだろう。
そう、小百合の素晴らしい作品を、書籍化するためならば――。
――素晴らしい、作品……。
自分で思った言葉に、小百合は唇を噛み締める。
結局事故に遭ったせいで、原稿を修正することはできずじまい。ネールは結局、一週間そのまま放置されてしまうことになった。結果、その間にネールの原稿はそのまま書籍化の話が進んでしまう状況になっていたらしい。
確かに、これに関しては受賞した時点で浮かれてしまい、自分の作品の再確認しなかった小百合にも問題はあったのだろう。だからって、受賞段階であんなにも原稿が、意図しないところで書き換えられているだなんて一体誰が予想するだろうか。
――私の作品、だったはずなのに。
褒められていたのは、書き換えられてしまったネール、だった。
小百合の本来の実力と、本来の作品が評価されていたわけでは、なかった。
そして今も、小百合のオリジナルではない、小百合の本来の色が大幅に失われてしまった原稿が、小百合のものとして次の段階に回されようとしているのである。そうではないのだと、どうにか止めなければならない。だが、せっかく受賞したのに、もし小百合の本来の原稿を出して出版社側が苦い顔をしてきたら。改悪された原稿より、小百合本来のネールの方が“書籍化できないクオリティだ”だなんて判を押されてしまうことになったなら、それは一体どうすればいいのか――。
――ば、馬鹿!そんなはずないじゃない!私の本来の原稿の方が素晴らしいに決まってる!正しく受賞するべきはこっちだったって、出版社の人だってちゃんと認めるはずなんだから!!
おかしい、と小百合は思った。自分自身が、おかしいのだ。確かに両足をなくしてしまったのは悲劇だった。それでも自分は小説家で、小説を書く両腕が残っていればまだ何もかも終わったわけではないというのに。何故、こんなにも気弱になっているのだろう。少し前までは、己の正しい実力は必ず評価されるはずだと、そう胸を張って言うことができていたはずなのに。
受賞は自分の実力であって、楽をした結果などではないと。あの桜にだって、そう宣言したのは他ならぬ小百合だというのに。
――あんな夢を、見たせいだわ。
事故に遭って、死に瀕しながらさまよっていた過去の世界。
幼い頃の自分を思い出してしまったせいで、きっとこんなにも弱気になっているのだ。あの頃よりも、今の自分の方がずっと文章力も、あらゆる技術も向上しているはずだというのに。いくら年の割には才能があったのだとしても、あんな拙くて幼い、そんな作文に今の自分が揺さぶられる要素など何もないはずなのに。
――馬鹿げてる。あの頃出来ていたことで、今出来ないことなんか何もない!私は、今だってちゃんと小説を書くことを楽しんでる!いろんなものを見て、吸収して、ちゃんと自分の作品に生かして……そういう努力をしてきたはずじゃないの!!
どうして劣等感のようなものを感じているのだろう――あの頃の自分に。
幼い頃の、自分自身に嫉妬するようなことなんて――何一つない、そのはずなのに。
――足はなくなったけど、小説は書ける……書けるんだから!私は何も間違ってない。これからだって作家としてやっていくの……もっともっと本を出してたくさん売れて、みんなに私を、綺羅星サヨを認めてもらうんだから!こんなところで躓いてなんかいられない……絶対ネールを改稿して、アルルネシアにはちゃんと説教して、それでっ……!
「まさか、まだ懲りてないのかしら、貴女は」
「!」
突然、病室に声が響いた。小百合ははっとしてドアの方を見る。――誰もいない。そうだ、ドアが開くような音などしなかった、誰かがいるはずもないではないか。
――空耳よ、そうに決まって……っ!
次の瞬間、悲鳴を上げそうになった。――窓枠に寄りかかるようにして、少女が佇んでいたからである。
一体いつからそこに。どうやって此処に?ドアは開かなかったし、この病室は五階のはずだというのに――!
「だ、だ、誰っ……!?」
不審者を目にしたら、大声で叫べ。そう教育されるのが常だが、人は本気で驚くと存外声など出せないものなのである。
目の前の相手は、まだ十代半ばに届くかどうかの娘に見えた。桜と名乗った彼女ではない。あの少女よりはすらりと背が高い印象だが、しかしその上に乗っている顔にはまだあどけなさが残っている。きりっとしたつり目の、桜とは真逆の方向の美人だった――腹立たしいことに。
「日ノ本桜の仲間よ。白鷺姫子。今のあんたには、その説明で十分でしょ。アルルネシアの魔導書、返して貰いにきたわ。そこの引き出しに入ってるんでしょ?」
そして少女はあっさりと言い放ち、パソコンが乗っている机に歩み寄ってくる。小百合は慌てた。
「だ、駄目よ!」
ばっと机に縋りつき、引き出しが開かないように両手で押さえた。姫子、と名乗った少女の足が止まる。
「わ、私は!アルルネシアに言わなきゃいけないことがあるの!あいつ、勝手に私の作品の原稿弄ったんだから、元に戻して貰わないと困るのよ!それに、彼女は……っ」
「まだその魔導書の力が必要になるかもしれない、とでも思ってるのかしら?」
「そ、そうよ!必要よ、いけないの!?」
思わず声がひっくり返ってしまう。一人部屋であったのは幸運だったのか不運だったのか。誰かの迷惑になることもないが、看護師が異変に気づいて飛んでくる様子もない。
「この世界は理不尽だらけだもの……おかしなことばかりまかり通って、本来評価するべき人間が評価されないんだもの!私はこの魔導書に、正しい世界を取り戻すためのきっかけを貰ったの!これからだってきっと“きっかけ”が必要な時が来るわ!私を見る奴らの眼がまた曇ってきた時には、アルルネシアの力で目を覚まさせてやるしかない、そうでしょ!?」
「でも、そうやって受賞した作品は、あんたの本来の作品じゃなかったでしょ?」
「そ、それは!アルルネシアの間違いってやつで……っ」
「本当に何もわかってないのね。都合のいい頭だわ、いい年した大人のくせに」
私は桜みたいに優しくないから、と少女は冷たく言い放った。
「はっきり言わせて貰うわよ。……アルルネシアがあんたの作品に手を加えたのは、そうでもしなきゃ大賞受賞なんて有り得ないほどあんたの作品がお粗末だったからよ。あんたは自分が認められる環境以外の何も望まなかった。あんたが叩かれかねない要素を徹底的に排除して受賞させるためには、それくらい物語に手を加えなきゃ不自然だったってことでしょ。まさかあんた、本気で自分は天才だとか、自分の作品はプロで通用するレベルだとか、そう思い上がってたってわけ?あのお子様レベルの原稿で?バッカじゃないの?」
ガンッ!と頭を殴られたような気がした。
自分の作品が――お子様レベル?そうでなければ、受賞が有り得ないほどお粗末だった?そうしなければ、周囲に認められるどころか叩かれかねなかった?
「は……ははっ!あ、ああ!わかった、あんた私の才能に嫉妬してるのね!?だからそうやって私の作品と実力をこき下ろすのね、そうでしょ!?」
引きつった笑みで答える小百合。あれ、と自分自身で思った。自分は今、当たり前のことを言っているだけのはずである。自分を認めない奴は、眼が曇っているか荒らしであるかのどちらかのはず。今までずっとそう考えてここまで来たはずだ、なのに。
どうして自分の声は、こんなに裏返っているのだろう。怒りだけではない何かで、頬がこんなにも引き攣るのだろう。
「そう思いたいなら勝手にすれば?私はあんたみたいに腐った人間、助けてやる義理なんかないし。……でもね」
姫子は、冷たい眼差しで桜を見据える。
「他に、アルルネシアが手間暇かけて原稿を改稿し、あんたの名前のまま発表する意味があるのかどうか。そのお粗末な頭で、もうちょっとちゃんと考えてみれば?」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
「黒炎の隼」
蛙鮫
ファンタジー
人々を襲う怪物。忌獣を一人で討伐し続ける青年。松阪隼人。そんな彼がとあるきっかけで忌獣を討伐する組織『忌獣対策本部』の戦闘員を育成する学園『金剛杵学園』に入学する事になる。
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
春秋花壇
春秋花壇
現代文学
小さな頃、家族で短歌を作ってよく遊んだ。とても、楽しいひと時だった。
春秋花壇
春の風に吹かれて舞う花々
色とりどりの花が咲き誇る庭園
陽光が優しく差し込み
心を温かく包む
秋の日差しに照らされて
花々はしおれることなく咲き続ける
紅葉が風に舞い
季節の移ろいを告げる
春の息吹と秋の彩りが
花壇に織りなす詩のよう
時を超えて美しく輝き
永遠の庭園を彩る
瀬戸内の勝負師
ハリマオ65
現代文学
*漁師の小山田は、株で稼ぎ、船会社で成功。夫婦で世界を回り、最後は、日月潭の花火みて人生を回顧!
小山田は、中卒で瀬戸内の漁師見習。友人の真崎は、農業高校を出て実家の桃農園を手伝い。2人ともギャンブルが好きで暇があれば一緒に出かけた。小山田は、快活で女にもてたが、真崎は、女性が苦手。それでも大きな果樹農園の息子で同じ町の洋服店の娘と見合で結婚。その後、2人は、株投資で儲け出す。小山田は、プレイボーイでだが、性格の良さで・・・。その後は、小説をご覧下さい。
天啓の海
古寂湧水 こじゃくゆうすい
現代文学
発想力抜群の王様と超能力犬コンビの唸るような大活躍をお楽しみください。
歴史時代分野で長期連載をしている”天啓の雲”は国力が米国の一歩手前までで、ロスチャイル〇やロックフェラ〇にも迫るとこまでの設定ですが、この”天啓の海”はいずれも凌駕していくような感じになります。
ちなみに仏国と英国の老舗百貨店2社ずつ計4社も買収する設定になっています。
※それから小学校一年生の昴王子やチヨちゃんに従弟の一慶君の3人が主体で、恐竜ハンバーガーショップを立ち上げて世界でもトップレベルの、ファストフードチェーンになりますよ。
ぽえマーではなくぽえミットにウィットに富む。
結局は俗物( ◠‿◠ )
現代文学
(5/29…「つ一句」 追加)正しくは「ポエット」。訳あって行き場を失くした魂の叫びというほどではない手垢くらいの囁き。表紙は当サイト登録コンテンツ「.とろゝそば。」の「クソぐま」シリーズにて掲載。暴行・性の匂わせ/自死の美化/反出生思想/独自宗教的解釈/死別/破局/望郷/※影響受けやすいやつの閲覧は勧めない。
高尾のいごっそう
ハリマオ65
現代文学
高尾山駅周辺で生まれた。櫛田和重、柿生保和、里村重富は、幼友達で、小さい時から、機械、電気、化学興味を持っていた。そして中学を卒業すると八王子郊外の八王子高専に入学。それぞれ、柿生は、機械科、里村が、電気科、櫛田が、化学科に別れた。学校卒業後、櫛田は、富士フイルム松田工場へ、柿生は、ホンダ狭山工場へ、里村は、富士通川崎に入社。柿生は実家の高尾モータースを継いだが、不景気で商売が苦戦した。その後、櫛田と里村が協力。21世紀なると櫛田が、株投資を里村、柿生に教えた。柿生は、中古パソコン販売業を始め当たる。櫛田は、株投資で着実に資産を増やすしていき・・・。後は、読んでね!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる