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<第六話>
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一週間後、自室にて。小百合が待ち望んだ瞬間は――同時に訪れた。今、小百合はパソコンの前に座り、一人荒く息を吐いている。
結果を疑っていたわけではないとはいえ、それでも結果発表のページをクリックするのはドキドキしてしまうものである。何度も何度も、今度こそは一番上に名前が載っているはずだとそう信じて疑わなかったから尚更だ。
今度こそ人生で一番の傑作を書いたはず。
今度こそ誰よりも魅力的なヒロインを描いたはず。
今度こそ他のどんな作者よりも、素晴らしいと絶賛される作品を描いたはず。
今度こそ、今度こそ、今度こそ――そう思うのに、思った分だけいつでも小百合は裏切られてきたのである。プロだと言いながら目の曇った運営のせいで。頭の悪い人間でも読めるような、低俗な流行にばかり飛び付く馬鹿な読者どものせいで。
――でも、今回は違うわ。
思わず一呼吸して、心を落ち着ける。願ったことの“片方”が成就したことは既に知っていた。今頃小百合を心の中で馬鹿にしていたであろうあの女――初音マイはきっと、一人狭い部屋で泣き叫んでいるに違いないのである。あるいは、絶望して声も出ずに座り込んでいるだろうか。想像するだけで興奮が止まらない。下半身が疼く程の激情に、自然と小百合の唇はつり上がっていく。
魔女の力は、本物だ。
だからこのコンテストで、小百合の願いは必ず成就されるはずなのである。
――魔女の力なんてなくても、私の作品は最高傑作だったわ。文句のつけようのない、誰より凄い純文学。それが魔女の力で、見る目の無かった腐った連中の目を覚まさせることに成功する、それだけのことなのよ……!
さあ、いつまでもドキドキしていないで、名誉と栄冠の箱を開けようではないか。
小百合は震える指で、“ラクザン文庫恋愛大賞、コンテスト結果発表”の文字をクリックする。
「うふふ……」
有るべきところに、在るべきものが収まった。
勝つべきものが正しく勝ち、そして這いつくばるべき悪は正しく断罪された。
ただそれだけなのに――なんと、最高の気分だろう。
「うふふ、あはははははははっ!ははははっ!」
小百合は哄笑した。
“大賞
『神に愛された娘・ネール』:綺羅星サヨ”
綺羅星サヨ。それが、小百合のハンドルネーム。
大賞はサヨ一人。準大賞以下に、サヨの大嫌いな入賞常連の作家達は一人も含まれていない。
選評に綴られている運営の手放しの絶賛、絶賛、絶賛――!
――やっと!訪れるべき世界が!正しい私の時代が来たんだわっ!!
別のブラウザには、ネットニュースが表示されている。
“新進気鋭の若手作家初音マイ、大賞受賞に不正の疑いあり――受賞取り消し決定か”。
それは、小百合の願ったことが正しく二つ叶ったことを意味している。
小百合はアルルネシアに望んだのだ。
『私の作品が書籍化されるようにして!
そしてあのクズでクソな初音マイがみんなに叩かれて蔑まれて、作家の表舞台から消えるように仕向けて!!』
己の作品が評価されるだけでは気がすまなかった。
自分よりも評判がよく、賞を取り、ちやほやされ、間違いなく小百合を鼻で笑っていたはずのあの女を“断罪”すること。いいではないか、世間の大好きな虐めキャラの断罪モノを現実で見せてやろうというだけなのだから。
小百合は気づかなかった。
それこそが小百合の最大の闇であり――魔女に選ばれた理由であったということに。
***
「はっきり言っていい?これ、私でなくてもできた仕事じゃないの?」
桜の自宅の和室にて。やや不機嫌そうな顔で、少女は言った。セミロングのグレーの髪、やや長身だがまだどこかあどけない顔をした彼女。キリッとした美人だが、ややきつい口調が目立つ彼女は、若干十四歳にして最強の忍の末裔である。
名前は、白鷺姫子。
アヤカシからハングレ集団まで、法の通りでは裁けぬ悪を打ち倒し、影でこの国を守るという――桜の仕事の、ここ最近の相棒でもある。まだ共にこなした仕事の数は少ない上、姫子はまだ幼かったが――その実力は折り紙つきと言って良かった。隠密機動と調査能力においては随一と言っても過言ではない。それは彼女自身の実力もあるし、彼女の家の力が大きいというのもある。江戸時代から続く、あの服部半蔵とも並び称された偉大な忍びの一族。それが姫子の家なのである。
裏の国防とも言うべき桜の仕事を共に扱うのに、これ以上最適なパートナーはいない。そして桜がそんな姫子に仕事を依頼するからには、当然それ相応に重要な案件であるということでもある。
聖也の実質的な“依頼”を受けたその日のうちに、桜は姫子の家に依頼に訪れていた。それから今日で、おおよそ十日になる。十日で姫子は今此処にいて、結果を持ってきたと豪語しているのだ。
目の前には書類の束。そこには彼女が見つけてきた“歪み”の心当たりと関係者についてびっしりと書かれているようだ。一枚手に取り、桜は苦笑するしかない。
「……あの。こんなの出来る人、姫子さん以外に知りませんよ私」
確かに、ただの調査なら誰にでも出来るだろう。
だが、この短期間で、これだけの量を調べあげられるのは容易ではない。なんといっても自分達は“日本全国の何処に魔導書が落ちたのか”も“誰が今持っているのか”も“どういう願いが願われるのか”もまるで心当たりのない状況でのスタートだったのだから。
「そんなに驚くようなことかしら」
しかし、姫子は本当に大したことなどしていないと思っているらしい。
「聖也とやらから、あんたが詳しく聞いた魔導書の特徴。落下したとされるのは、あんたのところに聖也が突撃してきた当日。そして、聖也いわく、願ってから一週間程度で叶うことが多い、ってことだったわよね」
「まあ、そんなことも言ってましたけど」
「つまり、本が落ちた当日に願いを言えば、一週間でその効果が出てくるってこと。……その魔導書の主……アルルネシアとやらだっけ?そいつの性格から考えれば、野望やら憎しみやら、そういう黒い感情が今にも爆発しそうになっていて、後先考えなさそうな人間のところに落とすだろうってことは予想できるわよね。人の幸せを願うような純粋でお綺麗な人間なんかに絶対渡さないでしょうよ。でもって、すぐに結果を見たがるなら、魔法でも何でもつかって拾った人間をせっつく。そして拾うのは、自力で叶えることが難しい願いを楽してすぐに叶えたいってタイプの人間。その日のうちに願い事を言うのは簡単に想像できる」
なら、あとは網を張るだけよ、と姫子。
「犯罪の発生率が高く、かつ人口が密集していていろんな悪意を持つ人間がいるであろう場所に魔導書が落とされる可能性が高い。最初の段階で、殆ど大阪か東京の近辺で絞ってたわ。聖也と因縁のある相手だから、海外に落とす可能性もほぼほぼ除外して良さそうだったし。……そして自分の名誉と、自分の嫌いな人間の凋落を同時に願うような人間をアルルネシアは好むと見て、その方面のニュースを片っ端から漁ったの。一週間後……今から三日前ね。その日に限定すればそう難しくはなかったわ。自己顕示欲の強い人間なら、小さなニュースになるだけの事で満足するはずがない。今は選挙の時期でもないからそっち方面は除外して……誰かが汚職で捕まって誰かが代わりに大臣になるとか、誰かが大会で優勝して誰かが代わりに不正で落選するとか。まあそういう内容をピックアップしてみたのよ」
簡単に言ってくれるが。こんな少ない情報で、そこまで絞り込む直感力は凄まじい。加えて、その直感と推理だけで、彼女は最終的に――ほぼほぼ一人の人間までアタリをつけてきているのである。
人の不自然な“歪み”を見つけるのはまるで難しいことではない、と言いたげに。
「三日前に、結果が発表される大会やコンテスト、そういうものに注目して集めてみたら。面白いことが分かったのよね。……スターライツって、SNS知ってる?小説の投稿サイトで、WEBコンテストをたくさんやっているところみたいなんだけど」
なんとなく、聞いたことのある名前だ。“作家になろうみたいなところですかね?”と尋ねれば、“まあ大体間違ってないわね”と姫子は返してくる。
「そのコンテストの種類によっては、受賞するイコール書籍化が約束されていたりするわけよ。出版社と提携して、新人発掘を行っているから、みたいなんだけど」
「確かに、最近の若い子に門戸を開くには、紙の原稿なんてものはもう縁遠いのかもしれませんね。公募でも、データ入稿可というのが増えたと聞いたことがあります」
「みたいね。ついこの間も、スターライツで一人の作家がコンテストで受賞しているの。ラクザン文庫恋愛大賞”ってやつね。ラクザン文庫と言えば、恋愛小説のレーベルとして相当古いところだわ。そこで八万文字から十三万文字の恋愛小説を募集していて、先日その結果が発表されたんだけど。……受賞者のラインナップがまず、いつにもまして妙だったみたいでね、ツニッターなんかでも話題になってたの」
「妙だった?」
「簡単に言うと、入賞常連の作家が軒並み落選していたらしいのよ。スターライツって割と実力者が決まっていて、裏掲示板では星をつけて格付けされていたりするみたいなんだけど……そのトップクラスの五ツ星や四ツ星とされる作家が一人も入賞しなかった。女帝・星野愛良も、新帝・マルイタカヤも、聖帝・蒼色35号もね」
ハンドルネームらしい、名前なのか名前ではないのかよくわからないものが並ぶが、まあそれはともかく。
姫子いわく、今回のコンテストは実力者達がそれぞれの得意分野を掲げて(恋愛小説という募集ではあったが、恋愛要素さえ入っていればファンタジーでもミステリーでもなんでもござれという具合だったらしい)挑み、非常に応募数が多かったらしいのだが。受賞者は、まるでそのあたりの実力者が軒並み選外にでもなったかのような有様だったという。
殆どが、無名の新人ばかり。おかげでそれぞれ“推し作家”を持っていたファン達が、ツニッターやら大型掲示板で大荒れに荒れているというのだ。特に、聖帝・蒼色35号は応募したら必ず受賞してくると評判の、いわばスターライツのキング的存在である。その聖帝が、まさか佳作にも掠らず完全に選外など前代未聞と言わざるをえない。実際、彼の作品は素晴らしい出来で、大賞受賞間違いなしと言われたほどであったのだから尚更である。
これは何かの間違いだ、不正でもあったのではないか――運営を叩く声で、一気に盛り上がってしまっているのだという。
「その大賞を受賞した作者という人も、新人だったのですか?」
桜が尋ねると、姫子は首を振った。
「新人、ではないわね。登録して六年過ぎてるから。でも、六年過ぎているのにいつまでも一ツ星作家のままだったから、ある意味有名人ではあったみたいよ」
「有名人?」
「……大量にコンテストに参加して、全部落選してきているってこと。でもって、ギリギリ落ちても仕方ない、ってレベルでもなかったみたい。とりあえず、一個前のコンテストの落選作もコピーして持ってきてみたわ。とりあえず読んでみて貰える?大体、私が言いたいことわかってもらえると思うから」
姫子の顔は、完全に呆れ果てたというか――なんともいえぬ、微妙な色に染まっている。何でもモノをはっきり言う質の彼女がよもやこんな反応をしようとは。
桜は困惑しつつ、資料の中からその原稿部分を抜き取り、目を通すことにした。
その綺羅星サヨという作者が書いた、『ミヤコヒメ・セレナーデ』という小説を。
結果を疑っていたわけではないとはいえ、それでも結果発表のページをクリックするのはドキドキしてしまうものである。何度も何度も、今度こそは一番上に名前が載っているはずだとそう信じて疑わなかったから尚更だ。
今度こそ人生で一番の傑作を書いたはず。
今度こそ誰よりも魅力的なヒロインを描いたはず。
今度こそ他のどんな作者よりも、素晴らしいと絶賛される作品を描いたはず。
今度こそ、今度こそ、今度こそ――そう思うのに、思った分だけいつでも小百合は裏切られてきたのである。プロだと言いながら目の曇った運営のせいで。頭の悪い人間でも読めるような、低俗な流行にばかり飛び付く馬鹿な読者どものせいで。
――でも、今回は違うわ。
思わず一呼吸して、心を落ち着ける。願ったことの“片方”が成就したことは既に知っていた。今頃小百合を心の中で馬鹿にしていたであろうあの女――初音マイはきっと、一人狭い部屋で泣き叫んでいるに違いないのである。あるいは、絶望して声も出ずに座り込んでいるだろうか。想像するだけで興奮が止まらない。下半身が疼く程の激情に、自然と小百合の唇はつり上がっていく。
魔女の力は、本物だ。
だからこのコンテストで、小百合の願いは必ず成就されるはずなのである。
――魔女の力なんてなくても、私の作品は最高傑作だったわ。文句のつけようのない、誰より凄い純文学。それが魔女の力で、見る目の無かった腐った連中の目を覚まさせることに成功する、それだけのことなのよ……!
さあ、いつまでもドキドキしていないで、名誉と栄冠の箱を開けようではないか。
小百合は震える指で、“ラクザン文庫恋愛大賞、コンテスト結果発表”の文字をクリックする。
「うふふ……」
有るべきところに、在るべきものが収まった。
勝つべきものが正しく勝ち、そして這いつくばるべき悪は正しく断罪された。
ただそれだけなのに――なんと、最高の気分だろう。
「うふふ、あはははははははっ!ははははっ!」
小百合は哄笑した。
“大賞
『神に愛された娘・ネール』:綺羅星サヨ”
綺羅星サヨ。それが、小百合のハンドルネーム。
大賞はサヨ一人。準大賞以下に、サヨの大嫌いな入賞常連の作家達は一人も含まれていない。
選評に綴られている運営の手放しの絶賛、絶賛、絶賛――!
――やっと!訪れるべき世界が!正しい私の時代が来たんだわっ!!
別のブラウザには、ネットニュースが表示されている。
“新進気鋭の若手作家初音マイ、大賞受賞に不正の疑いあり――受賞取り消し決定か”。
それは、小百合の願ったことが正しく二つ叶ったことを意味している。
小百合はアルルネシアに望んだのだ。
『私の作品が書籍化されるようにして!
そしてあのクズでクソな初音マイがみんなに叩かれて蔑まれて、作家の表舞台から消えるように仕向けて!!』
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自分よりも評判がよく、賞を取り、ちやほやされ、間違いなく小百合を鼻で笑っていたはずのあの女を“断罪”すること。いいではないか、世間の大好きな虐めキャラの断罪モノを現実で見せてやろうというだけなのだから。
小百合は気づかなかった。
それこそが小百合の最大の闇であり――魔女に選ばれた理由であったということに。
***
「はっきり言っていい?これ、私でなくてもできた仕事じゃないの?」
桜の自宅の和室にて。やや不機嫌そうな顔で、少女は言った。セミロングのグレーの髪、やや長身だがまだどこかあどけない顔をした彼女。キリッとした美人だが、ややきつい口調が目立つ彼女は、若干十四歳にして最強の忍の末裔である。
名前は、白鷺姫子。
アヤカシからハングレ集団まで、法の通りでは裁けぬ悪を打ち倒し、影でこの国を守るという――桜の仕事の、ここ最近の相棒でもある。まだ共にこなした仕事の数は少ない上、姫子はまだ幼かったが――その実力は折り紙つきと言って良かった。隠密機動と調査能力においては随一と言っても過言ではない。それは彼女自身の実力もあるし、彼女の家の力が大きいというのもある。江戸時代から続く、あの服部半蔵とも並び称された偉大な忍びの一族。それが姫子の家なのである。
裏の国防とも言うべき桜の仕事を共に扱うのに、これ以上最適なパートナーはいない。そして桜がそんな姫子に仕事を依頼するからには、当然それ相応に重要な案件であるということでもある。
聖也の実質的な“依頼”を受けたその日のうちに、桜は姫子の家に依頼に訪れていた。それから今日で、おおよそ十日になる。十日で姫子は今此処にいて、結果を持ってきたと豪語しているのだ。
目の前には書類の束。そこには彼女が見つけてきた“歪み”の心当たりと関係者についてびっしりと書かれているようだ。一枚手に取り、桜は苦笑するしかない。
「……あの。こんなの出来る人、姫子さん以外に知りませんよ私」
確かに、ただの調査なら誰にでも出来るだろう。
だが、この短期間で、これだけの量を調べあげられるのは容易ではない。なんといっても自分達は“日本全国の何処に魔導書が落ちたのか”も“誰が今持っているのか”も“どういう願いが願われるのか”もまるで心当たりのない状況でのスタートだったのだから。
「そんなに驚くようなことかしら」
しかし、姫子は本当に大したことなどしていないと思っているらしい。
「聖也とやらから、あんたが詳しく聞いた魔導書の特徴。落下したとされるのは、あんたのところに聖也が突撃してきた当日。そして、聖也いわく、願ってから一週間程度で叶うことが多い、ってことだったわよね」
「まあ、そんなことも言ってましたけど」
「つまり、本が落ちた当日に願いを言えば、一週間でその効果が出てくるってこと。……その魔導書の主……アルルネシアとやらだっけ?そいつの性格から考えれば、野望やら憎しみやら、そういう黒い感情が今にも爆発しそうになっていて、後先考えなさそうな人間のところに落とすだろうってことは予想できるわよね。人の幸せを願うような純粋でお綺麗な人間なんかに絶対渡さないでしょうよ。でもって、すぐに結果を見たがるなら、魔法でも何でもつかって拾った人間をせっつく。そして拾うのは、自力で叶えることが難しい願いを楽してすぐに叶えたいってタイプの人間。その日のうちに願い事を言うのは簡単に想像できる」
なら、あとは網を張るだけよ、と姫子。
「犯罪の発生率が高く、かつ人口が密集していていろんな悪意を持つ人間がいるであろう場所に魔導書が落とされる可能性が高い。最初の段階で、殆ど大阪か東京の近辺で絞ってたわ。聖也と因縁のある相手だから、海外に落とす可能性もほぼほぼ除外して良さそうだったし。……そして自分の名誉と、自分の嫌いな人間の凋落を同時に願うような人間をアルルネシアは好むと見て、その方面のニュースを片っ端から漁ったの。一週間後……今から三日前ね。その日に限定すればそう難しくはなかったわ。自己顕示欲の強い人間なら、小さなニュースになるだけの事で満足するはずがない。今は選挙の時期でもないからそっち方面は除外して……誰かが汚職で捕まって誰かが代わりに大臣になるとか、誰かが大会で優勝して誰かが代わりに不正で落選するとか。まあそういう内容をピックアップしてみたのよ」
簡単に言ってくれるが。こんな少ない情報で、そこまで絞り込む直感力は凄まじい。加えて、その直感と推理だけで、彼女は最終的に――ほぼほぼ一人の人間までアタリをつけてきているのである。
人の不自然な“歪み”を見つけるのはまるで難しいことではない、と言いたげに。
「三日前に、結果が発表される大会やコンテスト、そういうものに注目して集めてみたら。面白いことが分かったのよね。……スターライツって、SNS知ってる?小説の投稿サイトで、WEBコンテストをたくさんやっているところみたいなんだけど」
なんとなく、聞いたことのある名前だ。“作家になろうみたいなところですかね?”と尋ねれば、“まあ大体間違ってないわね”と姫子は返してくる。
「そのコンテストの種類によっては、受賞するイコール書籍化が約束されていたりするわけよ。出版社と提携して、新人発掘を行っているから、みたいなんだけど」
「確かに、最近の若い子に門戸を開くには、紙の原稿なんてものはもう縁遠いのかもしれませんね。公募でも、データ入稿可というのが増えたと聞いたことがあります」
「みたいね。ついこの間も、スターライツで一人の作家がコンテストで受賞しているの。ラクザン文庫恋愛大賞”ってやつね。ラクザン文庫と言えば、恋愛小説のレーベルとして相当古いところだわ。そこで八万文字から十三万文字の恋愛小説を募集していて、先日その結果が発表されたんだけど。……受賞者のラインナップがまず、いつにもまして妙だったみたいでね、ツニッターなんかでも話題になってたの」
「妙だった?」
「簡単に言うと、入賞常連の作家が軒並み落選していたらしいのよ。スターライツって割と実力者が決まっていて、裏掲示板では星をつけて格付けされていたりするみたいなんだけど……そのトップクラスの五ツ星や四ツ星とされる作家が一人も入賞しなかった。女帝・星野愛良も、新帝・マルイタカヤも、聖帝・蒼色35号もね」
ハンドルネームらしい、名前なのか名前ではないのかよくわからないものが並ぶが、まあそれはともかく。
姫子いわく、今回のコンテストは実力者達がそれぞれの得意分野を掲げて(恋愛小説という募集ではあったが、恋愛要素さえ入っていればファンタジーでもミステリーでもなんでもござれという具合だったらしい)挑み、非常に応募数が多かったらしいのだが。受賞者は、まるでそのあたりの実力者が軒並み選外にでもなったかのような有様だったという。
殆どが、無名の新人ばかり。おかげでそれぞれ“推し作家”を持っていたファン達が、ツニッターやら大型掲示板で大荒れに荒れているというのだ。特に、聖帝・蒼色35号は応募したら必ず受賞してくると評判の、いわばスターライツのキング的存在である。その聖帝が、まさか佳作にも掠らず完全に選外など前代未聞と言わざるをえない。実際、彼の作品は素晴らしい出来で、大賞受賞間違いなしと言われたほどであったのだから尚更である。
これは何かの間違いだ、不正でもあったのではないか――運営を叩く声で、一気に盛り上がってしまっているのだという。
「その大賞を受賞した作者という人も、新人だったのですか?」
桜が尋ねると、姫子は首を振った。
「新人、ではないわね。登録して六年過ぎてるから。でも、六年過ぎているのにいつまでも一ツ星作家のままだったから、ある意味有名人ではあったみたいよ」
「有名人?」
「……大量にコンテストに参加して、全部落選してきているってこと。でもって、ギリギリ落ちても仕方ない、ってレベルでもなかったみたい。とりあえず、一個前のコンテストの落選作もコピーして持ってきてみたわ。とりあえず読んでみて貰える?大体、私が言いたいことわかってもらえると思うから」
姫子の顔は、完全に呆れ果てたというか――なんともいえぬ、微妙な色に染まっている。何でもモノをはっきり言う質の彼女がよもやこんな反応をしようとは。
桜は困惑しつつ、資料の中からその原稿部分を抜き取り、目を通すことにした。
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