魔王陛下の無罪証明

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<第十九話>

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 こういうのを、いわゆる“お約束展開”だというのだろうか。テクノも薄々予想はしていたのだ。自分とフレイアは、明らかに世界政府にとって面白くない行動をしている。彼らが“魔王トリアスが悪の元凶である”ですべてを収めようとしているところを、自分達が弁護という名目で引っ掻き回しているのは間違いのないことなのだから。

「何するんだ、お前らはっ!」

 里の者達の怒声が聞こえてくる。テクノの目の前には、モンスターを従えた黒い覆面姿の集団がいた。獣使いのジョブばかり複数名。連中にやられたとか、里の入り口の石造りの門が見る影もなく吹き飛んでいる。麗しい天使を象ったレリーフも、花をあしらったアーチも爆破された完全に粉々だ。死人は出ていないようだが、爆風に煽られたか飛んできた石に当たったのか、足から血を流している子供が何人か見受けられた。

――ここまでするのか、奴らは……っ!

 ギリ、とテクノは唇を噛み締めた。黒服達は、盗賊達の声に答える様子もない。真っ黒な分厚いマント状の服を着ているせいで、彼らが男なのか女なのかもわからない。

――隠れている奴はいないっぼいな。人数は全部で……五人か。

 彼らの目的は想像がつく。
 テクノがここを訪れていることを知っての襲撃か、あるいは政府に不利な証言をしかねない里の者達そのものを消しに来たか。
 いや、襲撃に失敗するならそれはそれで効果があるだろう。襲撃の様子を録画でもして、トリアスに見せつけて脅してやればいいのだ。――お前が自白しなければ、お前を助けたくれた奴等が酷い目に遭うぞ――と。

――冗談じゃない……!

 そこまで考えて――テクノは、自分の気持ちがストンと落ちるのを感じていた。自分はただ、フレイアを暴走させないように目を光らせているだけ。自分を助けてくれたフレイアに恩返しをしたいだけ。彼が正しいことをしていると信じているからそれを支えたいだけ――それだけで、今回もフレイアの仕事を手伝っていた、そのつもりだったのである。
 だが、それだけではなかったのだ。この事件が報道され、フレイアと共に真実を追求していく中で芽生えた感情。どうにかして、トリアスの無罪を勝ち取ってやりたいと思うようになった本当の理由。それはフレイアが戦っているからだけではない。――無実の罪で、生まれついてのジョブの宿命だけで、虐げられて挙げ句命さえも奪われそうになっているトリアスに――かつての弱かった自分自身を重ね合わせていたからである。
 小柄なのも、拳闘士のわりに力が弱いのも。テクノの生まれ持った性質であり、そう簡単に努力だけでどうにかなるものではなかった。人は、努力で変えられるものと、努力ではけして変えられないものを持ち合わせて生まれてくるものである。力はある程度鍛えればなんとかなる余地があるのかもしれないが、小柄な体格ばかりは遺伝だった。そんなテクノを、小さいからという理由だけで侮り、恥ずかしがって下を向け ば根暗だと罵倒する連中。あの暗闇は、きっとテクノ一人の力では乗り越えることなど出来なかったことだろう。
 トリアスも、きっとそうなのだ。人は生まれてくる親を、髪の色を、肌の色を選べないのと同じように――ジョブを選んで生まれてくることはできないのである。魔王の力は遺伝ではなく偶発的なものだから尚更だ。この盗賊の里で慕われ、感謝されるような人間だったトリアスは。ただ魔王として生を受けたという本人にはどうしようもない理由であらぬ罪を着せられ、人としての尊厳を土足で踏み荒らされているのである。
 強い者達、自分達が多数派だと信じる者達にはきっとわからないのだろう。少数派に追いやられてばかりの者達の心も、理不尽な理由で苦しめられる者の痛みも。
 テクノは違う。自分とトリアスはけして同じではないし、他人である以上軽々しくその気持ちが分かるだなんて言う権利はないけれど。
 それでも、分かるような気はするのだ。自分もまた、虐げられる弱者であったから。

「……恥ずかしくないんですか」

 目の前の黒服連中が顔を隠し、声も発しようとしないのは。自分達に正体を知られたくないからだとわかっている。顔も、声も、本人を特定する材料に充分成り得るからだ。
 そう。敵の目の前に己を晒して、自らの行動に責任を持つ気さえない臆病者達。そんな奴等が特定個人に影から石を投げ、陰口を言い、正義になったつもりで歪んだ欲求を満たしている現実。
 到底、許されるものではなかった。

「こんな汚い真似して、恥ずかしいと思わないんですか。無抵抗の人々を襲うだけ襲って、自分達は正体も顔も隠したままで!……こんなことをするのは、裁判で堂々とフレイアさんに勝つ自信がないからですか?こんな脅しでもしなければ、トリアスさんの心を折ることさえ出来ないと自ら認めているから、そうですよね?」

 ヒュオッ!と風切り音が鳴った。テオウルフの真っ黒な爪がテクノの直ぐ左横で通り過ぎて行く。ギリギリ回避が間に合ったものの、直撃していたら間違いなく大怪我をしていたことだろう。テオウルフの爪や牙に毒はないが、その鋭さは鋼鉄さえも切り裂くとされているほどなのである。

「つっ……!」

 それでも。僅かに掠めただけで、テクノの肩からは血が舞っていた。すっぱり切られた服。じわり、と熱を持つ肩を押さえて、それでもテクノは真っ直ぐに敵の集団を見据える。

「……僕の言葉に、落ち着いて反論することもできませんか。本当に怖がりですね。不都合な意見は暴力で黙らせるんですか?まるで幼稚園児の喧嘩みたいだ、バッカバカしい!」

 はははっ!とテクノは嗤って、敵をあえて挑発した。それは、ここで自分が攻撃されて怪我をするならそれはそれで、裁判でこちらが優位に立つ材料になると思ったからに他ならない。
 決定的な証拠が欲しい。そう思っていた矢先の襲撃だ。獣使いばかり派遣してきたところを見るに、こいつらは“スナップドラゴン盗賊団”の連中ではない。盗賊団の奴等なら、ここまで顔を隠して慎重な“襲撃”なんてものはやってこないだろう。こいつらが政府のテの者であることはその慎重さと、テクノを真っ先に行動してきたことでも明白だ。
 恐らく、軍の人間。もしくは軍に雇われた傭兵達。獣使いだらけなのは、直接戦闘を避けることにより少しでも身バレの危険性を防ぐためだろう。

――情けない。無抵抗の相手を襲撃しておいて、素顔を晒して戦う勇気もない。こんな奴等が政府の手先だっていうのか。この世界はどんだけイカレてるっていうんだ。

 だから。
 それがわかっていたからこそ、自分は。

「屈しませんよ、僕達は」

 テクノは静かに、この馬鹿けた運命とやらに宣戦布告するのである。

「貴方がたがどんな卑怯な手を使って真実をねじ曲げようとしても、僕らは……フレイアさんはけして屈したりしません。何故なら知っているからです。真実を歪められ、死してなお冒涜され続けた人がいることを。それを意図的に産み出して、多数派の幸せだけ守れば少数派はどうなってもいいと思っている貴方達政府のやり方を!そして、対岸の火事だと見て見ぬふりをして、都合の良い真実ばかり追求する人達の姿を!!」

 そう。彼らの多くは、真実なんてどうでもいい。それがどこで歪められ、罪のない一人の人間が冤罪と誹謗中傷に悩んだって全く気に止めることなどないのである。
 大切なのは。それが自分達にとってどれほど納得でき、気持ちのいい真実であるかどうか。それだけ。それ以外の結果などまるで求めてはいないのだから。
 そうやって、貶められ、枯れるほど叫んでも届かない地獄に追いやられるのが――いつか自分になるかもしれないなどと、汁ほども思わずに。

「……黙れ」

 やがて――テクノの言葉に耐えかねたように、一人が口を開いた。他の者達が驚いたようにその一人を振り向く。身バレしないように、絶対声を出さずに目的を達成させるのだと――恐らく命令を下してきている者達からは強く言い含められていたのだろう。
 だが、彼らも人間だ。自分達が正義と信じてそれに従っているならいればこそ、侮辱を受けたと思えば怒りを感じるのは当然のことなのである。

「魔王は、滅ぶべき存在……魔王を根絶やしにして、この世界に平和を齎す。政府のやり方だけがこの世界を救える。目先の利益と願望しか見えてない者に、我々の何がわかるというのか……っ!」

 それはまだ年若いであろう青年の声だった。はっとしてテクノが目を見開いた瞬間、青年の掛け声とともにテオフルフの一体が動く。がばりと開いた口には鋭い牙がずらりと並んでいた。どうやら本気で容赦なくテクノを噛み殺す方針で意思を固めたらしい。
 こんなところで死んでやるわけにはいかない。テクノは素早く拳を打ち上げ、テオフルフの顎を下から殴打した。悲鳴を上げて吹っ飛ぶ獣。だが、敵は一体だけではないのだ。

「!!」

 とっさに頭を低くして庇った判断は正しかったらしい。テクノの頭スレスレを通過する獣。びしり、とその尾がテクノの頬を叩いていき、鋭い痛みが走った。テオフルフの尾は長く、バランスを取って走る以外にしならせて鞭のように使うという選択肢も持っている。拘束に使えるほど器用に動かせるわけではないようだが、それでも獲物をひっぱたいて転ばせたりする程度の威力は持っていた。

「ぐあっ!」
「て、テクノさん!」

 里の者達が声を上げるのが聞こえた。多勢に無勢。不運というべきか、今は里の戦力になる男達が出払ってしまっているタイミング。彼らの助勢はあまり期待することができないだろう。
 しかし、負けてやるわけにはいかなかった。彼らは、トリアスの無実を証明してくれるかもしれない貴重な証人であり――弱き者を偏見だけで見ることなく、指名手配されてなお守り抜こうとした強く優しい者達だ。今回の襲撃がテクノのせいであってもなくても、自分には彼らを守る義務があるのである。

――負けてたまるものか。こんな愚かな奴等に、無実の人を苦しめて平気な連中なんかに……!

 だが、さっき吹っ飛ばした一体もダメージが浅かったらしく、まだ立ち上がってくる様子。獣はまだ五体いるし、獣を操っている獣使いの人間達は無傷だ。獣使いは、自らの拳や魔法で戦うことは得意ではないが、それでも獣にやられて満身創痍になった人間にトドメを刺すくらいの技術は持ち合わせているだろう。
 なんとか彼らをまとめて追い払う方法はないものか――テクノが、切れた唇から伝った血を拭った、その時だった。



「さっすが俺の相棒だ、見直したぜ!」



 テクノの、いつになっても変わらぬヒーローが。その赤い髪を靡かせて、目の前に降り立ったのは。
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