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<31・説得。>
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息苦しい。
その部屋に通された時、花林が最初に思ったのはそれだった。
――なんだろう。何だか、胸が圧迫されてるような、変な感じ。気持ち悪い……。
まるで仏間のような、不思議な和室だった。畳の床、真正面の壁には仏壇のようなものが設置されているが、飾られているのは仏ではない。
真っ黒な肌に、灰色の長い髪を持った猿ようなもの。あの使者にそっくりな人形が、御神体のごとくしめ縄の中で祀られているのである。
そして壁の左奥には、重たそうな鋼鉄の扉があった。かなり古いものなのだろう、あちこちが赤茶色に錆びついている。そこから生臭い臭いが漂ってくるような気がして、花林は顔を顰めた。この部屋の妙な威圧感は人形ではなく、あの扉の奥から漂ってきているような気がしてならない。
「雫兄さん」
そして。
そんな畳の上に一枚座布団を敷いて座る、紫色の着物の老婆。
真っ白になった髪を綺麗に結い上げ、美しいながらもたくさんの皺が刻まれたその顔で――はっきりと彼女は、雫のことを兄さんと呼んだ。
「戻ってくると、そう思っておりました。むしろ予想より、ちょっと遅かったくらいでございますね」
老婆――彼女がアナウンスをした、御堂茅という女性なのだろう。茅の言葉に、雫は苦虫を噛み潰したような表情になる。
「……今回は、どう足掻いても二十人は犠牲になる見込みだった。半分程度儀式が進行しないと、“扉”に手をかけることも叶わないからな。それでも、遅くとも残り二十人を切ったところで此処に来るつもりが……思いがけずに手間取ってしまった」
「そうでしょうね。兄さん、怪我をしていらっしゃいますもの。相当無理をされたようで。大事なお体なのに」
「大事も何も、私はとっくに人間じゃない。本来なら、六十年前に死んでいたはずの人間だ。……それが、特殊な事情であの世から突っ返されたに過ぎない」
そして、と彼は銃を抜いた。
「私は六十年過ぎた今……自分が何故あの儀式に参加し、呪いのような六十年を過ごしたのかを理解した。御堂家の呪縛から逃れ、自由になれるはずだった……莢の孫たちを守るためだったのだと」
意外にも、茅は周囲に護衛らしき者を誰も呼んでいなかった。人払いしていたということらしい。雫が銃を持っていることは、茅も知っていておかしくない。実際使者を倒してきていることもまず耳に入っているはずだった。それなのに、何故。
「なるほど。……そっちの男の子と女の子は、莢ちゃんの息子さんの……そのお子さんね。だから連れてきた、と。莢ちゃんが元気にやっているようで、わたくしも本当に嬉しいわ」
茅は花林と亜林の方を見て言った。
「確かに、その二人も御堂の家の血を継ぐ者であるのは間違いないし……できれば生き残って、祭司としての役目を果たして欲しい。儀式の一部始終を見せるという選択は間違ってませんわね。でも……兄さん、銃なんか抜いてどうする気?わたくしを撃つの?できないでしょう?」
彼女が雫を警戒していない理由の一つは、それだったらしい。自分のことを、雫が撃ち殺すはずがないという自信。
「貴方の性格は、わたくしが誰よりよく存じ上げております。貴方は馬鹿みたいに甘くて、優しい人。子供の目の前で、人を撃ち殺すところなんてできれば見せたくないと思うほどの」
「そうだな。だが、既に儀式で散々酷いものを見せつけたお前が言えたことではないだろう」
「勿論、分かった上で申し上げておりますとも。……それを抜きにしても、貴方はわたくしを殺せないはずよ。だって、わたくしは貴女にとって……最後の肉親ですもの。わたくしはよーくわかってる。貴方が、わたくし以外の御堂の人間を、誰一人家族として信用してないということくらい」
その言葉に、花林は思わず雫を見た。
確かに、彼はこんなことを言っていた。
『この村は、ジャクタ様を恐れるがゆえに人として大事なものを失った者達に支配されている。……ジャクタ様を眠らせるためだからと言って、村人たちから生贄を捧げることになんの不満も罪悪感も抱かなくなってしまった御堂の家が、私は幼い頃から大嫌いだった。だから……妹が、莢がよそに里子に出されると知って少しだけ安堵したんだ。これで、この子は呪われた村を出ることができ、御堂家の束縛から逃れることができると』
彼にとって。
分家筋というだけで、六十年前の儀式から自分達家族を守らなかった御堂の家も。
ジャクタ様を恐れるがゆえに、血濡れた儀式を使って罪もない人々を惨殺することに躊躇いがなくなってしまったその心も。あまりにも耐えがたく、許しがたいものであったのだろう。
きっと、その思想に染まっていない家族だけが、彼にとって寄る辺だったのではないか。そうだ、儀式に逆らって逃げようとしたのなら、きっと両親も御堂の家の方針に疑問を持っていたのだろうから。
しかし六十年前、彼の目の前で両親は残酷な死に方をして、残るは妹だけとなってしまった。
目の前の、外見だけで言うのならば雫の祖母にしか見えないような女性は。彼にとっては最後の、唯一無二の存在であるのは間違いない。
「……そうだ。私にとってはお前が、茅だけが。この村に残った唯一無二の家族だった」
噛み締めるように、雫は言葉を紡ぐ。
「お前が御堂の跡継ぎになると聞いた時、私は少しだけ期待してしまった。お前なら、この呪われた家を変えてくれると。ジャクタ様との新しい付き合い方を、あるいは完全に通路を塞ぐ方法を探して編み出してくれるかもしれないと。そして、かつての御堂の家の行いが過ちだったと、他の親族たちに気づかせてくれるかもしれないと。……あまりにも愚かな真似をしてしまった。幽閉されている身とはいえ、十歳の子供でしかないお前に……あまりにも大きなものを背負わせてしまった」
その結果、と続ける彼。
「純粋で優しかったお前は、この六十年ですっかり御堂の家の思想に染まってしまった。……儀式を積極的に行い、人を傷つけることを躊躇わない人間になってしまった。私が……そこまでお前を追い詰めてしまった。その責任は、取らないといけない」
「それは違いますわ、兄さん」
雫の言葉に、茅は静かに首を横に振った。
「確かにこの六十年間は辛く、苦しいものだったけれど……甘ったれた少女だったわたくしの眼を覚まさせてくれるのに充分なものでもあったのよ。わたくしは理解したのです。幽閉されていようと、時々しか会えなかろうと……わたくしには、兄さんだけいればそれでいいと。だから跡継ぎの身でありながら結婚を拒否したし、子供も作らなかった。次期当主には別の本家筋の長男を選んだ。この村がどうなろうと、世界がどうなろうと、わたくしには兄さんがいればそれでいい。兄さんと、末期の時まで共に生きていければそれでいい」
そう、と。
彼女はにっこりとほほ笑む。
「わたくしの本当の願いは、六十年前から何一つ変わってなどございません。兄さん。……これからも共に生きていきましょう?わたくしが望むのは、それだけなのです」
ああ、此の人は、と。花林は泣きたくなるような気持ちで、茅のことを見つめた。
彼女と御堂の家がやったことは、けして許されることではない。
この儀式を少ない犠牲で終わらせる方法は、既に雫から聴いている。雫以外でも、恐らく問題ない――御堂家の中でも血の濃い人間が五人死ぬことを選べば(これに関しては分家筋と、御堂家を離れた莢の子孫である花林たちは該当しないらしい)、こんなにもたくさんの村人が犠牲になる必要はなかったのだと。
そうでなくても彼女達がこんな儀式をしなければ、他の方法を模索していれば。村の人達がこんなに苦しめられ、殺し合いじみた真似をさせられることはなかったかもしれないのである。
陸の両親も、麻耶のおじいちゃんも、安藤先生も――深優も。あんな、あんな無惨なことにならなくても済んだかもしれないというのに。
自分達だって、こんな怖い目に遭わなくてもよかったかもしれないのに。
そう思えば恨みも募る。怒りもある。けれど。
――もし、私がこの人の立場だったら。……たった一人の家族を幽閉されて、家の重責を押しつけられて、自分達を冷遇してきた親戚の中でただ一人……耐えて六十年を生きる事ができただろうか。
狂いもするはずだ。
むしろ彼女は、兄と共に生きたいというその願いだけを寄る辺にして、六十年必死で正気を保って生きてきたのかもしれない。
その心中は、想像するにあまりある。自分と亜林だったなら、そう考えると胸が痛くてたまらない。彼女の事は許せないけれど、無闇と責めることもできなかった。己が今日まで、とても幸せに生きてきた自覚があるから尚更に。
「六十年前、兄さんはわたくしを命がけて守ってくれた。だからわたくしも、兄さんを守りたいのです」
茅はくしゃりと、顔を歪めた。
「兄さんがこの儀式に反対すること、終わりを願うこと、全てわたくしにはわかっておりました。それでも、兄さんが儀式の直前に屋敷から抜け出すのを止めなかったのは、わたくしなりに兄さんの心を尊重したからとご理解くださいませ。莢ちゃんのご家族も、できれば生きていて欲しかったですしね」
「私が、莢の孫達を助けに行くことも織り込み済みだったというわけか」
「ええ。そして兄さんがその子達を助けることができたのなら、きっとそれもジャクタ様の御意志ということになるでしょうから。……そっちの、小さな男の子と女の子は、運が良かっただけかもしれないけれど」
そっちの、というのは偶然にもこの場所に居合わせることになった陸と麻耶のことだろう。二人はさっきから恐れるように、花林の横にくっついて身を縮こませている。
現在の話を、状況を、どこまで理解しているのか。あるいは、理解できないなりに噛み砕こうと必死なのか。
「ねえ、兄さん。あと十五人。あと十五人よ?十五人死ねば、儀式は終わる。村に平穏が戻ってくるのです。逃げようとした人達を閉じ込めた牢屋に使者様が現れたという情報もありますから、きっとそこで十五人が食べられて終わりになるでしょう。そうすれば、わたくしも兄さんも、そこの子供達もみんな救われるのです。それではいけないのですか?」
ねえ、と。茅は縋るように兄へと手を差し出す。
「もう一度、わたくしと……家族二人。幸せに暮らしましょう?今回の儀式を乗り越えたら、向こう五十年くらいはもう結界が壊れることもない。儀式を行わなくて済むのでしょうから」
その部屋に通された時、花林が最初に思ったのはそれだった。
――なんだろう。何だか、胸が圧迫されてるような、変な感じ。気持ち悪い……。
まるで仏間のような、不思議な和室だった。畳の床、真正面の壁には仏壇のようなものが設置されているが、飾られているのは仏ではない。
真っ黒な肌に、灰色の長い髪を持った猿ようなもの。あの使者にそっくりな人形が、御神体のごとくしめ縄の中で祀られているのである。
そして壁の左奥には、重たそうな鋼鉄の扉があった。かなり古いものなのだろう、あちこちが赤茶色に錆びついている。そこから生臭い臭いが漂ってくるような気がして、花林は顔を顰めた。この部屋の妙な威圧感は人形ではなく、あの扉の奥から漂ってきているような気がしてならない。
「雫兄さん」
そして。
そんな畳の上に一枚座布団を敷いて座る、紫色の着物の老婆。
真っ白になった髪を綺麗に結い上げ、美しいながらもたくさんの皺が刻まれたその顔で――はっきりと彼女は、雫のことを兄さんと呼んだ。
「戻ってくると、そう思っておりました。むしろ予想より、ちょっと遅かったくらいでございますね」
老婆――彼女がアナウンスをした、御堂茅という女性なのだろう。茅の言葉に、雫は苦虫を噛み潰したような表情になる。
「……今回は、どう足掻いても二十人は犠牲になる見込みだった。半分程度儀式が進行しないと、“扉”に手をかけることも叶わないからな。それでも、遅くとも残り二十人を切ったところで此処に来るつもりが……思いがけずに手間取ってしまった」
「そうでしょうね。兄さん、怪我をしていらっしゃいますもの。相当無理をされたようで。大事なお体なのに」
「大事も何も、私はとっくに人間じゃない。本来なら、六十年前に死んでいたはずの人間だ。……それが、特殊な事情であの世から突っ返されたに過ぎない」
そして、と彼は銃を抜いた。
「私は六十年過ぎた今……自分が何故あの儀式に参加し、呪いのような六十年を過ごしたのかを理解した。御堂家の呪縛から逃れ、自由になれるはずだった……莢の孫たちを守るためだったのだと」
意外にも、茅は周囲に護衛らしき者を誰も呼んでいなかった。人払いしていたということらしい。雫が銃を持っていることは、茅も知っていておかしくない。実際使者を倒してきていることもまず耳に入っているはずだった。それなのに、何故。
「なるほど。……そっちの男の子と女の子は、莢ちゃんの息子さんの……そのお子さんね。だから連れてきた、と。莢ちゃんが元気にやっているようで、わたくしも本当に嬉しいわ」
茅は花林と亜林の方を見て言った。
「確かに、その二人も御堂の家の血を継ぐ者であるのは間違いないし……できれば生き残って、祭司としての役目を果たして欲しい。儀式の一部始終を見せるという選択は間違ってませんわね。でも……兄さん、銃なんか抜いてどうする気?わたくしを撃つの?できないでしょう?」
彼女が雫を警戒していない理由の一つは、それだったらしい。自分のことを、雫が撃ち殺すはずがないという自信。
「貴方の性格は、わたくしが誰よりよく存じ上げております。貴方は馬鹿みたいに甘くて、優しい人。子供の目の前で、人を撃ち殺すところなんてできれば見せたくないと思うほどの」
「そうだな。だが、既に儀式で散々酷いものを見せつけたお前が言えたことではないだろう」
「勿論、分かった上で申し上げておりますとも。……それを抜きにしても、貴方はわたくしを殺せないはずよ。だって、わたくしは貴女にとって……最後の肉親ですもの。わたくしはよーくわかってる。貴方が、わたくし以外の御堂の人間を、誰一人家族として信用してないということくらい」
その言葉に、花林は思わず雫を見た。
確かに、彼はこんなことを言っていた。
『この村は、ジャクタ様を恐れるがゆえに人として大事なものを失った者達に支配されている。……ジャクタ様を眠らせるためだからと言って、村人たちから生贄を捧げることになんの不満も罪悪感も抱かなくなってしまった御堂の家が、私は幼い頃から大嫌いだった。だから……妹が、莢がよそに里子に出されると知って少しだけ安堵したんだ。これで、この子は呪われた村を出ることができ、御堂家の束縛から逃れることができると』
彼にとって。
分家筋というだけで、六十年前の儀式から自分達家族を守らなかった御堂の家も。
ジャクタ様を恐れるがゆえに、血濡れた儀式を使って罪もない人々を惨殺することに躊躇いがなくなってしまったその心も。あまりにも耐えがたく、許しがたいものであったのだろう。
きっと、その思想に染まっていない家族だけが、彼にとって寄る辺だったのではないか。そうだ、儀式に逆らって逃げようとしたのなら、きっと両親も御堂の家の方針に疑問を持っていたのだろうから。
しかし六十年前、彼の目の前で両親は残酷な死に方をして、残るは妹だけとなってしまった。
目の前の、外見だけで言うのならば雫の祖母にしか見えないような女性は。彼にとっては最後の、唯一無二の存在であるのは間違いない。
「……そうだ。私にとってはお前が、茅だけが。この村に残った唯一無二の家族だった」
噛み締めるように、雫は言葉を紡ぐ。
「お前が御堂の跡継ぎになると聞いた時、私は少しだけ期待してしまった。お前なら、この呪われた家を変えてくれると。ジャクタ様との新しい付き合い方を、あるいは完全に通路を塞ぐ方法を探して編み出してくれるかもしれないと。そして、かつての御堂の家の行いが過ちだったと、他の親族たちに気づかせてくれるかもしれないと。……あまりにも愚かな真似をしてしまった。幽閉されている身とはいえ、十歳の子供でしかないお前に……あまりにも大きなものを背負わせてしまった」
その結果、と続ける彼。
「純粋で優しかったお前は、この六十年ですっかり御堂の家の思想に染まってしまった。……儀式を積極的に行い、人を傷つけることを躊躇わない人間になってしまった。私が……そこまでお前を追い詰めてしまった。その責任は、取らないといけない」
「それは違いますわ、兄さん」
雫の言葉に、茅は静かに首を横に振った。
「確かにこの六十年間は辛く、苦しいものだったけれど……甘ったれた少女だったわたくしの眼を覚まさせてくれるのに充分なものでもあったのよ。わたくしは理解したのです。幽閉されていようと、時々しか会えなかろうと……わたくしには、兄さんだけいればそれでいいと。だから跡継ぎの身でありながら結婚を拒否したし、子供も作らなかった。次期当主には別の本家筋の長男を選んだ。この村がどうなろうと、世界がどうなろうと、わたくしには兄さんがいればそれでいい。兄さんと、末期の時まで共に生きていければそれでいい」
そう、と。
彼女はにっこりとほほ笑む。
「わたくしの本当の願いは、六十年前から何一つ変わってなどございません。兄さん。……これからも共に生きていきましょう?わたくしが望むのは、それだけなのです」
ああ、此の人は、と。花林は泣きたくなるような気持ちで、茅のことを見つめた。
彼女と御堂の家がやったことは、けして許されることではない。
この儀式を少ない犠牲で終わらせる方法は、既に雫から聴いている。雫以外でも、恐らく問題ない――御堂家の中でも血の濃い人間が五人死ぬことを選べば(これに関しては分家筋と、御堂家を離れた莢の子孫である花林たちは該当しないらしい)、こんなにもたくさんの村人が犠牲になる必要はなかったのだと。
そうでなくても彼女達がこんな儀式をしなければ、他の方法を模索していれば。村の人達がこんなに苦しめられ、殺し合いじみた真似をさせられることはなかったかもしれないのである。
陸の両親も、麻耶のおじいちゃんも、安藤先生も――深優も。あんな、あんな無惨なことにならなくても済んだかもしれないというのに。
自分達だって、こんな怖い目に遭わなくてもよかったかもしれないのに。
そう思えば恨みも募る。怒りもある。けれど。
――もし、私がこの人の立場だったら。……たった一人の家族を幽閉されて、家の重責を押しつけられて、自分達を冷遇してきた親戚の中でただ一人……耐えて六十年を生きる事ができただろうか。
狂いもするはずだ。
むしろ彼女は、兄と共に生きたいというその願いだけを寄る辺にして、六十年必死で正気を保って生きてきたのかもしれない。
その心中は、想像するにあまりある。自分と亜林だったなら、そう考えると胸が痛くてたまらない。彼女の事は許せないけれど、無闇と責めることもできなかった。己が今日まで、とても幸せに生きてきた自覚があるから尚更に。
「六十年前、兄さんはわたくしを命がけて守ってくれた。だからわたくしも、兄さんを守りたいのです」
茅はくしゃりと、顔を歪めた。
「兄さんがこの儀式に反対すること、終わりを願うこと、全てわたくしにはわかっておりました。それでも、兄さんが儀式の直前に屋敷から抜け出すのを止めなかったのは、わたくしなりに兄さんの心を尊重したからとご理解くださいませ。莢ちゃんのご家族も、できれば生きていて欲しかったですしね」
「私が、莢の孫達を助けに行くことも織り込み済みだったというわけか」
「ええ。そして兄さんがその子達を助けることができたのなら、きっとそれもジャクタ様の御意志ということになるでしょうから。……そっちの、小さな男の子と女の子は、運が良かっただけかもしれないけれど」
そっちの、というのは偶然にもこの場所に居合わせることになった陸と麻耶のことだろう。二人はさっきから恐れるように、花林の横にくっついて身を縮こませている。
現在の話を、状況を、どこまで理解しているのか。あるいは、理解できないなりに噛み砕こうと必死なのか。
「ねえ、兄さん。あと十五人。あと十五人よ?十五人死ねば、儀式は終わる。村に平穏が戻ってくるのです。逃げようとした人達を閉じ込めた牢屋に使者様が現れたという情報もありますから、きっとそこで十五人が食べられて終わりになるでしょう。そうすれば、わたくしも兄さんも、そこの子供達もみんな救われるのです。それではいけないのですか?」
ねえ、と。茅は縋るように兄へと手を差し出す。
「もう一度、わたくしと……家族二人。幸せに暮らしましょう?今回の儀式を乗り越えたら、向こう五十年くらいはもう結界が壊れることもない。儀式を行わなくて済むのでしょうから」
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