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<16・地雷。>
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権蔵たちに見つからないようにこっそり道に出た、ところで早々に事件が起きていた。麻耶の家の前で固まっていた三人の前に、亜林よりも早く姿を現した人物がいたのである。
近所に住んでいる、若い金髪の男性だ。最近村にやってきた人なのかもしれない。顔に見覚えはあるが、亜林が名前を知っている人ではなかった。
「さ、斉藤さん。一体何、起きてるですか?」
金髪は染めているからではなく、本当に外国人であるからだった。一目でそう分かるような、白い肌と青い目をした白人男性である。外国人は年齢が分かりづらいが、多分二十代後半くらいだろう。彼は斉藤権蔵と顔見知りであるようだった。戸惑ったように、権蔵と二人の孫娘たちを見ている。
「……陸、丁度いい。今のうちに、裏から家の中に回れ」
「で、でも勝手口の鍵は……あ」
「そうだ、麻耶ちゃんの家、ポストの中に合鍵が入ってる。でもって、勝手口しか開かない鍵だ。あの様子だと麻耶ちゃんのおじいちゃんは知らないっぽいから、それで入れると思う」
「わ、わかった」
ポストに鍵がなかったらその時はその時だ。スマホで麻耶に連絡して、中から開けてもらうしかないだろう。彼女がスマホを見ていなかったらお手上げだが。
陸が麻耶の家の裏手に回るのを確認し、陸は路地の裏に隠れた。あの外国人男性とのやりとりがどうなるか。それによって、自分の行動も変わってくるからである。
「おや、エドワードさん」
権蔵は、拡声器を下ろしてにこやかに告げた。
「そうか、エドワードさんは二カ月前に引っ越してきたばかりでしたか。それならば、知らなくても無理はありませんねえ」
「そ、そです。何がどうなってるか、さぱりわかりませんです。おかしなアナウンスが聴こえましたが、私、あまり日本語得意じゃなくて、よくわからなくて」
「いえ、日本語に詳しい人でも、よくわかっていない人はたくさんいると思います。そもそもこの村には、ジャクタ様の恩恵を受けながらジャクタ様を信じている人と信じていない人がいますからね」
元々権蔵はけして、声を荒げて怒鳴ったりするようなタイプではない。日本語があまり堪能ではなさそうな、あのエドワードとかいう白人男性にも聞き取れるよう、ゆっくりと語りかけるように話している。
つまり、逃げ隠れしない人間とは対話する気があるということだろう。説得に応じるかどうかは別として。
「ジャクタ様、という神様が、尺汰村の守り神なんです。それはエドワードさんも知っていますよね?」
「は、はい。昔、日照りからこの村、助けてくれた神様」
「その通り!そのジャクタ様はあまりにも強すぎる力を持つ神様であったがために、村の聖地で眠っていてもらうことになっているのです。ところが、最近そのジャクタ様の眠りを妨げてしまった人達がいます。ジャクタ様が、起きてしまったのです。ジャクタ様が起きている時、村はたくさんプレゼントを贈らなければいけないのですが、これがとても難しい。だから、基本的にジャクタ様には眠っていてもらわないといけません。もう一度、ジャクタ様に眠ってもらうためには、四十九人の生贄が必要なのです」
「四十九……私の手に浮かんでる、この数字、ですか?今は、数が減ってます」
「そうです。その数字がゼロになったら、儀式が完了します。ジャクタ様に眠ってもらって、村の平和を取り戻すために、四十九にの人に死んでもらって、神様にお仕えしてもらわないといけないのです。ですので、その役目を受けることができる、勇気のある人を募集しています」
「それは、死ぬ、いうことですよね?」
「そうです。エドワードさんも、ぜひ、勇気を出してほしいのです。どうです?神様の使者になるという、名誉のあるお仕事を引き受けてみませんか?」
左手に拡声器、右手に刀。その刀を構えて、狂った理論を語る権蔵。エドワードは青ざめた顔で、一歩後ろに下がったのだった。
「わ、私は死にたくありません。他の人、みんなそうです。私達、みんな、生きてやりたいことたくさんあります。よくわからない神様のところ、行きたくありません!」
彼はきっぱりと、拒否の意を示した。
「名誉あるお仕事、いうなら。どうして、斉藤さんが、それをやらない?斉藤さんとお孫さん、自分で死なない?なんで、人のやらせようとするですか?」
――よく言った!
思わず、心の中で拍手を送っていた。まったくその通りである。人に“死んでくれ”とか言うなら、まず真っ先に自分が死んでその勇気とやらを見せるべきではないか。人に代わりに死んでもらおうなんて、あまりにもムシが良すぎるのである。
お役目を拒否したら天罰が下るというのなら、その対象は真っ先にお前達だろうと言いたい。
「それはできないんです」
そんな勇気ある外国人に、困ったように笑う権蔵。
「私と、孫娘たちにはお仕事があります。一刻も早く儀式を完了させるために、ジャクタ様を手伝わなければいけないのです。これは、生きていなければ出来ない仕事です」
「手伝う、それつまり、殺すいうこと?」
「そうです。生きていたい気持ちはとてもよくわかります。でも、神様の使者になるのは素晴らしいことなんですよ?ですからほら、エドワードさんも勇気を出してください。大人だから、ちょっと痛いのも我慢できますよね?」
「その理屈、おかしい!それなら、その手伝う仕事、他の人に任せるべき!結局斉藤さん、自分たち死にたくないだけ!人殺すなんて、そんなこと間違ってる!私の神様、汝の隣人を愛せ言いました!あなた、自分達だけ愛して、周りの人愛してない!」
「!」
それが、“誰”の言葉か理解したからだろう。突如、権蔵の様子が一変した。
「我々の前で、他の神の話を語るなああああああああああああ!この背教者めがあああああああああああああああああああああああ!!」
ああ、と思った時にはもう遅かった。彼は拡声器を放り出すと、一気に前に踏み込んで――刀をエドワードに向かって振り下ろしていたのである。
「ああっ……!」
止める暇など、まったくなかった。己の正義を貫いて説得しようとしていたであろう勇敢な外国人男性は、首元を切り裂かれてその場に崩れ落ちたのである。びゅううう、と真っ赤な色が噴水のように噴出した。首が落ちることはなかったが、頸動脈を切り裂くには充分だったのだろう。彼は悲鳴も上げることができなかった。
――くそっ……一撃か!なんて腕前だ……!それにあの刀も、本物なのは間違いないってわけか!
近隣の家々から、様子を伺っていた者達が何人もいたのだろう。近くから悲鳴のような声がいくつも聞こえてきていた。
まずい、と亜林は冷や汗をかく。今の踏込といい、剣術といい。真正面から戦ったら、まず勝ち目はあるまい。
「……おっと、いけない。つい、かっとなってしまいました」
エドワードの体がびくびくと血に塗れて痙攣しているのを見ながら。ふう、と権蔵はため息をついていた。
「エドワード、貴方にもちゃんと……本物の神の素晴らしさを理解してから、使者になっていただきたかったのですが。こうなってしまっては、仕方ないですね。常世できちんと、ジャクタ様の説法を受けて改心してくださいね」
間違いない。彼は、心の底からジャクタ様に心酔している。ジャクタ様、を否定する人間は彼にとって背徳者に他ならないということなのだろう。侮蔑の言葉を聴くと、一瞬にして頭に血が上って攻撃的になる――恐ろしいこと、此の上ない。
だが。
――……地雷がわかっていれば、対処のしようはある。避けることも、あえて踏むことも……!
三人が、再び斉藤家の玄関に向かおうと歩き出したのを見て――亜林は道路に飛び出していた。
ここで利用するべきは、自分が麻耶の友達だということ。そして、麻耶の祖父とも顔見知りであるということだ。
――陸には、脱出したら麻耶とともにNビルに隠れているように言ってある。……さて、男の見せ所だぞ、俺!
「麻耶の、おじいちゃんだよな?」
「!」
怯えた顔で、そろりそろりと道路に出て声をかければ。権蔵と孫娘たちは、驚いたようにこちらを振り返った。
「あれ、この子……」
「見たことあるわ。確かに、麻耶のお友達ね。変わった名前の……確か、亜林君だったかしら」
「そ、そうです」
名前を呼んだのは、長身で茶髪の派手な女性の方だった。多分こっちが美紅だろう。亜林の方はややうろ覚えだったが、向こうはきちんと亜林のことを覚えていたらしい。
「久し振りね、亜林君。いつも麻耶がお世話になってます。いい兄貴分だって聴いてるわ」
美紅はそれこそ世間話でもするように、にこにこと笑いながら亜林に告げる。
そう、まるでちょっと道でばったり出会いましたとでもいうように。――すぐ傍に、エドワードの血まみれの死体が転がっているにもかかわらず。
「ねえ、おじいちゃん。この子に、麻耶の説得をしてもらったらどう?兄貴分の男の子の話なら、麻耶も聴いてくれるかもしれないわ」
「おお、それもそうだなあ!」
権蔵も、笑顔でこちらに近づいてきた。あまり距離を詰められすぎるのはよくない。陸は怯えたように、ほんの少し後ろに下がった。
「ご、ごめんなさい。俺、血が怖くて。その刀が怖いから、だから」
「ああ、すまんすまん。そうだな、子供はこういうの、本来見せていいものでもないしな。怖がるのも無理ないな」
「おじいちゃんってば、うっかりしてるんだから」
「すまんって美姫ー」
あはははははは、と明るい笑い声が上がる。上がることそのものが異様だった。亜林は確信する。孫娘二人は脅されて従っているのではない、自ら祖父の思想についていくことを決めたのだと。
「……その、俺は……子供だからジャクタ様についてもよく知らないし、使者についてもよくわからないんです。死んだらジャクタ様の使者になるって、どういうことですか?そして、使者になるのが名誉なことっていうのは?」
「そうだな、確かに子供達にはちょっと難しい話かもしれない。わかった、説明してあげような」
さっきのエドワードとのやりとりでも明白。ジャクタ様、について好意的に話を聴いて来ようとする者や、逃げ隠れせずに自分達の前に出てきた者を彼等は歓迎する。地雷さえ踏み抜かなければ、きちんと質問には答えてくれるつもりでいるようだ。
ならば、うまくいけば時間稼ぎもできよう。麻耶も多少準備をしなければ家から出られないだろうし、最低でも五分か稼ぎたいところ。果たしてうまくいくだろうか。
――違う、うまくいくだろうか、じゃない。うまくいかせるんだ。大事な友達を、助けるために。
陸は、頭の中で地図を展開する。幸いにして、陸の家も麻耶の家も遊びに来ることは少なくない。この近辺の地理は、ちゃんと頭に入っている。万が一の時、隠れられそうな家やビルがどこにあるのかも。
――脱出できたら、陸と麻耶はNビルの方に逃げる。だから俺は、適当なタイミングで……逆方向に逃げる。
やり抜いてみせる。
一人の人間として、年上の兄貴分として。
近所に住んでいる、若い金髪の男性だ。最近村にやってきた人なのかもしれない。顔に見覚えはあるが、亜林が名前を知っている人ではなかった。
「さ、斉藤さん。一体何、起きてるですか?」
金髪は染めているからではなく、本当に外国人であるからだった。一目でそう分かるような、白い肌と青い目をした白人男性である。外国人は年齢が分かりづらいが、多分二十代後半くらいだろう。彼は斉藤権蔵と顔見知りであるようだった。戸惑ったように、権蔵と二人の孫娘たちを見ている。
「……陸、丁度いい。今のうちに、裏から家の中に回れ」
「で、でも勝手口の鍵は……あ」
「そうだ、麻耶ちゃんの家、ポストの中に合鍵が入ってる。でもって、勝手口しか開かない鍵だ。あの様子だと麻耶ちゃんのおじいちゃんは知らないっぽいから、それで入れると思う」
「わ、わかった」
ポストに鍵がなかったらその時はその時だ。スマホで麻耶に連絡して、中から開けてもらうしかないだろう。彼女がスマホを見ていなかったらお手上げだが。
陸が麻耶の家の裏手に回るのを確認し、陸は路地の裏に隠れた。あの外国人男性とのやりとりがどうなるか。それによって、自分の行動も変わってくるからである。
「おや、エドワードさん」
権蔵は、拡声器を下ろしてにこやかに告げた。
「そうか、エドワードさんは二カ月前に引っ越してきたばかりでしたか。それならば、知らなくても無理はありませんねえ」
「そ、そです。何がどうなってるか、さぱりわかりませんです。おかしなアナウンスが聴こえましたが、私、あまり日本語得意じゃなくて、よくわからなくて」
「いえ、日本語に詳しい人でも、よくわかっていない人はたくさんいると思います。そもそもこの村には、ジャクタ様の恩恵を受けながらジャクタ様を信じている人と信じていない人がいますからね」
元々権蔵はけして、声を荒げて怒鳴ったりするようなタイプではない。日本語があまり堪能ではなさそうな、あのエドワードとかいう白人男性にも聞き取れるよう、ゆっくりと語りかけるように話している。
つまり、逃げ隠れしない人間とは対話する気があるということだろう。説得に応じるかどうかは別として。
「ジャクタ様、という神様が、尺汰村の守り神なんです。それはエドワードさんも知っていますよね?」
「は、はい。昔、日照りからこの村、助けてくれた神様」
「その通り!そのジャクタ様はあまりにも強すぎる力を持つ神様であったがために、村の聖地で眠っていてもらうことになっているのです。ところが、最近そのジャクタ様の眠りを妨げてしまった人達がいます。ジャクタ様が、起きてしまったのです。ジャクタ様が起きている時、村はたくさんプレゼントを贈らなければいけないのですが、これがとても難しい。だから、基本的にジャクタ様には眠っていてもらわないといけません。もう一度、ジャクタ様に眠ってもらうためには、四十九人の生贄が必要なのです」
「四十九……私の手に浮かんでる、この数字、ですか?今は、数が減ってます」
「そうです。その数字がゼロになったら、儀式が完了します。ジャクタ様に眠ってもらって、村の平和を取り戻すために、四十九にの人に死んでもらって、神様にお仕えしてもらわないといけないのです。ですので、その役目を受けることができる、勇気のある人を募集しています」
「それは、死ぬ、いうことですよね?」
「そうです。エドワードさんも、ぜひ、勇気を出してほしいのです。どうです?神様の使者になるという、名誉のあるお仕事を引き受けてみませんか?」
左手に拡声器、右手に刀。その刀を構えて、狂った理論を語る権蔵。エドワードは青ざめた顔で、一歩後ろに下がったのだった。
「わ、私は死にたくありません。他の人、みんなそうです。私達、みんな、生きてやりたいことたくさんあります。よくわからない神様のところ、行きたくありません!」
彼はきっぱりと、拒否の意を示した。
「名誉あるお仕事、いうなら。どうして、斉藤さんが、それをやらない?斉藤さんとお孫さん、自分で死なない?なんで、人のやらせようとするですか?」
――よく言った!
思わず、心の中で拍手を送っていた。まったくその通りである。人に“死んでくれ”とか言うなら、まず真っ先に自分が死んでその勇気とやらを見せるべきではないか。人に代わりに死んでもらおうなんて、あまりにもムシが良すぎるのである。
お役目を拒否したら天罰が下るというのなら、その対象は真っ先にお前達だろうと言いたい。
「それはできないんです」
そんな勇気ある外国人に、困ったように笑う権蔵。
「私と、孫娘たちにはお仕事があります。一刻も早く儀式を完了させるために、ジャクタ様を手伝わなければいけないのです。これは、生きていなければ出来ない仕事です」
「手伝う、それつまり、殺すいうこと?」
「そうです。生きていたい気持ちはとてもよくわかります。でも、神様の使者になるのは素晴らしいことなんですよ?ですからほら、エドワードさんも勇気を出してください。大人だから、ちょっと痛いのも我慢できますよね?」
「その理屈、おかしい!それなら、その手伝う仕事、他の人に任せるべき!結局斉藤さん、自分たち死にたくないだけ!人殺すなんて、そんなこと間違ってる!私の神様、汝の隣人を愛せ言いました!あなた、自分達だけ愛して、周りの人愛してない!」
「!」
それが、“誰”の言葉か理解したからだろう。突如、権蔵の様子が一変した。
「我々の前で、他の神の話を語るなああああああああああああ!この背教者めがあああああああああああああああああああああああ!!」
ああ、と思った時にはもう遅かった。彼は拡声器を放り出すと、一気に前に踏み込んで――刀をエドワードに向かって振り下ろしていたのである。
「ああっ……!」
止める暇など、まったくなかった。己の正義を貫いて説得しようとしていたであろう勇敢な外国人男性は、首元を切り裂かれてその場に崩れ落ちたのである。びゅううう、と真っ赤な色が噴水のように噴出した。首が落ちることはなかったが、頸動脈を切り裂くには充分だったのだろう。彼は悲鳴も上げることができなかった。
――くそっ……一撃か!なんて腕前だ……!それにあの刀も、本物なのは間違いないってわけか!
近隣の家々から、様子を伺っていた者達が何人もいたのだろう。近くから悲鳴のような声がいくつも聞こえてきていた。
まずい、と亜林は冷や汗をかく。今の踏込といい、剣術といい。真正面から戦ったら、まず勝ち目はあるまい。
「……おっと、いけない。つい、かっとなってしまいました」
エドワードの体がびくびくと血に塗れて痙攣しているのを見ながら。ふう、と権蔵はため息をついていた。
「エドワード、貴方にもちゃんと……本物の神の素晴らしさを理解してから、使者になっていただきたかったのですが。こうなってしまっては、仕方ないですね。常世できちんと、ジャクタ様の説法を受けて改心してくださいね」
間違いない。彼は、心の底からジャクタ様に心酔している。ジャクタ様、を否定する人間は彼にとって背徳者に他ならないということなのだろう。侮蔑の言葉を聴くと、一瞬にして頭に血が上って攻撃的になる――恐ろしいこと、此の上ない。
だが。
――……地雷がわかっていれば、対処のしようはある。避けることも、あえて踏むことも……!
三人が、再び斉藤家の玄関に向かおうと歩き出したのを見て――亜林は道路に飛び出していた。
ここで利用するべきは、自分が麻耶の友達だということ。そして、麻耶の祖父とも顔見知りであるということだ。
――陸には、脱出したら麻耶とともにNビルに隠れているように言ってある。……さて、男の見せ所だぞ、俺!
「麻耶の、おじいちゃんだよな?」
「!」
怯えた顔で、そろりそろりと道路に出て声をかければ。権蔵と孫娘たちは、驚いたようにこちらを振り返った。
「あれ、この子……」
「見たことあるわ。確かに、麻耶のお友達ね。変わった名前の……確か、亜林君だったかしら」
「そ、そうです」
名前を呼んだのは、長身で茶髪の派手な女性の方だった。多分こっちが美紅だろう。亜林の方はややうろ覚えだったが、向こうはきちんと亜林のことを覚えていたらしい。
「久し振りね、亜林君。いつも麻耶がお世話になってます。いい兄貴分だって聴いてるわ」
美紅はそれこそ世間話でもするように、にこにこと笑いながら亜林に告げる。
そう、まるでちょっと道でばったり出会いましたとでもいうように。――すぐ傍に、エドワードの血まみれの死体が転がっているにもかかわらず。
「ねえ、おじいちゃん。この子に、麻耶の説得をしてもらったらどう?兄貴分の男の子の話なら、麻耶も聴いてくれるかもしれないわ」
「おお、それもそうだなあ!」
権蔵も、笑顔でこちらに近づいてきた。あまり距離を詰められすぎるのはよくない。陸は怯えたように、ほんの少し後ろに下がった。
「ご、ごめんなさい。俺、血が怖くて。その刀が怖いから、だから」
「ああ、すまんすまん。そうだな、子供はこういうの、本来見せていいものでもないしな。怖がるのも無理ないな」
「おじいちゃんってば、うっかりしてるんだから」
「すまんって美姫ー」
あはははははは、と明るい笑い声が上がる。上がることそのものが異様だった。亜林は確信する。孫娘二人は脅されて従っているのではない、自ら祖父の思想についていくことを決めたのだと。
「……その、俺は……子供だからジャクタ様についてもよく知らないし、使者についてもよくわからないんです。死んだらジャクタ様の使者になるって、どういうことですか?そして、使者になるのが名誉なことっていうのは?」
「そうだな、確かに子供達にはちょっと難しい話かもしれない。わかった、説明してあげような」
さっきのエドワードとのやりとりでも明白。ジャクタ様、について好意的に話を聴いて来ようとする者や、逃げ隠れせずに自分達の前に出てきた者を彼等は歓迎する。地雷さえ踏み抜かなければ、きちんと質問には答えてくれるつもりでいるようだ。
ならば、うまくいけば時間稼ぎもできよう。麻耶も多少準備をしなければ家から出られないだろうし、最低でも五分か稼ぎたいところ。果たしてうまくいくだろうか。
――違う、うまくいくだろうか、じゃない。うまくいかせるんだ。大事な友達を、助けるために。
陸は、頭の中で地図を展開する。幸いにして、陸の家も麻耶の家も遊びに来ることは少なくない。この近辺の地理は、ちゃんと頭に入っている。万が一の時、隠れられそうな家やビルがどこにあるのかも。
――脱出できたら、陸と麻耶はNビルの方に逃げる。だから俺は、適当なタイミングで……逆方向に逃げる。
やり抜いてみせる。
一人の人間として、年上の兄貴分として。
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