魔王陛下の無罪証明

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<第二十七話>

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――我々が、墓穴を掘った……だと!?

 ボルガは信じられない気持ちで、フレイアを見つめた。赤髪の青年はぴんと背筋を伸ばし、堂々と証言台の近くまで歩いていく。
 虚勢か?それとも、敗けが見えて自暴自棄になったのか?

――いや、あの男の眼は、そんなものではない……!

「私が、嘘をついてるとでも言うんですか」

 ボルガが何かを言うより先に、証言台のマチルダが眉を跳ね上げた。その鋭い声に、裁判長が即座に“勝手に発言しないように”と嗜める。元々気が強い娘であることは知っていたが、既にマチルダはあまり冷静ではないようだ。頼むから余計なことは言ってくれるなよ、とボルガは少しはらはらしてしまう。
 彼女の証言も大切だが、印象も同じだけ重要なのだ。マチルダはあくまで、“人々が死ぬのを目の前で見てショックを受けている可哀想な目撃者”でいてもらわねば困るのだから。

「マチルダ・ローズモスさん。幾つか確認させて頂きたいと思います」

 フレイアはマチルダの質問には答えず、表面上はあくまで穏やかな笑みを浮かべたままマチルダに問いかけた。

「貴女が被告人の犯行を目撃した日、というのは。アイリスタウンに竜巻が襲来し、一連のアイリス地方か壊滅事件が始まった×月×日のことである。それで間違いありませんか?」
「そうですけど?」
「貴女は、アイリスタウンの中央広場から、丘の上の展望台に立って魔法を使う被告人とおぼしき人物を見た。これも間違いありませんね?」
「そうだと言ってるじゃないですか。何がそんなに気になるのよ」

 苛々と話すマチルダ。フレイアの余裕綽々の態度が気に入らないのだろう。――それを狙ってゆっくり話しているとしたら、フレイアも相当なくせ者だが。

「裁判長。弁護人の記憶喚起のため、証拠写真No.3の提示を要求いたします」

 フレイアの要求に、モニターには一枚の写真が映し出される。青いを背景に緑色の丘、崩れかけた建物などが写った写真だ。特筆するところも何もない、事件後のアイリスタウンの様子である。

「これは、事件後のアイリスタウンで、広場から丘の上の高台に向けて撮った写真です。アイリスタウンは小さな町ですから、広場と言ったらこの場所ですし……高台、展望台と呼べる場所も一ヶ所しかありません。マチルダさん、貴女が被告人を目撃したのはこの場所で、あそこの高台で被告人が魔法を使っているのを見た。この認識で間違いありませんか?」

 教鞭のようなものを取りだし、とんとんとモニター上の写真をつつくフレイア。指し示すのは丘の中心部分、白い柵のある台のある場所だ。アイリスタウンが一望できる展望台である。広場からはなるほど、顔が判別できるほどの距離ではないが――髪型やざっくりとした服装くらいなら、それなりの視力の者でも充分視認することができるだろう。
 マチルダの視力は両目とも1.2以上。赤いローブを着た黒い長髪の男、くらいは充分に確認することができたはずである。

「間違いないわ。広場からなら、高台に立っている人くらいは見えますから。私、これでもかなり眼はいいんですよ。確かに顔をちゃんと見れたわけじゃないですけど、髪型や服は分かるし……何より魔力が一致してた。間違えるはずがないです」

 質問の異図が見えないのはマチルダも同じらしい。苛立ちと同じく、段々と声に困惑した色が混じってくる。

「そうですね、この広場から高台に立つ人物を確認することは可能でしょう。そして貴女は、その人物を目撃すると同時に……町に魔力が満ちてくるのを感じて危ないと思い、竜巻がその場に到達する前にお父上と共に避難した……のでしたよね?物陰に隠れて、お父上に素早く魔法をかけてもらったことで被害を受けずにすんだ、と」
「だから、そうだと言っているでしょう!?何がそんなに気になるのよ!!」
「気になるに決まってるじゃないですか。だって、貴女の証言は明らかにおかしいんですから」
「!?」

 マチルダが息を呑む。彼女の証言のどこに問題があったというのだろう。たった今フレイアは言ったばかりではないか。この広場から高台に立つ人物を確認することは不可能ではない、と。

「この、事件後の写真をよく見てくださいね。広場から丘を見るには、こう西北西に視線を向けることになります。その、丘の前のあたり。崩れた瓦礫の山のようなものが見えますよね?」

 フレイアは、広場の前にこんもりと積まれた瓦礫の山のようなものを指す。よく見ればそれはただの瓦礫ではなく、建物の残骸であるようだった。元々はそれなりに背の高い木造建築だったのだろう。ライトグリーンの壁や薔薇のレリーフの残骸が残されており、黒魔導士らしき作業員がせっせと修復作業をしている様が写真に写し出されている。

「これは、竜巻で壊されてしまった“ホテル・グリーンローズ”の成れの果てです。今はこの通り見る影もない姿になってしまっています。そして、このホテルは非常に不運でした。アイリスタウンを竜巻が襲ったその日、大規模な補強とリニューアルのための工事を行っていたのです」
「え」
「私が入手した、アイリスタウン事件当日朝の写真をお見せしましょう。日付は写真の隅に入っていますから間違いありません。ホテルの従業員の方が撮影された写真を特別にお借りしてきました。……裁判長。証拠写真No.4の提示をお願いします」

 そして――その場にいた、ボルガやマチルダといぅた検察側の人間全てが絶句することになる。
 切り替わったその写真には、広場の前――あちこちに鉄骨で足場を作り、シートを被せて工事を行っているノッポな木造建築の建物が聳えたっていたのだから。建物に邪魔されて、高台はおろか丘さえも全く視認することができない。
 それが意味することがわからないほど、ボルガはバカではなかった。

――やられた、なんてことだ……!

「マチルダさん。確かにあの広場からは本来丘も高台もよく見えるんです。しかし、殊に襲撃があったあの日に限っては……広場からはけして、高台に立つ人物なんて見えるはずがなかったんですよ。このホテルは数日前から工事をしていて、竜巻で吹き飛ばされるまではずっとこの状態でした。そして、貴女はこの“広場に竜巻が到達するより前に”お父上と安全な場所に避難されています。……一体いつ、どうやって、高台に立つ被告人の姿を目撃することが出来たんですか?」
「う、うそ……そんな……っ」

 マチルダは真っ青になり――助けを求めるようにボルガの方を見た。馬鹿が、とボルガは舌打ちしたいのを堪える。この状況で、どうやって自分に助け船が出せるというのか。

「追撃させて頂きます。……土木工事を少しでも見たことのある方ならお分かりのはず。工事には、多くの黒魔導師、白魔導師が動員されて作業員をサポートします。つまり、非常に多くの魔力の気配で満ち、混線しているような状態だったといっていい。そんな中で、貴女が竜巻を起こしている何者かの魔力を判別し、断定することは実質不可能に近い。……それなのに、貴女はどうやって、竜巻を起こしたのが被告人の魔法だと確信することができたのでしょうか?」
「そ、それは……っ!」
「貴女があの日アイリスタウンに居たことは事実です。リアカーを引いてベリーを売る貴女とお父上を目撃したという証言は得られていますからね。でも、本当に広場まで行ったのですか?広場で、どうやって見えるはずのない被告の姿を目撃できたのですか?そもそもアイリスタウンに行ったのは……貴女が、ここで事件が起きることを予め知っていたからではないですか?」
「裁判長!弁護人は、根拠のない憶測で証人の名誉を傷つけています!」

 まずい、まずい、まずい!
 ボルガは慌てて立ち上がると声を張り上げた。マチルダは明らかに動揺している。これ以上揺さぶりをかけられたら、何を吐いてくれるかわかったものではない。

「弁護人。質問の趣旨と根拠を明確にお願いします」

 流れが変わったことは裁判長側も感じ取ったことだろう。傍聴席が再びざわつき始める。フレイアはよく通る声で――あくまで笑顔を絶やすことなく、マチルダに語りかけた。

「バランベリー、私も食べてみたんですよ。初めてだったんですけどね……あんなに食べごたえのあるフルーツは初めてでした。程よい酸味がきいていて本当に美味しかったです。あれは何日もかけてじっくり食べるフルーツですよね。一粒一粒がとても大きいし、とても日持ちするんでしょう?」

 今度は何なんだ、とボルガは思う。完全にフレイアのペースに乗せられていることには気づいていたが、それがわかっていても頭が追い付かない。バランベリーがどうした?その話が今ここでどう関係してくるのだ?
 関係ない質問だと異議を申し立て――いや、このタイミングでそれを言っても――。

「マチルダさんとお父上は、アイリス地方を中心にベリーを売って歩いているのですよね。そして、アイリスタウンの方々によれば、事件の前日もアイリスタウンでベリーを売っていて……その日は砂嵐も特に発生指定ない、普通の曇りの日だったとのこと」
「そ、それが、なに……」
「何故昨日のうちに町を移動しなかったのです?……バランベリーの特性上、一度ベリーを買ったお客さんは数日は次のベリーを買いません。一度買えば数日は満足に食べられますからね。同じ町で売っていてもすぐに売れなくなるのは当然。実際、前日は買ってくれた客がこの日は購入してくれず、売れ行きは相当芳しくなかった。お父上は町を移動しようと言ったのに、何故か貴女が強く拘って連日ベリーを同じ町で売ることになった……前日ならば、町を移動することは充分可能だったのに。いつもならば、同じ町には数日明けてから売りに来るのが普通だったのに、この日だけ貴女は不自然にアイリスタウンに留まっている!どうしてですか?……この日事件が起こることを知っていて、その“目撃者”になるためではないのですか?」
「あ……あぁぁ……!」

 がくん、とマチルダが崩れ落ちる。フレイアはけして、強い口調で言葉をかけたわけではなかった。それでも。
 彼女の心を――折るには充分だったと、そういうことらしい。

「……マチルダさんが、アイリスタウンで被告の犯行を目撃することは、不可能です」

 そして。呆然とする検察側にトドメを刺すように。フレイアは告げるのだ。

「さらにもっと言えば。事件当日……被告がアイリスタウンにいることそのものが、不可能なんですよ」
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