レーゾン・デートルの炎上

はじめアキラ

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<第十一話>

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 それは、本来なら喜びの瞬間であるべき――そのはずだった。
 スターライツの結果発表は、十八時であることが多いのだという。ただし舞の仕事は十八時を超えることも少なくない。今日発表がある可能性があるというのは知っていたが、だからといってオフィスで、こっそり携帯を見るなんてことはできないのだ。そもそも舞は、自分の作品が受賞するだなんて思ってもいなかったのである。なんといってもその長編コンテストは、大賞作品は書籍化を検討するという、いわば作家への道がリアルに繋がるものであったのだから。
 他のWEB作家達もこぞって参加していたし、スターライツでも五ツ星と呼ばれる作者達さえも参戦していたことを知っている。大賞候補と呼ばれたのは、聖帝・蒼色35号と最近五ツ星に名前を連ねるようになった新帝・マルイタカヤだ(他の五ツ星の二人は今回不参加であったらしい。まあ、賢帝のあたりなどはミステリーが主戦場であるため、専門外の作品に出してくることは非常に稀なのだが)。舞はアウトプットも重要視している。今回のコンテストは、長編ということもあってレベルの高い作品が多く参戦してくることも知っていた。特に受賞候補と名高い彼らの作品は、常に追いかけるようにしているのである。
 アルイタカヤも悪くなかったが、蒼色35号の作品はさすがに一つ桁が違うレベルだった。そして、この長編コンテストでは、二人以上の大賞受賞者が出ることは極めて稀である。その最有力候補がいるとわかっている現状で、自分にお鉢が回ってくると思うほど――舞は己の作品の出来が素晴らしいものだとは全く思っていなかったのだった。
 というか、そもそも。その時の舞の心情としては、コンテストの結果以上に心苦しいことがあり、仕事をしながらもそれにばかり気を取られていたというのが正しいだろうか。

――人間関係って、難しいな。

 綺羅星サヨが、裏掲示板の存在に気づいてしまった。そして、彼女はあろうことかその毒のある掲示板を一定量読み込んでしまったらしいのである。
 まとめ掲示板にはまだ反映されていなかったから、このままうまくいけば気づかれないで済むと思っていたのに――そのおかげで、舞がひそかに隠していたことがバレてしまったのである。
 つまり。綺羅星サヨが未だに一ツ星作家の扱いであり――いつの間にか一年足らずで、舞のコテハンである“初音マイ”は三ツ星作家にまで昇格していたという事実だ。
 一ツ星、二ツ星、などの評価は一定のものではない。スターライツの熱心なファン達とクリエーター達が、それぞれ相談し投票しあって勝手に決めている称号だと言っていい。スターライツの表で語られることもそうそうない(一部のマナー違反のファンは表でも口に出すが、公式の称号ではない以上本来は掲示板だけで扱われるのが暗黙の了解というものである)。
 ゆえに、その評価は不動のものではなく、一週間ごとの投票でどんどん変わっていくものではある。登録したての新人は、必ず一ツ星から評価が始まる。というか、そもそも投票に名前が挙がらない限り評価が上乗せされていくこともない。投票者である裏掲示板の住人達に認知された上で、評価された者だけが最終的に最高位である五ツ星まで上り詰めることができるのである。
 全く気にしない者は気にしないが、気にする者は気にするというその評価。舞は後者だったが、その存在を知ってしまってからは別の意味で心配になってしまい、掲示板をしょっちゅう見るようになってしまったという現状があったのだ。
 つまり――それを見て、サヨがどれほど傷つくか、ということである。
 綺羅星サヨは、一ツ星作家として名前を挙げられている。そう、一ツ星であるのに名前が挙がるのは非常に珍しいんのだ。それが、良い意味であろうはずがなかった。彼女はその偏った素行と、なかなか改善されない小説の基礎力のせいで悪目立ちしてしまう存在であったらしいのである。永遠の一ツ星、六年過ぎているのに二ツ星評価にもなれない素晴らしい無能ぶり――不名誉な叩き方をされてばかりのサヨのことが、舞は心配でならなくなってしまったのだ。これをもしサヨが見てしまったら、どれほどそのプライドを傷つけられてしまうことだろうか、と。
 同時に。恐ろしいことには――いつの間にか、舞の方はというと、三ツ星まで評価が上がってしまっていたということである。
 普通の作家であるのなら、上達とともに名前もそれなりに知られて、数年で三ツ星まで昇るのはそうそう珍しいことではないのだそうだ。一年でここまで来るのは少し稀であるらしいものの、一年で一気に五ツ星まで昇ったマルイタカヤあたりと比べれば全然一般人レベルと言っても過言ではあるまい。
 だが、舞にとってはそんな評価はむしろ、嬉しくないどころか恐怖であったのである。
 自分の作品を読んでくれる人がいるのは純粋に嬉しい。でも――友人と自分でこれ以上印象で差をつけられてしまうことが、正直恐ろしくてならなかったのである。そこまでの実力差が、彼女と自分の間にあるとは思っていない。そして、これを知ったサヨに嫌われてしまうことが、舞は怖くてたまらなかったのである。引っ込み思案で、ただ自分の作品をのんびりアップできればよかっただけの舞は、なかなかスターライツでも作家仲間ができずにいたのだ。ファンです!と言ってくれる人もいる。褒めてくれる人もいないわけではない。でも、そんな者たちと気軽に絡むには少々舞は奥手すぎたのだ。
 話しかけることができたのはいつもサヨだけだった。彼女はいつだって、舞が彼女の創作について水を向けると、嬉しそうに解説をしてくれたのである。楽しそうに作品を語るサヨを見るのは、舞にとっても嬉しいことだった。聞き役でも何でも良かったのだ、彼女と友達でいられるというのなら。
 それなのに。――それなのに。

――知られちゃった。……なんで。なんでサヨさん……。

 サヨがその掲示板を見て、舞と自分の評価の差を知ってしまったことを舞は理解した。サヨの態度が、露骨なまでに冷たくなったからだ。

――どうすればいいの。サヨさんが傷つくのは当然だ、私なんかよりも下に置かれるなんて、そんなの屈辱に決まってるもん。でも、どうやって仲直りすればいいの。どうすればいいの、ねえ。

 そんなもの気にしなくていい、サヨさんの作品の方がずっとすごいよ――とでも言えばいいのだろうか。でも、そんな事を言っても彼女の機嫌をますます悪くするだけであるような気がする。白々しい、本当は見下しているくせに――サヨにそう言われてしまったら、立ち直れる自信がなかった。
 だが、ごめんなさい、というのも何かがおかしいのはわかる。今回の場合は、何も舞が望んで“初音マイを三ツ星にしてほしい”なんて彼らに頼んだわけでもないのだから。そして、誰かに依頼されたところで、彼らがそうそう己の中の他人の評価を変える集団でないことは今までの相談の様子からもわかっていることである。
 もしかしたら、初音マイの心象を下げることなら可能かもしれない。でも、舞の本当の望みは自分がどうかではなく、サヨの努力がきちんと評価されて報われてくれることである。できれば自分を下げる形ではなく、彼女が上がる形で状況が変わって欲しかった。――だが、どうすればその望みが叶うのか、そのビジョンは全く見えていない現状である。

――嫌われたくない。嫌われたくないよ、だって友達なんだから……。

 びくびくしすぎだ、最近おかしいけどどうしたの?と乃香には言われたが本当のことなど話せる筈もなかった。乃香に言えば、今度こそサヨと縁を切れと言われてしまうに決まっている。彼女のことは信頼していたし心配してくれているのもわかっているが、だから友達を選り好みするようなことはしたくないのが舞だった。
 心身ともに疲れきり、どうにか仕事を終えた夜。駅で電車を待ちながらスマートフォンを見て――舞は、メールが来ていることを知ったのである。
 乃香だった。彼女は文面だけ見ても興奮しているのがわかる様子で、一言。



『舞おめでとう!!!
 すごいよ大賞だよ、舞の作品が本になるかもだよ!あたしもすっごいうれしい、絶対買うからね舞!!!』



 本来なら、乃香の言う通り――喜ぶべきことであるはずだった。
 慌てて見に行った結果発表で知った事実。自分の作品が、まさかの五ツ星勢を抑えて大賞を取ったという現実。
 本になる――それは舞とて、全く見ていなかった夢ではなかった。本という媒体で、新たに自分の世界が形になる。それは当然、震えるほどの喜びであるに違いなかったから。
 しかし、ぶわっと興奮と歓喜が全身を駆け巡った直後――サヨのことを思い出してしまい、舞は血の気が引いたのである。
 あのコンテストには、サヨも応募していたことを知っている。舞は慌ててコンテストの受賞欄を見た。大賞、準大賞、入賞、佳作、優秀作品――全て含めれば、百作品ほどが名前を連ねるはずである。しかし。

――ない、ない、ない!ないないないない!!

 何処にもなかった。
 綺羅星サヨの名前が、何処にも。

――なんで……あんなに、あんなにサヨさんは頑張ってたのに……!

 確かに、サヨの文体は独特であるし、正直読みにくいと感じる者もいるだろう。でも、彼女の強いこだわりと熱意が伝わる読者はきっといたはずである。『ミヤコヒメ・セレナーデ』の主人公ミヤコミヒメは――サヨの理想であり、サヨそのものであると舞は気づいていた。イジメられっ子たちに対して本当は怨みを感じながらも、それでも聖女である役目に準じて自ら命を捨てて星を救おうとするミヤコヒメ。彼女を止めようと、一生懸命言葉を投げ、手段を探す王と王子、庶民たち。
 どれほど拙くても、読みづらさはあっても、その物語から伝わるものはサヨの一途な創作への願いだった。彼女がこのコンテストにどれだけ賭けていたか、話を聞いてきた舞は誰より知っていたのである。裏話を知っていたからこそ余計に感情移入したことは否めないが、だからってこんな――彼女があれだけ足掻いた作品が、優秀作にも引っかからないだなんて。

――それで、私が大賞なんて、そんな。そんなの知られたら……!

 恐怖で真っ白になる頭で、それでも見ないわけにはいかなかった。
 Twitterに、ログイン。そして、自分のホーム画面を見て、そして。



『今、あんたは私を見て勝ち誇ったように笑ってるんでしょうね。満足?今までずっと影で馬鹿にしてた私を出し抜いて。私は選外であんたは大賞で』



『そんなに評価されたかったの。どうせズルでもしたくせに。そうじゃなきゃあんなクソな作品が選ばれるわけない』



『悪いけど読んでないから。概要だけ見てブラウザバック、読む気なくなった。そんくらいの、その程度の作品でよく応募したもんだわって思ってたけど、親切な私は言わないでいてあげたのよ。優しいから』



『私の作品の方がずっと面白かった。ミヤコヒメが泣いてる。命かけて世界を守ったのにこの結果だなんて泣いてるわ、あんたのせいよ、全部全部全部!あんたとあのクソみたいな作品のせい!!何したの?運営にお金でも送ったの?それとも枕営業でもしたわけ?あんたみたいない淫売ならやりかねないわよね、どうせデブスなくせにもの好きもいたもんだわ!!』



『あんたみたいな人の夢を邪魔して笑ってるクソみたいな人間はさっさと消えた方が世のため人のためよ。さっさと住所教えなさいよそしたらすぐに腕引き抜いてやるのにミンチにしてやるのにああクソクソクソだわ』



『とっととしね』



『あんたなんか、嫌い。大嫌いよ、初音マイ!
 二度と私に関わるなブタ女!!』



 長々と、何度も何度も何度も送りつけられた罵倒。
 そして、返信することも許されないように――ブロックされた、痕跡。
 舞は駅で、呆然と立ち尽くすしかなかったのである。

――何が、いけなかったんだろう。何が、駄目だったのかな。

 答えは見えない。どこにも、見える気配はない。
 そして舞にとって本当に最悪な事件は――まだ始まってもいなかったのである。
 それを知ることになるのは、おおよそ一週間すぎた日のことであった――。
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