ジャクタ様と四十九人の生贄

はじめアキラ

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<22・知識。>

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 ふざけた真似。
 わざと、雫は彼等の怒りを買うような言葉を選んだ。案の定、権蔵達はぴくりとこめかみをひくつかせてこちらを睨んでくる。

「一体、貴方はどこのどちら様なんです?聞き捨てなりませんねえ。儀式に参加しているということは、村の人ではあるのでしょうが」

 ほう、と雫は少しだけ目を見開いた。すぐにキレてとびかかってくるかと思いきやそうではなかったことと――権蔵が、思った以上に儀式について詳しく知っているとわかったからだ。
 ジャクタ様を鎮める儀式で、使者や祭司となる資格を持つにはいくつか条件がある。
 そのうちの一つが、この尺汰村の住人であることだ。この村の住人として認められるためには、この村に家を持っていることが大前提。国籍は日本でなくてもいいようだが、恐らく別荘のように短期間だけこの村にいるという人間は村人とはみなされない。
 そして、この村に拠点を置いたならば、恐らく引っ越してきてから一週間程度で村の住人と見なされる。それにより、ジャクタ様と何らかのつながりを持つということなのだろう。
 ちなみに儀式が始まった時、村人以外の人間は全て村の外に強制的に追い出されることでも知られている。ただしこれに関しては、御堂の家がやっているのか、それともジャクタ様が不思議な力で放逐しているのかはわからない。いずれにせよ、箱庭の中に生贄になることができない人間がいると混乱を招くことになる。村人以外を殺してもカウントが減らず使者になることができないならば、そういった人間はまとめて村の外に追い出しておくというのは筋が通った話だろう。
 そしてそういう事情を知らなければ、“儀式に参加しているならば見覚えがなくても村人だ”という認識には至らないはずである。

「……その様子だと、お前は儀式についてそれなりに詳しく知っているようだな」

 この近辺の地図を頭の中に思い描きながら、雫は告げる。

「ならば分かっているはずだ。ジャクタ様をなんとかしない限り、儀式は永遠に繰り返されると。前回が六十年前だったからといって、次の六十年後とは限らない。お前は、娘や孫、その子供達にまでこの重荷を背負わせたいのか。ジャクタ様の思い通りに生贄を捧げ、使者を送り続けるというのはそういうことに他ならないぞ」
「ほう?貴方も随分とお詳しいようで」
「私は御堂家の人間だから、嫌でも詳しくなるさ。……ジャクタ様が何故、六十年前に四十九人もの使者を送り込まれたのに、飽きてまた六十年後に儀式を求めるようになったのか。ユーチューバー二人が結界を壊したのはジャクタ様が呼び寄せて自分から結界を壊させた結果だというのはお前も気づいているんじゃないか」
「ええ、それが?」
「だったら分かるはず。送り込まれた使者は常世で、どんどん知性と理性を失って壊れていく。現世ではろくに喋ることができない使者も、常世では知性をやや取り戻してジャクタ様の話し相手になる。が、送り込まれた使者が完全に発狂して壊れてしまったら、ジャクタ様の退屈を紛らわせるには至らない。だから、淋しくなったジャクタ様が次を求めるようになる。……このままでは、この土地で永遠と同じ事が繰り返されるぞ」
「ほう」

 権蔵は目を細める。

「まるで、ご自分が常世に行って、実際に使者の様子を見たことがあると言わんばかりですね。……なるほど、御堂の家の方というのは本当のようだ」

 ですが、と彼は刀を構える。

「だからこそ許しがたい。御堂の家は、ジャクタ様に仕える最も神聖な役目を担ってきたはず。その家の人間が、ジャクタ様に使者をお送りする我々の厚意を愚かなことだと否定するとは」
「愚かに決まっている。このままではこの土地にどんどん人間が吸い寄せられて、数十年ごとにジャクタ様に食われることを繰り返す。万が一この村に人が住めなくなれば、恐らくジャクタ様は別の土地に門を開いて同じ事をするぞ。恐らく、最低でも日本の全ての人間が喰らい尽くされるまでな。お前は本当にそれでいいのか?」
「愚問です。神がそう望むのであれば、それに応えるのが人間の役目でしょう?」

 わかっていたが、話にならない。雫は気配を探った。元より、あまり話を長引かせていい状況でもないのだ。

「くだらない」

 ゆえに、一蹴した。

「人間は。いや、全ての命は誰かの為に存在するものじゃない。自分の意思で、自分の幸せを掴み、自分のために生きるためにある。それを邪神のために捨てろだと?ふざけるな」

 邪神。
 思った通り、その言葉は権蔵の地雷を踏んだようだ。その顔から一瞬にして表情が、消え、そして。



「邪神……邪神ですと?我らが神が、邪神?邪神!?許せん……よりにもよって、御堂の家の人間が、ありえんんんんっ!」



 わなわなとふるえて叫んだ後、権蔵は刀を振りかぶって襲いかかってきた。よし、と雫はその後ろから孫娘二人がついてきていることを確認した上で走り出す。
 年輩者の権蔵も、大人とはいえ女性である美紅と美姫も、自分より足が速いわけではないようだった。スタミナはどうかはわからないが、全速力で走れば引き離すこともできるだろう。それではいけない。彼等を付かず離さず誘導して、とにかく使者たちとぶつかるように仕向けなければ。

――同時に、私が使者に見つかる前に離脱するのが理想だな。

 使者の行動パターンはわかっている。目視で発見されてしまうと、逃げ切るのは難しい。正確には逃げ切る方法もなくはないのだが、直線距離で走られたら追いつかれるのでコツがいる。
 そして奴らは人間の気配を察知して集まってくるものの、目標が明確に定まっていない段階で走ることは殆どない(例外は、仲間が殺されて呼び寄せられた時くらいだ)。よって、奴らに目視で確認されないように気を付けつつ、権蔵たちをギリギリまで引きつけるという駆け引きが必要だ。
 まったく面倒な仕事を引き受けてしまったものだ、と思う。同時に――住宅地に使者たちを引き入れることの罪悪感も。
 使者たちは真っ先に権蔵たちを狙うだろうが、まだ住宅地には他にも住人達が残っているはず。使者に関する知識のない彼等が、使者との競争で逃げ切るのは本当に難しいだろう。生き残るのは目視される前に脱出できた人間と、なんとか隠れきることに成功した人間のみだ。恐らくは、相当な数の犠牲が出る。亜林も多分それはわかっていただろう――自分達を逃すために、住宅地に残っていた人間達の多くを雫が見捨てたのだということは。

――本当にすまない。でも……私は、何もかも守れるほど強くはないし、聖人でもなんだ。

 守るものの優先順位は、とうに決めている。
 守り抜かなければいけない――愛するものの血を引き継いだ、彼等の事を。

「待ちなさいよ、このロンゲ男!」

 美紅が刀を振り回し、喚きながら追いかけてくるのがわかる。ちらりと振り返ると、三人の中では美姫が少々遅れているようだった。こういう手合いは、みんな同じくらいの移動速度だと助かるのだが、やはり贅沢は言えないらしい。
 一番足の速い権蔵に追いつかれないようにしつつも、美姫を置いてけぼりにしないようにするのがなんとも厄介極まりない。3ブロック程走ったところで、雫は権蔵に見えるように一軒の家に入った。門が不自然に壊されている。恐らく権蔵達によって、さっきの老夫婦のように住人が引っ張り出されたのだろう――そう思って庭を見て、思わず呻くことになった。
 真っ二つに両断された、二人の女性の遺体が見えた。美紅、美姫と同じくらいの年だろう。一人は下腹部のあたりで切り裂かれ、上半身と下半身が離れたところに転がっている。二つを結ぶのは、長く長く伸びた腸管だった。美しかったであろう髪の長い女性の顔は恐怖と苦痛にぐしゃぐしゃに歪んだまま固まっている。
 さらにもう一人、姉妹か何かであっただろう顔のよく似た女性は。股間から首の近くまで切り裂かれ、頭だけで体が繋がっている状態になっていた。真っ二つに割れた体の中身を見てしまい、思わず吐き気を堪えることになる。人間技ではない。しかし、それができてしまうのが魔術武器というもの。あれらの武器は、使者のみならず生きた人間にも絶大な効果を齎す。それゆえに、乱用は厳禁なのだが、あの権蔵はそのあたりをわかっているのかどうか。

「逃がしませんよおおお……!」

 怒りと憎悪に沈んだ声がすぐ後ろから聞こえてきて、慌てて雫はジャンプした。庭の木を伝って、一軒家の二階のベランダに飛び込む。窓は開きっぱなしになっていた。住人達がおっちょこちょいな性格だったのか、閉める余裕もない状況だったのかは定かではないが。

――使者の気配は、かなり近づいてきているな。……よし、この家で少し時間を稼いで、もう少し東に移動したところで鉢合わせる……!

 その上で、自分は建物の上を飛び移って逃げればいいだろう。高所を移動すれば使者に気づかれにくい、ということを雫は経験上知っているのだ。
 そろそろ頃合いだ。雫はそう思って、スマホに指を滑らせたのだった。



 ***



「合図!」

 スマホが一回だけ震えた。雫からのワン切りだ。亜林は麻耶と陸を真っ直ぐに見つめて言った。

「行くぞ、脱出だ。麻耶のおじいちゃんたちはちょっと遠いところまで誘導してくれたらしい。今なら安全に逃げられそうだって。二人とも行くぞ」
「う、うん」
「わかった……」
「よし」

 二人とも怯えた顔はしていたが、足取りはしっかりしている。先導して、古書店の正面の道の安全を確認。やはり、権蔵達の五月蠅い声は聞こえない。遠くまで移動した上、拡声器で呼びかける余裕もない状態に追い込んでくれたというのは本当のことだったのだろう。

「あっちだ」

 スマホのグーグルマップをよく確認しつつ、二人を引き連れて小走りに六番街の方へ向かう。場所が分かりづらかったらどうしようかと思ったが、イタリアンレストラン・クニキダはすぐに見つかった。なんせ緑と赤のド派手な看板が出ていたからである。今日は元々休業だったようで、入口の自動ドアには貼り紙がしてあった。店主や従業員たちが偶然村にいなかったのだとしたら、極めて幸運だったに違いない。
 その真正面には、確かに空地があり、その隣には茶色の“マツバヤシビル”と書かれたビルがある。間違いない、この場所だ。

「本当に、誰もいないんだね」

 陸が不安そうにあたりを見回しながら言う。

「みんな隠れてるのか、脱出したのか、どっちだろう」
「そうだな、学校の方には多少人が集まってるのかもしれないけど」

 それに、麻耶のお母さんが何処に行ったのかも気がかりだ。麻耶が明らかに気を使って、母親の行方について口にしないから余計に。残念ながら、麻耶はまだ携帯電話を持っていないため、母親と連絡を取る手段がないのである。

「あった」

 放置された廃材の裏に、それらしい黒いマンホールがあった。これが子供の力で開かなければジ・エンドなのだが、やはり秘密の通路というだけあってマンホールにはあるまじきヘコミが二か所ある。陸と二人で引っ張ると、どうにかズラすことに成功した。
 中には梯子がかかっていて、下の方に降りられるようになっているようだ。しかも、明らかに電気がついていて薄明るい。

「麻耶ちゃん、先に降りる?レディファーストっていうし」
「う、うん」

 後の方が危険と判断してか、陸が麻耶を先に降ろした。次に彼が梯子をおり、しんがりを亜林が務める。自分が降りるときに、マンホールのふたを閉めるのも忘れない。――下の方まで降りたところで、ようやく一息つく事が出来た。
 勿論、まだ安心はできない。ここから、使者に遭遇しないことを祈りつつ学校に向かわなければいけないのだから。

「ああっ!?」

 その時である。突然、麻耶が悲鳴に近い声を上げた。

「み、見て!亜林にい、これっ!?」
「!?」

 彼女が見せたのは、自分の手の甲。何だ、と思って亜林は絶句した。

「な、何だと……!?」

 さっきまで、一人二人ずつ、時々減る程度だった生贄のカウントが。
 突然、凄い勢いで減り始めたのである。

――ど、どこかで……いきなりたくさんの人が死んでいってる!?使者のせいか、それとも……!!
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