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<第十三話>
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桜、という人物はどうやってこのメールアドレスが“初音マイ”のものであると知ったのだろう。舞は彼女の言葉を飲み込むよりも前に、そこに気づいて震えた。そういうところがマイナス思考すぎるんだって、と乃香に言われそうではあるが――元より、自信というものがゼロどころかマイナスに触れることも少なくないのが舞である。
幸い、そこには“初音マイ”はあっても“基樹舞”の名前はなかった。自分の本名が知られたわけではない。うっかりどこかに、初音マイとして携帯のメールアドレスを書いてしまったことがあったのかもしれない――焦りながらも、どうにか舞はそう結論づけることにする。間違っても、どこかから漏洩したなどとは思いたくなかったのだ。
『マイさん。貴女の大賞受賞作品である“正義の味方は此処に居る”を読みました。
魔王を倒し、世界に平和を取り戻す為の勇者を育てる学校。そこで切磋琢磨する少年と少女が、反骨しながらも惹かれ合い、そして本当の平和を導く為に戦っていく物語でしたね。異世界ファンタジーと恋愛の融合という意味では目新しさはありませんが、その最後のどんでん返しと読後感の爽やかさ、メッセージ性が大変素晴らしいものと感じました』
びくびくしながらも舞が見ている中、メールはどんどんと送られてくる。それもなかなかの長文だ。それが、恐れていた批判や特定を煽る内容ではなく、自分が受賞した作品へのレビューであることに気づいて少しだけ安堵する。
己の作品が、己の技量が足りないせいで叩かれるのなら仕方ない。褒め言葉はもちろん嬉しいが、成長していくために叱咤激励してくれる人がいたからこそ、自分は自分なりに技術向上に励むことができたのだから。丁寧な感想を書き出してくれている時点で、褒められていることもさることながら少なくとも“愛のない読者”ではないことはわかった。――今の舞には、それだけでも十分安堵の材料になりうるのである。
『少女の主人公は、とにかくポジティブシンキング。裕福な家庭に育ち、正義感に燃えて、魔王を倒すべく皆に叱咤激励を促す生粋のリーダー気質です。対して少年の方の主人公は少女とは正反対。どこか影があり、クールと言えば聞こえはいいですがネガティブな考え方が目立ちます。人に嫉妬もするし、臆病にもなるし、人の言葉をついつい悪い方にばかり考えてしまう悪癖がある。
少女は光の魔法こそが世界を救うと信じ、少年は闇の魔法こそが世界を変えると信じて疑わない。その二人が相反しながら立ち向かい、成長していき、魔法学校の卒業とともに魔王を倒す旅に出る。……彼らは互いに、相手の魔法は不必要だと思っています。特に少女の方。世界に闇は要らない、人の心から闇がなくなれば、世界は平和になると信じて疑いません。だから、闇の象徴たる魔王を倒せば全てが丸く収まると信じている。でも。
実際は、そんなことはなかった。
魔王は、闇の少年と同じ。辛い過去を持つがゆえ誰も信じられなくなり、大人になっても子供の心のまま怯えて、自分を倒しにくる勇者達を次々殺戮してしまっていた悲しい存在にすぎませんでした。光の少女は、そんな魔王の心の傷に気づかず、討伐しようとしてしまいます。
魔王の心の痛みがわかったのは、人の心の暗い部分を誰より理解していた、闇の少年の方でした。
そして少女は、自分が人の光しか見ないゆえに、人の心の傷を理解する力に欠けていたこと……綺麗なだけな手では、世界を救うことなどできないことに気づかされる。そして、最後は闇の少年とともに魔王を救い、世界をも救って二人は結ばれ……ハッピーエンドに至る。大変気持ちの良いエンディングでした。
ありがちなところもたくさんあります。まだまだ、荒削りだとも感じます。特に、序盤の学園編が長くなりすぎて、旅立ってからがかなり早回しになってしまっていましたね。文字数上限をオーバーしそうになって焦っていたのが手に取るようにわかります。恐らく編集さんにもそこの構成の荒らさはツッコミを食らったことでしょう。
二人の少年少女以外のキャラクターを増やしすぎて、一部手が回らなくなっていた感もあります。サブメインを増やせばその分余分な尺を取られることになり、扱いきれなくなって話が助長していく傾向にある。この物語は全体的に、もう少し構成の見直しをした方が良かったことでしょう。それだけは残念でした』
すごい、と。舞は先程までの落ち込みも忘れて、あっけに取られていた。相手は何者だろう。桜、という名前であるからして女性であろうとは思うのだが。殆ど、言われたことが編集長の指摘と同じなのである。
――な、何者だろう、この人……。
きっと、本をたくさん読む人なのだろう。非常に的確な指摘だ。舞は己の技術は全般的にまだまだだとは思っているが、特に難点を挙げるならば決定的に構成力に欠けることだというのにも気づいていた。なんといっても、プロットというものを書けないのである。書いても結局無視してしまい、その通りに動いた試しがない。結果、もう少し尺を取るべき場所をショートカットしてしまったり、逆に一分が描写不足になったりするのである。しかも、書いている最中は残念ながら自分でそれに気づけない。――今回も同じだ。なんだかバランスが悪い作品になってしまった、と己でも感じていたのだが、どこが悪い原因を作ったのかがイマイチよくわかっていなかったのである。
『削るとしたら、使いきれていないサブメインごと削るのが最も効率的かと思います。
特に、一話にだけ出てきたミリア嬢は、お嬢様キャラとして少々目立ってはいたものの、あれは他のキャラクターでも十分に代用できるポジションでした。少し前にいじめっ子のサニアを出したばかりですから、彼女にそのまま続投させても良かったと思います。そうすれば、いじめイベントをうまく使ってサニアのキャラクターをうまく描写し、反省するまでの流れをより丁寧に描けたのではないでしょうか。
学園のイベント全てが不要だったとは思いませんが、旅立ってからのイベントと試練の数を増やした方が明らかにバランスが取れた印象です。街を二つ経由しただけでラスボスと対峙するのは、さすがにショートカットがすぎたことでしょう』
――や、やっぱりそこか……うん、それはちょっと思ってた……。
彼女は舞のことを何処まで知っていたのか。
小説を書いている間は、集中しすぎて他のことが見えなくなりがちな舞である。裏を返せば、小説について考えている時は、他の大変な現実から上手に逃げることが出来るとも言えるのだ。
舞の気持ちを上向かせるならば、小説のことに話を向け、そこに集中させるのが一番効率的な手段である。――画面の向こうの相手がそこまで知っていてレビューを書いてきているのなら、さすがとしか言い様がなかった。
――そうか、ミリアもサニアもキャラが薄くなっちゃったなと思ったら、二人も出す必要なかったんだ……!片方だけに統一して尺をまとめれば、その分サニアの葛藤を丁寧に描くことができたのか。キャラかぶりしている上に焦点がズレたことが敗因……、メモしないとこれ……!
そこは、編集長からも指摘されなかった点である。書籍化が白紙になったとしても、作品そのものが舞の著作であることに変わりはない。改稿し、あるいは次作に生かしていくことは今の自分でも十分可能である。
舞はメールを見ながら、必死でメモを取り始める。
『ですが、それらの点を踏まえてでも大賞を受賞したのは。
この物語が、初音マイさん、貴女にしか書けないものであったからです。
本当の正義とは何なのか。正義の味方は闇や悪意、憎悪などを否定することが殆どだけれど、そんな人間に果たして苦しむ存在を救うことができるのか。思い悩む人間に寄り添い、その気持ちを理解することが本当の可能であるのか。
光も闇も理解できる人間であって、初めて誰かの心の傷に手が届く。どちらも必要。みんなが必要。光の少女と闇の少年という二人はそれを象徴しています。彼らが最後に手を取り合って魔王を救い、魔王もまた己が犯した罪を悔いて生きて再出発を図る。そして、人々が最後に本当の平和を見つめ直し、ともに築いていこうとする。
真逆だからこそ、意味がある。真逆だからこそ、見えるものがある。
強いメッセージ性、そこに込められた貴女の想いにきっとたくさんの人が射抜かれた。それをもっと多くの人に見手欲しいと願った。それゆえに、大賞受賞が叶ったのではないでしょうか。
貴女はまだまだ自分の技量に自信が持てないようですが、恥じることはありません。貴女はただ、貴女にしか書けない作品を全力で書ききっただけのこと。何も、恥じるようなことはしていないと私は知っています』
自分にしか、書けない作品を――全力で。
その言葉が見えた瞬間――ぽたり、とスマートフォンの液晶に雫が落ちた。はっと気づいて、慌てて舞は目元を拭う。泣いている、と己で気づくよりも前にそれは雨になっていた。そしてそのまま、どんどんと降り落ちる。舞自身の心さえも追い越しながら。
『……ありがとうございます』
気づけば、舞は返信を打っていた。
『でも、貴女はどうして、私にそんなことを言ってくれるのですか。どうしてそこまで、私の作品と私に向き合ってくださるのでしょうか』
知りたい、と思ったからだ。
この向こう側にいる人は、一体どんな人物なのだろうか――と。
『私は偶然、貴女の無実を知っただけの人間です。
そして、貴女の無実を証明したくて、色々調べてみただけのことです』
桜、を名乗る人物はすぐにそう返してきた。
『光の少女と、闇の少年にはモデルがいるのではないですか。
……それは貴女と、貴女の友人である……綺羅星サヨのことではないですか?』
どくん、と舞の心臓が跳ねる。
桜は知っているのか、自分とサヨの関係を――トラブルを。
『貴女とサヨの問題は、正直貴女に非があったとは思えません。でも貴女は、ずっとそのことで落ち込んでいた様子です。何故なら、貴女こそが綺羅星サヨのたった一人にして一番のファンであったから。
教えてください。貴女はなぜ、そこまで綺羅星サヨを応援したのですか?』
何故。――舞はしばらく考え込む。実のところ己でも答えの出ている話ではなかったからだ。
サヨを応援したいと思ったのは、彼女が自分と同じように創作に煮えつまり、共感してしまったから。そして何より彼女には、舞にはないものを持っていると感じたからである。
でも、その“舞にはないもの”を、どう説明すればいいのかが――自分にもよくわからないのだ。
『……サヨさんは、私と同じくらい……ううん、私以上に、創作に真剣でした。だから、批判されることが許せなくて、トラブルになることが多かったけれど。そこまで作品に誇りを持って、戦い続けることのできる強さは……コンテストに落ちてそんなに悔しいのに、それでも諦めない彼女の意思が。私には、本当に眩しかったんです』
サヨのミヤコヒメ・セレナーデは周囲から大きく批判を浴びていた。それは知っている。でも、舞はそれが誰より悔しくてならなかったのだ。
少し文章が荒削りだから、それがなんだというのだ。
あんなにも一生懸命、彼女が伝えてきている彼女自身の個性と主張に――どうして誰も、向き合ってやろうとしないのか、と。
『サヨさんと、仲直りしたいですか?』
桜の、返信。
舞は思わず――声に出して呟いていた。
「……したいよ」
きっともう、彼女は自分を許してはくれない。それでも。
「サヨさんの頑張りが報われるところ、もっとずっと……ちゃんと応援していきたいよ……!」
今の自分では、それもできない。本にならないのも残念だが、名誉を毀損されたのも悔しいが――それ以上に。
不正を働いたと思われてしまっていては、周囲の眼に怯え続けていては――もう二度と、自分は彼女の近くに行く資格を持てない。遠くから見つめる資格さえも。だから。
――お願い、助けて。
顔も見えない相手に、舞は懇願していた。
桜ならば変えてくれると、そう予感するままに。
幸い、そこには“初音マイ”はあっても“基樹舞”の名前はなかった。自分の本名が知られたわけではない。うっかりどこかに、初音マイとして携帯のメールアドレスを書いてしまったことがあったのかもしれない――焦りながらも、どうにか舞はそう結論づけることにする。間違っても、どこかから漏洩したなどとは思いたくなかったのだ。
『マイさん。貴女の大賞受賞作品である“正義の味方は此処に居る”を読みました。
魔王を倒し、世界に平和を取り戻す為の勇者を育てる学校。そこで切磋琢磨する少年と少女が、反骨しながらも惹かれ合い、そして本当の平和を導く為に戦っていく物語でしたね。異世界ファンタジーと恋愛の融合という意味では目新しさはありませんが、その最後のどんでん返しと読後感の爽やかさ、メッセージ性が大変素晴らしいものと感じました』
びくびくしながらも舞が見ている中、メールはどんどんと送られてくる。それもなかなかの長文だ。それが、恐れていた批判や特定を煽る内容ではなく、自分が受賞した作品へのレビューであることに気づいて少しだけ安堵する。
己の作品が、己の技量が足りないせいで叩かれるのなら仕方ない。褒め言葉はもちろん嬉しいが、成長していくために叱咤激励してくれる人がいたからこそ、自分は自分なりに技術向上に励むことができたのだから。丁寧な感想を書き出してくれている時点で、褒められていることもさることながら少なくとも“愛のない読者”ではないことはわかった。――今の舞には、それだけでも十分安堵の材料になりうるのである。
『少女の主人公は、とにかくポジティブシンキング。裕福な家庭に育ち、正義感に燃えて、魔王を倒すべく皆に叱咤激励を促す生粋のリーダー気質です。対して少年の方の主人公は少女とは正反対。どこか影があり、クールと言えば聞こえはいいですがネガティブな考え方が目立ちます。人に嫉妬もするし、臆病にもなるし、人の言葉をついつい悪い方にばかり考えてしまう悪癖がある。
少女は光の魔法こそが世界を救うと信じ、少年は闇の魔法こそが世界を変えると信じて疑わない。その二人が相反しながら立ち向かい、成長していき、魔法学校の卒業とともに魔王を倒す旅に出る。……彼らは互いに、相手の魔法は不必要だと思っています。特に少女の方。世界に闇は要らない、人の心から闇がなくなれば、世界は平和になると信じて疑いません。だから、闇の象徴たる魔王を倒せば全てが丸く収まると信じている。でも。
実際は、そんなことはなかった。
魔王は、闇の少年と同じ。辛い過去を持つがゆえ誰も信じられなくなり、大人になっても子供の心のまま怯えて、自分を倒しにくる勇者達を次々殺戮してしまっていた悲しい存在にすぎませんでした。光の少女は、そんな魔王の心の傷に気づかず、討伐しようとしてしまいます。
魔王の心の痛みがわかったのは、人の心の暗い部分を誰より理解していた、闇の少年の方でした。
そして少女は、自分が人の光しか見ないゆえに、人の心の傷を理解する力に欠けていたこと……綺麗なだけな手では、世界を救うことなどできないことに気づかされる。そして、最後は闇の少年とともに魔王を救い、世界をも救って二人は結ばれ……ハッピーエンドに至る。大変気持ちの良いエンディングでした。
ありがちなところもたくさんあります。まだまだ、荒削りだとも感じます。特に、序盤の学園編が長くなりすぎて、旅立ってからがかなり早回しになってしまっていましたね。文字数上限をオーバーしそうになって焦っていたのが手に取るようにわかります。恐らく編集さんにもそこの構成の荒らさはツッコミを食らったことでしょう。
二人の少年少女以外のキャラクターを増やしすぎて、一部手が回らなくなっていた感もあります。サブメインを増やせばその分余分な尺を取られることになり、扱いきれなくなって話が助長していく傾向にある。この物語は全体的に、もう少し構成の見直しをした方が良かったことでしょう。それだけは残念でした』
すごい、と。舞は先程までの落ち込みも忘れて、あっけに取られていた。相手は何者だろう。桜、という名前であるからして女性であろうとは思うのだが。殆ど、言われたことが編集長の指摘と同じなのである。
――な、何者だろう、この人……。
きっと、本をたくさん読む人なのだろう。非常に的確な指摘だ。舞は己の技術は全般的にまだまだだとは思っているが、特に難点を挙げるならば決定的に構成力に欠けることだというのにも気づいていた。なんといっても、プロットというものを書けないのである。書いても結局無視してしまい、その通りに動いた試しがない。結果、もう少し尺を取るべき場所をショートカットしてしまったり、逆に一分が描写不足になったりするのである。しかも、書いている最中は残念ながら自分でそれに気づけない。――今回も同じだ。なんだかバランスが悪い作品になってしまった、と己でも感じていたのだが、どこが悪い原因を作ったのかがイマイチよくわかっていなかったのである。
『削るとしたら、使いきれていないサブメインごと削るのが最も効率的かと思います。
特に、一話にだけ出てきたミリア嬢は、お嬢様キャラとして少々目立ってはいたものの、あれは他のキャラクターでも十分に代用できるポジションでした。少し前にいじめっ子のサニアを出したばかりですから、彼女にそのまま続投させても良かったと思います。そうすれば、いじめイベントをうまく使ってサニアのキャラクターをうまく描写し、反省するまでの流れをより丁寧に描けたのではないでしょうか。
学園のイベント全てが不要だったとは思いませんが、旅立ってからのイベントと試練の数を増やした方が明らかにバランスが取れた印象です。街を二つ経由しただけでラスボスと対峙するのは、さすがにショートカットがすぎたことでしょう』
――や、やっぱりそこか……うん、それはちょっと思ってた……。
彼女は舞のことを何処まで知っていたのか。
小説を書いている間は、集中しすぎて他のことが見えなくなりがちな舞である。裏を返せば、小説について考えている時は、他の大変な現実から上手に逃げることが出来るとも言えるのだ。
舞の気持ちを上向かせるならば、小説のことに話を向け、そこに集中させるのが一番効率的な手段である。――画面の向こうの相手がそこまで知っていてレビューを書いてきているのなら、さすがとしか言い様がなかった。
――そうか、ミリアもサニアもキャラが薄くなっちゃったなと思ったら、二人も出す必要なかったんだ……!片方だけに統一して尺をまとめれば、その分サニアの葛藤を丁寧に描くことができたのか。キャラかぶりしている上に焦点がズレたことが敗因……、メモしないとこれ……!
そこは、編集長からも指摘されなかった点である。書籍化が白紙になったとしても、作品そのものが舞の著作であることに変わりはない。改稿し、あるいは次作に生かしていくことは今の自分でも十分可能である。
舞はメールを見ながら、必死でメモを取り始める。
『ですが、それらの点を踏まえてでも大賞を受賞したのは。
この物語が、初音マイさん、貴女にしか書けないものであったからです。
本当の正義とは何なのか。正義の味方は闇や悪意、憎悪などを否定することが殆どだけれど、そんな人間に果たして苦しむ存在を救うことができるのか。思い悩む人間に寄り添い、その気持ちを理解することが本当の可能であるのか。
光も闇も理解できる人間であって、初めて誰かの心の傷に手が届く。どちらも必要。みんなが必要。光の少女と闇の少年という二人はそれを象徴しています。彼らが最後に手を取り合って魔王を救い、魔王もまた己が犯した罪を悔いて生きて再出発を図る。そして、人々が最後に本当の平和を見つめ直し、ともに築いていこうとする。
真逆だからこそ、意味がある。真逆だからこそ、見えるものがある。
強いメッセージ性、そこに込められた貴女の想いにきっとたくさんの人が射抜かれた。それをもっと多くの人に見手欲しいと願った。それゆえに、大賞受賞が叶ったのではないでしょうか。
貴女はまだまだ自分の技量に自信が持てないようですが、恥じることはありません。貴女はただ、貴女にしか書けない作品を全力で書ききっただけのこと。何も、恥じるようなことはしていないと私は知っています』
自分にしか、書けない作品を――全力で。
その言葉が見えた瞬間――ぽたり、とスマートフォンの液晶に雫が落ちた。はっと気づいて、慌てて舞は目元を拭う。泣いている、と己で気づくよりも前にそれは雨になっていた。そしてそのまま、どんどんと降り落ちる。舞自身の心さえも追い越しながら。
『……ありがとうございます』
気づけば、舞は返信を打っていた。
『でも、貴女はどうして、私にそんなことを言ってくれるのですか。どうしてそこまで、私の作品と私に向き合ってくださるのでしょうか』
知りたい、と思ったからだ。
この向こう側にいる人は、一体どんな人物なのだろうか――と。
『私は偶然、貴女の無実を知っただけの人間です。
そして、貴女の無実を証明したくて、色々調べてみただけのことです』
桜、を名乗る人物はすぐにそう返してきた。
『光の少女と、闇の少年にはモデルがいるのではないですか。
……それは貴女と、貴女の友人である……綺羅星サヨのことではないですか?』
どくん、と舞の心臓が跳ねる。
桜は知っているのか、自分とサヨの関係を――トラブルを。
『貴女とサヨの問題は、正直貴女に非があったとは思えません。でも貴女は、ずっとそのことで落ち込んでいた様子です。何故なら、貴女こそが綺羅星サヨのたった一人にして一番のファンであったから。
教えてください。貴女はなぜ、そこまで綺羅星サヨを応援したのですか?』
何故。――舞はしばらく考え込む。実のところ己でも答えの出ている話ではなかったからだ。
サヨを応援したいと思ったのは、彼女が自分と同じように創作に煮えつまり、共感してしまったから。そして何より彼女には、舞にはないものを持っていると感じたからである。
でも、その“舞にはないもの”を、どう説明すればいいのかが――自分にもよくわからないのだ。
『……サヨさんは、私と同じくらい……ううん、私以上に、創作に真剣でした。だから、批判されることが許せなくて、トラブルになることが多かったけれど。そこまで作品に誇りを持って、戦い続けることのできる強さは……コンテストに落ちてそんなに悔しいのに、それでも諦めない彼女の意思が。私には、本当に眩しかったんです』
サヨのミヤコヒメ・セレナーデは周囲から大きく批判を浴びていた。それは知っている。でも、舞はそれが誰より悔しくてならなかったのだ。
少し文章が荒削りだから、それがなんだというのだ。
あんなにも一生懸命、彼女が伝えてきている彼女自身の個性と主張に――どうして誰も、向き合ってやろうとしないのか、と。
『サヨさんと、仲直りしたいですか?』
桜の、返信。
舞は思わず――声に出して呟いていた。
「……したいよ」
きっともう、彼女は自分を許してはくれない。それでも。
「サヨさんの頑張りが報われるところ、もっとずっと……ちゃんと応援していきたいよ……!」
今の自分では、それもできない。本にならないのも残念だが、名誉を毀損されたのも悔しいが――それ以上に。
不正を働いたと思われてしまっていては、周囲の眼に怯え続けていては――もう二度と、自分は彼女の近くに行く資格を持てない。遠くから見つめる資格さえも。だから。
――お願い、助けて。
顔も見えない相手に、舞は懇願していた。
桜ならば変えてくれると、そう予感するままに。
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