魔王陛下の無罪証明

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中

文字の大きさ
上 下
10 / 34

<第十話>

しおりを挟む
 アイリスタウンに向かうには、ここからモノレールに乗っていく必要がある。
 昔のフラワーメイルの電車は全て、地面を走っていたのだと聞いている。ところが、踏み切りでの事故と交通渋滞がどうしても改善されず、ならばモノレールとして空を走らせた方がいいだろうという話になったのだ。電車が人々の頭上を走るようになって久しい。テクノも、既に電車が地上を走っていた時代を知らない世代である。
 自分達には、寄り道などしている時間は本来ないはずだった。初公判までに調査を完了させ、その上で必要な資料と証人の申請を行ってく必要があるからである。公判までに一ヶ月。とても猶予がある期間ではない。そして、テクノが焦っている理由は他にもあった。というかそれが、テクノがパラリーガルという名目でフレイアの相棒をやっている理由でもあるのだが。

「うわぁぁん!」

 駅前の広場で、子供が泣いている。小さな女の子二人だ。恐らく姉妹なのだろう。泣いている女の子の手をぎゅっと握っている少女の方が、背も高いし身体も大きい。そして顔立ちもなんとなく似ている。幼い妹の手前、自分は泣くまいと必死になって涙を堪えている様子が健気だった。姉の、必死で妹を宥める声が聞こえてくる。

「ごめんね、ルカちゃん。お姉ちゃん、風船取るの失敗しちゃって」
「ふええ、お姉ちゃんが、お姉ちゃんがけがしちゃった、ごめんなさいい……っ!」
「大丈夫だよ。お姉ちゃん、全然痛くないから。ね?」

 そうは言うものの、姉の膝小僧は擦りむいてかなりの血が出ている。そして、二人の目の前には街路樹があり、赤い風船が木の枝に引っ掛かっていた。――状況は明白である。妹が飛ばしてしまった風船を姉が取ってあげようとして、失敗してしまったのだろう。
 姉も優しいが、妹も優しいコなんだな、とテクノは思った。彼女は風船が取れなかったことよりも、自分が頼んだせいで姉が怪我をしてしまったことを悔やんでいる様子だったのだから。

――まだお姉ちゃんも小学生くらいか。だったら、魔法とか使えなくてもおかしくないかな。

 フラワーメイルでは、小学校と中学校の合わせて九年間が義務教育となっている。自分達の生まれ持ったジョブの才能を認識し、ゆっくり伸ばしていくのが小学校の教育だ。幼いうちに過剰な魔法などを教えてしまうと事故の原因になるから、というのもあるのだろう。仮に二人のうちどちらかが魔法を得意とするジョブの素質を持っていても、それを応用して使えるようになるのは基本的に中学生になってからとされている。独学で覚える人間もいるのだろうが、学校側では中学生にならないけば本格的な魔法を教えるようなことはしないのが通例だ。
 魔導師系ジョブではないテクノには、二人の魔力を観察してジョブを推測する――なんて真似はできない。でも、彼女らが仮に魔法を得意とする素質を持っていたとしても、回復魔法をこの場で使えないのはなんらおかしなことではないのである。

「ほい、嬢ちゃん達ちょっといいか?」

 そして。テクノがそんなことを考えている間に――不審者扱いされるかも、なんてことも想定せずに少女達に話しかけてしまうのが、フレイアなのである。
 そこそこイケメンとはいえ、彼女からすればフレイアも大人の範疇に入るだろう。見知らぬ青年の登場に姉妹があっけにとられているうちに、フレイアはさっと姉の膝の前に手をかざしていた。

「“ Healing ”」

 そういえば、このちゃらんぽらんな見た目で白魔導師だったっけこの人。ちょっと酷い感想を抱きながらテクノは目の前の光を見ていた。フレイアがスペルを唱えた瞬間、淡い光が姉の膝の傷口に集まっていき、みるみる傷を治していったのである。

「わあ……!」

 初めて魔法を目の前で見たのかもしれない。姉妹の目がキラキラと輝き出す。

「ちょいと待っててな」

 少女の怪我をさっくり治療してしまうと、フレイアは華麗な身のこなしで木を登り始めた。魔導師系は身体能力が低い場合が多いとされているが、それらは日頃の鍛練次第である程度カバーできるのである。そして、臨機応変な回復が求められる白魔導師は、脚力の場合それなりであることも少なくないのだ。
 身長と、それから日頃の鍛えた足腰であっさり風船をゲットすると、フレイアはにこにこしながら妹に風船を渡して見せる。

「おらよ。これが欲しかったんだろ?」
「ありがとう、おじさん!」
「お、おじさ……!?俺まだ十代なんだけどぉ!?」
「あはははっ!」

 少女達の笑い声があがる。恥ずかしそうに頭を掻くフレイアを、なんだか眩しい気持ちになって見つめるテクノだった。
 自分達に、時間はない。スケジュールはギリギリのはずである。それなのに、フレイアはいつもこうして寄り道を繰り返してしまう人間なのだ。彼はけして、目の前で困っている人を見捨てられないのである。そして、誰かを助けようモード、になっている時のフレイアからは完全に時間の概念がすっぽ抜けてしまうのだ。今までの経験で、テクノが散々学んできたことである。
 結果として、テクノがハードなスケジュールをかなりキチキチに遣り繰りさせられるはめになる羽目になるのだ。これがフレイアの良いところでもあるんだけど、と見守りながら苦笑するしかないのである。

「……相変わらず、お人好しが過ぎるんですよ。貴方は」

 テクノがそう告げると、そうかもなぁ、と少女達に手を振って歩き出すフレイアである。

「そうかもなぁ、じゃないです。人助けが悪いことだとは言いませんけど、時間が有限なのはどうか忘れずに」
「わかってるってばー」
「わかってないから言ってるんです!……さっきの子供達だって、何も貴方が助けなくても良かったでしょう?他に気にしてる大人は何人もいたんですから」
「そうだな」

 二人は手元のパスケースを翳して、改札を潜っていく。駅が無人化され、駅員の多くがアンドロイドに代わってから久しい。まだまだ、人口と世界の広さが見合っていないフラワーメイルである。ロボットに任せられる仕事はロボットにさせて、させられない仕事に数少ない人間を割り当てたい――それが、政府の意向でもあった。
 例えば、まだまだ冒険者は人間にしか任せられない。臨機応変な対応が必要とされる職業を頼めるほど、まだAIの技術が進化しているわけではないからである。また、教師などの仕事も人間がこなすことが基本だ。事務処理や部活の監視などはロボットが行ってくれる分、昔よりもだいぶ仕事は楽になったらしいのだが。

「俺が助けなくても、他の誰かが助けたかもな。でも、少なくともあの段階で……俺より先にあのコ達を助けようとした人間はいなかっただろ?……きっとみんな同じことを考えてたからなんだろうさ。自分が助けなくてもきっと誰かが助けてくれるはず、だから自分が関わらなくても大丈夫だろう……って。まあ、間違いじゃねえよ。特に大人の男は、下手な声のかけ方なんぞすれば一気に犯罪者になるんだろうしさ。ヤダヤダ」

 でもな、と。エスカレーターを登りながら、フレイアは続ける。

「みんながみんな、他人をアテにしてたら。結局誰もあのコ達を助けないってことじゃないか。そういうの、すっげー嫌なんだよな。自分がやらなくてもきっと大丈夫、なんて誰が保証したんだよ。それで見て見ぬふりした結果、もっと大きな事故になることだって有り得るだろ?さっきのお姉ちゃんの方が、怪我してるのにもう一回風船を取りに行くかもしれない。そしてさっきよりもっと取り返しのつかない怪我をするかもしれない。もし、あの段階で大人の誰かが助けるために声をかけていれば、防げた事故だったのかもしれないのに。……俺はもう二度と、そーゆー後悔はしたくねーんだわ」

 彼が誰を思い出して、そんなことを言っているのかくらいわかっている。ホームの、乗車口の前。テクノは思わず本音を口にしていた。

「誰だって、確かに……後悔することはありますよ。あの時そうしていれば良かった、助けられることもあったかもしれないのに……って。でも。それでも僕は……貴方が悪かったとは、思えないんです」

 フレイアが、この事件に強く拘る理由は二つあると知っている。そのうちの一つが、彼がルネのことを引きずっているからなのだということも。

「貴方が、ルネさんを殺したわけじゃない。貴方は何も悪くない……そうでしょう?」

 ルネの心を知っていたのに、傷を理解できたのに、結局彼女が理不尽な大量殺人犯として処刑台に送られるのを止められなかったフレイア。そんな後悔はむしろ傲慢だ、とテクノは思う。弁護しどころか、まだ子供だったフレイアにできたことなどたかが知れているではないか、とも。
 それでもきっと。――それが傲慢だとわかった上できっと――フレイアは、これからも悩み、悔やみ続けるのだろう。いなくなってしまった大切な人と、守れなかったモノの空しい穴を。自分のための購いで、どうにか埋めようとしていくのだろう。けして、そんな単純に癒されるものなどではないというのに。

「……わかってるさ、テクノ」

 やがてホームに電車が滑り込んでくる。轟音の隅で、小さくフレイアの声が聞こえた気がした。

「本当は俺だって……ちゃんと、わかってるんだよ」

 理解できたところで。今、テクノに言える言葉など、何も有りはしなかったのだけど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

処理中です...