16 / 34
<第十六話>
しおりを挟む
勇者だ、英雄だと持て囃されるからこそ――有頂天になどなってはいけないことを、ケイニーは知っている。それは、トリアスが本当に悪の魔王魔王であったか、冤罪であったかとは全くの別の問題だ。自分達はけして、偉い人間などではない。目の前にある問題をどうにか自分達ができる範囲で解決しようとした、それだけのことなのだから。
アイリス地方の復興はまだまだ始まったばかりである。
北端の町、シェンジャンタウン。この小さな町の復興に最優先に力を貸したいと言い出したのは、ケイニーだった。アイリス地方はどこも大わらわの状況だが、特に人手が足りていないのがこの町なのである。というのも、政府が必然的に、大きなシティからの復興を優先させており、タウン系は完全に後回しにされてしまったからだ。いかんせん、被害に遭った町が多すぎる。政府機関からから派遣されてくる兵士達も、この町には殆どタッチしていない状況だった。被害が大きすぎてパニックになっているのはどこも同じだと知っているが――だからといって、小さな町をほぼ完全に放置するのはあまりにも頂けないことだ。
キャサリンは、こんな小さな町よりも大きな街に出て復興の手伝いをした方がいいと主張したが、ミシェルの方はケイニーに賛同してくれた。性根の悪い娘ではないのだが、少々キャサリンは名誉欲に囚われている印象があるからである。――大きな町の復興を手伝った方が名前が売れるのは事実なのだから。
――あいつ、何考えてるんだろうな。
瓦礫の撤去作業を手伝いながら、ケイニーは思う。彼女が魔王を捕まえたいと願っていた理由が、前回の魔王であるルネへの憎しみであることはわかっている。でも、その後勇者やら英雄やらと持て囃されてから、少し本来の冒険者たる存在意義を誤っているような気がするのだ。
冒険者が何故重宝されるのか。それは高い戦闘能力を持ち、一般の人々が踏み込めぬ領域に足を踏み入れ、成果を持って帰る冒険者の仕事が人々の役に立つからだ。自分も、彼女も、ミシェルも、そのために冒険者になったはずである。間違っても勇者になって人々に讃えられ、高いお礼金や地位を手にするためではなかったはずだ。
自分達が目立つことや評価されることなど二の次。やるべきことは、本当に困っている人たちに、無償であろうと手を差し伸べることではないろうか。大災害などの折り、軍だけで対応できない脅威を払い、人々を守るのも自分の仕事。学校でもギルドの研修でも嫌というほどレクチャーされたことであったはずだというのに。
「ケイニー」
スコップを思いきり瓦礫に突き刺したタイミングで、後ろから声をかけられた。よ!といつもながらの軽い調子でミシェルが手を上げる。
「お疲れさん。時計見てへんやろ?一旦休憩やで」
「あ……そうか、そんな時間か」
「集中しすぎや。熱意があるのはええことやけど、飛ばしすぎてたら体持たへんで。もうちょいペース守って頑張りぃや」
「……そうだな」
ほいっ!と投げられたジュースの缶をキャッチして返事をするケイニーである。冷たいドリンクの差し入れは非常に有り難かった。剣士の才能を持ち、腕力や体格に優れている自負のあるケイニーだが、それでも力仕事をすれば喉が乾くのは当然のことである。自分達のパーティにおいて、衝突しがちな自分とキャサリンの間に入ってくれるのはいつもミシェルだった。
つまり、彼は本当に気が利くのである。空気が読めない自覚が大いにあるケイニーとしては、実に羨ましく助かる技能であった。
「さっきも自分に言うたけど」
ケイニーに渡したのと同じ缶のキャップを開けながら、ミシェルが言う。
「自分、ちょぉ熱中しすぎ、集中しすぎや。ハッキリ言うて、なんか忘れよう振り切ろうと必死になってるように見えるで」
やはりと言うべきか、ミシェルは鋭い。ちらり、とケイニーは大通りの方に視線を向けた。幸い、備品の買い出しに出たキャサリンはまだ戻ってくる様子が、ない。なら。
「……お前にはほんと、隠し事ってのができねぇなぁ」
少しくらい――話を聞いて貰ってもいいだろう。どうせ、自分が何について悩んでるのかなどミシェルにはお見通しなのだろうから。
「本当にこれで正しかったのかって、まだ悩んでるんだよな。格好悪いし、今更も今更だろ?」
「そんで、昨日トリアスの弁護士に会いに行ったん?」
「……頼むから、キャサリンには言ってくれるなよ。みっともないことしてる自覚はあるんだからよ」
バレバレだってらしい。思わず釘を刺すと、言うわけあるかいな、とミシェルは肩をすくめた。
「さすがに御免やで。“魔王を倒した勇者チーム、内輪揉めで全滅する!”なんて記事が新聞の一面飾るのは」
そこまでいくか、とケイニーは言いかけて、止まる。キャサリンの必死の形相と憎しみに満ちた眼を思い出してしまったからだ。
怒った彼女がどれほど手のつけられないものであるのか、男性陣は骨身に染みてわかっていることである。ましてや今回はかなり根の深い問題に違いないのだから。
人の感情は、他者がどう言おうと――それこそ本人がどう理性で縛ろうとも、うまく制御できないことなどままあるのである。ましてやそれが、愛憎の類いなら尚更だ。
「……子供みたいだって笑われるかもしんねーけどさ。俺が冒険者になったのは……正義の味方ってやつになりたかったんだ。警察や軍人を選ばなかったのは、冒険者の方が自由だと思ったからで。見返りとか利益とか組織とか、そんなの関係ねえ!って笑い飛ばして……困ってる人をただ、細かいことなんか気にしないで助ける正義のヒーロー。冒険者なら、それができると思ってたんだよ」
分かっている――いや、分かってたことだ。本当は冒険者だって自由ではない。世界政府と世界法律で縛られた世界で生きている以上、どんな職業に就いたところでそこから足を踏み外しては生きていけないのだから。
それに、ヒーローだって腹は減るし寝泊まりできる場所はいる。食い扶持を稼がなければ野垂れ死ぬのは他の者達となんら変わることはない。無償で、誰のことも彼のことも助けて回るなんて――それができる範囲は、あまりにも限られていると知っている。
「トリアスを捕まえようと思ったのだって……キャサリンに促されただけじゃない。アイリス地方の無惨な有り様を見て、こんな酷いことはけして繰り返しちゃいけないって思ったからだ。トリアスを捕まえて終わるなら、それが最善だって。でも……」
「でも?」
「もし、それが冤罪だったとしたらどうだよ。俺達は無実の人間の人生を破滅させただけじゃないか。しかも、本当の犯人は野放しになるってこった。……誰も救われない、報われない、真犯人が影で嗤うだけ。そんな結果、いいわけないだろ。なあ」
本当に正しいことが何かなんて、誰にもわからない。
それでも自分の誇りに賭けて――少しでも正しさに近い場所に居たいと願うのは、果たして傲慢なことなのだろうか。
「……トリアスは罪を否認しとる。弁護士もその方向で裁判戦ってくるつもりなら。向こうは確実に“冤罪”としか言わへんはずやで?」
ぐいっ、と一気にジュースを飲み干すミシェル。まるで、自分の感情を強引に流し込むような所作だった。キャサリンと違ってミシェルはその考えが読みにくい人間だが――それでも付き合いは長いのである。自分を誤魔化そうとしている、ということくらいなら見抜けるのだ、自分にも。
「ケイニー、あんさんの正義感は自分もよう認めてます。冤罪なんて、あんさんが一番腹立つことなのもわかる。自分かてそんなの許しとうないわ。真実が何か知りたい、その上で正しい人間が報われない結果を回避したい。気持ちはようわかる。それが理想や。でもな」
「わかってる。……誰もが自分の立場がある以上、客観的な意見なんて言うはずないんだよな。トリアスの弁護士に聞きに行ったら、冤罪だとしか言わないに決まってる……ああ、ミシェルの言う通りだったさ」
「せやろ?」
甘えるな、と叱られた――あのパラリーガルの青年に。名前も知らない、フレイアの相棒に。
『僕達は、トリアスさんの弁護側です。当たり前のことですけど、トリアスさんが無罪を勝ち取れるように動いているんです。場合によってはトリアスさんに不都合な事実が出てきても、見て見ぬふりするかもしれないのが僕達の立場なんです。けして中立なんかじゃない。……それなのに、どうして僕達から情報を聞き出したがるんですか。真実?僕らがそれを“真実として”語れば、貴方はそれを信じるんですか?』
誰かに教えてもらって、それを真実だと思い込むのは簡単だ。
でもそれは、結局自分で真実を探していないのと同じこと。盲信し、誰かの意見に流されているだけにすぎない。これはトリアスが有罪か無罪かは関係ないのだ。仮に今回の裁判で真実が明かになり、その真実に沿った判決が出たとしても。――それが確実に正しいことだと、一体誰が保証してくれるのか。
そして万が一あとになってその真実が歪んでいると知らされた時。一体その責任は誰が負うのだろう。自分は自分に真実を教えた人間を逆恨みして詰るのか?そんな権利が本当にあるとでも?――自分自身で、何一つ探そうとはしなかったくせに?
『それは信じるんじゃなくて、曇った眼のまま盲進しているのと同じです。魔王は須く悪であり、問答無用で断罪するべき、死刑台に送るべき……そう主張する者達と一体何が違うんでしょうね?』
「そうだ。……トリアスについた弁護士だって、真実を言っているとは限らない。わかってる。……でも俺は。色んな人の意見を、話を、後悔しないようにちゃんと聞いておかないといけないと思ったんだ。……最後に少しでも正しさに近い結論を、自分自身で出すために」
彼らの話がどこまで正しかったかはわからない。
それでもケイニーは思っている。――彼らに話を聞きに行ったことは、けして無駄ではなかったと。
感謝してもしきれない。あの時の彼らの言葉がなければ、自分は無意識のうちに誰かに流されて終わっていたかもしれないのだから。
「……その心意気は、尊敬に値するで。ケイニー」
せやけどな、と。ミシェルは口ごもる。
「そうやって知ってしもうた真実が、あんさんが望んだものと一番ほど遠い内容だったってことも有り得るんやで。開けてはならん秘密の箱の中に、ひと欠片でも希望が残ってる保証なんてどこにもない。そして……少しでもあっちに着く素振りしてみぃ、誰が怒り出すかくらい、あんさんも想像ついてはるやろ?」
「……政府が仕組んだことなのか、本当に……?」
「自分にはようわかりません。ただ、そうだった場合首突っ込んだら大火傷するのは明白や。今のまま、英雄であり勇者であるまま満足してれば、要らん怪我することもない。……自分は、これでも本気であんさんの心配をしてるんやで?リーダーの変死体が転がるようなエンディングも、自分は御免なんですわ」
ミシェルが、本気で心配してくれているのが伝わってくる。同時に――本当は、ミシェル自身もこの事件に違和感を感じているということも。
「そうだな。……そうなったら、笑い者になるな、俺は」
ケイニーは苦笑して、一気にジュースを煽った。本当は、怖い気持ちもある。もしも敵が、魔王トリアスなんてものより遥かに陰湿で強大であったのだとしたら。それは想像するだけで震えが来そうなほどの恐怖であることに違いない。
それでも、だ。
「それでも俺は。……冤罪だって後で気付いて死ぬほど後悔する未来の方が。もっと怖いものかなって、思っちまうんだ」
ピー!と向こうで甲高い笛が鳴った。休憩終わりの合図である。とりあえず急いでこの缶を捨てないと。立ち上がったケイニーに、ミシェルは。
「……好きにせぇよ。自分は反対やけど……無理矢理止めたりはせんから。それに、このまま……」
最後に彼が言った言葉は、小さすぎて聞こえることなく風に流されてしまった。確かなことは、ミシェルも本当は葛藤してそこにいるのだということである。
後々、ケイニーは知ることになるのだ。この時、ミシェルがどんな気持ちでその言葉を投げたのかということを。
アイリス地方の復興はまだまだ始まったばかりである。
北端の町、シェンジャンタウン。この小さな町の復興に最優先に力を貸したいと言い出したのは、ケイニーだった。アイリス地方はどこも大わらわの状況だが、特に人手が足りていないのがこの町なのである。というのも、政府が必然的に、大きなシティからの復興を優先させており、タウン系は完全に後回しにされてしまったからだ。いかんせん、被害に遭った町が多すぎる。政府機関からから派遣されてくる兵士達も、この町には殆どタッチしていない状況だった。被害が大きすぎてパニックになっているのはどこも同じだと知っているが――だからといって、小さな町をほぼ完全に放置するのはあまりにも頂けないことだ。
キャサリンは、こんな小さな町よりも大きな街に出て復興の手伝いをした方がいいと主張したが、ミシェルの方はケイニーに賛同してくれた。性根の悪い娘ではないのだが、少々キャサリンは名誉欲に囚われている印象があるからである。――大きな町の復興を手伝った方が名前が売れるのは事実なのだから。
――あいつ、何考えてるんだろうな。
瓦礫の撤去作業を手伝いながら、ケイニーは思う。彼女が魔王を捕まえたいと願っていた理由が、前回の魔王であるルネへの憎しみであることはわかっている。でも、その後勇者やら英雄やらと持て囃されてから、少し本来の冒険者たる存在意義を誤っているような気がするのだ。
冒険者が何故重宝されるのか。それは高い戦闘能力を持ち、一般の人々が踏み込めぬ領域に足を踏み入れ、成果を持って帰る冒険者の仕事が人々の役に立つからだ。自分も、彼女も、ミシェルも、そのために冒険者になったはずである。間違っても勇者になって人々に讃えられ、高いお礼金や地位を手にするためではなかったはずだ。
自分達が目立つことや評価されることなど二の次。やるべきことは、本当に困っている人たちに、無償であろうと手を差し伸べることではないろうか。大災害などの折り、軍だけで対応できない脅威を払い、人々を守るのも自分の仕事。学校でもギルドの研修でも嫌というほどレクチャーされたことであったはずだというのに。
「ケイニー」
スコップを思いきり瓦礫に突き刺したタイミングで、後ろから声をかけられた。よ!といつもながらの軽い調子でミシェルが手を上げる。
「お疲れさん。時計見てへんやろ?一旦休憩やで」
「あ……そうか、そんな時間か」
「集中しすぎや。熱意があるのはええことやけど、飛ばしすぎてたら体持たへんで。もうちょいペース守って頑張りぃや」
「……そうだな」
ほいっ!と投げられたジュースの缶をキャッチして返事をするケイニーである。冷たいドリンクの差し入れは非常に有り難かった。剣士の才能を持ち、腕力や体格に優れている自負のあるケイニーだが、それでも力仕事をすれば喉が乾くのは当然のことである。自分達のパーティにおいて、衝突しがちな自分とキャサリンの間に入ってくれるのはいつもミシェルだった。
つまり、彼は本当に気が利くのである。空気が読めない自覚が大いにあるケイニーとしては、実に羨ましく助かる技能であった。
「さっきも自分に言うたけど」
ケイニーに渡したのと同じ缶のキャップを開けながら、ミシェルが言う。
「自分、ちょぉ熱中しすぎ、集中しすぎや。ハッキリ言うて、なんか忘れよう振り切ろうと必死になってるように見えるで」
やはりと言うべきか、ミシェルは鋭い。ちらり、とケイニーは大通りの方に視線を向けた。幸い、備品の買い出しに出たキャサリンはまだ戻ってくる様子が、ない。なら。
「……お前にはほんと、隠し事ってのができねぇなぁ」
少しくらい――話を聞いて貰ってもいいだろう。どうせ、自分が何について悩んでるのかなどミシェルにはお見通しなのだろうから。
「本当にこれで正しかったのかって、まだ悩んでるんだよな。格好悪いし、今更も今更だろ?」
「そんで、昨日トリアスの弁護士に会いに行ったん?」
「……頼むから、キャサリンには言ってくれるなよ。みっともないことしてる自覚はあるんだからよ」
バレバレだってらしい。思わず釘を刺すと、言うわけあるかいな、とミシェルは肩をすくめた。
「さすがに御免やで。“魔王を倒した勇者チーム、内輪揉めで全滅する!”なんて記事が新聞の一面飾るのは」
そこまでいくか、とケイニーは言いかけて、止まる。キャサリンの必死の形相と憎しみに満ちた眼を思い出してしまったからだ。
怒った彼女がどれほど手のつけられないものであるのか、男性陣は骨身に染みてわかっていることである。ましてや今回はかなり根の深い問題に違いないのだから。
人の感情は、他者がどう言おうと――それこそ本人がどう理性で縛ろうとも、うまく制御できないことなどままあるのである。ましてやそれが、愛憎の類いなら尚更だ。
「……子供みたいだって笑われるかもしんねーけどさ。俺が冒険者になったのは……正義の味方ってやつになりたかったんだ。警察や軍人を選ばなかったのは、冒険者の方が自由だと思ったからで。見返りとか利益とか組織とか、そんなの関係ねえ!って笑い飛ばして……困ってる人をただ、細かいことなんか気にしないで助ける正義のヒーロー。冒険者なら、それができると思ってたんだよ」
分かっている――いや、分かってたことだ。本当は冒険者だって自由ではない。世界政府と世界法律で縛られた世界で生きている以上、どんな職業に就いたところでそこから足を踏み外しては生きていけないのだから。
それに、ヒーローだって腹は減るし寝泊まりできる場所はいる。食い扶持を稼がなければ野垂れ死ぬのは他の者達となんら変わることはない。無償で、誰のことも彼のことも助けて回るなんて――それができる範囲は、あまりにも限られていると知っている。
「トリアスを捕まえようと思ったのだって……キャサリンに促されただけじゃない。アイリス地方の無惨な有り様を見て、こんな酷いことはけして繰り返しちゃいけないって思ったからだ。トリアスを捕まえて終わるなら、それが最善だって。でも……」
「でも?」
「もし、それが冤罪だったとしたらどうだよ。俺達は無実の人間の人生を破滅させただけじゃないか。しかも、本当の犯人は野放しになるってこった。……誰も救われない、報われない、真犯人が影で嗤うだけ。そんな結果、いいわけないだろ。なあ」
本当に正しいことが何かなんて、誰にもわからない。
それでも自分の誇りに賭けて――少しでも正しさに近い場所に居たいと願うのは、果たして傲慢なことなのだろうか。
「……トリアスは罪を否認しとる。弁護士もその方向で裁判戦ってくるつもりなら。向こうは確実に“冤罪”としか言わへんはずやで?」
ぐいっ、と一気にジュースを飲み干すミシェル。まるで、自分の感情を強引に流し込むような所作だった。キャサリンと違ってミシェルはその考えが読みにくい人間だが――それでも付き合いは長いのである。自分を誤魔化そうとしている、ということくらいなら見抜けるのだ、自分にも。
「ケイニー、あんさんの正義感は自分もよう認めてます。冤罪なんて、あんさんが一番腹立つことなのもわかる。自分かてそんなの許しとうないわ。真実が何か知りたい、その上で正しい人間が報われない結果を回避したい。気持ちはようわかる。それが理想や。でもな」
「わかってる。……誰もが自分の立場がある以上、客観的な意見なんて言うはずないんだよな。トリアスの弁護士に聞きに行ったら、冤罪だとしか言わないに決まってる……ああ、ミシェルの言う通りだったさ」
「せやろ?」
甘えるな、と叱られた――あのパラリーガルの青年に。名前も知らない、フレイアの相棒に。
『僕達は、トリアスさんの弁護側です。当たり前のことですけど、トリアスさんが無罪を勝ち取れるように動いているんです。場合によってはトリアスさんに不都合な事実が出てきても、見て見ぬふりするかもしれないのが僕達の立場なんです。けして中立なんかじゃない。……それなのに、どうして僕達から情報を聞き出したがるんですか。真実?僕らがそれを“真実として”語れば、貴方はそれを信じるんですか?』
誰かに教えてもらって、それを真実だと思い込むのは簡単だ。
でもそれは、結局自分で真実を探していないのと同じこと。盲信し、誰かの意見に流されているだけにすぎない。これはトリアスが有罪か無罪かは関係ないのだ。仮に今回の裁判で真実が明かになり、その真実に沿った判決が出たとしても。――それが確実に正しいことだと、一体誰が保証してくれるのか。
そして万が一あとになってその真実が歪んでいると知らされた時。一体その責任は誰が負うのだろう。自分は自分に真実を教えた人間を逆恨みして詰るのか?そんな権利が本当にあるとでも?――自分自身で、何一つ探そうとはしなかったくせに?
『それは信じるんじゃなくて、曇った眼のまま盲進しているのと同じです。魔王は須く悪であり、問答無用で断罪するべき、死刑台に送るべき……そう主張する者達と一体何が違うんでしょうね?』
「そうだ。……トリアスについた弁護士だって、真実を言っているとは限らない。わかってる。……でも俺は。色んな人の意見を、話を、後悔しないようにちゃんと聞いておかないといけないと思ったんだ。……最後に少しでも正しさに近い結論を、自分自身で出すために」
彼らの話がどこまで正しかったかはわからない。
それでもケイニーは思っている。――彼らに話を聞きに行ったことは、けして無駄ではなかったと。
感謝してもしきれない。あの時の彼らの言葉がなければ、自分は無意識のうちに誰かに流されて終わっていたかもしれないのだから。
「……その心意気は、尊敬に値するで。ケイニー」
せやけどな、と。ミシェルは口ごもる。
「そうやって知ってしもうた真実が、あんさんが望んだものと一番ほど遠い内容だったってことも有り得るんやで。開けてはならん秘密の箱の中に、ひと欠片でも希望が残ってる保証なんてどこにもない。そして……少しでもあっちに着く素振りしてみぃ、誰が怒り出すかくらい、あんさんも想像ついてはるやろ?」
「……政府が仕組んだことなのか、本当に……?」
「自分にはようわかりません。ただ、そうだった場合首突っ込んだら大火傷するのは明白や。今のまま、英雄であり勇者であるまま満足してれば、要らん怪我することもない。……自分は、これでも本気であんさんの心配をしてるんやで?リーダーの変死体が転がるようなエンディングも、自分は御免なんですわ」
ミシェルが、本気で心配してくれているのが伝わってくる。同時に――本当は、ミシェル自身もこの事件に違和感を感じているということも。
「そうだな。……そうなったら、笑い者になるな、俺は」
ケイニーは苦笑して、一気にジュースを煽った。本当は、怖い気持ちもある。もしも敵が、魔王トリアスなんてものより遥かに陰湿で強大であったのだとしたら。それは想像するだけで震えが来そうなほどの恐怖であることに違いない。
それでも、だ。
「それでも俺は。……冤罪だって後で気付いて死ぬほど後悔する未来の方が。もっと怖いものかなって、思っちまうんだ」
ピー!と向こうで甲高い笛が鳴った。休憩終わりの合図である。とりあえず急いでこの缶を捨てないと。立ち上がったケイニーに、ミシェルは。
「……好きにせぇよ。自分は反対やけど……無理矢理止めたりはせんから。それに、このまま……」
最後に彼が言った言葉は、小さすぎて聞こえることなく風に流されてしまった。確かなことは、ミシェルも本当は葛藤してそこにいるのだということである。
後々、ケイニーは知ることになるのだ。この時、ミシェルがどんな気持ちでその言葉を投げたのかということを。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
好色一代勇者 〜ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!〜(アルファポリス版)
朽縄咲良
ファンタジー
【HJ小説大賞2020後期1次選考通過作品(ノベルアッププラスにて)】
バルサ王国首都チュプリの夜の街を闊歩する、自称「天下無敵の色事師」ジャスミンが、自分の下半身の不始末から招いたピンチ。その危地を救ってくれたラバッテリア教の大教主に誘われ、神殿の下働きとして身を隠す。
それと同じ頃、バルサ王国東端のダリア山では、最近メキメキと発展し、王国の平和を脅かすダリア傭兵団と、王国最強のワイマーレ騎士団が激突する。
ワイマーレ騎士団の圧勝かと思われたその時、ダリア傭兵団団長シュダと、謎の老女が戦場に現れ――。
ジャスミンは、口先とハッタリと機転で、一筋縄ではいかない状況を飄々と渡り歩いていく――!
天下無敵の色事師ジャスミン。
新米神官パーム。
傭兵ヒース。
ダリア傭兵団団長シュダ。
銀の死神ゼラ。
復讐者アザレア。
…………
様々な人物が、徐々に絡まり、収束する……
壮大(?)なハイファンタジー!
*表紙イラストは、澄石アラン様から頂きました! ありがとうございます!
・小説家になろう、ノベルアッププラスにも掲載しております(一部加筆・補筆あり)。
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる