レーゾン・デートルの炎上

はじめアキラ

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<第七話>

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 出版業界は不興、だと言うが。その反面小説家を志し、夢を見る者は老若男女問わずあとを絶たないものである。そこに見る“夢”の種類は人それぞれだろう。己の描いている世界を誰かにただ伝えたい者。あるいはその世界の価値を他人に認めて貰いたい者。実は世界を認めて貰いたいのではなく、己自身の名誉を求めているという者まで様々だ。
 あるいは、誰かに対して対抗心を燃やした結果、それが“小説家を志す”という方向に向かった者もいるのかもしれない。
 しかし、桜はこれでいて長年生きている“人あらざる者”の一人である。作家を目指し、そして夢半ば破れていく者など何人も見てきているのだ。何故ならば、書きたい者の数と読みたい者の数はイコールではない。己の作品を書き記す者も、他人の作品を読むかといえばそうとは限らない。読み専という言葉があるように、書き専という言葉もまた存在するのだ。そして、一つのコンテストを見るだけでも、小さな門戸に殺到する作家志望の者がどれほど多いことであるか。一人二人しか受賞しないような公募に、千人、いや万人が殺到することさえざらに存在するのである。その中で、才能を認められ、書籍化という形で羽ばたいていける人間などほんのわずかでしかないのだ。
 もっと言えば。書籍化したところで、それはけして終わりではない。せっかく印刷物として形になっても、売れなければその作家に次は来ないのである。今でも時折目にするものだ。本が売れなくてこのままでは続編が書けない、お願いだから買ってくれ――と悲鳴を上げる作家達の悲しい声は。

――そう、小説家というのは甘いどころか……ある意味では最も過酷かもしれない世界……。

 桜は苦い気持ちで、資料を捲る。正直なところ、先を読むのはかなりの苦行だった。WEB作家である綺羅星サヨ作、『ミヤコヒメ・セレナーデ』。それはミヤコヒメ、という聖女の生まれ変わりである少女の戦いと恋の物語であるのだが――。



 ***



「ミヤコヒメ様、いけません!」

 ルーイ王子は言った。そうだそうだ、と他の王子たちも口々に言った。

「いくら、地球を救うためだといっても!ミヤコヒメだけが命を賭けなければいけない理由などとこにもないではありませんか!この世界には、ミヤコヒメよりもずっと価値のない命がたくさんおります。ミヤコヒメの美しさを才能を妬み、普通の人間として生まれ落ちたのをいいことにいじめぬいたあの連中など、最も相応しいではありませんか!」

「そうとも、そいつらの命を代わりに差し出せばいいではないか」

「そうだそうだ!」

「ミヤコヒメは何も悪くない!死ななきゃいけない理由なんてなにもない!」

「ミヤコヒメ様、待ってください。ミヤコヒメ様がいなくなったら私は、私たちはどうしたら…」

「ミヤコヒメ様あ」

「ミヤコヒメ様が死ぬなら私も死ぬぞ!なあ妻よ、お前もそうだろう」

「そうですとも!ミヤコヒメ様がいなくなってしまわれる世界に、生きている意味などありませんわ!」

「お待ちくださいみなさま。その言葉はとても嬉しいです」

ミヤコヒメはそう言って笑った。

ミヤコヒメが笑うと、その世界で一番の美しさに誰もがため息をついた。

十人いれば十人が恋に落ちる、世界で一番美しい聖女に、誰もが見惚れてしまっていた。

こんな時であってもミヤコヒメは美しかった。むしろ、こんな時だからこそ、美しく笑うミヤコヒメにみんなが感動して涙を流した。

世界で誰よりも優しいミヤコヒメに、世界を救うために死んで欲しくないと誰もが思っていた。

王様も、お妃様も、ルーイも、他の王子様も、国中のみんながそう思っていた。

「私は、確かにとても苦しい思いをしました。どうして私がいじめられなければならないのだろうとなんども思ったものです。でも、これは私の運命なのです。私は聖女です。聖女は、世界の核が壊れてしまった時に、必ず命を使って世界を救わなければいけないのです。そして、私は、いくら私をいじめた人であっても、他の人の命をそこに使うということはできません。聖女はそんなことはしないのです。私は、私の命を使います。皆さん、そんなに悲しまないでください。私はとてもうれしいです。でも、私はそうしなければいけないのです」

と、ミヤコヒメは言った。

誰よりも誰よりも優しいミヤコヒメ。そんなミヤコヒメの、とっても素晴らしい優しさに、みんなが感激して、そんなミヤコヒメに生きて欲しいと願った。

そしてひそかに、ミヤコヒメを止める方法を考えていた。

「ミヤコヒメ、私の話を聞いてください!」

 ルーイが言った。

「そうだ、ルーイの話を聞いてくれ!」

 王様が言った。

「ルーイの気持ちを知って欲しいのだ!ルーイは、ミヤコヒメを心の底から愛している!その気持ちは、どうなってしまうのだろうか!」



 ***



「せ、設定と発想は……悪くない、と思うのですけど」

 桜はひきつり笑いを浮かべる。ある異世界に存在する、世界にたった一人だけの聖女。彼女は世界の危機が訪れる時前世の記憶を思い出し、人々の心に潜む悪を討ち滅ぼし、慈愛の心で人々を許して命と引き換えに全てを救う。そんな聖女の役目を背負ったミヤコヒメと、そのミヤコヒメを心の底から愛する王子達との切ない恋物語――というのが、この話の概要であるらしい。
 話そのものは極めて王道な類だろう。世界の危機の瞬間、地球の少女が前世の記憶を思い出して戦いに赴く――というのも、そこまで斬新ではないが奇抜でもない、それなりにまとまった設定であるように思われる。問題は。

――こ、これでコンテストに応募、ですか……。

 まず悲しいかな――六年書いててコレか、と思うくらいには、文章が酷い。セリフの前にキャラの名前を書いてしまう“台本形式”は脱却しているようだが、とにかくキャラのセリフを表現する言葉がオール“言った”で統一されている。むしろそれは意図的なのか、と思ってしまうほどだ。しかも、とにかく過去形ばかりが多様されている。小説というのは、テンポよく読む場合特定のケースを除いて(特定のケース、というのはその一部文章を強調したい場合、などである)語尾は統一しない方がいいのである。
 あった、で前の文が終わった場合。次は“った”以外で終わることが推奨される。何故なら人間は、現在系と過去形を実質繰り返しながら時を刻んでいるからだ。そして、同じ語尾が続くとそれだけでダレ感を出してしまうのである。同時に同じ理由で、同一単語を過剰に繰り返す行為もまた推奨されていない。
 聖女、というのがキーワードならばそれはある程度仕方ないとして。美しさ、美しい、をここまで繰り返す意味が全くわからない。しかも、ひたすら“世界で一番美しい”意味合いが連続するのに、それが“どのように美しいのか”という具体的な表現が全く出てこないのである。結果、読者にはせいぜい、忘れた頃に出てくる“ミヤコヒメの髪はライトグリーン”というくらいの情報しか頭の中に浮かばない。目の色も、体格も、髪型さえも曖昧である。それら全てひっくるめて“誰が見ても美しい姿を想像しろ”と読者に押し付けるのは、少々無理があるというものである。
 もっと言えば、ミヤコヒメの恋の相手である王子達の描写のおざなりぶり。ミヤコヒメのセリフの棒読み感。――一番まずいのは、“最強で最高で最も美しい選ばれた優しい姫君”がもうすぐ死ぬという場面であるというのに、全く登場人物に感情移入できないので悲しくも感動もちっとも沸かないということである。
 とにかく、ミヤコヒメ、というキャラクターがうすっぺらいのだ。典型的なメアリー・スーだというそれだけのことではない。まるで“ミヤコヒメ”という名前がついただけのハリボテを見ているよう。このキャラクターが、作者の理想的なヒロインであろうということは想像がつくのだが、そのキャラクターの心情が矛盾だらけな上にうすっぺらく、まるで共感できなければ魅力を感じることもできないのである。
 なんとかここまでの展開一万文字を読みきったが――そもそも、ミヤコヒメが地球に転生して心無い悪女達にいじめられ、地球に危機が訪れて覚醒し、戦って最後に命を落とそうとしている――までの一連の流れが、なんで一万文字で収まるのかがかなりの謎だ。いっそ、短編として極端なショートカットを入れるのならわかるが、明らかに意図した短縮が発生しているわけでもない。多すぎるセリフで強引に状況描写と心理描写を兼ねている、と作者が思っているのがあまりにも痛々しいというものである。

――しかも、この“感動的なラストシーン”がここから一万文字続くって……明らかに構成ミスでしょう……。

 姫子はしっかり全文印刷してくれたようだが、さすがにこれ以上は桜も限界だった。というか、今回の件に無関係であるのならば、多分最初の数行で読むのをやめてしまっているレベルだろう。

「綺羅星サヨは、スターライツに登録して六年作品を書き続けたわ。……六年書いてそれ、って思ったでしょ?普通の人間ならば、書いていればそれなりに上達するものよ。でも、綺羅星サヨはそうじゃなかった。……根本的な原因があるの。彼女は、人のアドバイスや忠告に一切聴く耳持たないのよ」

 これ、と姫子は呆れながらもう一枚の資料を指し示す。

「彼女は自分の小説に対しては、文字通り褒め言葉と賞賛以外一切求めないわ。だからどんなに丁寧な言葉であっても、それがアドバイスや短所の指摘であると途端に怒ってブロックするの。スターライツのそういうコメントは必ず削除されるし、投稿した人間は必ず彼女にブロックされて通報される。さすがに彼女一人の通報でアカウント停止にまで至ったユーザーはいないみたいだけど、逆に彼女自身が“不正通報のしすぎ”ってスターライツ運営に注意を受けていたみたいね。ツニッターの方にはその呟き、残っていたわ」
「……ああ、なるほど、そういう」

 資料というのは、綺羅星サヨのツニッター上の他ユーザーとの会話記録だった。彼女は自分にアドバイス的なことを言う人間を全て“荒らし”と決めうってシャットアウトしている。あの文法はそうした方がいい、とか。もう少しキャラクターの魅力を丁寧に描いたほうがいい、とか。そんな基礎的で善意的な助言さえ全てはねつける始末だ。

『私の作品の素晴らしさがわからないのにどうして読みにくるんですか。荒らしですか。
 続きが読めないのはあなたの心が貧しいからなのに、それを私の作品のせいにしないでください。不愉快です。荒らしは全てブロックさせていただきます。私の作品の素晴らしさがわかったらまた来てください。そして謝罪してください。それでは。』

 ギリギリのところで丁寧語の体裁は保っているが、そこに満ちているのは“己の作品は誰よりも素晴らしいはず、評価されるのが当然、難点なんてあるはずもない”という傲慢である。
 自信過剰。他人の助言を聞かない狭い心と高すぎるプライド。それが、六年過ぎても一つ星作家から脱出できず、どこにも入選できないという状況を作り出していたのだろう。

「綺羅星サヨのその文章を見れば分かる通り。……そのままの力では、大賞なんてまず有り得ないの。文章力が多少残念でも話が魅力的なら入選した例も過去にはあるけど、彼女の場合は話もキャラもへったくれもないからまず有り得ない。今回大賞を取った『神に愛された娘・ネール』は、この『ミヤコヒメ・セレナーデ』とさほど間を置かず書かれた作品。裏サイトでの前評判も酷いものだったわ。なんといっても、文章力も内容も残念な上に、ミヤコヒメとほとんどそっくりな設定でキャラクターなんだもの。引き出しがなさすぎる」
「きっぱり言いますねえ……確かに、今の作品の状況を見る限りでは、その……とてもじゃないですけど、入選できるレベルであるとは思えないです。それなのに」
「そう。何千人もの作者の作品を押しのけて、大賞という頂点に立った。……本人も努力はしていたんでしょう。でも、その努力の方向性が間違っていれば……そして自分の弱さを見つめる勇気がなければ。それは、正しい“対価”にはなりえない。そうよね?」

 そうでしょうね、と桜は苦い顔で頷く。
 しかも、綺羅星サヨの不自然なところはそれだけではない、と資料には書かれている。
 彼女と親交があり、そして前のコンテストで入賞して書籍化を約束された作家、初音マイ。その彼女に、突然不正疑惑が持ち上がったというのだ。
 桜は唇を噛み締める。

――気持ちが、全く分からないとは言いません。でも。……綺羅星サヨ。いえ……宇田川小百合。

 許すわけにはいかない――このようなこと、けして。
 人の努力は、成果は、栄光は。そのようなものではけして、あってはならないのだから。
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