レーゾン・デートルの炎上

はじめアキラ

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<第十六話>

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 何を言ってるんだこいつは、と小百合はあっけにとられた。
 次に怒りを感じた。――自分がたった今、“アルルネシアの魔導書なんてもんは知らない”と否定したことも忘れて、それをぶちまけてしまう程には。

「……魔法の力で、楽をして夢を叶えても……?」

 楽をして。
 その言葉が、小百合の逆鱗に触れていたのである。

「ふざけないでよ!……わ、私のことなんか、何も……私の気持ちなんか何にも知らないくせに!!」

 目の前の女は、多少なりに小百合のことを調べてそこに立っているのかもしれない。そして、あの魔導書は確かに不思議な力を持っていたことは事実で、監視下に置くべきだと考える人間がいてもそれそのものんはなんらおかしなことではないだろう。
 だが、一体それが、何だというのだ。
 ただのデータで、事実で――それだけで。一体彼女が、小百合の何を知ったというのだろう?

「私は楽なんかしてない……ただ、正しい世界を取り戻しただけよ!」

 あの魔導書には、本物の魔女が宿っていた。それは認めよう。でも小百合は知っているのである。あんなのはただのきっかけにすぎない。あの魔導書があったから自分は夢を叶えられたわけなどでは断じてないのだ、と。

「私は自分の力だけで十分、夢を叶えることのできるほどの実力を持っていたわ!そのために六年……六年もよ?真剣に作品を書き続けて努力をしてきた。私には才能があるって知っていたからよ!幼い頃から私の作文は両親にも友人にも先生にも褒められ続けてきたわ。才能がないはずがないの……それなのに!それなのに、私が書いても書いても、肝心のプロを名乗る連中の目は節穴ばかり!私より全然書けない奴らが、面白くもなんともない作品しか作れないクズどもばかりが評価され、真実の芸術が見向きもされない悲劇、悲劇、悲劇!こんな理不尽あっていいはずがない……それでも私は耐えて、抗って、戦い続けてきたのよ。間違ってたのは私じゃない、腐った世界の方!あの魔導書は、その世界を正しい方向に戻してくれたに過ぎない……私自身の実力は正しく、私の努力で培ったもの!何も知らないあんたなんかに、楽して叶えただなんて言われる筋合いないわ!!」

 一息に吐き出していた。それはずっと、小百合が感じ続けてきた不条理が、誰にも叫ぶことができずにいた感情がもろに爆発した形である。
 小百合のことを否定する連中は、いつだってネットごしだった。匿名であるならば、どんな荒らしをしても批判をしても許されると思った馬鹿どもばかりが溢れ、それを堂々と目の前で指摘してくる人間など一人も現れなかったからである。
 リアルで小百合の小説を読んだ両親や友人は、みんなちゃんと小百合の実力を認めてくれていたのだから、そういう意味で当然と言えば当然なのだが。

「何もかも失うって意味わかんない!これからよ、これから私は何もかも始まるの!要らないものが全部なくなって、私の為の本当の人生がこれで始まるのよ……!カッコつけた言葉で、人を加害者みたく言うのやめてくれる?本当の理解者?アルルネシアは私の力を、魔女ながら正しく理解して力を貸してくれたの、それの何がいけないっていうの?」
「貴女は魔女という存在を、何も分かっていないからそのような事が言えるのです。まあ、私とてそんなにわかっているというわけではありませんけど」

 はあ、と深くため息をつく桜。

「貴女はアルルネシアに選ばれたと思ったのでしょう。才能があるからこそ、正しい力を持つからこそ特別に選ばれたのだと。……選ばれたというのは間違いないと思います。ですが、貴女は何も知らない。彼女はこの世界を、人の運命を、捻じ曲げて悲劇に導くことに喜びを見出す魔女なのです。力を貸した結果、ハッピーエンドになるのがわかって貴女を助けたはずがない。全て、貴女が望む言葉を囁き、貴女を意のままに動かして……その先にあるバッドエンドを楽しんで見てやろうという、それだけの魂胆に過ぎないのです」
「はあ?バッドエンド?」
「ええ。そもそも貴女は、自分には最初から受賞に値する実力があったと思い込んでらっしゃるようですね。今回、魔法によってそのきっかけを得ただけ。だから楽して夢を叶えたわけでもなければ、ズルをしたわけでもない。そのための努力という対価を支払っていないわけでもない、と」
「そうよ、何か間違ったこと言ってる!?」

 何を言いたいんだ、こいつは。小百合のイライラは募る一方である。
 こいつは突然話しかけてきて、小百合に言葉を浴びせてきているだけの存在だ。無視して帰宅しようとすれば出来ないことはなかった。だが、小百合の性格がどうしてもそれを許さなかったのである。
 自分はいつだって、絶対的に正しい。だから、小百合の言葉を否定し、努力を踏みにじるようなことを言う相手は我慢がならないのだ。ネットでもそうだ。そういう相手はとにかく徹底的に対抗し、抵抗し、そいつが“もう許して、私が悪かった”と泣いて謝ってくるまで心を折らなければ気がすまないのである。今も同じだ。その相手がネットではなく、目の前に立っている。それだけの違いなのである。
 桜がもし、そういう小百合の性格を熟知した上で話しかけてきているとしたのなら大したものだろう。事実、小百合は彼女を無視することができず、こうして口論に付き合ってやっているのだから。

「……やはり、本当に何も気づいてらっしゃらない」

 彼女はそれは――それはそれは哀れみに満ちた眼で小百合を見た。

「受賞した後で、貴女は自分の作品をもう一度読み返すということをされなかったのですね」
「は?」
「アルルネシアは忌々しい敵ですが、ある点に関しては私も非常に同意しています。それは、今の貴女のそのままの小説、実力ではとてもとても書籍化が狙える賞の受賞など不可能であったということ。強引に運命を捻じ曲げて受賞させても、その受賞があまりに不自然なものならば、多少民意を操ったところでいずれは綻びが出てしまう。初音マイという別の生贄を用意しても、逃げ切るのには限界がある。……ゆえに、アルルネシアは自らの手で、貴女の小説に改稿を加えたのです。読み返してみてください。最初の数ページの段階で、貴女の書いた文章ではなくなっていることにすぐ気づくでしょうから」
「なっ……!?」

 小百合は慌ててスマートフォンを再びスリープから戻し、スターライツのマイページを見た。そこで、先日のリニューアルで、表紙のページに全体の文字数が表示されるようになったことを知る。なるほど、コンテストに応募する場合は文字数に上限や下限が設定されていることが殆どだ。こういう機能は書き手にとってでも読み手にとっても、非常に便利なものであるのは間違いないだろう。
 問題は。――小百合が覚えているよりも、『神に愛された娘・ネール』の文字数が、明らかに増えているということである。それも一万文字以上の単位でだ。

――ま、まさか……うそ……!?

 最初の数ページの段階どころか、表紙を見た時点で違和感を覚えるのは必然だった。すぐに第一話をクリックして内容を確認し――小百合は唖然とする。

――な、何よこれ……!?何で、どういうこと!?

 WEBコンテストに応募する場合――というより、スターライツの場合、ではあるのだが。コンテストに応募し、〆切が過ぎたあとも本文を編集しなおすことは可能とされている。加筆修正もできるし、逆に要らない箇所をカットしたり、誤字脱字の修正も問題はない。
 ただし、コンテストで評価されるのはあくまで“〆切が切れた時点での原稿”である。〆切を過ぎた後の修正はできても、編集部に審査されるのはあくまでその段階での原稿なのだ。
 それゆえに、小百合は〆切後に自分の原稿は確認していないし、修正もかけていない。直前に誤字脱字を少し直したから、直前まで確かに小百合が書いたままの文章であったことは確認が取れている。書き直したらそれは、小百合ではない。というより――こんなまだるっこしくて複雑な文章の書き方など、小百合がするはずがないのである。そこにあるのは、ストーリーの流れこそ同じながら――実際は小百合のプロットを元に別人が書いた小説と化した、“神に愛された娘・ネール”であったのだ。

――何よこれ?何よこれ何よこれ何よこれ!?私の話なのに、キャラの名前も話の流れもそこまで変わってないのに……何で私の書いたままの話じゃなくなってるのよ!?何で勝手に描写やシーンが書き加えられてたり、言い回しが変えられまくってるのよ!?

 ネールは誰からも愛される、可憐で絶対的に正しい救世主であるはずだ。なのに、そのネールが相手役の少年に過ちを責められ、反省したり謝罪するシーンが増えている。
 しかもその少年も、初対面で無条件にネールに一目惚れし、とにかく尽くすという性格ではなくなっている。彼はネールのことなら何でも言うことを聴くほど、ネールの圧倒的魅力に魅了されて惚れ尽くしているはずだというのに、初対面ではむしろ塩対応になっているではないか。どういうことなのだ。これではまるでキャラが違う――自分の小説なのに解釈違いが起きるだなんて、一体全体どうなっているのか!

「やっとわかりましたか。……それが、貴女が自分の実力だけで受賞したと思っていた、今の“神に愛された娘・ネール”ですよ」

 頭が真っ白になる小百合に、追い打ちをかけるがごとく桜は告げる。

「貴女の今の実力だけでは、あまりにも受賞が不自然すぎるとアルルネシアも考えたのでしょうね。……その作品を見てもまだ、貴女は自分自身が“貴女の望んだ形で”評価されたものと思いますか?」
「そ、そんなはず……わ、私の力のはずよ……評価されたのは、私のネールはこんな話じゃ……こんなはずじゃ……っ!こんなの、こんなの……っ」

 原稿がすり替わっただけだ、そうに決まっている。大賞はあくまで自分の実力のはず。これは何かの間違いに決まっている――!

――こんなこと、あっていいはずがない!

 まだ、桜は何かを言いかけているようだった。しかし、もうこれ以上の話を聴く余裕が小百合にはなかったのである。
 一刻も早く、アルルネシアに聞かねばなるまい。
 あんなものは――本当の小百合の作品は、一体何処に消えてしまったのか、と。
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