魔王陛下の無罪証明

はじめアキラ

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<第二十六話>

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 ボルガは苛立ちを隠せずにいた。フレイア・ブロッサム――やはり、厄介な相手である。大勢はこちらにあるというのに、何故こうも怯まず屁理屈をこねくり回せるのだろうか。
 トリアスは強盗をしたはずなのに、格安の宿にばかり声をかけて門前払いを食らっている――確かに、この点を誤魔化すのは難しいとは感じていた。ジェンシャンタウンでの目撃情報だけならばまだしも、トリアスがアイリス地方で宿に泊まろうとし、トラブルになっている光景は他の町々で目撃されているのである。そのどれもこれも、貧乏人でも泊まれるような安宿ばかりだ。高級ホテルに泊まろうとした、なんて証言は一つも出ていない。
 彼がここまで何度も目撃されていて、しかもその度に宿屋の主から指名手配に気づかれて追い出されている事実――動機としてみるなら、充分なことであったはずなのに。軒並み安宿、というのは確かに不自然と言えば不自然なのだ。トリアスが盗んだ金は、一体何処に消えてしまったのだということになるのだから。

――しかも、まさか連中が……フレア鉱石の女神像の行方まで掴んでやがったとは。

 スナップドラゴン盗賊団はそれなりに有名だ。傍聴席のどよめきからしても、知っている者は多かったのだろう。その極悪ぶりには、政府も手を焼いている。強盗、殺人、恐喝、麻薬、強姦、何でもござれのフラワーメイルでも指折りの極悪盗賊団だ。魔王と同じ、あるいはそれ以上に嫌悪し憎悪する者が少なくないその集団が、アネモニ村の強盗と殺戮を行ったかもしれないともなれば――より自然な、そちらの真実が正しいと思ってしまう者も少なくないだろう。魔王も恨まれているが、それ以上に現在進行形で恨まれている存在。政府が殺人をした、他の一般人が殺人をした、より余程説得力のある真相だ。それが、トリアスが金品を持っていなかった理由としても自然であるなら尚更である。
 だが。検察側は、“アネモニ村の強盗殺人もトリアスが行ったものである”として強盗殺人の容疑で検挙しているのだ。犯人が別にいて、その件でトリアスが無罪だったということにでもなってしまえば――検察は無実の人間に殺人の濡れ衣を着せたということになり、その威光は間違いなく地に落ちることだろう。
 それだけは、何としても避けなければならない。
 例え屁理屈だろうと言いがかりだろうと無茶だろうと――フレイアの理論を、このまま“絶対の真実ではない”という印象だけでも、皆に与えなければなるまい。

「……フレイア弁護士は、本当に重箱の角をつつくのがお得意なようだ」

 焦りを悟られるな。ボルガは己に言い聞かせ、全身全霊をもってして平静を取り繕うことにする。

「我々は、まだその顧客リストも、貴方がたが取り戻したというフレア鉱石も確認できておりませんのでね。それが“偽物ではない”という確信はまだできないわけなのですよ」
「……我々がでっちあげたものである、と?」
「その可能性は充分にありえるのではないですかね。何故なら、貴方はそこの被告人の弁護をしている。つまり被告人の味方であり、“真実がどうであっても”被告人の利益になるように最善を尽くさなければならない立場です。もしも“被告人の不利益になるような”証拠が見つかったところで握りつぶすことでしょうし……“被告人がの利益になるのなら”多少の小細工を行うこともあるでしょう。ああ、これは非難ではありませんよ。貴方の熱意を評価しているのです。正義の反逆者、なんてとても格好の良い異名をお持ちではないですか。金にならない刑事事件ばかりを引き受け、被告人の無罪をひたすら訴え、非常に高い確率で犯罪者を“無罪へと”導いてきた立役者。その努力、その心意気、大変素晴らしいものと思いますよ」

 一見すれば、フレイアの功績を褒めているようなこの言葉。しかし、本人は気づいただろう。それから、周囲も。
 今の言葉は全て――フレイアが、“被告人の利益を追求するためには、多少不都合な証拠を握りつぶし、都合のいい証拠をでっち上げてでも”無罪を勝ち取る為に行動する人間だ、と印象づけるためのものなのだから。
 事実。傍聴席の前列にいた何人かは――露骨にその眼を、嫌悪に歪ませている。

――そうだ、それでいい。……お前達、思い出すんだ。そこの赤髪の男は……我々の平和を脅かす、悪の魔王の味方であるということを!

「貴方が提示した証拠が本当であると、現時点で私にはまだ確信することはできません。そして、確かにそこのコルソ証人は、トリアス被告が安宿で門前払いを喰らうのを見ていますが。だから被告が、“他の高い宿にも声をかけていない”ことの証明にはならないでしょう?たまたま目撃されたのが安宿の前であっただけで、他の高いホテルでも同じようなトラブルを起こしていた可能性は否定できません。ジェンシャンタウン以外の町では、ひょっとしたらそうだったかもしれませんし……それに、アネモニ村の虐殺が起きてからアイリス地方に被告がやってくるまでには多少の開きがあります。そのあいだにやもを得ず金を何処かに隠したとか、全額使ってしまったという可能性もゼロではない。貴方の言うことは可能性であって、被告が絶対に強盗をしていないことの証明にはなりえないのですよ……!」

 強引であるのはわかっている。自分でも、無様な屁理屈をこねているということは。
 それでもボルガは、攻めの手を緩めるつもりはなかった。ここは、少しでも見ている者達に“トリアスが強盗をしている可能性は充分ある”と思って貰わなければならない。そうしなければ、警察は冤罪という大きな汚点を作ったことになってしまうのだから。

――これ以上、フレイアのペースで持っていかれるわけにはいかん……ここで一気に、勝負をつけてくれよう!

「裁判官!三人目の証人を召喚したく存じます!!」

 切り札を切らずに負けるほど馬鹿らしいこともない。ここは、ジョーカーを切るべき時だろう。
 証言台から、コルソと入れ替わるようにして召喚されたのは――トリアスが殺人犯であることを決定的に証明することのできる証人である。
 アイリスタウンでベリー売りをしていた証人の娘――マチルダ=ローズモスである。

「証人三号。お名前をお聞かせ下さい」
「……はい。マチルダ・ローズモスと申します。アイリス地方を中心に、父と共にバランベリーを売って生活しております」

 そばかすのある、十七歳のツインテールの少女。彼女こそ、検察側の切り札と言っていい。何故なら唯一、実際にトリアスが犯行を行うところを目撃しているのだから。

「マチルダさん。あなたが見た、アイリスタウンが竜巻に襲われた日の出来事を教えてください。できるだけ、具体的に」

 ボルガがにこやかに促すと、やや硬い表情で少女は頷いた。腹の上で両手を握り直すと、やがて息を大きく吸って、自らの証言を開始する娘。

「……私は、父と共にバランベリーを売る仕事をしています。ここ最近は、雨が少なかったこともあってバランベリーは少し不作で……私達は必死で、町と町を渡ってベリーを売り歩いていました。時々、魔法を使った修理業者もしました。私は黒魔導師のジョブなので、多少なりに魔法でも皆さんのお役に立つことはできるからです」

 彼女は高校に行かず、父の家業を手伝って毎日足が棒になるほど歩き回り、ベリーを売り歩いている健気な娘である。そんなバックグラウンドも、裁判員や裁判長の同情を引く理由になるはずだった。

「アイリスタウンが竜巻で大変なことになったその日も、私達はベリーを売りにきていました。バランベリーって、皆さんご存知かもしれないですけど非常に大きくて重いんです。カートに乗せて運ばないといけなくて、それなのになかなか売れなくて大変な一日でした。幸い快晴ではあったんですけど……とても風が強くて、砂嵐が酷い日だったのを覚えています。結界で守られている町の中でさえ多少砂が入ってきているほどでした。朝からずっとそんな調子だったので、今日は他の町に移動するのは難しいだろう父も言っていて……何がなんでも、アイリスタウンの中だけでベリーを売りきろうと必死になって歩き回っていたんです。そうしたら。……町の中を吹く風が強くなってきました。おかしいな、と思ったのは、その風が砂混じりではなかったことと……とても強い魔力の気配を感じたからです」

 魔力で発生させられる竜巻などは、天候や環境に左右されないので不純物が混じらないのである。つまり、砂嵐の酷い日であっても、発生するのは砂の混じらない、からっとしや竜巻や嵐になったりするのだ。同時に、非常に強い魔力の気配が混じることになる。黒魔導師、白魔導師、召喚士、吟遊詩人といった魔力の流れに敏感な者ならば、魔力の風が吹き始めた時点で違和感を感じることも充分に可能だろう。
 恐怖を思い出したのだろう。少女は肩を抱いて、俯いた。目の前で、人が何人も竜巻にやられて死ぬ光景を見たのだ。トラウマになってもおかしくはないだろう。

「あ、あの。赤いローブの人が、犯人だってすぐわかりました。でも、誰なのかはその時はまだわからなくて。……と、取り調べの時、検察の方にガラス越しに確認させてもらって……はっきりと感じたんです。そこの、被告人の魔力と……あの時竜巻で感じた魔力は同じだって。長い髪も、赤いローブも同じ。間違いないです。……アイリスタウンを、アイリス地方を魔法で襲ってたくさん人を殺したのは……そこの被告人以外に、ありえません……!」

 少女は震えながらも、はっきりと言い切った。ボルガは勝ち誇ったように、フレイアを見る。その険しい顔立ちに、どこか溜飲が降りる心地がした。この証言は、新聞にも載っていたものであり、フレイアの事前に知っていたはずである。当然、自分達が彼女を証言台に引っ張ってくるだろうことも予想していたはずだ。なんせ、検察の切り札になるのが彼女であることは明白なのだから。
 だが、わかっていたところでどうやって対応するのだろうか。マチルダの証言は完璧だ。町で生き残った者達の話ともほぼほぼ一致している。隙などどこにもない。たとえ――“検察が多額の援助と共に依頼して証言してもらった”事実であったとしても、それを嘘だとはっきり突きつけられる証拠など彼らは持ち合わせていないはずである。

――ふふふ、悔しがれ。そして諦めて、そこの魔王の罪を認めるがいい……!

「検察側からは、以上です」
「わかりました」

 あとは、フレイアがどこでリザインしてくれるかどうかだ。余裕を取り戻して、ボルガは席に着く。

「弁護側、反対尋問をどうぞ」

 だが。裁判長が促すと――フレイアは諦めるどころか、すっくりと立ち上がり。そして。
 笑ってみせたのである。

「ボルガ検事」

 彼の、よく通る声が――法廷に響き渡った。

「貴方がたは完全に、墓穴を掘りましたね。……貴方がたのおかげで、私は被告の無罪を証明することができそうです」

 文字通り。勝利を宣言するかのように。
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